連載小説
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二十年目のハンティング(母親視点)
 私の記憶の中にある過去の映像は、全て狩りであると言っても過言ではない。それもその筈、私は猟犬と呼ばれる存在だったのだから。しかも飼い主は秘境の戦士と言う異名を持つアマゾネスだ。
 彼女の下で飼犬兼猟犬として育てられた私は逞しく成長した。肉体的な意味だけでなく、精神的にも彼女達に勝るとも劣らぬ見事な戦士となった。

 そんな彼女達の下で過酷ながらも笑顔の絶えない日々を過ごしていたのだが、それがある日急転する。

 それまで四肢を地に付けて動くのが当たり前だった肉体が、アマゾネス達同様に二足歩行が可能な肉体となったのだ。前足に至っては指が発達し、道具を握ったり使ったりが可能となった時には色々な驚きと衝撃が走ったものだ。おまけにワンと鳴くしかなかった口からは言葉を話せるようにもなり、何が何やらと私自身がパニックに陥ってしまった。
 これにはアマゾネス達も当初は驚いていたものの、他所にあるアマゾネスの部落でも飼っていた猟犬が人型になるという報告が相次いだ。また人型化した私達に魔力が宿っていた事などから、どうやら私達もアマゾネス同様、魔物という種族の一種になってしまったようだ。
 どうして私達が魔物となったのかの理由は分からないが、飼い主の魔力と愛情を受けていたからではないのかという説が今のところは濃厚である。しかし、私の姿形が異なったからと言って、アマゾネス達は昨日までの態度を変えたりはしなかった。寧ろ同じ姿になったのだからという事で、更に高度なアマゾネス流の狩猟技術を教えてくれた。

 結果、単なる猟犬から華麗な剣闘士ならぬ犬闘士に育ちましたとさ。因みに、この世の何処かで現在も作られていると言われる魔物図鑑では、私の種族……クー・シーは可愛らしい絵柄で描かれているが、私の場合はそんな可愛らしさは何処かへ行ってしまったようだ。
 私の容姿を一言で言ってしまうと、耳の尖った荒々しいドーベルマンだ。おまけにアマゾネスに鍛えられたおかげもあって、体を構成する首から下の部位が筋骨隆々の逞しい筋肉で覆われてる。

 まぁ、それは置いといてだ。その後もアマゾネスの集落で暮らしていた私だが、一つだけ問題があった。それは男を獲得する機会だ。知っている人も居るだろうが、彼女達は狩りと言う名目で男を力尽くで手に入れる事を是とする種族だ。


 そして私も男を手に入れたいと思うのだが……先にも言ったように、私の身形は筋骨隆々の人型ドーベルマンだ。そんな魔物娘に男が自ら近付いてくるだろうか。答えは否だ。初対面の人間の全てが、まるで化物を見たかのような驚愕の形相で私の前から全力疾走で逃げるのだ。
 これには鋼の精神を持つ私でさえも、流石に傷付いた。一緒に居たアマゾネスの何人かは私になんて声を掛ければ良いのか分からず、困惑の表情すら隠すのを忘れていた。頼む、そういう顔をされると余計に傷付くから。
 また彼女達も魔物娘の端くれだ。私の事情を知って同情こそしてくれるものの、だからと言って別の男を宛がってくれる程の御人好しではない。良い男を目にしただけで激しい争奪戦が起こる程に性欲と血気盛んな種族なのだ。

 さて、どうするべきか。そう悩みを持っていたら、飼い主であるアマゾネスの族長から提案を頂いた。

「ならば、自分の縄張りを持てばどうだ? そうすれば男を待ち伏せする事も可能であろう?」

 そこで私は初めて気付いた。私はアマゾネスに飼われているという事実を当たり前の事だと認識しており、今日まで猟犬としてアマゾネスの狩りに同伴していた。だが、アマゾネスと一緒という事は即ち、私が男を手に入れる確率が極めて低くなってしまうという事を意味する。
 想像して欲しい。密林の真っ只中に男が居たとする。その男の前に私とアマゾネスが立ち塞がる。男はどちらに襲われる事を望むだろうか。答えは言わずもがなだ。容姿端麗で、何よりも人間に極めて近い姿形をしているアマゾネスだ。そして結局男を手に入れられずに落ち込む……という悪循環が出来上がってしまうという訳だ。

