連載小説
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第二節『ハオト』
「う〜ん……」

―――ちりーん―――

 私は夜に目を覚ますと、呼び鈴を鳴らして、昨日得たばかりの『番』、いや、まだ『従者』に過ぎない彼を呼んだ

―――コンコン―――

「ベルンシュタイン様……入ってもよろしいでしょうか?」

 ドアをノックして従者は声をかけてきた。すると、私は少し悪戯心が湧き

「ちょっと、待ちたまえ……少し寝巻が着崩れている……」

 わざと男の煽情を誘うような発言をした

「え!?で、では、お待ちします!!」

 すると、彼は恥ずかしそうに慌ててそう言った。私はその反応に心を躍らせてしまった

 ふふふ……なんて可愛らしい反応なの?本当に6歳の子どもを持つ父親なのかしら?

 私は彼のその慌てようが愛らしくも感じたが同時に彼が置かれていた状況を考えてしまった。彼は信じていた人間の『裏切り』、自分を信じてくれない周囲による『孤独感』、そして、愛する息子を失った『喪失感』といつか訪れるであろうその子による自らへの憎悪に対する『恐怖』によって心がズタボロになるまで傷つけられた。しかし、それでも彼は息子への愛は捨てなかった。彼の自らの生命すらも最大限に利用して息子に捧げる愛は異常でありながらも美しかった

 ああ……妬ましい……彼の愛をその身で受けながらもそれを無下にした女が……!

 私は彼を裏切った妻、いや、既に妻ですらない女に対して激しく嫉妬した。私達、魔物娘からすれば夫を捨てるなんて許されることではないし、そんなことを考えることすらあり得ないのだ。この怒りが女性としてのものなのか、魔物娘としてのものなのか、ヴァンパイアと言う貴族の誇りから来るものなのかは理解できない

 下等な人間如きがこの『貴族』の私に嫉妬を抱かせるなんてね……ふふふ……よく考えれば、下等だからこそ優の価値に気づかなかったのよ……そう考えれば運がいいわ……

 自らの憤りを無理矢理落ち着かせるために私は自分の優位性を考えて落ち着いた。私達、ヴァンパイアは夜に君臨する『貴族』そのものだ。ゆえに人間を同等としては扱わない。しかし、同時に人間の中で稀に見る『輝き』を持つ者を愛する。私達は魔王が今の魔王様になる以前は太陽を見ることができなかった。私達にとっての輝きとは夜空の星と月しかなかったのだ。ゆえに私達の先祖は太陽の持つ輝きに恋い焦がれていたと思う。今の私達は魔王様のおかげで多少の不便はあるが昼間でも外に出ることができ、『太陽』を見ることができる。しかし、私達は太陽が苦手だ。だからこそ、私達は夜でもあの『輝き』を感じたいからこそ、優のような『貴族』の素質を持つ者を求めるのだろう

 優……あぁ……すぐにあなたと愛し合いたいわ……大丈夫、あなたがどれだけ傷ついても私が慰めてあげる……私の牙であなたを信じようともしなかった父親の血なんて吸い尽くしてあげるわ……あなたを恐怖させる息子との繋がりも消してあげる……あなたは一度死んで蘇るの……

 私は加藤優と言う『人間』を殺したい。彼の重荷となっている人としての『生』を終わらせてあげたい。彼は最早、誰にも見向きもされない『屍』だ。ならば、その『屍』を私のものにしても何も問題は無い筈だ。彼を世界が否定しても私だけは受け入れるつもりだ

「もう、入ってもいいぞ」

「はい」

―――キィ―――

「失礼します」

 彼は静かに扉を開けて私の寝室に入ってきた。入ってきた彼の服装は昨日、吸血後に私が彼に与えた執事服だった。ちなみに服を渡した後に彼は少し不満そうな顔をした。どうやら、彼は変えの服があるのにそのことを隠していたことに納得していないらしい。別に私に後悔はない。むしろ、『貴族』としての掟を破らず、優と肌を重ねることができたのだ。むしろ、満足だ

「おや、似合っているじゃないか?」

 私は率直に本音を言った。執事服を着た彼は彼の性質から来るものなのかはわからないがまさに『忠臣』と言った言葉が似合いそうな雰囲気を纏っていた。まだ、表情は暗さを残しているがそれ以外は執事服が彼を選んだかのように引き締まっていた。私の賛辞を受け取った彼は顔を赤くして照れるように

「あ、ありがとうございます……」

 と礼を言った。私が妙に彼に対して、偉そうに高圧的に接するのはまだ彼が『貴族』になっていないからだ。私は優と言う『個人』は好きだが、今は『人間』を下等として見下している。それはヴァンパイアとしての性質かもしれないが、その決定打は優を捨てた『人間』の愚かさに失望したこともあるのだ。そもそも、かつて私は大切な友人を傷つけたられたこともあり、あまり人間に対しては寛容ではないのに今回のことはそれに拍車をかけたのだ。それでも、魔物娘としての性質なのか、人間のことは根本的には愛しているが私ほど人間に対してドライな見方をする魔物娘はいないだろう

 どうして優のような人が傷つけられなくてはいけないの……?どうして優が死ななくてはいけないの……?いえ、ある意味では納得できるわ……なにせ、彼らの世界は旧世代の魔物と同じ弱肉強食の世界……優はその世界における敗者。たとえ、心が美しくても敗けたら終わりなのよね……獣の世界においては優がこんな目に遭っても仕方ないのよね……納得はできないけど……

