連載小説
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魔物アプリ……ケット・シー編
 古き良き商店街も昼間は大勢の一般客でごった返していたが、夜中を迎えると客足は疎らになり、代わりに仕事終わりのサラリーマン達が憩いの場でもある飲み屋を求めてハシゴする姿が見受けられるようになっていた。
 無骨な街灯と店舗の煌びやかな明かりで満たされた商店街の雰囲気は、人工の光で埋め尽くされているせいか昼間の時と比べて大きく異なっていた。昼間が万人受けする雰囲気だとしたら、夜は大人向けの色気がある雰囲気と言った所だろうか。
 とは言え、真夜中の商店街で店を開いている所と言えばサラリーマン達の癒しでありオアシスでもある飲み屋か、大人向けの性的な店ぐらいだ。朝早くから店を開いている所はシャッターを下ろして店仕舞いするのが殆どだ。

 午後9時頃、商店街で唯一のペットショップ『アニマルズ』の看板と店内の電源が落とされ、店員や店の家族だけが出入りする裏口から一人の若い青年が姿を現した。店長と思しき壮年の男性も彼を見送る為か、扉から半分だけ身を乗り出している。

「源ちゃん。今日もお疲れ様。また明日も宜しく頼むよ」
「は、はははい! あ、ああ有難うございました……!」
「ははは、相変わらず源ちゃんは上がり症だねぇ。顔が真っ赤だよ」
「すっ! すすすすすすいません!」
「ああ、別に気にしちゃいないって。それにこっちの動物を真面目に世話してくれるから、それだけで十分さ」

 店長に源ちゃんと呼ばれた青年は己の顔が赤く染まっている事を指摘されると、余計恥ずかしさを覚えたのか、赤を通り越して紅蓮に染まった顔を何度も上げ下げして謝罪した。その度に肩まで伸びた長髪と眼元を覆い隠していた前髪が激しく揺れ動き、後者が僅かに浮き上がった瞬間に猫の様な大きな瞳が一瞬だけ露わになる。

「で、では! 失礼します!」
「ああ、また明日も頼むよ」

 目の前の店長から注がれる視線がいたたまれなくなり、青年は改まって店長に一礼すると駆け足でペットショップを後にする。他者から見ればぎこちない別れ方ではあったが、青年の事を熟知している店長は不審に思うどころか、平然とした様子で走り去っていく彼の後ろ姿を見送った。

 源ちゃんこと源田融(とおる)は人間同士のコミュニケーションが大の苦手を通り越して、破綻の領域に片足を突っ込んでしまっていた。その最たる証拠が店長との遣り取りでも見られた上がり症だ。
 人と目を合わす事はおろか、視線を向けられたと感じるだけで顔が真っ赤になり動悸も早まる。正直これさえ無ければ人間社会で上手に立ち回れたのだろうが、中々どうして難儀としか言い様がない。

 しかし、人間を苦手とする一方で彼は動物をこよなく愛した。それこそ犬や猫などの身近な愛玩動物だけでなく、亀やトカゲと言った爬虫類動物に至るまで。中々人間に向けられない彼生来の愛情や優しさは、その反動からか過剰なまでに動物達に注がれていた。
 だが、そんな動物をこよなく愛する彼ではあるが、現在は小さなアパートで一人暮らしをしている。おまけにペットの飼育は禁止されている。そんな場所で一人寂しく暮らしていた彼であったが、最近はある楽しみを手に入れた。

 それはとあるアプリゲームから入手したペット飼育ゲーム『猫の王国』と呼ばれるものだ。タイトル通り『猫』が主人公なのだが、この猫は普通の猫ではなく『ケット・シー』と呼ばれる猫の姿形をした魔物であり、人間の呼び掛けやパネルのタッチに反応してくれる他、どれだけ念入りに世話をしたかによってゲーム内のケット・シーの好感度が上下するという母性が擽られる育成ゲームだ。

 この日も家に帰宅するや、帰宅途中のコンビニで買った弁当を食べながら、片手間にスマホを弄って一つの画面の中に収まっている三匹のケット・シーを可愛がる。

「よしよし、フローラは今日も可愛いな〜。レノアは体調が戻ったようだな。ローズは薬を投与したからダニやノミは付いていないな。うんうん、皆元気だなぁ」

 ゲームだからか三次元と異なり二次元故の可愛さ愛くるしさが強調されており、猫なのに平然と二足歩行や会話も可能だ。だが、やはり猫の姿が基本なので源田の顔は今までになくダラしなくデレデレと鼻の下を伸ばし切っている。
 彼がゲーム内で飼育している三匹のケット・シーはそれぞれ毛並みの色が異なっており、青に近い紺色はフローラ、鮮やかな新緑色はレノア、ピンクと赤の中間色がローズと毛の色で名前を呼び分けている。因みに性別は全員♀である。

 同時に三匹のケット・シーを育成するのは中々困難ではあるが、無類の動物好きである源田にとっては苦でもなかった。寧ろ、三匹とも可愛くて可愛くて仕方がなかった。それこそ親馬鹿や孫馬鹿がよく言う“目に入れても痛くない”というヤツだ。

