連載小説
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17.ジョブチェンジ・クラスチェンジ
「あー・・・いくらかマシになった」
「無理はしないで下さいよ? 買い物位なら一人でも大丈夫ですから」

一晩中激しく交わった結果、とてつもない腰痛に苛まれる事になったエトナ。
シロに湿布を貼ってもらい、昼まで安静にした所、歩けるレベルには回復した。

「市場で探しましょう。腰に効くもの。確か東洋で用いられている『お灸』というものが
 いいそうです」
「そうする・・・いてて・・・」

シロに体を支えてもらいながら、ゆっくりと歩く。
その不自然極まりない光景を見た誰もが、『えっ?』という表情を浮かべた。



ノノン中央市場にて。
ベング商会摘発事件の影響もあり、辺りの騒がしさは一層強まっている。

「多少高くついてもいいからスピード優先だ! 発注できるだけしとけ!」
「ここチャンスかピンチか分岐点! 遅れるなよ!」
「今後の情勢はベングが無いとなるとあの商会が多分・・・」
「うぉっ、何だこりゃ」
「最大規模の商会が潰れたとなれば色々な変化が起きますから。皆さん大忙しですね」

実は、この時多くの店が臨時休業をとっており、開店している店の数は多くない。
現状、多くの商人はいつも通り商売をするより、何かしらの勝負に出た方がいいと考えた。
堅実かつ地道な積み重ねが富に繋がる事は百も承知。しかし、この機を逃す訳にはいかない。
己の商人人生を賭け、一獲千金を目指す為に、大博打に打って出たのである。

「個々の儲けも大事ですけど、街全体の利益も忘れないで頂きたいですね。
 争い合いになって共倒れとかになったら洒落になりませんし」
「よく分からんが、商売でもってきた街なんだし、何とかなるだろ。
 ・・・ん? おいシロ、あれ」

そう言いながらエトナが視線を向けた先。丁度、ジェフが露店を開いていた辺り。
この日も店は開いていた。しかし、当の本人はいない。
その代わりにいたのは。

「いらっしゃいま・・・あ、シロさん」

ベング商会に囚われていた魔物娘の一人、コカトリスのリノアだった。
シロに会うなり表情がぱぁっと明るくなり、柔らかく微笑む。
臆病な性格がそのまま表れたかのような下がり眉はそのまま。しかしそれがまた可愛らしく、
多くの商人が看板娘として欲しがるレベルにまで達している。

「その節は、本当にありがとうございました」

深々と座礼。

「いえいえ、お礼ならエトナさんにして下さいよ。僕は何も出来ませんでしたから」
「シロさんは私に勇気をくれたじゃないですか。でも、エトナさんにも感謝しなくちゃですね。
 ありがとうございました」
「ん、気にすんな。そして頭上げてくれ。何かアタシが脅しでもしたのかみたいな視線が痛い」

身体の大きさ、種族としての力量差。
土下座と呼べる程に頭を下げているコカトリスの前にオーガ。
事情を知らないのであれば、勘違いされるのも自然な事であった。

「あ・・・ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫。仕方ねぇよ。それより、何でここにいるんだ?」
「そうでした。二人にお伝えしたい事があるんですよ。
 少し、お時間頂けますか?」
「僕は構いませんよ。エトナさんは?」
「アタシも問題なし。んじゃ、聞かせてくれ」
「ありがとうございます。まず、私がここにいる理由ですが・・・」



事は昨夜に遡る。

「・・・どうしようかな」

重要参考人としての役目を終えた後、リノアは困っていた。
気付いた時にはベング商会に捕まり、囚われていた為、自分の元の住処の方向が分からない。
初めて訪れた街に知り合いがいる訳もなく、途方に暮れていた。

