読切小説
[TOP]
慈愛、あなたに・・・



....ッザク   .......ッザク






小石から小刻みな音が聞こえてくる。
聞こえてくるのは何故か。
それは小石が撒かれているその上を人が歩いているからだ。
見ればその人の足取りは重々しく、まるで生きる気力を失ったかのような。
例えるならそう、幽霊みたいな感じであった。


「・・・・・・・・・」

暗闇が辺りを支配する時間帯。
人の気配が全くない夜の山へと入ろうとする男がいた。
性別は男性。
歳はまだ30歳手前。
生気のない瞳と乾ききった唇が目につく。
彼はふと、山の入り口に立て掛けられていた看板の文字を見つめた。
そこにはこう書かれていた。


『いのちをだいじに』


山は自殺の名所だと誰かが噂していた。
これは山の管理団体がもう一度命の尊さを改めさせる為に置かれた看板だ。
これ以上の犠牲者を増やさない為の。
だがそれを見ても彼は、何も感じなかった。
そう、何も感じないのだ。
今の彼には笑おうとも、怒ろうとも、泣こうとも、楽しもうとも、どれも出来ないのだ。
彼本人でもビックリするぐらいに何も感じられない。
これから山の中で死のうとしているのに、何も。











『すまないが、君には別の新天地で頑張ってもらうよ』





上司からの冷たい解雇通達。
その言葉に彼がどれ程傷ついたのか。
彼にどれだけの絶望を与えたのか、知らせに来た上司は知る由もない。
彼はその会社にいる事が誇りでもあり、生きる糧でもあったのだ。


彼は幼い頃から『おもちゃ』が大好きだった。
人形やミニカー、ボールにけん玉と、兎に角おもちゃが大好きで大人になった今でも大好きだった。
特にその会社で作られたおもちゃが大好きで、小さい頃に何度も親へとねだったり、自分の小遣いで買おうとした程だ。
何故好きなのかと聞かれれば特別な理由はない。
例えばミニカーと言えばあの会社だったり、人形であればあそこの作る会社の人形は凝っているといったそんな浅いレベルでの理由だ。
だが小さい頃の彼はその会社で作られたおもちゃを使って遊んでいる時は、文字通り目をキラキラとさせて遊んでいたのだ。
あれも大好き。
これも大好き。
全部大好きだ、と言いながら。
その『大好き』という思いが情熱となって、高校の進路について考えていた際、彼は思い切って決断した。
自身のおもちゃを作ってくれたその会社で働こうと。
『ガキみたいだから止めろ』、『そんなくだらない事に捧げるな』と言った周囲の反対に屈せず、高校を卒業し大学に行って、就職活動の時はその会社一択しか応募しなかった。
余りにも無謀だと教授から呆れられたが、奇跡的にも書類審査に受かり、そして面接までいって、後日その会社宛ての封筒が届き『採用』の文字を見た時は心の底から喜んだ。
自分の夢が叶ったのだから、それは勿論例えられないぐらいの喜びなのだ。
大学を卒業して会社での新人研修を受け、そして初出勤となったその日から、彼はずっと朝早くから夜遅くまで仕事した。
更に上司や同僚にも自身の考えた新しいアイディアを惜しみなく提示してみせた。
それも全ては、自分を作ってくれた会社に貢献したいが故に。
引いては自分の作り上げたおもちゃで子供達の笑顔を見たいが為に。
そんな彼の姿に対して、何でそんなに会社へ貢献したいんだと他人は笑う事だろう。
それはそうだ。
わざわざ人生を棒に振ってまで、その会社に貢献して尽くすなど愚かで馬鹿馬鹿しい。
だが彼に取っては、それが全てであり喜びでもあったのだ。
そして生きていく活力でもあった。
だから彼は必死に頑張ってきたのだ。
なのに・・・・。
彼は上司に、そして会社に裏切られた。
言い換えれば、自分に生きる糧を与え、自分の今を作り上げてくれた会社のおもちゃに裏切られたのだ。
その時の絶望といったら筆舌に尽くしがたい程だ。
それを聞いた時、彼は何も分からなくなって、落ち着くことが出来なくなって。
―――そして遂には、何も感じなくなってしまった。
絶対に笑えるお笑い番組を見ても、いつもお気に入りのおもちゃで遊んでみても、大金を叩いて美味しい食事をしても。
何も感じないのだ。
本当に、全く、全然、何も感じなくなったのだ。
だからだろうか。
何も感じなくなった今、自殺する事だって出来そうな気がしたのだ。
だから彼は暗闇の山道を歩いているのだ。
自らの人生を終わらせる為に。

