読切小説
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脱走兵と迷子のハニービー
 鬱蒼と茂る森。風が吹くたびに、木の葉の揺れるさざめきが木々の間を抜けていく。
 空は突き抜けるように青く、陽光に透ける木の葉はきらきらと緑色に輝いている。どこかの鳥の鳴き声が木霊し、羽音を立てながら虫が飛んでいく。
 そんな静かな森の中を、俺は一人で歩いていた。
 思わずため息が漏れる。自然の美しさに思わず漏れた、と言うのとは違った。普段であればそれもあり得たかもしれないが、あいにくと今の俺には何かに感動している余裕は無かった。
 草木の緑は美しいだけでは無い。鋭い葉や棘は時として肌を傷つけ、生い茂る下草や蔦は歩行を遮り、じわりじわりと体力を奪う。
 気のせいだろうか。鳥や虫の鳴き声もなんだか妙に甲高く、森への侵入者である俺を威嚇しているようにしか聞こえなかった。
 喉の渇きを覚えた俺は右手の剣を地面に突き刺し、杉の木の幹に背を預ける。
 森に入る前には新品同様の鋭さを持っていた長剣も、鉈代わりに使ううちに今や見る影も無い程に痛んでいた。
 ところどころ刃毀れし、刃はどこも植物の汁で汚れ、おまけに木の葉や蔦の一部がこびりついている有様だ。
 次に使う前にはちゃんと手入れしなければならないなぁと考え、それからそんな機会など無い方がいい事に思い至る。剪定バサミと包丁以外の刃物など、縁が無い方が安全だ。
 疲れた。蔦の少ない場所を選び、なるべく丁寧に剣を振るって道を作って進んできたが、それでもなお確実に体力も長剣の切れ味も落ちてきていた。
 革製の水筒を取り出して、一口だけあおる。
 生暖かい水が喉を過ぎ、身体に染み渡っていく。出来れば冷たい水をがぶ飲みしたいところだったが、水自体も残り少ないこの状況ではそれすらも過ぎた望みだった。
 水筒を振ればぴちゃぴちゃと心許ない音がする。
 食料も既に尽き、このまま水も無くなって、もし街道にたどり着けなかったら……。
 それを考えると、背筋がぞっと寒くなる。再びため息が漏れた。なんだか気分だけでなく体まで重くなってきた気がする。
 諦めてしまいそうになったその時だった。ふと妙な音が耳をついた。
 それは大きな虫が飛ぶような重低音に似ていた。
 距離は離れているようだが、一体何の音なのだろう。
 訝っているうちに、音が止まる。
 かと思うと、今度は人間の子どものような泣き声が聞こえてきた。泣くのを堪えようとしつつも、嗚咽までは抑えきれずに漏れてしまった。そんな感じの声が。
 地元の子どもが蜂にでも刺された。そんなところだろうか。まぁ、特に危険は無いだろうが。
 しかし待てよ。子どもだとすれば、どこかに親が居るかもしれない。この土地に明るい人間ならば、この森を抜け出す助けになってくれるだろう。
 生き延びられるかもしれない。そう考えると一気に疲れが吹き飛んだ。
 俺は剣を抜いて声のしている方向を見定める。羽音と違い、高い声は森の中に良く通った。
「待ってろ。すぐに助けてやるからな」
 その言葉は、もしかしたら自分自身に言っていたのかもしれない。


 声を頼りに歩くうちに、少し開けた場所に出る。
 確かに声がしたのはこの辺りだったのだが。と見渡してみると、大きな杉の木に寄りかかるように、若い女の子が膝を抱えてうずくまっていた。
 木の葉が揺れる音に気が付いていたのだろう、彼女はこちらに怯えたような目を向けて、震えていた。
 遠目には結構美人に見えて、少し胸が高鳴る。
 藪を抜けた俺は、身体に引っかかっている木の葉や蔦を払いながら笑顔を作り「もう大丈夫だよ」と声を掛けようとして。
 そこでようやくそいつの正体を理解して、伸ばしかけた腕が止まった。
 肩口ほどにまで伸ばされた栗色の髪。顔つきは大人しそうだが、大きくぱっちりした目が利発そうな印象を与える、なかなか可愛らしい女の子の顔。
 そこまではいい。だが、彼女の身体には明らかに人間にはありえないものがくっついていた。
 頭からひょこりと伸びた小さな触覚、背中に背負った透ける翅、腰から生えている黒と黄色の縞模様の虫のような腹。
「ま、魔物」
 思わず悲鳴が裏返った。
 ずたぼろの剣を抜いて、切っ先を向ける。使い物にならないこの剣以外、頼れるものは何も無かった。
 大丈夫だ。俺は自分に言い聞かせる。
 既に切る事には使えなくても、まだ刺すことは出来る。
 でも、どこを? 彼女の身体は変わった部分があるとは言え、そのほとんどが人間と同じような形をしている。
 すべすべしてそうな腹か? 黄色い薄布に覆われた控えめな胸元か? それとも涙に濡れた顔か?
