連載小説
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後編



それから数日後の夜。
フラックは自分の部屋で武器の手入れをしていた。



「ふう・・・」



最後に剣の鞘を修繕し、ようやく一息付けた。
これで明日もまた戦える。
もう寝ようかとフラックがベッドへ向かおうとした時だ。

『ドンドンッ!!』

部屋のドア越しから音が聞こえてきた。

『俺だイシスだ!! 開けてくれ!!』

イシスの切羽詰まった声だ。
すぐにフラックはドアを開けイシスを迎え入れた。

「おいおい何だよ、いきなり?」

「フラック、早く逃げるんだ!!」

「だから一体なんだ!?」

「ばれたんだよ!! ヘスティが魔物娘だって事に!!」
「っ!!」

フラックは耳を疑った。

「ん、んなっ!? マジかよ!! けど誰が?!」
「分からん。けど今お偉いさんが兵士引き連れて、ここに向かってる!! 早く逃げるんだ!!」

そう急かされ、フラックはすぐに剣を持って部屋から出た。
本当は鎧とかを着て行きたかったがその猶予はなかった。
事は一刻を争うのだから。

「こっちだ、こっち!!」

イシスが手招きする方へフラックは走っていった。





♢♢♢♢♢♢♢





宿舎の裏側へと行くと既にフレイズとヘスティ、そしてベルセティアが待っていた。
三人ともその表情は険しかった。
「フラック、どうやら・・・」
「ああ・・・。でも一体誰がチクったんだよ!!」
「僕ボロは出してないよ!! 姿を見せるのはフラック達だけだって決めてるし、ちゃんと誰かに見られてないかも確認も!!」
「それは後で考えるんだ!! まずはここから出るのが先決だ!!」
フレイズがそう言うと城壁の壁に向かって呪文を唱え始めた。
見れば既に壁の一部には分からない図形が記されており、それが少しだけ光を放つと。



『ガラッ!!』



鈍い音と同時に壁の一部にぽっかりと穴が開いてしまった。
その穴の大きさは複数で入るのは無理だが大人一人分が通るには十分だった。


「この緊急事態だ。なりふり構わずにはいられないだろう?」
「・・・そうだな」

一刻も早くここから出なければならい。
フレイズの言う通りなりふり構わずにはいられないのだ。





♢♢♢♢♢♢♢





フレイズの開けた穴を使い宿舎から脱出出来たフラック達。
夜道を駆け抜け、やっとのこさ首都から出られたのだが衛兵達の対応は迅速であった。




「いたぞ!! こっちだ!!」



首都の外へと出て、草むらの道を進んでいたら大声が聞こえてきた。
フラックが振り向くと衛兵達がこちらへと向かってきている。
その人数は多く、このまま追い付かれてしまうのは時間の問題だ。
ならばと、フラックは決断した。

「・・・お前らは先に行け。俺が時間稼ぎをする」

フラックは剣を抜刀し、追手に対して身構えた。

「んな?! フラック正気か!! 時間を稼ぐなんてあの数じゃ!!」
「そうだよ!! 僕達は仲間でしょ!! こうなったら一緒に戦おうよ!!」

イシスとヘスティが声を掛けるがフラックの意思は固かった。

「いいから行け!! 時間がないんだ!! 国境付近の山へ落ち合うぞ!! 国超えれば追ってこねえだろ!! さあ!!」

言い争っている間にも衛兵らは近づいてきた。
もう考えている時間はない。
このままでは全員捕まってしまう。
全員捕まらない為の方法、そしてヘスティを守る為の方法は一つ。
だからこそフレイズはフラックを信じて、決断したのだ。

「・・・分かった。先に行こう」
「おいフレイズ!?」
「ヘスティが捕まったら、何の為に俺達は逃げたんだ。今はヘスティを守るのが大事だろ!!」
「うぐっ・・・!! 確かにそうだけどよ!!」
まだ何か言いたかったイシスだがもう敵は目の前までに迫ってきている。
このままでは囲まれてしまい、全員が逃げられない。
チャンスは今しかなかった。


「迷うな、行け!!」


フラックがそう催促すれば、イシスはもう腹をくくるしかなかった。
「ち、ちくしょう!! すまねえフラック!!」
「フラック、無理はするな!! 行くぞヘスティ!!」
そう言いフレイズはヘスティの手を引っ張るとそのまま走り出そうとした。 
「そんなフラック!! フラック!!」
ヘスティはその場に止まろうとフラックの名前を叫んでいた。
「来るんだヘスティ!! 待ってるぞ、フラック!!」
フレイズはヘスティをおんぶして、走っていった。
されどベルセティアはフレイズ達と一緒に逃げようとはしなかった。


「フラック、私は残ります。一人よりも二人の方が時間を稼げます」


そう言いベルセティアは自身の盾と槍を持って身構えていた。
何故逃げないのかとフラックは問いただそうとしたが、それは無駄だと考え直した。
ベルセティアはフラックを補佐する者。
そして仲間であるヘスティを守る者。
だからベルセティアは残ったのだ。
フラックを助ける為に、ヘスティ達を逃がす為に。
その思いを察したフラックはただ一言だけ呟いた。


「・・・・ベルセティア、すまん」


謝罪とも感謝とも思える台詞を呟いた。
そしてフレイズ達がの姿が遠くへと消えていったのと同時にフラックとベルセティアをの周りを衛兵達が囲っていく。
その数はざっと30人程度。
見ればその体つきは屈強で骨が折れそうな相手ばかりだ。
その衛兵らの中から一人の男がフラックとベルセティアの前へと歩み出てきた。
他の衛兵より少しだけ豪華な服装と貫禄ある風貌から察するに、彼は騎士の一人だろう。




「勇者『フラック』。そして『ヴァルキリー』、ベルセティアに問おう。かの魔物は何処にいる?」



やや威厳のある口調で男は尋ねてきた。


「っ・・・・・・」

だがフラックもベルセティアもその問いに答えようとはしなかった。
二人とも口を閉ざし、そして鋭い目つきで衛兵達を睨みつけた。

「答えろっ!! 匿った罪は大きいぞっ!!」

衛兵からの一喝。
思わず体が震えてしまいそうな怒号だった。
だが二人は体を震わせず、硬く口を閉ざしていた。
この程度の怒号で臆する二人でない。

「おのれ!!」

しびれを切らした衛兵の一人がその槍でフラック目掛けて飛びかかった。
すかさずフラックは剣で、槍の一撃を受け止めた。
そのまま剣を力強く押し衛兵の体を地面へと叩きつける。
そこでフラックは呟いた。


「返事は、これだ・・・」


絶対に教えない。
そしてお前たちを行かせはしない、とフラックは見せつけた。
それを見た騎士はやれやれ、と首を軽く振った。

「抵抗するのであればこちらも応戦しよう。魔物を匿った罪と抵抗した罪でお前たちを拘束する」

そう言うと、騎士が手を挙げると衛兵達は武器を構えた。
勿論フラックもベルセティアも武器を構え、騎士達に立ち向かっていった。





♢♢♢♢♢♢♢



捌けど捌けどキリがない。
まるで無尽蔵に湧いてくる敵と戦っているみたいだった。
もう先程まで見た30人は倒したと思うのにまだ衛兵と騎士達が残っているのだ。
流石のフラックも疲労という物は溜まってしまう。
「こいつは、不味いなぁ・・・」
息を荒げながらフラックは呟いた。
「そうですね。数ではこちらが不利です」
同じくベルセティアも息を挙げながら呟いていた。
『ヴァルキリー』であるベルセティアでも疲労の色は隠せなかったのだ。




(ですが時間は稼げたはず・・・。引き際ですね)



既にイシスらは遠くへと逃げ切れたはずだ。
後はどうやって自分達は撤退するか。
それを考えていたベルセティアの元へ、騎士を乗せた馬が突撃してきた。
一瞬、ベルセティアは不味いと思ったがすぐにこれはチャンスだと気づいた。

―――まさに渡りに船・・・!!