 私は憤りを感じながら、そうやって結論を出した。彼ほど誠実で愛に溢れた人間は稀だ。だからこそ、彼を食い物にした人間達の世界を獣の世界としてしか考えることができなかった。そうしなければ、この現実を受け止めることができない

「あの……ベルンシュタイン様?」

 私がそう考えていると優が私の名前を呼んだ。しかし、私はそれが気に入らず

「長い」

「え?」

 そう言った。私は彼の他人行儀のような名前の呼び方に不満があり、あることを企んだ

「君はいちいち、そんな長い名前で私を呼ぶのかい?」

「で、ですけど……」

 私は自らの長い名前が長いことを使って彼との距離を少しでも縮めようとした。しかし、彼は困り始めたようだ。当然だ、なぜなら、私は名前も苗字も長いのだ。だからこそ、私はそこに目をつけたのだ

「ベルンだ」

「え……」

「だから、これからは私のことはベルンと呼べ」

 私は他人行儀な名前で呼ばれるより、愛称でもあり略称で呼ばれたくなり、彼にその名前で呼ぶように命じた

「……いいんですか?」

 彼はそれに対して、恐る恐る聞いてくるが早く、そう呼ばれたい私は

「私がいいと言っているのだ。ほら、試しに言いたまえ」

 と彼を急かすようにそう言った。すると、彼は少し気まずそうに

「え……じゃあ……」

―――ドキドキ―――

 私は彼に自分の愛称を呼ばれることを期待して、胸を高鳴らせた。彼は少し、緊張しながらも

「ベ、ベルン様……」

「……!!」

 私は彼との距離を少しだけだが縮ませることができたことに喜びを感じ、思わず顔にそれが表れそうになるが必死に隠そうとした

「あの……ベルン様?大丈夫ですか?」

 私の様子に優は心配したらしく、声をかけてきた。私は自らの顔を見せまいとして彼に

「す、すまない……大丈夫だから、仕事を伝えるから少し廊下で待っていてくれ……」

 誤魔化すように彼にそう命じた

「そうですか、失礼します」

 彼はそれを聞くとそのまま部屋を出て行った。私は彼が部屋を出たのを確認すると

「ベルン様か……早く、呼び捨てで『ベルン』て呼ばれたいわ……」

 私は愛称で呼ばれて嬉しい反面、欲が出て早く彼に呼び捨てで呼ばれることを望んだ。私はヴァンパイアとしての性格ゆえに本当は今すぐにも彼に『ベルン』と呼び捨てで愛を込めて呼ばれたいのにそれを言うことができない。そして、私には一つ不安なことがある

 もしも……彼がこのまま死を望み続けたら……

 私の脳裏に冷たくなった優を抱きしめて、泣き喚く私の姿が浮かんだ

 嫌……そんなの……嫌……!!

 私はそのことを改めて認識して彼を失うことを恐れて自らを抱きしめた。『夜の貴族』と言えども私はただの女なのだ。最愛の人を失うことなど私は恐ろしくて考えてたくもなかった。彼は私の手をあの時取ってくれたが、それでも彼は『死』と言う選択を変えた訳ではない。彼にとっては私は『恋人』ではなく、ただの『処刑人』だ。そして、彼は私を愛している訳ではない。彼が愛しているのは彼の息子だけだ。だけど、彼はその息子に憎まれようとしている。そんなこと、優しすぎる彼が耐えられる訳がない

 仮に……彼の血を吸うだけでインキュバスにしようとしても時間がかかってしまう……もしも、その間に再び彼が自らの手で死のうとしたら……

 再び彼を失う未来が私を襲った。ヴァンパイアの吸血行為は性行為による男性のインキュバス化と比べると男性をインキュバスにするには時間がかかってしまう。インキュバスになれば彼は価値観が変わって私と生きてくれるかもしれない

 少し、卑怯かもしれないけど、私は彼が生きてくれるならそれでいい……

 そもそも、私が彼に惹かれたのは彼の高潔さだけではなく、彼の愛情深さもある。彼は恐らく、息子だけでなく妻にもその深い愛情を向けていたのだろう。だが、彼は愛に裏切れられた。いや、そもそも彼の愛情は一方的なものだったのかもしれない。私は彼の話を聴いた時に彼を自分の夫にすることをさらに深く望んだ。しかし、私は自らの身勝手さに自己嫌悪している

 優を救いたいのなら……すぐにこの気持ちを彼に伝えて、彼をインキュバスにすればいいのに……私……

 私は優に生きて欲しいと願いながらもヴァンパイアの貴族としての自尊心が邪魔をして彼を最も早く救える手段を実行しようとしない。また、私はあることを恐れている

 もし、私が優に自分の想いを打ち明けても優は私の想いを受け止めてくれるかしら……?

