狂王の祝祭
俺は祝祭の只中にいた。狂乱の祝祭だ。
祝祭に狂乱は付き物だと言うかもしれない。だが、俺はこれほどの狂乱は見たことがない。王によって巻き起こされた破壊と混沌の頂点が、この祝祭だろうか？
俺の目の前を、王と王妃が乗った巨大な車が進んでいる。車は黒地に紅玉と銀で装飾しており、百人の魔物娘と百頭の黒豹によって引かれている。魔物娘達は、光沢のある黒地でできた露出度の高い服や肌の透ける薄い黒色の服を着て、紅玉のはまった銀の装身具を身に着けている。黒豹も、紅玉や銀で飾り立てられている。
車を引く者以外にも魔物娘はいる。彼女らは音楽を奏でている。フルート、ハープ、シンバル、カスタネットなどを用いて、聴いたことのない音楽を奏でている。舞っている魔物娘たちもいる。しなやかな肢体を駆使し、官能的な踊りを披露している。
この祝祭は、王と王妃の婚姻を祝う祭りだ。王は、魔王の娘であるリリムを娶ったのだ。リリムは、王の隣の席に乗っている。白銀の髪と紅玉の瞳を持ち、銀と金剛石で装飾された黒のドレスをまとっている。魔物娘はみな優れた容姿をしている。だが、リリムの美貌に比べれば、それらも霞む。美貌などという言葉がむなしくなるほどだ。俺の貧弱な語彙では、表現の仕様がない。
この国は、元は反魔物国だった。主神教団が大きな勢力を持っていた。だが、王は突如親魔物国に鞍替えすることを宣言し、主神教団に戦いを挑んだ。この国には、主神教団の教会は多く教団兵も数多いた。信徒も多く、重臣や大貴族の中には熱心な信徒も多い。国は内乱状態となった。
この内乱は、一年で決着がついた。魔王が、王に援軍を送って来た為だ。もっとも、魔王が援軍を送らなくとも、王は勝利しただろう。王は、主神教団の教会を次々と破壊し、王の命に従わない信徒を片っ端から殺戮していた。破壊に次ぐ破壊、殺戮に次ぐ殺戮だった。魔王が軍を送ったのは、王の破壊と殺戮をやめさせる為だったらしい。
俺も、この破壊には参加した。俺は、王の命令で教会の破壊に駆り出された。俺の職業は石工だ。建物を造る事に関わっている。ならば建物を壊すことも巧みだろうとの事だ。王の兵は、俺達破壊者に破城槌を貸し与えた。俺は新しいおもちゃを与えられた子供のように、この破城槌を使うことを喜んだ。
教会を破壊しようとすると、神父が俺につかみかかりながら妨害してきた。俺は懐から小刀を出すと、その神父の胸を刺した。神父はわめき声を上げながら倒れた。涜神などどうでも良い。神など俺にとっては邪魔なだけだ。
王は魔王の力を借りて国を平定すると、魔王に対して一つの要求を出した。魔王の娘と婚姻を結ぶ事を、王は要求した。この要求は、はねつけられるとの見方が強かった。所詮王は、一国の王に過ぎない。魔王の娘を要求しても、相手にされないだろうと。
意外にも、魔王は娘を王に嫁がせることを了承した。どうやらこの国は、魔王にとって価値のある国らしい。魔王の娘であるリリムは魔王軍に参加しており、この国に大勢の魔物娘達を引き連れて来た。
祝祭は続いている。俺の前を、王と王妃の車が通り過ぎていく。魔物娘達は、淫猥な踊りを俺の前で披露している。王の車の後から、酒を積んだ車が引かれてきた。魔物娘達は、酒を杯についで沿道にいる俺たちに渡した。露出度の高い黒皮の服を着たサキュバスが、俺に酒を渡してくれた。俺は、杯をあおり酒を飲み干した。嗅いだ事のない香りのする甘い酒だ。百合のような重い香りがするが、百合の香りとは違う。桃と蜂蜜を混ぜたような甘さがあるが、やはり桃とも蜂蜜とも違う味だ。
俺の体は熱くなった。ただの熱さではない。体の奥底から力がみなぎるような熱だ。頭が熱に犯されている。下半身が熱の渦に巻き込まれている。
俺の目の前に、ひとりの魔物娘がいる。流れるような金の髪と、日の光に映える褐色の肌、そして赤くぬめる蛇の下半身を持っている女だ。胸と腰を黒皮の服でわずかに覆い、むき出しの腕や腰を紅玉と銀で飾り立てている。ラミアという種族である女は、俺に嫣然と微笑みかけて俺に抱きついてきた。
俺は女を抱き返し、女の口を吸う。女の体をまさぐりながら、女の匂いを嗅ぐ。女の口は甘い密の味がする。女の体は柔らかさに満ちながら弾力があり、女からはジャスミンの香りがした。俺は口を吸うのをやめると、女の顔を見た。女は肉感的な体つきにも関わらず、整った細面をしている。女は、目を細めて俺に微笑んだ。
俺はたぎりを抑えられない。女は跪くと、俺の服を脱がして俺の男根をしゃぶり始める。俺の下半身から、熱と快楽が吹き上がった。人前でしゃぶられていることに抵抗は起こらない。女の奉仕に耐えられず、俺は獣じみた声を上げた。すぐに耐えられなくなり、俺は女の口に精をぶちまける。
女はのどを震わせながら、俺の精を飲んでいく。俺のさおや陰嚢を手で愛撫しながら、俺の男根を吸いたてる。俺の精は、体の奥底から吸い上げられていく。俺のものを吸い終わると、女は白く汚れた唇を先が二股に割れた舌で舐め回した。
俺は、やっと少し落ち着きを取り戻して辺りを見回した。周りは乱交の最中だ。人間の男と魔物娘が、交わりあっている。角と蝙蝠の様な翼を持ったサキュバスが、豊かな胸で男の男根をしごいている。鳥の翼と手足を持ったハーピーの娘が、男の腰にまたがって激しく体を動かしている。狼の耳と尻尾を持ち、手足が獣毛に覆われたワーウルフの娘が、四つん這いになって男に後ろから攻め立てられている。辺りには、甘い女の体臭と生臭い男の精の臭いが漂っている。
ラミアは、俺の体に赤い蛇体を巻きつけて来た。俺を抱きしめて、人間の上半身と蛇の下半身の間にある女陰に俺の男根を飲み込む。俺の男根は、肉と蜜と熱に包まれる。熱と肉の渦に引き込まれていく。俺の体全てが渦に巻き込まれるようだ。ラミアの金の瞳が、渦に飲まれていく俺を見つめている。
俺は再び精を放つ。渦の中心に精を放つ。男根が、腰が、下半身が弾けていき、精を放出する。俺は抑える事が出来ずに叫びをあげた。
気がつくと、ラミア女は俺を抱きしめていた。優しく俺を愛撫している。俺がある程度落ち着くと、再び腰を動かし始めた。俺の男根は再び熱を持ち始める。俺は、腰をラミア女に突き出す。まだまだ足りない。いくらでも出来そうだ。
俺は、この日の祝祭でラミア妻が出来た。俺だけではない。多くの男が、祝祭で魔物娘と結ばれた。あの祝祭は、乱交に見えて乱交ではない。後で知ったことだが、魔物娘は原則として一人しか夫や恋人を持たない。男を次々と変えるようなまねをする者は、めったにいない。男に対しても、自分とだけ交わることを要求する。まして俺の妻になったのは、嫉妬深いことで知られる蛇の魔物娘ラミアだ。ほかの女を抱くことなど出来ない。
だからと言って、祝祭は終わったわけではない。王と王妃の婚姻の祝祭は終わったが、魔物娘達は何かと口実を設けて祝祭を開く。王は、それを後押しする。今日は夏至を祝う祭りだ。俺は、妻と一緒に大通りへ繰り出している。早速、大勢の者が交わり合っている。夫婦や恋人同士が、自分達の性技を他の者へ見せ付けている。俺達も、他の者へ交わりを見せつけ始める。俺とラミア妻は、さまざまな性技を試して習得してきた。その成果を見せつけようというわけだ。
相手のいない人間の男や魔物娘もいる。そいつらは、今日この祝祭で自分の相手をつくるだろう。奴らには見本を見せなければならない。
この国は大きく変わった。主神教が勢力を持っていたころとは大違いだ。清浄さなど糞喰らえだ。快楽が支配する毎日だ。王は、大きな変化をもたらしたのだ。俺の存在も、王によって変えられた。俺は、ラミア妻と交わり続ける事によってインキュバスという魔物になった。もはや人間ではない。体は強くなり、いくら精を放ってもなかなか萎えない。快楽を味わい続ける事が出来る体となったのだ。王は、この先まだ変化をもたらすのかもしれない。これからが楽しみだ。
ただ、ふと不安がよぎることがある。俺達は、楽しい日々を送れる様になったはずだ。魔物になる事は、俺に快楽を与える事のはずだ。それなのに不安を感じることがある。不安を感じるなど馬鹿な事だとわかっているのだが。
この国は変わってしまった。正義も清浄さもなくなった。魔の快楽がこの国を支配している。
私は神父だった。もはや過去の事だ。主神教はこの国では滅びた。
私は、王都にある一つの教会で神父をしていた。日々、信者の心の安らぎのために働いていた。私は優れた神父ではなかったが、自分なりに役割は果たしていたと思う。少なくとも私の身の回りでは、神父やシスターと信徒の間は良好な関係を結べていたと思う。
だが今から考えると、私達とこの国の人々の関係は幻想に過ぎなかったかもしれない。なぜなら王の起こした騒乱で、主神教団はこの国で崩壊したからだ。崩壊には、王だけではなくこの国の人々が大きく関わっている。
王が主神教団を敵とする宣言を出した後、この国では破壊と殺戮が荒れ狂った。数多くの教会が破壊され、多くの信徒が虐殺された。私の勤めていた教会も破壊された。
兵士と一緒に、民衆が大勢教会に押し寄せた。軍から与えられたらしい破城槌で教会を破壊しようとした。
私は教会の破壊をやめさせようとして、破城槌を持つ男につかみかかった。野卑な顔をしたその男は私を振りほどくと、懐から小刀を出して私の胸を刺した。その蛮人は、わざとらしく冷笑を浮かべて私を見下ろしていた。私は胸の激痛に耐えられなくなり、意識を失った。意識を失う寸前に私が見たものは、破城槌で破壊される教会だ。
幸い私は、命を失わなかった。小刀は心臓を外れていた。その場にいた信徒が応急処置をして、私を家にかくまってくれたのだ。
だが、その後まともな治療を受けることは出来なかった。医者達が、神父である私の治療を拒否したからだ。ある医者は、神に祈って直してもらえと私を嘲り笑った。医は仁術など戯言だ。医者が気にするのは、自分の身と金だ。王に敵視された神父やシスターを治療する医者などいない。私は神父だったころ、医者からたたき出された貧しい病人やけが人を何人か教会に保護し、治療した事がある。そんな神にも唾棄される者達が、危険を犯して神父を助けるはずがない。
私は死へと近づいていた。だが、もはや私は生きる気力などなかった。教会は破壊された。兵士だけではなく民衆達も加わって破壊したのだ。私のいた教会だけではない。数多くの教会が破壊され、神父やシスター、教団兵、それに信仰を捨てない信徒達が殺戮されている事を、私をかくまってくれている信徒から聞いた。もう、この世に未練はない。神の元に参る事だけが望みだ。
私の望みはかなえられなかった。私は、魔物の手に落ちてしまった。
魔王は、この国に魔の軍勢を送り込んだ。魔王の娘であるリリムが、軍を指揮して王都に行軍して来た。国中が魔物達で満ち溢れた。この国は魔物に陵辱されたのだ。魔物は、私の元にも現れた。
魔物は女だった。頭に角を生やし、背に蝙蝠のような翼を持ち、尻から尾を生やしている女だ。表現する事すらはばかられる卑猥な格好をしていた。女はサキュバスだ。魔王と同じ種族の魔物だ。