 どこを刺されたって人間だったら死ぬだろう。真っ赤な血がいっぱい出て、臓物や脳がはみ出して……。
 剣の先にある彼女の表情が、見る見るうちに怯えに歪んでいく。後ずさりするも、その背がすぐに木の幹にぶつかって逃げ場を失ってしまう。それでも俺から離れようともがくも、意味も無く土を掻くばかりだった。
 飛んで逃げればいい物を、あまりの恐怖にそれも忘れてしまっているのだろう。
「あ、……や、やだ」
 涙をぽろぽろこぼしながら、彼女は無駄と分かっていながら足を動かし続ける。
「わ、わた、わたし何もしてないよ。助け、助けて。乱暴しないで」
 これじゃまるで俺が暴漢みたいじゃないか。
 ……でも、当たり前か。怖い顔して剣を向けられたら、誰だってそう思う。男の俺だってそんな奴が目の前に来たら怖い。
 俺の手から力が抜ける。すり抜けた剣が地面に落ちて鈍い音を立てた。
「何もしない。何もしないからそんなに怯えないでくれ」
 両手を上げて敵意が無い事を示しながら一歩近づくも、彼女は一層強く怯えるだけだった。
「い、いや。来ないで」
 俺に向かって投げつけられた小さな石が、掠めもせずにあさっての方向へ飛んでいく。
 参ったなぁ。どうすりゃいいんだよ。
 困っていると、急に腹の虫まで鳴きはじめた。
 腹も減ったし、喉も乾いたし、魔物には怯えられるし。
「はぁ……」
 森から出られる当ても無くなってしまったなぁ。
「……お兄さん、お腹減ってるの」
 いつの間にか泣き止んでいた魔物の女の子が、俺の方を真直ぐ見上げていた。近くから見ると、やはり彼女は相当に可愛かった。街でもそうそうお目に掛かれないくらいの美形だ。
「いや」
 特に理由は無いのだが、何となく美人の前だと思うと見栄を張ってしまう。
「でも、お腹鳴ってた」
「きゅ、急に動いたから腹がびっくりしたのさ」
 女の子はおずおずと腰元のポシェットを差し出しながら、上目づかいに俺を見る。
「乱暴しないって約束してくれるなら、食べ物あげる。……いらないなら、私が全部食べちゃうけど」
 ぐぅ、と再び腹が鳴る。理性が言葉を選ぶより先に、身体が正直に返事をしてしまった。
「ほら、やっぱり」
 笑顔を向けられ、俺は頬が熱くなってくるのを感じた。
 ため息を一つ吐き、俺は何も言わずに持っていた剣を手の届かない所に放った。


 魔物の女の子は自分の傍の地面をぽんぽんと叩いた。
「そこに何かあるのか」
「ここ、座って?」
 言われたままに腰を下ろすと、魔物の女の子は嬉しそうに笑いながらポシェットから黄色い拳大の物を取り出して、手渡してきた。
「私、アピスっていうの。お兄さんは?」
 俺は皮手袋を脱いで黄色いそれを受け取りながら、自分の名を答える。
 語感を確かめるように何度も名前をつぶやいているアピスをしり目に、俺はもらったものをしげしげと眺める。
 質感はパンケーキやクッキーに似ていた。だが、どこにも焼き目は無く、ぼろぼろとこぼれそうな感じも無い。
 鼻を近づけると、ハチミツみたいな甘い匂いがした。それ以外にも、何かの花のような匂いも混ざっているようだ。
「これ、何なんだ?」
「お団子だよ。すりつぶした花粉を蜜で固めたんだ。美味しいよ」
 アピスも自分の分を取り出して、一口かじって俺に笑いかける。
 まぁ、こうして彼女も食べているのだから毒は無いだろう。それに、そんな凶悪そうな魔物にも見えないし。
 俺も一口かじりつき、その見た目以上の美味しさに言葉を失った。
 触感はパンケーキに近かった。だが、食べても口の中の水分が奪われるという事は無く、むしろ噛むほどに混ぜられた蜜がにじみ出てきて舌の上に広がった。たまに花粉のものらしいほのかな辛みを感じはするが、しかしそれもハチミツの香りと甘みの前では気にならなかった。
 その甘さにも癖は無く、後味もしつこくない上品な甘さだった。
 疲れた体にハチミツの甘みが染み渡ってゆく。
 気が付けば俺はむしゃぶりつくように団子に喰らいついていた。
「やっぱりお腹空いてたんだね。お兄さんも迷子だったの?」
 大きな黒目に見上げられ、俺はしばし食事の手を止める。
「まぁ、そんなところかな」
「じゃあ、私と一緒だね」
「一緒? お前も迷ってたのか」
 するとやっぱり森の脱出に関しては振り出しに戻ってしまったってわけか。
「うん。お引越し中だったの。
 前に住んでいた森の辺りがこれから危なくなるらしいって、女王様が友達のバフォメットさんに教えてもらってね。ご飯もあんまり取れない所だったから、じゃあいっそのこと引っ越しちゃおうって。
 でも、気が付いたらはぐれちゃって」
 えへへ、アピスは能天気そうに笑った。いや、笑っている場合では無いと思うのだけど。
 女王様、か。話や見た目からしてアピスは蜂の魔物なのだろう。気性も穏やかだし、多分ハニービーと言う魔物に違いない。
「はぐれたって、またどうして」
 すると彼女は頬を赤くしながらもじもじと身を縮める。
「お、お花を摘みに行ったら、綺麗なアルラウネさんが居て、お話してるうちに仲良くなっちゃって、話が盛り上がってるうちにお引越しの途中だって忘れちゃってて」
 花で無邪気に遊ぶような年齢にも見えないのだが、魔物というのはそういう物なんだろうか。
 それともこの子が特別花好きとか。でも引越し中にまで花を採りに行くのはどうなんだろうか。
 俺の視線を何か勘違いしたのか、アピスはさらに早口になってまくしたてる。
「違うの。あのね、アルラウネさんも今までずっと森の中で一人で寂しがってて。久しぶりに話し相手が出来て夢中になっちゃったんだって。
 ようやくお客さんが来て一人じゃ無くなったって、喜んでて。そんな姿を見てたら私も帰るに帰れなくなっちゃって」
「でも、アピスは群れに帰るんだろう?」
「うん。そのつもりで別れて来たんだけど……」
 俺は何の気無しに言ったつもりだったが、あまり触れてはならないところに触れてしまったらしい。アピスは表情を暗くしてうな垂れてしまう。
「帰れるか、分かんない。引っ越し先もちゃんと決まってたわけじゃ無いし、どこに向かってるかも良く分からなかったし。ここがどの辺りなのかも、私……」
「帰れるさ。もしこの森から出られたら、俺も手伝ってやるよ」
