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珍しいあなたへ |
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雪が積もり始める季節。
昼時を過ぎれば、太陽はぐんぐんと駆け足で下っていき、さっさと月と交代してしまう。 時刻は午後四時を少し回ったところ。太陽はかなり傾き、西の空から眩しくも温かな今日最後の日差しが、防寒着に身を包んでも冷える体を温めてくれた。 「カトリ」 名を呼ばれて、振り返ると、そこには西日に照らされ、金色に輝く髪と対照的な暗い赤い瞳を持った青年が立っていた。 「ヨシュカお兄さん」 「今帰りか?」 ヨシュカの問いにカトリは小さく頷く。三十歳間近だというのに、ヨシュカは未だどこか少年らしい面影を残している。もっとも、それはヨシュカだけでなく、カトリの父にも言えることなのだが。 「お父さんはまだ仕事、ですか?」 「うん、明日の漁のための準備をしている。もうすぐ終わると思うが、待つか?」 カトリはちらりとヨシュカの背後にある、二人の仕事場を見つめた。しかし、やがてふるふると首を横に振った。 「いい、先に帰ります。ここは寒いですから…」 「そうか、なら帰ろう」 そう告げると、ヨシュカは左手に付けていた手袋を外し、カトリの手を優しく握った。種族柄かどことなく冷え症の気があるカトリの手は、案の定、先ほどまで作業をしていたヨシュカの手よりも冷たい。 「寒くない?」 「…ちょっとだけ」 「我慢させて、ごめんね。今度出掛けた時にもう少し温かい上着を買おう」 「…さっきのは嘘です。これくらい全然大丈夫です」 風のせいか少し強張った笑顔を向けてくれるカトリに、ヨシュカも軽く微笑み返すが、その内心は遣る瀬無い思いだった。 良くも悪くも母親に似すぎている。カトリが歳の経るごとに、ヨシュカはそう思うことが多くなっていた。 他人行儀な敬語、迷惑をかけないためにつく嘘など、一見すれば見逃してしまう、聞きそびれてしまう様なカトリの本音。それらに可能な限り気づき、察する様にしているが、最近ではそれを隠すのが上手くなってしまっている。 まるで彼女の母親、コトのように。 「あっ、お帰り」 玄関を開けると、すぐ横にある台所から、ヨシュカの妻でもある、スキュラのキュラが包丁を持ったまま声をかける。 「ああ、ただいま」 「ただいまです」 ヨシュカとカトリは防寒着を脱ぐと、手洗いうがいをしに、キュラの横に並ぶ。台所の真向かいにある居間からはきゃっきゃっとはしゃぐ声が聞こえてくる。 「や〜い、ババ引いた〜。お馬鹿〜」 「う〜ん…。それなら…」 「ふ〜ん!何をしたってあたしはそんなのに引っかからないもんね〜」 そう言って飛び跳ねる幼いスキュラのラキと、真剣に二枚のトランプを見つめるコカトリスのコトがソファの上で楽しそうに遊んでいる。先に手洗いうがいを済ましたカトリはそんな様子を遠巻きに見つめた。 「手伝おうか?」 「あぁ…うん、じゃあ、お願い。ごめん、もっと早く夕飯の準備済ませちゃおうと思ったのに、なかなかラキが離してくれなくって…」 「そんなにトランプが気に入ったのか?」 「そうみたい。でも、弱くって、弱くって…。その癖、勝ち逃げしなくちゃ気が済まないみたいで…」 「楽しんでもらえて何よりだよ」 「半日中トランプに付き合わされるこっちの身にもなってよ?」 小さく笑うヨシュカの脇腹を軽く小突くキュラだが、その顔は決して嫌そうなものではなかった。むしろ、愛する夫に愛する娘の可愛らしい話をするのが楽しくて仕方がないかの様だった。 そんな夫婦の間に、料理の手伝いを口実に入ることも出来なければ、楽しげにトランプを楽しむ二人の間にも入れないカトリは一人、窓辺から暗くなっていく外の様子を見つめるしかなかった。 ◇ 「ご馳走様でした」 「あれ?カトリもう良いの?」 お皿に残った御菜を箸で指差しながら尋ねる父、ツァックにカトリは小さく頷くと、さっさと食器を持って台所へと向かった。 「じゃあ、僕がも〜らおっ!」 「…それは良いが、箸でお皿を引っ張るな。みっともないぞ」 きつい目つきで嗜めるヨシュカだがツァックは特に気にする様子もなく、適当な返事をした後にカトリの残した御菜をぱくぱくと口の中へと放り込んでいく。 「あーっ!あたしも欲しかったのにー!」 キュラとヨシュカに挟まれる様にして座っていたラキも必死に体ごとフォークを伸ばす。 「こらっ、服にご飯つくから、やめなさい。ツァック、半分あげて?」 「あ〜い」 頬をこれでもかと膨らませたツァックはお皿をキュラへと渡し、それをキュラはラキの目の前に置いた。 「ありがと、ママ!じゃあ、はい、あーん!」 「あ、あーん…」 目をキラキラさせ、御菜を刺したフォークを差し出すラキにキュラは顔を赤らめながらも応える。そんな二人を見て、ヨシュカとツァックはお互い小さく微笑んだ。 洗ったお皿を拭きながらカトリも台所からその様子を見つめていた。冷たい水で洗った為に手は悴むが、不思議と寒いとは思わなかった。むしろ、胸の中心から温かさが流れてくるのがよく分かる。 良いな、ラキは…。 義理とはいえ妹に抱くべき感情でないのは分かっている。だが、あんな風に、素直な自分を曝け出して、みんなに受け止められているところを見ると、どうしても羨望の眼差しを向けてしまう。 良くないとは思いつつも、そんな温かい光景を見つめていると、ふと、カトリはコトと目があった。 その瞬間、カトリの背中に悪寒の様なものが走り、先ほどまでは感じていなかった手の冷たさが、痛みへと変わる。危うく持っていたお皿を落としそうになるが、乱雑ながらも何とかそれを置くと、逃げる様に部屋から出て行った。 「あれ?カトリお姉ちゃんはもう寝るのかな?」 体を振り向かせ、ほんの少し開いたドアの方を見つめるラキの声に、ヨシュカとツァック、そしてキュラはハッとした様にそちらに視線を寄せる。 「疲れているんだと思います。最近は寒いですから、余計に」 四人がカトリが出ていったドアを見つめる中、何事もなく少量のご飯を口に運びつつ、コトは特に変わらぬ声色で告げた。 姿勢を正す中、キュラはちらりと横を見つめると、ヨシュカと目が合った。やはり、彼も同じことを考えているらしい。ならば、こちらがすることは一つだ。 「ラキ、早くご飯食べちゃって、カトリお姉ちゃんとお風呂に入って来て?」 「は〜い!」 目一杯手を高く上げると、ラキは残ったご飯をペロリと平らげていった。 ラキが食べ終わると、コトは早々に片付けを始めに台所へと行ってしまった。キュラもヨシュカとツァックのお皿を持って、すぐにその後を追う。 