連載小説
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おはなしください、御主人様 後編
「ユウタは魔法が使えるようになればいいのだがな」

昼食を終えデザートへと手を伸ばしながら仰ったのはレジーナ様だった。甘さたっぷりの生クリームをフォークで舐めとるユウタ様が視線を向ける。

「何で?」
「魔法が使えればより実践的な戦いもできる。ユウタも使えたところで弱くなることはないだろう?それに勇者は皆魔法が使える。お前もいずれは近しいことができるようになるが、だとしても今のうちに慣れておくことに越したことはない」
「でも魔力を生み出す器官が発達してないとか言われたんだけど」
「あら、それじゃあユウタは自分で魔法が使えないのね」

魔法、という言葉に食いついたのは魔物であるフィオナ様。身を乗り出してユウタ様へにっこりと笑いかけ片手を取った。

「それなら私から魔力をあげるわ」
「あげるって…そんなことできるの?」
「できるわよ。私のする魔物化だってある意味魔力の譲渡に近いことしてるわけだし」

そう言ってフィオナ様はちらりと視線をこちらへ向けた。
確かに私を魔物化して頂いた時に肌に絡みつくような濃密な魔力を感じたものだ。魔力を他人へ譲渡するとはあれとほぼ同じだろう。

「いい?魔力の譲渡にはね密接な接触が不可欠なの。掌を握る程度で渡せるのはほんのちょびっとだけなのよ。だから」
「だから?」
「だからもっと密な接触が不可欠なの。触れる肌の面積が増えればいいなんて簡単なものじゃないわ。それ以上に信頼関係も大切。知らない人相手にできないこともないけど、知り合ってた方がよりやりやすいでしょ」
「まぁ、そうだけど。それで、具体的には?」
「具体的に?それは勿論―」

単純に疑問を抱いて先を促すユウタ様に対してフィオナ様はどことなく興奮を抱いていた。
一瞬の静寂の後、意を決したフィオナ様は力強くその言葉を言い放つ。



「べろちゅーぐらいしなきゃ!」



「「…」」

ちょっと変わった拳を握って頬を染めて、それでもテーブルを叩いて堂々と言いきったフィオナ様。対するレジーナ様もユウタ様もどこか白けた空気で言葉はなし。
ああ、また馬鹿を言いだしたぞこの馬鹿、と視線で語るレジーナ様。
淫魔だもんね、リリムだもんね、もっとひどい女性もいるけど、と生暖かい視線を送るユウタ様。
私は御二方を見据えながらフィオナ様へと視線を戻す。

「…」
「…」
「むっ!何よ二人して疑ってるの?体力だって休憩しなきゃ戻らないし、そのためにご飯食べたり眠ったりするでしょ?魔力だってちょっとやそっとでどうこうできるものじゃないわ。仮にも他人に力を譲渡することが軽々しく行えるわけないじゃない!」
「…確かにそうですね」

その意見には頷ける。
魔法とは未知の領域がある。多くの国で多くの者が研究を行っているが不明瞭の部分が未だに多すぎるし、似通う部分はあれ国ごとに定義はばらついている。
何より、行うのは力の譲渡。それも自身の力を他者へと渡す行為だ。軽々しくできることではないし、体への負担がないとも言い切れない。

「私は魔物よ?魔力の事に関してならレジーナ以上にわかってるわ!」
「馬鹿者。それでユウタが魔物化されては堪ったものではないわ」
「…ならば、僭越ながら私の出番ですね」

私は席を立ち名乗りを上げる。
こういう時こそメイドの真価を見せつけるとき。御主人様が望むのならば体どころか命すら差し出すもの。御主人様に危険が及ぶのならば身を挺して守るのがメイドの義務。
そして御主人様の貞操を守るのもまた私の務めでふぇへへへ…。

「い、いやでもさ、そういうのはちょっとよろしくないじゃん。そういうことは軽々しくやるべきじゃないっていうか、その、ね?」

しかし、肝心のユウタ様は尻込みしている様子だった。照れて、困って、だけども内心嫌ではなくて。そんな感情を抱き笑みを浮かべる姿にもしやと思う。
だが、言わない。御主人様の尊厳を傷つける真似をメイドがするわけがない。ユウタ様は大して気にも留めぬだろうが。