「・・・・・・・・・」

懐中電灯を照らしながらゆっくりと彼は目指していた。
耳を澄ませば、虫の鳴き声と獣の遠吠えが聞こえてくる。
それらの声を恐ろしいとは思わなかった。
恐ろしいという感情を感じなくなったからだろうか。
彼は至って普通の、真顔のまま夜道を歩き続けていた。
目指すは山の頂上。
そこに何もある訳ではないがそこら辺の林とかに寝そべって死のうという気にはなれなかった。
ならばまずは頂上へと行って、死ぬ方法はそこで考えれば良いかと彼は思いついたのだ。
歩く事、数分。
丁度、山の天辺へと差し掛かかろうかという辺りで、また掲示板が立て掛けられていた。
彼はそこに書かれていた文字を見た。


『やまからのこえにみみをかたむけないでください。・・・むししてやまからおりてください』


これもまた自殺者が絶えない現状を見て、管理団体が立て掛けた掲示板なのだろう。
だがそんな言葉を使っても彼には何も感じない。
一度だけ見た彼はそのまま頂上へと行く為にその足で歩いていった。




♢♢♢♢♢♢♢♢





遂に、彼は山の頂上へとたどり着いた。
そこから目の前に広がっていたのは町の景色だった。
家から漏れる灯りが、街道から溢れる灯りが街を照らし、妖しくも美しい光景を演出させていた。
だが今の彼には、その景色が綺麗とは思えなかった。
どうして美しいと思えるのか。
どうしてこんな物を見てずっと見てみたいと思える人がいるのだろうか。
そんな事を思っていたらふと、気づいてしまった。
・・・もう自分には感じる心すらなくなってしまったのかと。
これではただの屍、人の形をした化け物ではないか。
化け物の自分が綺麗だと思うのは可笑しな話だろう。
そう考えたら自然と口元が歪んで、自嘲的な笑みを浮かべてしまう。

(もう・・・、駄目なんだな・・・・)

そう思っていた時だった――――





























【貴方はその足で移動する事が出来ます】




















鈴の様に透き通った声。
まるで山からの声みたいだ。
何処から聞こえたのか分からない。
けれど・・・・不思議と従ってしまいそうな声だった。





「・・・・・・・・・」



少しだけ迷ったが彼は言われた通り、その足で移動をしてみた。







....ッザ....ッザ....ッザ






ゆっくりと一歩ずつ地面を踏みしめ歩いていく。
歩く度に靴跡の一つ一つが地面へと残る。
まるで自分の生きた証を残す様に。






















【また貴方の足は、走る事が出来ます】
















また声が聞こえてきた。
鈴の様に透き通った声が。
走る事なんでそんなのは誰にでも出来る事だ。
彼は声に従って両足で地面を蹴って走り出した。




...........ッタタタタタ!!



