読切小説
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まものむすめラビリンス!
   **魔界国家 ブラックスワン**

「出向……ですか?」
「ええ、貴方達には今後向こうの指揮官の下で動いてもらうことになるわ。人間のね」

その言葉が出た瞬間、一同に一気にざわめきが広がった。

「今後両国の交流にも繋がる話だから、しっかり役に立って来なさい。はいこれ出向書」

将軍であるリリムから配られた紙片を、部下たちは食い入るように読み始めた。
内容は、人間国家の領地内で発見された大規模地下遺跡群の探索に対し、こちらの魔物国家から兵力貸与するというもの。
貸与した兵力人員に対しては、向こうの国で特別配置された人間が指揮官として着任する事になる。
地下遺跡群の情報についても記載されていたが、魔物たちの興味はおおむね「指揮官」の方に向けられていた。


「なるほど、遺跡内には独立型の防衛機構が数多く存在……なら私の剣の腕に信頼が置かれるというわけだ」

早速自分が頼りにされる未来を想像し、余裕の笑みを浮かべるのは近衛精鋭のリザードマン。

「そうかしら? こういう場所には、魔術的な罠や封印が数多く施されてるものよ。だったら私の出番じゃない?」

指揮官にもっとも近い位置を陣取れることに自信を見せたのは、軍部内で魔術指導も担うダークメイジ。

「探索潜入となればわたくしめの最も得意とする所故、終始良い結果をお見せできるかと」

求められている仕事内容に対して圧倒的な優位性があると自負するのは、敏腕工作員のクノイチ。

「指揮官が求めるのは兵力だけじゃない。傍には秘書の役割を持つ、情報整理に長けた側近が必要さ。ボクみたいなね」

仕える相手の仕事環境を整える事において自分の右に出るものはいないと読んだのは、軍医兼秘書官のリッチ。


それぞれがそれぞれの理想的な未来予想図を頭の中に思い描く中、一人だけが素早くそこを退室した。
普段から地味で存在感が希薄である彼女の動きに気が付いたのは、将軍のリリムだけだった。










   **人間国家 ウェルチアース**


この小さな施設の中、目の前にある扉を抜ければ今後自分の執務室となる部屋に入ることになる。
ついに来てしまった今日という日に、はぁ、と幾度目かのため息をついた。

古代遺跡探査局局長、という新しく作られた役職への就任だが、官吏としては左遷に近い。
以前にいた兵部部門では自分以外の皆が優秀だった中、焦りを感じつつ提起した技術見直案が他からの指摘を受けて撃沈したのだ。それはなるべくしてなったようなものだし、そもそも自分が高等官吏に入れた事が奇跡のようなものだった。
そしてこの新設部門はよく分からない遺跡をよく分からない魔物の手を借りて調査するという不明瞭な部門で、実質こちら側の人員は自分だけ。結果が出なくても構わないし、切り捨てることだってできる……という事で自分が配置されたのだろう。自分の経緯からして納得はできるが、先行きが見えないのがただ不安だ。
魔物国家とは先々月の国家間同盟が締結されたと知ってはいても、相対するのは今日が初。危害を加えられることはないと聞いてはいるし、一応これでも国家間の共同計画だ、自分の安全について危惧する必要はないと信じたい。

さて、魔物国家側の第一派遣人員は今日の十時に到着すると聞いている。
とりあえずそれまでに、長らく使われてなかったこの施設、この部屋だけでも掃除をしておくか――と、ガチャリと扉を開いた。


「「「局長、おはようございます!!」」」


中にいる数名――中には人の形からやや外れたシルエットもあるが、それらが一斉にこっちを向いて敬礼の構えをとった。

「…………」
「…………」

かつての兵部部門の同僚たちとは違い、自分は想定外の事態への対処に時間がかかる。
最初に口から出す言葉を組み立て、指揮を行う立場としてどういう口調で接するかを判断するまでに随分沈黙を作ってしまった。

「……おはよう。今日から局長として遺跡調査の協力を依頼する事になる。今後宜しくお願いしたい」
「「「はい! こちらこそよろしくお願いいたします!!」」」

各々に微妙に態度の差はあれど、全体的に雰囲気は軍部実働隊のそれだった。

「到着は十時ごろになると聞いていたんだが」

早速の疑問を呈してみると、落ち着いた雰囲気を持つ十字を背負った魔物が答えた。

「ボクも早く会いたく……いえ、遅れるような失礼が無いようにと思ってね。ご迷惑であれば大変失礼した。局長」
「ああ、いや、少し驚いただけだ」

まだ少し動揺しているのを抑えようと息を整え、部屋奥中央の大きな机をもつ局長席に着席し、とりあえず指を組んでみる。
人の上に立つことには慣れていない。今ここにいる魔物全員分の視線が自分に集中しているのがあまりにも落ち着かない。

「あー、その、えー。古代遺跡探査局局長に就任した、アレフ・トワイライトだ。改めて聞くが、君たちが魔物国家ブラックスワンから派遣された第一人員で間違いないだろうか?」
「「「仰るとおりであります、局長!」」」
「……では、協力してこれから遺跡探査の初動を計画したい、のだが」

と、アレフは言葉に詰まった。
派遣人員と協議して遺跡探査計画を組み立てる、という目的に対していくつか今日やるべきことは想定していたはずだが緊張のせいか、その順番が思い浮かばないどころか何をするべきかさえも頭から消え始めていた。こんなんだから自分は左遷されたんだろう、なんて余計な考えの方が思考を多く埋めてゆく。

「局長、僭越ながらボク達の方から提案があるのだけれど」

再び起こった沈黙を見かねたように、先ほどの魔物が挙手をした。

「同盟が締結されたとはいえまだ交流も浅い魔物の指揮、慣れない事ばかりだろう。だから、ボク達の中から一人秘書役を選んでいただけないだろうか? そこからボク達の部隊編成や指示の方法を説明できれば、それら局長の指示が必要な部分に集中頂けるかと。一応全員最低限それはこなせるだけの知識は持っているから、誰を選んでくれてもいい」

明かな助け舟。ありがたい、と同時にアレフは自分が情けなかった。それでも今はその助け舟に縋るほかない。

「……すまないな。いきなり面倒をかけて。是非その提案に甘えさせてもらう。それじゃあ――」
「一つよろしいですか局長!!」

適当に指名しようとした瞬間、凄い勢いで挙手と共に横入りする声があった。
一番窓側に立っていた、爬虫類のような特徴を持つ大剣を携えた魔物だった。

「元ブラックスワン近衛隊、リザードマンのカーリン・レッジメット! 剣の腕には自信があり、遺跡内がどのような危険に満ちていようと単騎で走破できると自負しております! もしお望みであれば、恐れながら局長にも剣の手ほどきと、あらかたの危機に対処できる身の捌きをお伝え致しましょう!」

急に何を、と思ったがどうやら自己アピールらしかった。
ここで秘書役を任せると、魔界国家に帰って優遇でもされるのだろうか、などとアレフが考えていると次々と自己アピールが始まった。

「元ブラックスワン魔術研究室、ダークメイジ、ミシュリー・アンザイン。大概の魔術は熟知しているつもりですが、中でも防御結界・探知結界の構築と看破を専門としておりますわ。この能力、今回のような探索において非常に役立てると思いますので、是非御一考の程を。どのような指示でも従いますわ」
「元ブラックスワン諜報工作員、クノイチのマイ・タチカゼ。姿を隠蔽・気配を遮断しての隠密行動に秀でております。これまで情報の奪取の任務などを行ってきましたが、失敗したことはありませぬ。また、どのような時でも御用とあらば即座に眼前に現れて見せましょう。秘書としても存分に役立てるかと」
「元ブラックスワン軍医兼秘書官、リッチのエイラ・ミストレイン。秘書としての仕事であればボクが一番経験豊富でしょう。人の配置についてのノウハウも熟知しているし、全体状況の把握も得意分野だ。傍に置いてくれれば、業務に面倒など感じさせないと約束するよ」

気が付けば最初に説明をしてきた十字架の魔物――リッチまで自己アピールを終え、ひと段落ついたところでもう一人が挙手をする。

「あ、あのっ!」

リッチの背負うやたら存在感のある十字架の横に、黒い衣服に身を包んだ小さな魔物がおずおずと現れた。
その小柄な魔物は胸元の前で指を組むと、ふり絞るような声でアピールに続く。

「も、元ブラックスワン雑用係、ドッペルゲンガーのリサ・ヒトミヅキ、です! まだ未熟な身ですが、精いっぱい頑張るつもりでいますので、アレフ局長、その、よろしくお願いいたします!」

まるで言葉を考えていなかったようなたどたどしい様子で、リサと名乗った小さな魔物は最後の自己アピールを終えた。


「――じゃあ、リサ。秘書は君で」
「((((何いっ!!??))))」

局長アレフのまさかの即断に、選ばれなかった魔物たちは一斉に驚愕の顔を見せた。

「本当ですか!? あ、ありがとうございます!!」

喜ぶリサのすぐ横で、最も頭の回転が速いリッチ・エイラが素早くこの状況を振り返る。

「(何故だ、リサは何一つアピールができてなかった! この状況でリサが選ばれた理由は何なんだ、一体……まて、あれは……)」

エイラは、リサが手に持っている紙片に不自然さを感じた。一番上は将軍のリリムから配られた出向書であり、それは全員が持っているものだ。しかし、その下に何枚も重なっている紙片は何だ。その他に配布された資料は無かった。だとすれば。

「(独自に調査したっていうのか!? おそらくはこの局長個人について!)」

出向書を受け取った直後、即座に行動を開始していれば得られた情報だった。この局長が、優秀な人間が勢ぞろいしている場で失敗したことでこの新設部門に移ってきたという経緯を持つことに。そして人心に鋭い者が態度を見れば察せられる。この局長は自分の存在価値を疑いつつあり、自分より優秀な相手に対して強いコンプレックスを抱いてしまっているという事に。

「(そもそもリサが雑用係だったのは三カ月だけで、その後擬態潜入部に移って着実に実績を出したからこそこの第一派遣人員に入ったんだろうに!)」

自分の能力アピールは逆効果だったのだ。その事にリサはいち早く気づき、むしろ大幅に謙遜する方針に切り替えた。

「(まさか、このボクが出し抜かれるなんて……恐ろしい子……)」

天を仰ぎ見るエイラの他、それぞれの魔物たちはまだ「?」のマークに包まれていた。





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Tips

[その小柄な魔物は胸元の前で指を組むと、ふり絞るような声でアピールに続く]