テーブルには神経質そう顔をしたヨシュカと、満腹からお腹をさするツァックだけが残った。普段ならツァックもすぐに席を立つのだが、今日はそうしなかった。 兄弟間の勘とでも言うのだろうか、ヨシュカから発せられる、言葉にせずとも伝わるものがツァックを止めていた。 「…」 「…」 しかし、当のヨシュカ自身は一言も発しない。ただ、じっと向かい側に座るツァックをじっと見つめるばかりだった。 気恥ずかしい、というよりも、何となく顔を合わせるのが嫌だった。だから、明日やれば良い仕事を遅くまでやり、一緒に帰るのを避けた。 その理由は、ぼんやりとだが分かっている。 ただ、こっちの問題だ、そっちには関係ない。という思いもあった。でも、そんな、何処にもぶつけようのない苛立ちを、愛する兄にぶつけて良いはずがない。 いっそのこと、お前がもっとしっかりしないからだ、そう言ってくれた方が楽だった。そうやって、不貞腐れた方が自分も楽だし、妻も娘も自分を責めてくれた方が、逆にまた一緒になれる気さえする。 台所から聞こえてくる水の流れる音が部屋を包みこむほど、部屋の中は静まり返っていた。皿洗いをしているコトやキュラの間にも会話がなかった。 「兄ちゃん、僕…」 「ツァック、このままで良いと思うか?」 痺れを切らし、立ち上がろうとしたツァックにヨシュカは神経質そうな険が取れた、柔らかい表情で尋ねた。 「な、何のこと…?」 「言わなきゃ気づかない程お前が馬鹿だとは思ってないよ?でも、敢えて言って欲しいなら、コトもいるここで言うけど…。どうする?」 柔らかく、優しい口調ではあるが、ツァックは胸のあたりがチクリと痛むのを感じた。自然と台所でお皿を拭いていたコトの方に目がいった。顔色が悪く、小刻みに震えている妻と、その肩を優しく抱く義姉の姿が酷く切なかった。 「…分かった。惚けるのは止める」 ゆっくりと椅子に腰を下ろすと、ツァックは何度か深呼吸をし、意を決したように告げた。 「…兄ちゃん、この家を出て行きたい」 ◇ 自室、というよりも親子水入らずの部屋という方が近い、両親と一緒に眠るベッドのある部屋で、カトリは一人、電気も点けずに毛布に包まりながら、外を見つめていた。 外ではいつの間にか雪がちらつき始め、それらが月の光を反射し、外は妙に明るい。 ほぉ、と息を吐けば、それは冷えた窓にぶつかり白く色づいていく。まるで、自分自身の羽の様に。 どうして、私はこんなところで暮らしているんだろう…。 学校へと通うまでそんなことを気にすることはなかった。しかし、学校で出会う友人たちの自分へ、とりわけ白い羽へと向けられる奇異な目がそんな疑念を生んだ。 多少性格は変わっているが、父は見た目は普通だ。ならば、自分がこんな姿形なのは…。 「…駄目。責めちゃ、駄目…。お母さんを責めちゃ…」 歯を食いしばり、吐き捨てたい思いを、言ってはいけない言葉を必死で堪える。 何度もこうしているのに。もはや日課になっているのに。そうするたびに、涙が止めどなく溢れ、自身の真っ白な羽を濡らす。 「カトリお姉ちゃん…?」 どれくらい泣いていただろうか、拭う事にも疲れて、濡れた手が乾いた頃、背後から小さく光が差し込み、窓の外が少し見え辛くなる。 振り返ると、そこには可愛らしいパジャマを抱えたラキが立っていた。 「…何?」 「ママが一緒にお風呂に入っちゃいなさい、だって。だから、一緒にお風呂入ろ?」 「…うん、分かった。ちょっとだけ、待ってて…。すぐに準備しちゃうから…」 ゴシゴシと毛布で顔を荒っぽく拭くと、カトリは暗がりの部屋の中、お風呂へ行く準備を手早く済ませる。 「ごめんね、待たせて。持つよ?」 「へーき!これくらい持てるもん!」 片手を差し出すと、ラキはにっこりと笑い、着替えを頭の上に持ち上げて、さっさと脱衣所へと駆けて行ってしまった。 大きくなったね…。 少し前まではきゃーきゃー、泣いてばかりいたのに。いつの間にか、歩けるようになって、いつの間にか、話せるようになっていく、義理の妹の成長に、カトリは少し頬を緩めた。 先に入ってしまったラキを追い、カトリも脱衣所の扉に手をかける。すると、誰かの喋り声が近くにある居間へと続く扉の奥から聞こえてきた。 扉は閉じており、中の様子を窺うことが出来ないうえに、ぼそぼそとした声は所々しか聞こえない。カトリはそっと扉へと近づき、耳をそばだてる。 一瞬、声色からヨシュカの声だろうかとも思ったが、口調や息継ぎのタイミングなど、家族くらいしか分からない様な小さな違いから、喋っているのはツァックなのだとカトリには分かった。しかし、それにしても聞いた事がないほど暗い声だった。 廊下は冷たく、先ほどまで毛布に包まっていたことなど忘れてしまう程に、カトリの体温を奪っていく。 しかし、震える自身の肩を抱きつつも、カトリはその場から離れられずにいた。 普段、決してヨシュカと間違うはずのないほど明るく、明瞭な声で話すツァックがこうも暗い声で話しているのが不思議であり、不安で仕方がなかった。 やっぱり、さっきのことかな…。 コトと目が合った時、カトリは自分でも戸惑うほどに焦っていたのを自覚していた。 何故かは、正直分からない。良くないことだと、あってはならないことだとも分かっている。しかし、自身と似た姿形の母を見るのは、耐え難いものだった。 反抗期、一度はそんな言葉が浮かびもしたが、そんな可愛らしいものではない。自分はもっと穢れたものを持ってしまっているに違いない。 生んでくれた母を、愛してくれる母を恨んでしまう、こんな私なんて…。 「お姉ちゃん!寒いよー!早くー!」 びくんと体が飛び上がらんばかりにカトリは驚く。声のする方を見ると、ドアを半分ほど開けて、湯気と共にふくれっ面を覗かせるラキの顔があった。 「ご、ごめ…!」 謝ろうと思い、声を出しかけたところで、カトリははっとしたように口を覆う。今ここで声を出せば、少しとはいえ話を聞いていたのがバレてしまう。それはまた他の家族に余計な心配をかけることになる。 可能な限り音を立てないように扉から離れると、カトリはラキを抱っこして、脱衣所へと駆け込んだ。 ◇ 「話は分かった…。だが…」 ツァックの話を聞き終わったヨシュカとキュラの顔は浮かない。それもそうだろう、あまりに勝手で、あまりに唐突な話だ。娘のためにこの家を出て行きたいなどと…。 でも、もうあんな悲しそうな顔で鏡に向かい合う娘の姿を見たくはなかった。 話すのを夫に任せ、コトはひたすら黙って俯いていた。 家を出る旨の提案をしたのが僕だと、不器用なりにも嘘をついてくれたツァックには感謝している。それでも、そもそもカトリの悩みを知ったのも、提案を言い出しつつも、問題を先送りにしてきたのも自分だ。 合わせる顔などあろうはずはなかった。 「出るにしろ、出ないにしろ。