暗い夜道にも関わらず彼はその足で走り出した。
山の奥深くへ、奥深くへと駆け抜けていく。
暫く走り続けると彼は森林だらけの、それも見た事ない場所へと来てしまった。
それに対して、彼は何処にいるんだろうという感情は起きなかった。
ただ目の前に起きていた事実を彼は受け止めていた。
















【姿勢と目線はそのままに、貴方は平行移動も出来ます】















平行移動もしてみろ、と?
そんなもの足を横へと動かすだけで誰にでも出来るだろう。
だから言われた通り、彼は姿勢と目線は真っ直ぐに、足を真横へと動かした。




...ッスタ .....ッスタ ......ッスタ



彼は苦もなく平行移動をやってのける。
一体これが何を意味するんだろうか。




『ッカラ・・・』




すると彼の目の前に、音を立てて小石が転がってきた。
手の平と同じぐらいの大きさで投げるには丁度いいぐらいの大きさだった。


















【視界内に拾う事が出来るアイテムがあると貴方はそれに注目します】




















確かにそれは注目するだろう。
目の前に小石が転がってきたのであれば。
アイテムという言葉に少しだけ引っかかったが、まあ確かにゲームとかであれば小石はアイテムとかに分類されるし気にする事ないだろうと彼は考えた。


















【アイテムに近づくと、アイテムを拾う事が出来ます】















この小石を拾えば良いのだろうか。
すぐに彼は目の前にあった小石に近づき、それを拾い挙げた。
ひんやりとした小石の感触が彼の手のひらへと伝わってくる。
だが小石を拾ってどうするのだろうか。
こんな小石を拾って何になるだろう。



















【その手でアイテムを使用する事が出来ます】













小石を使用する・・・。
恐らく投げれば良いのだろうか。
石の使い道などそれぐらいしか思いつかない。
だから彼は草むらに向かって石を投げた。


『ヒュッ!!』



風を切る音と共に小石ははるか草むらの向こう側へと消えていった。
そこで彼は思った。
何で自分はこんな事をしているのだろうかと。
何でこの声の言う通りにしなくてはならないのか。
別に聞かなくても自分には関係ないではないか。
だが別にしないという気持ちはないし、それにもう帰り道も分からない道へと入ってしまった。
そう、これから自分は死ぬのだ。
死ぬのだから別にこの声の言う通りにしてもよいではないか。
ならばもっと奥まで進んでみよう。
奥へと進んで、死んでみようではないか。
そう決めた彼は更に奥深くへと歩いていった。






♢♢♢♢♢♢♢♢






山の奥へ奥へと進んでいくと、彼は気になる物を見つけてしまった。
―――それは大きな木箱だ。
自分の背丈と同じぐらいの、大きな木箱。
そしてその木箱の隣には道が続いていた。
その道を目線で追ってみると、道が途中で途切れていた。
別に道が消えていたという訳ではない。
道の途中が崖となっていて途切れていたのだ。
まるでそこの道だけをバッサリと切り取ったかの様な垂直の岩斜面だ。









【両手でオブジェクトを押し、押す方向に移動させてください】








またあの声だ。
オブジェクトとは即ち、この大きな木箱だろう。
どうやらこの木箱を押せという事なのだろうか。
確かにその木箱を押し込み、途切れた道に納めれば橋代わりとなって前に進めそうだ。
試しに少しだけ押すとゆっくりと木箱は動いた。
自分の力でも簡単に押せそうだ。
だから彼はゆっくりと木箱を押しこんでいく。



....ズズッ!! ....ズズズッ!!




木箱を押し込んでいき、途切れていた道へと埋め込むと木箱は動かなくなった。
押しても、掴んで引いても全く動かない。
だがこれで先へと進める事が出来るのだ。
だとしたら気にする事などない。
例えどんなのが待っていようと、自分は死ぬのだから。




♢♢♢♢♢♢♢♢




木箱の上を橋代わりにして通り抜け、彼は山の奥深くへと進んでいく。
すると周りが開けてきた。
どうやら広い場所にでるみたいだ。
一体何処に出るのだろうかと彼は思ったら・・・。