相手が足を組みかえれば自分も組み換え、相手がペンを握れば自分も握るなど
対象と同じポーズを取る事で、相手に無意識下での仲間意識を発生させる交渉術。
「ミラーリング」と呼ばれる。

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「それではわたし、ドッペルゲンガーのリサがアレフ局長にお願いしたい仕事について説明させていただきます!」
「ああ、よろしく頼む」

他の人員達は一旦退室し、兵舎の構築等に手を付け始めたらしい。
そのため、局長室の中はアレフとリサだけになっている。
自分に刺さる視線が少なくなったためか、ようやく少し落ち着き、質問をしてみる程度の余裕が出てきた。

「……余談だが、一つ聞いていいか?」
「はいアレフ局長。わ、わたしに答えられることであればなんでもどうぞ!」
「君はドッペルゲンガーだったな?」

個人的な問いであることが意外だったのか、リサはきょとんとした表情になった。

「君のそれは擬態の姿か? それとも真の姿か?」
「あ、そのことですか……」

リサは少し俯き、少し考えるように口を閉じた。

ドッペルゲンガー、と今何度も聞いて気になることがあったのだ。
アレフの知識では、ドッペルゲンガーは基本真の姿は現さず、場に応じて最も適した姿に変える。
多くの場合絶世の美女となるが、その真の姿は小さく地味な少女である、と本で読んだのだ。
目の前の少女は可愛らしくはあるが、絶世の美女というには印象が違う。
やや立ち入ったことを聞いてしまったかもしれない――と思ったが、知識と食い違う状況を尋ねずにはいられなかった。

やがて、リサは話しにくい事を話すような雰囲気で語りだす。

「これは真の姿です。その、以前は擬態も普段からやってたんですけど……本当のわたしよりも優れた自分ってものを演じることが辛くなっちゃったんです。無理して演じてまわりと対等になるなら、その無理をずっと続けないといけないのかなって思って。だからそれをやめました。えっと、もっといい存在になれるという希望を捨てたわけじゃなくて、自分を見失わないようにしようって決めたんです」
「……そうか」

それは、アレフの過去にも重なる話だった。

「立派だな」
「いえ、そんな! すいません局長、長々と喋ってしまって!」

目立って秀でた部分が無くとも、この真っ直ぐ立てる意志は純粋だ、とアレフは思った。
快く信じ任せられる相手としては申し分ない程だ、とも感じた。

「じゃあ、改めて業務の説明をお願いしていいか」
「あ、はいアレフ局長! それでは部隊の編成あたりから説明させて戴きます。この一回で全部覚えようなんて身構えなくて大丈夫ですよ! なんとなく見覚えがある程度でオッケーです。その、わたしも少し前に学んだばかりなので受け売りですし」

少し雰囲気が湿っぽくなっていた空気が、その快活な返事と共に切り替わる。
リサが部屋の後方に置いていた木箱から数冊の大きな本を取り出すと、アレフの机の上に積み重ねた。

「ちょっとわたし届かないのでこっちから失礼しますね」
「え、ちょっ、あっ?」
「よいしょっと、それでは、アレフ局長に行っていただく探索用の小隊編成については……」

椅子に腰掛けるアレフの身体をするりと登り、リサはその膝の上に着席して講義を開始した。
予想外の行動と零距離の感触にさすがに動揺するが、動かせる意識をどうにか講義に向ける。

「で、えー、こんな風に最大6人で編成して頂くことになります。このリーダーが行動不能に陥ったら撤退です。いいですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」

それどころじゃない気もしたが、膝の上の小さな講師は何も問題は感じていないらしい。ならこのままでいいのだろう、か?
疑問がふわふわと頭に浮かぶが、今は言われた通りにその説明を頭に入れる事が最優先なのだろう、とアレフは判断。

「それで……遺跡の中には攻撃してくるなにかがいたりするので、その場合戦闘に入ります。その判断は現場に任せることになるんですが、大事になるのは編成で決めた人員のスキルの組み合わせで……」

身構えなくて大丈夫、とは言われたが。
落ち着かない状況の中、アレフは必死にその説明を頭に詰め込み続けた。




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Tips

[やがて、リサは話しにくい事を話すような雰囲気で語りだす]

質問に誘導して自分の負い目や秘密を明かし、相手に主導権を委ね信頼の意思を示す交渉術。「自己開示」とも。
「心を開いてくれているなら、自分も相手に心を開かねば」と感じさせ(返報性の法則)、同時に
「負い目を明かしてくれるほど自分は信用されているんだ」という錯覚を発生させる。
明かす秘密が事実である必要はないが、対象にも重なるような話であれば強い親近感を与えられる。

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Tips

『わたしも少し前に学んだばかりなので受け売りですし』

「未熟なまま、聞いたことをそのまま喋っているに過ぎない」という意識を与えて
教えられる側が教える側に持ち始める「上から目線だ」という不快性の感覚を緩和するフレーズ。
教える・教えられる立場は堅苦しくなりがちだが、心理的に近い距離を保ちやすくなる。
別件として、根拠が怪しい情報発信をする時の責任逃れとしても使われるフレーズでもある。

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Tips

[リサはその膝の上に着席して講義を開始した]

「優先的にやらなければならない事」が始まってから他の事に言及するのは邪魔と感じられ憚られることから、
本来断られるような行為であっても、強行した直後に優先度の高い事を始める事で拒否をすり抜ける心理的状況利用。

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「あー、ユニットは"近接"と"遠隔"と"隠密"と"支援"の4つに分類されて、それぞれが探索と戦闘に特技を持つ――か」
「その通りですアレフ局長! 私からアレフ局長に最初に伝えたいことはこの位で以上となります!」

数十分後か、あるいは一時間後か。正確にどれだけの時間が経ったか分からないが、リサの抜粋する基礎知識についてアレフは一通り説明を受けた。

「なんとなくだが、それでいいのか?」
「ええ。後は実際にやってみるのがいいと思いますよ」

まだ頭の中をぐるぐると浮かんでは消える、学んだばかりの基礎知識についてアレフは噛みしめるようにそれを反復。
リサはしばらくその顔を眺めていたようだったが、思いついたようにアレフの膝から滑り降りた。

「あ、そうだった、忘れてました」

そして再び木箱から何かを取り出すと、局長机の上に積み始める。

「これ今日のログインボーナスです」

小さな箱に、虹色に輝く小さな宝石が5つか6つほど入っていた。

「……今日の何だって?」
「わたし達の国からの届いた日毎の支援物資ですね」
「日毎って、毎日来るのか」
「ええ。ささやかながら援助してくれるとのことです、あ、それからこれも」

一瞬リサがしゃがむと、次々と箱を並べ始めた。

「これ、初週ログインボーナスです」
「こんなに……随分と気前がいいんだな」
「こっちは魔王軍結成600周年キャンペーンボーナスです」
「魔王軍の記念日でなんでここに物資が届くんだ?」
「これは昨日あったらしいメンテナンスのお詫び分です」
「何が何だって???」

あっという間に机の上を占拠する物資の数々。
アレフは感謝を通り越して不審さまで感じつつ、物資の中でも目立つ虹色の宝石を手に取った。

「先の話で聞いたからこの箱の回復アイテムの類は分かるが、この宝石は何に使うんだ?」
「あ、あー、それはとても価値の高い物なんですけど……ちょっと闇深い話もあるので説明は後にしましょうか。扱いを間違えると最悪アレフ局長が爆死しちゃいますので」
「これ爆発するのか!? なんでそんな危険なものを山ほど送ってきたんだ!?」
「いえ! これが爆発するわけではないんですが……その、とりあえずこの物資は倉庫に運んでおきますね」

焦り、それでも慎重にその宝石を元の位置に戻すと、リサはそれらを木箱の横へとまとめて置いた。
突然出てきた死というフレーズに、この仕事に対する不安感が急に再燃する。
しかしそんなアレフの内心を知ってか知らずか、リサは振り返ると同時に顔の前で両こぶしを握り、こちらを元気づけるような仕草をとった。

「それでは改めて! ちょっとだけですが、試し程度で遺跡探索行ってみましょうか!」


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Tips

『その通りですアレフ局長! 私からアレフ局長に最初に伝えたいことはこの位で以上となります!』

とにかく相手を二人称などではなく名前で呼び、繰り返す。「ネームコーリング」とも。
自分の発言に対して対象の注意をひきつけ、同時に好意的な心理効果を作り出す。

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「……これでいいのか?」
「はいアレフ局長、これで探索の開始ができるようになりました」

リサからの指示を受けつつ記入した「作戦開始令」という一枚の紙。
欄が六個あるはずの作戦人員には、リサの名前が書いてあるだけだった。

「一人で行かせるっていうのが気にかかるんだが」
「他の方々は設営作業中なので……。でも大丈夫ですよ、どうせチュートリアルマップですし」
「何だって?」
「いえ、あの、アレフ局長から今回の作戦に『行動制限:10分』を入れて頂きましたから。ちょっと覗いて出てくるだけで危険はありませんよ! 大丈夫です。局長に作戦令を一回試しに出してもらうってためだけですから」
「『敵への対応:回避』で『方針:常時警戒』を選んでるわけだから、できる限りの安全策って事になるのか……?」
「そうです! さすがアレフ局長、一度説明しただけの事をしっかり把握していらっしゃいます!」

まぁそういうことなら、という気持ちでアレフはこれを了承。
しかしそれでも他者の身を預かるという状態には緊張がつのる。

「絶対に無理はするんじゃないぞ」
「はい。その時はすぐ戻りますから」

びしっ、とリサは敬礼してみせる。
期待に応えようと張り切る様子は人懐っこい子犬にも近い。
そこまで言われては、これで任せざるを得なかった。

「分かった。じゃあこの令状を君に渡せばいいのか?」
「いえ、こちらの指揮官判を令状に押して頂ければ、それで作戦参加人員に命令が下ったことになりますので」
「ああ、これってそう使うものだったのか。……こうか?」

アレフが最初から机の上に置いてあった大きな丸い判子を令状に押すと、ポンという軽い音と共にリサの頭の上に[LEADER]という文字が飛び出た。

「何か出たぞ」
「作戦に参加したって表示です。今回はわたし一人なので自動的にリーダーになるんです」
「ああ、そうだったな。そんな目に見える表示が飛び出てくるってのは初耳だったが」

