連載小説
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私がここにいる世界
フォーリーは過去の世界で、グライフと初めて遭遇した。
グライフは現在の世界で、フォーリーと初めて遭遇した。
先になるのはどちらだろう。

一人だけになってしまった車両の中で、フォーリーはふとそんなことを考えた。





グライフは一人だけで転移してしまった。
彼の予想を裏切って。しかし歴史に忠実に。
フォーリーの記憶にそれがある以上、行先は110年前の時代であるはずだ。

フォーリーは車両を地上に下ろし、それをブレダ・ヒルズの街はずれまで移動させる。
そこは110年前、グライフが最後に消えた場所。
そしてそのまま、じっと時が過ぎるのを待った。およそそれは二日強。
グライフが110年前に滞在していた時間と、同じだけの時間が過ぎるまで。


ずっと不自然に思っていた。グライフが消失したのなら、なぜ思い出が残っているのか。
論理的に考えるなら、グライフがあの時消えた時の現象は、歴史の修正ではなかったという事になる。
しかし、あれはどう見ても時空の歪み。いつ歴史の修正が起こってもおかしくない状況でそれが起きた。
だからこそフォーリーもグライフも、歴史の修正が起きたと思ったのだ。


だが、別の可能性が一つある。
何故かあのタイミング・あの場所にピンポイントで時空穴が生成され、それによって転移した線だ。

グライフと初めて出会った日。転移穴から出てきた直後、グライフ自身が言っていた。
『時空穴に触れなくて良かったな。逆にお前が、俺の元居た世界に転送されてたぞ』 と。
グライフと最後に別れた日。どうすれば助かるかを問うた時、グライフ自身が言っていた。
『誰とも接触の無い閉鎖隔離地で一生を終えるか、元の時代に再転移するかだ』と。

偶然かどうかは分からない。だが、結局彼自身が答えを言っていたのだ。


転移設備の設定は、グライフが使用してから触ってない。前回と同じ状態だ。
これならば人間一人分の時空穴が、同じだけの時間――110年前のあの瞬間に繋がるはずだ。
そう。あのタイミングのあの場所にピンポイントで時空穴を繋ぎ、あの時起きたことを再解釈する。
あの時のグライフの消失は、未来のフォーリーが繋いだ時空穴だとして辻褄を合わせる。

グライフを、もう何をやっても歴史の矛盾が起こらない、この時代まで呼び戻す。

フォーリーは時計を見ながらカウントし、転移設備を再稼働させた。
魔導回路が輝きだし、空間そのものが振動し出す――。






「――っ」

景色が揺れ、誰かがその場に現れる。

それは、110年前に失った相手。そして3日前に見送った相手。

「……ここは……」

短い黒髪に厚手のコート。諦めきった表情で目を閉じていたが、やがて開くと驚きを見せた。
混乱したように周囲を見渡し、そしてフォーリーの存在に気づくと、さらに困惑した態度を見せる。

「……何が起きた? 何故俺はここにいる?」

無理もないだろう。おそらく彼は、消え去る覚悟を固めていたから。


「"フォーリー"。何故お前がここにいる?」


ずっとそう呼ばれたかった。110年間、もう一度そう呼ばれる日を待っていた。

「……う……」

事情を話そうと声を出そうとした瞬間、同時に涙が溢れてくる。
彼は少し考え、何かを察したようだった。

「うぅ……あああ……」

ゆっくりと近づき、抱きしめようとする。
もうグライフは、避ける事も撃つこともせず、黙って受け止めてくれた。

「うああああああああああぁぁぁぁぁん……! うぅ、あ゛あああぁあぁぁぁぁ……!」

110年前、別れの悲しみで一人で泣き続けたことを思い出す。
でも今は喜びと安堵によって、一番好きな相手の腕の中で泣くことができた。
長い長い時間の果てに、ようやく因果が収拾した。




フォーリーは泣くだけ泣いて泣きつかれ、そしてそのまま眠ってしまった。
車両内に胡坐をかくようにして座るグライフに、もたれるようにして寝続けていた。
そうしていたのは、30分か、1時間か。目覚めて最初に見えたのは、グライフの困ったような顔だった。

「そろそろ……説明してくれるか? 助けられたという事は見当がつくが、詳しい現状が分からない」

「……ん」

フォーリーはまともに声を出せる事を確認し、ぽつぽつと経緯を話し始める。

グライフの消失後も思い出が残り、あの消失が歴史の修正ではないと再解釈した事。
100年以上の時を経て、姿を変えてグライフの助手になった事。
そして先ほど全ての決着がつき、"過去に来たグライフ"を取り戻すことに成功した事。