こっちの都合だけで何もかも決める訳にはいかない」 「でも、あんまり遅くなるとカトリちゃんが…」 腕を組んだまま椅子に寄りかかるヨシュカにキュラは心配気な顔を向ける。 「分かってる。でも、あの子たちの意見を聞かずに、物事を決めるのは良くない。家を出ることも、カトリがどう思っているかも、話を聞いて家族全員で考えるべきだと思う」 「…そう、ね。勝手に決めつけるのは良くないわね。あの子たちの為にも」 「うん。子供だから、なんて言って話を聞かないのは不公平だ。ツァックもコトもそれで良いか?」 ツァックはちらりと俯くコトの方を見ると黙って頷いた。 話が終わると、ヨシュカは早々に自室へと行ってしまった。歩き方から、どことなく苛立っているのが分かったキュラはすぐには彼を追わず、凝り固まってしまった体を軽く動かしながら、暗い顔の義弟夫婦を見つめた。 こっちの方が問題かな…。 こんなにも暗い顔のツァックを見たのは二度目だった。 どんな時も明るい性格のせいか、落ち込んでいる時のツァックはヨシュカを通り越して、もはや別人の様になってしまう。こうなると、もはやヨシュカでもキュラでも立ち直らせるのは難しく、唯一それが可能なコトもツァックとさして変わらぬ状況ではその役も望めないだろう。 前回も大変だったけど、今回も同じか…。でも、大丈夫よ、二人とも。なんせ今回は…。 「ちょっと、カトリちゃんだけにラキの面倒見させるのは可哀想だから、一緒にお風呂に入ってくるね」 そう告げると、キュラも部屋を出て行った。 ◇ 「あわあわだよ!あわあわ!ふー、ってやると、シャボン玉みたいになるかな?」 きゃっきゃっと手足をぱたぱたと動かすラキを宥めながら、カトリはその癖っ毛の優しく洗っていた。 「痛くない?大丈夫?」 「うん、カトリお姉ちゃんの手、ふわふわしてるから気持ち良いよ」 「そっか…」 自身の手とは似ても似つかぬ手で洗われていても、ラキは気にすることなく鼻歌を歌い、身を任せてくれている。そのことがカトリには少し嬉しかった。 別にクラスの者たちから奇異な目で見られているというだけで、自身が知っている範囲で悪口を言われているという訳ではないのだが、こうしてこの姿形を認めてくれる様なことを言ってもらったことはない。 不思議だね、本当に羽なんだね、というような言葉は正直ありがた迷惑だった。 「ねぇねぇ、カトリお姉ちゃん?」 「えっ…あっ、なに?」 「お風呂入ったらもう寝ちゃう?それともお勉強する?」 「宿題をするつもりだけど…。何か用事でもある?」 「あのね、トランプしたいの!」 「トランプ…?でも、さっきお母さんと…?」 「ううん、今度はパパもママも、ツァックもコトちゃんもカトリお姉ちゃんも、みんなで一緒にやるの!」 「みんな一緒に…」 ラキの頭を洗っていた手を止めると、カトリはそっと顔を上げる。そこには父譲りの緑色の瞳、母譲りのコカトリスらしい銀髪に赤色のトサカを持った少女が悲しげな顔でこちらを見つめていた。 「どうしたの?泡目に入った?」 頭の上の手が止まっていることに気がついたラキが腰を浮かせて、鏡に映り込む。カトリは首を振ると、無理矢理な笑顔で誤魔化した。しかし、ラキはなかなか座ろうとはせず、じっと鏡に映った自分の顔とカトリの顔を見つめている。 「どうしたの?」 「カトリお姉ちゃんの髪とか手って雪みたいに白くて綺麗だよね。あたしもそんな銀色の髪とかが良かったな〜」 「そんなことないよ…。ラキの方がずっと可愛いし、綺麗だよ」 「またまた〜、カトリお姉ちゃんは恥ずかしがり屋さんだな〜、もぉ〜。本当は学校でもモテモテのくせに〜」 「…っ。そんなことない、って言ってるじゃん…!」 「えっ…」 驚きのあまり振り向いて、こちらを見つめるラキの顔を数秒間見てから、カトリは自分が声を荒げたことに気がついた。 「ご、ごめんね…。でも、本当にそんなことないから…。ラキの方がずっと可愛いから…」 「…うん」 ラキは無表情のまま小さく頷くと、何も言わずに再び腰を下ろし、背を向けてくれた。しかし、その背中は先ほどよりもずっと小さく見えた。 「…そろそろ流すね」 返事はなかったが、ラキの脚が数本足首あたりに絡みついたのを確認すると、カトリは水の勢いを抑えつつ、ゆっくりと髪にお湯をかけていく。 目を瞑り、視界が真っ暗になるのが怖いのか、ラキは未だに自分で頭を流すことを嫌っている。だからなのか、こうして人に頭を流してもらう時でも、足首や腰などに触手を絡ませてくる。しかし、いつもは少し痛いくらいの締め付けが、今日はとても緩い。 ごめんね、口には出さないが、カトリは心の中で謝罪の言葉を言い続けながら、泡を流していった。 「…目を開けても、もう良いよ」 髪についた泡を完全に洗い流したことを手触りで確認すると、カトリはおずおずと告げた。すると、ラキは急に体を反転させ、カトリに抱きついた。 「えっ、な、なに…!?」 「うう〜」 あまりに急なことに驚くカトリの柔らかな胸に頭を埋めたまま、ラキは小さく唸り続ける。 「ど、どうしたの…?ごめんね、泡入っちゃった…?」 落ち着きを取り戻しつつ、水で濡れてもまるでくっつかないその癖っ毛を優しく撫で、カトリは尋ねる。しかし、ラキは低く唸り続けるばかりで、言葉という言葉を発しようとはしなかった。 しばらく抱きしめられていると、ラキがゆっくりと顔を上げ、こちらを見つめてきた。その顔は不安そうなものでも、悲しそうなものでもなかった。 「どお?元気出た?」 「…っ!」 目をキラキラとさせ、得意げな表情でこちらを見つめるラキの言葉に、カトリは虚を衝かれる思いだった。 こういうところはキュラさんに似てる…。 種族柄か、キュラは抱きしめてくれることが多かった。ラキが生まれる前、初めて何かをした時や、怪我をした時はこうして抱きしめてくれたのを覚えている。そして、こうされるとひどく心が落ち着き、安心が全身を包んでくれるような気がして、とても安らいだ。 ラキは本能的に、あるいは、生まれた時から、キュラにそうされたことで覚えたのか、どちらにしても、抱擁に特別な力があることを知っているのだ。そして、その力をこちらへと向けてくれている。 「うん…!ありがとう、ラキ…!」 「えへへ。カトリお姉ちゃん、柔らか〜い」 「ちょ、ちょっと、くすぐったいよ…!」 「…ちょっとだけ良いタイミング過ぎたかな?」 頬ずりされるたびにラキの癖っ毛が胸のあたりを撫でるこそばゆさにカトリが身をよじっていると、少し遠慮がちな声が浴室に響いた。 「あっ、ママ!」 「キュラさん…!」 振り向くと、そこには浴室への戸を少しだけ開け、顔だけを覗かせたキュラが苦笑いを浮かべていた。 カッと顔が熱くなるのを感じたカトリは慌てて、ラキを胸から離し、前を向かせて座らせる。 