「とりあえず、近くの森に行くしかないかな。まず水場を見つけないと」
「おーい!」
「はひいぃっ!?」

誰かが自分を呼ぶ声に驚き、素っ頓狂な声を上げる。
恐る恐る振り向いた先にいたのは。

「よ、嬢ちゃんお疲れ。俺は露店商をやってるジェフって言う。
 シロとエトナの・・・一応、知り合いっちゃあ知り合いだ」

露店商店主、ジェフ。
彼もまた、ベング商会の被害者として、衛兵に様々な証言をしていた。

「シロさんのお知り合い・・・ですか?」
「客と商人ってだけだけど、色々あってな。それより嬢ちゃん、突然だが、頼みがあるんだ」
「はい・・・?」

ジェフもまた、一つの問題を抱えていた。
どうにかできる手段はある。だが、その方法は選びたくない。



「しばらくの間、俺の代わりに露店を開いて欲しいんだ」



話によると。
自分はエトナとシロの乗る馬車に盗みに入ったが、エトナに捕まった。
未遂であるとはいえ、れっきとした犯罪であり、この罪を償わなければならない。
エトナは別に気にしていないようだが、自分は自首するつもりだ。
だが、その間に自分の店を誰かに任せたい。といっても、商会の仲間に迷惑はかけられないし、
妻には多額の借金を負った自分を見限って逃げられた。かといって娘達は幼すぎる。
という事で、今回の事件の関係者で、かつ何かしらの仕事を必要としそうなリノアが
代役の第一候補に挙がったという事である。

「このまましらばっくれて、何事も無かったように商売する事も出来る。
 だが・・・それだけはやっちゃいけねぇ。何でも売る商人でも、魂は売っちゃならねぇんだ」
「ジェフさん・・・えっと・・・本当に、私でいいんですか?
 お店で物を買った事はありますけど、売る事なんて・・・」
「大丈夫だ。難しい事は何もない。必要なのは気持ちだ。嬢ちゃんさえ良ければ、頼まれて欲しい。
 勿論、給金も出す」

リノアは、悩んだ。
願ったり叶ったりではある。しかし、軽々に受け入れていい事なのだろうか。
商売の事に関して、何の知識も無い自分が足を踏み入れていいのだろうか。

卑屈とまではいかないが、控え目な思考が答えを導き出した。
やっぱり断ろうと思った時。

「聞いた話じゃ、シロは嬢ちゃんと何か組んでたみてぇじゃねぇか。
 俺が思うに、坊主は人を見る目がある。・・・俺は、嬢ちゃんと坊主に賭けてぇんだ」

真剣な眼差し。
頼み事をする側ではあるが、そこに寄りすがったり、媚びるような要素は一切感じない。
ただただ、真摯な気持ちだけがあった。

結果として、この実直さが功を奏す事となる。

「分かりました・・・どこまで出来るか分かりませんけど、精一杯頑張ります」

心を打たれたリノアは、ジェフの依頼を受諾し、露店の店主代理兼店員を務める事を決意した。



「・・・という事なんです」
「それで、ジェフさんは今・・・」
「今朝、私にこの露店の引き継ぎをした後、衛兵さんの所に行きました。
 多分、今頃自首してると思います」

例え何千、何万の金貨を積まれようと、譲れないものがある。
何物にも代える事の出来ない、己の魂。
人はそれを誇り、プライド、矜持、自負等、様々な呼称をつけ、形容する。
商人として、そして人間としての尊厳を守る為、ジェフは自身の犯した罪と向き合った。
そしてそれを認め、他人に暴かれるよりも先に、自分から申し出る。
頭では分かっていても中々踏み出せぬ事を、堂々とやってのけたのである。

悪行は、許される行為ではない。
しかし、エトナとシロはその勇気に感じ入った。
そもそも、二人ともジェフの行為をそこまで問題視していない。
元はといえばベング商会が諸悪の根源であり、酌量の余地は十二分にある。

「シロ」
「エトナさん」

別に、自分達が何かする必要も無さそうだが、やれる事はやろう。
どちらからという事も無く、二人は同じ事を考えた。

「一筆したためましょう。かなり刑は軽くしてもらえるはずです」
「何にも盗まれてないし、あんな事になりゃ仕方ねぇよ。アタシも書く」

鞄から羊皮紙と羽ペンを取り出し、嘆願書を書き始める二人。
それを見て、リノアも思う。

(・・・ジェフさん、人を見る目があるのはあなたもだと思います。私はともかくとして、
 この二人は間違いなく、素晴らしい方々です。ですから、安心して下さい。
 私も・・・頑張りますから)