魔物は私に微笑みかけ、危害を加えないから安心するようにと言った。そして私の治療を始めた。私には抵抗する力はなかった。ただ、魔物よ去れとつぶやくことが出来るだけだ。魔物は、私の言葉を無視して治療を続けた。魔物の医術は優れたものだった。死に掛けていた私を、回復させる事が出来たのだから。
医術も優れていたが、魔物は私を丁寧に看護した。私の状態を注意深く見て、薬を塗り、布を換え、食事を与え、体を拭いた。看護技術の高いことも驚いたが、なぜ敵である主神教の神父である私を熱心に看護するのかわからなかった。だが、その後に理由はわかった。
その日、魔物は私の体を拭いていた。私の体は、身を起こす事が出来るほど回復していた。魔物は、私の体をいつものように丁寧に拭いていく。魔物は、私の下腹部を拭き出しにした。体が動くようになってから、私は下腹部を拭かれることに抵抗してきた。だが、魔物は強引に私を拭いた。私の力では抵抗できない。この日は、拭くだけに留まらなかった。
魔物は下腹部を拭くと、私に微笑みかけた。顔を下腹部に近づけていった…。
これ以上具体的な事を話すことは差し控える。堕ちたとは言え、私は神父だった者だ。それに、今でも主神様に従う者だ。性にまつわる事を詳しく話す気にはならない。私に言えることは、私が魔物に抵抗できずに堕ちてしまった事だ。私は、魔物に犯され続けた。この結果、私はインキュバスになった。私自身が魔物になってしまったのだ。
魔物は、私のことを自分の夫だと宣言した。私の意思は無視されている。いずれ心の底から自分を必要とするようになると、魔物は楽しげに言っていた。それ以来私は、魔物と一緒に生活することを強要されている。
私の妻と称する魔物は、この国で医者として働き始めている。私を治した事から分かるとおり、この魔物は優れた医術を持っている。王妃となった魔王の娘であるリリムは、医療制度の拡充を重要政策の一つとした。この国の医療制度は貧弱だ。貧しい人々は、医者にかかれずに死んでいく。リリムは、貧しい人々に医療を施す施設を作ったのだ。私の妻を称する魔物は、この医療施設で働いている。私はその助手だ。私は、いくらかの医術を持っているからだ。
私は、魔物を認めない。だが、いくつかの点で優れていることは認めざるを得ない。魔物達は医療制度を整え、公衆衛生の整備に励んでいる。この事により救われる者は大勢いる。今までのこの国は、医療、公衆衛生に関してあまりにも貧弱すぎた。われわれ主神教団も、対応が後手後手だったことは認めざるを得ない。魔物は、急速にわが国の問題点の解決に取り組んでいる。
信教に対しても、彼女達魔物は寛大だ。われわれ主神教徒に、棄教を強要したりはしない。虐殺されそうになっている主神教徒を救い、現在も保護してくれている。私の妻を称する魔物も、何を信仰しようとあなたの自由よと言っている。これらの点も、評価すべきだろう。
しかし、この国が堕落したのは事実だ。町を少し歩けばそれは分かる。昼間から人前で大っぴらに、性の饗宴が行われている。その中には、年端の行かない少年や少女が混じっている。快楽が尊ばれ、性欲を抑える事は否定されている。まるで獣だ。いや、獣のほうがましかもしれない。口にすることが出来ぬほどいやらしく、異常な性行為が公然と行われている。獣はあのような異常なことはしない。
それに、私は一つの恐れがある。この先、この国に人間は存在するのだろうか？人間は急速に魔物化している。男はインキュバスに、女はサキュバスとなっている。魔物から生まれる者は、みな魔物だ。人間は、近い将来この国から消えるのではないだろうか？
人間など滅んで良い、皆魔物になれば良いなどと言う者もいる。だが、全ての者が別の存在に変わるという事は、恐るべき事ではないだろうか？我々は変わる事で何を得られるのだろうか？何を失うのだろうか？王はこれほどの変化を引き起こして、何を狙っているのだろうか？
私は、こうして恐れを口にしている。しかし、近いうちに口にする事はなくなるのかもしれない。私は、自分が変わりつつある事を知っている。インキュバスになって私の体は変わり、それに伴い考え方も変わってきた。妻を称する魔物は、私の変化を後押ししている。もはや私は、快楽に身も心も染まりつつある。
変わってしまった私は、神に対して祈りをささげるのだろうか？
この国の変化は進んでいる。今のところ、私達魔物の望み通りに進んでいる。
この国は重要な場所だ。主神教団の本拠地である教皇領と同じく、大陸の南部にある国だ。この国が反魔物国から親魔物国に変わることにより、目下のところ最大の敵である主神教団に圧力をかけることが出来る。
一年半前に、この国は突如反魔物国から親魔物国へと鞍替えし、魔王領に対して友好を求めてきた。私達魔物は、喜ぶと同時に困惑した。あまりにも唐突だったからだ。この国は、主神教団の力が強い。親魔物国になる事を、私達は想定していなかった。この国の王が、いきなり親魔物国となる事を宣言したのだ。この国の王は魔物と連絡を取っていた事を、後になって私は知った。それを知っていたのは、魔物の中でも一部の者だけだ。
王が親魔物国になると宣言したからといって、そううまく事が運ぶわけではない。すぐにこの国で内戦が起こった。私達魔物は、大陸全土で様々な課題を抱えている。即座に援軍を送る事など出来なかった。
だが、援軍を送らざるを得なくなった。この国の王は、主神教団とその信徒たちに対して大規模な破壊と殺戮を行い始めた。次々と入ってくる報告には、凄惨な状況が記されていた。魔王である母上は、無理をして軍を整えるとこの国に軍事介入を行った。母上を始め私達魔物は、殺戮を何よりも嫌う。この国の状況は、放置できるものではない。私は、母上に請願して軍に参加した。
私達は、この国を平定して内戦を終結させた。同時に、王に対して破壊と殺戮をやめることを要求した。幸い、王は素直に我々の要求に従った。王はすぐに再建に向けて舵を切った。
この国の状況は、目を覆う有様だ。至る所に瓦礫と屍が転がっている。王は、この国を屍山血河で覆うつもりだったのだろうか？魔物の中にはこの状況に激怒し、王を廃嫡して虐殺者達を裁きにかける事を主張するものの多かった。しかし、それは無理なことだ。
この国の親魔物国化と魔王軍の進駐は、大陸全土に激震を走らせた。主神教団の教皇は、各国の王に訴えて魔王軍に対する軍を結成した。王を廃嫡などして、この国の親魔物勢力を敵に回すわけにはいかない。結局、この国の主神教団の者達を保護する事くらいしか出来ない。私達は、虐殺者を裁く事も出来ず、保護した者達から恐怖と憎悪のまなざしを浴びせられる事を耐えなくてはならない。
この国の再建に取り掛かる最中に、一つの驚くべき提案が王からなされた。私を、王妃として迎えたいというのだ。魔物達の中には、反対する者が多かった。破壊と殺戮を煽った者など、魔王の娘たる私と縁組させるべきではないと言うのだ。私は、この縁組には最初から乗り気だ。この国を再建し、魔物と人間の融和を推し進めるには王妃となる事は都合が良い。それは世界の魔物と人間の融和という、母上を始めとする魔物の理想を達成する事に貢献するだろう。仮にも私はリリムだ。王と愛し愛される関係を結ぶ事には自信がある。私は、母上に王に嫁ぐ許しを求めた。
私と王は魔界へ行き、母上と王は会談を行った。その後、母上は王との婚姻を許可して下さった。母上は私と二人きりになると、王との婚姻はあなたが思う以上に労が多いものかもしれないとおっしゃった。覚悟の上ですと私はお答えしたが、内心は不安があった。母上は、いつもの余裕のある表情ではなくまじめなお顔をされていた。母上は、魔物の中でも人を見る目がある方だ。その方の危惧が杞憂だとは思えない。
私自身、王に対しては危惧を持っている。始め王と会った時は、凡庸な方だと思った。熱っぽい目付きをしている以外は、これと言った特長のない方だ。国を揺るがす騒動を起こした方とは思えなかった。その見方は誤っている事を、その後に思い知らされた。仮にも夫たる人を評する際に言うべき言葉ではないかもしれないが、言う事にしよう。王は狂っている。
王は、婚姻の際に王都で祝祭を行う事を提案された。その祝祭の内容は、常軌を逸したものだ。王と私が巨大な車に乗り、王都の人々に姿を示す。車は、魔物娘と豹に引かせる。集まった人々には、すり潰した虜の果実とアルラウネの蜜を入れた酒を飲ませ、魔物娘と交わらせる。私達の婚姻と共に、多くの者を婚姻させようというのだ。
確かにこれは、魔物娘好みの祝祭だ。私の好みでもある。ただ、人間である王が提案したことに危惧を覚える。人間の考える事として、このような祝祭の案は正常なものなのか？
また、この祝祭の贅沢さにも疑問がある。私達の乗る車は、紅玉と銀で過剰なほど装飾されたものだ。魔物娘や豹にも、ふんだんに紅玉と銀を用いて装飾させている。王は、私の結婚衣装も臣下の者に作らせようとしたが、これはお断りした。私には、洗練された技術を持った蜘蛛の魔物娘アラクネがおり、彼女に衣装を作らせた。王はその衣装に負けるわけにはいかないと、豪奢な衣装を祝祭で召された。黒絹に銀糸をふんだんに使い、大量の金剛石を縫い付けた服だ。私の衣装と合わせたらしい。
この国は内戦によって傷ついており、再建の途上だ。費用を使わねばならない事は多い。にもかかわらず、祝祭にこれほどまで費用を掛けることは適切なのだろうか？
王の贅沢は、祝祭に限ったことではない。例えば食事だ。王は、粉末状の真珠を掛けた米料理や金の粒や琥珀を混ぜた豆料理を召し上がる。真珠を酢で溶かして飲まれる。このような浪費に何の意味があるのかと伺うと、金を食すれば性欲が高まると答えられた。私は、虜の果実やアルラウネの蜜を差し上げ、浪費でしかない悪食を止めていただこうとした。それでも止めないので、強力な精力剤であるアポビスとギルタブリルの毒を差し上げたら止めてくださった。
王の食事は尋常ではない。果たして消化できるのかと思う様な物まで召し上がる。牡蠣や松鶏、去勢鶏などはまだ良い。駱駝の踵肉、八目鰻の白子、孔雀の舌、香油に浸した針鼠の肉、似鯉の内臓、雄鶏の鶏冠、鶯の脳髄などを召し上がった。私には食しようと考えた事もない物を召し上がる。
ある時、王は海蛇を召し上がっていた。食しながら、「人を食わぬ海蛇はさほどうまくないな」とおっしゃった。そのときは聞き流したが、後になって私と結ばれる前は人を食わせた海蛇を食していた事を知った。海蛇は、鋭い牙がある肉食の動物だ。王は、海蛇の養殖池に気に食わぬ者を放り込み、人肉で飽食した海蛇を自分の食膳に出させていたそうだ。
王は残虐な方だ。私や魔物達に止められる前は、様々な残虐行為を楽しんでいたらしい。王宮には、ある一室がある。表向きは客人を歓待する部屋だが、実際には処刑室だ。王はその部屋で犠牲者を歓待し、ころあいを見て部屋に監禁する。その部屋には窓はなく、扉は外から鍵を掛けることができる。天井にはがらんどう返しの仕掛けがあり、そこから花を落とす。部屋を花で埋め尽くし、犠牲者を花の香気の中で窒息させて殺すのだ。