 私は自らの想いを打ち明けた時に優が私を受け入れてくれるか不安だ。彼は一度、愛に裏切られそれでも我が子を未だに愛している。その彼が私を愛してくれるのだろうか?そして、私が最も恐れているのは

 私のしていることの目的を知った時に彼は私を……

 それが恐かった。私は彼を騙したのだ。彼は『死』を望んでいるのに私は彼に生きて欲しいと願い、彼に『死』を与えると言って誘惑して彼を従者にしたのだ

 何が貴族よ……私……彼を騙して……

 私は自らの浅ましさに嫌悪感を抱いた。貴族ならば堂々としているべきであり。自分が間違っていることしていなければ彼に本当のことを伝えるべきだ。だけど、私は彼を救うためとは言え、彼に嘘を吐いたのだ。魔物娘としては正しいが私は彼を騙したのだ

 優……私……今ならわかるわ……あなたの気持ちが

 私は彼がインキュバスになる前に私のしていることに気づいた時のことを思い浮かべた。その時、彼は私が自分を騙したことを責め、さらに弄んだと考え、私を憎む筈だ。私はそれが恐い。それは奇しくも優が息子に憎まれるのを恐れているのと同じだ

 愛する人に拒絶されることが……こんなに恐いなんて……

 私はかつてない恐怖に襲われた。私はこことは違う世界で友人達とともに戦場を駆け抜けてきた経験と過去があった。しかし、そんな私でも愛する人に拒絶されることは恐ろしいことだった



 「どうしたんだろう……ベルン……様」

 僕は廊下で昨日自らの主となった女性を待っている。今の僕が着ているのは昨日まで僕が着ていたスーツではなく、彼女から与えれた黒い執事服だ

『おや、似合っているじゃないか?』

「………………」

 彼女は褒めてくれたが僕としてはこの服は自分には分不相応だと思っている。元々僕なんて彼女に下に仕えること自体がおこがましい存在だ。実父にも、裏切者にも、同僚にも、部下にも、そして息子にさえ否定された僕にとって、ベルン様は恩人ではあるが同時に手を伸ばすことを考えることもあってはならない存在でもある

「………………」

 僕は昨夜、彼女に牙を突きつけられた箇所になぞる様に手で触れた。あの時、彼女と僕は裸だった。そして、彼女との体の触れ合いは久しく忘れていた生きている暖かさを僕に感じさせた。しかし、同時にそれは僕に対して、自分に対する浅ましさと愚かしさを感じさせた

 しょせんは彼女にとって、僕はただの食糧にしか過ぎないし、それに僕には憎まれていようが息子がいる……それなのに美女に少し慰めれた程度で心が揺れるなんて……僕は最低だ……

 僕は自らの心の動揺を恥じた。僕は自分と言う人間のことをよく理解しており、高望みなどしないように生きてきた。僕にとっては平穏な日常に中における何気ないささやかな幸せだけが幸福だった。僕にとってはそもそも結婚生活や息子を得た時の喜びは僕にとっては尊すぎる喜びだった。僕はそれだけで十分だった。だけど、僕にとってはその幸せを持つこと自体がおこがましいものだったらしい

『あんな男、真面目だけで本当につまらなくて毎日が苦痛だった』

 その言葉は僕のささやかな幸福を否定した。僕はその時、彼女達がおぞましい異形の怪物にしか見えなかった。僕は別に見返りを求めて妻子を愛したわけではなく、ただささやかだが掛け替えなのない幸福の中で生きたかっただけだ。けれども、それは叶うことがなかった。もしも、自分が不誠実ならば、まだ納得ができた。だけど、僕は誠実に妻子を愛して、全てに感謝して生きてきたつもりだ。何が悪かったのか理解できなかった

「もう、よそう……どんなに悔やんだりしても、失ったものは帰ってこない……」

 僕は自分をそう言い聞かせて、無理矢理、思考を停止した。すると、

「すまないね、待たせてしまって」

 ちょうど、主が部屋から出てきた。彼女は先ほどの寝巻から昨日も着ていた夜会服の様なドレスに着替えた

「いえ……大丈夫です」

 僕は彼女に配慮してそう言った。今の僕は捨て犬だ。目の前の存在がいなければ生きられない

 ……生きる?……どうして……生きる必要があるんだ?

 僕はどうして、彼女に尽くそうとしているのか理解できなかった。僕は彼女に殺されることを望んで彼女に仕えたのだ。それなのに、どうして生きようとしているのかが理解できなかった。僕が自分の行動の矛盾に悩んでいると

「どうしたのかい?」

 主は心配そうに声をかけてきた。僕は久しぶりにかけられた二度とかけられないと思った自分を気遣うような言葉とこの人に仕えることができたことに感謝をした

「いえ、何でもありません……」

 主に心配をかけさせまいと僕は嘘を吐いた。なぜなら、僕と彼女は僕には『死』を彼女に『糧』をと言う契約を結んだ関係なのだ。つまりは今さらになって『生きたい』なんて思ったり、言ったりすることは彼女に対しての『裏切り』に等しい