すかさずベルセティアは突撃をかわし、すれ違い様に馬の手綱を握りしめた。
そのまま馬を引き寄せると同時に、乗っていた騎士をその足で蹴り落とした。



『ヒヒ〜〜ンッ!!』



暴れ出す馬を手綱で押さえつけながら、すぐにベルセティアはフラックの方へと近づいた。

「フラック、時間は稼ぎました。ここで撤退を」


「・・・・・」

ベルセティアの進言に対し、フラックはすぐに首を縦に振らなかった。
確かに時間も稼げたしもうここは撤退するべきだろう、が敵は未だに大勢いる。
このまま自分達が撤退しても、無事に逃げれるかどうか怪しい。
もし撤退する中でしベルセティアが敵に捕まってしまったら、自分はきっと後悔するだろう。



(・・・・・・ならば話は簡単だ)



フラックはベルセティアへと近寄った。
それも何か、苦渋の決意をしたかの様な険しい表情で。

「フラック・・・?」

フラックの様子にベルセティアは怪訝そうな顔をした。


「・・・・・ベルセティア・・・・」




















『ドスッ!!』


ベルセティアの意識が急に朦朧とし始めた。
フラックが彼女のみぞおちに拳を入れたのだ。

「フラ、・・・ック・・・」

地面へと倒れ込もうとしたベルセティアの体をフラックは抱きしめた。
そしてフラックはベルセティアの体を馬の背にうつ伏せとなる様に乗せた。
更にベルセティアが馬から振り落とされない様、手綱をベルセティアの両腕へと絡ませた。

「行け!!」

馬の尻を思いっきり蹴ると、馬は鳴き声を挙げて走り出した。
その背には横たわったベルセティアを乗せながら。
そして馬が走り去る姿を見届けたフラックは再び衛兵らを睨みつけた。

「俺は逃げる訳にはいかねえんでな。あいつらを、ベルセティアを逃す為にも・・」

そう言い自身を奮い立たせるフラック。
勢いよくフラックは衛兵の一人へと向けて、その刃を振りかざした。





♢♢♢♢♢♢♢





アメジスト国の国境付近には山林が存在していた。
文字通り木々が覆い茂り、密入国者等が隠れるには絶好の場所だった。
フレイズらはそこに身を隠しフラックとベルセティアが来るのを待っていた。

「遅い・・・」
「なあ、フラック達は大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫ですよ!! ベルセティアさんが付いていますし」

だが三人の心配は尽きない。
フラックもベルセティアもあれだけの衛兵を退け、上手く逃げるなど出来るのだろうか。
しかし今はフラックとベルセティアの帰りを待つしかない。
不安な心を押さえつけ、フレイズらは山林の中で身を潜ませていた。


「ん? あれは?」


イシスの目が一頭の馬を捉えた。
その馬の背に乗っている、いや横たわっているのは・・・。
「ベルセティア!? ベルセティアじゃないか!!」
「何?!」
すぐにフレイズらは山林から飛び出した。
その馬へと近よると、確かに乗っているのはベルセティアだ。
すかさずフレイズは馬の手綱を掴もうと手を伸ばそうとするが。



『ヒィイィィ〜〜〜ンンッ!!』



馬は興奮した様な鳴き声と共に前足を上げ、近寄ってきたフレイズを威嚇してきた。

「う、うわぁ!!」
「俺に任せろ!!」

イシスは持ち前の俊敏さで即座に手綱を握ると、それを引いて馬を押さえつけようとした。

「おりゃ!! 大人しくしろって!!」

イシスが馬を抑えているその隙を突き、すぐにフレイズはヘスティと共にベルセティアを馬から降ろした。
「良し!! ベルセティアさん!!」
「ベルセティアさんしっかりしてください!!」


「ん、んっ・・・・?」

フレイズとヘスティの声に反応したベルセティアはその両目をゆっくりと開いた。

「フレイズ、ヘスティ・・・?」
「ベルセティアさん、フラックはどうしたんですか?」
「ベルセティアさんフラックは!? フラックは!!」
「フラ、ック・・・!?」

徐々に意識が回復してきたベルセティアは思い出し始めた。
フラックと一緒に戦っていた事、そしてフラックが自分を気絶させた事を。
その瞬間、ベルセティアは頭を抱えながら叫んだ。


「フラック!! そ、そ、そんな私は!?」
「な、何があったんですか!! 落ち着いて説明してくれ!!」


フレイズにそう諭され何とか冷静になろうとベルセティアは務めた。
そして出来るだけ冷静に、言葉を紡ぎ始めた。

「私は・・・・時間を稼いだので・・・!! それで、私はフラックと共に撤退しようと馬を手に入れたのですが・・・!!そしたらフラックが私を気絶させて・・・」
「まさかフラック。自分を囮に・・・」
「心配だよ!! 今すぐに助けにいかないと!!」

ヘスティがそう声を挙げるがフレイズは躊躇していた。
自分達を助ける為にフラックは囮を買って出たというのに、自分達が助けに行こうというのは本末転倒ものではないか。
しかしフラックを見捨てる事など出来ない。
あの時は、フラックが帰ってくると信じて逃げたのだ。
だが今この状況となってはそれは望めない。
となれば。


「・・・・止む得ないな。良し、今から馬を走らせて・・・」







『ヒイィィ〜〜〜〜ンン!!』


馬はまた前足を上げフレイズらを威嚇してきた。
未だに興奮状態でその背に乗る事は出来そうにない。
「っととと!! お、おい大人しくしろって!!」
「・・・不味いな。これでは走らせる事もままならないか・・・」
かと言って走りで行こうにも時間がかかる。
迷っているフレイズを見て、ヘスティはこう告げた。
「・・・なら僕が見てくる。僕には羽があるから空を飛んですぐに見つけてくるよ」
それを聞いたフレイズはすぐに首を縦に振る事は出来なかった。
ヘスティを助ける為に逃げたというのに、そのヘスティを行かせる。
先程考えてたフラックを助けにいくよりも愚かな選択だ。
だがフラックの身も心配だ。

(どうすれば・・・・良いのかっ・・・・!)


フレイズの頭の中にある天秤が『ヘスティの身』、『フラックの身』か揺れ動いていた。
それらの受け皿に『ヘスティが心配』や『フラックの安否』といった重要な錘(おもり)らが置かれていく。
そして置ける錘が無くなった時、天秤は『フラックの身』の方へと傾いていた。








「・・・・・すまない。気を付けて行ってくれ・・・」


重々しくフレイズはヘスティに頼んだ。
ヘスティを行かすのは不本意であったが、かと言ってフラックを見捨てる事など出来ない。
馬が使えない今自分達の足では時間がかかる。
ならば空を飛べるヘスティに行かせるしかなかった。
それがフレイズの出した結論だった。
軽く頷いたヘスティは自身の翼を広げると宙へと舞い、そのまま飛んで行く。
すぐにヘスティは闇夜の向こう側へと消えていった。


「頼むから・・・無事に帰ってきてくれ・・・・」




♢♢♢♢♢♢♢♢



「・・・・・・・」

フレイズは空をじっと見つめていた。
手元にある懐中時計を見ればあれから30分も経過していた。

(・・・まさかヘスティの身にも何かあったか・・・!)