また王は、飼っている雌獅子に犠牲者の肉を食わせることを好んでいた。王は犠牲者を取り押さえさせ、服を引き剥がし、自ら犠牲者の男根を切り落としたそうだ。切り落とした男根を、雌獅子に投げ与えていたらしい。王は雌獅子を指差して、この雌猫には男根を餌として与えているのだと私におっしゃった。
私はこの国に駐屯している魔王軍の力を使い、王の残虐行為を止めさせた。王と共に生きるためには、残虐行為は止めさせなくてはならない。そのためには、力を用いるのもやむをえない。王は、私の要求を面白がりながら了承された。
私は、男根を切り落とされた犠牲者を集めた。その数は百人以上だった。切り落とされた人はもっといたが、傷のため亡くなったそうだ。集まった男達は、みな陰惨な顔をしていた。私は同数の魔物娘を集めて、男根を持たぬ男を愛する事は出来るかと尋ねた。
一人のサキュバスが進み出てこう言った。
「私達にとって男根は尊いものです。ですが男根のみで男を愛するわけではありません。私達は、彼らを愛して見せます。男根がなくとも、私達は彼らから快楽を得て見せます」
彼女達は、去勢された男達を引き取り婚姻を結んだ。男達は、現在は彼女達の力を借りて立ち直る途上らしい。
私達魔物は、この国を立ち直らせなくてはならない。王の狂気、この国の者達の荒廃、この国を狙っている国外勢力、これらからこの国を守らなくてはならない。これは私の戦いでもある。今、私の姉妹達は世界中で戦っている。魔王である母上と勇者であった父上が誓い合った理想は、私達姉妹の悲願でもあるのだ。私はリリムの一人として、この国のために戦わなくてはならない。
私は王を愛するつもりだ。この国を立ち直らせるためには、王と共に歩まなくてはならない。王は暗愚な方ではない。この国を親魔物国に変えた事からもそれは分かる。私と王は、同士であると共に愛し合う者となるべきなのだ。
王も、私を愛しているようだ。あの熱っぽい目で私を見つめてくる。あたかも私が、王の願望を満たす存在であるかのように見つめてくる。王が、魔物娘を愛していることも確かのようだ。王は、魔物娘のこの国への移住を急速に促進している。あたかも魔物娘でこの国を満ち溢れさせるつもりかと思うほどだ。
私達は、王にこの国の再建案や改革案を提示している。王はそのほとんどを了承し、実行のために力を尽くしている。王ほど魔物娘に協力的な権力者は、存在しないのかもしれない。
それでも不安はある。王の狂気を私は恐れる。私には、王の意図が分からなくなることがある。共に仕事をし、共に暮らしてきた。理解するために努力を重ねている。臥所も繰り返し共にしてきた。それでも王が分からなくなることがある。
臥所を共にしているとき、王の事が分からないという思念は強まる。王は、寝所に敷き詰められた百合を銀のサンダルで踏みしだかれる。銀箔を張った髑髏で葡萄酒を召される。白百合に葡萄酒を浴びせ、白には赤が似合うと笑われる。王の熱病に犯された様な姿を見るたびに、王と私の間にはベールが掛かっているとの思いに憑かれる。
王よ、あなたは何を望んでおられるのですか？
今のところ、余の思惑通りに進んでいる。法と秩序は否定され、混沌が広がっている。今のところ余の支配する国だけだが、やがて混沌は世界を覆うだろう。
これまでこの国は、法と秩序によって支配されてきた。様々な可能性が、法と秩序によって押しつぶされてきた。法は直線的だ。可能性を追求せず、可能性を押しつぶす。混沌は、直線ではなく八方へ広がる。混沌こそが、可能性を追求できるのだ。
もし、法と秩序が人々を救うのならば、余は耐えよう。独善と偽善塗れの法と秩序に対して従順になろう。だが、法と秩序は人々を苦しめるばかりだ。既得権益を持っている者達が、弱者から収奪する事を助けるばかりだ。その様な法と秩序は、破壊したほうが良い。法と秩序を司りそれに守られる者は、ことごとく殺したほうが良い。
余は、幼い時から既得権益を得ている者達を守るために教育を受けてきた。法と信仰を叩き込まれてきた。法治主義が正しい事、秩序を守る事が王の使命である事、神によって現在の秩序は正当化されている事を教え込まれた。
全ては独善と偽善だ。支配者が収奪することを正当化しているだけに過ぎない。
余は密かに王宮を抜け出し、余の国を調べた。支配者達の手による悲惨が満ち溢れていた。激しい収奪により餓死者が出ていた。税を払えない者が斬首されていた。それどころか手足を切断されて、死ぬまで放置されている者もいた。収奪した者達は、貧者の困窮を笑いながら見下ろしていた。物乞いの身に落ちた者達を、不潔だと言って都市から叩き出して野垂れ死にさせた。これらの行為は合法的だ。
こうした収奪によって、支配者達とその犬どもは豊かな生活をしていた。金糸を縫った絹服を着て、収集した宝石を自慢する者。白亜の城を築き、城の中の様々な機械仕掛けを自慢する者。古代の饗宴を真似て、吐いては食べ吐いては食べる事を繰り返す者。奴らは、人の生き血を吸って肥え太っていた。これらも合法的だ。
この悲惨については、主神教団も共犯者だ。主神教団は、国や領主と同様に民から税を取り立てていた。民が餓死しようとも、税を取り立てた。奴らは、支配者達の支配と収奪を正当化している。そのあげく、ある司教は次のように言っていた。
「神は、死後に天国での救いは約束された。だが、この世での救いは約束されていない。神の約束していないこの世での救いを約束する者は、悪魔だ」
こう言って貧困問題に取り組むものを非難して、火炙りにすることを主張した。この司教の言葉に従い、多くの者が火炙りにされた。
余は、余の国の、そして世界の法と秩序を破壊する事を、法と秩序の名の下に支配と収奪を楽しんでいる者達を殺し尽くす事を決意した。特に、主神教団とその信徒をことごとく破滅させる事を決意した。余は、時間をかけて計画を立て、力を蓄え、準備を整えた。そして行動を起こした。
余の国には、収奪する支配者を憎む者が多い。その者達を、時間をかけて兵や官僚として取り立ててきた。余の直属の工作組織をつくり、民衆達の蜂起を促す工作を行い続けてきた。一部の魔物達と連絡を取ってきた。
魔物達と組むことが、余の計画の要だ。余は、反魔物国から親魔物国へ鞍替えさせるのだ。主神教団を殲滅するには、魔物と手を組む事が最も良い事だ。余の国を支配する価値観を覆すには、魔物をこの国に大量に入れれば良いのだ。彼女達は、笑いながら余の国の価値観を蹂躙するだろう。主神教団の独善と偽善は、魔物達に笑殺される。
余の目論見はうまく言った。余の国は根底から覆った。破壊と殺戮の嵐が吹き荒れた。喜びの日々だった。快楽の日々だった。余は、生まれてからあれほどの快楽を味わった事はない。
余は、自らの手で殺戮を行った。余は、ある大貴族を海蛇に食い殺させた。その大貴族は激しい収奪を行い、自分の支配する領内で大勢の餓死者を出していた。その大貴族の姿は、今でも思い浮かぶ。豚の様と言ったら豚に失礼なほど肥え太っていた。余は、その豚もどきを海蛇の養殖池に突き飛ばしてやった。その豚もどきは、無様な踊りを池の中で踊り、豚より汚い声を上げていた。余は、豚もどきを食らって飽食した海蛇を、余の食膳に出させた。悪くない味だったと言っておこう。
余は、洗練された殺人方法はないかと考える事がある。そこで、古代の暴君が行った一つの殺人方法を思い出した。それを重臣の一人に試してみた。その重臣は、常日頃余に法と秩序の正しさを説いていた。弱者が苦しむ今の体制を維持する事を正しい事だと唱えていた。教団の者によると、奴は「美しい剣のような論理」の持ち主だそうだ。奴は、税を払えぬ民を「合法的」に虐殺していた。
余は、ある仕掛けを施した一室でやつをねぎらった。その部屋は窓がなく、扉は外から鍵を掛けることができる。ころあいを見て、余はその部屋から出て奴を閉じ込めた。その部屋には、天井ががらんどう返しになる仕掛けがある。天井から花を落とし、花で部屋を埋め尽くした。奴は、花の香気の中で息絶えた。「美しい剣のような論理」の持ち主にふさわしい殺し方だろう。
主神教団に対しては、奴らにふさわしい処遇を考えた。独善と偽善を振りかざして収奪を繰り返す者にふさわしい処遇がある。余は、大司教を捕らえて服を引き剥がした。男根を露出させると、余は奴の男根を切り落とし、余の雌獅子に食わせてやった。奴らは快楽を否定する。ことに性の快楽を敵視する。ならば男根など必要ないだろう。
余は、聖職者どもの男根を切り落とし続けた。七十人ほど切り落とした。その中には、傷が悪化して死ぬ者もいた。大司教もその一人だ。せいぜい天国で神に救ってもらえばよかろう。
権力をかさに、民を陵辱する者もいた。奴らは、これまで裁かれる事はなかった。つくづく大した法だ。奴らの男根も、切り落として雌獅子に食わせてやった。
余の行った殺戮で今でも繰り返し喜びと共に思い返すのは、「この世での救いを約束する者」を「悪魔」呼ばわりした司教に対して行った殺戮だ。余は、奴の舌を切り落としてやった。これで下らぬ事は二度と言えぬ筈だ。その後で、奴の好きな火炙りにかけてやった。薪は少なくしたために、二刻ほどかかって焼け死んだ。余は、奴の生焼けの肉の匂いを官能と共に思い返す。
今は殺戮をやめた。魔物達が、余に破壊と殺戮をやめよと厳命して来たからだ。余は、魔物達を愛している。余の望みを達する為には、魔物の存在はなくてはならないものだ。余は、魔物の命に従う。それに、破壊と殺戮はそれなりに成し遂げた。余が長年憎んでいた者達を、この世から追放できた。
余は、余が殺戮した者達から莫大な富を奪うことが出来た。余が予想した以上の富を、奴らは持っていた。奴らの収奪がどれほど激しいものだったか、余は改めて思い知った。
余は、手に入れた富を二つの事に使った。一つは、この国の再建のためだ。必要な破壊だったとは言え、余の国は大きく傷ついた。この傷を手当するために、富を使わなくてはならない。
再建の際には、弱者の救済を優先して行った。余が破壊と殺戮を行った理由の一つが、虐げられた弱者の恨みを晴らすためだからだ。彼らの恨みを晴らし、彼らの生活をましにすることが余の目的だ。このために金を惜しむわけにはいかない。
再建には、魔物達が手助けをしてくれた。様々な再建案を提示してくれ、人員を惜しみなく投入してくれた。彼女達の助けによって、再建は急速に進んでいる。この国の改革も、彼女達の手で押し進められている。
ただ、余は再建だけをするつもりはない。余の望む事は、混沌を世界に広げることだ。余は、余の国を混沌の国としなくてはならない。そのために富を使うのだ。
余は、この国を祝祭の空間と変えた。人魔が入り乱れ、秩序が覆され、昨日までの善が悪と見なされる。その様な空間と変えたのだ。
余は、魔物達を大量に余の国に引き入れた。余の国を、魔物で埋め尽くすためだ。もはや、余の国は人間の国だったころの法と秩序はない。価値は転倒された。彼らの交わりを促す祝祭を、国中に繰り返し行わせた。余とリリムの婚姻の祝祭は、その手始めだ。
余は混沌の体現者として、価値の転倒者として見本を見せなくてはならない。余は、取り合えず古代の暴君のまねをしている。古代の暴君は、主神教団を弾圧したからだ。主神教団の価値観を否定するためには、古代の暴君に習うのが手っ取り早い。