 少しだけど、僕に優しくしてくれたこの人を裏切るなんてできないよ……なら、恩返しとしてせめて、僕の総てを捧げたい

 僕はそう決めた。それが僕にできる主への唯一の感謝の方法だった

「そうか、ついて来たまえ」

「はい」

 僕は彼女の後ろをついて行った



 彼は辛そうな顔をして悩んでいた。恐らくは息子のことを考えていたのだろう

 優、ごめんなさい……あなたを苦しめてしまって……だけど、それでも私はあなたには生きて欲しいの……

 私は従者に顔を見せまいと前を向き続けた。そして、二部屋ほど離れたところにある私の書斎の前に着いた

「今から君にしてもらう仕事は簡単だ。ただし、量は多いが大丈夫かな?」
 

 私はすぐに『主人』としての表情で彼に向き直ってそう言った。すると彼は

「はい、僕にできることがあればやってみせます」

 躊躇いもなくそう言った。やはり、彼は誠実であった

「じゃあ、頼んだよ」

「はい」

 その声を聞いた後に私は書斎の扉を開けた



 僕は主に頼まれた仕事をするために彼女の書斎に入った。彼女の書斎は彼女の知的さを象徴するかのように多くの本が収まっている本棚が左右の壁際に存在した。そして、彼女が座るであろう椅子はよく大企業のトップが腰を下ろすような柔らかいものではなく、彼女の知的で気品に満ちた姿を維持するような堅い木で作られたものである。そして、彼女が作業するであろう机は全く無駄な装飾がないのにも関わらず、非常に高級感に溢れていた。彼女はどうやら、よくテレビで見るような妙に自らの財力をひけらかすお金持ちとは違い、あまり贅沢はしないらしい。実際、僕がこの屋敷に訪れてから僕は彼女が所持しているであろう財力の象徴など見ていない。彼女が財力を使っているとすれば、実用品や書物程度にしか使っていないらしい

 彼とは違うな……

 僕は自分を裏切った上司のことを思い出した。彼は妙に自分の財力を自慢するか、ひけらかすような一面があった。彼はよく企画が成功するとよく僕達を飲みに誘って、気前よく奢ったりしてくれた。だが、同時に自分の所持している高級品などを自慢してくる欠点もあった。実際、彼は優秀であり、かなり良い所の家の三男らしい。また、聞いた話だと彼の実家の長兄は使用人一家の娘と駆け落ちしたらしく、彼はその取り分もありかなりの余裕があった。だが、それが彼を傲慢にしてしまったのだろう。僕は常に彼に注意していたのに彼はそれを正そうとせず、さらには僕を裏切った。だからこそ、僕は目の前の主を見て畏敬の念を抱いた

「どうしたんだい?」

 彼女は僕の視線に気づいたらしく、僕に尋ねてきた

「い、いえ……何も……」

 僕は慌てて目を反らした。すると、彼女は少し首を傾げた後に何事もなかったようにもう一つある小さな机を指差してきた。その机の上には大量の書類があった

「そうか、では君に頼みたい仕事だが、あそこの書類の中で投資に値するものを選んで私のところに持ってきてほしい」

「え……」

 彼女はとんでもないことを僕に任せようとしてきた。なによりも僕は『投資』と言う言葉に気がかりだった

「あの……投資て……?」

 僕は恐る恐る聞いた。すると、彼女は何かに気づいたようで僕に向かってそう言った

「ん?ああ、そうだったね。君にはまだ、私の人間社会での顔を教えていなかったね……実はね、私ははっきり言うと自分1人では人間にとっての一生では困らない位の財力は保持しているんだが、私の同胞達の生活資金のためにお金を稼ぐ必要があるんだ。まあ、簡単に言えば色々な企業の企画に投資する代わりにその利潤をもらうと言うことだ」

「………………」

 僕は呆然とするしかなかった。僕は以前の職場で前の上司のアタリはデカいがはちゃめちゃ過ぎる経営手腕を支えるために企画が上がるたびにそれを上司に報告し、投資してくれるであろう企業や個人などの名前をリストで見てきたが、その中で彼女と同じ名前があったことを思い出した

 まさか……グランツシュタットさんが彼女だったとは……

 僕は今まで謎に包まれた投資家の正体を知ったと同時に吸血鬼が人間社会にここまでの影響を及ぼしているとは思わなかった。と言うか、彼女の財力は下手をすると日本どころか世界でも通用するほどの財力は持っている。だが、僕はなぜか彼女がそう言う存在だと分かっても別に意外には思えない。なぜなら、彼女からは僕と面識がある投資家と同じものが感じられた

 九条さんや藤堂さんみたいだ……

 僕は今まで、僕が勤めていた企業に投資してくれた人達のことを思い出した。彼らははっきり言うと僕の上司のことは嫌いだったらしい。だけど

『あの男は好かんが君は信頼に値するよ』

 と言ってくれて、なんとか確かな企画のみだけど投資してくれた。だけど、もうあの人達もあの企業には投資はしないだろう

 ごめん……暁(あかつき)……よく考えれば、君にこのことを相談すべきだった……だけど、僕は君を巻き込みたくないんだ……

 僕は中学からの友人である九条さんの弟である九条暁に相談しなかったことを謝った。彼は心が許せる友人であったが彼は早くに妻を亡くし、士郎より少し年上の子どもを2人も養っているのだ。そんな彼を僕の事情に巻き込む訳にはいけないと無意識に思ったのだろう

「大丈夫かい?」

 彼女は僕が俯いていると声をかけてきた

「すいません……大丈夫です……だけど、もう一ついいですか?」

 僕は彼女に自分が大丈夫だと伝えた後に聞きたいことがあったので彼女に尋ねた

「何かね?」

 どうやら、彼女は質問を許可してくれたようだ。僕はどうしても一つだけ気になったことがある。それは

「どうして、僕にこの仕事を?」

「何?」

 僕は自分の疑問を正直に彼女にぶつけた。僕ははっきり言うと、この仕事をやり遂げることには自信があった。僕はあのはちゃめちゃな上司の下で常に多くの書類を仕分けしてきた。だけど、こんな大任を昨日出会ったばかりの人間に任せることには疑問を感じた。すると、主は少し訝しげな表情をして黙ったが僕の心情を察してくれたらしい