「あっ・・・・・・・」




出た場所は少し広い草原。
広さは、教室一部屋ぐらいだろうか。
昼であれば太陽の日差しによって緑の草が輝いて生命力に満ち溢れた光景だろうが夜の草原は暗闇によって陰り、何処か薄気味悪い光景だ。
だが彼が興味を引いたのはそこではない。
草原の真ん中、そこにあったのは大きな大きな落葉樹の木だった。
何十年もそこに鎮座していて、その大きさは彼の数倍もあろうかという巨木。
更に興味を引くのは大木の周囲だ。
大木を囲うようにぐるりと、深い深い溝が彫られていたのだ。
その溝を覗いてみると異常な程に深く、何処までも広がっていきそうな暗闇となっていた。
まるで大木がお城で、堀はその外敵もしくは格が違うという証を証明するかの様だ。
彼はその大木を見つめていると、ある事に気づいた。
その大木の枝に真っ赤に染められた紐が括り付けている。
下へだらんと垂らし、その先には輪が作られていた。
その輪っかの先はあの深い深い溝が待ち構えていて、更にその近くには小さな木箱が一つ。
この光景はまるで自殺しろと言わんばかりだ。















【注目している間、貴方はアクションする事が出来ます】















『アクション』・・・。
・・・そうか。
自分は動けば良いのか。
自殺という名の『アクション』を。




「・・・・・・・・・・」




彼はその木箱を持って紐の近くへと置くとそれに乗り、紐の輪に自身の首をかけた。
喉元辺りが少しだけ苦しいかなと感じたが、それだけだ。
懐中電灯を放り出し、深く呼吸を一回した。
後は木箱を蹴って宙へと飛び出せば、自分は自殺する事が出来る。




「・・・・・・」




彼はふと思った。
自分が自殺したら、残された人はどう思うのだろうか。
お母さんとお父さんはどう思うのかな。
仲良しだったあいつはどう思うのかな。
自分の恩師はどう思うのかな。
だけど、その人達の気持ちは何も考えられなかった。
何も感じられない今なら、そんな事どうでも良いかと思えるし自殺も出来る。























「・・・・・・・もう、良いか・・・・」














そう言い彼は木箱を蹴って、宙へと飛び出した―――




『ガタッ!!』




重力によってその首元に紐が食い込んで息苦しくなった。
けどそれだけだ。
確かに苦しいが、それがどうかしたのか。
もう感情というものなくなったのから苦しいと感じる方がどうかしている。
後はこれに耐えれば、自殺出来るのだ。
ならば受け入れるべきで―――




『ッバキ!!』




枝が折れる様な音がした。
見れば紐が括り付けられていた枝が折れたのだ。
その下はあの深い深い溝。
彼の体はその暗闇の中へと落ちていった。




「っ・・・・・・」




暗闇の中へと入った瞬間、何処を見ても微かな光すらない暗闇だ。
その光景はまるで死後の世界だった。
普通の人間であれば耐える事など不可能なこの暗闇の中。
だがそんな状況になっても彼は表情を崩さなかった。
そしてただ、呟いた。

















「死ぬんだろうな・・・・」







そう思えば自然と彼は両目を閉じた。
その瞼の裏では生きてきた事が走馬灯の様に蘇っていく、訳がなかった。
真っ暗な闇が広がっているだけ。
もうここまで壊れてしまったのかと、彼はまた自嘲的な笑みを浮かべてしまった。
次に自分は硬い地面へと叩きつけられて血をまき散らすのだろう。
きっと痛いんだろうな。
痛い痛いとのたうち回って、そのまま息絶えるんだろうな。
でもそれだけだ。
もう自分は、何も感じないのだから・・・・
































『ドサッ!!』


「・・・・・ん・・・・?」


自分の体が、何か柔らかい物で受け止められた気がした。
何かの錯覚だろうと思ったが。
意識は・・・うん、まだある。
手足も・・・まだ、動かせる。
という事はまだ生きている、のか?
だが体全体を包む感触が何処か変だ。
何といえばよいのだろうか、死んでいるという実感もないし生きているという実感もない。
そんな摩訶不思議な感覚なのだ。




