余の「美食」もそのうちの一つだ。真珠や金を食し、珍妙な動物を食らう。これをひけらかしてやるのだ。古代の暴君は、食事に形而上学的な意味を見出した。食する事が精神を体現するのだ。余は、不死鳥の脳髄を食する事を望む。だが、今のところ不可能だ。仕方なく駝鳥の脳髄を食する事で我慢している。
リリムは、余の食事を始めとする「浪費」をいさめた。だが、余は止めるつもりはない。混沌の体現者としての義務として行っているからだ。
リリム達魔物は、法をもたらし秩序を回復しようとしている。困った者達だ。自分の本質が混沌だと分かっていない。余は、愛すべき魔物達を混沌へと導いてやるつもりだ。
余は、今ある事を幻視している。人間の終わりと神の死を幻視しているのだ。
この国の人間は、次々と魔物と変貌している。男はインキュバスに、女はサキュバスに変貌している。魔物からは、魔物しか生まれない。余の国は、いずれ人間が滅び魔物だけが住む国となるだろう。これこそが余の望みだ。
余は、魔物化を全世界に広げるつもりだ。すでに世界は戦争へと突き進んでいる。人間と魔物の大戦へと突き進んでいる。余は、魔物に世界を支配させるつもりだ。全ての人間を魔物へと変えるのだ。人間の終わりをもたらすのだ。
その時こそ神は死ぬのだ。全ての人間が終わりを迎えた時、神は存在する基盤を失う。神など、人間の弱い心が生み出したものだ。魔という強者になることで、神という弱者の生み出したものは消える。仮に神が人間の心の外にあるものだとしても、人間が終わることで存在する意義を失う。それこそ神の死だ。
魔物は強者だ。人間のような弱者ではない。苦しみに意味を見出したりはしない。神によって価値付けたりしない。「快楽は悪だ」などと価値を転倒させたりしない。
余が今までやった事は、一つの瑕疵があった。それは怨念という弱者の原動力によって行動してきたことだ。それでは主神教徒と同じになってしまう。この世で快楽を得られぬ事から、快楽を憎悪した弱者どもと同じになってしまう。
余は、弱者である事から解放される手段を見出した。魔物となる事だ。
余は、魔王と会った。あの方こそが強者だ。真に美しい方だ。神という弱者の産物を否定し、世界にただ一人屹立する事の出来る方だ。
余は、あの方と会う事で自分のなすべき事を知った。人間を終わらせる事こそ余の使命だ。
余は、すでにリリムの手によってインキュバスとなっている。すでに余は魔物なのだ。リリムよ、余はそなたが愛おしい。余を、人間という弱者から魔物という強者へと変えてくれた。もはや余は、苦しみに意味を見出すことはない。価値に悩まされることはない。神を必要としない。世界に一人で屹立する事ができるのだ。
今、余の目の前に世界が広がっている。人間が終わり、神が死ぬ世界だ。余はそのためにも没落しなくてはならない。
これは終わりの始まりなのだ！
俺は、昔の事を思い返している。もう戻らない日々だ。収奪と陵辱と殺戮の日々だ。
俺は、自分の人生を謳歌していた。うまい汁を吸うのが当たり前の日々だった。今は失われた。
全ては王と魔物のせいだ。奴らは、俺から人生の楽しみを奪い取った。
俺は兵士だった。王に指揮される兵士だ。もっとも王の兵というのは建前で、実際には将軍の私兵みたいなものだ。その将軍からおこぼれをもらっていた。
例えば、国の役人が税を取り立てに行く時についていく。税を払えないと泣き言を言う百姓を殴り倒す。場合によっては、剣で切り倒す。訓練用のわら人形と違って、百姓を切ると気持ちいい。
その百姓に妻や娘がいると、なおいい。物影に引きずっていって、穴に突っ込んでやる。俺は、お国のために働いている兵隊だ。当然の役得だ。
隣の国と戦争する際に駆り立てられる事もあるが、それはそれで楽しい。戦争が悲惨だの、戦争は残酷だのと泣き言を言っているのは、弱い連中だ。奴らは弱いから戦争の楽しさを知らない。
軍の中には、必ず弱い奴がいる。そいつをいじめるのが、どれだけ楽しいか知っているだろうか？飯を奪い取って、重労働を押し付ける。そうすればそいつは、面白いように弱る。就寝時間にいたぶってやれば、そいつはまともに眠れなくなる。後は自殺したり、気が狂ってしまう。上の連中は見て見ぬふりだ。弱い奴は、俺達のおもちゃにしたほうが役立つと分かっているからだ。
実際に戦闘が始まっても楽しみはある。戦場には、兵士としての才能が無い上にろくな訓練を受けていない奴が兵士として出てくる。ひいひい泣いているそいつらを殺してやるのだ。そいつらは本当によく泣く。
敵地の町や村に入ったら、お決まりの楽しみだ。男は殺し、女は犯す。そして金目の物を頂く。後は、家に火をつければいい。町や村が燃えるのは、どれだけきれいなものか分かるだろうか？
俺は、そんな楽しい日々を送っていた。それが奪われた。王が、反魔物国から親魔物国へ鞍替えしたからだ。
内戦当時は楽しかった。教会や貴族の家に押し入り、偉そうな顔をしていた奴らを殺すことが出来た。シスターや貴族の娘を犯す事ができた。シスター達は犯してもつまらない女達だが、貴族の娘はすばらしいものだ。お嬢様は本当に犯しがいがある。五回も出してしまった事もある。やるだけやったら、金目の物を頂いた。
内戦のあった一年間は、俺の生涯でも最も激しい破壊と殺戮の日々だ。興奮のあまり、四六時中俺の男根はいきり立った。幸い、いくらでも女を犯す事が出来た。
だが、その火の様な快楽の日々も、内戦の終結と魔物達の進駐で終わりを告げた。魔物達は、破壊と殺戮を厳禁した。俺達を執拗に監視した。
ある監査官は、俺の前に来ると険しい表情で俺をにらみつけた。その監査官はデュラハンとか言う、首なし女だ。奴はこう言った。
「お前が何をしてきたのか分かっている。裁きにかけないのは、これから起こる戦争で使うためだ。せいぜい国のために戦え」
こう憎々しげに言いやがった。
俺は、わざと済ました顔をしていた。所詮奴らはよそ者だ。奴らの目を盗むくらい容易い。その時の俺はそう思っていた。
そうは言っても、監視下で欲望を満たすことは難しい。俺は町を歩き回った。町では祝祭が行われている事が多い。俺はその一つに参加した。様々な人間の男と魔物娘が、人前で交わりあっていた。ある男は、ゴブリン娘を抱きかかえて走りながらやっていた。ある男は、サキュバスに抱えられて空を飛びながらやっていた。辺りには、精液と愛液の混ざったものが降り注いでいた。ある男は、雌豚たるオークを四つんばいにして尻の穴に入れていた。男と女の臭いの混ざったものが、そこらじゅうに充満している。魔物娘は淫乱だと言うが、この光景を見るとそれは確かだと分かる。この淫乱さは評価してやっていい。
俺は、一人のダークエルフの娘と目があった。鋭さのある整った顔つきをしており、痩せているくせに胸は大きかった。褐色の肌に、光沢がある素材で出来た露出度の高い白い服を身に着けていた。そそる顔つき体つきのダークエルフは、俺に微笑みかけてきた。俺は、すぐにその女へと歩いていく。ダークエルフは笑いながら俺に抱きつき、俺の口を吸い始めた。
俺は女の体の感触を味わい、味を楽しみ、匂いを嗅いぐ。俺の男根は、即座に屹立した。ダークエルフは俺の前にひざまずき、俺の男根に口と胸で奉仕を始める。俺は色々な娼婦の相手をしたが、これほど俺をたぎらせる奉仕をした者はいない。俺はすぐに、精液をぶちまけてしまった。
褐色の肌が白濁で汚れたダークエルフに、俺は我慢できなくなった。俺はダークエルフに抱きつき、立ったままやった。一度では収まらず、五発やった。俺は、これほど女で満足したことは無い。
今から思えば、これは罠だった。ダークエルフは自分の宿舎へ俺を連れ込むと、俺を奴隷呼ばわりした。俺はあきれて嘲り笑い、部屋から出ようとした。即座にダークエルフの鞭が、俺を打ち据える。俺はダークエルフを叩きのめそうとして、殴りかかった。叩きのめされたのは俺だ。それ以後、俺はダークエルフに所有されている。
俺はもう陵辱どころか、そのダークエルフ以外の女を抱けない。魔物娘は、伴侶のいる男の事は分かるらしい。俺を相手にする魔物娘はいない。人間の女を金で買ったことがあるが、すぐにダークエルフにばれた。俺は、ダークエルフに鞭打たれながら犯され、気絶するまで絞られた。
殺戮の楽しみも無くなった。俺達には、魔界銀の混ざった武器が支給された。魔界銀の混ざった武器は、人を殺さない。衝撃を与えるだけだ。これでは戦争で人を殺すことは出来ない。一つ目のサイクロプスどもが、こんなくだらない物を作りやがった。
収奪の楽しみも無くなった。俺は、困窮者への食料の分配の仕事をあてがわれた。この内戦で食えなくなった者は、いくらでもいる。そいつらへ食料を支給するのだ。俺と同僚は半分だけ支給し、その半分がなくなると食を求めて集まったやつらを剣や槍で追い払った。残り半分を闇商人の所へ持って行った。売り飛ばすためだ。他人がいくら餓死してもかまわない。俺の腹が膨れればいいのだ。
闇商人と取引している最中に、兵隊達がなだれ込んできた。みな魔物娘だ。俺は逮捕され、取調べを受けた。俺が繰り返し物資の横流しをしていた事が、調べ上げられていた。裁判で刑を言い渡された。十年間、国の再建の為の強制労働をしなくてはならないそうだ。幸い、昔やった陵辱や殺戮はお咎めなしだ。それを裁こうとすると、多くの兵士を裁かなくてはならない。これから戦争をする状況では裁けないわけだ。それでも十年間の強制労働を押し付けられた。
俺の傍らには、あのダークエルフがいる。俺に対して鞭をふるう。罪を償う為にまじめに働けと言いやがる。もう、俺には何の自由も無い。昼は働き、夜はダークエルフに犯される。犯され続けたら、俺は人間ではなくなった。インキュバスに成り果てた。これでよく働けるようになったと、ダークエルフは笑ってやがる。
今日は夜も仕事だ。俺とダークエルフは、主神教団の大聖堂の在った所へ来ている。今は、破壊されて瓦礫になっている。この瓦礫の撤去の下見に来たのだ。
この大聖堂を統括していた大司教は、王に男根を切り落とされたそうだ。貧しい者達から収奪した事が、去勢の理由だ。馬鹿馬鹿しい話だ。王は、他人の浪費を非難しながら自分も浪費している。混沌を体現するとかわけの分からないことを言って、無茶苦茶な浪費をする。結局王は、偽善者なのだろう。その上狂人だ。
俺は、ダークエルフと共に廃墟を歩き回った。かがり火はいらない。月が出ていて辺りを明るく照らしている。
突然、男の笑い声が響き渡った。俺達は、声の響いて来る方へと向かった。大聖堂の中心が在った辺りで、一人の男が狂ったように笑っている。笑いながら喚いている。聞き取りづらい声だが、これだけははっきりと聞こえた。
「最後の人間よ、神は死んだ！」
俺とダークエルフは、背を向けて廃墟から去ろうと足を速める。ダークエルフは、肌が粟立っている。俺も同様だ。
俺には愛国心など無い。そんな俺でも、この国の行く末を恐れた。この世界の行く末を恐れた。俺達の支配者は何者なのだろうか？どのような狂気に蝕まれているのだろうか？
廃墟の中心で狂笑を放っていたのは、この国の王だ。
