連載小説
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レブラム村と魔物
私がミラからセクハラを受け、気のすむまで殴った次の日の朝、私は水面に映り込んだ自分を見て驚いた。
「嘘、本当に元の姿に戻ってる……!」
朝起きた直後、私は体の感覚に違和感を覚えた。そしてそれを意識した時、何と水を操る事が出来たのだ。それを眼にしたミラは早速私に変装の仕方を教えてもらい、今に至る。
「だろう?魔法なんて魔力を意識すれば簡単に使えるんだよ」
私の後ろで魔法を使えるきっかけを造ったミラが得意げに笑った。
「そうね。こればかりは感謝するわ。ただ、意識できる様になったからって何で急に魔法が使える様になったのかしら?」
「あんたの場合、覚醒?とでも言うのかね。魔法も魔物も居ない世界で育って、さらにオナニーまでしたことなかったなんて、そりゃ魔力感覚も何もない訳さ」
ミラの考察にふと昨日の情景が浮かぶ。
「所でミラ」
「ん、なんだい?」
「昨日散々殴った割りには全然痕がないのは何故かしら?」
視たところ、昨日はあった筈の痣やたん瘤が今ではすっかり治っている。
私は苛立ちと共に関節を鳴らした。
「ま、魔物は傷の治りが早いんだよ。顔面に痣がある女に男が寄り付く訳ないだろう?」
「そう。ならもう何回か殴ろうかしら?治るのなら問題ないわよね?」
「止めてくれ‼昨日散々殴ったじゃないか!もう良いだろう‼」
「それとこれとは別よ」
さすがに冗談だが、昨日の暴力が身に染みたのか、ミラは後ずさる。
「おいおい、二人とも、そろそろ出掛けるからワイワイしてないで準備してくれ」
と私達の会話に介入して来たのはトニーだ。
私は彼にも言いたい事がある。
「トニー、貴方、昨日はよくも逃げたわね」
そう咎める様に言うと、トニーはあからさまに顔をしかめた。
「ゲッ!し、仕方ないだろ!あんな場面いたたまれねえっての‼」
「だからって逃げるの?貴方が襲われた時助けてあげたのに!」
「恩着せがましい事言うな‼」
私達が口げんかを繰り広げている中、ミラはまるで夫婦げんかみたいだと呟きながら仲裁に入ろうとする。
「まぁまぁ、とりあえず落ち着こうよ。それにアヤカの場合は魔法のレッスンだろう?」
「元凶は黙ってなさい‼」
「元凶は黙ってろ‼」
「はい……」
私とトニーは揃ってミラを撃沈させた。

その後、私とトニーの口げんかは小一時間続いた。


「良し、じゃあまずはレブラムの村に向かいましょう」
トニーは改めて開いた地図をしまう。
「なら、案内は任せろ。一度行った村だ。迷うことはないだろ」
「頼もしいねぇ、お姉さんチューしてあげるよ!」
ミラは蠱惑的な笑みを浮かべ、トニーに顔を近づけようとする。……彼女の場合絶対キスだけで済まない気がする。
「分かったわ。ミラはここで留守番ね。となると直接アーカムにーー」
「ごめんなさい‼謝りますから連れてって‼」
泣きながら抱き付こうとするミラとそれを拒否する私。そんなやり取りを視ていたトニーがふと呟いた。
「……お前らって仲良いよな」
「…………そうでもないわよ?」
「アヤカ、それ流石に悲しいよ」
……今度は本当に泣きそうだ。
「冗談よ。まぁ人並みには仲は良いわ。多分」
「多分って何さ‼」
「そうやって漫才みたいな会話をしてる時点でスゲー仲が良いと思う」
何だろう、否定できない。
「出来ればあたしは夫婦漫才がしたいんだけどな〜?」
ミラは期待の籠った視線をトニーに向ける。だが彼はその期待に気付かず、
「俺は口下手だから無理だ」
と断った。ミラは不満げに顔をしかめた。
「そう言う事じゃないよ‼」
「は!?何だよ?」
ここは空気を読むべきか迷ったが、説明する事にした。
段階も踏まずいきなりセックスしようとするから駄目なだけであって、普通に告白する分にはかまわない。たまには助太刀しても良いだろう。
「ミラは遠回しに告白してるのよ」
「なっ‼」
「そうだよ!返事は!?」
「んなすぐ出来るかー‼」
顔を赤らめたトニーはまとめた荷物を手に取り、洞窟の出口へ向かう。
「とにかく、皆準備出来たよな!?もう行くぞ‼」
トニーはその場から逃げるように立ち去った。
取り残された私達は互いに顔を見やる。
「……私の行為は余計なお世話だったかしら?」
「少なくとも意識はしてもらえるから良かったと思うよ?ありがとう」
「そう。じゃあ私達も行きましょう」