そう心配し始めたフレイズだが。



「・・・んっ?」


夜空の向こうから一つの影が見えた。
その影はだんだん大きくなり、こちらへと向かってきている。







――――ヘスティだ。

しかしヘスティの顔には余裕がなく、フレイズの嫌な予感がざわめき出した。
そしてヘスティが地面へと降りてきたと同時にヘスティは叫んだ。

「大変だよ!! フラックが捕まった!!」
「捕まっただと!?」

それを聞いた途端、フレイズもイシスもそしてベルセティアも血相を変えた。

「うん!! 大勢の騎士達に連行されていくのを僕は見たんだ!! フラックはぐったりと倒れてて・・・」
「それで行先は?」
「宿舎の方には帰らなかったし、山の方へ行ったのは確かだよ。ただ何処に行ったのかは・・・」
「山の方に行ったのであれば・・・駐屯地しかないですね。フラック・・・!!」
そう言いベルセティアは奥歯を噛みしめていた。
事はもう最悪の展開となってしまった。
捕まったとなればフラックに待っているのは拷問しかない。
拷問となればもう命の保証はないではないか。
それを知っていたイシスは怒りの声を挙げた。
「もうごちゃごちゃ言ってる訳にはいかねえ!! こうなったら突入してフラックを助け出すんだ!!」
「そうだよ!! フラックを助けなくちゃ僕達は何の為に逃げたのさ!! もう逃げないっ!! 僕はフラックを助けるために戦うよ!!」
イシスに同調してヘスティも声を挙げたがフレイズは冷静だった。
「落ち着け!! 何の準備も無しに行くのは危険すぎる!!」
「んだよフレイズ!! フラックが心配じゃねえのか!!」
イシスは思わずフレイズの胸ぐらを掴みながら詰め寄った。
それでもフレイズは声を挙げたのはフラックも大事だし、イシス達も大事だった。
「それは心配だ!! けれど闇雲に助けに行った所でどうするんだ。作戦を練らなければフラックを助ける所か、俺達も捕まるんだぞ!!」
「なら見捨てろって言うのか!!」
「見捨てるなんて出来ないよ!! 」
これはもう一触即発の雰囲気だった。
仲間を助けたいという気持ちは一緒だがその方向性が食い違い反発しあっている。
ベルセティアはこの場合、どう言えば良いのか分からなかった。
どちらも正しいし、どちらもその気持ちが痛い程分かるのだ
そんなベルセティアの頭に、主が囁いてきた。



―――ここは耐えるのです。今行っても助けられるとは――――


そう、確かに助けられるとは思えない。
主の声は正しい。
そして自分はそれに従わなければならない。
だからベルセティアは―――『その時だけ』従った。

「二人ともお待ちを。今は時を待ちましょう」
「ベルセティアさん!?」

耳を疑ったヘスティは思わずベルセティアに詰め寄った。

「我々だけでは救い出すのは難しいでしょう。フラックが囚われている駐屯所は恐らく、厳重な警備が敷かれている事でしょう」
「・・・そうか、勇者のフラックが魔物を匿っていたという事実は国にとって最大の不祥事だ。厳重な警備態勢に、下手をすれば教団の人間も飛んでくる・・・」
「って事は・・・・どえらい数の騎士と戦う事になるのかよ・・・。流石に自信ねえぞ・・・」
「・・・う、ん・・・・。確かに僕だって、魔物娘になったとはいえ・・・教団相手となると・・・」

3人が首をすくんだ今なら、聞き入れてくれるはずだ。
そのままベルセティアは諭すように優しく囁いた。

「私達が死んでしまっては、誰がフラックを助けるのですか? そうなればフラックは余計に悲しむだけです。もし助けたいのであれば、今は耐える時です・・・・」

ベルセティアからそう諭されれば、流石の3人もそれを聞き入れるしかなかった。
年長でもあり『ヴァルキリー』である彼女の意見は、学校の先生の様な説得力なのだから。

「・・・悔しいけどよ、俺達が今行っても野垂れ死んだら元もこうもねえよな。・・・・でも・・・」
「イシス・・・・ここはベルセティアさんの言う通りだ・・・」

そう言いながらフレイズがイシスの肩に手を置いた。
ここは耐えるんだ、という証である。

「で、でも・・・どうするの? どうやってフラックを助けるの?」
「ここの国境を越え、親魔物国にいる他の魔物娘らに頼むのです。ヘスティが魔物娘ならば、彼女らはきっと助けてくれる事でしょう」

確かに魔物娘達なら事情を知れば、必ずフラックの為に力を貸してくれるはずだ。
そう考えたらフレイズらは自分自身を納得させる様に首を頷けていた。

「・・・賢明な判断だ。魔物娘達の力を借りてフラックを救出しよう」
「そうだな、たのむから耐えてくれよ・・・。フラック・・・・」
「フラック・・・・・」
三人は奥歯を噛みしめフラックの身を案じていた。





「・・・・・・」

そして三人の姿にベルセティアは痛みを感じていた。
別に体に切り傷を負ってヒリヒリと痛む、といった痛みではない。
自分の中にある何かが、針かナイフみたいなもので刺さっているかの様に痛いのだ。
何でそんな痛みを感じているのか、ベルセティアには説明出来なかった。





♢♢♢♢♢♢♢





こういった山林には大抵、小さな小屋があるものだろう。
そう考えたベルセティア達は探してみると、運よく小さな小屋を見つけた。
中に入れば錆びだらけの鎌や斧などがあり、多少のホコリっぽさがあったが夜分を過ごすには問題なかった。
今夜はここに泊まり、明日の朝早くに国境を越えるのだ。
親魔物国へと向かいフラックを助ける為に。
そう誓ったベルセティア達は横たわり両瞼を閉じた。
数分もすれば静かな寝息が聞こえてきた。
フクロウの鳴き声と、時折虫の鳴き声が聞こえる静かな闇夜。
このまま静かな時間が続くだろうと思われていたが、そんな中ベルセティアはその両瞼を開けた。

「っ・・・・・・・」

ベルセティアは耳を澄ませた。

「ぐう・・・ぐう・・・」

「すう・・・すう・・・」

「かぁ・・・かぁ・・・・」

イシスもフレイズもヘスティも、寝息やいびきを立てながら眠りについていた。
それは当然だ。
ベルセティアが三人に『眠りの魔法』を使ったからだ。
ベルセティアは魔法に関しても少々勉強していた為、初歩的ではあるがこの様な事も出来た。
だが何故そんな事をベルセティアはしたのか。
答えは単純、彼らを巻き込みたくなかったのだ。
起き上がったベルセティアはその手に槍と盾を携えた。
そして外へと出たベルセティアは木々に繋がれていた馬の手綱を外すと、ゆっくりと馬の顔を撫でる。
馬は既に落ち着きを取り戻していて、ゆっくりと呼吸をして頷いていた。




―――死ぬかも知れません、今すぐ止めなさい―――




だがベルセティアの心は主の言葉を聞こうともしない。
その体も聞こうともしない。
ベルセティアは馬に跨ると、手綱を引きそのまま馬を走らせた。
行く場所はもう決まっていた。
フラックが囚われている駐屯所だ。