しかし、フィオナ様の目が光っていた。

そして、私も涎が垂れていた。

ただ、その事実を察していたのかレジーナ様だけ変化が特になかった。

皆ユウタ様をよく知る者。初対面ならまだしも今の仕草や言葉で事実を察せぬほどに鈍くはなかった。

「…ではなおさら私の出番ですよ、ユウタ様。メイド相手に何を気遣う必要がありましょうか。ようやく私をメイドらしく御使いいただける機会に恵まれたのです、どうぞ、心行くまで私の唇を獣の如く貪ってください」
「涎っ!涎すごい垂れてんるんだけどっ!それに軽々しくやるもんじゃないって言ったじゃん!」
「…御安心下さい。メイドである私が軽々しく淫らな行為をするはずもありません。私の身は全て純潔、唇すらも異性に触れさせたことはありません」
「なおさらできないからっ!」
「それなら私の出番ね」

次いで席を立ったのはフィオナ様。見せつけるようにちろりと舌を出してユウタ様へと迫りゆく。

「ふふっ♪リリムの口付でメロメロにしてあげるんだから」
「主旨変わってない?」
「ほぅ?目の前の男一人魅了出来んくせに何をほざくか」
「…それはユウタ様が例外なのでは?」
「で、できるわよ!できるに決まってるわ!私はリリムなのよ!お母様の娘なんだから!!」

大慌てに薄紅色の唇が震える言葉を紡ぐ。そんな姿すら色っぽく、目を離せぬ光景でもユウタ様は慌てたように両手を振った。
魅了は一切効いてない。だが、異性の誘惑は普通に突き刺さるお年頃。してみたいという興味と期待を理性と常識が引き留める。それ以上に相手への気遣いが全てを抑え込んでいる。

「一国を落とすリリムが一人の男に色目も使えんとは片腹痛いわ」
「何よ!喧嘩売ってんの!?そういうレジーナはどうなのよ!口先だけじゃないの!!」

見下した笑みを浮かべていたレジーナ様へフィオナ様は顔を真っ赤にし怒鳴りつけた。だがレジーナ様は優雅に紅茶を嗜み続ける。
それは王女故の余裕ではない。女としての自信でもない。相手となる男性を、ユウタ様を理解しているからこその余裕だ。やはりこの場において彼女以上にユウタ様の理解者はいないのだろう。

「一国の王女が婚姻前に軽々しく許すわけないだろうが。私は王女だからな、お前のように淫らで誰構わず襲うほどいやしくはないわ」
「何よ!私だって誰構わずやるわけじゃないんだから!」
「…無論私はこの身に触れて良いのはユウタ様のみですのでさぁ熱烈なべろちゅーを致しましょう」
「あぁ、もうまったく!人の話聞いてっ!」

フィオナ様がレジーナ様と言いあっている最中に私が迫る。しかし、ユウタ様は顔を赤くして逃げるように椅子を引く。
すると、フィオナ様が突っ込んで膝の上に座り込んだ。互いに真っ赤な顔をして、視線が重なったかと思えば横から蹴り飛ばされる。ならば、と私が飛び掛かればひらりとユウタ様が身を躱す。
好き勝手のやりたい放題。フィオナ様も私も手を伸ばしたり飛び乗ったり。魔物となったことで箍が外れたのかもしれない。
だが、それより先に延びた手がユウタ様の首根っこを掴んだ。

「おい、ユウタ」
「え、レジーナ?なに―」

レジーナ様に抱き寄せられ、向き直ると両頬に手が添えられる。何を―疑問を抱くユウタ様と私達を前にレジーナ様は―

「んっ」
「っんむっ!?」





―ユウタ様の唇へとその唇を押し付けた。





あまりにも突然の出来事にフィオナ様が呆然と口を開ける。ユウタ様も理解が追い付かず、だけども必死に離れようと手首を掴んでいる。流石の私も動けずにただ立ち尽くしていた。

