連載小説
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10話 長かった一日
――――――――――

「な、なぁ・・・さっきの兄ちゃん落ちたまま出てこないぞ?」
「な・・・なんでだろう?」
「知るかよそんなの!」

草むらの陰から数人の子供達が落とし穴の方を見ていた。
少し前、あの落とし穴に落ちた男性は一向に出てこようとはせず、それどころか人の気配すら感じられなかった。

「お前、見に行けよ!」
「い、いやだよ!君が行けばいいだろ!?」
「俺はここで見張っててやるから」
「おーいこらガキども、こんな所でコソコソ何やってんだ?」
「うわっ!?」
「うわぁああぁーっ!」

突然子供達の後ろから声がし、一人が首筋を掴み上げられた。
それ以外の子供達は我先にと、蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。

「は、離せぇ!」
「ほいほい」

突然出てきた人物は掴んでいた子の襟首を離し開放する。
離される同時に、掴み上げられていた子が一目散に他の子供達が逃げて行った方向へと走っていった。その人物はやたらと体格のいい男性。

「・・・無事かどうかはともかくとして、どうやらアイツあの世界に行けたみたいだな。カッカッカッカ!」

この男性、ミツキリシンラは威勢良く笑うと、ポケットから煙草を取り出した。
そして落とし穴の前まで歩いて、中を覗き込む。

「結構結構!あそこは良ぃい鍛錬になる。ま、死んだらお前はそこまでの男さね。カッカッカッカッカ!」

シンラはさも愉快そうにスグロの消えた穴を覗き込んだまま大声で笑う。

「はー・・・。さて、俺がしてやれるのはここまでだ。後は自分で何とかしやがれ我が愚弟よ!」

一通り笑い終えると、手に持った煙草に火をつけた。


―――――――――――――

「!?」

何だ?なんだか背筋がゾクッとした。・・・気のせいか?
いきなり来た謎の悪寒に懸念しつつも上着の下に着ているシャツを脱いでいく。
ガチャッ!

「にーちゃん、まだー?」
「こ、こらいきなり開けるな!」

ドアが開き、風呂場の中からルルナが顔を出した。流石に着替えまで一緒にとはいかないのでシャーリーたちには先に入って貰っている。
・・・半裸でよかった。

「はーやーくー」
「分かった分かった・・・!とりあえず閉めてくれ!」
「はやくー、シャーリーまってるよー」
「閉めろって!」

ルルナがドアを閉めるのを確認してから、ズボンを下ろす。そしてタオルを腰に巻いて準備完了。
もう一つタオルを持ってドアを開き、風呂場に入る。湯気で視界が霞む。

「にーちゃん、おそいー」
「はいはい・・・」

入ってきた途端に素っ裸のルルナが足にしがみ付いて来た。広くない風呂場だが歩きにくいのでルルナの腋を掴んで抱き上げてやる。

「にーちゃんきずだらけだ!どうしたの?」
「へっ?・・・ひゃわぁ!す、すすすスグロさん!?そのお怪我は一体」

普段は長袖の上着を着ている所為で見えない体の傷を見て、ルルナは心配そうに俺を見つめ、シャーリーは体に巻いていたタオルがずり落ちてしまいかねないほどわたわたと慌てる。

「お、落ち着け!この傷はそうじゃない!昔の傷だ!」
「へ?昔の?」

シャーリーの体がピタリと止まる。
そう、この傷はウチの兄貴によるものである。

「ウチの兄貴は何かと言って修行だの鍛錬だのと託けていろいろ無茶させるんだよ」
「ふえ〜、たとえば?」
「ん〜・・・雪山に遭難しても耐えられるようにだと真冬に氷の張った湖にぶち込んだりとか毒に対する抵抗力を高めるためだと毒蛇が沢山居る山に一ヶ月放り込んだりとか胃を鍛えろとか言っていきなり毒キノコを食わせたりとか・・・かな?」
「??」
「・・・・・・・・・」

ルルナは意味が分からないのか、キョトンと頭に?マークが付いていた。
しかしシャーリーに関しては顔の色が青くなり、同情で涙ぐむほどドン引きである。

「・・・苦労、なされたんですね・・・」
「・・・うん」

兄貴が鍛錬と言って俺に課してきたのはこれだけではない。さっき言ったのはほんの氷山の一角の、そのまた一角である。
・・・まさか、今回この世界に落ちたのもあのクソ兄貴のせいだったりするのか?いや、流石にあの『魔王』と言えど空間を捻じ曲げるなんて芸当は・・・やりかねない。あの無敵超人(色んな意味で)ならば。
そう考えてみると、思い当たる節が一つある。

“ここに来る10日程前”

『ようスグロ』
『何だよシンラ兄、また鍛錬か!?』
『そう身構えんじゃねぇよ。今日はちょっと面白い話をしてやろうと思ってな』
『面白い話?』
『ああ、俺が暫く家空けてたのは知ってるよな?』
『知ってるも何も、アレは家出だr』
『あ?』
『いえ、何でもありません』
『まあいい。で、その間の話なんだが、俺は異世界に行ってたんだ』
『はぁ?シンラ兄、いくらなんでもそれは無茶苦茶だろ。ついに頭までいかれちまったのかよ』
『話は最後まで聞けッ!で、その世界は魔法も何でもあり。お前の鍛錬には丁度良いだろうと思ってなぁ。今度連れて行ってやろうかと』
『ッ〜・・・!って、結局修行の話じゃねぇか!』
『ん?ああ、言わなかったか?』
『今さっき違うって言ったのは何処の誰だよ!』
『さぁ?』
『ひでぇ!』