♢♢♢♢♢♢♢






意識が朦朧とする中、フラックは目を覚ました。


「っ・・・」

・・・両腕が動かない。
見れば胸元からへそ辺りにかけて、ロープで簀巻きにされていた。
辺りを見渡せば拷問部屋とかでよく見られる石造りの殺風景な部屋。
そしてフラックの目の前には衛兵らしき銀色の兜を被った男二人と、騎士隊の団長がいた。
団長は目つきが鋭く、如何にも騎士達の長という風格をしていた。
その団長はフラックに近寄るとその口を開いた。


「単刀に言おう。例の魔物は何処にいる?」




「知らねえ・・・」




「返答次第では情状酌量もあり得る。最善を尽くす事を約束しよう」




「悪いが記憶にない・・・」



「・・・・ならば取引、という形にしても良い。情報を提供する代わりに身の保証も・・・」



「もうすでに忘れたわ・・・」



ぶっきらぼうに淡々とフラックは返した。
だがフラックの無礼な態度に対しても、団長の目は真っ直ぐにフラックを見つめていた。





「『勇者』フラック。我々は君を失いたくはない。君の、今までの功労は我々にとって賞賛に当たる。私は君に敬意を払いたいのだ。勇者として、男として、一人の人間として。・・・我々の戦友として、どうか聞き入れて欲しい」





そう言いながら団長はフラックの前で跪いた。
その両目からは悪意など感じられない。
団長は純粋に、フラックの身を思って頼んでいるのだ。
でなければ先程のやり取りで団長はフラックの顔面を思いっきりぶん殴っていた事だろう。







「・・・・・・・」




フラックは暫く、無言だった。
それは当然だ。
団長自らが一人に対し、それも裏切り者であるフラックに対し誠意を見せたのだから。
だからフラックは悩んでいたのだ。
団長への誠意か、それともヘスティらの安全か。






「・・・・・・・・」






やがてフラックは沈黙を破る様に、一度生唾を飲むとその口を開いた。















「・・・・俺が、仲間を売るとでも思ってるのか?」


それがフラックの結論だった。
団長は信用出来る人間かも知れない。
だが話す訳にはいかない。
でなければ何の為にヘスティらを、ベルセティアを逃がしたというのだ。
フラックの台詞に少しだけ頭を下げた団長。
その目も失望の色に満ちていた。




(すまねえ、団長さん・・・)




フラックは心の中で謝罪の言葉を投げた。
団長は立ち上がると扉の方へと向かい、外へと出た。
すると団長と入れ替わる様に初老の男性が中へと入ってきた。

「流石は『勇者』フラック。立派な反骨真だ。我々の手駒となれば、良い余生を送る事が出来たものの・・・」

その台詞と言い、その上等な生地と修道士姿で彼が何者なのか大体察せられた。

「ほう。教団のお偉いさんか? こんな所にお出ましとは、相当暇って事か?」
「素直に従っておれば、そなたの生活は安泰だというのに。魔物を庇うのであれば止む負えんな」
教団の男性がその手を挙げると、傍らにいた衛兵らが動いた。
その手にはこん棒やら鞭やら、物騒な物を携えていた。
それを見たフラックは察した。




「そういう、事かよ・・・」



だが話した所で結果は変わらない。
話そうが話さまいが『勇者が魔物を匿った』という事実は国にとって、教団とって最大の汚点。
フラックの存在は闇の中へと葬らなければならないのだ。



「耐えられる、かね・・・俺・・・」






















扉の外で団長は仁王立ちをしていた。
だがその両目は悲しみと後悔に満ちていた。

「許せ・・・『勇者』フラックよ。恨むなら恨んでも、構わん・・・」

団長は奥歯を噛みしめ、握りこぶしを震わせていた。
耐えなければならなかった。
個人としては助けてやりたい所だが、自分の立場と部下達の事を考えればそうせざる負えない。
扉越しからフラックの絶叫が響いてくる。
その声を団長は耳を塞ぐ事無く聞いていた。
それが自分に課せられた罪だったからだ。




♢♢♢♢♢♢♢






駐屯地には人の出入りがしやすい様、幾つかの小さな門が設けられていた。
その内の一つ、警備が薄い裏門には二人の衛兵が見張っていた。


「ふあぁ・・ああ・・・!!」


その一人が寝ぼけまなこを擦りながら、大きなあくびをした。
深夜の時間帯なのだから眠くなるのも仕方ない。


「寝みいなぁ、こりゃ・・・」
「ほれ我慢しろ。もう少しで交代のっ、・・・ん?」


首を傾げながらもう一人の衛兵は茂みの方を見つめた。
「どうした?」
「いや、あそこの茂み動かなかったか?」
そう言い衛兵は茂みの方を指さした。
「何だ? あそこに何かいるのっ・」
小さなうめき声と共に衛兵の二人は地面へと倒れ込んだ。
その後ろにはベルセティアがいた。
ベルセティアが衛兵らの首筋に手刀を入れ、気絶させたのだ。
ベルセティアは勇者を補佐する『ヴァルキリー』であるという立場上、周辺の駐屯地に関する地形や施設の構造、更に鍵の管理を誰が担っているかを理解していた。
だからこの衛兵らが鍵を持っている事も分かるし、フラックがいるであろう牢屋の場所も分かる。
「フラック・・・」
もう居ても立っても居られない。
ベルセティアは衛兵らが持っていた鍵を奪うと、それを使ってゆっくりと門を開けた。





♢♢♢♢♢♢♢






「フラック・・・!」

自分の名前を誰かが呼んだ時、天使が迎えにきたのだろうとフラックは思った。
だが顔を挙げれば目の前にいたのはベルセティアだ。
自分はまだあの世に行ってなかったという事になる。

「お、おう・・・。ベル、セティアか・・・?」


弱弱しく、今にでも消えてしまいそうな声を吐きながらフラックは返事をした。


「フラック・・・・」

ベルセティアはフラックの姿を直視出来なかった。
その顔には擦り傷にあざが付けられていて、体には至る所に打撲の跡が。
元々綺麗だったはずのその服も、今やボロボロの雑巾みたいになっていた。
それほどまでに厳しい拷問がされたという事だ。
「フラック、一緒に脱出を」
すぐにベルセティアがロープを解き、手を差し伸べるがフラックは顔を左右に振った。
「無理だ・・・。俺を置いてけ・・・」
「何を言っているのですか!! フラッ・!」
ベルセティアの両目がフラックの両ふくらはぎを捉えた。


――――青黒く晴れていた。
この腫れ方ぐあいからして、骨にまで来ている事だろう。




「フラック・・・」

「拷問で、足をやられた・・・。俺は、もう・・・。だから逃げろ」



想定外だった。
フラックがここまで重傷を負っていて、しかも両足が動けないと。
これではフラックを連れて逃げ出すのは無理だ。
現に主からの声も進言していた。



―――フラックを置いて逃げなさい。もう彼は戦えない。だから貴方一人で逃げなさい―――



確かに自分一人だけなら兵士らを退け、無事に逃げられるだろう。
だがそれで良いのか。
フラックを見捨て、自分だけおめおめと逃げ帰った。
そんな事をして自分は本当に納得するのか。
自分はそれを後悔する事なく生き続けられるのか。
自分は、それで納得できるのか・・・。

(・・・・納得なんて、出来ない!!)