「んっ!?んっ!んんんん!!」
「っ♪」

僅かに見える唇の隙間から二つの舌が絡み合う。逃げ出そうと暴れるユウタ様を抑え込み、レジーナ様が開いた口内を一方的に蹂躙する。
苦しそうな喘ぎ声。熱い吐息を漏らしながら体を震わせ拒絶の意を示す。されども相手はレジーナ様。体を倒し、さらに深くまでを貪った。

「んんん………んっ……」
「ん、ふ、むぅ…♪」

混ざり合った粘液が日光を反射する。闇色の瞳が熱に蕩け、青い瞳が愉悦に輝く。やがて拒んだ手が垂れ下がり、傲慢な指先が耳元を擽った。

「…ん、はっ。ふふん♪甘いものばかり食べているからこんな味になるんだぞ」
「も、やめ…んぅっ!」

喋らす暇も与えない。噛みつくように押し付けて、擦り合わせるように重なって。
ゆっくり舌を引き抜けば混ざり合った粘液が滴り落ちる。塗れた唇を丁寧に舐めとると自分の唇を手の甲で拭い取る。

「んっ……♪」

レジーナ様の腕に抱かれたユウタ様は両手で顔を覆って蹲ってしまった。突然の出来事と生まれた羞恥に顔を上げることも出来ないらしい。
だが、反対にレジーナ様はしたり顔。奪ってやったぞと言わんばかりの視線をこちらへ向けながら蹲るユウタ様の方に手を置いた。

「な、な、な!何よっ!」

ようやく反応を見せたフィオナ様は人差し指をレジーナ様の鼻先へと突き付けた。耳まで顔を真っ赤にし、指先を震わせ尻尾をぶんぶん振っている。

「さっきまでは軽々しくしないって言ってたじゃないっ!それなのに何よっ!いきなりキスしちゃって!それもべろちゅーしちゃって!!」
「ふふん、馬鹿者が。その目はただのガラス玉か?」

蹲ったユウタ様を強引に抱き寄せて華奢な足を組み直して、それが当たり前であるように言い放つ。



「これは私のものだ。お前らなんぞにくれてやる義理もない。私の物を私がとっただけだ」



「…っ」

なんと傲慢なことだろう。


なんと勝手なことだろう。



なんと―羨ましいことだろう。



迫るだけではいつまでたっても掴めない。だからこそ奪うぐらいの行動でようやく手が届く。
自分勝手でありながらユウタ様をよく見て、知って、観察して、何よりも理解している。その事実を突き付けられてしまった。
私とユウタ様の距離は、近くはあるが手が届くわけではない。
だが、レジーナ様との距離は私以上に近く、さらには自分の方へと引き寄せる。
王女と護衛、御主人様とメイドの関係の違いではない。
一人の女であるからこそ、一人の男を求める姿勢。

本能に従順で自分に正直な女の理想だった。

「むぅ〜っ!」
「ふふん♪」

勝ち誇ったレジーナ様を前に悔しそうに頬を膨らませるフィオナ様と、羨ましさに涎が止まらぬ私が佇んでいた。










「ねぇ、メイドさん」

先ほど見せつけられた行為にイラつきながらも話題を変えるようにフィオナ様が私を呼んだ。それもあえて、ただの『メイド』と。

「メイドさんは魔物になってみない?メイドさんならやっぱりキキーモラかしら?」
「フィオナ。勝手に魔物に変えるのやめてよ」

まるで私と初対面で出会ったかのような素振りに反応してこれまたユウタ様も軽く流すような言葉を返す。
分かっている。二人の態度はこの場において最も脅威となるレジーナ様を騙すためのものだと。
しかし、言葉一つ、視線すらも交わることなく意思の疎通ができている。フィオナ様もレジーナ様に劣らずユウタ様とは浅くない関係らしい。