くるくると回転している[LEADER]の文字を眺めていると、リサが敬礼したままの姿勢で発光し始めた。

「それではわたし、リサ・ヒトミヅキ! 行ってまいります!」

バヒュン、という音と共に一際強く発光したかと思うと、その姿が一瞬にして掻き消えた。

「…………」

アレフがその光景を理解するまで、しばらくの間を要した。

「……そうやって出発するのか……」

一人部屋に残されてしまったが、おそらく10分後に同じやり方で戻ってくるのだろう。
ハンコと同じく机の上に置かれていた魔導石板には、「1ターン目:行動中……」と表示されている。
とりあえず戻ってくるまで待っていればいいのか。そう判断して部屋を見まわし、アレフは部屋の隅に目を止めた。

「あぁ、慌ててたからなぁ」

それはリサが何度か物資やら資料やらを持ち出してきたいくつかの荷物。それらが少し散乱している。
ここまでの様子を見ていた感じ、大きな木箱が局への物資類で、小さな革袋はリサの私物のようだ。
片づけておこうかと近寄ってみたが、散らばった物のうちどれがリサの私物でどれがそうでないのかが分からない。
変に動かす事はしないでおこうと考え直した時、革袋の口からはみでた本の題名が目に入った。

「『仕事を成功させるために、今すぐにでもできること』……?」

いくつかのページが折られているあたり、既に随分と読み込んでいる跡が伺える。
少し躊躇したが、アレフはそれを手に取り、端が折られているページの一つを開いてみた。

「『人に説明をする時に、聞き取りやすく大きな声で話すには』か、なるほど……。呼吸と姿勢……『腹式呼吸のコツは、ため息のように吐く息を意識する事』か……」

そういえば、リサは大事なことを説明する時に声が大きくなり、質が少しだけ変わる。
しばらく続けていると疲れの為か小さくなってしまうが、また思い出したように大きくなっていたりもした。
アレフは少し黙考し、時計を確認。リサが戻ってくるまでは、まだ時間は8分ある。

「ふーっ……、あーー、あーー」

自分の腹部に手を当てて、アレフは本に載っている事を試してみる。

「あーー、あーー。……はじめまして……」

触発、というのだろうか。
少しだけ、よりよい自分になれるように努力しようと思い始めていた。



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Tips

[革袋の口からはみでた本の題名が目に入った]

目に見えない努力というのは評価されないものであり、評価されるにはアピールが必要だ。
しかし、最も好印象なのは「隠れた努力を評価側の人間が偶然発見する」事である。

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「リサ・ヒトミヅキ、只今戻りました!!」
「あぁ、お疲れ……ゴホン、お疲れ様、ありがとう」
「! ……いえ、少し足を踏み入れてきただけですから!」

出発した時と同じような発光を伴い、予定通りの時間にリサが帰還した。
魔導石板には『QUEST RESULT』という名目で、今回の収集アイテムの結果が表示されている。
敵との遭遇は無く、罠を一度踏んだのみ。得たアイテムも僅かだが、これから幾度となく繰り返すであろう仕事の内容は理解できた気がする。
アレフは机の前に来たリサに労いの言葉をかけると同時に、先程配られていた物資のうちの一つを手渡した。

「じゃあ、これ。その膝の傷、罠を踏んだ時のものだろう」
「え、回復薬ですか? 確かに少し体力が減ってしまいましたが、この程度なら自然回復で……」
「使っておいて欲しい。……あー、実際に使った効果を確認しておく必要があるからな」
「……分かりました。それでは使わせて頂きますね。ありがとうございます!」

リサは少し唖然とした顔になった後、アレフの説明を聞いて笑顔になる。
そしてリサはカプセル状の回復薬を床に落とし、踏んで砕いた。
するとガラスが割れるような音と同時に大量の霧が立ちのぼり、それが晴れた時にはリサの傷は癒えていた。

「……回復薬って、飲み薬とか塗り薬とかじゃなかったんだな」
「そうですね、その、探索中に使う時とか、塗ったり飲んだりする暇が無いこともありますから」
「あぁ、合理的な改良をされた結果そうなったのか一応」

変な所で困惑してしまい、ここで一瞬沈黙が訪れる。
しかし、リサがすぐにその空気を切り替えた。

「それではアレフ局長。初日の説明はとりあえずここまでにしようと思うのですが、いかがでしょうか?」
「あぁ、一応こっちも上に出さないといけない書類作ったりしないといけないからな。そうしてくれると助かる」
「では一旦ここまでとしますね。で、一応わたしも秘書としてその隅の席を頂いてもよろしいでしょうか」
「ああ、あの机は秘書用って事か。分かった。じゃあそこにいて欲しい」
「はい!」

元気よく答えたリサは、秘書席へと移動し――かけて、すぐにまたアレフの前に戻ってきた。

「言い忘れましたが、聞きたいことがありましたらいつでもわたしをタッチしてくれるとその場所によっていろんな話をしますから。頭をタッチすれば攻略に関する情報を、肩や腕をタッチすれば世間話をお話ししますので」
「……なんでそこで身体に触る段階が入るんだ、普通に話しかけるんじゃ駄目なのか」
「えぇ、まぁ、それでもいいんですけれど。一応そういうシステムもあるという事で」

リサはそれではお疲れさまでした!と一礼すると、秘書席に背筋を伸ばして着席、手帳らしきものに何かを書き込み始めた。
アレフはそんなリサの様子をしばらく眺めていたが、だんだんリサの顔が赤くなってきたのを見てあまり凝視しては迷惑と気付きそれを中断。
自分が作らなければならない業務日報の様式を取り出し、自国に今日の事をどう報告するか考え始めた。




十数分後、ようやく書く内容が頭の中でまとまり、アレフは書面に筆を走らせ始める。
おおよそ半分は書けただろうかというところで、目の前にコーヒーカップが置かれた。

「アレフ局長は砂糖入れますか?」
「ああ、ありがとう。砂糖は無しでいい」

ちょうど指が疲れ始めた頃に、この気遣いは素直に嬉しい。
アレフは一度筆を置き、リサが淹れてくれたらしいコーヒーを飲み始めた。
するとリサは横に回り込むように動き、机の上を覗き込もうとする。

「局長、書くのが速いですし字も綺麗ですよね」
「ん、あぁ……」

それは手書きの業務日誌。別に隠すようなものではないが、どこか気恥ずかしい気分になった。

「子供の頃に習わされてな」
「なるほど、努力の賜物というわけですね!」
「……別にそんなに立派なものでもないだろう」

アレフは残りのコーヒーを一気に飲み干すと、リサがすぐにマグカップを受け取る。
時刻を見ると、既に夕方と言っていい時間だった。緊張からの疲れもあるし、空腹も感じる。
それを察したのか、リサは次の予定を口にした。

「もうすぐ食事の準備が整いますので、この後は食堂に来てください。歓迎会というほど豪勢にはできませんが、みんなで食事にしましょう!」
「そんな手配までしてくれてたのか。わかった。15分もしたら食堂の方に行く」

ぺこり、とリサがお辞儀をすると、局長室を出て行った。食堂の方に行ったのだろうか。
それを見送り、アレフは軽く体を伸ばす。
さて、夕食までもう一踏ん張りだ。再び気合を入れ、目の前の書類に取り掛かる。

同時刻、食堂では魔物たちによる熾烈な席争いが行われていたことなどアレフには知る由もなかった。




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Tips

『なるほど、努力の賜物というわけですね!』

相手を褒める事は相手に気に入られる基本であるが、
本人の努力が実を結んだものとして言及する事で、相手の過去まで肯定することができる。

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「やあ局長、待っていたよ。ボクももう空腹でね。さあここに座ってくれ」
「あぁ……待たせてたのか、すまない。これを作ってくれたのか?」
「ええ。手持ちの範囲内でですが、腕によりをかけましたの。そうぞお召し上がり下さいませ♪」
「あぁ、ありがとう。……頂きます」



「局長。局長は、食べ物の好みとかはあるのだろうか? ウェルチアースでよく食べていた物だとか」
「よく食べてた物か? あー、俺の住んでた区に焼き菓子の老舗の支店があってな、混んでたがよく買ってたよ」
「なるほど、甘いものでありますか。わたくしめとしても興味がありますゆえ、是非味わってみたいものであります」
「店舗販売だけだったからなあ……。次に戻ってくることがあれば買ってこよう」



「少しお聞きしたいのですけれど、局長は休みの日の気晴らしと言えば何を思い浮かべますの?」
「気晴らしか……。最近は没頭できる趣味の類が見つからなくてな。あれこれ試したりはしてるんだが」
「ほう、気晴らしならば身体を動かすのが一番だ。私で良ければ力になるぞ!」
「いやいや、頭を切り替えるなら物語の世界に浸るのがおすすめだ。ボクから刺激的な本を紹介するよ」



「局長殿、頬にソースがついておりますゆえ」
「ん、どこだ? こっちか?」
「ボクが拭いておこう。ほら、これでよし」
「ずるいでありますぞ。わたくしめの方が先に気づいたはずでは」
「いや、俺も汚れ位自分で拭けるからな……」



古代遺跡探査局、設立一日目の部隊食事会。

良好な関係を築けるかどうか不安なアレフだったが、いざ接してみると魔物たちは好意的だったように感じた。
というよりもむしろ、随分な勢いで関心を持たれて困惑する程だったというのが近い。
何の話をしようかと思っていたのだが、結果的には自分の事ばかり聞かれて話していたような気がする。
やや緊張している中で喋り続けたため食事のペースも遅くなり、食べ終えてもしゃべり続けている有様だった。

少し疲れを感じ始めたところで、不意に食堂に高い呼び鈴の音が響く。


「あ、すいません。私は一旦ここで失礼しますね」

食事中にはあまり口を開かなかったリサが、そう言うと申し訳なさそうに席を立った。
他の皆も少し驚いたような顔をしているあたり、事情を知っているわけではないらしい。

そのままリサが食堂を退室する様子を見ていたが、アレフも他の皆に一言断りを入れて席を立つ。
この席を設けてくれたことに対する感謝を述べると、どこかへと向かったリサの後を追った。
なんとなく、何か仕事を一人で抱え込んでいそうな気配を感じたからだ。