 俺は元気づけてやろうと、アピスの頭を撫でてやった。
 特に見つけられる当てがあるわけでも無かったが、俺は本気でそう考えていた。俺にはもう帰る場所は無いが、彼女にはまだそれが残っているのだ。だったら手伝ってやりたかった。
 さっきまでの俺だったらこんな事は言わなかっただろう。不思議な事だが、アピスと出会えて、一人では無くなったおかげか少し元気が出たのだった。
 アピスはくすぐったそうに目を細める。まんざらでも無さそうだったが、まだ不安そうに聞いてくる。
「気持ちは嬉しいけど、でもお兄さんは帰らなくていいの?」
「俺は……。まぁ、帰ろうにも帰る場所も無いからさ」
「ど、どうして?」
 歯型の付いた団子を見下ろしながら、俺は何と返すべきか答えあぐねてしまう。
「話せば長くなるんだけどな……」


 ***


 俺はもともと、主神を崇拝するとある教国の街で花屋をやっていた。
 敬虔な信者は確かに多かったが、中にはそんなに神様を信じていない奴も居た。そして俺はそんな少数派の一人だった。
 植物は誰に教えられることも無く種から芽を出して、水と光と土の力で大きく育ち、花を咲かせて実をつける。
 虫や動物はそれを食って育ち、そして同時に植物の種を運んで、またどこかで同じように草木が育って、何かの糧となり、また種が巡る。
 そんな事がそこかしこで起こっている大自然に畏敬の念を覚えても、その全てを誰かが作ったなんて信じられなかったのだ。
 俺はそんな草木に囲まれて、愛でながら生きていられたらそれだけで満足だったのだが、国はそれを許してくれなかった。
 親魔物派に片寄りつつあった国内の空気を引き締めようと、国王や貴族たちが親魔物国に対して宣戦布告をしたのだ。
 しかも相手はあの、血染めの首無し騎士で有名な国だった。勝ち目が無いのは誰の目にも明らかだった。
 以前の人間同士の戦争の傷もまだ癒えきっていない国民たちは皆本心では戦争を嫌がっていたが、しかし王によって好き勝手に作られた法律と戦争推進派の軍の前では無力だった。
 俺の店と花達は、鎧兜と槍と盾に姿を変えた。
 徴兵されて、したくも無い厳しい訓練をさせられて、戦場に連れて行かれた。
 城壁を離れて、重い武装に潰されそうになりながら歩いて。
 恐怖を紛らわすために見上げた空は今みたいに真っ青で、高い所を三羽の鳥が飛んでいたっけ……。
 ようやく戦場について敵軍を前にしても、これから殺し合いをするなんて信じられなくて。
 考えてみればあれは昨日の事なんだよな。
 ……でも実際に起こった事は、戦争とも呼べない程に酷い物だった。


 広大な野原を挟み、向かい合う両軍。
 彼我の戦力差は圧倒的にこちらが有利だった。数だけで言うのならばこちらはあちらの倍は頭数が揃っていた。
 弓兵による一斉射撃の後、数と勢いの削がれた魔物軍に対して重層歩兵が切り込みをかける。それが教国側の戦略だった。
 しかし、それは一手目からくじかれる事となる。
 空を黒く埋め尽くし、敵軍に雨のように降り注ぐはずだった矢は、敵軍から飛び出した三騎の竜騎士の手によってあっけなく防がれた。
「ワイバーン。……あれが噂の竜騎士か」
 震える声で隣の若い男が言った。
 ワイバーン。腕の代わりに鱗に覆われた強靭な翼を持つ空の支配者。
 見た目は美しい少女の姿をしているのにも関わらず、その翼が放つ強風の前では人力で放った矢など木の葉同然だった。
 彼女達が羽ばたきする度、面白い程簡単に矢群が吹き飛ばされていく。
 そしてあっけにとられる教国軍に向かって、竜騎士たちはそれこそ矢のような速さで突撃をしかけてきた。 
 地面が爆発したかのような土埃と風圧。響き渡る悲鳴と怒号。
 竜騎士を包囲しろと言う命令と、編隊を組み直せと言う命令が同時に叫ばれ、戦列は千々に乱れた。
 必死で武器を振るうこちらをあざ笑うかのように、竜騎士たちはその身を翻した。危険と見れば空に逃げ、弓矢の狙撃を軽く振り払い、隊列を組み直そうとすればまた降下する。
 完全に遊ばれていた。
 ワイバーンや竜騎士たちの表情に必死さはかけらも無かった。彼等にとって、こんなものは戦いとも呼べない代物だったのだ。
 そして全軍が竜騎士に気を取られているうちに、敵軍はすぐそこにまで迫って来ていた。
 薄緑色の大女のオーガを先頭に、魔物の群れが教国軍に雪崩れ込んできた。
 戦線はあっという間に完全に乱され、敵味方の入り混じる大混戦が始まった。
 鎧ごと体内に兵士を取り込むスライム。上空から降下して男を連れ去る半人半鳥のハーピーやブラックハーピー。
 こん棒の一撃で二三人一気にぶっ飛ばす豚耳のオークや牛角のミノタウロス。
 地面に倒れてしまったらもうおしまいだった。一気に詰め寄られて鎧と服をはぎ取られ、首筋や胴回りに喰らいつかれてしまうのだ。
 そして一度喰らいつかれた者はもう……。
 美しい女性の姿に変わろうが、魔物は魔物だった。依然として人間をはるかに超える力を持ち、一方的に人間を襲って喰らう。
 恐怖に震える俺の目の前で、一番若かった兵士が軽々しくオーガに抱きあげられ、口元に噛み付かれた。
 それが最後の記憶だ。あとは詳しくは覚えていない。
 覚えているのは、鎧兜も槍も盾も全部捨てて、ひたすら逃げに徹したという事だけだ。
 背後から魔物が追いかけている気配を感じても、振り向きもせず必死に走り続けた。振り向けばきっと神話や物語のように、もう戻れなくなってしまうと思ったから。
 森の中で、ようやく力尽きて立ち止まった時には魔物の気配も消えていた。
 だがその代り、自分が走ってきた方向も見失っていたというわけだ。
 残された物は捨て忘れていた剣と、自分の命だけだった。


 ***


「全財産は無くなって、国に帰っても脱走兵って事できっと死刑にされてしまう。だから俺にはもう帰る場所なんて無いんだ」
 空になった手のひらを眺めながら、俺は何度目かのため息を吐いた。
 それでも拾った命を生かそうと、街道を探して森の中を分け入っていたのだが、見つけたのは道ではなく迷子の魔物娘だった。
 魔物から逃げた先でまた魔物と出会ってしまうとは、考えてみれば皮肉な話だ。