「なるほど……確かにいきなりこんな仕事を任せたのならば、警戒するのは頷ける」

「え、いや、その……」

 僕は彼女のことを信頼しきっていないことを突かれて動揺した。だが、彼女はそのことについては怒っていないらしい

「理由は三つある。一つは失礼ながら、君の経歴を少しだけだが昨日、催眠術で君から聞き出した」

「え!?」

 彼女はとんでもないことを言った。そう言えば、僕は彼女と初めて出会った後にしばらく、意識が朦朧としていた。まさか、催眠術だったとは思わなかった。だが、同時に僕は自分がどうしてあそこにいたのかを知られた気がして、恐かった

「そして、君の会社における仕事内容や能力を教えてもらい、そこからわかる限りでは君は十分過ぎるほど優秀だと言うことだ」

「え……」

 僕はその一言に驚きを隠せなかった。僕は今まで自分の能力が優れているとは思わなかったし、他人にそんな高評価をしてもらうことなんてしてきた覚えはない。なのに、彼女は僕のことを『優秀』だと言った。僕はそれに驚くしかなかった

「二つ目に君は既に私のものだと言うことだ」

「はい!?」

 続けて彼女が言った言葉は僕に恥ずかしさを感じさせた

「どうしたのかい?」

 僕の反応に彼女は疑問に思ったらしく尋ねてきた

「な、なんでもありません!!」

 自分の動揺を隠すために僕は声を少し荒げてしまったがそう答えた。たぶん、彼女が言った『もの』とは所有物と言う意味なのだろう。それは当然だ。彼女にとって僕は食糧であり、従者にしか過ぎない。なのに僕はそれを1人の人間としての意味だと勘違いするなんて最低で浅ましい

「そうか?大丈夫なのかい?」

 彼女はそれでも僕の反応が気になったらしく聞いてきたが僕は

「え、あ、はい!!大丈夫ですから……あの……それで、三つ目の理由は……?」

 話題を変えるために僕は最後の理由を聞いた。すると、彼女はこう言った

「最後の理由は簡単だよ……君が誠実だからだ」

「……!?」

 彼女はそう断言するかのように言った。しかし、僕は自分が誠実な人間とは思えない。なぜなら、僕は昨日、彼女と肌を合わせた時に微かとは言え、彼女に対して息子がいる身でありながら、欲情してしまった。そんな僕が誠実とは少なくとも僕は思えない

「あ、ありがとうございます」

 だが、僕はその賛辞について感謝した。たとえ、その言葉が僕の醜い部分を見ていないから言えたことかもしれないが。それは紛れもなく善意から来る言葉だった。だけど、それでも、いや、むしろ、善意から来るものだからこそ僕はそれが辛かった

 ベルン様……僕はあなたの言うような誠実な人間じゃありません……

 彼女は僕のことを信じてくれる。しかし、それは重しになった

「優……?」

 僕が黙り込むと彼女は心配そうに僕に語りかけてきた。僕はその声を聞いてハッとなり

「……!あ、いえ、なんでもありません……それより仕事を始めますね」

 心配をかけまいと自分を偽った

「そうか、では頼むよ」

「はい」

 僕はまず、幾つかの書類の束を自分の元に引き寄せ彼女に対して自分の不安を隠し、自分には自己嫌悪を誤魔化すように仕事を始めた

「あれ?」

 僕はいくらか仕事を続けていくとあることに気づいた

 おかしいな……なんで、こんなにすぐに処理できるんだ?

 僕は残っている書類の枚数を見て驚いた。確かに僕は書類を何枚か残してきたがそれでも書類は10部あったのに今やその部数は持ってきた部数の半分を切っており、新しい束を持ってくる必要があった

 え?……ちょっと、大丈夫かな?

 僕は自分が適当にしていないか不安になり、一度自分が処理した書類の山を見た。この書類の山は言葉は汚いが『金のなる木』である以前に多くの企業の運命とそこに勤めている社員と言う人々の生活がかかっているものだ。僕のミスでそれらが壊れるようなことがあってはならない。だが、何度も書類を確認してもミスなどなかった

 なんでだ?

 ミスがないことに安心を覚えると同時に僕は妙な違和感を抱いた。しかし、それでも僕は仕事を再開した。そうしなければ、その不安に圧し潰されそうになったからだ。だが、僕はある書類を見た瞬間に僕の手は止まった

「これは……」

 その書類に書かれていた企業は僕が勤めていた企業だった。そこに記されていた企画は僕が退職する前に最後の気力を振り絞った企画だった。僕は脳内に僕がその企画書ができた頃の企業の経営状態を思い出した。僕の元勤め先は少し、赤字状態だった。しかし、少しでも資金があればこの企画が成功してすぐに大黒字になる可能性がかなり高い状態だった。だが、僕と言う人間がいなくなったことで九条さんや藤堂さんのようなコネクションを失い、このままいけば大赤字になり、大幅なリストラは免れず、下手をすると倒産の可能性もあった。ちなみに僕が投資元を手配しなかった理由は九条さんや藤堂さんの洞察力が恐ろしかったからだ。あの2人はきっと、僕のことを信じて助けてくれるだろう。だけど、もう僕には生きる気力など存在しなかった。だから、ばれないように黙ったのだ

「………………」

 僕はその書類を手に握り続けた。そして、僕の目線は机のあるところを見ていた。そこには先ほど、僕が主の利益のためだけに投資を見送るべきと判断した書類の束があった。僕のこの仕事における役割はこの書類から与えられる情報を参考にして、主にとって有益な投資先を絞り込むだけだ。だが、それは逆に主にとって害にならなければ自分の独断でいくつかの投資先をここで主の目に入る前に握り潰すことができる権限もあると言うことだ