「リサ?」
「あれ、アレフ局長!?」

リサは施設の外に出て、併設された小さな戸建の前にいた。
どうやら何か大きな荷物を受け取っていたらしく、配達の馬車手と書類を交わしたところらしい。

「何してるんだ、これは」
「あ、あの。こちらが今後アレフ局長の居宅になりますので、足り無さそうなものを朝発注したのが今届いたんです」
「あぁ、そういえばそんな話も聞いてたな……。住む場所はこっちに用意してあるって話だったけど、ここか」
「ええ。取り急ぎ最低限のものは用意できたと思いますので」

家具らしきものが三つか四つ運び込まれると、配達の馬車は走り去っていった。
どこの商人か知らないが、頼んだ日のうちにこれだけの物を届けるとは見上げたものだ。

「局長はもう食事はよろしいのですか?」
「あぁ……一応食べ終わったしな。明日に響かないうちに休みたい」

正直なところ、魔物娘たちが発する自分の何かを狙い伺うような視線に、緊張と若干の恐怖を感じたから逃げたしてきたというのもあるのだが、それは一応伏せておく。
実際、昨日から未知の初仕事に対する不安感で精神的な疲れを随分とため込んでいる気がする。
まだ普段の寝る時間よりは早いが、体を横にしてしまいたい気分になっていた。

「そうですか。それではもうお休みになられますか?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「それから、部屋の中の鏡は局長室に直通してますので、すぐに行き来できますよ」
「家と仕事場が徒歩0分なのか……」

ふわり、と夜風が顔を撫でた。
黒い衣装を身に纏うリサは、夜の闇に溶け込むようにして佇んでいる。

「それじゃあ、おやすみ」
「はいアレフ局長、ごゆっくり!」

軽く挨拶を交わし、アレフは今日からの寝床となるその居宅の扉をくぐる。
広くはないが、一人が住むには十分だろう。どことなく以前住んでた部屋と間取りも近い。
建物自体はやや古めであるせいか、運び込まれたばかりの新品の鏡やソファーが妙に目立つ。
いつの間にか、自分の荷物も部屋の隅に運び込まれていた。リサが運んでくれていたのだろうか。

すると、新品の鏡が僅かながら光り出した。
何だろう、と思った瞬間その輝きが一際強くなる。

「アレフきょくちょおおおおお!」

すると、そこから真っ青な顔色のリサが飛び出してきた。
そういえば、局長室と直通しているのだったか。

「……どうした?」
「あの、その、ごめんなさい!」

状況を掴めないアレフに対し、リサは初手謝罪。

「先程の納品書を見ていたのですが、どうも寝具の注文が抜けていたみたいでして!」
「……あぁ」

部屋に入った瞬間どこか違和感があると思ったら、ベッドの類が無かったのだ。
アレフは今更ながらにその事に気づく。

「いいよ別に。俺はソファーでも寝られるから。冬用の上着も毛布代わりにできる」
「ご、ごめんなさい! わたしのミスでして、その……」

リサはわたわたと慌てた様子を隠そうともせず、周囲をきょろきょろと見回し始める。
だがやがて、ソファーに駆け寄ってその端に座ると、ぴたりとその背筋を伸ばした。

「せめて枕の代わりはわたしが果たします!」

そう言い、白い肌の露出する腿を手のひらで叩いた。

「いや、俺の事はいいから……」
「わ、わたしに挽回のチャンスを下さい!」

必死な様子に、アレフは少し息をのむ。
――失敗から焦って必死になるこの感じが、過去の自分と少し重なった。
だとしたら、ここで機会を失うと酷く落ち込んでしまう事になる気がする。

「……じゃあ、まぁ、頼んでいいか」
「是非ともです!」

やや勢いに押し切られたような感じもするが、アレフは了承。
ソファーに身を横にし、その膝の上に頭を載せた瞬間、自分は一体何をやっているんだという疑問が脳裏で噴出したが今更後には退けない。
若干鼓動が速くなるのを感じながら、リサが寝たら寝室に運んであげようと考え、とりあえず形だけ目をつぶる。
リサが電灯の紐を引いたのか、部屋がふっと暗くなったのがまぶた越しに感じ取れた。




眠りに入る直前。夢と現実の狭間の状態。朦朧とした意識で、アレフは現状について考えていた。

職務であるとはいえ、秘書に選んだリサという魔物の少女は懸命にこんな自分を支えようとしてくれている。
それが心苦しかった。大した事のない自分の中身が露呈してしまった時、この少女に落胆されてしまうのだろうか。

――それは避けたいと思った。この部門の局長として生き続ける勇気、この立場にいる資格を守り抜く勇気が欲しかった。
自分が今やるべきことをやろう。安易な逃避に走らないだけの分別できる理性で、存在意味への期待について考え直したい。

例えば、かつて自分がいた優秀な同僚たちは、仮にこの立場になっていたらどう動いただろうか。
以前は彼らの能力を妬むことしかできなかったが、人の能力なんて先天的な物だけで決まるはずが無い。
「努力の賜物」と、リサも俺の一特技をそう言ってくれていた。
上に立つ人間としての姿勢、形だけでも今の自分に真似られる事があるとするなら――

まどろむ思考の中で、意識が溶け始める。アレフは、ゆっくりと夢の中に堕ちて行った。



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Tips

[そのままリサが食堂を退室する様子を見ていたが、アレフも他の皆に一言断りを入れて席を立つ。]

対象がアウェーの状況で緊張を感じている中、最も親しい人間が席を外してしまう事でその緊張は極度に達する。
しかし、含みを持たせて退室する事で「自分を追いかけさせる」と同時に対象の逃げ道ともなる選択肢を作り出す。
対象が自分だけに心を開いている状況でしか成立しないが、逆に言えばその状況が成立しているかを確かめる事の出来る行動である。

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およそ十分ほどの後。

「局長。よければ、私と一緒に夜の鍛錬でも――」

局長室の扉を開けると同時にその言葉を止めたのは、リザードマンの元ブラックスワン近衛隊、カーリンだった。
アレフがリサを追って行った後どこに向かったのかは分からないが、多分局長室に戻ったのだろうと踏み、個人的な誘いを申し出に来たのだ。
しかし、当の局長室はもぬけの殻。どこに行ったのだろう、と局長室を見まわしてみると、まだ新しい鏡が淡く発光しているのを発見した。
なんとなくその雰囲気は見たことがある。転移扉の一種なのだろう。
カーリンは鏡に近づき、指先で触れてみる。それがその奥へと突き抜けたのを確認し、全身で鏡をくぐってみた。

「局長――?」

暗い。
目が慣れてそのシルエットが浮かび上がる前に、強めに囁くような声が聞こえた。

「駄目ですよ、大声を出しては」
「なっ――」

カーリンは思わず息をのんだ。
ソファーの端に座るリサ、その膝に頭を乗せた局長が穏やかな顔で眠っている。
膝枕。カーリンとしても、将来一度は必ずやりたい行為のベスト5には入るものだった。
その羨ましい状況にどうやって持ち込んだのか今すぐ問い詰めたかったが、今指摘された通り状況がそれを許さなかった。

「アレフ局長はお休み中です、起こさないようにお願いしますね。カーリンさんも、マイさんも」

その発言の瞬間、天井裏のあたりでゴトッ、ガタンと妙な物音。
どうやら、クノイチのマイが気配を消して天井裏に潜んでいたらしい。
意識を天井裏に集中すると、確かに何者かの気配がある。気配消しの得意なマイだったが、今の指摘で心が乱れたようだ。
そのうち気配は動きを見せて天井裏から消えてしまった。その様子からして逃げたのだろう。潜伏看破されたのだから当たり前だが。

「…………」
「…………」

お互い沈黙。リサは何の用件かと聞きたそうな様子であったが、この状況で局長を夜の鍛錬に誘いに来たなどと言えるはずが無い。

「い、いや。何でもない」

敗走そのものである言葉を残し、カーリンはリサの潜む暗闇に背を向けた。
うまく誘えなかったどころではない結果に、地味にショックであった。



「あ、ちょっと待ってくださいカーリンさん」

と、鏡をくぐろうとした瞬間に呼び止められる。

「……何だ?」
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、マイさんはもういなくなりましたかね?」

不思議な質問に、思わず質問で返してしまう。

「気配は消えたが……そのくらい分かるだろう?」
「いえ、私は気配読みはできませんので」
「できないって、さっきマイが隠れていると……」
「それはマイさんの普段の性格から、今もどこかで隠れて見ているなって確信してただけです」

それは気配読みよりも恐ろしいのでは、と思うカーリンをよそに、リサの話は本題に入る。

「で、局長の事なんですけど。遺跡に潜るわたしたちと違って、局長はデスクワークばかりになるわけじゃないですか」

ああ、と頷きつつも話の先が見えずカーリンはやや訝しむ。

「そればかりでは気が滅入るかと思いまして、明日から身体を動かして頂く時間を設けようと思ってるんですよ。健康にもいいですし」

カーリンの眉がぴくりと動いた。一方、リサの表情は暗所ゆえにカーリンからは分からない。

「その担当をカーリンさんに担当して頂きたいなって思うんです。一日30分、局長の体調次第では1時間を目安に、一対一で軽い運動か何かをするような時間を、そうですね……昼下がりぐらいがいいですかね。スケジュールに組み込もうと考えてるんです。あ、もちろんカーリンさんの都合が良ければなんですが。わたしはカーリンさんが適任で局長にも推そうと思ってるんですが、いかがでしょうか?」

うっ、とカーリンが息をのむ。
一対一の時間ができるというのは、まさにここに来た目的だった。いや、今後も日課となるならそれ以上だ。

「それから、まだ局長には指揮のやり方を学んで頂いてる途中なんですが、明日は複数への指示もやってもらおうかなと思ってまして。カーリンさんもそこに入ってほしいんです。今日はわたしだけで行ったんですが、戦闘タイプでないわたしだけでは本格的な戦闘指揮の体験ができず困ってたんです」

さらにもう一つの要求も、カーリンにとっては願ってもない内容だ。
リサが遺跡探索に出ていたというのは初耳だが、それ以外の皆より一歩先に、局長に自分の腕を披露できる。
深く考え込まずとも、カーリンの答えは決まっていた。

「よし、その話、受けよう」
「ありがとうございます! では、明日の遺跡探索、一緒にお願いしますね!」
「ああ。それで、局長と運動の時間を作るという話も後から反故にするなんてことはないな?」
「そんなことしませんよ。予定に不測の事態でも起きない限り、約束を破るなんてことしませんから」

付け加えられた一言が少し引っかかったが、まあ局長が拒否したりしたならそういう事にもなるだろうか。
カーリンは納得し、先程とはうってかわった上機嫌な様子で帰っていった。