洞窟を出発して一時間。
トニーの案内でレブラムの村に到着した。
到着直後、トニーの周りには人だかりが出来ていた。
「トニー!また来てくれたのか、嬉しいよ!」
「トニー、さっき獲れたばかりの猪の肉はどうだい?」
「お兄ちゃん!また遊ぼうよ‼」
「おいおい、今日は用が終わったらすぐ出るからそんな一辺に来るなって!」
「……何だいあれ?トニーってモテるんだね」
「しかも皆女性じゃない。魔物って訳でも無さそうだし、本当にモテるのね」
そのせいか遠くから男性の村人が怨めしそうにトニーを睨んでいる。
ミラが驚いた顔をしてこちらを向く。
「分かるのかい?」
「ええ、魔力の流れ、というか、種類が私達と違う」
これも今朝気付いた事だ。
「魔法も扱える様になったし、もう立派な魔物だね!」
「そう。でも貴女みたいな魔物にはなりたくないわ」
「それは酷いよ!」
こんな手順も踏まないド淫乱にはなりたくないものだ。
「ところでトニー、そちらのお二人は?」
トニーを囲む女性達の視線が一斉にこちらを向く。何だか強い威圧感を放っているのは気のせいか。
「ああ。まぁ、連れなんだけど、服を着せたくてさ。図々しいとは思うけど、誰か譲ってくれないか?」
と言うとミラの方に更なる視線が集中する。
現在、ミラの格好は洞窟内にあった大きな布を羽織っただけの状態である。本当は私が仕立ててようと思ったが針も糸もないために出来なかった。
村人の何人かは訝しげに私達を見る。
「貴女はともかく私は変じゃないわよね?」
「あんた自分だけ良ければ良いのかい?」
「冗談よ」
実際は図星だけれど。
私達が緊張しているなか、群がる女性達とは違う場所から声が上がった。
「私は構わないぞ」
その女性は金髪碧眼で、女性にしてはなかなかの美人で長身だった。
その女性は私達に歩み寄ると、小さな声で言った。
「君達、魔物だな?」