【かわいそう・・・。かわいそう・・・・】



















鈴の様に透き通った声がまた聞こえた。
しかも自分の耳近く。
いやそれよりもっと近い。
思わず彼は両目を開けてみると。




「えっ・・・・?」


思わず声を漏らしてしまった。
彼の目の前にいたのは女性だった。
それも普通の、人間の女性ではない。
血の気がない真っ白な肌。
さらさらで太ももまで届く程の長い黒髪。
黒衣の服で身を包み、骸骨を模様したアクセサリーを着飾ったその姿はまるで幽霊みたいだった。
だが不釣り合いな豊満な胸と引き締まったくびれ。
それに整った顔たちは気品さと上品さがあった。
そして彼女はその藍色の瞳から涙を流していた事だ。
何で彼女が泣いていたのか分からない。
何でそんなに悲しんでいるのだろうか。






















【がんばったんだよね・・・・。つらかったんだよね・・・】








今度ははっきり見た。
その口からは鈴の様に透き通った声が紡がれたのを。
そうか、あの声は彼女からだったのか。
山から聞こえてきた声は彼女のだったのか。
それに何で彼女が泣いているのか分かった。
・・・・・彼女は、自分の為に泣いているのだ。
















【ないてもいいよ・・・。ないてもいいんだよ・・・】










泣いても良いのか。
こんな情けない自分が泣いても良いのだろうか。
彼はその両目でじっと彼女の目を見つめた。











【ないて・・・わたしが・・・・いる・・・・よ】



















そこで彼女が何故涙を流しているのか彼は分かった。
彼女は自分の為に泣いているのだ、と。
そんな彼女の優しさを知って、彼の心は動き始めた―――
もう何も感じないと思っていたのに。
もう何も染み込まないと思っていたのに。
















【くるしまなくて・・・・いいよ・・・・わたしが・・・いる・・・よ】














彼女の言葉に、彼は涙を流し始めた。
その涙は彼の頬を伝い、一つまた一つと垂れ落ちてくる。

「っ・・・・、っう・・・・・」

そして遂には・・・・。

















「っうわぁあああぁんんっ!! わあああぁあぁ〜〜〜んんん!!」




小さな子供の様に彼は声を挙げなきだした。
大人が大泣きする事などあり得ない。
けれどもう我慢できなかった。
ただ彼のしたかった事は、泣きたかった事だった。
そんな彼に対し彼女は彼の体を抱きしめ、その頭を自身の胸へと押し当てた。









「っ僕・・・・!! っ僕・・・!! 頑張っただよっ!! 皆の笑顔を見たいって、頑張ったんだよっ!!」
















頑張ったはずだと彼は思っていた。
上司からの無茶苦茶な要求にも耐え。
自分が寝る間を惜しんで考えたアイディアがボツにされても。
土日の休日でも彼は仕事に出勤した時もあった。
どんなに辛くてもそのおもちゃで自分を作ってくれた会社が、皆が遊んでくれるなら、頑張れてこれた。




「けど・・・!! けど・・・!! もう、頑張りたくないっ!! 努力しろって!! もっと上を目指せって!! 頑張っても、頑張っても・・・もっと頑張れって言われて・・・!! もう嫌だ、もう嫌だよぉ・・・・!!」







自分は愚かなのか。
自分は浅はかなのか。
自分は努力が足りなかったのか。
そんな訳の分からない感情が湧きあがってくる。
だからもう限界だった。




「もう、頑張りたくない・・・!! 頑張りたくないよぉ・・・・!!」






今の彼は大人ではない。
いや、無理して大人の振りをしていた優しい『子供』なのた。
大人なのだから子供の様に泣いてはいけない。
大人なのだから上からの指示に耐えなくてはいけない。
そんな無理をしていて、尚且つ生きる糧を奪われた。
もう彼の心はズタボロになっていたのだ。





