居室に再び闇が満ちる。
アレフは未だ、深い眠りの中にいた。



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Tips

『戦闘タイプでないわたしだけでは本格的な戦闘指揮の体験ができず困ってたんです』

目の前にぶら下げられたおいしい話というものは、単純な者でも一度は疑う。
だが、その能力を活かしてこちらに足りないものを補って欲しいという一見合理的な要求形態を取り、
相手が納得しやすい状況を作り上げることで警戒心を解く事が容易になる。

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「……ああ、帰ってきたね。ボクはマイから話聞いたから、大体状況は分かってるつもりだよ」

カーリンが食堂に戻ると、エイラが腕を組んだまま口を開いた。
夕食の食器などは片づけてあるが、未だ皆がそこに居続けている。
リッチのエイラ、ダークメイジのミシュリー、クノイチのマイ。
いずれも、困っているが解決策が浮かばないというように考え込むような表情をしていた。

「まさか、わたくしめの隠密がああも簡単に見破られるとは……」

――特にマイは、別の理由で受けたダメージもあるようだった。

「とりあえず、ボクから色々言いたいことはあるんだけど。まずはこれを見てくれるかな」

カーリンが席に座ると、エイラは机の上に大きな本を広げた。
それは、現在の人員のステータスを確認できる同期型の魔導書。局長の机にあるものと同一のものである。

「ほら。この一覧だ」


       * * * * *   STATUS   * * * * *

    【名前】       【種族】    【役職】【性質】 【親密度】

カーリン・レッジメット   リザードマン    近接  実直   0.2%(疎遠)

ミシュリー・アンザイン   ダークメイジ    遠隔  実直   0.3%(疎遠)

マイ・タチカゼ       クノイチ      隠密  強行   0.2%(疎遠)

エイラ・ミストレイン      リッチ      支援  魔性   0.3%(疎遠)

リサ・ヒトミヅキ      ドッペルゲンガー  隠密  魔性  43.7%(信頼)


「これおかしいだろう!? いくら秘書役になったとはいえ、局長との親密度が一日で4割だぞ!? ボクはせいぜい1日で10%と踏んでたんだが、これじゃ二日半あれば余裕でゴールインしてしまう!」
「一体あの子、どういう手を使ったのかしら……。もしかして、局長は幼い方が好みなの? 別の種族と間違われるから私のプライドが許さなかったけど、幼化薬を使うべき時が来たようね……」
「いやミシュリー。ボクはこれ多分そういうレベルの話じゃないと思うよ。絶対」

エイラは本を閉じると、全員の顔を見回す。

「いいか、現状リサの圧倒的独壇場だ。それはもう皆よく分かってると思う」
「夕食時、わたくしめが局長の精神状態を探ってみたでありますが、洗脳の類は一切無かったであります。故に、局長は自分の意思で膝枕を……」
「くっ……、争いはもっと早くから始まっていたんだ。多分、ボク達が派遣の話をされた瞬間から。この状況を変えるには、今ここにいる全員が結束して動くしかないぞ。でないと差が広がる一方だ。まず、明日局長に直接話を申し出て……」
「……いや、私はもう少し様子見でいいんじゃないかと思うのだが」

食堂に戻ってきてから静かだったカーリンが、エイラの話に異を唱えた。

「様子見って……悠長に構えてる暇はないという話を今しただろう?」
「いや、しかし、その……。あまり予定外の行動をすると局長を困らせてしまう事にならないかと思ってな。そう、えっと、『不測の事態』というやつだ」
「確かにボクもその懸念は考えてるけどさ。このまま差を広げられる一方なのをただ見ているわけにはいかないだろう」
「とはいえ、やはり不測の事態を引き起こしてしまうわけには……」

不測の事態を妙に嫌がるカーリンに若干不審さは感じたが、もとより頑固な性格だ。生まれつきのこだわりなのだろうとエイラは納得。

「まあいい。皆、明日の朝まで自分がどう動きたいのかをよく考えていてくれ。ボクは少なくとも、少し探りを入れてみるつもりでいる」

既に時刻は夜遅く。
局長は既に眠りに入ったにもかかわらず、古代遺跡探査局本部の明かりは未だ明かりが灯っていた。



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INFORMATION

『性質について』

【実直】: 目的に対し、正攻法で着実に結果を出そうとするタイプ。
【強行】: 目的に対し、多少無茶でも強硬手段で突破しようと試みるタイプ。
【魔性】: 目的に対し、謀略を用いた絡め手で成果を得ようとするタイプ。
【無垢】: 目的に対し、自分の直感と思い付きをもとに行動するタイプ。

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窓から差し込んだ光と、鳥の声で目が覚める。
視界に映るのは馴染みのない部屋の光景で、少し下を見ると自分の腹部に寝たまま抱き着く黒ずくめの少女が確認できた。

「…………?」

昨日の事を思い出し、状況を確認するのに十数秒。自分が先に寝てしまったことへの反省に十数秒。
そして自分がここで起き上がってしまえばリサを起こしてしまうだろうかとさらに十数秒考えたあたりで、当のリサが目を覚ました。

「んぁ……」

ぱちぱち、としばらく瞬きを繰り返し、アレフと同じく十数秒を黙考に費やす。
すると突然がばっと起き上がり、寝ぐせのついた頭で敬礼をしてみせた。

「し、失礼しまし……いえ、おはようございます! アレフ局長! それではわたしは朝の支度をしてきますね! あと改めてベッドの発注を!」

そう言い残すと、若干赤面したような様子で鏡を通り、向こう側へと姿を消す。
アレフはソファーに横になったままそれを見送り、その後もしばらくはっきりしない意識のままで鏡を眺め続けていた。
着替えて顔を洗い、あれこれと整えて自分も鏡をくぐったのは、それから20分ほどした後の事だった。



「まものむすめラビリンス!!!」

局長室に入ると、正面に立つリサが威勢よく叫んだ。

「……なんだ今のは?」
「タイトルコールです、お気になさらず。それより、秘書にわたしを選んで頂きありがとうございました! 今日もがんばりますので!」
「ああ、よろしく頼む」

リサはぺこりとお辞儀をし、かと思うといくつかの箱を局長机の上にどさりと置いた。

「これ今日の分のログインボーナスですね」
「あぁ、そういえば昨日もあったな……」

ふと、アレフはその箱の上に乗った封筒に気づく。

「これは?」
「わたしたちの国からの通知ですね」
「ブラックスワンからか」

お叱りの内容でなければいいが、とアレフが恐る恐る開封してみると、原色の文が目に入った。

「『不思議の国ピックアップ開催中!!』ってどういう意味だこれ? 文字が虹色で読みづらいぞ」
「あぁ……昨日来たわたしたちが派遣人員の第一陣って事はご存知ですよね?」

リサがアレフの隣に回り込み、手紙を覗き込む。

「第二陣以降は局長からの要請によって来るんです。あの、虹色の石の話はしましたよね? あれを消費して要請すると人員や装備が派遣されるんですけど、今要請すると不思議の国出身の人員が多く来るって感じです。別名……いえこれは余計でした」
「そうか、なんというか、妙な仕組みを作ったもんだな」
「定期的にそこは変化しますよ。あと二カ月もすればサンタ服バージョンのわたしが実装されると期待してるんですが」
「……???? 悪いがよく分からんからその辺の話は追い追いでいいか」

突っ込んだ話になると脳がパンクしそうなので、とりあえず要請すれば人員が来るという事だけ理解する。

「今はまだいいとして、遺跡探索の手を広げるならゆくゆくは人員も増やさないといけないんだな……」
「ええ。現状で120人、施設を増築すれば360人まで呼べますよ」
「そんなに」

アレフの脳裏に、何百もの魔物とたった一人の人間である自分の様子が浮かぶ。
そんな状況になったとして、部隊をまとめあげられるだろうか。

「(そのためには、基本から地道に学ばないとな……)」

アレフは手紙を封筒にしまい、机の引き出しに保存しておく。

「よし、じゃあ悪いが、昨日の続きから頼む」
「はい! こちらこそよろしくお願いしますね!」

古代遺跡探査局、二日目の業務が始まる。


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Tips

『秘書にわたしを選んで頂きありがとうございました!』

感謝の言葉をその時だけでなく、時間が経った後に再び言及する事で
その意が色褪せていないことを相手に伝える。
相手の予測外からの感謝の言葉は通常よりも高い効果をもたらし、好印象を強くする。

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「リサ・ヒトミヅキ、只今戻りました!」
「ああ、ありがとう。……一回休んだ方がいいんじゃないか?」
「いえいえ少し入った程度、疲れるものではありませんよ! 大丈夫です、疲れた時はちゃんと言いますから」
「それならいいが、こう何度も一人で行かせてると少し心配になってな」

昨日と同じく、少しだけ探索にでてすぐ帰還という作戦を二度ほど繰り返し、最初の遺跡の探索度が10%まで上昇した。
とはいえまだまだ序盤も序盤、姿を隠して地下1階2階を少しだけ見て来た、という程度の物だ。
そこから先に進もうとするなら、これまでよりもリスクが高まる。

「というわけで、カーリンさんをお呼びしました」

リサが呼んできたのは、大剣を背負ったリザードマンのカーリン。

「うむ、局長。戦闘ならば任せてくれ」
「ああ。よろしく頼む」

挨拶を交わしている間に、リサが局長机に本を広げる。ユニットステータスを閲覧するものだ。

「見てくださいアレフ局長。例えば見ての通り、わたしの役職は『隠密』なんですが」
「あぁ。……ん、このリサの『性質:魔性』っていうのはどういう意味だ?」
「それよりこっちを見てください。カーリンさんは役職が『近接』なんです」
「『近接』か。確か、体力と攻撃力が高くて特技も戦闘寄り……だったな」

アレフの言葉を聞き、うむ、とカーリンが得意げに頷く。

「私を前衛として配置してくれれば、邪魔する者を蹴散らして見せよう」
「そうか、じゃあ……カーリンが前衛で、リサが後衛、になるのか」
「そうですね、その通りです。クノイチのマイさんであれば戦闘スキルを前衛で活かすこともできるんですが、わたしにはその手のは無いもので……」