祝祭に狂乱は付き物だと言うかもしれない。だが、俺はこれほどの狂乱は見たことがない。王によって巻き起こされた破壊と混沌の頂点が、この祝祭だろうか？
俺の目の前を、王と王妃が乗った巨大な車が進んでいる。車は黒地に紅玉と銀で装飾しており、百人の魔物娘と百頭の黒豹によって引かれている。魔物娘達は、光沢のある黒地でできた露出度の高い服や肌の透ける薄い黒色の服を着て、紅玉のはまった銀の装身具を身に着けている。黒豹も、紅玉や銀で飾り立てられている。
車を引く者以外にも魔物娘はいる。彼女らは音楽を奏でている。フルート、ハープ、シンバル、カスタネットなどを用いて、聴いたことのない音楽を奏でている。舞っている魔物娘たちもいる。しなやかな肢体を駆使し、官能的な踊りを披露している。
この祝祭は、王と王妃の婚姻を祝う祭りだ。王は、魔王の娘であるリリムを娶ったのだ。リリムは、王の隣の席に乗っている。白銀の髪と紅玉の瞳を持ち、銀と金剛石で装飾された黒のドレスをまとっている。魔物娘はみな優れた容姿をしている。だが、リリムの美貌に比べれば、それらも霞む。美貌などという言葉がむなしくなるほどだ。俺の貧弱な語彙では、表現の仕様がない。
この国は、元は反魔物国だった。主神教団が大きな勢力を持っていた。だが、王は突如親魔物国に鞍替えすることを宣言し、主神教団に戦いを挑んだ。この国には、主神教団の教会は多く教団兵も数多いた。信徒も多く、重臣や大貴族の中には熱心な信徒も多い。国は内乱状態となった。
この内乱は、一年で決着がついた。魔王が、王に援軍を送って来た為だ。もっとも、魔王が援軍を送らなくとも、王は勝利しただろう。王は、主神教団の教会を次々と破壊し、王の命に従わない信徒を片っ端から殺戮していた。破壊に次ぐ破壊、殺戮に次ぐ殺戮だった。魔王が軍を送ったのは、王の破壊と殺戮をやめさせる為だったらしい。
俺も、この破壊には参加した。俺は、王の命令で教会の破壊に駆り出された。俺の職業は石工だ。建物を造る事に関わっている。ならば建物を壊すことも巧みだろうとの事だ。王の兵は、俺達破壊者に破城槌を貸し与えた。俺は新しいおもちゃを与えられた子供のように、この破城槌を使うことを喜んだ。
教会を破壊しようとすると、神父が俺につかみかかりながら妨害してきた。俺は懐から小刀を出すと、その神父の胸を刺した。神父はわめき声を上げながら倒れた。涜神などどうでも良い。神など俺にとっては邪魔なだけだ。
王は魔王の力を借りて国を平定すると、魔王に対して一つの要求を出した。魔王の娘と婚姻を結ぶ事を、王は要求した。この要求は、はねつけられるとの見方が強かった。所詮王は、一国の王に過ぎない。魔王の娘を要求しても、相手にされないだろうと。
意外にも、魔王は娘を王に嫁がせることを了承した。どうやらこの国は、魔王にとって価値のある国らしい。魔王の娘であるリリムは魔王軍に参加しており、この国に大勢の魔物娘達を引き連れて来た。
祝祭は続いている。俺の前を、王と王妃の車が通り過ぎていく。魔物娘達は、淫猥な踊りを俺の前で披露している。王の車の後から、酒を積んだ車が引かれてきた。魔物娘達は、酒を杯についで沿道にいる俺たちに渡した。露出度の高い黒皮の服を着たサキュバスが、俺に酒を渡してくれた。俺は、杯をあおり酒を飲み干した。嗅いだ事のない香りのする甘い酒だ。百合のような重い香りがするが、百合の香りとは違う。桃と蜂蜜を混ぜたような甘さがあるが、やはり桃とも蜂蜜とも違う味だ。
俺の体は熱くなった。ただの熱さではない。体の奥底から力がみなぎるような熱だ。頭が熱に犯されている。下半身が熱の渦に巻き込まれている。
俺の目の前に、ひとりの魔物娘がいる。流れるような金の髪と、日の光に映える褐色の肌、そして赤くぬめる蛇の下半身を持っている女だ。胸と腰を黒皮の服でわずかに覆い、むき出しの腕や腰を紅玉と銀で飾り立てている。ラミアという種族である女は、俺に嫣然と微笑みかけて俺に抱きついてきた。
俺は女を抱き返し、女の口を吸う。女の体をまさぐりながら、女の匂いを嗅ぐ。女の口は甘い密の味がする。女の体は柔らかさに満ちながら弾力があり、女からはジャスミンの香りがした。俺は口を吸うのをやめると、女の顔を見た。女は肉感的な体つきにも関わらず、整った細面をしている。女は、目を細めて俺に微笑んだ。
俺はたぎりを抑えられない。女は跪くと、俺の服を脱がして俺の男根をしゃぶり始める。俺の下半身から、熱と快楽が吹き上がった。人前でしゃぶられていることに抵抗は起こらない。女の奉仕に耐えられず、俺は獣じみた声を上げた。すぐに耐えられなくなり、俺は女の口に精をぶちまける。
女はのどを震わせながら、俺の精を飲んでいく。俺のさおや陰嚢を手で愛撫しながら、俺の男根を吸いたてる。俺の精は、体の奥底から吸い上げられていく。俺のものを吸い終わると、女は白く汚れた唇を先が二股に割れた舌で舐め回した。
俺は、やっと少し落ち着きを取り戻して辺りを見回した。周りは乱交の最中だ。人間の男と魔物娘が、交わりあっている。角と蝙蝠の様な翼を持ったサキュバスが、豊かな胸で男の男根をしごいている。鳥の翼と手足を持ったハーピーの娘が、男の腰にまたがって激しく体を動かしている。狼の耳と尻尾を持ち、手足が獣毛に覆われたワーウルフの娘が、四つん這いになって男に後ろから攻め立てられている。辺りには、甘い女の体臭と生臭い男の精の臭いが漂っている。
ラミアは、俺の体に赤い蛇体を巻きつけて来た。俺を抱きしめて、人間の上半身と蛇の下半身の間にある女陰に俺の男根を飲み込む。俺の男根は、肉と蜜と熱に包まれる。熱と肉の渦に引き込まれていく。俺の体全てが渦に巻き込まれるようだ。ラミアの金の瞳が、渦に飲まれていく俺を見つめている。
俺は再び精を放つ。渦の中心に精を放つ。男根が、腰が、下半身が弾けていき、精を放出する。俺は抑える事が出来ずに叫びをあげた。
気がつくと、ラミア女は俺を抱きしめていた。優しく俺を愛撫している。俺がある程度落ち着くと、再び腰を動かし始めた。俺の男根は再び熱を持ち始める。俺は、腰をラミア女に突き出す。まだまだ足りない。いくらでも出来そうだ。
俺は、この日の祝祭でラミア妻が出来た。俺だけではない。多くの男が、祝祭で魔物娘と結ばれた。あの祝祭は、乱交に見えて乱交ではない。後で知ったことだが、魔物娘は原則として一人しか夫や恋人を持たない。男を次々と変えるようなまねをする者は、めったにいない。男に対しても、自分とだけ交わることを要求する。まして俺の妻になったのは、嫉妬深いことで知られる蛇の魔物娘ラミアだ。ほかの女を抱くことなど出来ない。
だからと言って、祝祭は終わったわけではない。王と王妃の婚姻の祝祭は終わったが、魔物娘達は何かと口実を設けて祝祭を開く。王は、それを後押しする。今日は夏至を祝う祭りだ。俺は、妻と一緒に大通りへ繰り出している。早速、大勢の者が交わり合っている。夫婦や恋人同士が、自分達の性技を他の者へ見せ付けている。俺達も、他の者へ交わりを見せつけ始める。俺とラミア妻は、さまざまな性技を試して習得してきた。その成果を見せつけようというわけだ。
相手のいない人間の男や魔物娘もいる。そいつらは、今日この祝祭で自分の相手をつくるだろう。奴らには見本を見せなければならない。
この国は大きく変わった。主神教が勢力を持っていたころとは大違いだ。清浄さなど糞喰らえだ。快楽が支配する毎日だ。王は、大きな変化をもたらしたのだ。俺の存在も、王によって変えられた。俺は、ラミア妻と交わり続ける事によってインキュバスという魔物になった。もはや人間ではない。体は強くなり、いくら精を放ってもなかなか萎えない。快楽を味わい続ける事が出来る体となったのだ。王は、この先まだ変化をもたらすのかもしれない。これからが楽しみだ。
ただ、ふと不安がよぎることがある。俺達は、楽しい日々を送れる様になったはずだ。魔物になる事は、俺に快楽を与える事のはずだ。それなのに不安を感じることがある。不安を感じるなど馬鹿な事だとわかっているのだが。
この国は変わってしまった。正義も清浄さもなくなった。魔の快楽がこの国を支配している。
私は神父だった。もはや過去の事だ。主神教はこの国では滅びた。
私は、王都にある一つの教会で神父をしていた。日々、信者の心の安らぎのために働いていた。私は優れた神父ではなかったが、自分なりに役割は果たしていたと思う。少なくとも私の身の回りでは、神父やシスターと信徒の間は良好な関係を結べていたと思う。
だが今から考えると、私達とこの国の人々の関係は幻想に過ぎなかったかもしれない。なぜなら王の起こした騒乱で、主神教団はこの国で崩壊したからだ。崩壊には、王だけではなくこの国の人々が大きく関わっている。
王が主神教団を敵とする宣言を出した後、この国では破壊と殺戮が荒れ狂った。数多くの教会が破壊され、多くの信徒が虐殺された。私の勤めていた教会も破壊された。
兵士と一緒に、民衆が大勢教会に押し寄せた。軍から与えられたらしい破城槌で教会を破壊しようとした。
私は教会の破壊をやめさせようとして、破城槌を持つ男につかみかかった。野卑な顔をしたその男は私を振りほどくと、懐から小刀を出して私の胸を刺した。その蛮人は、わざとらしく冷笑を浮かべて私を見下ろしていた。私は胸の激痛に耐えられなくなり、意識を失った。意識を失う寸前に私が見たものは、破城槌で破壊される教会だ。
幸い私は、命を失わなかった。小刀は心臓を外れていた。その場にいた信徒が応急処置をして、私を家にかくまってくれたのだ。
だが、その後まともな治療を受けることは出来なかった。医者達が、神父である私の治療を拒否したからだ。ある医者は、神に祈って直してもらえと私を嘲り笑った。医は仁術など戯言だ。医者が気にするのは、自分の身と金だ。王に敵視された神父やシスターを治療する医者などいない。私は神父だったころ、医者からたたき出された貧しい病人やけが人を何人か教会に保護し、治療した事がある。そんな神にも唾棄される者達が、危険を犯して神父を助けるはずがない。
私は死へと近づいていた。だが、もはや私は生きる気力などなかった。教会は破壊された。兵士だけではなく民衆達も加わって破壊したのだ。私のいた教会だけではない。数多くの教会が破壊され、神父やシスター、教団兵、それに信仰を捨てない信徒達が殺戮されている事を、私をかくまってくれている信徒から聞いた。もう、この世に未練はない。神の元に参る事だけが望みだ。
私の望みはかなえられなかった。私は、魔物の手に落ちてしまった。
魔王は、この国に魔の軍勢を送り込んだ。魔王の娘であるリリムが、軍を指揮して王都に行軍して来た。国中が魔物達で満ち溢れた。この国は魔物に陵辱されたのだ。魔物は、私の元にも現れた。
魔物は女だった。頭に角を生やし、背に蝙蝠のような翼を持ち、尻から尾を生やしている女だ。表現する事すらはばかられる卑猥な格好をしていた。女はサキュバスだ。魔王と同じ種族の魔物だ。
魔物は私に微笑みかけ、危害を加えないから安心するようにと言った。そして私の治療を始めた。私には抵抗する力はなかった。ただ、魔物よ去れとつぶやくことが出来るだけだ。魔物は、私の言葉を無視して治療を続けた。魔物の医術は優れたものだった。死に掛けていた私を、回復させる事が出来たのだから。