【いっしょにいるよ・・・・】
















鈴の様に透き通った声。
しかもその声には優しさが満ちていた。
そして彼の悲しみを理解しているかの様な声だった。













【わたしが、いるよ・・・。いっしょにいるよ・・・】














慰め。
そして優しさ。
更に彼女の体によって得られる暖かさ。
その言葉と彼女の熱い抱擁で彼のズタボロだった心が癒されていく。















【だから・・・ないていいんだよ・・・】














そう言われたら彼はもう止まらなかった。
一度溢れて出た感情はもう収まらないから。





「っぐす!! う、うううっ!! うわあ、あああん・・・・!!! ああああんんっ!!」





彼は泣いて、泣いて、泣きまくった。
今だけは、思いっきり。







♢♢♢♢♢♢♢♢






どれぐらい泣いたか自分でも分からない。
だが泣いた後と前では気持ちが全く違う。




「っ・・・・・・・」


何だか心に余裕が生まれた気がした。
今であればお笑い番組を見ても少しだけ笑える気がする。
大好きなおもちゃで遊んでも少しだけ楽しいと思える気がする。
自分の中に溜まっていた感情が吐き出されたのだ。




「んっ・・・・・・・」



それに彼女に抱きしめられていると体が暖かく、居心地が良い。
その肌は真っ白だったからてっきりひんやりとしているかと思っていたが、こうやって抱きしめられていると人肌の温度が感じられる。
こんなにも心地いいとは思わなかった。
そしてよく見ればその胸は豊満ではないか。
ここまで立派に育った乳房はそうそうお目にかからない。
この際だ――と言えばとんでもなく邪であるが―――これぐらいなら許してくれるだろうかなと彼は思い、試しにほんの少しだけ顔を胸に押し付けてみた。














【んっ・・・・・♥】





艶やかな声が耳元で聞こえた。
何だか欲情的でふしだらな気持ちが起きてしまいそうだ。
ならばと彼はもう一度その顔で胸を押し付けてみた。
今度は深く、そして埋もれそうな程に。







【う、うんっ・・・・・♥】












また聞こえた艶やかな声。
その上顔全体に柔らかい乳房の感触が走っているのだ。
まるで母親によってあやされている赤ちゃんの様な気分だった。




【さわる、だけで・・・いいの?】





「え・・・?」



突然の声に彼は困惑した。
別にそれ以上の欲望などなかったのに。




【したいこと・・・・して・・・いいよ・・・】



自分が、したい事・・・・。
それは勿論、男としてあんな事やこんな事など。
だが不思議と、彼女の言葉を聞くと沸々と湧きあがってしまう。
自身の性欲が。







【・・・きて・・・いいよ・・・・・】







そんな言葉を聞いてしまったもう我慢出来ない。
彼は彼女の、胸元の衣服を掴むとそのまま横へとずらした。
そうすれば露になるのは豊満で真っ白な、本物の乳房。
その先端には濃い青色の乳輪。
それでいて乳首は乳輪の中に潜っている。
陥没乳首、彼はそれを初めてみた。
乳首が中へと埋まっていて見えないその状態が物珍しい。
自然と彼はその乳輪の、それも陥没乳首の方へと指先を伸ばす。
そして、その指先を使って弄り始めてしまった。
陥没乳首のへこんでいる箇所をなぞる様に、ゆっくりと。





「っ・・・・・・」




【っあん・・・♥ あ、ああっ・・・♥】





熱い吐息が彼の耳元に聞こえてきた。
その刺激に興奮していて、もっとやって欲しいという彼女の熱い吐息だ。
抑えられない。
ならばもっとしてやろう。
次に彼はその口で陥没している乳首へと吸いついた。