与えられた責務を全うすべく、決意を新たにした。



結論は、その日の内に出た。
窃盗とはいえ、未遂である事に加えて、状況として酌量の余地がある。
さらに事件発覚前に自首をし、被害者からの嘆願書が届いているとなれば、牢屋までは行かない。
結局、裁判を待たずして一定期間の保護観察のみという結論にまとまり、
限りなく無罪放免に近い形で、ジェフは解放された。

「・・・シロ、エトナ。本当にすまねぇ。お前らには世話になりっぱなしだ。
 こんなに借り作っちまって・・・ははっ、もう俺が生きてる内に返し切れるかどうかも分かんねぇや」
「何言ってんだ。宿紹介してもらったし、シロ探すの手伝ってもらったし、これでチャラだろ」
「気にしないで下さい。エトナさんの言う通り、丁度±0がいいとこですから。
 むしろ、返し切れてないのは僕らですよ」
「お前ら・・・ぐすっ、本当に、本当にすまねぇっ! 俺は、何て事をしちまったんだ・・・!
 うぉぉぉぉぉおん!!!」

シロとエトナの慈悲に感動し、大声で咽び泣き出すジェフ。
戸惑う二人を見て、何とか堪えようとするが、涙が止まらない。

「えっと、大丈夫ですって」
「アタシも。けど、流石に止められそうにないな・・・このまま泣けるだけ泣かした方いいだろ」
「辛かったでしょうしね・・・お疲れ様でした」

地面に手をつけたまま泣くジェフの肩をポンポンと叩きながら、労いの言葉をかける。
エトナもそれを見て、背中をさする。
少年と魔物娘の二人がかりで、ジェフの涙は数分ほどで止まった。



「取り乱した。本当に何から何まですまん」
「もう謝るのは止して下さいよ。そして、出来れば笑って下さい」
「・・・あぁ。大事な事を言い忘れてた。シロ、エトナ・・・本当に、ありがとう。
 お前たちのおかげで、俺はもう一度、商人になる事が出来そうだ」

シロとエトナに初めて出会った時のように笑うジェフ。
曇りなき眼には、確かな意志が宿っていた。

「これからが勝負だろ? ゆっくりもしてられそうにねぇな」
「だな。情勢はめちゃくちゃ不安定だ。・・・が、ここを越えられなきゃ商人じゃねぇ。
 俺もきっちり決めてやるよ」
「頑張って下さいね。応援してます」

シロが軽く微笑んだ、その時。

「・・・あれ?」
「どうした、坊・・・おっ?」

違和感を感じ、手首を見る。
そこには、あるはずのものが無かった。

もしかしてと思い、足元を見る。
予想通り、落ちていた。

「これ・・・僕のつけていたミサンガです」

購入からほんの数日。シロのミサンガが切れた。
切れるまで着けていれば願いが叶うと言われる装飾品。
殊の外早く、その機会は訪れた。

「今朝は、まだしっかり繋がってたはずなんですけど・・・」
「もしかして不良品売っちまったか? いや、検品はしっかりしたから、んなはずは・・・」
「何でだろうな? でもこれで願いが叶うんだろ?」
「願掛けの一種みたいなもんだけどな。だけど流石にこれは申し訳ねぇ。
 坊主、交換するか? もちろん無料だ」
「いえ、お気持ちだけ頂いておきます。縁起いいですし」

切れたミサンガの紐を手の平に乗せながら、物思う。
もし、これで本当に願いが叶うのだとしたら・・・

「そうか・・・さて、悪いがそろそろ、俺も店に戻らないといけねぇ。
 実は、商会から話があってな。リノアをイメージキャラクターとして起用する案が出たんだ。
 要するに、商会背負っての看板娘ってヤツだな」
「おー! すげぇなそれ! 確かに、あいつ結構可愛らしかったしな。
 ・・・アタシもあんな感じになったらいいのか?」
「何言ってんだ。魅力なんて人それぞれ。似合う似合わないあるだろ。
 しおらしいお前とか気持ち悪いわ」
「ンだと!」
「待て待て、坊主見てみろ」
「シロ、お前なら・・・」