 幸い食料を分けてくれるくらいには大人しい種族らしく、取って食われるという事は無さそうだが、未だに絶望的な状況なのには変わりは無かった。
 ため息に返事をするように、腹の虫が空腹を主張する。
 こんな状況に置かれているというのに、なかなかどうして腹は減るものらしい。団子一個食べたくらいでは、むしろ食欲を刺激されただけだったようだ。
「……これ、食べていいよ」
 アピスは自分の分の団子を差し出してくれる。
「でも、お前の分が」
 アピスは少し頬を赤らめながら、目を逸らして言う。
「私にはとっておきのごちそうがあるから。これはお兄さんにあげる」
「じゃあ、遠慮なく」
 ごちそう、か。流石にそれを他人に分ける程お人よしでは無いという事か。
 団子を噛みしめつつ、俺の胸の中にもやもやとした気持ちが広がり始める。
「人間って大変なんだね。人同士で騙し合ったり、喧嘩したり。戦争から生きて帰って来た人も殺しちゃうなんて。なんだか可哀そうだよ」
 アピスは膝を抱えて。表情を曇らせる。
 確かに可愛いし、食べ物も分けてくれたけれど、こいつも魔物なんだよな。
 人間じゃないんだ。全てを奪われて、人生を狂わされて、故郷にも帰れなくなった俺の気持ちを心の底から理解できるはずも無い。
 だから『可哀そう』などという事が出来るのだ……。
「でも良かったよね。怪我もせずにここまで逃げて来られたんだもん」
 分かっている。別にアピスは悪気があって言っているんじゃない。だがこの状況を良かったと言われて、俺は素直に同意する事など出来なかった。
 戦争になどならなければ、こんなところで彷徨う事も無かったのだから。……胸の中がどす黒く染まり始める。気持ちのいいものでは無かったが、俺にはどうにも止めようがなかった。
 ふとそよ風が吹いて、アピスの髪が揺れた。
 ハチミツよりも甘いアピスの匂いが俺の鼻先をくすぐる。ふっくらした頬。桃色の唇。抱えた膝に押し潰された、人間の女と変わらない柔らかそうな乳房……。
 風に木の葉が揺れてさらさらと音を立てる。
 ああそうだった。今ここに居るのは、俺と、アピスだけなんだよな……。
 たとえ何があったとしても、誰も見咎めない。いいや、こいつは魔物なんだから何したって神様は許してくれるんだ……。
 いつの間にか手の中から二つ目の団子が消え失せていた。
 二つも食べ終えたというのに、俺の食欲は収まる気配は無かった。気付けば口の中もからからに乾いている。
 腹が減って、喉が渇いて眩暈がするようだった。いつもの俺らしくないとは分かっていても、飢えと渇きを潤す事しか考えられない。
「なぁ、アピス」
 「ん?」と見上げてくるアピス。穢れを知らなそうな無垢な表情。長いまつ毛、ちょっと赤みの差した頬。
「お前のごちそうってやつ。俺にも一口くれないか」
「ご、ごめん。それは出来ないんだよ」
 慌てて逃げ出そうとしたアピスの腕を、俺はぐっと掴んで引き留める。
 眉を寄せて申し訳無さそうな表情を作ってはいるが、結局食料を持ってるくせに分ける気が無いだけなのだ。やはりこいつも意地汚い魔物に違いない。
 ……荷物があるとすれば、このポシェットだろう。
 俺はそれを奪い取ろうとする。アピスが止めさせようと腕を振り回してくるが、体格で勝る俺の前ではろくな邪魔にもならなかった。
「あっ。だめだって。乱暴しないって約束でしょ」
「うるさい!」
 自分でも信じられないくらい大きな声が出た。
 アピスは表情を凍らせてその場にぺたんと尻餅をつく。目が潤んで来ているが、そんな事より今は食料の方が大事だ。
 俺はポシェットを逆さにして上下に振った。
 しかし中からは小瓶がいくつか落ちてきただけで、おおよそごちそうと呼べるような物は入っていなかった。……食べ物はどこだ!?
 苛立ちで息が荒くなっていくのが、自分でもわかった。
 ポシェットに無いのなら、彼女が身に着けているに違いない。そう言えば、アピスの腰元には小さな壺があったな……。
 俺が視線を向けると、アピスはびくっと体を震わせた。
 とっさに逃げようとするアピスの小さな身体を力付くで押さえつけて、腰の壺を奪い取る。
 ハチミツの匂い。ごちそうかどうかは分からないが、これなら食べられそうだ。
 指を突っ込んで、中の蜜を舐め取った。団子など比べ物にならない程甘かった。舐めれば舐める程、体の芯にまで甘さが染み渡っていく。
「だ、だめだよ。それは食用じゃなくって、お手入れ用で……」
 アピスが何か言っているが、もう気にするつもりは無かった。
 指で掻き出すのも面倒になり、俺は直接壺に口を突っ込んで、顔をべたべたにしながら音を立てて蜜を啜りあげた。
 しかし、壺の中身はすぐに底をついてしまった。
 それでも、俺の食欲は収まらなかった。体の芯が乾き続けていた。胸が炙られているような苛烈な乾きで、頭が狂ってしまいそうだった。
 まだ、まだ何かあるはずだ。
 甘い匂いがどこかからしている。……そうだ、アピスの身体から甘い匂いがしているじゃないか。
「ねぇ、お兄さんどうしたの? 怖いよ」
 泣きそうな顔をしているアピスにおもむろに近づく。いまだに困惑げな視線を向けてくる彼女の身体を、俺は無理矢理押し倒し、地面に押さえつけた。
「や、やだ! やめて! やめてよぉ!」
 森の中にアピスの悲鳴が木霊するが、いくら叫んだところで誰も来るはずが無い。俺の邪魔をする奴は誰も居ないのだ。
 そうさ、邪魔をしてくるような奴が居るんだったら、こんなことしなくたって俺は助かっていたんだ。
 俺はアピスの細い両腕を片手で拘束しながら、頭から足先へ向かって匂いを嗅ぎ取っていく。
 髪、首筋、胸元、臍。確かにいい匂いはしているが、食べ物の匂いでは無かった。
 綿のようなパンツ。その下からハチミツの匂いがしている……。俺は、それに手を掛けた。
「だめ。だめぇー!」
 アピスの足が腹や肩を蹴りつけてくるが、子どものような力しかないようで痛くもなんともなかった。
 パンツの下から、蜜でてらてらと光る桃色の割れ目が顔を出す。ハチミツの匂いの元はここだったようだ。
 思ったより量は少ないが、今は少しでもこの渇きを潤したい。
 俺は躊躇せずに秘裂に顔を埋める。
「う、ううぅ」