 しかし、源田がケット・シーに抱く感情は動物やペットを純粋に愛する真っ白な気持ちだけではなかった。
 三匹のケット・シーが映し出された画面を見遣りながら、部屋の脇に置かれた簡易組み立て式のベッドにうつ伏せで寝転がる源田。スマホをベッドの上に置き、自分の身体をへの字に曲げて腰を若干浮かしながら利き腕を器用に動かしてズボンのジッパーを下ろす。
 そしてジッパーからボロンと出て来たのは、華奢な身体付きには似合わぬ立派な男根。亀頭をティッシュで包み込みながら、男根を激しく扱き上げればみるみると硬さを帯びて見事な肉竿の出来上がりだ。

「はぁはぁはぁ……可愛いよぉ……。三匹とも凄く可愛いよぉ……」

 勃起した男根を扱きながら、軽く血走った眼を大きく開きながら見詰める先にはスマホに映し出された三匹のケット・シーの姿があった。
 そう、源田は人間ではなく架空のゲームに登場するケット・シーに性的興奮を抱いていた。最初の頃はケット・シーを可愛い猫に似たキャラクターとしか思っていなかった筈なのだが、何時の間にか彼の中では彼女達を性的欲求の対象と認識するようになっていた。

 源田自身も自分の認識が人間として正しいのかどうかと疑う時もあるが、今の時代はケモナーだの人外娘だの新たな方面への性癖が開拓されているのだ。なので、自分にはこういった性癖があってもおかしくはないと自分に言い聞かせる形で納得させた。

 男根を扱く手の動きが早まり、男根の奥底から何かが込み上がって来る感触がやってくる。そして背筋に心地よい電流が駆け抜けた直後、亀頭の口からゼリー状に近い精液が勢いよく放出され、解放感に近い快感が五体全体に満ち渡る。
 やがて快感が治まった頃、亀頭を覆っていたティッシュを目前に持って来てみれば、一面には黄ばんだ白濁色の液体がべったりと付着していた。僅かに漂う生臭い匂いに一瞬顔を顰めた後、ティッシュを丸めて脇に置いてあったゴミ箱へ投げ捨てる。

「あー……動物相手に発情するなんて、僕って変態だなぁー……」

 快感の後に襲い掛かって来るのは、常に動物愛からやって来る罪悪感と自己嫌悪だった。しかし、ケット・シー達を性的な意味で見るようになってから長い時が経っている。元々人間が苦手な上に、今更性的対象を人間の女性へ戻す事は彼に言わせてみれば夢のまた夢であった。



「へっ? ど、どどどういう事ですか!?」
「ごめんなぁ、源ちゃん。前々から言おう言おうと思ってはいたんだけど、いざ言おうとすると中々言い出し辛くてねぇ……」

 常に人と接する時は言葉がどもりがちな源田ではあるが、今の台詞はそれだけが理由ではない。

「今日限りで店を閉店するって本当なんですか!?」

 彼にしては珍しく言葉を詰まらせる事なく、尚且つハッキリと明確で大きな声が飛び出たが、その大きな声と共に運ばれて来た台詞には悲痛な思いが一杯に詰まっていた……。

 この日も何時も通りにペットショップのアルバイトをやり遂げ、また明日も頑張ろう……と心の中でひっそりとやる気スイッチを確認した矢先、店の主から『本日を以て店を閉店する』と衝撃的な事実を告げられた。
 その瞬間、源田の中で巨大な塔に落雷が直撃して、脆くも崩れ落ちるかのような衝撃が走った。それもその筈、彼にとってペットショップは楽園に等しく、心穏やかになれる数少ない場所であった。それが突然閉鎖されてしまうのだ。相手にも事情があるとは言え、そういう大事な事はせめて数日前から言って欲しかったというのが本音だ。おかげで心の準備が出来ず、結果的に大打撃を受けて放心状態に陥ってしまっている。

「ち、因みに……どうして……み、店を……?」
「実はウチの父親が認知症で寝たきりになっちゃってねぇ。母親だけじゃ負担が大きいからって事で、ウチの嫁さんと話し合って店を閉じて実家に帰省する事にしたんだよ。いやー、本当に申し訳ない! 玄ちゃんに言わないといけないと分かってはいたんだけど、ペットが好きな玄ちゃんの事だからショックを受けるだろうなーと思うと中々……―――」
 
 店長の口から源田に対する謝罪や、店に残ったペット達の今後について等を聞かされたが、その大半は源田の耳に入らなかった。癒しの場と仕事場の両方を失い、絶望のどん底に突き落とされたのだ。今後の事を考えると闇しか見えず、漸く我に返ったのは店長から感謝の言葉と、今まで働いてくれたお礼も込めて何時もより少々分厚く感じる給料を握り締められた時であった。