「っず・・・♥ く、ちゅ・・・♥ ちゅ、ぱ・・・♥ ちゅる・・・♥ ちゅ、ちゅる・・・♥」


ストローで吸う様な感覚で息を吸いながら吐いて、その舌で乳首を弄っていく。






【ん、んん・・・!! そ、そこっ・・・・・・♥ う、ううん・・・!!】




隠し切れない彼女の熱い吐息。
その声が彼を滾らせ、そして己の分身を堅くさせていくのだ。
ああ、自分はなんて邪悪なのだろうか。
自分を助けてくれた恩人に対して性的に攻めてしまうなど。
だが彼女の声を聞いてしまうと欲望が抑えきれない。
それに彼女は喜んでいる。
ならば問題ないではないか。
しばらく口で吸い続けていると、舌でコリコリとした感触が生まれていた事に気づいた。
一旦口を離し見てみれば、陥没していたはず乳首が勃起して乳輪から飛び出ていたのだ。
興奮して飛び出たその乳首は乳輪と同じ濃い青色。
ぷっくりと腫れていて噛み応えのありそうだ。
ならば吸いつこうと彼は口を伸ばそうとするが・・・








【それだけで・・・いいの・・・?】






「え・・・?」




【もっと・・・したいこと・・・・あるよね・・・・?】






すると彼女は自身の下半身、それもある所を彼へと見せつけてくる。
もしやと彼は心臓を高鳴らせた。
彼女は布をまくし立て、そこから現れたのは女であれば誰しもが持っている女性器、その割れ目であった。
まさか下着を一切来ていない状態だったとは驚いたが、それよりも初めてみた女性の性器に興奮して、彼は瞬き一つせず見つめてしまっていた。






【したい・・・よね・・・?】

「っ・・・・」

それは、してみたいが良いのだろうか。
自分の命の恩人でもある彼女に対して。
だが彼女は潤んだ両目で見つめていた。
それにその声を聞いてしまったら。






【しても・・・いいんだ・・・よ・・・・♥】





もう我慢出来ない。
彼はズボンをずり降ろし、そしてパンツもずり降ろした。
現れるのは自分の分身。
既に硬く勃起していて、抑えようのない欲情を体現するかの様にびくびくと引くついていた。
そこからは男の本能で動いた。
彼は彼女の体を抱きしめると、優しく押し倒し、彼女の女性器へと向けて煮えたぎる分身を挿入した―――






『ず、ずぶぶぶっ!!』




途中で何かを突き破る様な感覚を味わったが、すぐに膣肉と愛液が織りなす快感に酔いしれてしまう。







「っはあ・・・♥ っはあ・・・♥ っはあ・・・♥」






興奮の息が収まらない。
初めて女性の膣内に挿入したのだから収まらないのは当たり前だ。
その顔を見れば口元を歪ませ、頬を染め、色欲に満ちた瞳を宿している。
見れば彼女もまた口元も歪ませ快感の声を挙げている。





【ん、んん・・・♥ き、きもち・・・いいい・・・♥】




その表情はまるで愛する人と一つになった時の、嬉しいと言う表情に他ならない。
彼だって嬉しかった。
こんなにも情けない自分を慰め、そして優しく包んでくれた彼女と一つになれたのだ。
それが性欲へと交ざり合って、腰を勝手に動かせる。





『パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!!』





肉同士が叩き合う淫らな音が鳴り響く。
彼の分身は膣内の奥深くへと潜り、子宮の入り口へとキスを交わす。
それがまるで恋人同士のキスみたいでたまらなく気持ちよい。




『パンパンパンパンッ!!!』





収まらない欲情。
加速するピストン運動。
そして膨張しきってはち切れんばかりの分身に対して、彼は感じた。








「っはあ・・・♥ だ、駄目・・・!! ぼ、僕はもう・・・!!」





【きてぇ・・・・♥ がまんしなくてぇ・・・!! いっぱい・・・だしてぇ・・・!!】






もう我慢などしない。
溜まった精を全て出し切る。
遂に彼の分身は弾け飛んだ――――






『びゅくっ!! びゅる、びゅくん!! びゅるうう〜〜!!』




勢いよく放たれた熱い精液。
その白濁とした性欲の液は彼女の膣奥深くへと注がれていく。
絶頂に達した彼は恍惚に浸り、射精の快感に身を委ねていた。




「・・・あっ♥ ・・・あっ♥ ・・・あっ♥」



そして彼女もまた恍惚とした表情で、精液が膣内へと注がれていく快感に身を委ねていた。







【うっ、んん・・・・♥ あ、あたたか・・・い・・・♥】



そして射精が収まってくると、彼はそのまま彼女の体へと横たわった。
その表情はこの上なく幸せで、先程まで絶望していた彼とは大違いだった。
そんな彼を、彼女は優しく受け止めた。
最早、彼女にとって彼は愛するべき人なのだ。