 アピスの腕や脚から力が抜けていく。どうやら抵抗する気が無くなったらしい。
 傷つけられるのが嫌なのだろう。自ら自分の足を抱えるように持ち、股を広げた。
 俺は両手で彼女の割れ目を広げながら、割れ目の端から端まで丁寧に舐めていく。
「や、いやぁ……」
 やがてハチミツの味が無くなってしまう。しかしこれで終わったわけでは無い。俺は周りの皺に染みついた蜜まで残さず舐め取るため、丁寧に丁寧に舌を上下させ続けた。
 すると今度は割れ目の中からハチミツよりも、壺の中身よりも甘い汁が垂れ落ち始める。
「あっ、んっ。だめだったらぁ……。あ。そこは、だめ、……あっ、あっ、ぁあああ!」
 舐めれば舐める程、蜜は滴り続けた。割れ目の上の付け根にある小さな丸みを唇で刺激してやると、さらに蜜が溢れ出た。
 俺は夢中になってしまっていた。そのせいで途中からアピスの声が聞こえなくなっていたことに気が付いていなかった。
 突然、アピスの身体が俺の腕からすり抜けた。


 当然俺は追いかけようとするのだが、身体が言う事を聞かず、顔から地面に突っ込むようにうつぶせに倒れ込んでしまう。
「あ、あれ?」
 身体に力が入らなかった。痺れたように、感覚が薄い。
「ふぅ、やっとお薬が効いたみたいだね」
 声がした方に目だけ向けると、アピスが腰に手を当ててこちらを見下ろしていた。
 逆光になってしまってその表情は分からないが、可愛らしい声はそのままに、先ほどまでの気弱さが無くなっていて、むしろ余裕さえ感じさせた。
 アピスは俺の肩を掴むと、軽々と転がして仰向けにし、俺の上に馬乗りになる。
 ようやく見えたその顔には、獲物を捕らえた肉食獣の余裕の笑みが浮かんでいた。……あの戦場で見た魔物達と同じ顔だった。
 俺の脳裏にあの時の恐怖と無力感が蘇る。
「……や、やめろ。やめてくれ。お願いだから食べないでくれ」
「うるさい!」
「ひぃっ」
 目を瞑って身を固くする俺に、鈴を鳴らしたような笑い声が降ってくる。
「どんなに叫んだって、助けなんて来ないよ。だってここには、私とお兄さんの二人だけだからね」
「お願いだ。全部謝る。ちょっと調子に乗っただけなんだ。腹が減って、喉が渇いて、どうしようもなかったんだ」
「そんな事言って、襲われた女の子が許すと思う?」
 全身から血の気が引いていく。当たり前だ。突然襲われて、力付くで自由を奪われて、殺されるかもしれない恐怖と辱めを受けて、相手を許せるはずが無い。
 相手を殺したとしても、戻ってこない物だってあるのだ。それなのに俺は。
 でも、死ぬのは嫌だった。自分でも情けなくなるほどに浅ましいが、どうしても死にたくなかった。
「お願いだ。何でもするから許してくれ」
 俺はアピスを見上げて懇願した。目からは涙が流れ、鼻水も出ていてきっとひどい顔だったろうが、もう格好など気にしていられなかった。
 アピスは意外そうに目を丸くしたあと、にたりと唇を歪めて頷いた。
「ふふ。何でもしてくれるんだ。いいよ、許してあげる。私は人間じゃなくて、お兄さんみたいな男が大好物の魔物の女の子だからね」
 大好物……。
「ごちそう、探してたよね。どこにあるか教えてあげようか? 今、私のお尻の下で体を震わせてるお兄さんが、私のごちそう」
 悲鳴を上げようとした俺の口を、アピスの唇が塞いだ。
 しとどに濡れた小さな舌が俺の舌に絡み付く。壊れ物を扱うような優しい舌の動きに、俺の身体から自然と抵抗する力が抜けていった。
 アピスの舌を伝って、甘い甘い、アピスの唾液が滴ってくる。それが喉に落ちていくたび、俺の渇きが少しずつ癒されていくようだった。
 銀の糸を引きながら、舌を出したままの唇が離れていく。
 娼婦のような蕩けた顔。とても少女には似つかわしくない筈なのに、その落差が余計にアピスの美しさと妖艶さを際立たせていた。
「ア、ピス」
 アピスは俺の耳元に顔を寄せて、囁いた。
「私を初めて見た時、犯したいって思ったでしょ」
 ぐっと息が詰まる。確かに綺麗で可愛くて、魔物だと気付く前はそんな風に思ってしまったかもしれない。
「よっぽどお腹が空いてたんだね。まさか二つとも食べてくれるとは思ってなかったけど。ふふ、美味しかった? 私特製の毒団子は」
 囁くたびに熱い吐息が耳に掛かる。ぺろりと舌が耳の穴を舐めていき、全身に鳥肌が立つほどの快楽が駆け抜けていく。
 食い殺されるかもしれないというのに。いや、だからこそ、命の危険にさらされているからこそ魔物の妖しい所作にここまで感じてしまうのかもしれなかった。
 アピスの尻の下で、俺のあそこが硬くなり始める。それに気が付いたのだろう、彼女もくすくすと笑いだした。
「全部、だましてたのか?」
「ううん。私が話してたことはホントだよ。引越ししてたのも、おしっこに行ってアルラウネさんと出会ったのも、それで迷子になったのも。
 ただ、お団子には媚薬とか麻痺毒とか強壮剤とか性欲増強剤とか混ぜたけどね。私、お薬の係だったからいっぱい持ってたんだよねぇ」
「……俺を、食べるのか?」
 アピスは何も言わず、再び唇で俺の口を塞いだ。
 口づけしたまま自分の胸当てを脱ぎ捨て、俺のシャツもはぎ取って、肌を合わせてくる。しっとりとした肌が心地よく、むっちりしたおっぱいが俺の胸の上で潰れる。
「うん。食べるよ。私一人で全部食べちゃう。私を探しに来てくれない仲間になんて、分けてあげないんだから」
 アピスは少し身を離すと、自らの股間に指を這わせた。
 少し艶っぽい声を上げながら指を動かし、すぐに引き抜いて俺の目の前にかざした。
 甘い蜜で濡れる細い指。その指が、アピスの色素の薄い乳首の上で踊り、蜜を塗り付けていく。
 アピスは上体を倒して、俺の目の前に緩やかな曲線を描く乳房を差し出した。
「舐めて」
 俺は言われるままに乳首に吸い付いた。
 甘い。唾液も甘かったが、こちらはもっと濃かった。その包まれるような不思議な甘さは俺の胸にこびりついた恐怖さえ溶かしていってしまう。もう、アピスの事以外考えられなくなっていく。
 蜜を舐め終えてもなお、俺はアピスの肌から舌を離す気にはなれなかった。アピスは肌もとてもきめ細やかで、すべすべとしていて、甘噛みしたり咥えているだけでも蕩けるような気持ちになれるのだ。