 僕は……

 僕の脳内に邪な考えが浮かんできた。今、僕の手には僕を濡れ衣で蔑んだり、助けもしなかった同僚や部下、僕を裏切った上司が働いている職場の運命が決まる書類が存在するのだ。別にここに書かれている投資先に主が投資しなくとも主には損は生じない。だが、主には莫大な利益がもたらされることになるのは確実だった

『近づかないでくれませんか?』

『最低の人間だな』

『課長がそんな人とは思いませんでした』

『女性に暴力をふるうなんて』

『最低だな』

 次々と僕の頭の中で思い出される同僚と部下の非難の言葉。僕は一度たりとも職場で元妻との離婚話をしていないのにその噂はなぜか流れていた

 違うよ……僕はそんなことしていない……お願いだから、誰か信じてよ……

 僕の心の中の叫びは彼らに届くはずがなく、言葉にしても証拠にならない言葉に意味がないことを僕は心のどこかで理解していた。それでも、僕は働いた。士郎の養育費とあの時まで尊敬していた上司である先輩のために

 あの言葉が僕を支えてくれた……

『お前は俺の大切な部下だ。だから、周りなど気にするな』

 彼はそう言ってくれた。あの時の僕にとってはあの言葉ともしかすると元妻がせめてもの慈悲で士郎に会わせてくれるかもしれないと言う淡い希望だけが救いだった。だから、仕事に一心不乱に力を注いだ。しかし、それは幻想、いや、妄想でしかなかった

『いや〜……いい金づると労働力を得られた』

『そうね、本当に馬鹿みたい……』

 あの日、僕は偶然それを聞いてしまった。僕を支えてくれた言葉を言い放った口で同じ声で彼はそう言った。僕はその時に悟ったのだ。なぜ、僕と元妻や実父しか知らない離婚の話を社内に知られていたのかを。そして、それができた唯一の人間を。僕はその時、彼らに隠れるように逃げた。逃げたかった。せめて、負け犬の意地でも涙などあいつらに見せたくなかった

「………………」

 僕は一連のことを思い出して、黙り続けた。そして、手に握ったままの書類と選別した書類の束を見比べた

 もしも……ここで僕がこの企画を未投資の方に置いたら……?

 僕に与えられた権限はこの多くある書類の中で主にとって有益なものを絞って、選び抜かれたものだけを主の目に見せればいいだけのことだ。つまり、ここでこの企画書をはじいても僕には何の咎もない。少なくとも主に利益のないものや損害の発生する投資を薦めるよりはマシだ

 そうだよ……きっと、これは……神様がくれた復讐のチャンスなんだ……

 僕は自分にそう言い聞かせた。それに僕がいなくなって、九条さんや藤堂さんのようなコネがなくなっても他の人間がそう言うパイプを作るかもしれない

 だから……僕は何も悪くないんだ……

 僕は自分のしようとしている越権行為を正当化して、書類を処理した



「終わりました」

「おや、早いね」

 彼はそう言って、私に選別した書類の束を渡してきた。私はそれを微笑んで受け取った

「ご苦労さま……え?」

 私は彼にこの実績を経て自信をつけてもらうことを期待し、彼の能力が優秀であることに知っており、実際に彼が私の期待以上の逸材であったことに喜んだが、仕事を終えた彼の表情はあまり良くなかった。私が驚いたのはそれだけではなかった。私はいきなり彼が明るくなることなど楽観するほどのお調子者ではない。私が驚いているのは

 どうして……?

 彼は苦しそうだった

「す、優!?……大丈夫なの……かい!?」

 彼の突然の変わりように私は動揺してしまい、つい素の口調になってしまいそうになるが、すぐに口調を正して彼の体調を気遣った。すると、彼は苦しそうであったが私に心配をかけさせまいと

「す、すいません……大丈夫ですから……」

 無理をしているように、いや、実際無理をしてそう言った。私は彼の辛そうな表情を見て辛くなり、すぐに主として

「今日はもういい……早く、休め」

 そう命じた。しかし、彼は

「い、いえ……本当に大丈夫ですから……」

「……っう!!」

 引き下がろうとせず無理をして仕事をやろうとした。私はそんな彼を見てさらに辛くなり耐えられず

「いいから!!とっと休みなさい!!今日はこれだけでいい!!」

 怒鳴ってしまった。一番辛いのは私ではなく、彼なのに私は彼に当たり散らすかのように言い放った。そこには主としても貴族としての威厳もなかった。あったのは彼がこれ以上苦しむのを見たくないと言う『私』と言う1人の女の子どものような癇癪だった。すると、彼はしばらく辛そうな顔をして黙り込み、その後、私に向かって

「わかりました……失礼します……」

 と言って、書斎を出て行った。私は彼が部屋から出て行ってからしばらくすると机に突っ伏した

「ごめんなさい……優……一番辛いのはあなたなのに……」

 私は涙を流して、彼に謝罪した

 本当にあなたのことを救いたいと願っているのなら貴族のプライドや掟なんて捨てて、あなたを慰めるべきなのに……私……!!