リサが言いよどんだあたりで、その表情が何かを思いついたようなものに変わる。
すると、リサはカーリンにいくつかの薬を手渡した。

「申し訳ないのですがカーリンさん、もしわたしが行動不能になってしまったら、これで回復をお願いします」
「うむ、分かった。危ない時には回復、ということで局長もいいだろうか」
「そうだな。できるだけ守ってあげてほしい」
「すいません、わたし打たれ弱いものでして……」

アレフは作戦開始令を取り出し、リサとカーリンの名前を記入する。
そして装備欄を記入しようとして少し手を止め、考える。
その様子をカーリンはじっと見つめていた。

「装備は……狂戦士の斧ってのもあるが、今の大剣のままのがいいな」
「ええ。敵味方の区別が無くなってしまう武器は、一人で潜る時用ですから」
「それから……特殊装備は、防御力上昇の腕輪でいいか」
「あ、アレフ局長。今の探索範囲で毒の罠が確認されているので、毒無効の護符のがいいのでは?」
「そうだな。それで……いや待て。まだ少ししか探索してないんだ。他に何があるか分からない。状態異常耐性上昇にしておくか?」
「なるほど、そうですね! アレフ局長。そこまで思い至りませんでした。良いと思います!」

カーリンは、アレフの様子に驚いていた。
昨日最初に会った時と比べ、目つきが良くなっている。直感的ではあるが、そう感じたのだ。
初日故の緊張が抜けてきたからというだけの事かもしれないが、どちらかといえば明確な成長を経る前と後のような違いに見える。
まるで、新米の剣士が初めて闘技場の試合を経験して、自分に必要なものを自覚する前と後のような。

「……よし。じゃあこれで、行けるか二人とも」
「わかりましたアレフ局長!」
「ああ、私の力を見せてやろう!」

そして二人の身体が発光し、次の瞬間には消え去った。
行動制限は40分。これまでと比較し、より深くへ踏み込む作戦となる。







――――――――『 Q U E S T R E S U L T 』―――――――――

▼ [はじまりの遺跡]  合計60ターン

▽LEADER カーリン・レッジメット  Lv.1 HP 116/132 MP 16/16
▽MEMBER リサ・ヒトミヅキ      Lv.1  HP 67/ 80  MP 28/28

敵交戦:5   罠確認:4   宝箱発見:4   遺跡探索度:21.7%

【獲得】

魔力片  ×360    オーブ(小) ×6    たいまつ  ×3    
銅の鍵  ×2     渦潮の槍  ×1    火炎の魔導書×1    
巨木の樹液×1     名誉の羽根 ×1    理解の果実 ×1

―――――――――――――――――――――――――――――――――



「アレフ局長! リサ・ヒトミヅキ、只今帰還しました!」
「カーリン・レッジメット。只今戻った」

魔導石板に表示された探索結果を見ていると、二人が今や見慣れた光と共に帰還した。

「お疲れ様。体は大丈夫か?」
「ああ、問題ない。何なら余裕でもう一探索できるぞ」
「わたしも大丈夫です。でもその前に……」

リサが局長机の前まで軽快に歩み寄り、魔導石板を操作して探索記録を遡り始めた。

「今回の探索について、少し振り返ってみましょうか。どうでした? アレフ局長」
「あぁ、そうだな」

促され、アレフはこの60分間を振り返る。
ここからモニターし、時折指示を送りながらも感じる事はいくつかあった。

「戦闘においてはカーリンが、探索においてはリサの能力が発揮されることでパーティ内の役割分けがはっきり機能してたが……手数が足りない。特に戦闘中、敵への攻撃と戦闘特化でないリサの安全確保で手数が足りなかった。それから、途中一度遭遇した……"火吹きランタン"だったか、ああいう長めの間合いを維持しようとするのが相手だと、どうしても戦いが長引いてしまう」

それを聞き、カーリンはほう、と感嘆。リサは嬉しそうに手を叩く。

「お見事です! それでは明日からはそこに対処する感じの編成で行きましょう。でも、今日はここまでにしましょうか」
「まだもう少し時間はあるが……そうだな、あまり君たちに無理はさせられない」
「いえ、わたしはまだ余力はあるんですが、まだ説明していないこともありますし。それに、夕方くらいに局長には軽い運動をして頂く時間を作って、気分転換をして頂こうと思ってるんです。それはカーリンさんにお願いしようと」
「ああ、そうなのか? 分かった。カーリンはそれはいいのか?」
「うむ。私はもとよりその話は聞いている。こちらこそよろしく頼む」

三者三様、それぞれ納得した様子で今日の探索は終わりとなった。
カーリンは、予定の時間になったら戻ってくるという事で一旦退室。
アレフはリサから説明の続きを受けたことになる。リサが言うには、基本についてはもう八割がた説明は終わったらしい。

「そうですね、あと説明してないのは……あ、今回はじめて敵と交戦しましたが、分かっている限りの敵のデータもここに載りますよ」
「ああ、こっちのページに勝手に出てくるのか。なるほど、今回見たのはこの三種類で……」
「はい。敵の特徴が分かれば、それに応じた対処もできますので。例えば先程の"火吹きランタン"ですが……」
「まあ見ての通り火属性だろうな……」

敵の画像を指すリサの指先が、一瞬震えたように見えた。
それは気のせいだったのかもしれない。アレフは説明を聞くことに集中し、知識を頭に蓄えた。




/////////////////////////////////////////////////////////////////////////

Tips

『なるほど、そうですね! アレフ局長。そこまで思い至りませんでした。良いと思います!』

相手の発想に対して良い評価を与えるというのは褒めるのとは違い、あくまでも自分の想定内というニュアンスがつき纏う。
その上から目線のような雰囲気を外すためには、その案が自分には無かったという体で褒めるプロセスが必要になる。

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「……それで、この最後のページ。ここでは、戦闘中のボイスを聞くことができます」
「なるほど。……この機能いるか?」

しばらく説明を聞き続け、ようやく一通り済んだというところまで来た。
アレフは今説明を受けた所を本を遡って見直し、自分の中に焼き付ける。

「なあ、リサ」
「何でしょう?」

アレフは各ユニットのステータスを確認するページで手を止めた。

「リサはもう何度か探索してるのに、まだレベルは上がらないのか?」

気になったのは、リサの「Lv.1」の表示。
これが能力の成長度合いを示すことは説明を受けたが、昨日今日で結構な回数潜っているリサでも一向に上がる気配がない。

「ああ、それの事ですか。そ、そうですね。説明しないといけませんね」

リサは少し顔色を赤くしたようだったが、すぐに切り替え、局長机の上に何かを置いた。
それは、ログインボーナスや探索で得たオーブというアイテム。見た目は淡く光る宝珠に近い。

「これをどうするんだ?」
「手で握りつぶしてください」
「俺がか?」
「ええ、そんなに硬くはありませんから」

促され、アレフはそれを手に取り手の中で握りつぶしてみる。
まるで卵の殻を割ったような感触で、しかし割れる瞬間に中から何かが勢いよく溢れ出すような感覚もあった。
その瞬間、身体が一瞬軽い高揚感に包まれた気がした。

「アレフ局長、鏡を見てください」
「ん、何が……うお、新しい力に目覚めた勇者みたいになってる……」

本来は居宅との行き来用である鏡を見ると、そこには噴き上がるオーラに包まれた自身の姿があった。

「これでエネルギーが局長の体の中に入った状態になりますので、ここから私たちに与えて頂く事でレベルアップになるんです」
「なんで一回俺を経由するんだ」
「まあ、その、そういうシステムですから」
「……まあいいか。それで、与えるってのはどうすればいい?」
「それは、その……」

これまで流れるように流暢な説明を行っていたリサが、珍しく言い淀んだ。
ほんの少しだけ、俯きつつもちらりと上目遣いで様子を伺う様子を見せたが、やがて幾分声量を落としつつも言葉を続けた。

「きょ、局長の居宅の方に行ってもよろしいですか」
「なんでだ? まぁ、別にいいが……」

その指示のままにアレフは鏡を潜り、リサもその後に続く。
誰もいなくなった局長室には、時折、ほんの僅かに鏡の先から漏れ聞こえてくる声が聞こえるのみとなった。





「――れで、その、レベルアップの方―――んですが」
「ああ」
「わたしが、アレフ局ちょ―――て頂く事で完了になります」
「――るほど。待て、何だって?」


「ですから、交わり、精を注いで頂くことで完了になるんです」
「それはどういう……まぁ、そういう意味になるか……」


「聞くが、それは本気で言ってるのか?」
「は、はい。ですので、ふつつかものですがよろしくおねがいします!」
「だが、リサ。君は……いいのか? それが仕事とはいえ、そこまで――」


「――やはり、わたしではそういう気にはなれませんか?」
「そうじゃない。リサは凄く可愛いと思っているが、しかし昨日会ったばかりでというのはあまりにも早すぎる」
「では、な、何が足りないのでしょう?」
「何が足りないとかではなくてだな。あー……」


「君は、そうだ、もっと自分の身体を大切にするべきだ。そんな事を気軽に提案するものじゃない。何をするのか分かっているのか?」
「分かっていますよ。その上でお話してるんです」
「それでも、その話に乗ることはできない。どれだけ君が魅力的であってもだ。だから、そんな悲しい顔をしないで欲しい」


「だって、不安なんです」
「……リサ?」
「ごめんなさい、これはもう、わたし自身の弱さの話になってしまうんですが、今日はとても怖かったです」
「…………」


「わたしが今日遺跡に潜って敵と戦って……わたしは後ろで隠れていただけみたいなものでしたが、それでも他の方々のような強さを持たないわたしは、見てるだけでも怖かったです。心の中にすがれるものが無くて、崖のふちに立っているような気になってしまって。でも、アレフ局長のことを思い出すことで耐える事ができました。昨夜、一緒に寝た時の暖かさを思い出して、それで踏みとどまることができたんです」

「…………」

「だからこの先に進むために、もう少しだけアレフ局長の勇気をください。今までのわたしでは手の届かなかった場所に手を伸ばすために、もう少しだけアレフ局長の助けをください。わがままな秘書でごめんなさい、でもどうしても必要なんです。先の見えない暗闇は、 言葉では言い表せないほど寂しいです」

「…………」

「…………」

「…………」


「すまなかった。君がそれだけ怖がっていた事に、俺は気づけなかった」

「いえ、わたしが頑張って隠していたわけですから……」


「……………………分かった」
「そ、それでは! ありがとうございます!」
「だが、その……下手でも我慢してくれ」
「いえ、わたしこそ貧相な体で申し訳ないのですが! よろしくお願いします!」