その後、私達はクレアと名乗った女性の家にお邪魔している。
ミラは早速服を着に奥の部屋へ向かい、トニーは外の女性達に捕まり連れ去られ忙しくしている。私とクレアは居間で二人きりだ。
どうやら彼女も魔物のようだった。だが、普通の魔物とは違う感じがした。
「あの、クレアさんも魔物ですよね?」
「ああ。私はヴァルキリー、地上に降りた主神の使いのなれの果てだ」
ヴァルキリー、戦乙女か。
……と言うことは天使から魔物になったてこと?
「この世界の魔物って何でもありね」
紅茶を一口飲み、私は小さく呟く。
「……?何か言ったか?」
「いえ、独り言よ。気にしないで。ところで、天使でも魔物になるのね」
「ああ。本来は主神様の御加護があるから影響はなかった筈だったが、私なんかは強力な魔物と親しくしていたせいか気付かぬ内に魔力に侵され魔物になっていたよ」
クレアは自嘲気味に笑う。何だかさらっと凄い事を言っている気がするのだけど。
「天使が魔物と親しくするってどうなの?」
「有ってはならない事だ」
クレアは揺らぎのない眼でそう言った。思わず息を呑む。
だが、彼女はすぐに力を抜く。
「と、彼女と出会うまではそう思っていた」
クレアは遠い眼で語る。
「彼女と会うまで、魔物は敵だと思っていた。だが、魔物である彼女と会った時、私は咄嗟に剣を抜いた。主神様の意向に従い、魔物を殺す事は正義だと思っていた」
また凄い事言ってる。私の世界ならまぁ間違ってはいないけど、魔物となった今だと正直微妙な感じだ。
「だが、その時同行していたパートナーに言われたんだ。『誰かの正義は誰かの悪』とな」
「そのパートナーも凄い事言うのね……」
「だろう?私が正義だと思っていても、魔物からすればそれは悪でしかない。それを聴いたとき、私は心底叩き潰された気分だった」
「敬愛する人を否定されている様なものだものね」
クレアは面を食らったと言う表情を浮かべ、直後にふと笑った。
「……全くその通りだ」
クレアが笑い出したとき、ちょうど着替えが終わったのかミラが扉を開け居間に顔を出した。
「終わったよ。着替え、ありがとね」
「ああ、気にしなくて良い。友人からの貰い物だからな」
「そうかい。結構サイズがピッタリだよ」
ミラの発言に私達はムッとした。主に彼女の胸を見て。
そんな事意に介さず、ミラは私の隣に座る。
「にしても驚きだよ。ヴァルキリーのまま魔物になるなんてね。普通ダークヴァルキリーになるはずだろう?」
……そう言えば、天使が魔物になるのなら堕天しても良いところだ。彼女の場合堕天なんてイメージが当てはまらない程綺麗な魔力をしている。ミラの様なねっとりとしたものではない。
「気付いた時にはもう完全な魔物だったからな。ダークヴァルキリーになるのは不完全な状態で魔物である事を自覚した時だ」
何それ、そんなルールがあるのね。
「あんた、夫さんは?」
「今は仕事でな。娘達と一緒に近くの森で猪を狩っている」
子供居たのね。
「さっき言ってたパートナーの人?」
「ああ、ひねくれた男だよ」
それはさっきの話で十分理解できる。さぞ相手に苦労した事だろう。
さて、
「クレアさん、今日はありがとう。お世話になったわね」
「着替え、助かったよ」
私は席を立って礼を述べる。ミラもそれに続く。
「話し込んじゃったけど、私達急ぎだから、これで失礼するわ」
「良かったらまた遊びに来ると良い。歓迎する」
「その時には夫さんを紹介して貰えるとーー」
「ミラ」
「すみません」
「フフ」
下心大有りなミラを名前を呼ぶ形で叱責する。その様子にクレアは小さく笑った。
「君は変わっているな」
「ミラには負けるわ」
「アヤカはあたしが嫌いなのかい?」
「フフ、残念だがアヤカ、君の方が変わってるよ」
「嘘……?」
クレアの強烈なパンチが私を打ちのめした。
「魔物と言うのはやはり人間と違うからな。ミラの様な態度の方が自然なんだ。君はその点、人間寄りで魔物として変わってる」
何だろう。この敗北感は。私は負け惜しみにクレアに返す。
「クレアだって変わってるわよ」
「私は元が元だからな。だが、夫とは毎晩してるぞ?」
ああ、駄目だ。これは何をしても焼石に水だ。
「はぁ、もう行くわ。トニーを連れ戻しましょう」
「用事が済んだらまた来るよ」
「楽しい時間だった」
私達は玄関からクレアの家を出た。


アヤカ達が去った後、少しして裏口から戸を開ける音がした。
「帰ったか」
「ただいま」
姿を見せたのは赤い髪を無造作に伸ばした青年と、今年で十六になる双子の娘達だ。
「狩りはどうだった?」
「お父さんにまた負けた」
「罠にははまってくれないし、網とか上手く使えない……!」
「まぁ、それは慣れだからね」
と悔しがる娘達に夫は笑顔で返す。
「……お客様でも来たの?」
机に出ていたティーカップを見て夫は不思議そうに聞いてきた。
「ああ。ちょうどさっきの出ていった所だ。紹介したかったんだがな」
「それは光栄かな」
「娘達の方をな」
「あれ?」
夫は足を踏み外した様にずっこける。
「楽しい時間だったよ」
「それは良かったね」
夫は変わらぬ笑みでそう言う。
「お母さん、お昼は焼き肉にしましょう」
「賛成!」
「そうだな。せっかく獲ってきたしな」
私は食事の支度をする前に、ティーカップの片付けに入った。
15/11/10 05:21更新 / アスク
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■作者メッセージ
はい!という訳で今回はクレアさんがゲストとして出て来てくれました!
こちらの方も今執筆中ですが、優先的にこちらをまず進めようかなと思いまして。
シリアスよりちょっとギャグ入れた方がやりやすいんですよね。
次回はいよいよトニーの故郷アーカムへと向かいます。

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