「っ!!」

すぐにベルセティアは自身のスカートの裾を引きちぎり、それを二つへと分けた。
そしてフラックを背中におんぶし、その裾でフラックと自身の体を括り付けた。
ちょうど赤ちゃんを背中に背負う様に。



「おい・・・。俺をおぶって・・・、逃げるのか?」




―――その選択は無謀です。二人とも死にます―――



耳からフラックの、頭から主の声が響く。
だがベルセティアは聞き入れない。


「フラック。もう喋ってはいけません。しっかりと捕まっててください」


ベルセティアは盾と槍を構えると牢屋から出た。
そして牢屋の通路を歩くがその先の向こう側から衛兵らがやってきてしまった。

「貴様何者だ!?」
「奴は、ベルセティア!? しかもそいつは!!」
「逃がすな!! 奴を捕えるんだ!!」

そう言い衛兵は槍を構えるとベルセティアへと向けて突進してくる。
とっさにベルセティアは槍の突きを避けた。
と同時に持っていた盾で衛兵の顔を叩きつけた。

「ぐ、はぁ・・・!!」

うめき声をあげながら衛兵は倒れ込んだ。

「おのれっ!!」

また別の衛兵が迫ってきた。
しかも槍を前へと構えベルセティアを突き刺そうとする。
だがベルセティアは臆する事はない。
ベルセティアは自身の槍を構えると向かってきた兵士の槍先を自身の持っていた槍で弾いた。
態勢を崩した兵士に向けてベルセティアは盾を構え、その顔へと向けて叩きつけた。


「が、はっ・・・!!」


衛兵が倒れたと同時にベルセティアはそのまま駆け抜けた。
一刻も早くフラックと共に脱出するのだ。




♢♢♢♢♢♢♢




外へ出たベルセティアだが、そこには既に騒ぎを聞きつけた衛兵らが集まっていた。
「逃がすな!! 囲むんだ!!」
間髪入れず迫りくる衛兵らと、それに混じっての騎士らとの混合軍を盾と槍を使って退けていくベルセティア。
「撃て!! 撃てっ!!」
矢倉の上にいた衛兵らが矢を放った。
ベルセティアはその矢の雨もかわしていくが。

「っ!!」

矢の一つがフラックの右肩に刺さりそうになった。
すかさずベルセティアは体をひねらせ、その矢をかわした。
だがその際、ベルセティアの右肩に別の矢が掠めた。


「っうぐ・・・」

掠めた瞬間、急に右手が痺れてきた。
胸の鼓動もやけに早い。
息も荒くなって、苦しい。

(この感じ・・・。まさか毒・・・!!)

じわじわと体が蝕んでいくかの様なこの感触。
間違いない、毒だ。
という事は生け捕りにするつもりなど全くない。
自分とフラックを殺すつもりで来ている。
ならば全力でフラックを守らなければならない。
それも自分の命を懸けて。




♢♢♢♢♢♢♢


「っ・・・!!」


幾ら『ヴァルキリー』のベルセティアでも毒で弱っている体となればもう手負いの兵士同然。
槍での応戦が間に合わず左肩に切り傷を負ってしまい。



「っ・・・!!」



盾で防御しても別の騎士からの重い一撃をくらってしまう。



「っぐ・・・・!!」


更にはあの毒が仕込まれた矢が腹部を掠め、また痺れるような感覚が走った。
















「っはあ・・・・!! っはあ・・・・!!」




気が付けばベルセティアの体はボロボロになっていた。
その体には切り傷に打撲の跡が何か所もある。
更にその頭からは血を流し、ベルセティアの綺麗な顔を濡らしていた。
その上、ベルセティアの体には毒が蓄積されているときたものだ。
ベルセティアは今、文字通りの満身創痍だ。
もうその足はよろめいていて今にでも倒れそうだった。
だがそれでもベルセティアは立っていた。
その手に槍と盾をしっかりと握り、そして後ろに抱えているフラックを守る様に立っていた。










(恐ろしい女だ・・・!!)



城壁の見張り台で傍観していた団長は心の中で呟いていた。
もしその隣に司祭がいなければその声を漏らしていた事だろう。
フラックを背負い、しかも手負いの状態で戦い続けるなど早々できる事ではない。
しかも毒に犯されている状態だと言うのに。

「まだ倒れぬというのか? 忌々しい。その方、雷撃の術式を」
「は、はい!!」

痺れを切らした司祭は傍らにいた術者にそう催促した。
それを聞いた団長はすかさず司祭に詰め寄った。

「司祭殿、まだ某の部下がいます。広範囲での魔法は慎みを」
「団長よ。今ここで汚点を消さねば後の禍根となる。小を殺し大を活かす、それが鉄則なり」


そう断言すると司祭は合図をし、それに術者は頷くとすぐに詠唱を開始した。
瞬時に術者の頭上に稲妻をまとった光球が出現する。






『ビリ、ビリリッ・・・!!』





そしてその光球から稲妻が生まれ、ベルセティア目掛けて走りだす―――















『チュドオォォォーンッ!!』








直撃と同時に周囲には砂ぼこりが立ち込めた。
辺り一面砂ぼこりに覆われ前が見えなくなってしまう。


「直撃のはず、です。これで生きては・!」




その続きを術者は言えなかった。
何故なら砂ぼこりの中からベルセティアが飛び出してきたのだ。
それも司祭と術者がいる方へと向かって。



「馬鹿な!? 直撃では!!」




一体どうやってしのいだというのだ。
狼狽する司祭と魔術師だが、団長はすぐに見つけた。




―――――ベルセティアの槍だ。
地面へと突き刺さっていて、しかも黒ずみの姿になっていた。




(まさか、避雷針代わりに・・・!!)




直撃する前に、槍を地面へと突き刺し避雷針として逃がしたという事か。
だとしても直撃の近くにいたベルセティアの体はタダではすまないはずだ。
だがベルセティアは動いている。
衣服の所々に黒焦げの跡が残っているにも関わらず。

「・・・・・・・・っ!」

ベルセティアの目が司祭の姿を捉えた。
空中で態勢を変え、ベルセティアは司祭へ向けて盾を振り上げた。
―――司祭を盾で叩きつけようとしているのだ。

「んな!?」


それに気づいた団長はすぐに司祭とベルセティアの間へと入り込みと剣を抜いた。
着地したベルセティアへと向けて間髪入れずその顔へと目掛け、剣を振り下ろした。






『キンッ!!!』




金属同士がぶつかって、甲高い音が辺りに響く。
団長の剣をベルセティアは盾で防いだのだ。

「ぬう・・!!」

団長は剣に力を込めるが中々動かない。
鍔競り合いの最中、団長は見た。
ベルセティアの両目を。

「っ!!」

その両目はやけに鋭く、そして澄んでいた。
水晶の様にさんざんと輝いていてながらも、逆に輝き過ぎて見る者全てを怖がらせるかの様な眩さ。
それはまさに極地へと至った者にしか出せない『戦神』の目だ。
例え彼女に向かって数百の精鋭を差し向けても、数百の矢を放っても、数多の術を放っても止める事は出来ない。
今の彼女は、その背負っている男を守る事だけしか考えていない。
だからこそ彼女は傷を負っても、頭から血を流していても立っていたのだ。



「・・・っ!!」



その圧倒的な気迫に押され、団長はたじろいでしまった。
百戦錬磨の自分が怖気づいた。
それは信じられない事であった。

「な、何をしておる!! 儂を守らんか!!」

それは無理な相談だ。
今の彼女に自分の剣術が通じるかどうか。
そして止められるかどうか分からないのだ。


「団長!!」


団長が振り向くと同じく城壁の見張り台にいた騎士の一人がベルセティアの顔に向けて矢を構えていた。
それを見た団長は、渾身の力でベルセティアの盾を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた事でベルセティアはその態勢がを崩した。