「ふぅ……。じゃあリサ、こっちに来てくれ」
「はい……、ん」


「アレフ局長、大好きです」



/////////////////////////////////////////////////////////////////////////

Tips

『もう少しだけアレフ局長の勇気をください』『もう少しだけアレフ局長の助けをください』

物事の表現において正の印象を持つ言葉を多用し、その行動が欲によって行われるものではなく
崇高な善行であるように錯覚させると同時に、断った場合の罪悪感によって退路を塞ぐレトリック(修辞法)。
偏った言葉で印象を操作することによる論点先取の一種。

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局長室に戻り、それぞれの席につくアレフとリサ。
その間に漂う空気には、以前よりもむしろぎこちない。

「…………」
「…………」

少しの間沈黙が流れたが、やがてアレフが切り出した。

「……さすがに、驚かされてしまったな」
「で、ですよね、ごめんなさい、わたし夢中になってしまって……」
「いやまあ……それにも驚いたが、それよりも、その、最後出した瞬間にどこからともなく連続で鳴ったあの軽快な音に驚いた」
「あ、わたしのレベルアップ音の方ですか」
「レベルアップすると音が鳴るのか……」

アレフの身体を包んでいたオーラは今はもう消えている。
つまり、リサへの譲渡が完了したのだ。それにより成長したという事なのだろう。

これで良かったのだろうか、という疑問が頭の中をよぎったが、アレフはそれを打ち消した。
良い、と自分が判断したのだ。今更軽々とそれを曲げようとは思わない。それが責任だ。

「ほら、見てください」

リサが再び局長机の横に立ち、ユニットステータスの書を開く。
そこに並んでいた中の、リサに関する記載が変わっている。
レベルが上がっているのはもちろん、各種能力値が一定ずつ増えている。
スキルも新しいものを獲得し、できることが増えているらしかった。

「なるほどな……」
「はい。こんな感じで、今後もよろしくお願いしますね」

言葉は事務的だったが、その表情は多彩な感情が織り交ざったような微笑み。
それを直接向けられて少し気恥しくなってしまったアレフは一瞬目を逸らしたがすぐに目を合わせ、微笑み返した。

「そうですね……まだカーリンさんの時間までには少し余裕がありますし、レベルアップした違いを試してみませんか?」

嬉しそうな様子のリサは、手をたたいてアレフを見上げる。

「試すって……また遺跡に潜るって事か?」
「はい。どれだけ進みやすくなるか気になりませんか?」
「気にはなるが、もう今日で4回目になるだろう。無理は控えた方がいいぞ」
「わたしならまだまだやれますから! それにわたし自身、どれだけ成長できたか知りたいんです」

リサは両手を後ろに回し、静かだが力強く答えた。
なるほど、そういう事なら――とアレフが検討しようとした時、一瞬部屋の中に影が横切った。

「ですからもう一度遺跡に……あれ?」

すると、リサが後ろに回していた手を戻してその掌を見ると、何かを探すように足元まわりへと視線を向けた。
どうかしたのか、と聞こうとしたが、その前に流れを遮る者がいた。



「失礼するよ、局長」

がちゃり、と扉を開けてそこに入ってきたのは、十字架を背負った灰色の髪の魔物。

「エイラか……何か用か?」
「ああ、少し話がしたくてね。そう、皆でだ」

すると、エイラの横にすたっと軽い音を立てて着地する影があった。

「マイもか」
「はい、局長殿。わたくしめも参加致したく」

そして最後に、大きな三角帽子を被り大きな杖を手にした少女が入り、局長室の扉を閉めた。

「もちろんわたしも参加させて頂きますわ」



「……え、君は誰だ? 見た目からして魔女か?」

最後の見慣れない姿に、アレフは眉を潜めた。

「局長、何を仰いますの。私です、魔女じゃありません。ダークメイジのミシュリーです」
「ミシュリーは知っているが……ミシュリーの娘さんか?」
「私がミシュリーですわ! ほら、局長。いかがかしら、この姿」
「いかがって……昨日と今日の間に何が起こったんだ……?」
「え……こういうのが局長の好みではありませんの……?」

妖艶な美女から小さな少女の姿へと縮んでいるミシュリーにアレフは困惑する。
一方でその反応を見たミシュリーの方も困惑しているような様子だった。

「ちょっと、ボクたちの話の主題はそこじゃないから、それは後にしてくれるかな」

その流れはエイラが断ち切り、話の軌道を修正する。
そしてクノイチのマイが一歩前に出て、手の中の何かをアレフに見せた。

「先程からリサ殿がお探しなのは、これでありましょうか」
「あっ……」

それが何かをアレフが理解するよりも早く、リサが焦ったように反応した。
緑色の薬品。それはたしか、疲労回復薬だったはずだ。

「ボクが見た感じ、リサはもう今日で4回遺跡に行ってるのかな? となれば、もう限界のはずだ。さっき局長の言った通り、無理は控えた方がいいんじゃないかなあ」

リサは疲労回復薬を持つマイの方に駆け寄ろうとするが、3歩も歩く前に動きが遅くなり、足取りがふらつき始める。

「うう、これだから、疲労度なんてシステム、は、時代遅れ……ぐう」

そしてついに途中で力尽き、倒れてしまった。
アレフは思わず立ち上がる。

「リサ!?」
「ああ、局長、心配はいらないさ。ただ疲労度が限界に達して自然回復状態に入っただけだよ。平たく言えば眠ってる。それよりも……」

扉近くの壁にもたれかかるような体勢のリサから、小さな寝息が聞こえていた。
だがその一方で、エイラ、ミシュリー、マイの三人が、ゆっくりと局長席の方に近づいてくる。

「ボクたちから局長に、少しお願いがあるんだ。まあ、なんていうか。せっかく張り切ってるのに、作戦から外されっぱなしというのは寂しいからね。もう少しボクたちの方にも目を向けてほしくてね、それで直接来てみる事にしたわけさ」

目の前に、三人もの魔物娘。
この場に、もはや助けも逃げ場も残されてはいなかった。





「……すまなかった」

だがエイラが話の続きを切り出す前に、アレフの方が早く動いた。

「俺に知識が無く基本から学ばなければならなかったとはいえ、君たちの了解を得る事もなく作戦に向けての進行を取ってしまったこと、申し訳なく思う。それはこちらの落ち度で、局長としては間違っていた」

そして三人に対し、深々と頭を下げた。

「だが、俺自身もリサも、決して君たちに疎外感を与えるつもりで動いていたわけではないことを理解してほしい。昨日と今日での編成実践で、ようやく各役割の必要性を身をもって把握したところだ。本来は、初日から方針を組んでこの予定を伝えるべきだと今更ながらに気づいたが……今後、作戦会議によって広く意見収集を行い、それを踏まえて進行したい。そう考えているのだが、どうだろう」

正面から向かい合う態度に、真剣な声。
それはエイラが予想していたものとは全く違う反応であり、むしろエイラの方が言葉に詰まってしまった。

「あぁ……、つまり、ボク達からの探索作戦への要望を聞いてもらえるって事でいいのかな?」
「全てとはいかないが、できる限り応じるつもりでいる。とはいえ最優先は君たちの安全だ」

堂々と三人分の視線を受けて、アレフはさらに言葉を続ける。

「今この瞬間に全てを決める事は出来ない。リサの意見を欠くことになってしまうからだ。昨日今日と君たちの事を蔑ろにしていた現状ではもちろん不満もあると思うが――今後改める事で許して欲しい。ただ、君たちが腕を振るいたいというのであれな、明日の探索には君たちにも出てもらう。それは約束する」

言うべき事は言った、というような顔でアレフは話をそこで止めた。


エイラにとって、この状況は想定外。

このアレフという人間は、見知った知人もおらず、新設される部署への配属どころかその統括の立場へと就任という無茶な状況に立たされたのだ。右も左も分からぬままで、説明を請け負う秘書役の指示に従うのが精一杯だと思っていたし、昨日様子を見た限りではそれも間違いないと感じていた。
だからこそ、リサが行動不能になった今交渉を行えば、場の主導権は自分が握れるはずだった。うまく話を誘導してさりげなく距離を縮められるどころか、あんなことやこんなことだってできるだろうと狙っていた。
ところがどうだろう、リサがいない今、主導権を握ったのはアレフだった。エイラの出した要望に対する、正面からの謝罪と改善策の提示。おそらくそれは心からのものであるだろうし、それ故にエイラはそれ以上踏み込むことが厳しくなった。
それはおそらく集団を率いようとする者の器量なのだろう。昨日会った時点では内心の心細さも隠せず周囲に流されるがままに近かったはずが、今や自分の足で立って学び、与えられた立場を背負って前に進めるだけの存在になりつつある。

わずか一日半の間に、何がそれだけ一人の人間を成長させたのか。


「参ったな、これじゃあ無粋なのはボクの方だ」

ふっと表情を変えて視線を天井の隅の方へとずらす。

「困らせてしまってすまなかったよ、局長。出過ぎた真似をしてしまった」
「いや……君達の思いはもっともなものだ。だから今後もそういった話は聞かせて欲しい。だから、明日から……明日の九時半から会議を行おうと思う。それ以降の日も同様だ。――どちらかといえば朝礼というのが近いか。皆、それでいいだろうか」
「あ、ああ、うん……ボクはそれで構わないよ」

エイラが同意を示したのを見て、マイもミシュリー(幼女)も頷いた。

「わたしもそれで良いと思います。明日から、朝の九時半ですね!」

そして不意に、エイラたちの後ろから別の声が発せられた。

「リサ? 寝ていたんじゃあ……」

全員が思い浮かべた疑問。それをアレフが真っ先に口にした。

「回復してもらったんです、カーリンさんに」
「うむ。まあ、行動不能になったら回復せよという指示だったし……リサが行動不能になった気配を感じてとりあえず来てみた」

何の問題も無く立ち上がっているリサの横には、いつの間にかカーリンの姿。そういえばリサは、カーリンにいくつかの回復薬を渡していた。
確かに探索準備の時にリサが行動不能になったら最優先で回復するように、という指示は与えたがここで発揮されるのは意図の外。
それがまるで予定調和のようにリサの復帰へと繋がったのだから、奇妙なこともあるものだとアレフは驚く。
だが、これで全員がこの局長室に集合してしまったことになる。リサがそれぞれの顔を見回すと、改めて頭を下げた。