「・・・いや、悪くな、いと思い、ます、よ?」

目は泳ぎっぱなし。口から出る言葉の区切りは不自然に。
ここまで来ると、察するしかないし、見てる方がいたたまれない。

「・・・分かった。分かったから無理すんな」

願いを考えていた時に突如脳裏に現れた、しおらしいエトナ。
そのインパクトが強すぎて、『願いの内容をどうするか』という事は割とどうでもよくなった。



馬車に戻り、ベッドに寝転がる。
街中どこもかしこも騒がしい中、そこだけ全く別の空間であるかのように、ゆったりと時間が流れてゆく。

「何か・・・一気に疲れが」
「うん、休め。色々お疲れ様だ」

四肢から力を抜き、目を閉じる。
二転三転する状況の変化、囚われた自分、そして・・・

(本当に、しちゃったんだよね)

エトナと、一線を越えた事。
この街で起きた事は、どれもこれも初めての事ばかり。
あまりに目まぐるしくて、溜まっていた疲れが今になってまとめて襲い掛かってきた。

「エトナさん」
「何だ?」
「・・・ごめんなさい、呼んでみたくなっただけです」
「ん、そっか」

身体が重いが、嫌な感覚ではない。だが、疲れているのは事実だ。
これからどうするか、次は何処に行くかを考えるのは、起きてからでいい。
今はとりあえず、しっかりと休もう。

(・・・眠いや)

丁度良く、睡魔が訪れた。
特に抵抗する事も無く、そのまま・・・

「・・・んんっ?」

なんとなく違和感。でもどことなく経験のある感覚。
睡眠欲がやや抜け、ある程度はっきりした意識の下、これは何かを分析。
結論は、すぐに出た。

(・・・あー、うん。・・・勃ってる)

どうやら、睡魔のついでに淫魔も訪れたらしい。
人間の三大欲求の内の二つのせめぎ合いが始まった。

『ケッケッケ、眠いんなら寝ちまいn』
『射精したい? 射精したいよね? 一緒に気持ちよくなろっ♪』
『あひぃんっ!』
(睡魔弱っ! いや淫魔が強すぎるのか? いやどっちでもいいか・・・)

2秒で決着。性欲の完勝であった。

(やっぱり、魔力が関係してるのかな。という事は、僕はインキュバスになりかけてるのか?
 これに関しては・・・疲れマラ? だっけ? で、勃ってるだけかもしれないけど、
 前よりこういう事を考えるようになったし、正直、今も・・・)

今までのシロなら、エトナの体調を気にかけ、自分で処理をしただろう。
しかし、今は。

「あの、エトナさん」
「どしたー?」
「その、ちょっと恥ずかしいんですけど、その・・・」
「・・・あ、うん、分かった。流石に本番はまだキツいけど、それ以外でいいか?」
「十分です。今も無理させちゃってますし」
「だから遠慮するなって。むしろ嬉しいからさ。で、希望は?」
「・・・口で、お願いします」
「了解。はむっ♪」
「んあっ・・・!」

魔力による性欲増進の力を借りながらも、自分の欲望にそれなりに忠実になれた。
童貞を失い、精通を迎え、身体的にも精神的にも成長しつつある証拠だ。

「ヤりたくなったら言えよ。自分でするよりキモチ良くしてやるから♪」
「お願いしま・・・あっ、射精るっ!」

子種を生産できる身体になったシロ。
エトナはそれを心の底から喜びつつ、止めどなく湧いてくる精液を全て喉奥に流し込んだ。
14/09/30 08:24更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
何とか月内に完成しました。第17話です。

シロ君がインキュバスへの一歩を踏み出しました。
精を出せるようになった分、魔力の影響も受けやすくなったとかそうでないとか。
なった所で損する事一っつも無いですけどね!

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