連載小説
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番外:ペンション連続折檻事件[9人の妻たち]
※過去作の妻と夫達が主演で御座います。



雷鳴が唸る。

風が鳴く。

雨が土を穿つ。


「くそ、電話線が切れたか!」

「携帯もダメっス!」

「課長おおおなんでちゃんと調べなかったんですかあああ」

「もう駄目だ...炙られて搾り取られるんだ...」

「吸い尽くされる...ミイラになるまで...」

「汚し尽くされるうううう」

「いや、まだなんとか...なんとか...」

「斬られる...斬られる...」

「アッハハハ!...ハハハ...」


夜の豪華なペンションで、震える男が9名。



***


9人は休日に、男共でゴルフにでも行こう、と計画し、懇意のタクシードライバーにバンを運転してもらい、この山奥のカントリークラブへ足を運んだ。

妻たちは「キャバクラよりは良いでしょう」と、承諾してくれた。

ちょっと怖かった。


ゴルフ自体は、つつがなく終わった。

皆慣れてきて、楽しむことができていた。


問題は宿泊施設だった。


9人とも豪勢なペンションに心を踊らせ


全員サキュバスの給仕達に疑問を浮かべ


出てくる料理が精のつく物ばかりな事に不安を感じ


ペンション名を検索し直して恐怖に打ち震えた。



その手の施設じゃねーか!!



***


「も、もうあの給仕の方々には別室に避難してもらった!だから大丈夫だ!大丈夫なんだ!!」

赤いセーターを着た男は、自分に言い聞かせる。


「めちゃくちゃ恨めしそうに見られましたね...話を聞いてくれる人達でよかった...でも...」 

青いセーターの男が青ざめる。


「我らが妻たちは、"どんなところに行ったのか"、すぐ突き止めるでしょうなぁ。アッハハハ!はぁ...」

緑のベストを着こなす男がため息をつく。


「そんなこと知れたら...」

白いレザージャケットの男が、呻き声を上げる。


「"掃除"にやってくる...確実に...」

「ご、御免っスよ!?そんなとばっちり...!!やべ、チビりそう」

ブラウンのダウンジャケットの紳士と、グレーのカーディガンのチャラ男がそんな話をしている。


「お、俺たち新人だから、何とかならないのかな...はははは...切腹は嫌だなぁあはははは」

「貧血で倒れたらすぐ楽になるかなぁあはははは」

錯乱する藍色のコートの男と、黒のトレーナーの男。


まさに阿鼻叫喚だった。



「落ち着け皆!まだセッ檻されると決まった訳じゃない!ここは皆で口裏を合わせて


バチン


黄緑のセーターの男が説得する間もなく、突然暗闇が男たちを包んだ。



う ふ ふ ふ ふ ふ



不気味な女の笑い声が、木霊した。


「な!や、やめろ!...ヒッ!?フィオ!?違うんだ、これは何かの間違うわああああああああぁぁぁぁぁ!!!」


ガタン!

バタン!ドタン!



パチン



照明が戻る。



8人が目にしたのは、

外れた窓枠と

窓の外にちらりと映った、黄緑のセーターの裾だけだった。




のこり 8人


***


「こ、こんな所に居られるか!俺は部屋に戻りますよ!!」

藍色の男が、途端に駆け出す。


「や、やめろ!それは映画で良くある死亡フラグだ!!」







自室でガタガタ震える男。


妻は献身的だ。

しかし同時に、スマホを音もなく両断するような太刀筋の持ち主。

彼女相手に不貞を働こうものなら、それこそ刀の錆にされてしまう。


「いや、あの先輩の奥さんはオーガだった...流石にこんな天気の中、うちの奥さんが来る筈が...」



カサ カサ カサ


「ヒッ」


彼は新婚ホヤホヤ故に、彼女の執念を見誤っていた。


カサ カサリ カサリ...


扉に張り付き、聞き耳を立てる。


頼む 通りすぎてくれ...

この扉を開けないでくれ...


カサリ カサリ  ...コン コン コン


「!?」


扉に伝わる、規則正しい振動。


「もし、そなた。」


その時の男は、何も答える事が出来なかった。


沈黙。


「...ふむ。」



次の瞬間。



ぐらり


男は、ドアの"下半分"と共に、前のめりに倒れ込んでいた。


見上げると、そこには藍色のクロッチ...