「んにゃろう!!」



その隙を見逃さず騎士は弓矢の弦を引っ張り、ベルセティアの顔を目掛けて矢を放った。
この距離、そして態勢を崩した今のベルセティアでは避けられないはず。




『ザシュッ!!!』




「んな・・・!!」


その光景に矢を放った騎士は唖然とした。
ベルセティアはその矢を自身の『手のひら』で受け、自身の顔とその背中にいるフラックを守ったのだ。
当然矢は手のひらを貫通し、手の甲へと突き出ていた。
そこからは真っ赤な血が流れ出ていて痛々しかった。
しかしベルセティアはその手を見ていない所か、痛みの声すら挙げていない。
相変わらず澄んだ両目で騎士を、団長を見つめていた。
ベルセティアのその姿に団長は恐れた。
傷だらけになりながらも立ち続けるその姿はまさしく戦乙女(ヴァルキリー)。
愛する者を徹底的に守り、その為なら自分の命すら惜しまない。
今の彼女は、男を守る為ならその体だって失っても構わないのだ。





(・・・・これ以上の戦いは無意味か・・・)




このままではいたずらに兵を消費するだけだ。
それは指揮官としてあってはならない愚策。
ならばこれ以上の被害を食い止める為に自分が囮になるしかない。
両目でベルセティアを睨み、構えを取り続けた団長
彼女が何をするのか。
そしてどう行動するのか。
決して見逃してはならなかった。


『フッ・・・・・!!』



それは一瞬だった。
ベルセティアが城壁から外の方へと飛び降りたのだ。
外へと飛び降り、ベルセティアの姿が闇夜の中へと消えていく。
その光景に呆気に取られ何が起こったのか、団長も司祭も分からなかった。
だがベルセティアがフラックを連れて逃げた、という事実が分かればすぐに司祭は叫んだ。
「お、追うのだ!! 絶対に逃がしてはっ・」
「被害の報告をするのだ!! 怪我をしている者がいたらすぐに救護に当たれ!!」
「な、何を申すか!! あの者達をひっ捕らえ、始末するのが先決ぞ!!」
「ここまでの被害を出したまま追うなど愚の極み!! 捕まえる所か被害が増すだけですぞ!!」
駐屯地を見れば負傷者で溢れかえり、先程の雷撃によって更に被害者が出ていた。
こんな状態で追っても彼女を捕まえられるとは到底思えない。
「それに彼女は今、深手を負い瀕死寸前。そこで野垂れ死に、狼どものエサにでもなる事でしょう!! 某は今から救護に当たります故、御免!!」
勢いよくまくし立てその場を後にした団長。
司祭の力では今すぐに追手を差し向ける事など出来ない。
それを見過ごした上で救護に当たると言ったのだ。
勿論、本当に救護へとあたるのは事実であるがもう一つ理由があった。






(あの者・・・・)





忘れられない。
あの澄んだ両目。
傷を負いながらも立ち続けたあの姿。
しかも彼女は矢を手のひらで受けたのだ。
自分の部下でもあれだけの芸当が出来る者など誰一人いない。
それ故、何かを感じた。
武人だからこそ通ずる『美学』という物に。
だからこそ見逃そうとしたのだ。
虫の良い話であるが団長は願っていた。

(生きていてくれ・・・。『ヴァルキリー』よ。そして勇者フラックよ・・・)




♢♢♢♢♢♢








「っはぁ・・・。っはぁ・・・・」
死にそうな息を吐きながらもベルセティアは馬を走らせていた。
だが次第に手綱を握る力が弱まってきた。
元より手負いのベルセティアに残された力などたかが知れていた。
そして遂にベルセティアは手綱から手を放してしまった。
当然手を離せば馬の背からずれ落ち、振り落とされてしまう。

「っ・・・」

だがベルセティアは地面へと落下する直前、体制を立て直し自分の体が地面へとぶつかる様な形となって倒れ込んだ。
フラックを守る為に、敢えて。

「っ・・・・!」

ふらつきながらも立ち上がったベルセティアはフラックの様子を伺う。
当のフラックは意識は失っていたものの、その体は暖かい。
まだ生きている証だ。
ならば目指すのはイシスらのいる小屋。
馬は何処か遠くへと行ってしまった。
今の自分に出来る事は。


「っぐ・・・・!!」

ベルセティアはその足で歩き始めた。
一歩歩くたびに激痛が走り、頭が痺れて、口から血反吐を吐いてしまいそうだった。
それでもベルセティアは歩いた。





―――貴方は死にたいのですか―――



主がベルセティアへと語り掛けてくる。
今のベルセティアを見れば、確かにそう問いかける事だろう。
ベルセティアの愚かな行為に。









「黙、って・・・・」






ベルセティアがぼぞりと呟いた。









―――貴方は、このままでは死にます―――




「だま、って・・・・」







またベルセティアがぼぞりと呟いた。
それも何処か苛立ちが見える様な。







――――諦めたらどうなのですか? 貴方が死んで、フラックも―――



「・・・黙ってて言ってるでしょ!!」




あらん限りの声を振り絞りベルセティアは叫んだ。
それは主に対しての反逆。
『ヴァルキリー』にとってあってはならない未聞の行為だった。



「フラック・・・。貴方を、助ける・・・・。絶対に・・・!!」



そう言い、ベルセティアは歩いた。
矢を受けた手のひらや腹部、切り傷を受けた肩も、もう体中が痛い。
まるで全身が火あぶりにされているかの様な痛みだった。




―――何故頑張るのですか? ここで貴方が死んで、フラックも一緒に死んでも問題ないのです―――




「問題、ない・・・」






その台詞はベルセティアにとって一番聞きたくないものだった。




―――フラックは主の元に召されます。そこは聖域ヴァルハラ。フラックは英霊として迎えられ、永遠の命を与えられます―――




死は終わりではなく始まり。
死を恐れず勇敢に戦った戦士たちは死後、その魂はヴァルハラという聖域に召され、そこで死ぬ事無く生き続けるのだ。
フラックは勇者として戦った。
ならば恐らくはヴァルハラへと召される事だろう。
だがベルセティアはそれを受け入れる事は出来なかった。




「フラックを・・・見捨てろって、言うの・・・!!」



―――このまま生きながら苦しむのであれば、すぐに死んで楽になった方がフラックも、引いては貴方も―――




このまま痛みと苦しみに耐える生き地獄を味わうなど愚かな行為。
見ての通りフラックはその両足に大きな傷を受けた。
今後その両足は動けるかどうか、もしかすると誰かの手を借りなければならない。
そんな事になるのであればいっそうの事、安らぎの死を与えた方が良いかも知れない。
だが・・・・。

























「嫌だぁ・・・!!」




ベルセティアの両目から大粒の涙が零れた。
その涙がベルセティアの顔を伝って、地面へと落ちた。





―――もうフラックは歩けないかも知れない。それならいっそうの事―――




















「嫌だぁ・・・!! 嫌だぁ・・・!!」



ベルセティアの悲しみは止まらない。
『悲しみ』というダムが決壊し、止めどなく溢れ出ようとしていた。









「嫌だ嫌だ、嫌だぁ!! フラックのいない世界なんてぇ、考えられないぃ・・・!!」




ベルセティアは子供の様に泣きわめき始めた。
あの凛々しく冷静で、泣き言一つ漏らさなかったベルセティアが。
今のベルセティアはフラックの為に涙を流す、ただの少女であった。