「レジーナは勿論ドラゴンね。傲慢なとことか独占欲強い所とかぴったりよ?」
「その時は焼き殺してやるから覚悟しておけ」

当然な返答と共に手を振るレジーナ様。だが先ほどよりも柔らかな物腰と上機嫌な面持ちからは殺気が一切消え失せている。傍らに置かれた大剣にも手が伸びる様子はない。

「ユウタは?」
「え?オレ?」
「ええ、きっと楽しいに決まってるわ。魔界へ行って、自由気ままに暮らして…ユウタも魔物になったらその良さがわかるはずよ。だから」

赤い瞳が心の奥を誘うように向けられる。薄紅色の唇が艶やかに言葉を紡ぎ、魅惑的な声が耳を擽った。



「私と一緒に来ない?」



レジーナ様がいるというにその前で堂々とした勧誘行為。私も共にいるというのにお構いなし。
だがレジーナ様は気にした様子はなく余裕そうにユウタ様の腰へと腕を回すだけ。男女の立場が逆だがしっくりくるのはなぜだろうか。
頷ける状況ではない。それでも笑ってユウタ様は返すだけ。

「いいよ。今は、今のままで十分だからさ」


「―…」


なんとも短く柔らかな拒絶の言葉。しかし、秘められた感情は似合わない程に深いものが感じられる。
胸中に渦巻いた感情は、先ほどちらりと感じた懐かしさだった。奥底に隠されていたものが浮き彫りにされたような、ようやく認識できるとこまで引っ張りあげられたそれ。

やはり、わからない。

一体何を思っての事なのか、何に対して抱いた感情なのか。
だが、紡がれた一言。『今は』という言葉。
それは過去に何かしらあったということ。それも今以上に重要で、ユウタ様の根本にかかわる様な重要なことに違いない。



そうでなければ―懐かしさにこんなにも『寂しい』感情を交えるはずがないのだから。



「それじゃあ、メイドさんは?」
「…私、ですか?」
「魔物になってみる気はないかしら?」

既になった身であるのにその勧誘は意味がない。ただレジーナ様を騙すための建前だ。分かりきったことを尋ねる意味のなさはお互いに理解していた。
だが、改めてその言葉に考える。
人間の私が魔物となった理由は何か。
メイドの私が信条にしているものは何か。
魔物の私が中心にしているものは何か。

「…ユウタ様が望むならば、そうしましょう」


それは―今も変わらぬ忠誠心。


「…私はユウタ様のメイドです。ユウタ様が喜んで下さることが何よりの喜び。ならば、ユウタ様に尽くせることが、お喜びになることが私のすべきこと」

メイドにとっての喜びは御主人様の喜ぶこと。すなわち御主人様の喜びこそが私の望むもの。
どのような形であれユウタ様が喜んで下さる、私にとっての望みなどそれ以外にはありえない。

「…魔物であっても、人間であっても、私にはユウタ様がいて下されば何も必要ありません」

私の言葉に納得したようにフィオナ様は頷いた。

「本当に素敵ね。まるで恋してるみたい」
「…確かに恋慕の様なものでもありましょう。ですが、乙女の恋よりも深く熱く清くあるものがメイドの忠誠心。『メイド・真心』にございます」
「ふふっ♪良くできたメイドさんね。ねぇ、ユウタ」
「全くだよ。オレにはもったいないくらい」
「…もったいないことなどありません。私はユウタ様だからこそ忠誠を誓ったのです。ユウタ様以外にこのようなこと、一切致しません」

命を救われ、活路を見出され、そして私はここにいる。ユウタ様がいなければ墓前の前で骸となるだけの存在だったのにだ。
型にはまらぬ心意気。メイドに対するその態度。レジーナ様にはない独特の魅力と真っ直ぐな優しさに私は頭を垂れたのだ。
ユウタ様は照れ臭そうに頬を掻き誤魔化すように紅茶へと口を付けた。

「ふふっ♪本当に素敵ね。でも、逆に貴方からユウタにして欲しいことはあるのかしら?」
「…私から、ですか?」
「ええ、メイドと言っても貴方も一人の女性。なら、何か求めることとか望むことぐらいないのかしら?」

テーブルに肘をつき、指先で絹の様な白髪を弄びながら赤い瞳が私を捕らえた。体の奥からくすぐる様な、心の奥を突き刺すような甘くて鋭い視線を向ける。

メイドが御主人様に望むことなどただ一つ、それは御主人様の喜びである。

私の行いがユウタ様を喜ばせることであるように常に模索し行動する。つまるところ、ユウタ様が心から笑ってくださればいいと願っている。
それこそがメイドの願い。それが、私の生き甲斐なのだから。