【だいじょうぶ・・・わたしが・・・いるよ・・・】




それが聞こえてくると彼はもう安心した。
何で自分は死にたいなどと言っていたのだろうか。
今の自分にはこうして自分の為に泣いて、癒してくれる人がいるではないか。
もう死ぬのは止めた。
これから彼女の温もりを感じていこう。
心が満たされた彼は両瞼を閉じ、深い眠りへとついた。
愛する彼女の温もりを感じながら。






♢♢♢♢♢♢♢♢










彼女―――その種族は『バンシー』。
死を予兆し、死期が近づいた人間の元に現れ、その人間の為に涙を流す。
そして誰よりも悲しみを分かち合い、癒そうとする心優しき魔物娘だ。
眠りについた彼を優しく抱きしめていた彼女。
そんな彼女に対して、近づいてくる人影が一つ。
良く見れば彼女と同じ真っ白な肌に黒い衣服。
それに骸骨を模様したアクセサリーも。
そう、彼女もまた同じ種族『バンシー』であった。



【たすけた・・・】

【うん・・・・】






オウム返しの様に答えたもう一人のバンシー。



【よかった・・・】

【よかった、よ・・・・】





そう、これで良かったのだ。
心に傷を負った男性を助けた。
それは彼女らバンシーにとって最も大事で、最も幸せな行動なのだ。




【また・・・おなじひと・・・くる。だから・・・・かわいそう・・・。たすけて・・・あげて】

【うん。たすけて・・・あげたい・・・】



そう告げると彼女は眠っている彼をお姫様だっこをして、闇の中へと消えていく。
これから彼女は彼と一緒に二人だけの、永遠の幸せな時間が流れるのだ。
ずっと彼の傍に。
永遠に慰める為に。
その愛しく幸せそうな後ろ姿を、もう一人のバンシーは何時までも見つめていたのであった。
そしてもう一人のバンシーは口元から鈴の様に透き通った声が紡がれる―――

















【かわいそう・・・。かわいそう・・・。たすけて・・・あげたい・・・】
















♢♢♢♢♢♢♢♢




また山へと来た男がいた。
その男は絶望を味わい、生きる気力を失っていた。
そして死のうと思っていたのだ。
のっそのっそと暗い山中を歩き、頂上へとたどり着いた彼の前には街の景色。
だがそんな光景を見ても彼は何も感じなかった。




「もう・・・いやだ・・・」




生気が感じられない声でぼそりと呟いた。
もう生きるのが辛くて、辛くて仕方なかった。





























【貴方はその足で移動する事が出来ます】
















鈴の様に透き通った声が聞こえてきた。
生きる事に絶望していた彼はその声に自然と従ってしまう。
そして彼は声の言う通りに、その足で歩き出した。
山の奥深くへと。
19/01/13 23:26更新 / リュウカ

■作者メッセージ
とここまでお読みいただきありがとうございました。
流れとシチュエーションで察せられる人はいるかなと思いますが、実はとあるホラーゲームの演出を参考にして取り入れて見た次第です。
元となる方はその演出と考察によって鬱間違いなしなのですが、バンシーさんの設定と『声の能力』(←これ重要)という要素を組み合わせればハッピーエンドに持ち込めるのではないかと思って執筆してみた次第です。
もう一つの連載に関しては、もう少々お待ちくださいませ・・・(リアルが少し忙しいのと急にこちらのアイディアを思いついて執筆してしまったので・・・)

最後に一言だけ。
バンシーさんこちらに来てくれないかな、本気で。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33