医術も優れていたが、魔物は私を丁寧に看護した。私の状態を注意深く見て、薬を塗り、布を換え、食事を与え、体を拭いた。看護技術の高いことも驚いたが、なぜ敵である主神教の神父である私を熱心に看護するのかわからなかった。だが、その後に理由はわかった。
その日、魔物は私の体を拭いていた。私の体は、身を起こす事が出来るほど回復していた。魔物は、私の体をいつものように丁寧に拭いていく。魔物は、私の下腹部を拭き出しにした。体が動くようになってから、私は下腹部を拭かれることに抵抗してきた。だが、魔物は強引に私を拭いた。私の力では抵抗できない。この日は、拭くだけに留まらなかった。
魔物は下腹部を拭くと、私に微笑みかけた。顔を下腹部に近づけていった…。
これ以上具体的な事を話すことは差し控える。堕ちたとは言え、私は神父だった者だ。それに、今でも主神様に従う者だ。性にまつわる事を詳しく話す気にはならない。私に言えることは、私が魔物に抵抗できずに堕ちてしまった事だ。私は、魔物に犯され続けた。この結果、私はインキュバスになった。私自身が魔物になってしまったのだ。
魔物は、私のことを自分の夫だと宣言した。私の意思は無視されている。いずれ心の底から自分を必要とするようになると、魔物は楽しげに言っていた。それ以来私は、魔物と一緒に生活することを強要されている。
私の妻と称する魔物は、この国で医者として働き始めている。私を治した事から分かるとおり、この魔物は優れた医術を持っている。王妃となった魔王の娘であるリリムは、医療制度の拡充を重要政策の一つとした。この国の医療制度は貧弱だ。貧しい人々は、医者にかかれずに死んでいく。リリムは、貧しい人々に医療を施す施設を作ったのだ。私の妻を称する魔物は、この医療施設で働いている。私はその助手だ。私は、いくらかの医術を持っているからだ。
私は、魔物を認めない。だが、いくつかの点で優れていることは認めざるを得ない。魔物達は医療制度を整え、公衆衛生の整備に励んでいる。この事により救われる者は大勢いる。今までのこの国は、医療、公衆衛生に関してあまりにも貧弱すぎた。われわれ主神教団も、対応が後手後手だったことは認めざるを得ない。魔物は、急速にわが国の問題点の解決に取り組んでいる。
信教に対しても、彼女達魔物は寛大だ。われわれ主神教徒に、棄教を強要したりはしない。虐殺されそうになっている主神教徒を救い、現在も保護してくれている。私の妻を称する魔物も、何を信仰しようとあなたの自由よと言っている。これらの点も、評価すべきだろう。
しかし、この国が堕落したのは事実だ。町を少し歩けばそれは分かる。昼間から人前で大っぴらに、性の饗宴が行われている。その中には、年端の行かない少年や少女が混じっている。快楽が尊ばれ、性欲を抑える事は否定されている。まるで獣だ。いや、獣のほうがましかもしれない。口にすることが出来ぬほどいやらしく、異常な性行為が公然と行われている。獣はあのような異常なことはしない。
それに、私は一つの恐れがある。この先、この国に人間は存在するのだろうか？人間は急速に魔物化している。男はインキュバスに、女はサキュバスとなっている。魔物から生まれる者は、みな魔物だ。人間は、近い将来この国から消えるのではないだろうか？
人間など滅んで良い、皆魔物になれば良いなどと言う者もいる。だが、全ての者が別の存在に変わるという事は、恐るべき事ではないだろうか？我々は変わる事で何を得られるのだろうか？何を失うのだろうか？王はこれほどの変化を引き起こして、何を狙っているのだろうか？
私は、こうして恐れを口にしている。しかし、近いうちに口にする事はなくなるのかもしれない。私は、自分が変わりつつある事を知っている。インキュバスになって私の体は変わり、それに伴い考え方も変わってきた。妻を称する魔物は、私の変化を後押ししている。もはや私は、快楽に身も心も染まりつつある。
変わってしまった私は、神に対して祈りをささげるのだろうか？
この国の変化は進んでいる。今のところ、私達魔物の望み通りに進んでいる。
この国は重要な場所だ。主神教団の本拠地である教皇領と同じく、大陸の南部にある国だ。この国が反魔物国から親魔物国に変わることにより、目下のところ最大の敵である主神教団に圧力をかけることが出来る。
一年半前に、この国は突如反魔物国から親魔物国へと鞍替えし、魔王領に対して友好を求めてきた。私達魔物は、喜ぶと同時に困惑した。あまりにも唐突だったからだ。この国は、主神教団の力が強い。親魔物国になる事を、私達は想定していなかった。この国の王が、いきなり親魔物国となる事を宣言したのだ。この国の王は魔物と連絡を取っていた事を、後になって私は知った。それを知っていたのは、魔物の中でも一部の者だけだ。
王が親魔物国になると宣言したからといって、そううまく事が運ぶわけではない。すぐにこの国で内戦が起こった。私達魔物は、大陸全土で様々な課題を抱えている。即座に援軍を送る事など出来なかった。
だが、援軍を送らざるを得なくなった。この国の王は、主神教団とその信徒たちに対して大規模な破壊と殺戮を行い始めた。次々と入ってくる報告には、凄惨な状況が記されていた。魔王である母上は、無理をして軍を整えるとこの国に軍事介入を行った。母上を始め私達魔物は、殺戮を何よりも嫌う。この国の状況は、放置できるものではない。私は、母上に請願して軍に参加した。
私達は、この国を平定して内戦を終結させた。同時に、王に対して破壊と殺戮をやめることを要求した。幸い、王は素直に我々の要求に従った。王はすぐに再建に向けて舵を切った。
この国の状況は、目を覆う有様だ。至る所に瓦礫と屍が転がっている。王は、この国を屍山血河で覆うつもりだったのだろうか？魔物の中にはこの状況に激怒し、王を廃嫡して虐殺者達を裁きにかける事を主張するものの多かった。しかし、それは無理なことだ。
この国の親魔物国化と魔王軍の進駐は、大陸全土に激震を走らせた。主神教団の教皇は、各国の王に訴えて魔王軍に対する軍を結成した。王を廃嫡などして、この国の親魔物勢力を敵に回すわけにはいかない。結局、この国の主神教団の者達を保護する事くらいしか出来ない。私達は、虐殺者を裁く事も出来ず、保護した者達から恐怖と憎悪のまなざしを浴びせられる事を耐えなくてはならない。
この国の再建に取り掛かる最中に、一つの驚くべき提案が王からなされた。私を、王妃として迎えたいというのだ。魔物達の中には、反対する者が多かった。破壊と殺戮を煽った者など、魔王の娘たる私と縁組させるべきではないと言うのだ。私は、この縁組には最初から乗り気だ。この国を再建し、魔物と人間の融和を推し進めるには王妃となる事は都合が良い。それは世界の魔物と人間の融和という、母上を始めとする魔物の理想を達成する事に貢献するだろう。仮にも私はリリムだ。王と愛し愛される関係を結ぶ事には自信がある。私は、母上に王に嫁ぐ許しを求めた。
私と王は魔界へ行き、母上と王は会談を行った。その後、母上は王との婚姻を許可して下さった。母上は私と二人きりになると、王との婚姻はあなたが思う以上に労が多いものかもしれないとおっしゃった。覚悟の上ですと私はお答えしたが、内心は不安があった。母上は、いつもの余裕のある表情ではなくまじめなお顔をされていた。母上は、魔物の中でも人を見る目がある方だ。その方の危惧が杞憂だとは思えない。
私自身、王に対しては危惧を持っている。始め王と会った時は、凡庸な方だと思った。熱っぽい目付きをしている以外は、これと言った特長のない方だ。国を揺るがす騒動を起こした方とは思えなかった。その見方は誤っている事を、その後に思い知らされた。仮にも夫たる人を評する際に言うべき言葉ではないかもしれないが、言う事にしよう。王は狂っている。
王は、婚姻の際に王都で祝祭を行う事を提案された。その祝祭の内容は、常軌を逸したものだ。王と私が巨大な車に乗り、王都の人々に姿を示す。車は、魔物娘と豹に引かせる。集まった人々には、すり潰した虜の果実とアルラウネの蜜を入れた酒を飲ませ、魔物娘と交わらせる。私達の婚姻と共に、多くの者を婚姻させようというのだ。
確かにこれは、魔物娘好みの祝祭だ。私の好みでもある。ただ、人間である王が提案したことに危惧を覚える。人間の考える事として、このような祝祭の案は正常なものなのか？
また、この祝祭の贅沢さにも疑問がある。私達の乗る車は、紅玉と銀で過剰なほど装飾されたものだ。魔物娘や豹にも、ふんだんに紅玉と銀を用いて装飾させている。王は、私の結婚衣装も臣下の者に作らせようとしたが、これはお断りした。私には、洗練された技術を持った蜘蛛の魔物娘アラクネがおり、彼女に衣装を作らせた。王はその衣装に負けるわけにはいかないと、豪奢な衣装を祝祭で召された。黒絹に銀糸をふんだんに使い、大量の金剛石を縫い付けた服だ。私の衣装と合わせたらしい。
この国は内戦によって傷ついており、再建の途上だ。費用を使わねばならない事は多い。にもかかわらず、祝祭にこれほどまで費用を掛けることは適切なのだろうか？
王の贅沢は、祝祭に限ったことではない。例えば食事だ。王は、粉末状の真珠を掛けた米料理や金の粒や琥珀を混ぜた豆料理を召し上がる。真珠を酢で溶かして飲まれる。このような浪費に何の意味があるのかと伺うと、金を食すれば性欲が高まると答えられた。私は、虜の果実やアルラウネの蜜を差し上げ、浪費でしかない悪食を止めていただこうとした。それでも止めないので、強力な精力剤であるアポビスとギルタブリルの毒を差し上げたら止めてくださった。
王の食事は尋常ではない。果たして消化できるのかと思う様な物まで召し上がる。牡蠣や松鶏、去勢鶏などはまだ良い。駱駝の踵肉、八目鰻の白子、孔雀の舌、香油に浸した針鼠の肉、似鯉の内臓、雄鶏の鶏冠、鶯の脳髄などを召し上がった。私には食しようと考えた事もない物を召し上がる。
ある時、王は海蛇を召し上がっていた。食しながら、「人を食わぬ海蛇はさほどうまくないな」とおっしゃった。そのときは聞き流したが、後になって私と結ばれる前は人を食わせた海蛇を食していた事を知った。海蛇は、鋭い牙がある肉食の動物だ。王は、海蛇の養殖池に気に食わぬ者を放り込み、人肉で飽食した海蛇を自分の食膳に出させていたそうだ。
王は残虐な方だ。私や魔物達に止められる前は、様々な残虐行為を楽しんでいたらしい。王宮には、ある一室がある。表向きは客人を歓待する部屋だが、実際には処刑室だ。王はその部屋で犠牲者を歓待し、ころあいを見て部屋に監禁する。その部屋には窓はなく、扉は外から鍵を掛けることができる。天井にはがらんどう返しの仕掛けがあり、そこから花を落とす。部屋を花で埋め尽くし、犠牲者を花の香気の中で窒息させて殺すのだ。
また王は、飼っている雌獅子に犠牲者の肉を食わせることを好んでいた。王は犠牲者を取り押さえさせ、服を引き剥がし、自ら犠牲者の男根を切り落としたそうだ。切り落とした男根を、雌獅子に投げ与えていたらしい。王は雌獅子を指差して、この雌猫には男根を餌として与えているのだと私におっしゃった。