「みなさん、失礼しました。ほぼわたし一人の独断で進めてしまい、皆さんを手持無沙汰にしてしまいました。しかし、アレフ局長の呑み込みが早かったので、もう皆さんの遺跡探索における必要性もしっかり把握していらっしゃいます。ですので今後はアレフ局長の判断の下、一致団結して頑張りましょう!」

どこまでも明るい笑顔でリサは小さな拳を高く掲げた。

「キミは……ボクを咎めないのか?」

一方、エイラが恐る恐るといった様子で尋ねた。
間違いなく、エイラは先ほどリサに対して反旗を翻した。だからこそ早くも復活してきたリサを見てエイラは恐怖し、後ずさった。
その負い目はマイもミシュリーも感じている。今、場の主導権を握っているのはリサであり、ペナルティを与えるべきだと主張したなら反論できなかっただろう。しかしリサは何事もなかったかのように団結を目標に掲げた。
その様子に対する疑問だったのだが、リサは当然のような顔で答えた。

「わたしの落ち度も確かですし、それに対立して仲間割れなんて不毛じゃないですか」

うっ、とエイラは言葉に詰まる。平和な答えだが、同時に先のエイラの行動にも刺さる。
ニコニコと笑っているリサに対して、エイラはもう逆らう気を失くしていた。

「ボクももうこんな事はしないよ。悪かった。これからは勝手な行動は一切しない。だから、局長はボク達に何でも命令して欲しい」

そのエイラの顔は、今や吹っ切れたようにどこか清々しいものだった。
先程までは緊張感のあった局長室の空気が、少しずつ落ち着いたものになってゆく。
そして誰がきっかけだったのか、魔物娘たちの視線は再びアレフへと集まりだした。
アレフも魔物娘たちに視線を返す。その眼差しはもう初日の時とは違う。鎖を断ち切り、恐怖に向き合う眼も持っている。過去を受け入れ、未来を創り出す瞳も持っている。

「それでは明日から、本格的に遺跡探索を始める。まだまだ慣れない身だが、よろしく頼む」

「「「「「はい、局長!」」」」」

元気な声が、局長室に響いた。


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Tips

『それに対立して仲間割れなんて不毛じゃないですか』

絶対的に有利な立場から対立した相手に友好を求めるという手段は、相手に対して
「友好的に接してくれている相手に攻撃的態度を取ってしまった」という罪悪感を与えると共に
「主導権を強く握っているこの相手をこれ以上怒らせてはならない」という圧を重ね、
意識に潜在的な立場の差を含んだ友好関係を結ぶ事を可能にする。

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Story

『人身憑/ヒトミヅキ』

かつて国を超えて流行した大恋愛物語の主人公、そのモデルとなった人物が生まれた家がある人間の街の隅に建っていた。
それは既に廃屋となりつつあったが、その経緯からいつしか「恋愛成就」の効果がある祈りの場所として広まった。
同時に何やら怪しげな黒魔術じみた「おまじない」の話も発生し、様々な派生が人づてに歪んで伝わった。
その恩恵にあずかろうと多くの人間がその場所を訪れたが、当然それでも恋が成就するとは限らず、失恋した者も多くいた。
結果その廃屋には、思い人を求める強い執着心と失恋による狂おしい程の苦痛の感情が残留思念として蓄積した。

ある日それは形を持った。無から生まれたのか、何かの生物に憑いたのかは分からなかったが肉体を持ち、本能的に人の形を模倣した。
それは好きな人に好かれようと、より良い自分を形作ろうとした多くの人間の恋の感情残骸だったのかもしれない。
脆弱な力での人の造形では、骨格が適切に配置されずねじれたような形状をとった。生物としての機能が満たせず、幾度となく死亡しては再び思念が憑りつき目覚めた。
なにか人間の部品が寄せ集められたような生物未満のそれは奇怪な物体であり、運悪くそれを目撃した人間が恐怖で逃げ出したこともあったかもしれない。

しかし、それは何かを摩耗させながら少しずつ進化を遂げていた。やがて肉体は正常な機能を持つ形に完成し、やがて精神も形作られる。
人と遜色ない存在へと仕上がったそれは、外の異変に感づいた。ちょうどその日その街に、多くの魔物が流入したのだ。
外に出ようとした時、その家屋の扉が外から開かれた。銀色の髪と白い翼を持つ魔物。
その魔物によって、廃屋に生まれたそれはリサという名を与えられた。



多くの人間の失恋感情から生まれた存在。相手に好かれるためか、高い擬態能力を持つ。
その正体は地味で小さな少女だが、それすらも相手に警戒されないために調整した姿かもしれない。ドッペルゲンガー。シェイプシフター。

どこかの人間の生涯の蓄積を元にしているため、その中で得た対人関係の技術を多く引き継いでいる。
社会的に器用な立ち回りを見せるが、その内側にあるのは原始的な欲求であり、相手から信頼され好かれたいという渇望だけがある。
愛と渇望の名のもとに、相手が望むものとなってその最も近い関係に収まろうとする。そこに反則も無ければ慈悲も無い。
便宜上魔物に分類されてはいるが、その特殊な由来から生まれたこの存在を同列に扱っていい物かどうかは疑問の余地がある。

誰かの為により良い自分になりたいという人間の願望から生まれている分、存在としては人間に近いが人間でないのも確かである。

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時は経ち。

「随分と久しぶりだな、アレフ」
「いえ大主、まだ四か月ほどじゃないですか」

最初の三倍ほどに拡大された古代遺跡探査局の施設に一人の男が訪れた。
大主の役職、つまりアレフの直属の上司にあたる人間であり、そもそもここにアレフを配置したのもこの男だ。
いまや古代遺跡探査局に来た魔物娘の人員は数十名に膨れ上がっているが、今局長室からは秘書のリサを含め退室させた。
アレフも局長席ではなく、応接テーブルに向かい合うようにしてソファーに腰を下ろしている。

「そうか……四か月か。随分成果を上げている様じゃないか」
「私は何も。ブラックスワンから来た彼女たちのおかげです」

大主はお茶を啜り、アレフもそれに合わせる。

「いや、アレフ。君も随分変わったな」
「そうでしょうか。自分ではよく分からないものですが」
「変わったさ、まるで見違えたようだ。体からオーラが噴き上がってるようにすら見える」
「ああ、それは本当にオーラが噴き上がってるんです。ちょっと人員成長させる都合でして」
「本当に出てるのか……」

大主は改めてアレフの様子を見る。やはり、以前とは面構えが違う。
環境が変わり、周囲の関係が変わった。そうなれば、本人にも何らかの変化が出るものだ。

「アレフ、『昇進させる人間はくじ引きで選んだ方が組織はうまくいく』という話は聞いたことがあるか?」
「いえ……どういうことでしょう?」

太守は少し前傾し、アレフの顔を直視した。

「現場で有能な人間を昇進させても、管理職で有能であるとは限らないという話だ。その仕事で有能な人間を昇進させて別の業務に就かせるとどこかで無能になり、結果全ての人員が無能になる――という内容だな。無論、最善は上の役職での適性を別途で見極めて判断する事なんだが、これも実のところ難しい。適材適所を判断するには、結局実際にその仕事をさせてみるしかないんだ」
「――今の私なら、理解できると思います。曲がりなりにも、人を配置して動かす立場になりましたから」

かつてアレフは、ここに自分が来た理由は左遷であると考えていた。
結果を出せなかった自分。未知の領域であり、誰も手を出したがらない仕事とその役職。
あの時の異動を決めたこの上司を、恨んだ夜もあったものだ。

「大主。どこまで見抜いていたんです?」
「見抜いてなどいないさ、アレフ。ただ、適所が見つかるまで転がそうと思っていただけだ」

今のこの部署は、アレフにとっては抜群い居心地良く、適所を聞かれればここ以外にないだろう。
本人は否定したが、この大主はやはり見抜いていたのではないかと、アレフはそう思わざるを得なかった。

「ああ、そうでした。大主。もう一つ報告が」
「何だろうか」
「遺跡の事なのですが……リサ!」

アレフが名を呼ぶと、小柄な魔物の少女が「はい!」という返事と共に資料を手に入室した。
そして図解と数字が並ぶそれらの資料を応接テーブルの上に並べ出す。

「大主。結論から申し上げますと、この遺跡はあまりに広く、さらにそれだけではありません」

この四か月での探索結果、内部での枝分かれに加え一度調査したはずの箇所にも変化が起こることがあり、終わりが見えないような状況だ。
観測をしてみると、定期的に最深部でさらなる構造発生まで確認されている。

「探索の進行も階層を進めるほどに難度は増し、安全性を確保するためには時間が必要です。しかしその間にも遺跡内には変化が起こります。これでは終わりが見えないので人員増が必要であり、ブラックスワンからの派遣人員は満ちているのですが、指示を出せる人間が足りません。……というより、現状私一人ですよね」
「あぁ……」
「増員が必要です。この表の数字は先日報告書内で申し上げたものと同一ですが、この成果を材料に指揮ができる人間を数人ほどこちらに異動させることはできませんか。前もってブラックスワンに問い合わせた所、派遣人員についてはまだまだ圧倒的に余裕はあるようですので、足りないのは本当に指揮できるこちら側の人間だけなのです」
「なるほど、君と同様の役割にあたる人間をこちらから出せばより高い成果を上げられる――その説得力の根拠は十分だろう。なら、そうだな」

大主は資料をトントンとテーブルの上で整え、自分の荷物に差し込んだ。

「誰をこちらに回すか、こちら側で検討するとしよう」
「ありがとうございます」

アレフが座ったまま頭を下げる。
すると、いつの間にかアレフの座るソファーの後ろに回り込んでいた魔物の秘書が、短く何かを耳打ちした。

「……もし、新たな指揮役がこちらに就任した際は、その方々に……」

少し間を置き、アレフは笑う。その手には『協定申請』の書類。


「フレンド登録をお願いしますね」

18/10/26 07:53更新 / akitaka

■作者メッセージ
「リサ、この古代遺跡探査局の成果が表彰されることになった。式が来月だ」
「それは……おめでとうございます! 局長の力が国内でも評価され始めているのですね!」
「いや、俺の力ってわけじゃないと思ってな。で、リサは何か欲しいものはあるか?」
「え、欲しいものですか? そんな、わたしは別に……」
「頑張ってくれてるのに還元の一つでもしないと気が引けるだろう、いいから何か言ってみろ」
「局長からわたしに頂けるのなら……そうですね、首輪が欲しいです」
「首輪か。……首輪!?」

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