「あんっ。お兄さん、上手だね」
 アピスは俺の後頭部にまで腕を回して、俺の頭をぎゅっと胸元に抱きしめる。
 アピスの匂いに包まれてしまうとどうしても性欲が昂り、そしてなぜか同時に多幸感に包まれてしまって、このまま身を任せてしまいたくなる。捕食者の気持ちと言うのは、こういう物なのかもしれない。
 だが、このままでは気持ち良すぎて何もされる前に暴発してしまいそうだ。わずかに焦り始めた頃、ようやくアピスは俺から身を離してくれた。
 それから俺のズボンの膨らみを撫で、頬を染めながら俺を流し目で見た。
「これから食べられるかもしれないって言ってるくせに、こんなに硬くして。……そんなに気持ち良かったんだぁ」
 アピスは俺の股間に熱っぽい視線を向けながら、ズボン越しに一物の形を確かめようと指を這わせていく。
 俺は何も言えなかった。荒い呼吸を繰り返しながら、アピスの指先から目を離せない。指先が布越しに亀頭を軽く弾き、竿全体がびくんと震えた。
「死んじゃうかもしれない怖さより、えっちな気持ちの方が強いんだ。いいよ。ただ食べるだけじゃつまんないし、死ぬ前に、一緒に楽しもう?」
 アピスは腰をずらして、俺のズボンを脱がしにかかる。
 俺は言葉を失う。この魔物は単純に俺を食べようとしているだけでは無くて、辱めてから食べるつもりなのだ。さながら捕まえたネズミを散々弄んでから食べるネコのように。
 しかし、恐ろしいと思いつつもどこかで期待も感じてしまっていた。その事を証明するように、ズボンの中から勢いよく一物が飛び出した。
 アピスはそれをうっとりと眺めながら、白い指を絡めてくる。
「やめ、て、くれっ」
「大丈夫。気持ち良くしてあげるよ? それこそ、死んじゃうくらいに」
 手首を上手くくねらせ、アピスはゆっくりねっとりと指を上下させる。キスだけで達しそうになっていた俺には、もう我慢しようも無かった。
 歯を食いしばって耐えようとするも、感じすぎて全身が震えはじめる。
「うっ。ぅああっ」
 情けない声を上げながら俺はアピスの手の中で射精してしまう。
 勢いよく飛び出した白い粘液が、アピスの顔を、首筋を、肩や胸元を汚していく。
 アピスは目を丸くしながら、脈動し続ける俺のものを見つめ続けていた。
 顔に着いた精液を指で拭い、その指を舌で舐めとりながら、にたりと意地悪そうに唇を歪める。
「こんなに早くいっちゃうなんて、そんなに気持ち良かったんだぁ。
 でも、だめだよ。こんなんじゃ全然楽しめない。……もっともっと私を楽しませて、気持ち良くさせてくれなくちゃ」
 アピスは昏い笑みを浮かべながら、膝立ちになって俺の腰の上に跨った。
 彼女の花びらに俺の先っちょが触れる。柔らかな感触と、滴る蜜が俺の下半身をさらに熱くさせる。
「くっ。やめ、ろ」
 そして彼女は、ゆっくりゆっくりと腰を沈めはじめた。
 柔らかな膣肉が俺のものを包み込み、蜜の滴る細かな襞が絡み付いてくる。それだけでも腰ががくがくと震えてしまう程に心地よかったが、彼女の身体が与えてくれる快楽はそれだけでは終わらなかった。
「あっつ」
 見た目以上の、思わず声が漏れてしまう程の熱が俺を包み込んでいく。
 煮え滾る鍋の中に突っ込んでしまったような、火傷しそうなくらいに熱い彼女の体温。それが一物から伝わってくる。熱せられた血液が俺の全身を駆け巡って、性欲をさらに燃え上らせてゆく。
 もう、彼女が魔物である事などどうでも良くなってきてしまう。嫌がるよりも受け入れてしまった方が楽だった。死ぬかもしれない事も、彼女の身体が与えてくれる極上の快楽も。
 怖がってこの快楽から逃れようとするなど、勿体ない事にすら思える。
「お兄さんの、せいだよ。あんなに、舐めるから、だからこんなに、熱く滾っちゃって。もう、我慢なんて、出来ないよ」
 途中で何かに引っかかる感じがしたものの、彼女は構わず腰を沈め続ける。
 そしてとうとう、アピスは俺の一物を小柄な身体の中に全て飲み込んでしまった。
 アピスは上半身を倒して、俺の胸の上にぴっとりと身を重ねる。胸の上から、彼女の少し早い鼓動が伝わってくる。
「全部、入っちゃった。気持ちいい?」
「あ、ああ」
「あんなに出したばかりなのに、まだこんなに硬いんだね。それに、ぴくぴくしてる。もういっちゃいそう?」
 アピスの与えてくる官能の波に、俺はもうまともに思考することが出来なくなっていた。
 身を重ねているだけだというのに、アピスの身体は、その膣内は揉み込むような動きで俺を責め立てていた。
 みっちりと詰まった肉襞は隙間無く俺を抱きしめ、奥へ奥へといざなうように蠢き続ける。
「でも、気持ちいいのはこれからだよ」
 アピスは腰を上げていく。襞の一つ一つが俺の竿を舐め上げ、かりに強く巻き付き、締め付けて身体から離すまいと絡み付く。
 一物が根元から抜けてしまいそうなほどの吸い付きだった。少し腰を上げるだけ。アピスのたったそれだけの動きで、俺の体は強く反応して、全身が痙攣するように震えだしてしまう。
 そしてアピスは、一気に腰を落とす。
 熱い肉を掻き分けていくごとに、一物が熱で溶かされていくようだった。彼女との境目が分からなくなっていく。俺の全てが快楽で塗りつぶされていく。
 俺の中で何かがぷっつりと途切れ、意思とは関係なく、一物が彼女の深い所で強く脈動し始める。
「ふふ、また出たね」
 アピスは蕩けた表情で俺の目を覗き込んでくる。
「さっきに負けないくらい、いっぱい出てる。分かるよ、お兄さんのあそこが切なくすぼまって、必死に子どもを残したくってびゅっびゅって射精してるの。私もあそこで感じてるよ」
 ゆっくりゆっくり、アピスは俺に言い聞かせるように囁いた。
 その身体はさらに射精を長引かせようと肉棒を刺激し続けている。根元から先に向かって、吸い尽くそうとするように襞が波打つ。
「う、あぁ」
「いいよ、お兄さん。その表情すごくいい。さっき私に襲い掛かった時の顔も良かったけど、今のは凄く素敵」
 光の無い黒い目に俺だけ映して、アピスはさらに腰を振り続けた。


 彼女の身体は、心地良すぎた。
 抱きつかれ、色々なところに口づけされ、甘噛みされ。まるでハチミツ漬けにされてしまったかのように、全身の感覚が甘く蕩けきっていた。