 私はヴァンパイアとしてのプライドや貴族の掟で彼を慰めることはできず、彼の体調のためとは言え、怒鳴り散らして高圧的に命令した自分に嫌悪感と罪悪感を抱いた

「グスっ……グスっ……」

 私は泣き終えると彼が選別した書類の束を手元に持ってきて、それに目を通し始めた。今の私には主として、彼が選別してくれた仕事に目を通す義務があり、同時に彼があんなに苦しんだ理由がある先ほどの仕事を通して彼が苦しんだ理由が知りたいと言う欲求があった



「………………」

 僕はあまりの頭痛と動悸によって気持ち悪くなり、ベルン様に今日は休むことを命じられたので執事服のままベッドに横たわった。今の僕には服を着替える余裕もなかった

「最低だ……僕……」

 頭の中で信頼してくれる主に与えられた権限を使って、自分の私怨を晴らそうとした考えを持ったことに僕は自己嫌悪を覚えた

 何が誠実な人間なんだよ……本当に誠実ならこんな考えを持つことすらないのに……

 僕は主が評価してくれた一言が原因で苦しくなった

 ごめんなさい……ベルン様……僕は誠実なんかじゃないんです!!

 主の期待に応えられなかった自分が僕は許せなかった

―――コンコン―――

「えっ!?」

 この部屋のドアをノックする音が聞こえた。僕はその音に驚いた。なぜなら、この屋敷にいるのは僕を含めて2人だけだ。つまり、僕の部屋のドアの前にいる人物は1人しかいない

「優……いるのかい?」

「べ、ベルン様!?」

 ドアの向こう側から聞こえてきた声は僕が思い浮かべた人物のものであった。僕はその声を聞いて慌てて、ベッドから起き上がり、ドアまで駆け寄ってドアを開いた。そして、ドアを開くと廊下には僕の主が立っていた。僕は主にわざわざ従者である自分の部屋まで足を運ばせたことに申し訳なさが生じた

「す、すいません!!わざわざ―――?」

 僕は謝罪しようとするがその言葉は続かなかった。彼女は俯いていた

「ベルン様……?」

 僕が主のことが気になり、廊下に出ると

―――ガシっ!――――

「え?うわ!?」

 彼女は僕の腕を突然掴んで、強引に引っ張った。そして、

―――ドガっ!―――

「ぐっ!?」

 僕は突然、壁に叩きつけられそのまま彼女に押さえつけらた

「べ、ベルン様?」

 僕が恐る恐る彼女に声をかけると

「吸わせろ……」

「え……?」

 彼女は低い声で強くそう言った。そして、僕のYシャツとタイに手をかけ、僕の首筋を露わにした。その直後

―――ガブっ―――

「……っう!?」

 僕の首筋に痛みが走った。どうやら、彼女が僕の血を吸っているようだ。だが、それは昨日のような優しい吸い方ではなく、痛みを伴う乱暴なものだった

「ん、ちゅう……」

「ぐっ……」

 僕はこの行為によってもたらされる痛みと何かが流し込まれる感覚の中であることを悟った

 知られたのかな……あのこと……

 そう、彼女は僕の表情から僕が彼女に信頼されていることを良いことに彼らに復讐することを企てたことに気づいたのだろう。これはきっと、従者としての心構えができていないことに対する罰なのだろう

 ごめんなさい……ベルン様……僕はあなたを……

 血を吸われ、何かが流し込まれる感覚に包まれていく中で僕は目の前の主に対して謝罪した。しばらくすると

「ん……」

「……う」

 彼女は僕の首筋から口を離した。僕は彼女に血を吸われた影響かわからないが、呼吸が乱れたものの彼女に件のこと謝罪しようとするが

「ベルン様……その……」

「優……一つ聞いていいかな?」

 僕の言葉を彼女が遮った

「え……なんでしょうか?」

 僕は主に何を聞かれるかわからず戸惑うがこれ以上、主を怒らせたくなく質問に答えようとした。すると、彼女は

「質問は簡単だ……どうして、君は―――」

 静かだが感情を抑えてるのが僕にもわかるように次のようなことを聞いてきた

「あの企画書を私に薦めたんだい?」



 私の心の中には今、醜い感情が巣食っている。それは彼が選別した一つの書類が原因だ。彼は私の期待通り、いや、それ以上に見事に私にとって有益な投資先しか選ばなかった。だが、その中に納得ができないものがあった。それは

 どうして……あなたを裏切り、見捨てた連中の会社の企画書があるのよ……!?

 彼が私の薦めてきた投資先の中には彼の元職場のものがあった。それは彼が当時、あの会社にいたこともあり、非常に完成されたものであり、そして、そこに投資すれば十分過ぎるほどの利潤が得られるのも間違いがないものだった。だが、それでも私は納得ができなかった

 どうしてよ……どうして……よりによって……あなたが苦しんでまで……

 私はあの企業の欠点にも気づいている。優を裏切った男は確かに経営者としては優れているが、人間としては信用できず、私がこの世界で得ることのできた人間の友人である藤堂や九条と言った人間からも

『あまり、深く関わらないように』

 と忠告されたほどだ。実際、藤堂はあの男に仕事における責任で濡れ衣を被せられた優の元同僚を拾っており、これは確かな情報だ。また、あの男の会社はギャンブル性の高い企業であり、優のような誠実な人間が奮闘していたことで赤字を切り抜け、企画を練って一気に黒字にすると言う博打に近い経営なのだ。なんで、潰れない?と私は常に思うほどだ。つまり、私がここで投資しなければこの会社は確実に大打撃を受けるのは確実なのだ。他の投資家についても少なくとも、九条や藤堂は絶対に投資することはない。そう、優は合理的にも合法的にも奴らに『復讐』ができるのだ

 それなのにどうして……!