 ならば、ここは族長の言う通りに一念発起して集落を出て行き、自分の狩場を持つのが一番の近道であろう。
 助言して頂き本当に有難うございます、族長。尚、こうして話している間も族長は遥かに歳が離れた男の子と交ぐわっておりました。真剣な場だったら感動や驚きも大きかったのかもしれないのだが……。まぁ、こういう種族だと分かり切っていたので突っ込む気すら起こらなかった。

 そうして私は今まで我が家として過ごした集落を離れ、自分の縄張りを持った。他のアマゾネス達の縄張りと重複していないかを自慢の嗅覚で何度も確認した上でだ。もし重なっていたら縄張りの掟などで色々と揉めるのは知っているので、これに関しては細心の注意を払った。
 縄張り争いに気を使ったせいで、居を構えた土地は色々と不便が多い。辺境の地と呼んでも過言ではない。それ即ち人間が近付かない、もとい、人間が通る道が無いに等しいのだ。おかげで男を捕まえるには、その都度遠出をしなければならない。獣道のおかげで近道も出来るが、それでも道数は限られている。

 只でさえ男が手に入り難い容姿な上に、男はおろか人間も容易に近付かない辺境の地に居を構えた以上、知恵を絞ってどうにかしなければならないのは明白であった。

「さて、どう捕まえるかは後回しにして、先に食料と水をある程度確保するか……ん?」

 その時、そよりと吹いた微風が鼻先を擽るように通り抜けた瞬間、自然の草木とは異なる臭いを感知した。恐らく生き物だろうが、あの独特の毛に覆われた獣臭さは感じられない。寧ろ、生まれたばかりのような乳臭さや爽やかな汗の匂いが……と思った所で私は駆け出していた。

 まさか……いや、そんな筈が……。と自問自答を繰り返しながら微弱な匂いを頼りに森の中を突き進む。こういう時、自分が鼻の利く犬の魔物娘で良かったと心の底から思えた。
 高低の激しい山の様な道程を駆け抜け、地面から食み出ている木の根っこを踏み台にして、只管に駆け抜けて漸く匂いの元へと辿り着いた。
 ジャングルの中を流れる川は幾重にも枝分かれしており、私が辿り着いた其処は枝分かれした川の下流に位置する場所であった。丸みを帯びた『く』の字のようなカーブを描いた川の中間には、マングローブに酷似した植物の根が複雑に絡み合っている。

 だが、注目すべきは植物そのものではない。水面にまで出っ張った根っこの端に、恐らく上流から流れて来たのであろう両手で抱えられる程の籠が引っ掛かっていた。そして私の鼻腔を刺激している匂いも一段と濃くなっている事から、籠の中にソレがあると見て間違いない。
 雁字搦めとなっているにも等しい植物の根の上を綱渡りにも似た要領で渡り切り、根に引っ掛かった籠へと近付く。そして手を伸ばせば届く距離から恐る恐る籠の中を覗き込み、次いで溜息を吐き出した。

