連載小説
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第六話

「ティアさん…ティアさん」

ん?なんだ?アイラ…
って、わぁ!?
なんだここは?

「さぁ〜。ティアさん寝てたみたいなので、入ってみたらこんなんなってました〜」

箱庭…か?
しかし少し違う様な…

「綺麗な所ですね〜」

おお、そうか
ここは私が初めて箱庭を作り始めた頃の箱庭だ

「はこにわ?」

ああ
昨夜私の夢の中で見た絵、あれを覚えておるか?

「あ、はい。ドラゴンの姿のティアさんと人間の男の人が写ってた」

うむ
ここは私があの男とともに作り上げた国だ

「ほへ〜。でも、国って言うわりに建物は見当たりませんよ?」

ああ
初めは何もない土地だった
そこを私の力で守り、あの男が開拓していった
そうするうちによその土地から移り住んでくる者が増え
あの男はいつしか王と、私は竜神と呼ばれるようになったのだ

「あ〜、そのお話、聞いた事があります」

ほぉ

「昔話なんですけど、そうやって王様は楽園を作った。でも、竜の神様は悪い人間を食べるうちに人間の味にとりつかれ、とうとう良い人間まで食べ始めた。だから人々はその竜を倒した。そう言うお話でした」

ふふ
それはまた、ずいぶんと私の知っておる話とは違うようだ

「え?」

この楽園を滅ぼしたのは餌達…人間の方だ

「そうなんですか?」

ああ
確かに私は人間を食っていたが、私は最後まで私の法に背く者しか食いはしなかった

「じゃあティアさんは悪い人だけを食べてたんですか?」

ん〜
それは少し違うな

「え?」

私は法に背いた者を食ってきた
しかし、それが悪人だけとは限らない

「え?」

ふふ
お前は見た感じ育ちが良さそうだからな、分からんかもしれん

「どういう事です?」

例えば、だ
盗みを働く者がいたとしよう
こいつは何故盗みをする?

「えっと…盗まないとお金がなくて食べていけないから?でしょうか?」

うむ
そうだな
まぁ、中にはただ盗む事だけを目的としている奴もいるから一概にそうとは言えんがな

「でも、盗みは悪い事です。お金がないならまじめに働けばいいだけの話ではないのですか?」

本当にそうか?

「え?」

人間とは私達と違い、数え切れないほどの個体がいる
そんな人間の中にはいるんだよ
盗みなどしたくはない
しかし何らかの事情で働く事が出来ない
だから生きて行くために盗むしかない
そう言った輩が少なくとも存在している

「そんな…でも」

例えばそれが少年だとしたらどうだ?
お前の子は運良く私に救われた、運良くお前がゴーストとして付き添ってやる事が出来た
しかし、それがなければあの子はあの盗賊どもに捨てられていた
そうして運良く生き残ったとして見ろ
あの子には親がいない
家もない
着るものもない
そんな汚いガキをいったいどんな人間や雇ってくれるだろうな

「え…それは…」

そういった連中は盗みをして生きるしかない
そして、そう言った連中はどれほど豊かな国でも必ず出てくる
そうでなければ私の作った国だ
本当に悪人だけを食っていたなら私はじきに食う人間を失くし、飢えていただろうさ
だから私はそこをうまく使い、餌に困らない様に生きていたんだ
平和ボケした日常に住む者達は私の法に背く者を罪人と思い
罪人が断罪されるのは当然だといつの間にか認識する
まぁ、もちろんただ盗みをしたぐらいの人間を食いはしないが
そういった者はいつかそれよりも大きな罪を犯す
例えば殺しだ
盗みに入った家の者に気づかれる
そうなれば当然自分は捕まってしまう
だから、そうならない様に口封じに殺しをする
そして、殺しなどの大きな罪を犯した者は私に食われる
そして私の箱庭は大きい
1日のうちにそういった輩は必ず何人か出てくる

「そんな…」

お前の暮らしていた国では殺しは無かったのか?

「たまに聞く事はありましたけど…そんなのわからないですよ」

ふふ
ならばたぶん殺しなんてのは毎日のようにあったのさ
お前が知らないだけで
そして、その中には善悪の区別もつかない様な者
誰かの為に殺しをした様な善人
そういった者も少なからず紛れてくる

「そんな…それじゃ駄目ですよ!もしかしたら間違って罪を犯してしまった人もいたかもしれないのに…」

ああ
だから、私は封じられた
貧しい者達は大抵の場合、自分達を守るために群れを作る
そして、その中に賢い者が生まれた
そいつはこの原理の矛盾に気づき、不満を大きくしていった
そして、ある時それが爆発した
そいつは仲間達をそそのかし、大勢の人間を動かし始めた
それは大きくなり、小さな集団をいくつも巻き込んで肥大化していく
そして、その中には小賢しい悪人も何人か紛れ込んでいた
結果、人間達は私を封印する事に成功したものの
その集団の中にいた何人かの者が悪知恵を巡らせ、私の楽園を自分の物にしようと画策し始めた
そして、それを止めるべき私はそこに居ない
結果として、初めに私に牙をむいた者が考えていたものとは真逆の方向へと国は転がり始めた
箱庭の中では幾つもの集団がぶつかりあい、毎日のように争いが起こった
多くの人間が死に、それより多くの人間が箱庭を出て行った
そして、ついに箱庭は空っぽになった
人がいなくなった箱庭は私の魔力も人間の手も入らなくなり、自然は衰えて行った
そして…

「え?景色が…砂漠に…」

これが今の箱庭の姿だ
これが、その昔話の真実だ
どうだ?
面白いものだろう?