「…私にとっての望みとはユウタ様の―」

ユウタ様の笑顔が見れるのならば、メイドの私は何も望まな―










―…でも先ほどの蕩け顔はいやらしかった。










常日頃から明るい表情のユウタ様だが先ほどの顔は見たことがない。
上気した頬に蕩けた瞳、縁に溜まった涙に唇から滴った唾液が艶めかしい色香を放つ。まるで抑え込まれた乙女のように自由を奪われ蹂躙され、だが決して嫌ではなく徐々に受け入れ悔しいでもびくんびくんと体を震わせる様は感動だった。
もしも私と二人きりであんな顔を浮かべられたら襲う。断言する。犯す。というかできるならまた見せて頂きたい。それも私自身の手によって。
あぁ、だがこのような言葉を真正面から申し上げるのはまずい。私はあくまでメイドであり、色情狂ではない。体裁を整えつつ本心は奥へ押し込み、従順な姿を見せながらユウタ様の―



「…アヘ顔が見られることです」


                      


「ぶっ!!!」

カップに口を付けていたユウタ様が紅茶を思い切り吹き出し顔面に吹き上がる。隣ではレジーナ様が点になった目を向け、フィオナ様は私の発言に顔を真っ赤に、だけども嬉しそうにしている。
紅茶まみれになってしまったユウタ様を取り出したタオルで拭うと視線を合わすことなく尋ねられた。

「あ、あの………ごめん、エミリー。聞き間違いかな?今、その、なんて言った?」
「…はい、ユウタ様の笑顔が見られるのが私の望みと申しました」
「あ、そうだよね!笑顔だよね!あーぁ良かった良かった!耳悪くなったかなー!」
「本当は?」
「…ダブルピースも欲しいです」
「師匠と同じこと言ってるぅ!!」

両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏してしまったユウタ様。その胸中からは寂しげな感情が一切消え失せ代わりに羞恥となぜか懐かしさが滲みだしている。
なぜ、と聞いたところで答えてくれないことだろう。だが、今は寂しげな感情を払拭できたのだ、それだけでも十分な功績である。
ユウタ様が悲しむ姿など見たくはない。出来る限り喜んで頂きたい。あと、できればアヘ顔も見せて頂きたく思ふぇへへへ…。















その後は騒がしくも似たような会話が続けられた。
私が尋ねればフィオナ様が答え、レジーナ様が突っかかる。
レジーナ様が自慢げに語れば私は聞きに徹し、フィオナ様が妬ましく頬を膨らます。
フィオナ様が話かければレジーナ様が得意げに笑い、私はもっと知ろうと話を広げる。
やれ、あのカフェは料理が変わっているだの。
やれ、あの国は観光名所が多いだの。
やれ、あの湖は誰もいなくて青姦に適しているだのと。
女性が三人もいれば仲が悪かろうと結局は騒がしくなるものだ。ただし何度も話題の中心にされたユウタ様は気まずそうだが。

だが、チャンスである。

今回レジーナ様へと会いに来た目的は私の知らぬユウタ様を知るためである。それを自ら披露してくださるのならこちらとしては嬉しいこと。
さらに言えばフィオナ様もいる。魔物としての視点ならレジーナ様とはまた違ったユウタ様を見ているに違いない。

「ねぇ、ユウタ。今度一緒に魔界に行かない?」
「魔界?行ったら行ったで帰ってこれなそうなんだけど」
「大丈夫よ。住む場所はちゃんと用意してあげるから」
「あれ、帰す気ないの?」
「馬鹿者、そんなことを私が許すわけがないだろうが」
「あら、今ならこんなに可愛らしい美女がついてくるのに?」
「フィオナって可愛いっていうかセクシーだよね」
「え、そ、そうかしら?」
「露出を多くしただけだろう?ただ淫らで下品な格好だ」
「何よっ!そっちだって胸元大きく肌蹴てるしお腹だって出してるじゃないっ!」
「お前のようにだらしない体ではないからな。あまりに魅力的すぎてユウタも私の虜だ」
「レジーナはレジーナでこう、凛とした美しさって感じだよね」
「ふふん♪どうだ、これが私とお前の違―おい、ユウタなんだその呆れた顔は」