私はこの国に駐屯している魔王軍の力を使い、王の残虐行為を止めさせた。王と共に生きるためには、残虐行為は止めさせなくてはならない。そのためには、力を用いるのもやむをえない。王は、私の要求を面白がりながら了承された。
私は、男根を切り落とされた犠牲者を集めた。その数は百人以上だった。切り落とされた人はもっといたが、傷のため亡くなったそうだ。集まった男達は、みな陰惨な顔をしていた。私は同数の魔物娘を集めて、男根を持たぬ男を愛する事は出来るかと尋ねた。
一人のサキュバスが進み出てこう言った。
「私達にとって男根は尊いものです。ですが男根のみで男を愛するわけではありません。私達は、彼らを愛して見せます。男根がなくとも、私達は彼らから快楽を得て見せます」
彼女達は、去勢された男達を引き取り婚姻を結んだ。男達は、現在は彼女達の力を借りて立ち直る途上らしい。
私達魔物は、この国を立ち直らせなくてはならない。王の狂気、この国の者達の荒廃、この国を狙っている国外勢力、これらからこの国を守らなくてはならない。これは私の戦いでもある。今、私の姉妹達は世界中で戦っている。魔王である母上と勇者であった父上が誓い合った理想は、私達姉妹の悲願でもあるのだ。私はリリムの一人として、この国のために戦わなくてはならない。
私は王を愛するつもりだ。この国を立ち直らせるためには、王と共に歩まなくてはならない。王は暗愚な方ではない。この国を親魔物国に変えた事からもそれは分かる。私と王は、同士であると共に愛し合う者となるべきなのだ。
王も、私を愛しているようだ。あの熱っぽい目で私を見つめてくる。あたかも私が、王の願望を満たす存在であるかのように見つめてくる。王が、魔物娘を愛していることも確かのようだ。王は、魔物娘のこの国への移住を急速に促進している。あたかも魔物娘でこの国を満ち溢れさせるつもりかと思うほどだ。
私達は、王にこの国の再建案や改革案を提示している。王はそのほとんどを了承し、実行のために力を尽くしている。王ほど魔物娘に協力的な権力者は、存在しないのかもしれない。
それでも不安はある。王の狂気を私は恐れる。私には、王の意図が分からなくなることがある。共に仕事をし、共に暮らしてきた。理解するために努力を重ねている。臥所も繰り返し共にしてきた。それでも王が分からなくなることがある。
臥所を共にしているとき、王の事が分からないという思念は強まる。王は、寝所に敷き詰められた百合を銀のサンダルで踏みしだかれる。銀箔を張った髑髏で葡萄酒を召される。白百合に葡萄酒を浴びせ、白には赤が似合うと笑われる。王の熱病に犯された様な姿を見るたびに、王と私の間にはベールが掛かっているとの思いに憑かれる。
王よ、あなたは何を望んでおられるのですか？
今のところ、余の思惑通りに進んでいる。法と秩序は否定され、混沌が広がっている。今のところ余の支配する国だけだが、やがて混沌は世界を覆うだろう。
これまでこの国は、法と秩序によって支配されてきた。様々な可能性が、法と秩序によって押しつぶされてきた。法は直線的だ。可能性を追求せず、可能性を押しつぶす。混沌は、直線ではなく八方へ広がる。混沌こそが、可能性を追求できるのだ。
もし、法と秩序が人々を救うのならば、余は耐えよう。独善と偽善塗れの法と秩序に対して従順になろう。だが、法と秩序は人々を苦しめるばかりだ。既得権益を持っている者達が、弱者から収奪する事を助けるばかりだ。その様な法と秩序は、破壊したほうが良い。法と秩序を司りそれに守られる者は、ことごとく殺したほうが良い。
余は、幼い時から既得権益を得ている者達を守るために教育を受けてきた。法と信仰を叩き込まれてきた。法治主義が正しい事、秩序を守る事が王の使命である事、神によって現在の秩序は正当化されている事を教え込まれた。
全ては独善と偽善だ。支配者が収奪することを正当化しているだけに過ぎない。
余は密かに王宮を抜け出し、余の国を調べた。支配者達の手による悲惨が満ち溢れていた。激しい収奪により餓死者が出ていた。税を払えない者が斬首されていた。それどころか手足を切断されて、死ぬまで放置されている者もいた。収奪した者達は、貧者の困窮を笑いながら見下ろしていた。物乞いの身に落ちた者達を、不潔だと言って都市から叩き出して野垂れ死にさせた。これらの行為は合法的だ。
こうした収奪によって、支配者達とその犬どもは豊かな生活をしていた。金糸を縫った絹服を着て、収集した宝石を自慢する者。白亜の城を築き、城の中の様々な機械仕掛けを自慢する者。古代の饗宴を真似て、吐いては食べ吐いては食べる事を繰り返す者。奴らは、人の生き血を吸って肥え太っていた。これらも合法的だ。
この悲惨については、主神教団も共犯者だ。主神教団は、国や領主と同様に民から税を取り立てていた。民が餓死しようとも、税を取り立てた。奴らは、支配者達の支配と収奪を正当化している。そのあげく、ある司教は次のように言っていた。
「神は、死後に天国での救いは約束された。だが、この世での救いは約束されていない。神の約束していないこの世での救いを約束する者は、悪魔だ」
こう言って貧困問題に取り組むものを非難して、火炙りにすることを主張した。この司教の言葉に従い、多くの者が火炙りにされた。
余は、余の国の、そして世界の法と秩序を破壊する事を、法と秩序の名の下に支配と収奪を楽しんでいる者達を殺し尽くす事を決意した。特に、主神教団とその信徒をことごとく破滅させる事を決意した。余は、時間をかけて計画を立て、力を蓄え、準備を整えた。そして行動を起こした。
余の国には、収奪する支配者を憎む者が多い。その者達を、時間をかけて兵や官僚として取り立ててきた。余の直属の工作組織をつくり、民衆達の蜂起を促す工作を行い続けてきた。一部の魔物達と連絡を取ってきた。
魔物達と組むことが、余の計画の要だ。余は、反魔物国から親魔物国へ鞍替えさせるのだ。主神教団を殲滅するには、魔物と手を組む事が最も良い事だ。余の国を支配する価値観を覆すには、魔物をこの国に大量に入れれば良いのだ。彼女達は、笑いながら余の国の価値観を蹂躙するだろう。主神教団の独善と偽善は、魔物達に笑殺される。
余の目論見はうまく言った。余の国は根底から覆った。破壊と殺戮の嵐が吹き荒れた。喜びの日々だった。快楽の日々だった。余は、生まれてからあれほどの快楽を味わった事はない。
余は、自らの手で殺戮を行った。余は、ある大貴族を海蛇に食い殺させた。その大貴族は激しい収奪を行い、自分の支配する領内で大勢の餓死者を出していた。その大貴族の姿は、今でも思い浮かぶ。豚の様と言ったら豚に失礼なほど肥え太っていた。余は、その豚もどきを海蛇の養殖池に突き飛ばしてやった。その豚もどきは、無様な踊りを池の中で踊り、豚より汚い声を上げていた。余は、豚もどきを食らって飽食した海蛇を、余の食膳に出させた。悪くない味だったと言っておこう。
余は、洗練された殺人方法はないかと考える事がある。そこで、古代の暴君が行った一つの殺人方法を思い出した。それを重臣の一人に試してみた。その重臣は、常日頃余に法と秩序の正しさを説いていた。弱者が苦しむ今の体制を維持する事を正しい事だと唱えていた。教団の者によると、奴は「美しい剣のような論理」の持ち主だそうだ。奴は、税を払えぬ民を「合法的」に虐殺していた。
余は、ある仕掛けを施した一室でやつをねぎらった。その部屋は窓がなく、扉は外から鍵を掛けることができる。ころあいを見て、余はその部屋から出て奴を閉じ込めた。その部屋には、天井ががらんどう返しになる仕掛けがある。天井から花を落とし、花で部屋を埋め尽くした。奴は、花の香気の中で息絶えた。「美しい剣のような論理」の持ち主にふさわしい殺し方だろう。
主神教団に対しては、奴らにふさわしい処遇を考えた。独善と偽善を振りかざして収奪を繰り返す者にふさわしい処遇がある。余は、大司教を捕らえて服を引き剥がした。男根を露出させると、余は奴の男根を切り落とし、余の雌獅子に食わせてやった。奴らは快楽を否定する。ことに性の快楽を敵視する。ならば男根など必要ないだろう。
余は、聖職者どもの男根を切り落とし続けた。七十人ほど切り落とした。その中には、傷が悪化して死ぬ者もいた。大司教もその一人だ。せいぜい天国で神に救ってもらえばよかろう。
権力をかさに、民を陵辱する者もいた。奴らは、これまで裁かれる事はなかった。つくづく大した法だ。奴らの男根も、切り落として雌獅子に食わせてやった。
余の行った殺戮で今でも繰り返し喜びと共に思い返すのは、「この世での救いを約束する者」を「悪魔」呼ばわりした司教に対して行った殺戮だ。余は、奴の舌を切り落としてやった。これで下らぬ事は二度と言えぬ筈だ。その後で、奴の好きな火炙りにかけてやった。薪は少なくしたために、二刻ほどかかって焼け死んだ。余は、奴の生焼けの肉の匂いを官能と共に思い返す。
今は殺戮をやめた。魔物達が、余に破壊と殺戮をやめよと厳命して来たからだ。余は、魔物達を愛している。余の望みを達する為には、魔物の存在はなくてはならないものだ。余は、魔物の命に従う。それに、破壊と殺戮はそれなりに成し遂げた。余が長年憎んでいた者達を、この世から追放できた。
余は、余が殺戮した者達から莫大な富を奪うことが出来た。余が予想した以上の富を、奴らは持っていた。奴らの収奪がどれほど激しいものだったか、余は改めて思い知った。
余は、手に入れた富を二つの事に使った。一つは、この国の再建のためだ。必要な破壊だったとは言え、余の国は大きく傷ついた。この傷を手当するために、富を使わなくてはならない。
再建の際には、弱者の救済を優先して行った。余が破壊と殺戮を行った理由の一つが、虐げられた弱者の恨みを晴らすためだからだ。彼らの恨みを晴らし、彼らの生活をましにすることが余の目的だ。このために金を惜しむわけにはいかない。
再建には、魔物達が手助けをしてくれた。様々な再建案を提示してくれ、人員を惜しみなく投入してくれた。彼女達の助けによって、再建は急速に進んでいる。この国の改革も、彼女達の手で押し進められている。
ただ、余は再建だけをするつもりはない。余の望む事は、混沌を世界に広げることだ。余は、余の国を混沌の国としなくてはならない。そのために富を使うのだ。
余は、この国を祝祭の空間と変えた。人魔が入り乱れ、秩序が覆され、昨日までの善が悪と見なされる。その様な空間と変えたのだ。
余は、魔物達を大量に余の国に引き入れた。余の国を、魔物で埋め尽くすためだ。もはや、余の国は人間の国だったころの法と秩序はない。価値は転倒された。彼らの交わりを促す祝祭を、国中に繰り返し行わせた。余とリリムの婚姻の祝祭は、その手始めだ。
余は混沌の体現者として、価値の転倒者として見本を見せなくてはならない。余は、取り合えず古代の暴君のまねをしている。古代の暴君は、主神教団を弾圧したからだ。主神教団の価値観を否定するためには、古代の暴君に習うのが手っ取り早い。