「面白くなんかないです!」

ほぉ、そうか

「でも、それじゃ…これじゃティアさんも、人間も…どっちもかわいそうです」

ああ、国とは、世界とは、得てしてそういうものだ
何故なら、世界にはこんなにも魔物や人間が溢れている
そしてそれらは皆が皆違う考えを持って生きている
それぞれが正しいと思う生き方をしている
そんな中で皆が納得の行く世界など創れるはずがないのだ
まぁ、私はその中でも私と人間達が共に生きていける世界を、と思い箱庭を作ったはずだったのだが…
なかなか上手く行かないものだ

「ティアさん…」

まぁ、こうして失って
人間のお前と触れ合って
そして少しわかった気がしたよ
いや、思い出した
と言った方がいいのか
そうか
あの男はそんな事を言っておったな
私は初めから奴の話など聞いてはいなかったが…

「ティアさん?」

いや
私に非があったとするならば
それはお前達人間を餌としか見ていなかった事だろう
最初はそうではなかったというのに…
何千年もするうち、私はそんな事も忘れてしまっていたらしい
私は大馬鹿者だな
なにが…私と人間が共に暮らせる世界だ…
いつしか…私は自分のことしか考えていなかったのだな…
私は物語の中の悪い竜になり下がっていたらしい

「ティアさん…。 なら、思い出せたなら。良かったじゃないですか」

アイラ…

「今日のティアさんは悪い竜なんかじゃなかったですよ。優しい。とても優しい、お母さんの顔でした。私、今のティアさんの事、大好きです」

…ふふ
なんだかくすぐったいな

「いや、ですか?」

いや、不思議と悪い気はしないな
魔物、ドラゴンとしてはまずいのかも知れんが
私としては、悪くない
お前の言う、優しい母親に、私もなりたいと思う

「ティアさん…」

ん?

「ティアさぁん…」

お、おい、ちょっと?

「ティアさん、きれぇ…」

やめろ!
なにをする!?

「ティアさんと、エッチな事、したい…」

ちょ
何故今の流れでそうなる!?

「わかんないですぅ…でも、ティアさん見てたら…おっぱい大きいし、すっごい美人だし…なのにそんなエッチな服着て…我慢…できないですぅぅ!!!」

やめろぉぉぉぉ!?!?!?





――バッ!

はぁ…はぁ…
な、何と言う奴だ…

『あぁ〜ん。起きないでくださいよ〜』

頭の中からアイラの声がする。

「うるさい。お前、いつからそんなキャラになったのだ。まったく…」
『あうぅ〜。だってぇなんかゴーストになってからずっと身体が疼いて…ちょっとぼぉ〜っとしてるとエッチなことばっかり思い浮かんじゃって』
「なに?嘘を吐くならもう少しましな嘘を付け、変態」
『う〜、本当なのにぃ〜』

アイラが拗ねる声が聞こえてくる。
しかし、ふと思い返せば、私がこの身体になった時も良く似たような事があったな。
あの首輪をつけて数日。
胸と尻が大きくなり、生殖器が疼いて仕方なくなっていた。
そうか、もしや、これがバフォメットの言っていた魔王の魔力とやらの影響なのかもしれんな。
ということはあんな首輪してしまっては私もその内先程のアイラのように…。
いや、しかし、私の魔力のせいでアイラの身体のエロ化が進んでいるという線も捨てきれんわけだし…。

『へぇ〜。そういう事だったんですか〜』

あ、こら、勝手に人の頭の中を読むな。
というか、何で分かるんだ?

『だって、そんな大きな独り言聞こえない方がおかしいですよ〜』

お前には大きく聞こえるのかも知れんが、私は声すら出しておらんぞ。

『ま〜いいじゃないですか。なんか、不思議とエッチな事がダメな気がしないんですよ〜』

それはお前が浸食されてるせいだアホ。

『むぅ〜。いいもん。一人で出来るもん』

あ、こら!服を脱ぐな!
あぁ〜、そんな所をいじるなぁ〜

く…。頭の中のアイラの姿が目の前にちらつく。

『あぁ〜ん。きもちいいよぉ〜』

イラッ




その後、しばらくの間アイラは私の頭の中で痴態を繰り広げていた。
私はそれを全力で無視しつつ、自分の飯を狩り、食い終えると赤子の面倒を見ていた。
流石にアイラも赤子がぐずり出すと正気に戻るのか、実体化して私にいろいろと教えてくれた。