瞳だけが明後日の方を向き口を開いた表情。キキーモラどころか赤の他人ですらわかる呆れた感情に私は苦笑する。
そんな姿もいつも通りかレジーナ様は詰まらなそうにため息をつくと残っていた紅茶を喉へと流し込んだ。

「レジーナだって私と変わらないじゃない。ユウタを振り回してばっかりで」
「少なくともお前よりかはわかっているがな」
「わ、私だってユウタの作れる料理とか、趣味とか知ってるもんっ」
「ふふん♪お前は知らんだろうがな、ユウタは雨の日になると」
「レジーナぁあああ」

手にしていたカップを投げ出して目にも留まらぬ早さで飛び込んだかと思えばレジーナ様の口を両手でふさぐ。先ほどまでいじけていた顔は耳まで燃えるように赤い。何より、伝わってくる羞恥の感情にとても興味を引かれた。

「やめ!やめて!やめて!!」
「ふふん♪やめてと言われてやめる奴がいるか馬鹿者」
「それは、やめてっ!本当にやめてぇ…っ!!」

両肩を掴んですがりつくように頭を垂れるがレジーナ様は楽しそうに見下ろすのみ。いや、実際にユウタ様の反応を見て楽しんでいた。
好きな相手に意地悪をする感情がとてもよく理解できる。唯一気に入らないのは相手が私でないことだ。
最も、メイドが御主人様に意地悪なんてできるはずがないのだけど。

「ふふん、やめてだと?説得するなら理解させろ。やめてほしいならやめさせろ。男らしい姿を少しは見せてみたらどうだ?」

見せつけるように艶めかしく唇を嘗めるレジーナ様。それが何を意味するのかわからぬほどユウタ様も鈍くない。
だが、御主人様が困っている、そんな時こそメイドの出番。
恥ずかしさと期待に困惑するユウタ様に代わって私がレジーナ様を止めなければ。ユウタ様のお手を煩わせずレジーナ様の唇が塞がる状況を作り出す。そのために私は身を乗り出しユウタ様に口付けを―

「ちょっ!何!?何なの!?どうしたのエミリー!」
「…ユウタ様の秘密を護るための致し方ない行為です」
「涎っ!めちゃくちゃ垂れてるっ!」
「おい、メイド。お前何用だ、さっさと退け」
「…私はユウタ様のメイドです。御主人様がお困りならば身を挺して奉仕するもの。たとえ忌避されるような行為であってもユウタ様のためなら喜んで致しましょう」
「どう見ても私欲のためだろうが」
「な、なら私がする!」
「お前は黙っていろフィオナ!」

ここぞとばかりにフィオナ様が飛び込めばレジーナ様が蹴り飛ばし、私が迫ればユウタ様は大慌て。先ほどと同じ様な状況だった。
なんと騒がしき光景だろう。近場に人がいれば迷惑そうに眉をひそめて舌打ちするに違いない。

だが、その騒がしさの中は驚くほどに楽しくて心地良い。

一国の王女だろうと魔王の娘だろうと一人の女性として振る舞える、着飾る必要も見栄を張る意味もない自由で奔放な時間。
だからこそ、お二方のようにユウタ様の側に誰かがいるのだろう。
まるで闇夜に引きずり込まれるかの如く。ただ、闇の中はあまりにも心地良くて優しくて、離れる気すら起きやしない。
私もまたメイドでありながらメイドであることを忘れて振る舞いそうになる。飛び跳ねたくなる楽しさに誘われ心を躍らせてしまう。
レジーナ様が自慢げに鼻をならす。
ユウタ様が見守るように笑う。
フィオナ様が怒り、だけども嬉しそうに頬を膨らませる。
そんな光景が楽しくて、嬉しくて、暖かくて―



―悔しくて。



私は知らなかった。ユウタ様がこんな風に笑えることを。
私は見たことがなかった。リチェーチ様に向けた慈愛にあふれた笑みとは違う、優しく暖かく楽しげな笑みを浮かべることを。
私は何もわかっていなかった。楽しげに笑うユウタ様が―