「ちょっと、カトリお姉ちゃん何するの?せっかく気持ちよかったのに〜」 「あはは…。本当にコトちゃんそっくりね」 キュラはそっと浴室へ入ると、耳まで真っ赤に染めるカトリとその前に座るラキごと、届く範囲で優しく抱きしめた。 「あたしの体、ちょっと冷たいかな…?」 「…大丈夫、です…」 ほんの少し冷たい部分もあるが、それでもキュラの気持ちはとても温かく、ラキとはまた少し違う温もりが全身を包んでくれているようだった。 自然と涙が溢れる。 何故かは分からない。ただ、泣いてはいけない、言ってはいけないという様な、いつもなら自身をきつく縛りつけるものが、今回ばかりは見逃してくれているかのようだった。 「ごめんね、気づいてあげられなくて…。辛かったよね…。本当にごめんね…」 耳元で囁かれるキュラの謝罪の言葉にカトリは首を横に振ろうとはしなかった。 「もう我慢しなくても良いからね?言いたいこととかがあったら言ってね?」 「はぃ…!」 もはや嗚咽混じりで言葉にならないものだったが、カトリはしっかりと頷き、声をあげて泣き始めた。 ◇ さて、どうしたものか…? カトリの置かれた立場が、少なくとも親の二人から見て酷いものだということは分かった。しかし、問題なのはそれが親という色眼鏡を通じて見ての印象だということだ。 本人が泣いていたのを見た、とツァックは言ったが、母親のコトのように人目を気にし、本心を隠すことを得意としているカトリが、気配りが上手いとは言えないツァックに泣いているところを見られるとは考え難い。 それに、本当にそのことで泣いていたと証明できるのはカトリしかいない。 「はぁ…」 ベッドに横たわり、何気なく宙を見つめたまま、ヨシュカは大きくため息を吐いた。 もっとも放っておける問題ではない。しかし、三人にはああ言ったが、今全員で話し合ったところで、円満に解決できるとも思えなかった。 何より兄である自分が弟家族と離れるのを拒んでしまっている。 いつか来るかもしれない、そんな風に思ったことはあったが、それでも、兄ちゃん、兄ちゃん、と自身を慕ってくれるツァックを見るたびに、そんなことはずっと先の話だと決めつけていた。 ツァックをここまで育てたのは自分だという自尊心が無いわけではないが、それでも、それを武器にツァックに言うことを聞かせたり、何か要求するようなことはしていない。むしろ、弟から離れられず、家を出るときなど、何かにつけて弟を理由に行動しているのは自分の方なのかもしれない。 「子離れならぬ、弟離れかな…」 案外、潮時なのかもしれない…。弟家族と別れ、自身の家族とだけ向かい合う。キュラは、ラキは喜ぶだろうか。それとも家族がいなくなるのを悲しむだろうか。 自分はどうしたらいいのだろうか…? ヨシュカは何度目かの深いため息を吐き、目を瞑る。すると、ふと、とある人物の顔が浮かぶ。友人、と呼ぶのは少々気安いが、信頼はしている人物だった。 寝転がっていたために、だいぶ眠気が回ってきた頃合いだったが、ヨシュカは勢いよくベッドから起き上がると、しっかりと防寒着を着込み、部屋を出た。 リビングにはコトだけが変わらず椅子に座り込んでいた。 「ツァックは?」 「旦那様なら、もう部屋に…」 「そうか…。コト、少し良い?」 「…何でしょう?」 「ここじゃなくて、少し家を出たところで話がしたい。ちょっとだけいい?」 「…はい。準備をして来ます」 力無く頷くとコトはおぼつかぬ足取りで居間に置かれた軽い防寒着を取りに行く。そんなコトの後ろ姿を、ヨシュカは申し訳ない気持ち見ていた。 ◇ 「ちょっときついかな…?」 今にも溢れ出そうになるお湯を揺らさぬよう、キュラは声をひそめる。 割と大きい浴槽とはいえ、三人も入るとさすがに湯は一杯になってしまう。カトリは可能な限り身を縮め、手や肩を湯から出して何とか対処するが、その横ではキュラに抱きかかえられたラキがうずうずと忙しなく体を揺らしていた。 「きゃっ…!?」 「そ〜れ、そ〜れ!」 ラキは手にいっぱいのお湯を掬い、浴槽の端で身を縮めるカトリへと向かってバシャバシャとかける。 「ちょっ、ちょっと…!や、やめてよ…!」 「ふっふっふっ、参ったか、泣き虫お姉ちゃんめ〜」 「こーら、ラキ、やめなさい。他人が嫌がることはやっちゃダメだって、パパもママも言ってるでしょ?」 「ぶ〜、カトリお姉ちゃん嫌がってないもん!嫌がってたら、さっきみたいに泣いちゃうもん!」 膨れっ面を向ける娘に母は大きなため息を吐きつつも、しっかりとやってはいけないこと、して良いことなど一つ一つを諭していく。 そんな二人の姿を見て、カトリは自身の両親のことを想った。 幼いせいもあったからか、過去の記憶はひどくおぼろげで、何を言われたか、何をしてもらったかは意外と覚えていない。ただ、何となく父と母が常に側に居てくれたのは覚えている。優しく手を繋ぎ、優しくその手を引いてくれた。 そんな優しく、温かい両親を避けていた自分が恥ずかしかった。身勝手に自分の姿形を気にして母を避け、そんな母に寄り添う父を避け、いつの間にか孤独なっていた自分をまた姿形のせいにして。 自分で作った溝なのに、自分で勝手に進んだ道なのに…。 「むー、分かった…。カトリお姉ちゃん、ごめんなさい…」 「えっ…?」 考え事に集中して、まるで二人の話を聞いていなかったカトリは不意の謝罪に目を丸くした。しかし、そんなカトリをよそにラキはどこかバツ悪そうにそっぽを向きながら続ける。 「お湯かけて、嫌なことしちゃって、ごめんなさい…。もうしないよ、ごめんね…」 「あっ、う、うん。私は大丈夫だから。気にさせてこっちこそごめんね?」 驚いたとはいえ、少々オーバーリアクションだったことを反省し、カトリも謝るが、ラキは納得がいかないかのように膨れっ面を向ける。 「むー、違うもん…!」 「えっ?」 「カトリお姉ちゃんは悪くないもん!」 「…っ!」 心の奥底、隠すべき、恥ずべき感情の中で最も望んでいる言葉だった。 姿形への謝罪が欲しかった訳ではない。ただ、受け入れて欲しかった、匿って欲しかった。 自分を守って欲しかった。そんな子供っぽい利己的な想いが全ての発端だったのかもしれない。 意味合いや状況は多少違うが、妹の一言がそれに気づかせてくれた。 「カトリお姉ちゃん…?」 「カトリちゃん?」 心配気にこちらを見つめる二人の視線から逃げるようにカトリは顔を湯船へと突っ込み、息の続く限りの間、流れそうになった涙を流した。 そして、顔を上げると、髪から流れ落ちてくる水滴など気にも止めず、じっとキュラを見つめた。 「…キュラさん、お母さんやお父さんは娘に甘えられると鬱陶しいですか?」 「全然。むしろ、とても愛らしいと思う。