「やはり……私の勘が当たっていたか……」


 籠の中に居たのは一人の小さい子供……いや、それよりも遥かに幼い赤子であった。日に焼けたような褐色の肌に赤茶色の縮れた髪、そして黄金のように爛々と輝く金の瞳。何処も彼処も未成熟な体の部位は、柔らかで儚い印象しか感じ得ない。私のような獣臭い狩人の手で触っても良いのかすら躊躇してしまう程に。
 しかし、このまま放置しておけば赤子は遠からぬ内に命を落とすだろう。流石に赤子の命と躊躇とを天秤に掛けて、後者を選ぶような薄情な精神は持ち合わせていない。枝に引っ掛かった籠を持ち上げ、安全な陸地へと運び出す。そして安定した平らな陸地に籠を置き、中を覗き込めば赤子があーうーと言葉にならぬ単語を呟き手足をバタバタと元気に動かしていた。
 何とも無邪気なものだ。そう思っていると、宙を泳いでいた子供の視線が私の顔を捉えた途端、ピタリと動きを止めた。どうしたものかと思ったが、すぐに私の顔を見詰めているのだという事実に辿り着く。
 いけない、と即座に思ってしまったのは仕方がない事だ。一応人型と呼ばれる姿形こそ成しているものの、肝心の顔は人間と比べるべくもない。まだこの世の物事を理解出来ない赤子からすれば、私は化物に他ならないだろう。赤子に見詰められるのに耐え切れず、身体を後ろへ反らそうとした、その時だ。

「あーあー、きゃーい!」

 笑った、赤子が私に向かって手を差し伸ばしながらキャッキャッと嬉しそうに笑ったのだ。その時の私は恐らく物凄く間抜けな顔をしていたのかもしれない。だが、無理もない。今まで人間の男性に出会えば、怯えられるか怖がられるか死に物狂いで武器を向けられるかの、この三つの反応しか返って来なかったのだから。
 なので、赤ん坊の笑顔を見た時、純粋に驚いたのと同時に心の底から何とも言えない暖かさが込み上がって来た。魔物娘の性なのか、その感情が何と呼ばれるものなのか誰かに教えられずとも勝手に頭の中で理解していた。

 嗚呼、これが愛おしいというものなのか―――。

 そう思いだすと今さっきまで抱いていた躊躇など何処かへ飛んで行ってしまい、気付けば籠の中の赤子を抱き上げて大事に抱き締めていた。毛むくじゃらな胸に埋まった赤子は擽ったそうに笑いながらも、やがて毛の感触が気に入ったのか何度も頬擦りをして私の暖かさを堪能した。

 今の時代、貧困や戦争を理由に赤子を手放す親は少なくないと族長から話を聞かされた事がある。事実、族長の愛人として迎え入れた子供も貧困のせいで親に捨てられ、仕方なく少年兵として戦場を転々としていたという。とある戦場での敗戦をきっかけに、このジャングルへと命辛々逃げて来たらしいが、まさかそこで運命の出会いが待ち受けているとは当人も思いもしなかったに違いない。

 そして私の所に舞い込んだ赤子も、きっと同じ事情で親が手放したのだろう。だが、どんな事情かは知らないが態々手作り籠の中に綺麗な布を敷き詰めるなど、手の込んだ方法を取るところから察するに決して愛無き放棄ではないようだ。恐らく、仕方なく赤子を手放すしかなかったのだろう……と私は思いたかった。
 ふと視線を赤子が寝ていた籠へと向けると、そこに一枚の紙切れが半分に折り畳まれた状態で落ちていた。どうやら赤子の下敷きになっていたようだ。それを拾い上げ、徐に広げてみれば、そこには文章が書かれてあった。

 主に書かれているのは母親が子供を捨ててしまう罪悪感に対する懺悔と、赤子を拾ってくれる誰かに対する感謝と願いの言葉が詰まっていた。口先だけかもしれないが、それでも何も思わずに赤子を捨てるよりかは遥かにマシだ。

 そして手紙の最後の行には赤子の名が書かれてあった。

「ロック……。それがこの子の名前か……」
「うー」

 自分の名前に反応したのか、それとも私の呟いた声に反応したのか。ロックは円らな瞳を一杯に広げて、私の方をジッと見詰めていた。やがて視線に気付いた私もロックを見詰め、慣れない笑みを浮かべると彼もまた目を細めて笑ってくれた。
 今更赤子を連れて集落に帰るのも危険だし、何よりも私が男を獲得出来るように送り出してくれた集落の人々に赤子を押し付けるのは良くない。となれば、私が採る手段は一つしかない。