・・・絶対兄貴だ。この場所に連れてきたのは絶対に兄貴だ。ガキンチョよ、あらぬ疑いをかけてすまない。
少し眩暈がしたので風呂用の椅子に座る。疲れていた所為もあってか、いとも簡単に膝が折れた。
と、同時にルルナが足のうえに飛び乗ってきた。ルルナの毛の心地いい感触が素肌に当たる。

「・・・さ、残ってる小麦粉落とそうな」
「ふにゃ?」
「お湯かけるぞー」
「ふゃーーー!?」

ルルナにお湯をかけると、嫌そうに悲鳴をあげた。逃げようとするのでわき腹を掴むと、俺の手から逃れようとじたばたともがく。

「こ、こら暴れるなって!」
「うー、おみずいやー。」

ルルナは小さい体を大きく震わせてかかったお湯を辺りに飛び散らせる。その水はほとんど俺の体にかかってるんですが。

「ルルナちゃん、大人しくしてないと抱っこしてくれないそうですよ?」
「うー・・・それもやだぁ・・・」

シャーリーナイス!
困っていたのを察知してくれたのかシャーリーが隣に来てルルナを宥めてくれた。思わずGJサインをしてしまったが、シャーリーはにこりと笑って返してくれた。

「むー・・・」
「早く終らせような」

ルルナにもう一度お湯をかける。今度は嫌そうに呻くが観念しているのか暴れようとはしない。
タオルに石鹸をつけ、泡立てた後ルルナの体を洗ってやる。洗っている間もルルナは嫌そうに顔をしかめていた。・・・そんなに水が嫌なのかな?
小麦粉はすぐに取れたので少し洗ってやるだけで済んだ。仕上げにお湯をかけて泡を流してやる。

「はい、良く我慢できました」
「うゅー・・・」

ルルナは再び体を震わせると、半泣きになりながらこちらを見上げる。頭をやさしく撫でてやると、ルルナは嬉しそうに尻尾を振った。

「おーい、俺も体洗うから退いてくれな」
「やーだー」

立ち上がろうと思いルルナを抱き上げようとしたがルルナは足にしがみ付いて離れようとしない。
・・・困ったな、早く小麦粉落としたいんだけど・・・。

「さ、ルルナちゃん、湯船に入りましょうね」
「むー・・・」

シャーリーがルルナを腋から抱き上げる。ルルナもなぜか抵抗せずにそのまま一緒に湯船につからせられる。
・・・シャーリーすげぇ。

「さて・・・」

小麦粉を落とすためにタオルで体を擦る。


――――――――――――――


「ふぃ〜、さっぱりした〜」
「・・・・・・」

風呂から上がり着替えた後、脱衣所を出たところで筋肉を解す為に軽く伸びをする。先程からルルナが足にしがみ付いて離れようとしない。
どうやら眠たいらしく、時折首をカクンと落とし一瞬起きるがまたうとうととし始める。
後から出てきたシャーリーも同じだ。もはやいつ寝てもおかしくない。

「・・・寝よっか」
「・・・うん」
「ふぁい・・・」

足元の覚束無いルルナの小さな体を抱き上げてやる。そのままベッドへ連れて行ってやり、掛け布団をかけて寝かしつけてやる。

「シャーリー、狭いだろうけどベッド一つしかないんだ。・・・我慢してくれる?」
「あふ・・・構いませんよぉ・・・。スグロさんはどうされるんですかぁ・・・?」
「俺?俺は床で寝るよ」
「で、でも・・・それじゃ・・・」
「いーのいーの。ほら、寝た寝た」
「じゃあお先に失礼しますね・・・ふぁ・・・」

シャーリーは欠伸を一つすると、俺以外が入っている布団へと潜り込む。
・・・お疲れさま。

「さて、俺も寝るかな・・・」

ベッドよりも少し離れたところに寝転がり上着を脱いで掛け布団代わりにする。板の冷たい感触がむしろ心地良い。これならココでもすぐに寝れそうだな。

「お休み・・・」

心地良いまどろみのなか、ゆっくりと目を閉じた。


――――――――――

夜中、ふと腹に重みを感じて目が覚めた。・・・どうやら何かが乗っているらしい。

「すー・・・すー・・・」

確認してみると、そこにはベッドに入っている筈のルルナが気持ちよさそうに腹の上で寝息を立てていた。
・・・やれやれ・・・。
ルルナをそっと抱き上げて隣に寝かせる。頭が固い床に当たらないよう片腕で腕枕をしてやり、掛け布団代わりにしている上着をかける。
再び襲ってきた睡魔に身を任せて、そのまま目を閉じた。
11/08/05 14:25更新 / 一文字@目指せ月3
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■作者メッセージ
兄貴の本登場はもう少し先。

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