「あんな世界なんてぇ、逝かせない・・・!! 絶対に、死なせない・・・!! 絶対に、助けるっ・・・!!」






もう体力も気力もほとんど残っていないにも関わらず、ベルセティアは歩き続けた。
木々に持たれながらも、途中でつまずき地面へと倒れながらも。





「っはあ・・・! っはあ・・・!!」






そして立ち上がる気力すら失い、遂には地面へとベルセティアは倒れ込んでしまった。
それでもベルセティアは這いつくばりながら進んでいく。




「っうぐ・・・!! うう、ううっ・・・!!」



手で土を握りしめながらゆっくりと、ゆっくりと進んでいく。
その姿はもう執念という言葉でしか言い表せなかった。





「お願い、フラック!! 生きてぇ・・・!! 私は、どうなっても構わないからぁ・・・!!」





ベルセティアの叫びにフラックは何も答えようとしない。
だが心臓の鼓動が聞こえる。
フラックの体はまだ暖かい。
それが分かればベルセティアはもう自分の命など、どうでも良かった。





「私なんかぁ、・・・・どうなっても構わないからぁ!! 私の命をあげるからぁ!! お願い生きてフラックッ!!」




気が付けば血で穢されていたベルセティアの顔が、泥によって更に穢されていた。
その体も泥によって穢されているがベルセティアは構わない。
フラックが生きててくれれば。




「貴方が大事だからぁ・・・!! 私は、私はぁッ・・・・!!」



ベルセティアは進む。
大切な人を助ける為に。
愛する人を救う為に。





「フラック・・・!! フラ、ック・・・・!!」





そこからのベルセティアは何も考えなかった。
ただ地面へと這いつくばりながら前に進んでいく。
それはフラックを助ける為に。





















「私、なんかぁ・・・!! どうなっても・・・・!! どうなっても・・・・!!」














呪詛か、或いは激励か。
ベルセティアは何度も何度も、その台詞を呟いていた。
何時しかベルセティアの意識は薄れていき、そして途絶えた。



























♢♢♢♢♢♢♢♢




やけに体が暖かい、とベルセティアは感じた。
それに瞼も暖かい。
気になったベルセティアはゆっくりと瞼を開いた。
暖かい光が目に入ってきて、眩しいと感じた。
そこでベルセティアは気づいた。
自分はまだ、生きているのだと。






「っ・・・」





首を動かし、辺りを見渡すと壁一面が白色で塗られていた。
薬品の臭いが少々立ち込めていて、ここは病室だという事が分かった。

「まったく、あの駐屯地に一人で乗り込んで助け出すなんて・・・」

呆れ半分、されど信じられないという声色が聞こえてきた。
誰の声だろうと、ベルセティアはゆっくりと起き上がりベッド脇へ顔を向けた。
そこにいたのは女性だ。
それも人間ではない。
コウモリを思わせる両翼が背中から生えていて、その気品ある顔立ちは何処か艶やかさを演出させていた。
種族は分からなかったが彼女は魔物娘だとベルセティアは悟った。
「貴方は?」
「それは兎も角、本当に恐ろしい子ね。あれだけの傷を負いながらも、あのフラックって子に傷一つ付けさせずに戻ってくるなんて。死んでても可笑しくない程の大怪我だったわよ。でも・・!!」
そう言うと彼女はベルセティアのおでこに軽いデコピンを与えた。
「っ!?」
思わずベルセティアは目をつぶってしまった。
「自分がどうなっても構わない、なんて事絶対に言っては駄目よ。命を粗末にするなんて私は許さないわ」
まるで小さな子を叱る母親の如くベルセティアを叱り、そして心配してきた。
ベルセティアには良く分からなかったが素直に謝るという事以外に選択肢はなかった。
「ご、ごめんなさい・・・。・・・・え? 何で貴方がその台詞を?」
確かにそれを自分が言ったのは事実だが、その場には彼女はいなかったのに何故知っているのだろうか。
「貴方を見つけた時、何度も何度も呟いていたんだから。『私はどうなっても構わない。フラックだけは生きて欲しい』って」
どうやら自分が這いつくばっている時、無意識に漏らしていた様だ。
何だか恥ずかしい台詞を聞かれたみたいで、ベルセティアは彼女から顔を背けた。
「もう、貴方が死んだら悲しむ子がいるんだから。特に貴方にとって大事な人は、貴方が死んだら一番悲しむんだから」
「大事な人・・・」
その台詞を聞いたベルセティアは思い出した。
あの時、瀕死になっていたにも関わらず逃げろと言ってくれた人。
自分の命よりも優先した大切なあの人・・・。
「フラック・・!! フラックは何処に!!」
「大丈夫。命に別条はないわ。やられてた足も時間がかかるけど、治るはずよ。何せ貴方の魔力を受けていたから助かったのよ」
「魔力を受けて、いた・・・?」
「気づいてないみたいね。貴方、私達と同じ魔物娘になっている事に」
「魔物、娘・・・」
その台詞を聞いてもベルセティアは困惑しなかった。
以前のベルセティアであったならば困惑は愚か、錯乱もしていたであろう。
主が人々の敵であると教え、昔の自分であれば敵視したであろう魔物娘という存在に。
「心当たり、あるんじゃないの? 例えば自分は厳格だったのにそうじゃなくなったとか」「主の声、神の声が柔らかくなった・・・」
「絶対にそれね。本来ヴァルキリーはその加護で魔力を妨げているけれど、何らかのきっかけで魔力の侵食を受け魔物娘と化す。これが私達に伝わってる通説よ。それで今は聞こえるの、その神の声は?」
「・・・・全く聞こえません。心の中で願っていても何も・・・」
「ならもう魔物娘って事ね。と、なら合点がいくわ。死んでても可笑しくない傷を受けても命が無事だったのは魔物娘としての力が働いていたから。そしてフラック君があれだけの傷を受けても生き続けられたのは貴方が魔物娘へと変化した時に生まれた魔力によって守られていたから」
確かに合点はいくが、それではまた別の疑問が生まれる。 


「では、私が今まで聞いていたあの主の声は・・・?」

あの声は一体、誰の声だったのだろうか。
主でないのは確かだが一体誰の。

「それは、分からないわね。そこまでは私の知る余地はないし・・・。ただ・・・」

そこで間を置いた魔物娘の彼女は一つ呟いた。

「もしかすると自分の声だったんじゃないのかしら?」
「自分の、声・・・ですか?」
「断言は出来ないけど・・・。その声に従っていた時、貴方はどんな気持ちだった?」
「苦しくは・・・なかったです。そう、心が軽かったです。自然体のままで穏やかになれそうな・・・」
「自然体で穏やか、ね。・・・それって何ていうか分かる?」
すると彼女はその人差し指をベルセティアの唇へと当てた。
柔らかい感触が口元へと伝わり、ベルセティアの心臓の鼓動を速めた。
「・・・・正直になった、て言うの。自分の思いや気持ちに」
「正・・直、に・・・」
その言葉にベルセティアの心は熱くなった。
熱く優しく、そして満たされる様な心の熱さだ。



(とすればフラックを助けようとした時に戒めてきたあの声は、私の・・・?)



