連載小説
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確固たる信念
 アタシが森の中に入って感じたことは「嫌な予感がする」ということだけだった。

 アタシはあのフェリエの王子様とかいういけ好かない野郎と闘えればそれでいい。……と思っていた。なぜなら、アイツはロロイコ家の戦闘術を修め、戦場に立っている。そして、アタシがアイツを倒せば、アタシはこの国最強の一角、ロロイコ家の接近戦闘術を破ったという栄誉を手にすることができる。

 そうすれば、きっと永代騎士への道も開ける。だから、ルメリの言うとおりに森の中に進んでやった。騙されてやるつもりだった。どうせルメリは私がテツヤに勝てないとでも思っているのだろう。その裏をかいてテツヤを倒してやる。そんなつもりで歩を進め、ヤツを発見した。



 だが、ヤツを発見した私は何故かレンディスに向かって叫んでいた。


「なら! アタシは騎士だった曾祖母のために! 闘いを冒涜するアンタをここで倒すッッ!!!!!」



 身に宿る信念と、沸々と湧き上がる激情に任せた咆哮。……いや、そんなにかっこいいものじゃない。アタシは自分よりも強い相手に宣戦布告した、無謀なただのバカだった。後悔すらできないほど、アタシはバカだった。








「ぐぅっ……あぐっ……うあっ!」

 レンディスの拳が腹にめり込む。胸にも、顔にも、そして肩にも。

 連撃を息も乱さずに繰り出すレンディスに対処しきれず、私は地に足を衝いた。

「さっきまでの威勢がないぞ?」

 指を鳴らすレンディスが涼しい顔をして立っている。

 けれど、アタシはレンディスに一撃、鳩尾に食らわせたはずだった。
連撃をかいくぐり、あえて近付いて放った渾身の一撃。一瞬ひるんだレンディスを見て、効果はあったと確信した。でも、レンディスの身体には痣一つない。さらに彼女はあの王子と交わるために自身の鱗を剥ぎ、胸やその肢体を使って愛撫をした直後だった。すなわち、レンディスの最も防御力の低い状態であったにもかかわらず、アタシは彼女に傷一つつけることができなかったのだ。

 アタシの積み上げたプライドが音を立てて崩れていく。
 アタシは騎士であった曾祖母から、騎士道と剣術を学んだ、誰よりも騎士に近い存在だったはずなのに。

 せめて剣があれば。この神聖な闘いを情欲で冒涜するメストカゲを倒せるかもしれないのに。

 体の中の激情が敗北感の波にかき消されていく。尾の炎ももうすでに小さくなってしまった。ただ、それでも私は騎士になる者として、曾祖母に向けて建てた誓いだけは守りたかった。

 だから、両足に力を込めて二本の足で大地に立つ。

「愛は言葉で紡ぐもんだ……!! 力で屈服させ、押し付けるものなんかじゃないッ!!」

 曾祖母に建てた誓い。それは人と同じような恋をすること。
 この国に住む魔物たち全員が愛を語り、言葉によって愛を紡ぎ、交わり、子を成す。それが啓蒙国家フェリエが、レスカティエや反魔物国に認められるための唯一の道だと曾祖母は言っていた。

 侵略戦争で魔界を広げていけば、きっと未来に禍根を残す。生き残った教団の敬虔な信徒達は、きっと魔界の魔力に抗う方法を作り出し、戦争の火種を作り続ける。だからこそ、教団にはアタシたちがヒトと同じ愛を紡いでいける存在だと理解してもらわなければいけない。

 ボケたババアの世迷言。きっともう叶えられないババアの理想。そして闘いの理由。
 曾祖母は自身の考えをそう評したが、アタシにとってそれは、受け継ぎ、目指すべき理想だったのだ。


 だから、目の前でアタシの理想を汚したレンディスを、許せなかった。
 目の前でアタシの曾祖母の理想と、曾祖母の人生をかけた神聖な戦いの歴史を、踏みにじられたような気がしたから。

 だからアタシは叫んだ。拳を握って戦った。……でも、及ばなかった。
 
 殴られた鼻からは鼻血がだくだくとあふれ出る。

 切れた口の中は血の味がする。

 魔界銀の剣で斬り合っているわけじゃないし、怪我をするのは当然だ。
 そして、相手が魔物ならレンディスが本気を出すのも当然だ。
 情事を邪魔されたのなら、特にレンディスは怒るだろう。

 さらに、レンディスは私が何故怒ったのか、理由さえ知らない。

 きっとレンディスは、アタシのことを宝を横取りしようとする女だと誤解しているのだろう。

 誤解を解けば、仲直りはできるかもしれない。……でもアタシは立ち向かう。
 穢されたアタシの一族の闘いの誇りを、人類と理解し合うための聖戦を取り戻すために。

「行くぞォ! レクシアァァァッッ!!!!」


 レンディスが吼え、空気がびりびりと揺れる。
 その右手には炎が宿り、私をとらえようと迫る。

 アタシも最後の力を振り絞る。


 レンディスと同じ技、烈焦拳を使うために魔力を込める。

「……!? なんで!なんで出ないのッ!?」

 ぽろぽろと涙ばかりが出る。手のひらから炎は出ない。

 だから私は迫るレンディスの掌を眺めるしかなかった。


 



 








 「お、おばあちゃん……」

 がくがくと震える顎でつぶやいたはずのアタシの言葉は、誰にも届くことなく、きっと爆音でかき消されてしまったのだろう。
18/12/22 06:15更新 / (処女廚)
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■作者メッセージ
んー連続更新はきつい!ねむい!でもバトルパートで惨めに泣いちゃうレクシアちゃんかわいい!しゅき!

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