―どうしてこうも寂しげな感情を持ち合わせていたのかを。




楽しんでいる。喜んでいる。それは事実なのに同時に抱いたその感情。
楽しさで押しつけて、嬉しさで蓋をして、好きという感情で縛り付けるのはなぜなのか。
目を背けるのはそれだけ抱きたくないものなのか。
ひた隠しにするのはそれだけ秘密にしておきたいからか。
聞いたところで答えてはくれないだろう。だからこそ、尚更私が知らねばならない。でなければ私は一生この距離を縮められない。レジーナ様やフィオナ様には届かずに、リチェーチ様にも並べずに、ただのメイドとして終わってしまう。
私はその感情を知らねばならない。



私はメイド―ユウタ様に使えるたった一人のメイドなのだから。















その後も似たようなやりとりを繰り返し、気づけば月が真上に上る時間帯。
日は暮れ、月明かりが王宮に降り注ぐ。中では明日の仕事に備え早めに床につくもの、未だに仕事をこなす者、鍛錬に励むものと様々だろう。
ユウタ様はレジーナ様、フィオナ様と別れ自室へと向かっていた。その後ろを三歩ほど離れてついて行く。

結局私は知らないことだらけ。

レジーナ様は思いも寄らぬユウタ様の素顔を引き出した。
フィオナ様は奥底に隠されたユウタ様の感情を浮き彫りにした。
どちらも私にはできぬ、御二方だからこそ見れた部分。御二方だけが独占していた姿。
私では未だ届くことのできぬその先は時間と信愛で築き上げた故のもの。

だが。

疲れたようにため息をつきながらもその背筋は伸ばされ、足運びも静かで確かなもの。物音をたてずに聞き耳を立てる、周りを警戒する武人の姿勢だ。
それでも私にはわかる。今日の仕事でためた苦労に、精神的な疲労感。それから、決して嫌悪ではない暖かな感情が。

「今日はなんだか疲れたね」
「…では、マッサージ致しますが」
「いや、それはいいかな」

提案をきっぱりと断られてしまった。
しかし体は休息を求め、それ以上に癒しを求めている。だが、私が立ち入るにはまだ遠く、だけども確かに飢えている。
ならばここはリラックスのできるものを。快適な睡眠のために刺激の少ない良い香りを、それから疲れもとろけるとびきり甘いものを淹れることにしよう。

「…就寝前の一杯はどうでしょうか。リラックスできる茶葉を用いますので安眠できることかと」
「んー…なら、お願いしようかな」

歩幅は変わらない。だが、一歩一歩が徐々に遅くなる。対して私の足は変わらず、すぐに隣へ並ばれた。
月明かりがうっすらと輪郭を浮かび上がらせ、闇夜より濃い瞳が優しげにこちらに向けられる。

「ありがと、エミリー」

あぁ、と思う。
メイドとして感謝されることはほとんどない。それが当たり前のことだからだ。
だが、こうしてわざわざ隣でお礼を言って下さる。微笑んで、心の奥から感謝して下さる。
それだけでも私はこの御方に仕えている事を喜ばしく想い、また誇らしくも思えるのだ。

「…恐悦至極にございます」

そして、抱いたこの感情はきっと誰とも異なるもの。
レジーナ様と近かろうが決して同じではない。
フィオナ様と似ていても確実に違っている。
ユウタ様が抱く感情も今だけは私だけのもの。
ちょっとした優越感に浸りながら私は伝う涎を拭い取るのだった。

16/02/14 21:38更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということで堕落ルートメイド編四話目でした
以前以上に彼と親しい様を見せつけられたエミリーでした
それでも自分と二人きりの時間の大切さも再確認し、さらなる精進をするメイドの鏡です

ただ、今回とうとう口に出しちゃうという大失態
これで彼の中のエミリーが師匠に近づきました
決して抜かしません。師匠はそれ以上に凄まじいので


次回は三話目の逆、彼がエミリーに感謝する番です
常日頃から働く彼女に一体何をするのか

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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