いやいや、全身に青い闘気を揺らめかせた落武者の女が、刀を鞘に納めていた。



「わああああ!!!」


部屋の隅に背中をぶつける。

男は再就職して初めて、絶叫した。


「ここは、濃厚な...男女の性の臭いが充満しておるな。」


「いや、その、ふ、不貞は!不貞はしてないから!!」


「...どうやらそうらしい。しかし...このような遊郭染みた所へ来る、その節操のない"刀"は...」


サラシを緩めながら、一瞬、彼女は刀に触れた。

男の服が、粉微塵に切り刻まれた。



「私が、そなた専用の鞘を以て成敗してくれる♥️」






デンチュウニゴザルウウウゥゥゥゥゥ アッソコハ


残った男達の所まで、甘い断末魔が響き渡った。



のこり、7人。


***


「あれは、見事な死亡フラグ、だったな...」

「魔物娘の嫁を見くびり過ぎっス...」


ブラウンの紳士とグレーのチャラ男が、そんな事を言いながら廊下を歩く。


彼らは二人で行動することにした。

何せこのペンションは広い。

迷路のように入り組んだ構造をしている。

そして、電源が戻りきっていないためか、廊下の先がしっかり見えないほど暗い。


二人はブレーカーを上げに行くところだった。


「ここでバラバラになったら、まず間違いなくヤられる。骨の髄までビショビショにされる。」

「安藤さんとこも、そっち系なんスね...っ!?」

「ど、どうした!?」


はたと、チャラ男は足を止めた。


見える。


暗い廊下の向こう。



足が。



よく知る、鼠少女の足が、うっすらと。



「っ!!」

「お、おい!待ってくれ!!」


バタバタと、全力でチャラ男は反対側へ駆け出した。


「!?」


また見える。


廊下の先に鼠少女の足。


「おい!!急に止まるなうおぉ!?」


慌てて足を止めようとした、ブラウンの紳士だったが、廊下のその場所だけ、異常に滑った。靴下がまるで摩擦抵抗を示していない。


これ以上無いほど、板張りの床はキレイに"掃除"されていた。


「うおわあああああ!?」


ツルツルと、少女の脇を越えて、ブラウンの紳士は滑り、闇の奥に飲み込まれていった。


「あ、安藤さあああん!!くそっ!!」


いつの間に、ここまで床が滑るようになったのか。


一体誰がここまで"掃除"したのか。


そういえばブラウンの紳士の嫁はキキーモラだったな。


ダンナサマァ...


奥から、なにか聞こえた気がした。


***


ガチャリ


滑り込んだ先は、風呂場だった。


「ふふ、ふふふふ」

「ヒッ...や、やぁ暫く振りだね。」

「旦那様ぁ...いけませんよ、そんなに汚しちゃって...」

「いや、出るときに随分と綺麗に仕立てて貰った筈だけど...」

「いいえ、ダンナサマ。汚れているのは、間違いありマセンヨ?」


バスタオル一枚の姿をした彼女は、満面の笑みを浮かべながら、にじり寄る。


「ドーマウスのモモカさんと、『もう、二度とこんな所に来ないぐらい、一杯マーキングしましょ』って、お話ししたんですよ...」


「は、はははは、それは仲良しで良いこと...だね?」



「ここならどんなに汚れても、すぐ洗い流せますから...いつもよりとびっきり、汚れましょう?旦那様♥️」


***


ウワアアアアァァァァァ...


グレーのチャラ男は、紳士の断末魔から逃げるように、廊下を走っていた。


十字路。


前。

少女の足。

右。

少女の足。

左。

少女の足。



「悪夢じゃねーか!!っわぷっ!?」

踵を返して、元の廊下を走ろうとした瞬間。


「じゃあもっといいゆめ、みないとねぇ...えへへ」

チャラ男は自分の妻と正面衝突していた。


「ヒッ」

「でもぉ...わたしのほうがあくむだったよ...?」


少女の目が開く。


「こんな場所に、愛しのトモヤさんが居るなんて。」

「ち、ちげーんだよ...って裾引っ張る力強っ!?」


「ふふふ、まだあの時、懲りてなかったんだね。...今夜は周りの匂い全部分からなくなるまで、上書きしちゃうから♥️」


ヒイイイイィィィ...


廊下に二つ目の叫びが木霊した。



のこり、5人。


***


ペンションは光を取り戻していた。だが...