「アピス……。アピス……」
 数回腰を上下に振られただけで、耐えきれずに何度も精液を吐き出し続けた。
 まるで壊れた蛇口のように精液を漏らし続ける。男性機能が壊れてしまったのかもしれない。だが、それでも構わなかった。どうせ死ぬのならそんな事はもうどうでも良かった。
 アピスの身体は甘く、心地よく、彼女と繋がっていられるならどうなっても良かった。何を犠牲にしてもいいから、少しでも長くアピスと繋がっていたかった。
「あぁ、アピスぅ」
 意識が遠くなり、眩暈がしてくる頃には、もう射精も出来なくなってきた。……命が、吸い尽くされたのかもしれない。
「まだ、いけるよね」
 アピスは俺の半開きになっている口から舌を入れる。俺の唾液を味わうように舌を絡め、そして自らの甘い唾液を俺の喉元に流し込む。
 糸を引かせて唇を離しながら、俺の身体に強く抱きついて、耳元に口を寄せる。
「とっておきの、してあげる」
 頬を舐めながら、再び唇が下りてくる。
 アピスの背中で翅が震え始める。翅の震えで七色に砕かれた太陽の光が、優しく降り注ぐ。
 その途端アピスの身体が、その匂いや味わいや、触り心地が一変した。
 甘さも感じなくなるほどに、唾液の中に強くアピス自身の味が満ちる。肌から匂い立つ彼女の香りも、少し獣臭く思えるほどにまで濃く、強くなる。そしてそれが甘かった時以上に俺の本能を揺さぶり、俺の中心を煮え滾らせる。
 肌がそれまで以上に俺の肌に吸い付いてくる。触れている部分がかっと熱くなり始め、頭の中がアピスの感触で埋め尽くされる。
 膣内の動きもそれまでと全く異質なものに変わる。
 さっきより熱く、深く、俺のものの皺や血管の一つ一つにまで形を合わせるようにうねりながら、ものすごい速さで震えながら扱き上げてくる。
 視界が虹色に霞む。ああそうか、この翅の動きで、全身に強烈な振動を与えているのか。
 理解は出来ても、もはや防ぎようは無かった。俺の身体の中で彼女の振動が駆け巡り、共鳴し、下半身に大きな波が迫り始めていた。
 それをしてしまったら、もう帰って来れない。
 命そのものを差し出してしまうような気がした。
 だからぐっとこらえようとしたのだが……。
「きもちい、でしょ」
 真っ赤な顔で、濡れた瞳で見つめてくるアピスの顔を見てしまったら、もう我慢何て出来なかった。
 その瞬間、下半身が爆発したかのような強烈な官能と共に。
 俺の意識はぷっつりと途絶えた。


 ふわふわと空を飛んでいるような感覚だった。
 全身を柔らかい感触に包まれていて、周りからは日向のお花畑のような太陽の匂いがしていた。幼いころに母親の胸に抱かれていた時のような、この世の全てから守られているような安らかな気持ちだった。
 ああ、俺死んだのか。
 心地いいという事は、天国に行けたのかな。
 魔物と不潔な事をしてしまったけど、神様は許してくれたのか。しかし、こんな時ばかり神の存在を思い出してしまうのも我ながら少し情けないが。
 でも、最後の感覚が痛みや恐怖じゃなくて快感だったのはまだ救いだな。最期のあれは、まさに死んでしまうくらいの気持ち良さだった。
 アピス……。出来れば、もっと違う形で出会いたかったな。そうすれば、もっと仲良くなって、もっと長く一緒に居られたかもしれない。
 ……何考えてるんだろうな。俺を殺した張本人なのに。でもすごく可愛かった。あの子に食われて体の一部になれたと思えば、森の中で野垂れ死にするよりは少しは幸せなのかもしれないな。
 それにしても、なんていい気持ちなんだろう。特に顔に当たっている何とも言えない柔らかい感触が気持ちいい。強く抱き締めたくなるくらいだ。
「ちょっと、お兄さんくすぐったいよ。あんまりおっぱいの中で顔動かさないで」
 あぁそう言えばアピスは声も綺麗だったよな。匂いも、今嗅いでるような胸が暖かくなるようないい匂いだったっけ。
「もう、気が付いたんなら寝ぼけてないで、ちゃんと掴まって」
「え?」
 もしかして、本当にアピスの声なのか。という事は、俺は?
 霞がかっていた意識が急激に覚醒する。
 足が地面に触れずにゆらゆらと揺れていた。背中にも腹にも地面が触れている感触は無い。
 目を開けてみると、視界いっぱいに黄色が広がった。見上げると、頬を膨らませたアピスと目が合う。
 視界の端を後ろから前へ向かって木々が飛び去っていく。視界は普段よりもずっと高く、早さも走るよりもずっと早かった。
「目が覚めたんなら、ちゃんと私の背中に腕を回して、落ちないように掴まって?」
 空を飛ぶアピスに正面から抱え上げられてどこかに運ばれているのだ。言われて俺はようやく理解した。
「わ、分かった」
 俺は言われたとおり彼女の背中に手を回してしっかりとしがみつく。
 今まで以上に深く胸の谷間に顔を埋める形になってしまうが、アピスは少し頬を染めただけで何も言わなかった。
「なぁ、俺食い殺されたんじゃないの?」
「へ、変な事言わないでよ。そんなことするわけないじゃない」
「でも、そんなこと言って無かったか?」
「……ごめん。怖がってるお兄さんの顔があんまり可愛かったから、ついついいじめたくなっちゃって。私も、お団子食べて少しおかしくなっちゃってたみたい」
 そう言えばこの子も団子を食べてたし、俺が襲い掛かった時もほとんど抵抗も無かったもんな。
 でも、そうか、生きてるのか、俺。生きてアピスに抱き締められて、また話をしてるんだ。
 そう思うと、自然と胸があったかくなるのはなぜだろう。
「……怒ってる、よね。ごめんなさい」
「謝るのは俺の方だよ。先に襲ったのは俺だし。アピスの事見てたら自分を抑えられなくなって、アピスは嫌がってたのに……」
 肌から伝わってくるアピスの鼓動が少し早くなる。
「ち、違うよ。あれは薬のせいだから。悪いのはお兄さんに襲わせようと薬を盛った私だから。だからお兄さんは何も悪くないよ。
 悪いのは全部私だから。どうしてもお兄さんの精の味見してみたくなっちゃって、つい……」
「精? 味見?」
「うん。今の魔物は男の人の精を食べたり、えっちな事することで栄養を貰って生きているから。だから大好きになる事はあっても殺す事なんて絶対しないよ」
