連載小説
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餓竜再び .12
バノッティがワイバーンに連れ去られ、ジュリアンとイリーナが文字通り火花を散らしていた頃、レオンとルイーザの睨み合いにも動きが起きた。
ルイーザは矢筒から矢を無造作に引き抜くと、素早く弦につがえる。
その動きに無駄が無い事もさる事ながら、尋常では無かったのは、弦を引くルイーザの右手には指で挟んだ三本の矢が有った事である。
それは本来、竜の巨体目掛けて大量の毒矢を一度に撃ち込む為の技術であったが、矢を散らせて防御を絞らせないという点で、ラスティとエルを守るレオンにとっては別の意味で厄介であった。

「っ!エルフじゃあるまいし!」
異様な射撃体勢を見たレオンは、とっさに空いている左手で太股に隠しておいたボーラを引き抜くと、右手のローブと共に振り回した。
パヂッ、パヂッと音を立てながら、放たれた毒矢は容易く弾き落とされてしまう。
ピンチの後にチャンスあり。
その動きのまま、レオンは左手のボーラをルイーザへと投げ放った。
風を切る鋭い音を立てながら、ボーラは真っ直ぐにルイーザへと飛んでいく。
見た事も無い武器に、ルイーザが「あっ!」と驚いた時には、既にその一対の錘を繋いだ鎖がルイーザの弓に絡み付き、弓を左手へと縛り付けてしまっていた。
相手を生け捕りにする為に使うボーラは、『ランタン』の人間が好んで使う武器の一つである。

更にもう一振り、今度はローブをサイドスローで投げ放つ。
ボーラとは比較にならないほど重いローブは、その飛翔速度も遅かったが、自分の左手に絡み付いた鎖に気をとられたルイーザは、投げられたローブに気付くのが遅れた。
ローブが今度はルイーザの両足を絡めとる。
反射的に足を出そうとしたルイーザは絡んだローブに足を取られ、つんのめってその場に転んでしまった。
片手両足を絡め取られた時点で、既にこの勝負は付いてしまったのだ。
魔物娘を決して傷付ける事なく、効果的に無力化する事を叩き込まれる『ランタン』の面目躍如とも言える、レオンの鮮やかな手並みである。
が、
勝負がついたその瞬間を狙ってラスティへ放たれたナイフを、レオンは素手で止める事しか出来なかった。

ブヅッ!
という刃物が皮膚を突き抜ける、嫌な感触が右手を襲う。
そこへ畳み掛ける様に、反対側のエルへもナイフが放たれる。
既に体勢を崩されたレオンは反射的に左足を伸ばし、エルへ投げられたナイフも受け止める事に成功した。
しかし、それは右手と左足にナイフを食らったという事でもある。
身を呈して庇った代償は、レオンにとって決して小さい物ではなかった。

「いやぁっ!!」
「レオンっ!」
「前に・・・出るな」
目の前でレオンが深手を負った事にラスティとエルが悲鳴を上げるが、それでもなおレオンは、大の字で二人の前に立ち続けていた。
チラと傷を窺えば、右腕と左足に二本づつ、どれも深々と刺さって反対側に切っ先が顔を出している。
傷口から流れ出た血が幾筋も走り、石畳に赤い滴を落としていた。
今は傷口が締まっているので大した出血ではないが、深手である事は間違いない。
レオンは辛うじて立ち続けてはいたが、痛みというよりも痺れに近い感覚が襲い始めていた。

「あーあ、まさか全部止めるとは思わなかったな」
建物の陰から、ゆるりと現れたルカは、酷く不満げな顔をしていた。
姉の身を囮にしてまで狙った隙を全て潰された事が、ルカとしては気に入らなかったのだ。
「姉さんを傷一つ付けずに倒したのは大したもんだけどさ」
右手に持ったナイフを指先で弄びながら、ルカはレオンへと問いかける。
「そんな身体中を穴だらけにしてまで、その腐れ竜を護る価値があるの?」
それは苛立ちと純粋な好奇心が半ばした問いであった。