改めて話せば、まるで荒唐無稽な話だったかもしれない。
グライフは膝にフォーリーの頭を乗せたまま、黙ってそれを聞いていた。


「……とんでも無いことをやるもんだな。お前が……助手だったのか」

飽きれたような声を出しつつ、グライフがフォーリーの頭を撫でる。

「ぐすっ、うん……ずっと貴方をここで待ってた」
「随分待たせたな」

人間として生きてきたグライフに、100年を超える年月に実感は持てない。
ただ、魔物の身でも長すぎるほどの時間だったという理屈は十分に理解できたらしい。

「角、少し伸びたか?」
「うん……」

フォーリーには分からなかったが、やはりその分の変化はあったのだ。
いくらか大きくなったその角に触れ、グライフは自身にとって空白の百年を想像する。
過去、誰一人として自分が提唱した並行世界転移論を把握できた者はいなかった。
それを、ただ長い月日の積み重ねによって助手を務められるまでに学んだのだろう。
出会った時はどこにでもいるようなサキュバスだった。
それがまさか横に並ぶまでに成長し、想定外の手段で助けられてしまうとは欠片の予想もできなかった。

おそらくそれは、随分つらい思いもさせただろう。
どうしようもなかったこととはいえ、グライフは反省の顔を見せた。

「ん」

ふと、フォーリーが体勢を変え、グライフの腹部に顔を押し付けるようにして抱き着く。

「……くっつきすぎだぞ」
「もうちょっとだけ」

ふんふん、とフォーリーは密着したまま匂いを嗅ぐ。
そしてグライフの背中に回した腕に力を込め、さらに距離を縮めようとする。

「……好きにしろ」

そういえばこれも、何度言われた言葉だろうか。
今こうやってすべてを受け入れてくれるのが、何にも代え難く嬉しかった。
言われた通り、グライフのコートの内側に頭を突っ込んでその匂いを満喫する。

「……んぅ」
「くすぐるな」

そうは言いつつ、グライフはフォーリーの動きを止めようとはしない。
まるでされるがままのように、無抵抗で好きにさせつづけた。

「……ふぅ」

フォーリーは息苦しいのではないかと思うほどグライフの身体に顔を押し付け、じっと深呼吸を繰り返す。
かと思うと、動物がじゃれつくように手でその身体をまさぐり始めた。
グライフの背中に回した腕を、腋を撫でるようにスライドさせて袖の中へと両腕を差し込む。
そしてそのまま巻き込んで捲り、グライフの着ていたコートだけを隅の方へと投げ飛ばした。

一瞬遅れて、グライフが違和感に気づく。

「……ん、今何をした?」
「秘密♪」

これも、実は百年かけて編み出した秘術である。
グライフのコートに仕込まれた対魔物防御はほぼ完ぺき。出会った時にもこの上着には苦しめられた。
普通に抱きしめようとしても、斜め上から抱きしめようとも、対空迎撃用の抱きしめ方をしてもおそらく避けて逃げられる。
だから間合いの無い密着状態から、上半身のバネのみで一気にコートを脱がせてしまう。
グライフにとっては、寒気がしたかと思ったらコートが脱げていた、ぐらいにしか感じなかっただろう。

「俺のコートが消えたぞ」

戸惑い、周囲を見渡そうとするグライフ。
だがフォーリーは、その頭を掴んで思い切り唇を押し付けた。





「う……」
「んふ♥」

少し驚いたようだが、抵抗はされなかった。
ぐいぐいと押し倒すような勢いで唇を割って舌を差し込むと、どちらの物とも知れない熱い吐息が交じり合う。
唾液を塗りつけるようにして口腔内を舐め尽くし、両手で首の後ろを撫でる。
すると、舌先同士が僅かに触れた。フォーリーはすかさず、それを蛇のように絡めとる。

「んん……、ふぅ」

息継ぎを混ぜつつも、啜り上げるようなキスを強行。
その苦しさゆえか、お互いに息が荒くなる。それでもまだ続けていたい。
もう二度と離れ離れにならないように、溶けて混ざってしまいたい。
たっぷり時間をかけて味わった口周りは、混ざり合った唾液でべとべとであった。