まだ自分を頼ってくれる、自分に甘えてくれる、ってね」 「…二人もそうでしょうか?」 「きっとね」 短い返事ではあったが、キュラのおかげでカトリの心の内は決まった。 ◇ 自室へと戻ったツァックがまず感じたのは激しい気持ち悪さだった。 慣れない嘘をついたのもあるが、兄たちへ別れることを切り出してしまったことへの罪悪感や後悔が一人になった瞬間、どっと押し寄せてきた。 本当はすぐにでも兄の部屋へと行き、あれは全て嘘だ、と言いたかった。だが、それを言っては、せっかく自分を信頼して、悩みを打ち明けてくれた妻を裏切ることになる。 兄にも、義姉にも悪いが、それだけは絶対にしたくなかった。愛したコトの味方で在り続けたかった。 でも…。 「やだな…。離れたく、ないな…」 誰かに聞こえてしまっているかもしれない、そんなところまで気は回らなかった。それが本心だったから。 気持ち悪さに胸を押さえながら、少し毛布がずれたベッドへと横になる。毛布からは太陽の陽気な匂いに混じり、優しげで、ほのかに香る良い匂いがする。 これはコトの、いや、カトリの匂いだ。最近では抱きしめて眠ることもなくなったが、コトと似た柔らかい良い匂いは鼻が覚えている。 そんな愛しいカトリが虐められているのではないか、そうコトから言われた時は胸がどきりとした。しかし、すぐにそんなはずはないと考えてしまった。 まとも学校にこそ行っていないが、自分と兄はここで働かせてもらっている。両親がいない自分たちを育ててくれたこの街は優しい街だ、そんな陰湿なものあるはずがない。そんな風に思い込んでいた。 それでも、カトリの反応が日増しに弱々しくなり、自分たちをどこか避けるようになってから、認めざるを得なかった。 そんな時、カトリが自分の姿形、コカトリスであることを気にしているらしいことをコトから聞くと、もうどうして良いかわからなかった。 小さな虐めなら、その子の両親に会いに行き、話し合いで解決しようとも考えていた。しかし、姿形に関してはもはやどうすることもできない。 励まそうにも、どう励ませば良いか分からない。謝ったところで今更どうなるものでもない。 結局、自分には何も出来ず、ただただ、その日その日を悩みながらも、少しでも良くなるようにと、無駄に明るく過ごすことしか出来なかった。 でも、人一倍優しく、思慮深いコトが自分自身を責めているを見てしまった。 産んでしまったことへの懺悔から、何もしてあげられず、姿形を映してしまった自分自身という存在への怒り、そんな複雑な負の感情に苛まれて疲弊していく妻。 思い出すだけでも寒気がしてしまう。もし、今日兄が話す機会を設けてくれなかったら、コトは…。 「コトの故郷。そこに行ってコトとカトリが悩まずにいられるなら…。僕が我慢しなくちゃ…!」 コトとカトリのことを思い出すと、自分の願望などで悩んでいる訳にはいかなかった。たとえ、今兄と別れても、永遠に別れる訳ではない。また会えるのなら、今は最優先すべきは最も愛する二人のことだ。 「よし…!準備、始めなくちゃ…!」 いつまでも包まれていたい気持ちさせてくれるカトリの匂いが染み付いた毛布から顔を持ち上げると、ツァックは部屋中をかき回し、引越しに必要な物をかき集め始める。すると、すぐに扉が小さくノックされた。 ◇ 「あら、珍しい組み合わせ。雪が面白い人たちを運んで来てくれたみたいね」 綺麗な音色のドアベルが店中に鳴り響くと、カウンターでコップやお皿を拭いていたクラーケンが優しげ微笑みを浮かべた。 「店仕舞い中だったか?」 肩についた雪を軽く払いながら、ヨシュカが尋ねるとクラーケンのクラは小さく首を横に振り、カウンター席を勧めた。ヨシュカと、その後ろに身を小さくしながら付いて来ていたコトは近くの席にそっと座る。 「たまたまお客さんがさっき帰っちゃっただけ。気にしないで。何か食べる?」 「いや、夕飯は食べて来たからいらない。ただ、何か温かい飲み物が欲しい」 「は〜い、ヨシュカちゃんはココアで良いわね。コトちゃんは何が良い?」 不意に話しかけられ、俯いていたコトの体がびくりと震える。 「…わ、私もそれでお願いします」 「うん、分かりました〜。ちょっと、待っててね。腕に縒りをかけて作ってくるから」 大袈裟に肩を回すと、クラはココアを作りに厨房へと入っていく。ヨシュカはそっと上着を脱ぐと、俯くばかりで一向に身動ぎしないコトに目を向けた。 「寒かった?」 「…えっ?す、すみません、上着脱いだ方がいいですよね…」 そう言い、コトはせっせと上着を脱ぎ始める。 微妙に噛み合わない会話にヨシュカの不安は募っていく。 いつからこんなにもコトは悩んでいたのだろうか。カトリが苦しそうにしていることに気づきつつ、何もしなかったうえに、カトリにばかり感け、親であるコトやツァックにはまるで注意も払わず、偉そうに例の件の話をさせた自分が不甲斐なかった。 いつからコトやツァックは気づいていたのだろうか。そして、ずっとそれを誰にも言えずに二人で悩み続けたのだろうか。 今更そんなことを聞いても無意味なのは重々承知している。それでも、あの時はこんな風に辛かったということを口に出してくれれば、多少は気持ちが楽になるのだろうが。 「は〜い、お待ちどうさま」 コートを脱いでから、一言も喋らずにいると、クラが戻ってくるまでの時間がヨシュカにはひどく長く感じられた。 「いただきます」 「は〜い。さぁ、コトちゃんもぐっとやっちゃって?」 「…は、はい。いただきます…」 恐る恐るといった感じでコップへと口をつけるコトの姿を見てから、ヨシュカも一口、温かいココアを飲む。 湯気が出具合から多少の熱さは覚悟していたが、ココアは思う程熱くはなく、むしろちょうどいい温かさと甘みで、少しの間とはいえ、外を歩いて冷えてしまった体を内からじんわりと温めてくれた。 「あったかい…」 「ふふっ、コトちゃんのお口にも合って良かったわ。それで?こんな時間にここへ来たってことは何かお話があるんでしょう?」 「ああ、それが…」 カップを置き、ヨシュカが例の件を話そうとすると、クラは少し意外そうな顔を向けた。 「あら?お話があるのはヨシュカちゃんだったの?てっきりコトちゃんかと思っていたんだけど?」 「…」 少しずつココアを飲んでいたコトの手が止まる。ヨシュカはちらりと横目でその様子を伺うと、クラに頷いてみせた。 「ああ、話というのは僕のことじゃない。コト、いや、カトリのことだ」 「カトリちゃん、ね…。ふ〜ん、それで?どんなお話か、聞かせてくれる?コトちゃん?」 「…」 ゆっくりとカップを置くと、コトは上目遣いでクラを見つめる。クラは柔和な微笑みを浮かべ、首を傾げるが、決してヨシュカの方を向こうとはしなかった。じっと、コトと視線を合わせ続ける。 