余の「美食」もそのうちの一つだ。真珠や金を食し、珍妙な動物を食らう。これをひけらかしてやるのだ。古代の暴君は、食事に形而上学的な意味を見出した。食する事が精神を体現するのだ。余は、不死鳥の脳髄を食する事を望む。だが、今のところ不可能だ。仕方なく駝鳥の脳髄を食する事で我慢している。
リリムは、余の食事を始めとする「浪費」をいさめた。だが、余は止めるつもりはない。混沌の体現者としての義務として行っているからだ。
リリム達魔物は、法をもたらし秩序を回復しようとしている。困った者達だ。自分の本質が混沌だと分かっていない。余は、愛すべき魔物達を混沌へと導いてやるつもりだ。
余は、今ある事を幻視している。人間の終わりと神の死を幻視しているのだ。
この国の人間は、次々と魔物と変貌している。男はインキュバスに、女はサキュバスに変貌している。魔物からは、魔物しか生まれない。余の国は、いずれ人間が滅び魔物だけが住む国となるだろう。これこそが余の望みだ。
余は、魔物化を全世界に広げるつもりだ。すでに世界は戦争へと突き進んでいる。人間と魔物の大戦へと突き進んでいる。余は、魔物に世界を支配させるつもりだ。全ての人間を魔物へと変えるのだ。人間の終わりをもたらすのだ。
その時こそ神は死ぬのだ。全ての人間が終わりを迎えた時、神は存在する基盤を失う。神など、人間の弱い心が生み出したものだ。魔という強者になることで、神という弱者の生み出したものは消える。仮に神が人間の心の外にあるものだとしても、人間が終わることで存在する意義を失う。それこそ神の死だ。
魔物は強者だ。人間のような弱者ではない。苦しみに意味を見出したりはしない。神によって価値付けたりしない。「快楽は悪だ」などと価値を転倒させたりしない。
余が今までやった事は、一つの瑕疵があった。それは怨念という弱者の原動力によって行動してきたことだ。それでは主神教徒と同じになってしまう。この世で快楽を得られぬ事から、快楽を憎悪した弱者どもと同じになってしまう。
余は、弱者である事から解放される手段を見出した。魔物となる事だ。
余は、魔王と会った。あの方こそが強者だ。真に美しい方だ。神という弱者の産物を否定し、世界にただ一人屹立する事の出来る方だ。
余は、あの方と会う事で自分のなすべき事を知った。人間を終わらせる事こそ余の使命だ。
余は、すでにリリムの手によってインキュバスとなっている。すでに余は魔物なのだ。リリムよ、余はそなたが愛おしい。余を、人間という弱者から魔物という強者へと変えてくれた。もはや余は、苦しみに意味を見出すことはない。価値に悩まされることはない。神を必要としない。世界に一人で屹立する事ができるのだ。
今、余の目の前に世界が広がっている。人間が終わり、神が死ぬ世界だ。余はそのためにも没落しなくてはならない。
これは終わりの始まりなのだ！
俺は、昔の事を思い返している。もう戻らない日々だ。収奪と陵辱と殺戮の日々だ。
俺は、自分の人生を謳歌していた。うまい汁を吸うのが当たり前の日々だった。今は失われた。
全ては王と魔物のせいだ。奴らは、俺から人生の楽しみを奪い取った。
俺は兵士だった。王に指揮される兵士だ。もっとも王の兵というのは建前で、実際には将軍の私兵みたいなものだ。その将軍からおこぼれをもらっていた。
例えば、国の役人が税を取り立てに行く時についていく。税を払えないと泣き言を言う百姓を殴り倒す。場合によっては、剣で切り倒す。訓練用のわら人形と違って、百姓を切ると気持ちいい。
その百姓に妻や娘がいると、なおいい。物影に引きずっていって、穴に突っ込んでやる。俺は、お国のために働いている兵隊だ。当然の役得だ。
隣の国と戦争する際に駆り立てられる事もあるが、それはそれで楽しい。戦争が悲惨だの、戦争は残酷だのと泣き言を言っているのは、弱い連中だ。奴らは弱いから戦争の楽しさを知らない。
軍の中には、必ず弱い奴がいる。そいつをいじめるのが、どれだけ楽しいか知っているだろうか？飯を奪い取って、重労働を押し付ける。そうすればそいつは、面白いように弱る。就寝時間にいたぶってやれば、そいつはまともに眠れなくなる。後は自殺したり、気が狂ってしまう。上の連中は見て見ぬふりだ。弱い奴は、俺達のおもちゃにしたほうが役立つと分かっているからだ。
実際に戦闘が始まっても楽しみはある。戦場には、兵士としての才能が無い上にろくな訓練を受けていない奴が兵士として出てくる。ひいひい泣いているそいつらを殺してやるのだ。そいつらは本当によく泣く。
敵地の町や村に入ったら、お決まりの楽しみだ。男は殺し、女は犯す。そして金目の物を頂く。後は、家に火をつければいい。町や村が燃えるのは、どれだけきれいなものか分かるだろうか？
俺は、そんな楽しい日々を送っていた。それが奪われた。王が、反魔物国から親魔物国へ鞍替えしたからだ。
内戦当時は楽しかった。教会や貴族の家に押し入り、偉そうな顔をしていた奴らを殺すことが出来た。シスターや貴族の娘を犯す事ができた。シスター達は犯してもつまらない女達だが、貴族の娘はすばらしいものだ。お嬢様は本当に犯しがいがある。五回も出してしまった事もある。やるだけやったら、金目の物を頂いた。
内戦のあった一年間は、俺の生涯でも最も激しい破壊と殺戮の日々だ。興奮のあまり、四六時中俺の男根はいきり立った。幸い、いくらでも女を犯す事が出来た。
だが、その火の様な快楽の日々も、内戦の終結と魔物達の進駐で終わりを告げた。魔物達は、破壊と殺戮を厳禁した。俺達を執拗に監視した。
ある監査官は、俺の前に来ると険しい表情で俺をにらみつけた。その監査官はデュラハンとか言う、首なし女だ。奴はこう言った。
「お前が何をしてきたのか分かっている。裁きにかけないのは、これから起こる戦争で使うためだ。せいぜい国のために戦え」
こう憎々しげに言いやがった。
俺は、わざと済ました顔をしていた。所詮奴らはよそ者だ。奴らの目を盗むくらい容易い。その時の俺はそう思っていた。
そうは言っても、監視下で欲望を満たすことは難しい。俺は町を歩き回った。町では祝祭が行われている事が多い。俺はその一つに参加した。様々な人間の男と魔物娘が、人前で交わりあっていた。ある男は、ゴブリン娘を抱きかかえて走りながらやっていた。ある男は、サキュバスに抱えられて空を飛びながらやっていた。辺りには、精液と愛液の混ざったものが降り注いでいた。ある男は、雌豚たるオークを四つんばいにして尻の穴に入れていた。男と女の臭いの混ざったものが、そこらじゅうに充満している。魔物娘は淫乱だと言うが、この光景を見るとそれは確かだと分かる。この淫乱さは評価してやっていい。
俺は、一人のダークエルフの娘と目があった。鋭さのある整った顔つきをしており、痩せているくせに胸は大きかった。褐色の肌に、光沢がある素材で出来た露出度の高い白い服を身に着けていた。そそる顔つき体つきのダークエルフは、俺に微笑みかけてきた。俺は、すぐにその女へと歩いていく。ダークエルフは笑いながら俺に抱きつき、俺の口を吸い始めた。
俺は女の体の感触を味わい、味を楽しみ、匂いを嗅いぐ。俺の男根は、即座に屹立した。ダークエルフは俺の前にひざまずき、俺の男根に口と胸で奉仕を始める。俺は色々な娼婦の相手をしたが、これほど俺をたぎらせる奉仕をした者はいない。俺はすぐに、精液をぶちまけてしまった。
褐色の肌が白濁で汚れたダークエルフに、俺は我慢できなくなった。俺はダークエルフに抱きつき、立ったままやった。一度では収まらず、五発やった。俺は、これほど女で満足したことは無い。
今から思えば、これは罠だった。ダークエルフは自分の宿舎へ俺を連れ込むと、俺を奴隷呼ばわりした。俺はあきれて嘲り笑い、部屋から出ようとした。即座にダークエルフの鞭が、俺を打ち据える。俺はダークエルフを叩きのめそうとして、殴りかかった。叩きのめされたのは俺だ。それ以後、俺はダークエルフに所有されている。
俺はもう陵辱どころか、そのダークエルフ以外の女を抱けない。魔物娘は、伴侶のいる男の事は分かるらしい。俺を相手にする魔物娘はいない。人間の女を金で買ったことがあるが、すぐにダークエルフにばれた。俺は、ダークエルフに鞭打たれながら犯され、気絶するまで絞られた。
殺戮の楽しみも無くなった。俺達には、魔界銀の混ざった武器が支給された。魔界銀の混ざった武器は、人を殺さない。衝撃を与えるだけだ。これでは戦争で人を殺すことは出来ない。一つ目のサイクロプスどもが、こんなくだらない物を作りやがった。
収奪の楽しみも無くなった。俺は、困窮者への食料の分配の仕事をあてがわれた。この内戦で食えなくなった者は、いくらでもいる。そいつらへ食料を支給するのだ。俺と同僚は半分だけ支給し、その半分がなくなると食を求めて集まったやつらを剣や槍で追い払った。残り半分を闇商人の所へ持って行った。売り飛ばすためだ。他人がいくら餓死してもかまわない。俺の腹が膨れればいいのだ。
闇商人と取引している最中に、兵隊達がなだれ込んできた。みな魔物娘だ。俺は逮捕され、取調べを受けた。俺が繰り返し物資の横流しをしていた事が、調べ上げられていた。裁判で刑を言い渡された。十年間、国の再建の為の強制労働をしなくてはならないそうだ。幸い、昔やった陵辱や殺戮はお咎めなしだ。それを裁こうとすると、多くの兵士を裁かなくてはならない。これから戦争をする状況では裁けないわけだ。それでも十年間の強制労働を押し付けられた。
俺の傍らには、あのダークエルフがいる。俺に対して鞭をふるう。罪を償う為にまじめに働けと言いやがる。もう、俺には何の自由も無い。昼は働き、夜はダークエルフに犯される。犯され続けたら、俺は人間ではなくなった。インキュバスに成り果てた。これでよく働けるようになったと、ダークエルフは笑ってやがる。
今日は夜も仕事だ。俺とダークエルフは、主神教団の大聖堂の在った所へ来ている。今は、破壊されて瓦礫になっている。この瓦礫の撤去の下見に来たのだ。
この大聖堂を統括していた大司教は、王に男根を切り落とされたそうだ。貧しい者達から収奪した事が、去勢の理由だ。馬鹿馬鹿しい話だ。王は、他人の浪費を非難しながら自分も浪費している。混沌を体現するとかわけの分からないことを言って、無茶苦茶な浪費をする。結局王は、偽善者なのだろう。その上狂人だ。
俺は、ダークエルフと共に廃墟を歩き回った。かがり火はいらない。月が出ていて辺りを明るく照らしている。
突然、男の笑い声が響き渡った。俺達は、声の響いて来る方へと向かった。大聖堂の中心が在った辺りで、一人の男が狂ったように笑っている。笑いながら喚いている。聞き取りづらい声だが、これだけははっきりと聞こえた。
「最後の人間よ、神は死んだ！」
俺とダークエルフは、背を向けて廃墟から去ろうと足を速める。ダークエルフは、肌が粟立っている。俺も同様だ。
俺には愛国心など無い。そんな俺でも、この国の行く末を恐れた。この世界の行く末を恐れた。俺達の支配者は何者なのだろうか？どのような狂気に蝕まれているのだろうか？
廃墟の中心で狂笑を放っていたのは、この国の王だ。
14/06/03 21:50更新 / 鬼畜軍曹