「戻ってこない...か...」

「課長...もう、先輩たちは...」

「...ここの淫気にあてられた彼女らの責めたるや、目も当てられない状況になるだろうな...」

赤の男と黒の男は、落胆していた。


「うちの奥さん、どんな手で責めてくるのか...」

「アッハハハ、うちは溶かされないようにしないと」

「なにそれこわい」

青と緑の男は、この先訪れるであろう恐怖と快楽に、少しでも耐えようと決意していた。


「...」

白の男は、ただただ、無言だった。



バチン



「!! また停電か!?」

「あ、明かりを!」


赤の男が用意した懐中電灯を手に取ろうとしたとき、この季節に似合わない音が脳を揺らした。


蚊のような、虫の羽音が鳴り響いている。


無い、無い。

すぐそばに置いた筈の、懐中電灯が無い。



ちくり


ちくり


「ぐぅっ!た、高音!違うんだ...今回は本当にあぅっ!?」


暗闇の中、赤の男の身悶える声が聞こえる。


違う。懐中電灯を置いたのは右側じゃない、左側だった。



つぷり



首筋に痛みはほぼ無かった。

むしろそこから射精でもさせられるような、強烈な快楽。

いつもの比ではない。



「うぅぅっ!?」



羽音と吸血の挟み撃ちにあい、思考が正常に働かない。

懐中電灯など頭の中から消え去っていた。

ぼんやりする。




「ねえ。」

    「あなた。」

「もっとイイ事」

    「しよ?」

「大丈夫」

    「何も怖くない」



羽音は強くなる。



暗闇なのにもかかわらず、

赤と黒の男は、優しい羽音に導かれるように、それぞれの部屋へ導かれていった。


***


「...はっ!?」

「ご ろ う さーん?」

先程まで夢見心地だったのが、嘘のようだ。

目の前には縞模様のストッキング

細い透き通った羽

何故かナース服の

血のような真っ赤な眼をしたヴァンプモスキートが


これ以上無いような、満面の笑みを湛えて仁王立ちしていた。


「いや、ほんと!違うんだって!選ぶ場所ミスったんだよ!」

「日頃の行い」

「...」


何も言い返せなかった。


「ここに来てから、涎が溢れて仕方がないんです...濃ゆぅい媚毒が、お口の中に溜まって...全部五郎さんの身体に入れるまで、オ チュ ウ シャ しましょうねー?♥️」