 決して、それは褒められることではない。私も本当は優には復讐によって、手を穢して欲しくないと願っている。しかし、彼にはそれを実行していい権利も資格も機会も、そして、理由がある。だからこそ、理解ができなかった。そして、私の脳裏にある疑惑が湧いた

 やっぱり、まだ、あの女のことが……!?

 私は彼が未だに元妻に対して未練があるのかと思ってしまったのだ。もし、あの企業が潰れたら後にあの男と結ばれるあの女との生活もかなり、落ちぶれるだろう。だから、私は『嫉妬』に駆られてしまい、苛立ってしまい彼に対して、私達ヴァンパイアにとっての従者への主従の証であり、求愛行為である吸血を乱暴にしてしまったのだ。彼に

『あなたは私のもの……だから、あの女のことは忘れて』

 と自分のエゴを押し付けるかのように彼の血を吸った。そして、今、私は彼の真意を知りたくなり、彼にあの企画書のことを質問したのだ。私がそのことを質問すると彼は一瞬、苦しそうな表情をしたが、すぐに平静を装って口を開いた

「ベルン様の利益になると思ったので……」

 確かにそれは正しい。私がこの企画に投資すれば、この世界において、私がある程度の財力と影響力を持つこともあり、他の人間もこぞってこの企画に投資することになるだろう。だが、私はそんな答えでは納得ができなかった。私が知りたいのはそんなことではない

「だが、こう言ってはどうかと思うが、君はあの会社に恨みがある筈だ……なぜ、君は……?」

 私は浅ましくも彼の真意を知りたくて、感情を抑えて、冷静にしつこく追求した。今の私は彼にとって最悪な印象を与えているだろう。それでも、私は恐かったのだ。裏切られても彼があの女を愛しているかもしれないと言う可能性が彼の人格ならありえそうで。それでは、私の想いが彼に届くことはない気がしたのだ。それだと、私は彼に快楽を味わせることぐらいでしか私に好意を向けさせるぐらいしかできないのだ。私は彼の答えを心の中では怯えながら待った。そして、

「確かに僕は……彼らに恨みを抱いています……けれど……」

 彼は口を開き、自らが彼らに恨みを持っていることを否定しなかった。だが

「あの会社には……多くの関係のない社員もいます……そして、その社員達にはそれぞれの家庭が存在します……」

「……!!」

 彼は苦しいのを必死に耐えて、それを強く言った。彼のその一言はあまりにも高潔過ぎた。彼は自らの復讐のために無関係の人間が犠牲になることを拒んだのである。誰にも助けられなかったのに彼はそれについては許したのだ。だが、

「それに……」

 次の一言は私にとっては悲しくも嬉しくも、苦しい言葉であった

「もし、僕が彼らの生活を壊したら、士郎の人生も壊れてしまいます……」

「……っう!?」

 その一言は私に二つの意味を示した。一つは優は既にあの女には未練がないことであり、私にとっては朗報であった。だが、もう一つの意味は私にとっては辛い言葉だった

「ベルン様?どうしたんですか?」

 彼は私の反応に疑問を抱いたらしく、私のことを気遣ってくれた

「い、いや……なんでもない……それよりも先ほどはすまなかった……今日はゆっくりと休んでくれ……」

 私は彼に先ほどのことを謝罪して、自分の動揺を悟られまいとそう言った

「あ、はい……その……ありがとうございます」

 彼は私の言葉に礼を言って、自らの部屋に入って行った。私は彼が自分の部屋に入るのを確認すると、早足で自らの寝室へと向かった

「………………」

 その間、私は無言で俯いていた

―――キィ―――

―――バタン!―――

 私は部屋に入るとドアにもたれかかり、背中をドアに押し付け上を仰いだ

「何やってんだろ……私……」

 私はその一言を呟くとふらふらと足取りがおぼつく中、なんとかベッドに辿りつき

―――ドサッ―――

 ベッドに倒れ込み、涙を流し始めた。私は自分が抱いてしまった『嫉妬』による行動で優のことを貶してしまったことを後悔してしまったのだ

「当然じゃない……優はそんな愚かな人間じゃないことを知っているのに……それなのに私は……!!」

 私は優が誰よりも優しく、そして思慮深いことを知っていた。彼が誰よりも他人を思いやることを知っていた。そして、誰よりも我が子を愛していることを知っていた。だからこそ、私は彼に惹かれたのだ

「ごめんなさい……優……!」

 私は彼に対して謝った。だが、私は同時に空しくて悲しかった。彼がこの世で最も愛しているのは彼の息子であることに。そして、私はそんなこと当然なのにそのことにすら、『嫉妬』してしまったのだ。私が彼の一番になれないことに。私はそのことにさらなる『罪悪感』を感じてしまった
13/12/14 18:10更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 屍はただ従者として吸血鬼に仕え己の死を望み、吸血鬼は女として屍を愛して屍の生を望む……
 吸血鬼は貴族ゆえに屍に本当のことを伝えられず苦しみ続け、屍は従者ゆえに輝きを持ったまま期待に応えようとして苦しみ続ける……なんという『すれ違い』でしょう……
 彼らは誰よりも強く、弱い……なんという『矛盾』でしょう……
 ただの『骨』でしかなかった屍は吸血鬼によって『皮膚』を取り戻しました……

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