「うむ…しかし、何故お前は私に触れる事は出来るのに赤子には触れられんのだ?」
『さぁ〜。でも、たぶんだけど、ティアさんが私の事食べたからだと思います』
「む?」
『だって、こうやって外に出るよりも、ティアさんの中に居た方が姿もはっきりするんですよ〜』
「そういえば頭の中に居る時のお前にはちゃんと足もあったな」

私はオタマジャクシの様な、煙の様な珍妙なアイラの足を見ながら言った。

『ですよ〜。だから、たぶん私はティアさんにだけ特別に強く干渉できるんだと思います』
「ふむ。そうか。という事は、バフォはお前が私の魔力を吸って強い力をつけたんだろう。と言ってたが、実際は私にだけ強い力が出せる、という事か」
『はい、たぶん。うぅ〜この子に触れないのが寂しいです〜』

そう言ってアイラは赤子に触れようと手をぶんぶんとやった。

「ふふ。ほら、私の右手を貸してやろう」

そう言って私はアイラを引き寄せ、私の膝の上に座らせた。

『あ。ありがとうございます』

そう言ってアイラが私の右手に自分の手を重ねると、ふっと右手が浮き上がるような感覚がしてアイラが私の右手を動かし始めた。

「ふふ。昨日と違って、感覚が残ったままなのに自分の身体が勝手に動くと言うのは変な心地だな」
『えへへ。でも、これで私もこの子に触れます。いい子いい子〜♪』

アイラが嬉しそうに私の手を使って赤子を撫でる。
アイラが半分入っているせいか、何故かアイラの感情までが私に流れ込んでくる。

――ああ。私の可愛い赤ちゃん
――なんて温かいんだろう。なんて柔らかいんだろう
――あの時もう二度とあなたに触れる事は出来なくなると思った
――私はなんて幸せなんだろう
――愛してるよ

アイラの歓びがまるで自分の物のように感じられる。
その時、ふと思った。

「そういえば、この子の名は何と言うのだ?」
『ふぇ〜?あ、そういえばこの子、まだ名前がないんでした〜』
「何!?それはいかん。名はその者の魂を宿す。早く名をつけてやらねばちゃんと育たんぞ」
『あわわ。それは大変です〜』
「まったく、何をしておったのだ」
『しかたないですよぅ。この子が生まれてすぐ、国の中で大きな争いが起こったので、私達は命からがら逃げ出したんですから〜』
「何!?そうか、それで逃げている途中、奴等に捕まってしまった、というわけか」
『はい。まったく、野蛮な人は嫌いです〜』
「それは災難だった。まぁ、ともかく、名前をつけてやらねば、な」
『あ、そうでした〜』
「ティアを捩ってテイルというのはどうだ?」
『むぅ〜。それじゃ私の名前が入ってないじゃないですか〜』
「ふむ〜。ではタイラ、というのは?」
『ん〜なんか無責任な艦長になりそうなので嫌です〜』
「ん〜。難しいな」
『あっ!!そうだ!良いのを思いつきました!』
「何!?どんなだ!?」
『ふふふ。聞いちゃったら驚きますよぉ〜?もうすっごくかわいいの思いついちゃいました!』
「こ、こら、もったいぶらずに教えろ」
『ふふ、じゃあ発表しちゃいますよぉ〜?』
「あ、ああ(ゴクリ)」








『ふわふわフーミンちゃん♪!!(キラキラ)』









「…………ぇ……」

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…………。
あ、だめだ、こいつに考えさせてはダメだ。早く私が考えないと。

『ふふふ〜。ふわふわフーミンかわいいな〜』
「(スルー)うむ…しかしどうしたものか…」

その時、私の頭の中で懐かしい声が聞こえた。

――俺は、ただこの手が届く所に居る全ての人をみんな守りたいだけだよ。

「……リアン。リアンはどうだ?」
『ふぇ?リアン?』
「ああ。私の知る限り、もっとも賢く、最も偉大な王の名前だ」
『ふぇ〜?魔王さんか誰かですか?』
「あほか、そんな奴の名前をつけたらこの子がかわいそうだ」
『ふむ〜。いい名前だと思いますよ〜』
「うむ。ではそれにしよう! 良いか?リアン。 今日からお前はリアンだ。もっとも賢く、最も優しい人間の名前だ。お前もそんな人間になるのだぞ、リアン」
『ふふ。ティアさん嬉しそう』

ああ。本当に良かった。良かったなリアン。フーミンにならなくて本当に良かった…(涙)

10/10/30 13:46更新 / ひつじ
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■作者メッセージ
更新するの忘れてましたw
さて、困った
ティアさんの絵を描いてたんですが、さすがに絵は半年もブランクあるとまともに描けなくなってしまうようで途中で断念しそうです。泣きそうです。

ティアさんの過去の詳しい情報が公開されたようです。
人間を餌と言っていたドラゴンさんの心の中。
それと対照的な前話のティアさん。
さてはて、ティアさんはどうなるんでしょうねぇ〜。

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