しばらくそうして、先ほどまでココアから出ていた湯気が消える頃、コトは顔を前髪で隠す様に俯いたまま、ぽつり、ぽつりと話し始めた。 「…鏡の前でカトリが、泣いていたんです…。どうして自分は他の子たちと姿形が違い過ぎるんだろう、って…。どうして自分はコカトリスなんだろう、って…」 「…それを聞いて、コトちゃんはどう思ったの?」 「とても、悲しかったです…。でも、それ以上にカトリに申し訳なかったです…。私がコカトリスである為に、カトリにこんな苦しい思いをさせてしまっている…。なら、私はカトリを産む…」 「駄目よ」 俯いていたコトと、その話をじっと目を瞑って聞いていたヨシュカはハッとした様に顔を上げた。そこにはいつもの優しく、朗らかなクラの顔はなかった。 厳しく、威圧感さえ漂う神妙な面持ちのクラがそこにはいた。 「コトちゃん、それだけは絶対に駄目。それだけは絶対に母親として言ってはいけない言葉よ」 「でも…」 「コトちゃん、カトリちゃんが今望んでいることって分かってる?」 「えっ…?」 不意を突かれた質問に、ずっと暗い顔だったコトの表情が一瞬でぽかんと、多少いつもに近い表情へと変わる。それを見とめ、クラもふっと肩の力を抜き、いつもの優しげな笑顔を浮かべた。 「カトリちゃんが悲しい思いをしてるのは十分に分かったわ。でもね、そこでコトちゃんが先にギブアップしちゃ、駄目じゃないかしら?もちろん、親子だもの、姿形は否が応でも似ちゃうと思う。けど、だからって、自分を責めたって何の解決にもならないと思わない?ましてや、自分と愛する人が愛し合った結果出来た、最高の宝物を、作らなければ良かった、なんて言うのは、ツァックちゃんやカトリちゃんにも失礼だし、何より自分自身に失礼でしょ?」 「でも…」 まるで小さな子供を諭す様に優しく語りかけるクラを、コトは大粒の涙をためた目で見つめる。 「大丈夫、コトちゃん…。自分を責めないで、自信を持って…。カトリちゃんが望んでいるのは、きっと、そんな何でも包み込んでくれる、優しく強いお母さんなんだから、ね?」 「強い、お母さん…。でも、私は…」 「心配しないで…。貴女は一人なんかじゃないから。ツァックちゃんやヨシュカちゃん、キュラちゃんに私はコトちゃんの味方だから。一人で思い詰め過ぎないで?ね?」 クラはそっとカウンターから出ると、コトの隣へと座り、優しくその少し冷たい手に触れた。 肩を震わせ、静かに涙を零すコトはそっと顔を上げ、クラを見つめると、次にヨシュカを見つめた。 何を言わんとしているかは、何となく察せられた。 優しく微笑み、声を出さずに口だけを動かす。 大丈夫。 「女の子を、それも弟のお嫁さんを泣かすなんて、酷いお兄さんね、ヨシュカちゃんは」 「泣かせたのはあなただろ。…これで、少しはすっきりしてくれたら良いが」 背中で安らかな寝息をたてるコトを背中越しに見つめ、ヨシュカは少し不安げに告げる。しかし、クラは特に気にする様子もなく、あっけらかんとした様子でわざとらしく肩を竦めた。 「何言ってるのヨシュカちゃん。女の子の悩みの種はこんなもんじゃないのよ?」 「…じゃあ、一体どうしたらいい?」 「さぁ〜?まぁ、一つ言えるのは、よく話し合ってみること。それも、口だけじゃなくて、体も使ってね」 「…?」 言いたいことがいまいち分からず、不思議そうな顔をするヨシュカをクラはくすくすと笑い、その肩を優しく叩いた。 「成長したわね、ヨシュカちゃんは」 「そうかな?」 「うん、他人に頼ることが出来るようになった」 「…今までだって、他人に迷惑をかけてきたと思う。それに今回だって…」 「でも、そう思いつつも、他人に助けて言えるようになってる」 「…ごめん」 「謝らないの。むしろ、もっと頼って良いんだから。じゃないと、コトちゃんみたいにパンクしちゃうわよ?」 「…うん、ありがとう」 「お礼を言われるくらいなら、私はもう一人くらい、ヨシュカちゃんとキュラちゃんのお子さんが見たいな〜」 「…頑張る」 降っていた雪が止み、欠けた月が辺りを明るく照らす外へと、頬を赤らめて出て行くヨシュカとコトを見送ると、クラはそっと店を閉じた。 ◇ ノック音の後、扉がゆっくりと開く。 「…お父さん?」 開いた扉の前には、可愛らしいパジャマ姿のカトリが立っていた。お湯が温か過ぎたのか、目の周りが特に赤い気がする。 「何やってるの…?」 部屋の中をぐるりと見渡した後、カトリは不思議そうに尋ねる。しかし、ツァックはすぐ答えることが出来なかった。 カトリの為に家を出る準備をしている、答えはひどく単純なものだが、ヨシュカに言われたことが今更になって思い出される。 みんなの話を聞かなければならないのに、体ばかりが居ても立っても居られず、勝手に動いてしまっていた。 「えっ、え〜と…。こ、これは…その…うん…」 一日に二度も嘘をつくことは出来ず、ツァックはちょうど持っていた箱を両手で持ち直し、一人きり納得する様に頷く。もちろん、そんなことでカトリが納得するはずもないと思っていたのだが、カトリはそれ以上何かを言うこともなく、そわそわと視線を泳がせていた。 「カトリ…?ごめんね、ちょっとだけ寒いから、扉を閉めてもらってもいい?」 「えっ、あっ…!は、はい!」 ツァックに言われ、慌てて扉を閉めるが、カトリはその場を動こうとはせず、変わらずそわそわと落ち着きのない様子で、辺りを見渡している。 こんなカトリを見るのは初めてかもしれない。 コトと見間違うことはないが、カトリはコトに似て、冷静で落ち着いているのがいつもで、こんなにも目に見えてそわそわとしているのは見たことがなかった。 しかし、何故カトリはこうもそわそわしているのだろうか…? 何か言いたいことでもあるのだろうか?それとも、何かドッキリでも仕掛けているのだろうか?それとも…。それとも…。 「はっ!カトリ、もしかしておしっこ我慢してるの…!?」 「な、何を急に言いだすんですか…!?」 「なんだ、違うのか…」 「ショボンとしないでください…!お父さんとはいえ誤解されますよ…!?」 「じゃあ、どうしてそんなにそわそわしてるの?」 「こ、これは…!その…えっと…」 ツァックの素直な問いにカトリは言い澱む。 キュラからは、決していけないことではないと言われたが、それでも躊躇いはあった。本当に言って良いのだろうか、言って嫌われたり、面倒がられたりしないだろうか。 父は、こんな甘えを受け止めてくれるだろうか…。 「だから、その…」 「う、うん…」 ツァックはごくりと唾を飲み込む。 「ぎ、ぎゅっ、ってさせてください…!」 「…えっ?」 よほど言い辛いこと、もしかしたら、例のことを言われるかもしれないと覚悟していたツァックには、頬を赤らめ、精一杯絞り出すような声で告げた娘の言葉の意味が分からなかった。 