「兎に角、貴方達の生活は私が保証するわ。大丈夫、魔物娘が二人もいるとなればコネは幾らでもあるんだから。私に任せて、ね♪」
そう言い彼女はベルセティアの両肩を掴んだ。
「は、はい・・・。あの・・・それで貴方は・・・?」
「ああ、申し遅れたわね。私は『リリス』。まあ、ヘスティちゃんを仲間へと誘った張本人って事かしら。ヘスティちゃんの様子見ようかと思って来てみたら、とんでもない事が起きててそれで貴方達を探してみたら運よく見つかったって訳。ほらお仲間さん、ベルセティアちゃんが起きたわよ」
リリムが病室の扉に向けて声を掛けると、扉を開けて中へと入ってきたのはベルセティアの良く知る人物もとい『彼ら』であった。



「あっ・・・・・・」



その姿を見た途端、ベルセティアは思わず漏らしてしまった。
「全くよ。俺達を置いていくなんて酷いじゃねえか・・・」
「ベルセティアさん。僕達は仲間ですよね? なんで一人で行ったんですか?」
そう言いイシスもヘスティも睨む様にじっとベルセティアを見つめていた。
まるで自分達の不満を主張しているかの様に。
「その・・・、それは・・・・」
巻き込む訳にはいかない、と言おうとしたがこんな状況になってしまったらベルセティアには何も言えなかった。
「・・・ってもう過ぎた事グチグチ言っても仕方ねえよな・・・」
観念したかの様にイシスはため息を吐いた。
「ベルセティアさんは、やっぱりすごいです。たった一人でフラックを助け出すなんて・・・。でもこんなのは止めてください、お願いします・・」
そう言いヘスティは心配そうにベルセティアを見つめていた。
「ベルセティアさん。あいつは丘の方で夕陽を見つめています。後で行ってみてください。さあ、俺達は行くぞ」
「おうよ。そんじゃな〜」
「ゆっくりしてきて下さい、ベルセティアさん」
そう言い残しイシス達は部屋から出ていった。
ベルセティアは暫くの間、言葉の意味を理解しようとしていた。

「あいつ・・・」


それが誰なのかベルセティアには分かっていた。
たまらずベルセティアはベッドからゆっくりと体を起こした。
そしてベッドの脇に足を向けて、床へ足を付けた。
またその足ではまだ走る事は出来ないが、歩く事なら何ともなかった。
ベルセティアはその足でゆっくりと歩いていく。
目的地は勿論あそこ以外にない。




♢♢♢♢♢♢♢




太陽が傾き、オレンジ色の夕陽が辺りを照らす。
それが黄昏の時間というのをベルセティアは知っていた。
そして沈みゆく夕陽を丘の上で見上げていた男が一人。
その背中は何年も見ていなかった様に懐かしく、とても愛おしい姿だった。
そして彼の傍らには看護師姿の『サキュバス』が一人いた。
ベルセティアの姿に気づいた看護師は何も言わずその場から立ち去った。
二人っきりの夕陽の景色。
普段であればたわいないありふれた光景だが、今は違う。
何か問いかけたくて心がそわそわする。
しかしどう声をかければ良いのか知らないし、分からない。
ベルセティアはそんなもどかしさを感じていたのだ。


「っ・・・・・・・・・・」


だが黙っていては進まない。
意を決しベルセティアは彼の方へと近づいた。
一歩ずつ彼の元へ近づけば心臓の鼓動が早まり、顔が熱くなる。


「隣、良いですか?」




なるべく平穏を装ってベルセティアは声を掛けた。




「ああ・・・」



素っ気ない、けれど恥ずかしいという声色が混じったフラックの返事だ。
その声でベルセティアは実感出来た。
フラックが生きているのだ、と。

「・・・・・」

何も喋らずベルセティアはフラックの隣に座り込んだ。
フラックと間を置いての距離で、ではない。
首を傾ければベルセティアの頬がフラックの肩へと当たるぐらいの距離だ。
こうしていると何故か居心地が良い。
心臓の鼓動も早まって、何を言うべきか忘れてしまいそうな程だ。



「フラック・・・」


ベルセティアは口を開いた。
この気持ち、すぐに伝えなければと。
「その、私は・・・・、浅はかな事をしてしまいました。フラック、貴方は私を助ける為に。見捨てろと言ったのですね」
「まあ、な。お前はその・・・えっとアレだ! 大事な仲間だからな!! 大事な仲間が死ぬなんて事、俺には耐えれねえからな」
ぶっきらぼうに答えるフラックだが、恥ずかしさが丸見えだった。
「でもフラック、私は・・・・気づいてますよ。貴方が、私の事を・・・」
「・・・・・私の、事を・・・」
「そう、私の事を・・・・」
大好きだ、と言えば良いのに言えなかった。
ベルセティアは急に恥ずかしくなって口にする事が出来なくなってしまった。
「その・・・その、えっと・・・・その・・・・」
それを紡ごうとしても体が熱くなって、頭の中が真っ白になってしまう。



(何上、私は言えないのですか・・・・!!)



言うんだ、私。
大好きだと言えばそれで良いんだ。
そうベルセティアは自分を鼓舞していたが、口ごもってベルセティアはそのまま黙り込んでしまった。
「・・・・あ、ああ・・・・。分かる、分かるからよ・・・」
ベルセティアが何を言いたいのか分かったフラックはそう告げてきた。
だがこんな中途半端な告白はモヤモヤものでベルセティアは満足できなかった。
「でも、これからどうするかね」
ふと、フラックはそう呟いた。
「俺はもう、勇者をやれねえからな・・・。あの『リリス』って人がまあ住む所とか探してくれるだとか言ってたけど・・・」
それを聞いたベルセティアはすかさず思いついた。
それもフラックを思っての。
「ならばフラック。・・・・私は決めてあります」
「お? どうするんだ?」
「私は、畑を耕します」
「耕す?」
その台詞にフラックは首を傾げた。
「はい。畑を耕して、魚を釣って、皆と雑談し、そして寝ます。それでたまに遊んだりとかも・・・。その傍らにはイシスやヘスティにフレイズ。そして、私にとって大事な人が傍にいます」
そこまで聞いたフラックは自身の鼓動が早くなるのを感じた。
ベルセティアにとって大事な人。
それは言うまでもない。
何よりも大切で、ずっと一緒にいたいと思える人。
何しろ顔を真っ赤にしながらベルセティアは俯いたのだから。
ならばフラックは答えなければならない。
ベルセティアの思いに。
「なら俺も決めたな」
そこでフラックは一つ深呼吸をした。
「畑を耕して、魚を釣って、皆と雑談し、そして寝る。それでたまに遊んだりで、イシスやヘスティにフレイズ。そして、好きな人と一緒にいる。それが俺のこれからだ」
そう言いフラックはベルセティアへと顔を向けた。
「という事で、まあ・・・その。・・・・・一緒にいてくれねえかベルセティア?」
まるでそれは誓いの、告白の言葉みたいだ。
それを拒む理由はベルセティアにはなかった。



「はい・・・」



その時、ベルセティアは思った。
そうだ。
自分は今、赤や青に黄色や緑と。
兎に角持てるだけの、考えられるだけの色を持っているのだと。
最初、自分には何の色もなかった。
もし強いて色を言うのであれば『灰色』だ。
主から与えられた命令を機械の様に実行していたあの頃の自分は、間違いなくそんな色だ。
けれど自分は変わった。
楽しいという感情を理解出来て、怒るという感情も悲しいという感情も理解出来る。
そして嬉しいという感情も出来る。
色を与えてくれた恩人、そして永遠の伴侶。
その彼の名は。






「フラック・・・」





ベルセティアは呟いた。
小さく、愛しく、何度も呼びたくなるその名。
自然と二人は互いの顔を近づけさせ、そのまま互いの唇を添えた。
その味は暖かく、優しい味であった。
19/04/30 23:32更新 / リュウカ
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■作者メッセージ
という訳で完結となります。お付き合い頂きありがとうございました。
本当にかなり間が空いてしまい申し訳ありません・・・。
色々あってスローペースで書いていたらここまでかかってしまいました。
もし、読んで面白かったのであれば幸いです。
という訳でこれが平成最後の投稿となりますので、その次『令和』になってもよろしくお願いします。

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