「分かった。こんな私に微笑んでくれたのだ。私がお前の母となろう」
「あーい!」

 そう言うとロックはまるで私の言葉を理解し、賛同してくれるかのように声を上げてくれた。アマゾネス族での子育てならば見た事はあるが、実際にするのは初めての事だ。正直不安もあるが、それ以上にこの子を守らねばならないという母性本能が遥かに勝っていた。

 
 初めての子育ては様々な苦難が待ち構えていた。時には厳しく、時には優しく、時には衝突し合い、時には謝り合う。ロックと過ごしてきた日々は果てしなく続く回り道のような苦労の連続とも思える日々ではあったが、子供の成長を間近で見れる幸福や充足感があった。

 そういった苦労を乗り越えた末にスクスクと真っ直ぐに育ったロックは、二十歳を迎えた頃には硬派と言えるほどに真面目な人間となった。
 赤子の頃は儚い印象しかなかった体も、二十歳も経てば何もかもが見違えて変化していた。主に私との鍛錬の甲斐もあるが、彫刻のデッサンにも選ばれそうな無駄の無い筋肉が細身で長身に肉体に備わり、男性ならではの肉体美を作り上げていた。それも単なる見せ掛けの筋肉ではなく、偶然ジャングルの中で遭遇するアマゾネス達にも引けを取らない程の戦闘力と瞬発力を秘めている。無論、狩猟時には強力な武器となっているのは言わずもがなだ。

 また顔付も凛々しい顔立ちにやや鋭い眼差しと、世が世なら美形と持て囃される顔立ちへと成長した。おかげで息子は何時しかアマゾネス達の間では『秘境の王子』だの『美形ターザン』など噂される程の存在になっていたらしが、そんな事を私達が知る由もなかった。

 だが、そんな噂の有無など、どうでも良い。問題なのは、立派に成長した息子を見る度に私の中にある野獣が蠢くのだ。その野獣は決まって息子が男の色気を垣間見せた瞬間に、脳裏に現れるのだ。

 襲え、犯せ、精を貪れ―――私の本性を曝け出せと言わんばかりに、魔物娘の性に何度も野獣は囁き掛けて来る。

 自分は母親なのだから息子を襲うなどと言語道断だと己に言い聞かせ、何とか自重しているものの、一方で脳裏に沸く甘い誘惑に何度も心が揺らいでしまったのもまた事実だ。
 幾ら口では親子だと言い張っても、種族として見れば二人は異なる種族に分類される上に、性別となれば雄と雌に分別される事も分かり切っている。

 つまりは、二人が肉体を繋ぎ合わせても何ら問題は無い。寧ろ、私が魔物娘だという現実を照らし合わせれば、今日まで肉体を繋ぎ合わせていない事そのものが奇跡みたいなものだ。

 しかし、今後も私はロックを異性の対象としてではなく、息子として見続けるだろう。
何せ彼とは異性としてではなく、実の親子として過ごした時間が遥かに長いからだ。
 その上、既に息子の方にはアマゾネス達が幾度となく接触しているらしい。恐らく、何れ彼はアマゾネス達に連れて行かれ、一族の誰かと夫婦の義を結ぶ事となるだろう。

 寂しくもあるが、息子の幸せを考えればコレで良いのかもしれない。こんな年季の入ったクー・シーよりも、若いアマゾネスの方が良いに決まっている。そして彼が巣立ってから、今度こそ本来の目的であった男を手に入れよう。

 しかし、私は脳裏に未来図を描く事に夢中になってて気付けなかった。息子のロックが発情した雄にも似た眼差しを、金色の瞳に宿していた事を。そして彼の視線の先に居るのが、自分である事も……。
15/10/22 23:47更新 / ババ
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■作者メッセージ
クー・シー可愛いよ犬っぽい顔立ちで男の人を喜ばせるしご主人様の為ならば何でもする健気な所とか凄く良いし男を喜ばす術を頑張って覚えたりもするし身体も張るし物凄くクー・シー良いよ良過ぎるよ。


但し私の小説に出て来るクー・シーは逞しいです(滅)

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