「ぎゅっ…?ぎゅっ、って何…?何かの呪文?」 「ぎゅっは、ぎゅっです…!」 「う〜ん…?」 ぎゅっ、とは何のことだろう。新しい遊びか何かだろうか。少なくともツァックにはいまいち分からぬ単語だった。 察しの悪い父にカトリは真っ赤になった顔を向けながら近づき、おずおずと両手を差し伸べる。 「…して、良いですか?」 「ちょ、ちょっと待って…!何するか分からないから、ちょっと怖い…」 「なら、もう、いいです…」 差し伸べられた両手と共に顔が俯き、カトリは静かに背を向ける。 存在を否定された訳ではない。ただ、緊張のあまり言葉足らずになってしまった、自身の甘え拒絶されただけだ。気にすることなどない。 「あっ、カトリ…!」 父の慌てる声が聞こえる。 お父さん、ごめんなさい…。また、余計なことをして、余計な心配をかけてしまった。 「待って、カトリ!」 「…っ!?」 ぎゅっ…。 温かさが背中から、カトリの全身を覆う。 「ご、ごめんね…。僕、兄ちゃんみたいに頭よくないからさ。ぎゅっ、っていうのがよくわからないんだ…。だから、僕に、そのぎゅっ、っていう遊び教えてくれない?できるだけ頑張るから…!」 投げ出した箱がどうなっているかなど、もはやどうでもよかった。ツァックにとって今一番に大事だったのは、カトリの期待に応えてあげることだった。 いつも物静かで、希望という希望を言わない優しい娘が、こんなにも頼んでいるのだ。一度は臆病風に吹かれたが、今は例え、ぎゅっ、という遊びがどんな危険なことでも、やり遂げてあげたかった。 「…ふふっ」 「カトリ…?」 腕の中でカトリが震えているのを感じると、ツァックはそっと回していた手を外し、肩を持って、カトリをこちらへと向かせる。俯いたままの顔からは表情を伺えず、ツァックは膝立ちになり、心配気に覗き込んだ。 「ふふっ、あはは…。遊び、ですか…」 「…カトリ、泣いてるの…?」 「…いいえ、泣いてなんかいません…!これは、お父さんがあまりに可笑しくて、笑い涙が出ただけです…!」 ぐすぐすと鼻をすすりながら、カトリは気丈に振る舞うが、目からは止めどなく涙が溢れくる。自然、ツァックの手が優しく背へと回され、カトリの体を抱き寄せる。 温かい…。 首に顔を埋め、力いっぱい回した腕で求めると、父は優しく頭を撫でながら、隙間を埋めるように、体を可能な限り寄せてくれた。 父の匂いや温かさに包まれていると、今まで我慢してきた事が気泡のように次々と頭に浮かび始める。しかし、もうそれを堪えることはしなかった。 「…お父さん、私の手はどうしてみんなと違うの?どうして真っ白な羽が生えているの?どうして私はコカトリスなの?どうして、どうして…」 「カトリ…」 「…どうして、こんなにも私は弱いの…?お父さんにもお母さんにも悪いところなんかないのに、友だちが悪口を言ってるいる訳でもないのに…。勝手に、私は一人だって、思ってしまっているだけなのに…」 「…」 くぐもった声で、いくつもの問いを投げかけてくるカトリにツァックは戸惑う。何から応えるべきなのか、どう応えるべきなのか、頭の中は混乱し、ただ、黙って抱きしめるしかなかった。 父はひたすら黙って、私の甘えを聞いていてくれた。 すごく勝手な話だが、それだけで、私の気持ちはかなり軽くなっていた。自分自身の姿が変わった訳でも、友人たちの奇異な目が変わる訳でもないのに。 ラキの様に、素直な気持ちを親にぶつける、たったそれだけで。 大きな背に回した手から力を抜き、埋めていた顔をゆっくりと離すと、ツァックの手からも力が抜け、やんわりとカトリを離してくれた。 「…本当にごめんなさい、お父さん。自分勝手なことばかり言って…。迷惑…でしたよね…?」 「…ううん、迷惑とは思わなかったよ」 頭を下げるカトリの肩に手を置き、ツァックは首を横に振ると、少し照れくさそうに笑った。 「むしろ、ね。結構、嬉しかったんだ…」 「嬉しい…?」 「うん。…い、いやいや、別にカトリが泣いてる姿を見られて良かったぁ、とかって意味じゃないよ…!そうじゃなくて、その、なんていうか、こんな馬鹿な僕に、どうして?なんで?って聞いてくれるのが、すごく久しぶりな気がしたんだよ」 「そう、でしたか…?」 何となく自分の姿を思い出すことから避けていたとはいえ、カトリにはそこまで露骨にツァックを避けていたというつもりはなかった。会話はあったし、質問もしたことだってあったはずだが。 「あ〜、でも、嬉しいって気持ちだけじゃないなぁ…。すごく戸惑ったし、謝りたかったし…。それでも、迷惑だ、なんてこれっぽっちも思ってないよ!」 「お父さん…」 優しく微笑みを浮かべるツァックにカトリの目頭がまた熱くなってくる。 「あっ、そうだ。ちょうどいいから聞くけど…。カトリはこの家に残りたい…?それとも、別のところで暮らしたい…?」 「えっ?どういう意味ですか?」 不思議そうな顔をするカトリに、ツァックは言葉に詰まりながらも、先ほどカトリとラキを除いた四人で話し合ったことについて、包み隠さずに話した。 終始真剣な表情で話を聞き終えたカトリは、短く自身の考えをツァックへと告げると、その手取って、二人で居間へと向かった。 ラキと共にトランプをする約束があったから。 ◇ ふと目が覚め、まぶたをゆっくりと開けると、目の端に微かな光が入り込んできた。何となく体を起こすのが億劫で、光の方に寝返りを打つと、光源らしい机の上に置かれた電気スタンドと、涼しい部屋の中、半纏を羽織ってその机に向かう娘の姿が視界に入った。 すると、次第にぼやけていた視界と頭の中が明瞭になっていく。 自分は今まで何をやっていただろう…?いつの間に、家へと帰って来たのだろう…? 眠りを妨げぬ優しい光を、目を閉じて遮断し、自身の真新しい記憶を探る。しかし、先ほどの疑問の答えとなる記憶は一向に浮かび上がってはこなかった。 再び目を開ける。そこには変わらず机に向かって、何かの作業をする娘の後ろ姿があった。 何と声をかけようか…。それとも、このまま眠ってしまおうか…。 二つの考えが浮かぶ。 …そうだ、きっと声を掛けられるのは嫌なはずだ。作業に集中したいだろうし、何より、こんなコカトリスである母親を見ていたくはないはずだ…。きっと、そうに違いない…。 娘はきっとこう思っているに違いない。いつもの様にそう決めつけ、目を閉じる。だが、ふと、クラの言葉が脳裏をよぎった。 “自分を責めないで、自信を持って…。カトリちゃんが望んでいるのは、きっと、そんな何でも包み込んでくれる、優しく強いお母さんなんだから” 「カ、カトリ…?」 空耳かと思ってしまうほど弱々しい声が自分の名を呼んでいる。 声にはすぐに気がついたが、振り返るのは躊躇われた。 