「えへへ、おいしぃ……♥」
「……っ……!」

フォーリーが素直な感想を述べると、グライフはやや朦朧としたような表情のままで視線を逸らした。
一瞬繋がっていた唾液の端が切れ、お互いの口から垂れる滴となって落下する。
グライフのズボンに染みたのを見て、フォーリーはそれをずり下げようと手をかける。

「あ……」

だが、そのズボンに引っ掛かりが発生。
慌てたようにグライフが自分からそれを下ろすと、派手に膨張した肉棒が姿を現した。

その匂いに、フォーリーは思わず顔を緩ませる。
先ほど顔を埋めた時の、数百倍にも思える濃い匂い。その魅力は強烈だった。
どうしてあげようか、と考えて、先ほどのキスの残滓が自分の胸元に落ちていたことに気が付いた。

「ね、ここ、好き?」

首をかしげて、腕で胸を寄せて見せる。
グライフはその問いに無言だったが、目を逸らしては視線を向け、また逸らしてはチラ見してを繰り返す。
答えはそれで充分。フォーリーは胸をはだけさせ、ゆさりと揺れる豊かな乳房を掌で包む。
そこにもう一度しっかりと唾液を垂らして濡らすと、グライフの腰へと近づける。

「あ……、ふふ、すごく熱い……♥」
「……っ」

自分の体温が上がっているのが分かる中、触れてみたグライフのそれはさらに熱っぽい。
そのびくびくとした脈動を抑えるように、しっかりと胸の中に包み込む。
お互いの身体でサンドして、さらに手で左右から押さえてがっちりと捕まえる。

「う、あ……」
「あらあら、大丈夫……?」

その刺激に腰が抜けたのか、体勢を崩してフォーリーの角を掴む。
その状態で落ち着いたのを確認してから、身体をゆっくりと揺すりだす。

むにっ、ぐにっ、とどこまでも柔らかいその谷間を出たり入ったりする度に、その息遣いが荒くなる。
僅かな距離を隔てて、グライフの脈動とフォーリーの鼓動がお互いにそのリズムを伝え合う。
ぬちゅ、と音を立てて隙間から覗かせたグライフの先端を舐めると、うぅ、と小さな声を漏らした。

ずっとこのまま、密着しっぱなしで過ごしたい。
気の遠くなるような長い時間を、ずっとこの時を思い描いて生きてきたのだ。
それを思うと、今この時間も夢の中ではないかと疑ってしまう。
だからさらに強く抱きしめて、これが現実である事を確かめる。

胸に空いた大きな穴が、これでようやく塞がり始める。

息を荒げ、抱かれたまま、グライフが体重をフォーリーに預けてくる。
出会った頃は、こんな風に頼ってくることはおろか触れる事にさえも厳しかった。
信用してくれているのだろう、この時代で支えた助手のフォーリーと、百年前に支えた助手のフォーリーを。

手に余る大きさの乳房が、様々な方向からの力に合わせてぐにぐにと形を変える。
そしてその圧力は全て、中で挟まれるグライフへとダイレクトに伝わってゆく。
フォーリーも自身の身体に走るぞくぞくとした快感に耐えながら、それ以上の快感をグライフに注ぎ込もうと力を込める。



「う、あ、あ……っ」

すると、焦ったようにその呼吸が早くなる。
息の荒さ、顔の火照りから絶頂が近いのだと素早く察し、その膨らみをしっかりと押さえる。
中でびくびくと脈動するそれに、死角なく悦びが擦り付けられる。
その刺激は、最後の一押しには十分すぎるほどの効果だった。

「出して、いつでも……♥」
「あ、く、ううぅぅぅ……!!!」

びくっ、とそれが震え、グライフが腰に力を込める。
フォーリーが揺さぶると、それはあっけなく決壊、大量の白濁液を顔に向かって放出した。

「――っ、ふっ、はぁっ、……はぁ、はぁっ……」
「んん、こんなに沢山……」

どろりと頬を伝い、顎から再び胸へと滴り落ちる。人間の身にしては随分な量だった。
それもそのはずだ。助手として通っていただけのこの時代はともかく、フォーリーの家に泊めていた百年前は、こっそり抜く暇などなかったはずだ。
あの時代にいた間は、ずっと溜まっていたのだろう。

フォーリーは頬に絡みついたそれを指で掬い取ると、飴のようにしゃぶりついた。
鼻を焼くような強烈な匂い。淫魔として、はじめて味わう男の味。
どろりと口の中に広がるそれがきっかけで、空腹感がさらに増す。