「価値の有る無しなんて関係あるか・・・」
乱れた呼吸をしながら、レオンがルカを睨み付ける。
「ラスティやエルは生き直したい、幸せになりたいって生き返ったのに・・・それをまた不幸に出来るかよ!」
全ては自分が二人を見つけた事から始まった事なのだ。
ならば、それを幸せな結果に出来るのも自分しかいないではないか。
そこまで口にしようとした時、レオンはグラリと崩れ落ちた。

手足に力が入らない。
気が付けば、傷口は痺れを通り越して感覚すら失い始めていた。
ナイフをよく見れば、ビッシリと彫金が施されている。
それは、かつては竜を狩る際に、投げ槍の穂先として使われていた物だった。
彫金は単なる装飾ではなく、より多くの毒を塗る為の工夫だったのだ。
その無感覚が深手による物ではなく、毒によるものだと気付いた時、レオンは全身から嫌な汗が吹き出したのを感じた。

「あれ?その毒は人間には効かないんだけどな」
そのレオンの様子に、ルカも意外そうな顔を見せる。
人間に無害な毒だからこそ、ドラゴンスレイヤーの毒は安心して使えるのだ。
その事からルカは一つの推論に達した。
「お兄さん、ひょっとして人間を辞めちゃってる?」
竜にしか効かない毒が効いている。
それが導き出す結論は、その一つだけである。
レオンの身体は竜の魔力によって、本人も気付かぬ間にインキュバスになりつつあったのだ。
「なら手加減しないよ。竜を殺すのが僕らの仕事だから」
生涯を通じて、ただそれだけを身に叩き込まれてきた少年は、呼吸をする様にそう決めた。
そのルカをどうにかしようとしても、もはやレオンは満足に身動きすら取れない。
さすがに万事休すと、レオンも思った。
しかし、当然の如く、間に立ちはだかる者が二人。
ラスティとエルである。

「・・・もう我慢できない」
ラスティの口から感情が溢れる。
激しい怒りと揺るがない決意が半々。
それらが凄味のある表情となって顔へと浮かぶ。
ギリッという歯噛みの音を立て、ラスティとエルはルカの前へと立ちはだかった。
「駄目だ、そいつには勝てない・・・」
レオンが二人を止めたのには理由がある。
腐敗のブレスの射程距離には遠く、動きも素早くないドラゴンゾンビにとって、この状況は圧倒的不利でしかないのだ。
それでも、もう我慢できない。
腐っても竜である。
自分が愛した者が、自分を愛してくれた者が倒れたのを目にして、それでも逃げ出す様な怯懦は彼女達に存在しないのだ。

「いくら竜でも、トロい腐れ竜なんかに近寄る隙なんか無いよ?」
武器のリーチもスピードも、ルカの方が圧倒的に勝っている。
それが心理的な余裕となってルカを饒舌にさせていた。
「・・・そうかもね〜」
ラスティもそれは本能的に察している。
「・・・でも〜」
「あたし達も昔とは違うのよ〜!」
そう言うが早いか、ラスティは何かを投げつけるかの様に、右腕を大きく後ろへ引いた。
(投げつける!?一体なにを?)
予想外のラスティの動きに、ルカは咄嗟に相手の行動を見極めようとしてしまった。
結果的には、それが命取りになったのだが。
その直後、ラスティの掌にエルが飛び乗ったのだ。

「なっ!!」
余りにも予想外の光景に、ルカは言葉を失った。
「いっ・・・けぇ〜〜っ!」
そのままラスティが大きく腕を振り抜く!
その瞬間、ルカは二人の意図を覚った。
咄嗟にエルに向かってナイフを投げ付けるが、ナイフは虚しく空を切った。
普段ならば外さなかっただろうが、やはり意表を突かれて動揺していたのだ。
竜の怪力で投げられたエルは、たちまちルカの脇を飛び抜け、背後の石畳に爪を立てて着地した。
そして、既にエルは存分に息を吸い込んでいたのだ。

そんな。
血が滲むだけでは済まない修行に耐え、
寝ずに竜の習性を頭に叩き込み、
今の竜を相手にする為に知恵を絞ってきたのに。
なのに、
ドラゴンゾンビの親が子を「投げつけて来る」なんて、どこのドラゴンスレイヤーが思い付く?
そんな・・・
「そんなのってあるか!!」

それがブレスを浴びる直前の、ルカの最後の言葉だった。
17/11/03 23:08更新 / ドグスター
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