読切小説
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くずかごより愛をこめて


 貴方のことなんて、好きではありません。



 貴方が私にどれだけ好意を持っていても、貴方は所詮、私にとっては食料です。そして、召使です。あと、ちょっと面白い話相手です。
 勘違いしないでください。ほんのちょっとです。
 貴方の話は、私の知らない世界のことばかりで、知的な私の好奇心が刺激されているだけです。
 それと、貴方の予想もしない返答や、物事の捉え方に驚かされているように見えるのは、そういうふりをしているだけです。
 貴方の話にドキドキなどしていません。私の心臓はとうの昔に時を刻むのを止めているのです。
 顔を赤らめているように見えるのは、きっと、飲んだ貴方の血が、勝手に私の顔に集まっていただけです。貴方の血がしたことですから、そうなったのは貴方の責任です。私の気持ちとは関係ありません。責任を取るのはあなたの仕事です。







 貴方のことなんて、興味ありません。



 貴方がどんな女性と付き合っていたかなど、私は知りたいとは思いません。
 どうせ、私よりも魅力的でなかったはずです。だから、今、貴方はここにいるのです。だから、知る必要はないのです。
 そもそも、貴方の好みなど私にとってはどうでもいいことなのです。それでも、私に好みの女性について話をすることは、許してあげましょう。
 私は寛大な広い心を持っているのです。感謝しなさい。そして、せっかく私が許してあげたことを、無駄にするようなことはしないのが礼儀なのです。わかりますか?







 貴方のことなんて、詳しくなりたくありません。



 貴方がどのような少年時代を過ごしていたかなど、私は聞きたいなど思いません。
 貴方の少年時代など、簡単に予想できるものです。きっと、貧しくて、ろくに勉強もできず、街を走り回っていたのでしょう。たくさんのいたずらをして、人に迷惑をかけて、いっぱい怒られていたのでしょう。
 でも、困っている人を見過ごせずに、厄介ごとに首を突っ込んで、自分自身を傷つけて、それでも笑っていたのでしょう。まったくのバカで間抜けで、お人好しで、お節介なのところはきっと変わっていないのでしょう。
 どうですか。私の想像力をもってすれば、貴方の少年時代など、簡単に脳裏に思い浮かべることができるのです。いつでも、どこでも、夢の中でも。
 私の想像力に挑戦したいなら、子供の頃のことを話してみるといいでしょう。受けて立って差し上げます。







 貴方がここにいる理由を、私は考えたりしていません。



 貴方は私のものです。ものが勝手にいなくなることなどありえません。私がなくさない限り。私がちゃんと持っていれば、なくすことなどありえません。
 だから、考える必要はないのです。貴方も言う必要はありません。貴方の意志など確認する必要はないのです。







 貴方のことなど、恋しくはありません。



 貴方の顔立ちは貧相です。人に安心感を与える温和な顔をしているなどと言われて、いい気になっているのでしょうが、残念ながら、私は魔物です。ヴァンパイアです。私がかつて人であったのは遥かに昔のこと。もう、私には人としての感情などないのです。あるのは、魔物としての本能のみです。
 勘違いしないでください。魔物の本能と言っても、私は他の魔物のように、はしたないことはしません。私はかつて人であったという矜持を持っているのです。遥か昔のこととはいえ、私が人であったことを簡単に忘れるなど私を侮ってはいけません。







 貴方のことなど、頼もしく思っていません。



 世界中を旅してきただけあって、身体は少しは鍛えているのは、認めて差し上げます。
 でも、勘違いしないでください。貴方たち、人間がいくら鍛えたところで、私たち、魔物には敵わないのです。
 人間は非力で脆弱で、食料や下僕としての価値しかない下等な存在なのです。
 下等といっても、私たちの言葉が理解できるのだから、それほど下等というわけではないですが、私たちと対等などと思いあがってもらっては困るので、下等というふうに言っているのです。偉大で聡明な私の下僕が下等なはずはないことぐらいは、察するぐらいできると心配していませんが、貴方は時として鈍いので、一応は書いておいてあげます。

 話がそれました。

 分厚い胸板が私に安心感を与えてくれるとか、丸太のような腕が私を守ってくれるとか、太い首が私の牙をすんなり受け入れてくれることに幸せを感じるなど、私が思っていると思わないでください。
 そんなことを少しも思ってなどいません。







 貴方のことなど、素敵などではありません。



 貴方は私の食糧です。それも、とびきりに美味しい食糧です。
 なので、貴方の血を食す時に、その美味しさで幸せな気分になることは、決して異常なことではありません。貴方も美味しい食べ物を食べれば幸せになるのと同じです。
 貴方は食料として非常に優秀なことは私も認めています。
 でも、美味しいからといって、食材に恋心など抱かない。当然です。貴方が豚や牛に恋をするか考えてみればわかるでしょう。
 貴方の血を飲むたびに、血と同じ成分だという精液を飲みたくなるのは、単なる食に対する探究心です。決して、貴方になびいているわけではありません。
 貴方の身体から漂うオスの香りは、私の食欲と、食への探求心を刺激するのです。それ自体は結構なことです。
 でも、安心するといいでしょう。私は自制心というものがきっちりと備わっている上級の魔物です。
 日が昇り、眠りにつくときに貴方のことを想いながら、行き場のない棺桶の中で欲情しながら寝ていることなどありません。







 貴方のことを、愛しくはありません。



 時折見せる、貴方の真面目な表情に胸をときめきを覚えることなどありません。

 子供のように、純粋に心から喜んで笑う顔に嬉しくなることはありません。

 弱いくせに、不器用なくせに、私のために一生懸命になってくれることに
感謝などしません。

 私のことを、好きだとか、愛しているとか、言ってくれることを喜んでなどいません。

 本当に、私のことを大切にしてくれていることを、愛おしいとか、思っていません。







 もし、貴方が、万が一、ミリオンが一、ビリオンが一、いいえ、グーゴルプレックスが一。私と同じ高みに登ってきたとしたのなら、貴方のことを考えてあげるかもしれません。

 でも、そんなことを考えるだけ無駄な時間です。時間が有限な人間なら考えもしないでしょうが、私は不死の魔物。無限の時間をもつ私だからこそ、そんな夢幻の想像で費やしてあげるのです。

 ありもしない妄想に私の貴重な時間をいつまで費やさせればいいのか、そろそろ、いい加減にして欲しいと思っていますが、それを貴方に言うことはないでしょう。私は寛大で偉大で尊大な貴方の唯一の所有者なのですから、貴方に要らぬ心配をかけることなどないのです。

 貴方はその点だけはよく理解して、よく感謝している。そこだけは、そこだけですよ。認めてあげてもよいかもしれなくはないかもしれません。













































 私はいつものようにご主人様の部屋を掃除した。
 そして、くずかごの中に丸めて捨てられた手紙を拾い上げ、丁寧にしわを伸ばして、自分のファイルに収納した。

 もう、ずいぶんとご主人様から決して出されない手紙が溜まったものだ。



 いや、ご主人様は聡明で名高いヴァンパイア。
 私がこの部屋を掃除することを知っていらっしゃるのだから、くずかごの中も見られることぐらいはお気づきであろう。
 これらはそれらを承知のご主人様が、私へくずかご経由で差し出した手紙なのだろう。



 おっと、読者の方々。
 くれぐれも、ご主人様には、私が手紙を拾って保存していることはご内密に願いますよ。
17/04/04 23:29更新 / 南文堂

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