「……ねえ、まだ出るわよね?」
「はぁ、はぁっ、……なぁ、今出したところだぞ……?」

余韻に浸っているグライフに、フォーリーはさらに催促。
もっと欲しいのだ、と目線で訴えかける。

「分かった、分かった」

グライフは降参をするようにそう言い、体を起こして態勢を整えた。

了承が得られたところでフォーリーは微笑み、尻尾を伸ばして先端から魔力を流し込む。
途端、復活するグライフの男根。回復魔法の一種である。
その違和感に戸惑っている隙に、フォーリーは巻き付けた尻尾でその身体を引っ張る。
必然、覆いかぶさるようにして倒れこむグライフ。フォーリーは、いつの間にか仰向けに体勢を変えていた。

「ね、ぎゅってして」
「…………」

数センチの距離でそう囁く。
グライフは黙って両腕を回し、フォーリーは足と尻尾で抱きとめる。

お互い絡み合い、肌を押し付けあって熱を分け合う。
二度と離れる事の無いように、強く強く繋ぎとめよう。
世界でただ二人だけ、同じ目的と水準を持つ者同士。

そして、どちらからともなく位置を合わせ、その性器を貫かせた。

「んっ……♥」
「ぅあ……」

声が重なる。ずるり、と飲み込まれて擦れるその強烈な快感に思わず身体を震わせる。

「――っ!」

それを耐えるのに必死なのか、グライフの手に力が籠った。
まるで一つの生物になろうとしているように、お互いがお互いにしがみつく。
グライフはもちろんのこと、フォーリーにとっても限界ギリギリの状態だった。
それでも理性が焼け落ち、露出した本能がもっと快感を貪りたいと主張する。

「あ、あぅ、んっ……♥、ふ、んぅぅ……!」

フォーリーは、それにあっさり屈し夢中で体を揺すり始める。
ぐちゅり、ぐちゅりという卑猥な音が内側から直接聞こえてくる。
腰を振る度にお腹の中でごりごりと先端が押し付けられ、目の奥で火花が散るような刺激が弾ける。
始めて迎え入れた男の形を覚えようと、膣肉全体を締め付けるように動き続けた。

「あっ、あっ、ん♥ はぁ、んぅ……♥♥」
「ふっ、……くぅ、うっ、うぅ……!」

ずっと声を出さないように我慢していたらしいグライフだったが、それでも動きに合わせて声が漏れ始める。
その声を楽しみながら、フォーリーは恍惚と共にグライフの敏感な部分を揉みこみ、容赦なく責め立てる。
ずちゅ、ずちゅ、という湿った音が結合部だけでなく、汗と共に擦りあわされる体の間からも発せられ、まるで何かの体内に閉じ込められてしまったかのような錯覚にさえ陥った。

「は、ん、んっ、ね、ねぇ……?」

息も絶え絶えの状況の中、フォーリーは必死に声を紡ぎだす。

「どう……?ん、気持ち、いい……?」

グライフはそれを聞き、相変わらず荒い息遣いを繰り返すだけだったが。
確かに頷き、フォーリーの頬を優しく撫でた。

「えへへ……♥」

褒めてもらえた。
身が蕩けてしまいそうな嬉しさと気持ちよさの中、過去が頭の中を駆け巡る。
ありがとう、と誰かに感謝した。この運命をもたらしてくれた、誰かに対して。

「あぁ、出る……!!」

その声に対して反射的に、グライフの腰を引き寄せる。
一番奥の奥で、沢山出してもらえるように。どれだけ出されても、こぼして無駄にすることのないように。

「フォー、……リー……!」

どくん、どくんという脈動から、熱い熱い精が解き放たれる。
フォーリーの膣内が、押し広げられるほどの勢いだった。

「ああ、あ……」

グライフは身体を硬直させながら、全身から絞り出したのではないかと思うほどの精を流し込んだ。
それを少しでも長引かせようと、フォーリーも膣内の蠕動で刺激し続ける。
二人は一つの装置になったかのように一体化し、体液と魔力が交叉する。
そしてたっぷりと悦びを出した後、必死にしがみついていたグライフの力が抜けた。
直後、聞こえてくる寝息。疲れ切って、限界に達してしまったのだろう。