 あぁ、じゃあ戦場でのあれも喰らいついていたんじゃなくて、無理矢理口づけしたりしてたっていう事なのか。まぁ意味合いは違っても襲い掛かっている事には変わりないのだろうけど、でも何だろう、そういう風に考え出すと途端に魔物達が可愛らしく思えてくる。
 教国軍に迫るあの必死の形相。まぐわう相手を見つけるために、彼女達も命がけなんだろう。「……ごめんね。意地悪して」
 アピスは顔を曇らせてうな垂れる。その姿を見ているとこっちの気持ちまで沈んでくるようだった。
 アピスには笑顔の方が似合う。天真爛漫に元気に振る舞っている方がずっとアピスらしいし、そんなアピスを見ていたかった。
「もういいよ。ちゃらってことにしよう。……それに、気持ち良かったし」
「お兄さん……。ありがと。私も夢中になっちゃってたよ」
 アピスは俺を抱える手に力を込める。ぎゅっとさらに彼女の身体に押し付けられ、彼女の花のような、果実のような甘い匂いがさらに強く俺を包んだ。
 なんだか頭がぼうっとしてくる。
 限界まで搾られてしまったらしく下半身が元気になるという事は無いのだが、もっと彼女の匂いを嗅いでいたくて、ついつい彼女の身体に回した腕に力が入ってしまう。
「ふふっ。なんだか胸にお兄さんの息が当たってくすぐったい」
「ご、ごめん」
 無意識のうちに、俺は何をしているんだ。出会ったばかりの魔物の女の子にこんな事をしてしまうなんて。どうかしている。
「ううん、いいよ。私もお兄さんの匂い大好きだし。……なんだか私、お兄さんの事好きになっちゃったみたい」
 頬を染めながらも、アピスは俺の顔を真直ぐ見下ろしながらためらう事無く言い切った。
 予想もしていなかった告白だった。俺とアピスはそのまま黙って見つめ合い、どちらからともなく目を離す。
「……変、かな」
「い、いや。俺もお前の事、その、いや、やっぱり何でもない」
 会ったばかりの魔物相手に、俺は何を考えているんだろう。
 だが、恥じらいながらこっちをちらちら見てくるその姿は年頃の女の子そのものなのだ。逆に考えれば、人間と魔物の間に何の違いがあるというのか。
 ……やっぱり俺はどうかしてしまっているのかもしれない。
「と、ところでさ。お兄さんはお花屋さんだったんだよね。花に包まれて暮らせたら、幸せ?」
「ん? ああ、そうだな」
 まぁ、今は今で十分幸せな気もするけど。
「……虫も、居てもいい?」
 どうして震えるか細い声でそんな事を聞くのか。理由は良く分からなかったが、俺は素直に答える事にした。
「植物が生き生きとしてるのも、虫のおかげってのもあるし、いいんじゃないかな。個人的には花から一生懸命蜜を集めてる虫は見ていて可愛いとも思うしな」
「ほんと? よかったぁ」
 アピスは笑った。
 ところで、俺は今どこに向かっているのだろうか。なんだかどんどん森の奥に向かっているような気がするのだが……。
「お兄さん良かったね。これからすっごく幸せになれるよ!」
「どういう事?」
 見上げる俺を、また胸の中に沈みこませるように強く抱き締めながら、アピスは楽しげに言った。
「アルラウネさんと私で、お兄さんのハーレムを作ってあげる。私達も、私達の子どもも全部お兄さんのものになるんだよ」
 ハーレムと言う言葉に一瞬先ほどの交合を思い出してしまい、体がかぁっと熱くなったが、冷静に考えるととんでもない事を言われている気がする。
 つまりそれって一生森の奥で、魔物の相手をして暮らすって事だよな。言い方を変えれば一生魔物の食い物として生きる事になるわけであり……。
「嫌がっても返さないよ! もうお兄さんは私達のものだもん。誰にも渡さないんだから!」
 言い方によっては狂気に満ちて聞こえたことだろう。だが意地悪っぽく笑いながら元気よく宣言するアピスの姿からは、だだをこねる子どもの姿しか連想できなかった。
「どうせお兄さんも帰るところ無いんだし、……いい、でしょ?」
 しかも最後の方は自信がなくなったのか尻すぼみだ。俺は思わず苦笑してしまった。
「まぁな。でも、お前はいいのか? 群れに帰らなくて」
 アピスは少し唸った後、頬を膨らませた。
「いい! 誰も探しに来てくれなかったし。お兄さんは私のものだもん。女王様に渡したくないよ」
 まぁ、そんな風に言われると嫌な気分はしないけど。
「あ、見えてきた。あの人だよ」
 しかめっ面をぱっと笑顔に変えて、アピスは前方を指差す。その先には大輪の花を咲かせる大きな球根と、その花の中に佇む美しい女性がいた。
 やんわりとした笑顔をこちらに向けて、小さく手を振っている。
「森の奥で、ずっと寂しいって泣いてたの。でも、旦那さんや子どもが出来れば、もう寂しく無いもんね!
 いい人だよ。優しくて、心も体も私よりずっと大人っぽくて。お兄さんもきっとすぐに気に入るよ」
 見上げれば、アピスはにこにこと幸せそうに笑いながら手を振りかえしていた。
 このまま俺を連れて逃げれば、俺を独り占めする事だって出来たのに。やっぱりこいつは、根は大人しくて優しい奴なんだろうなぁ。
 いや……もしかして、二人は最初からグルだったのか?
 植物の魔物アルラウネが蔦を使って俺の進路を誘導し、ハニービーのアピスが迷子を装って俺を誘い出し、油断したところを捕まえる。
 だとすれば完全に嵌められた事になるのだが。
「ハニートラップ……にしてはストレートすぎるか」
「何か言った?」
「いや。時にアピス。お前花は好きか?」
 アピスはきょとんとした後、微笑んで言った。
「当たり前じゃない。でも、お兄さんの方がもっと好きだよ!」
「そっか。じゃあ俺と一緒だな」
 アルラウネか。どんな子かは分からないけど、花の魔物ならきっとすぐに仲良くなれるだろう。
「え? それって?」
 だってハニービーのアピスの事も、今ではこんな風に思えるようになっているのだから。
「花もお前も、大好きだって事さ」
12/09/23 00:33更新 / 玉虫色

■作者メッセージ
長い読切になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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