***



ヤメロオオオオオ アヒン


隣から上司の悲鳴が聞こえてくる。

「私は、毒も何も持ってないけど...」

息の荒いダンピールは、組み敷いた男の首筋に、既に幾つもの吸血跡を残していた。

「折角、ヴァンパイアの佐野さんが『調教し甲斐のある僕を手に入れた』って、和解したところなのに...」

男は貧血のひとつも起こしていなかった。

代わりに、射精以上の未知の快楽が、吸血の度に黒の男を襲っていた。


「ぁ...ぅ...」


全身を弛緩させ、ハッキリした意識のなかで、彼女の責めを享受するしかなかった。


「今日は、誰があなたの女なのか、きちんと、その身体に教えないといけないわね♥️」


男は叫ぶことも許されなかった。



のこり、3人。


***


目の前(真っ暗だったが)で行われた凶行に、すっかり"受け入れる"という気持ちを削がれた、青の男。


「課長も沢田君も...くっ!」

「アハハハ...そろそろ私達も不味いかな?」


雷鳴と共に、雨は続いている。



パチン



明かりが戻った。


「...もう、セッ檻からは逃れられないのか...!?」

「まぁ最悪死ぬことなんて無いんだから、大丈夫ですよ。」

皮肉っぽく話す、緑の男。



雨漏りがピタリ、ピタリと床に水溜まりを作っていた。



「古谷さん!後ろ!!」

「え?」


水溜まりが蠢き始めた。


「!?」


彼等の妻は流体である。

二人は駆け出した。




「はぁ、はぁ...」

「もう、走れない...」


緑の男は、備え付けのベンチに腰掛けようとした。



ベンチが歓喜に震えるように見えた。


「渋谷さん危ない!!」


すんでのところで、青の男が手を引き、難を逃れた。


ベンチ"だった"モノは流体に戻り、ダクトへ飛び込んでいった。



ふふ ふ ふ




も う す こ し で し た の に







二人は空いた部屋に閉じ籠り、目一杯目張りをした。




「家具は触らない、オーケーですか?」

「は、はい...」


静まり返る部屋の中。


時おりかすかに聞こえる、他の仲間の呻き声と、嗤うような嬌声。


「もう、ここから出られない...」

『ええ、ええ。出られませんね。』

「その通りですわ......」

「!?」

「!?」


部屋の壁から、ぬれおなごが

じわり

と染み出してきた。


部屋が突然、歪に間取りを変える。




彼等はペンションの構造まで把握していなかった。



本来その空間は、"何もない"筈だったのだ。




暗闇に見間違う程の深緑の、生物の体内のような間取りに"彼女"は変形した。



ダクトを型取っていた"口"から、透き通った青白い液体がビタビタと滑り落ちる。



「いや、やられたね。自分達から"彼女の中"に飛び込んだって訳だ...アッハハハ!」

「ち、違うんだよカヤ!これは事故が重なったようなもので...」 



「ふふ、ふ、ふ!他の奥様方を乗せて、遥々ここまで来た甲斐が御座いました。...ご主人様の"運転技術"は、普段から拝見しておりましたし。」

「来てみてびっくり。こんなに濃い淫気の漂う場所なんて、初めてですわ。...おぞましい。他の奥様も我先に、と飛び出すぐらい。」

「特にあの奥様の怒気たるや...種族故、で御座いましょうか?キキーモラとドーマウスの奥様が失禁しておりました。」



久しぶりに、妻達の"あの"を直視し、悟った。


『観念するしかない』


「さて...♥️」

「御二人共、覚悟は宜しいですか♥️」


「あ、アッハハハ!! ちょ、待って、それはシャレになんないって!!」

「か、カヤさん?カヤ様?そんなに膨れ上がって一体何をするんですか!?」




二人の男は、深緑と水色に呑み込まれていった。



のこり、1人。


***


ヒャアアアアアアアアア"ゴポリ"

ゴポゴポと、排水音を遠くに聞きながら、白の男は依然、黙り込んでいた。


「あら、貴方は逃げないのかしら?」

「ああ、逃げても無駄だって、知ってるからな。...ユリ。」


いつの間にか、隣には白蛇の女がとぐろを巻いていた。


「...よりによって、ね。こんな所に来ちゃうなんて。何かの間違いなんでしょう?」

「間違いでもなんでも、お前には心配かけちまったからな。...どんな断罪でも受けるつもりさ。」

「まぁ、普段と違って男前なんですね。」


シュルシュルと白の男に巻き付く女。

めらりと、彼女の両手が蒼く、弱く燃える。


「そうね、潔い貴方は、"弱火"ぐらいにしておこうかしら。」

「..おうおう。お優しい嫁さんだこって。」













白の男は、内心、ニヤリとした。

そう。端から罪を認め、紳士的な態度を取れば、妻の処遇は軽くなる。

そう踏んで、わざと大人しく、彼女の"お縄についた"のだ。










「...0.85秒。」

「?」





「0.85秒、間をおいてから、調子の良いセリフを言う貴方は、『しめた』という感情の表れ。違う?」

「な、なん...!?」




ボシュ!!!



彼女の指先からは、もはや炎を越えてバーナーの如く火柱が一本、吹きだしていた。




「お、おい...嘘だよな?」

「上36°、遠くを見つめる仕草は、貴方が思考を巡らせる時。」


二本目の火焔が吹き出す。


「いや、マジでそれ仕事になんな」

「普段より30Hz低い声。貴方が本心を隠して話す時。」


三本目。


「な、なぁ!ユリ!その光をもうちょっと目のハイライトに」

「瞬きの回数、3秒に一回、ゆっくり。貴方が思ってもないことを口にする時。」


四本目。


「ふふふ、私、ちゃぁんと、貴方の事を見ているのよ?」


彼女の掌が、キィン、と鳴り響く。

限界を越え、蒼い焔が、その白い掌から離れて見える。


神々しいまでの笑顔を崩さぬ、彼女の身体全体が、色もなく陽炎のように揺らめいていた。




それは、余りに幻想的で。

「なぁ、ユリ。」

「なんですか。」

「綺麗だよ。」

「有難う御座います。」






「でももうちょっと上手く煽てないと駄目ですね♥️」

「くそバレたあああああああああああ






周囲の淫気ごと、彼の理性は跡形も無く消し飛ばされた。
19/03/17 22:32更新 / スコッチ
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■作者メッセージ
「ふぃー、今回の監禁は長かった...な...?」


「あれ?今日って会社休みだっけ?」


***


「やーん淫気が全部消えてる!」

「うわ!なんか屋敷がめっちゃ綺麗に掃除されてる!」

「窓も全部ピカピカになってる!?」

「『無礼をお許し下さい』って、書いてる...?あ、おむすび美味しい」

「あのお客さん達、物凄い精神力だったね」

「私達の魅了より"妻への愛と恐怖"が勝つって一体なんなの...」


***


少し原点に立ち戻ってみようと。

ドタバタ愛憎コメディが大好きです。

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