「んふ、グライフ、おやすみ……♥」

繋がったまま頭を抱き寄せ、寝やすい形にしてあげる。
先ほど泣きつかれた時は、ずっと膝枕をしてくれたのだ。今度は私が枕になろう。
そう思い、じっと寝顔を見つめてみる。こうして見つめた、百年前の事を思い出す。

「グライフ、だいすき……」

もう一度唇を重ね、こっそり囁く。
フォーリーはその名を、しばらく繰り返し呼び続けた。



グライフは知らなかったかもしれないが、フォーリーには気づいたことがある。

過去の時代で出会った時、フォーリーは既にグライフをモノにしようと決めた。
だがそれは、未来に大きな変化をもたらす矛盾した介入になり得た要素だ。
もしフォーリーがその後別の相手と結ばれるはずだったなら、その時点で歴史の修正が起こるはずだったのだ。

だが、結果としてそうはならなかったということは。
仮にグライフが過去の世界に来なかったとしても、フォーリーが結ばれる相手はグライフだったのだ。
それは結果論だが、運命と呼ばれるものかもしれない。

少なくともフォーリーは、これを運命だと心の中で呼ぶことにした。







数日後。

「……もう一回確認しよう」
「もう10回以上確認したじゃない?」
「前みたいに、過去に飛ぶようなことがあったら困る」
「大丈夫よ。内部の軸方向も透析検査したんだもの」

グライフとフォーリーは、新しく形成したテッセラクトカタパルトの入念な検査を行っていた。
それが成功していると判断したなら、もう一度並行世界への転移を試みる予定である。
グライフの元々の目的であった並行世界への旅立ちは、今は二人の目的である。
次は二人で。離れ離れになる事のないように、細心の注意を払うつもりだ。

「……なあ」

グライフがふと手を止め、フォーリーに尋ねる。

「助手として面接する時に言ったな、並行世界には危険もあるかもしれないと。それでも行きたい、とあの時言ったが、その気持ちは今も変わらないか?」
「当然。貴方が行く場所なら、どんな場所だってついていくわ」

確かめるような質問に、フォーリーは即答。
ずっと前から決まり切っていた答えである。

「そうか」

すると、グライフは棚から何かを取り出し、フォーリーの方へと投げてよこした。

「これは……?」
「一応着ておけ」

ずっしりとした衣服らしいそれは、広げてみるとコートだった。
グライフの着ている物とおそらく同じ、同機能のコート。

「ペアルック?」
「あー……そっちに考えが行くのか。これは危険に備えての対策だ」
「ふぅん、へぇ……」

フォーリーはそれをまじまじと見つめ、そして微笑む。

「えへへ、ペアルックのプレゼントだ」

そう言うと、グライフは顔を赤くして目を逸らした。

「あ、でもそれだったら。私そっちのがいい」
「何がだ」
「今グライフが着てるやつ。それを私が着て、貴方は新品着ればいいじゃない」
「……まあ、それでもいいが」

フォーリーが新品のコートを投げると、グライフも着ていたコートを投げて返した。
そしてすぐにフォーリーはそれを羽織って、息いっぱいに匂いを嗅ぐ。

「緊急脱出装置のスイッチには気を付けろ」
「そういえばそういうのもあったわね……。どの辺なの?」
「首元と左肩と右肘と腰後方と右腿のあたりにスイッチがある」
「そん
 なに」

恐る恐る袖を通し、フォーリーは時計を見た。

「あと2分で正午よ」
「……そうか」

グライフが操作盤の前に立ち、転移の準備を始める。
今回も正午に転移を開始する予定だ、タイミングはキリの良い時刻にするのが分かりやすい。

「フォーリー、行先はどんな世界だと思う?」
「さあ。想像もつかないような世界を見たいわ」
「同感だ」

グライフは窓の外に視線を向け、再びフォーリーに尋ねる。

「戻ってこれる保証はない。この世界にもう悔いはないか?」
「ええ、貴方の傍にいられるなら」

そう答えた瞬間、時計の全ての針が頂点を指す。

「そうか。……ならもっと近くに来い」
「ん」

フォーリーは傍まで駆け寄り、勢いよく抱き着いて見せる。
これなら前のように出力不足でも、二人で転移できるだろう。

動力機関が動き出し、振動が次第に強くなる。
そして景色の揺れが、車両全体を包み込む。

そうだ、この旅立ちはハネムーンという事になるのだろうか。
光に包まれて消失する直前、フォーリーはそんな事を考えた。
17/02/26 23:03更新 / akitaka
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パイズリ好きですまんな

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