一体どんな顔で向き合えば良いか分からなかった。 勝手に悲しんで、勝手に怒って、勝手に嫌った自分を、愛する母が許してくれるか、不安だった。 ミシリ…。 ベッドから降り、こちらへと向かってくる足音。冷えた床が軋み、その距離を鮮明に教えてくれた。胸の心臓ははち切れそうなほど早鐘を打ち、呼吸はどんどんと荒くなり、白い息が絶えず吐き出される。 足音が真後ろまで来ると、半纏越しではあるが、何か温かいものが当てられた。それが手なのだと気づくには、数秒を要するくらい緊張していた。 「…寒くない?」 「うん…」 「…こんな時間まで、勉強?」 「いえ…。ちょっとした、宿題です…」 膝の上に手を乗せ、俯いたまま横目で、ちらりともこちらを見ないカトリの前には一枚の原稿用紙が置かれていた。 何度も書き直したのだろう、最初の方は微かに文字が残っているが、それ以外は綺麗な真っ白なマス目が広がっていた。 「どんな宿題なの?」 「…作文です。家族について書いてきなさいと言われました…」 「家族について…」 静かに続いていた会話が途切れる。コトは慌てた様子で近くに置かれていた時計を指差した。 「で、でも、もうこんな時間よ?この宿題は明日までにやらなくちゃいけないの?」 「…いいえ。来週の参観日までに書けば大丈夫です…」 「えっ…?参観日…?」 予期せぬ言葉にコトは驚き、咄嗟にその詳細を確認しようと、目線を合わせるため身を屈めた。すると、髪で多少隠れているが、辛そうに歪んだカトリの横顔が目に入った。 「…来週なら、まだ大丈夫じゃない?今日はもうやめにして、寝ましょう?」 「怒らないんですか…?」 「…何を怒るの?」 「だって…」 「怒らないよ。…それよりも、カトリには謝らなくちゃいけないことがあるの…」 「…」 何も言わず俯くカトリの両手にコトはそっと手を置く。 「ごめんね…。苦しい思いさせて…。でも、もう大丈夫。もう少ししたらきっと…」 「嫌です…!」 「えっ…?」 苦しげながらも、カトリはそっとコトの方を向く。 「みんなから聞きました…。お父さんとお母さんが、私のために家を出ようと相談してくれたこと…」 「…うん」 「でも、私はこの家から出るのも、みんなと離れるのも嫌です…!」 「だけど…。カトリは大丈夫なの…?コカトリスであることをみんなに言われても…?」 「大丈夫、ではないと思います…。きっと、また、苦しくなると思います…。だから、お母さんに一つお願いがあります…」 「…何?」 カトリの手を強く握りしめ、コトは意を決して尋ねる。 「また、悩んだり、苦しくなったら、どうかお母さんに甘えさせてください…!我慢は苦しいです…」 「…もちろん。苦しかったら、悲しかったら、言って?頼りないかもしれないけど、必ずカトリを守るから…!」 「お母さん…!」 カトリは両手を広げ、コトに抱きつく。コトはそれをなんとか倒れずに抱きとめ、久しぶりに感じる娘の愛らしさに涙が溢れた。 「お母さん、ごめんなさい…。長い間、素っ気ない態度を取ってしまって…」 「大丈夫…。私の方こそ、ごめんなさい。カトリの苦しんでいるのを知っていながら、何もしてあげられなくて…」 「ううん、大丈夫です…!」 お互いに涙を流しながら、首を振ると、力いっぱい抱きしめ合う。 「お母さん、大好きです…!」 「私もカトリを愛してます…」 ◇ 「早く〜!」 教室からは多少声は聞こえるが、それなりに静まり返った廊下でラキが大きく手を振りながら四人を呼ぶ。 「待って〜!」 作業着に上着を羽織っただけのツァックが楽しげにラキを追いかける。そんな二人の様子を見て、弟と同じ様な格好をしたヨシュカは不満気な顔をする。 「…やっぱり連れてくるべきじゃなかった」 「何言ってるのよ?ラキも連れて行こうって言ったのはヨシュカでしょ?それに、もう数年もしたらラキだって入学するんだから、ちょうどいいじゃない」 「…ラキもそうだが。ツァックも恥ずかしい」 「そんなこと言って、本当はヨシュカだって初めて来る学校にわくわくしてるんでしょ?」 「…」 意地悪く微笑むキュラにヨシュカは子供の様にムッとした表情を浮かべるが、決して否定はせず、足早に二人の後を追って行く。キュラとコトはお互いに苦笑いを浮かべ、その後に続く。 「それにしても、仕事の合間とはいえ、ヨシュカもツァックも見にこれて良かったわ」 「はい、旦那様はこの日をすごく楽しみにしていましたから。カトリはちょっと嫌そうでしたけど…」 「まぁ、参観日って誰しも何となく気恥ずかしいものよ。家での自分を知っている親に、学校での自分を見せるっていうのは」 「…やっぱり見にこなかった方が良かったでしょうか?」 「そんなことないわよ。嫌よ嫌よも好きなうち。恥ずかしさの中に嬉しさもきっとあるわ。コトちゃんはそんなに気にしないの」 「…はい」 「ママ、抱っこ!」 「はいはい」 目的の教室の引き戸を前にして、自分では開けられないからか、ラキはキュラに抱っこをせがむ。ヨシュカはキュラの荷物を代わりに持ち、ラキがしっかりと抱きかかえられたのを確認すると、静かに戸を開いた。 教室の中にはすでに何人もの親たちが来ており、それら人々の目が一斉にヨシュカたちに向く。中には顔見知りの者たちもいるが、大きな挨拶は返さず、軽く会釈をし、ヨシュカたちも静かに他の親たち同様に、教室の後ろの方に並んだ。 「それじゃあ、次はカトリちゃんの番ね。カトリちゃん、お願いします」 「は、はい…!」 小さな眼鏡をかけた初老の女性教師が優しく微笑みかけると、カトリは緊張した様子で立ち上がった。 「カトリお姉ちゃんいた〜!頑張れ〜!」 「頑張れ、カトリ〜!」 キュラの腕の中で、ぱたぱたと手を動かすラキと、両手を大きく振るツァックの応援によって、彼方此方からくすくすと笑い声が聞こえ始める。 「あらあら、元気で優しい妹さんとお父様ですこと。カトリちゃんもその応援に応えなくちゃね?」 「…はい」 黒板の前へと来ると、カトリは大きく深呼吸をして振り返った。 顔は真っ赤だったが、恨めしそうな視線はなく、家族へ微笑み、軽く手を振ってから、手に持っていた原稿用紙を広げた。 「わ、私の家族は…」 「あっ、カトリちゃん。題名、題名」 「あっ…す、すみません…!」 カトリは慌てて原稿用紙の順番を変える。そして、再び深呼吸をした。 「題名、“私の大好きな家族”」 18/01/01 14:55 フーリーレェーヴ
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今年一年ものんびり投稿させていただきますので、どうぞよろしくお願いします。 |
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