「うう、どうしよう……。明日から仕事を探さなくちゃ……」

 傷心を負った状態でアパートに戻った源田は食事を摂る事も忘れ、ベッドに倒れ込んだ。やはり明日からの日々の事を考えると、どうしようもなく不安だ。今までは店の人のご厚意もあったおかげで、他人とまともな遣り取りが出来ない上がり症持ちでも何とか仕事を続ける事が出来た。
 しかし、その仕事も今日で終わってしまった。次に新たな職を探すとしても、源田にとって都合の良い働き場など他には滅多にない。故に今後の事を考えると不安で押し潰されそうになり、重苦しい溜息が肺から幾度となく出てくる。

 とりあえず今後の事に関しては追々考えていくとして、今は落ち込んだ気分を回復するべくスマホに手を伸ばした。そして慣れた手付きで現在嵌まっている『猫の王国』のゲーム画面を起動させると、ピコンッと聞き覚えの無い電子音が聞こえて来た。
 初めて耳にする音だったので『アレ、ゲームを間違えたか?』と思ったが、自分がダウンロードしているゲームはコレしかないので間違えようがない。改めてよくよく見てみると、それは彼がやっているアプリゲームの特典を知らせるメッセージだった。

『おめでとうございます! 貴方が飼育している三匹のケット・シーの好感度が最高レベルの100に到達しました! これによりプレイヤー様に特典を手に入れるチャンスが与えられます! 次の質問にYESかNOで応えて下さい!』

 特典という文字を見て、源田は『はて……?』と首を傾げた。基本的に源田はゲームのルールやダウンロードする際の注意事項などは全て目に通す派なので、こういった特典の有無も記されていれば記憶の片隅に残っている筈だ。
 しかし、コレに関しては覚えがなかった。特典の『と』の字さえ見覚えがない。では、何かの間違いだろうかと思いながら『次の質問』とやらを確認するべく親指で操作すると、不気味さと意味深さが入り混じった質問分が画面上に現れた。

『この質問を答えたら最後、後戻りは出来ません。人生を棒に振りますか?』

 その質問の下に『YES』と『NO』の二択ボタンが出現し、これまた源田は目を丸くした。何だ、この如何にもな怪しさを強調し過ぎた余り胡散臭さを醸し出してしまった質問は……と。
 即座に『NO』のボタンへ指を持って行こうとしたが、そこでふと思い留まる。この質問は自分がやっているアプリゲームに関わりがあるのだとしたら、ここで『NO』を押すのは勿体ないのではないかという考えが頭に過ったのだ。

 それに今現在の彼は仕事と癒しを失い打ち拉がれた身だ。ならば、新たな癒しを求めるのも悪くない。そう独自解釈した彼は『NO』の頭上にあった指を『YES』へ運び、そのまま軽くトンと押した。

 すると画面が急に暗転し、何も映し出さなくなった。これには思わず『あれぇ?』と声に出して、何度も不思議そうな表情で画面の中を覗き込んでしまう。
 スマホが壊れたのか、今のメッセージは新手のコンピュータウィルスだったのか、単なる電池切れか……等々様々な可能性が頭に浮かび上がったかと思いきや、今度はスマホ自体がカタカタと揺れ動きだす。

「えっ!? な、何!?」

 最初は微弱程度の小さい揺れだったが、二秒と経たぬ内に携帯に仕込まれたバイブ機能を凌駕する激しい揺れを起こし、思わず携帯をベッドの上に放り投げて距離を置く。暫く強い揺れが続いたかと思えば、急にピタリと振動が止まった。

「ど、どうなった……?」

 一見すると異常が治まった様にも見えるが、未だに画面は真っ暗な黒を映したままだ。また何か起こるかもしれないと心の準備をしながら恐る恐る携帯に近付く。
 そして手を伸ばせば携帯に届くという距離まで近付いた――その時だ。ポンッと可愛らしい音と共に青・赤・緑の三色の煙がスマホの画面から噴き出した。

「!?」

 予想外の出来事に源田は思わず腰を抜かすように倒れ込み、その姿勢のまま後退さって向かいの壁に背中をドンッとぶつける。背中に若干の衝撃と痛みが走るが、源田の意識と視線は丸い固まり状に浮遊している三色の煙にのみ向けられていた。
 最初は宙に浮かんでいた煙だったが、徐々に浮力を失いベッドの上へ落ちていく。それでも上質な綿菓子のように丸い形はくっきりと残ったままだ。そしてベッドに着陸して、軽く一回バウンドした直後だ。パンッとクラッカーを鳴るのに近い音を発し、色取り取りの煙が四散する。
 四散した煙の中から現れたのは、銀糸を思わせるショートヘアーの頭に黄金の王冠を被った、幼稚園児か小学生低学年と変わらぬ背丈をした二足歩行の猫だった。背中に羽織った深紅のマントに施された肉球の意匠、マントの端と首元に付いた金色の鈴、提灯のように膨らんだ膝周りを覆ったズボン。その姿は何処からどう見ても、あのゲームに登場していた三匹の色違いのケット・シーであった。

「「「「………………………」」」」

 六つの猫目が源田一人へ向けられ、源田の瞳は三匹のケット・シーを視界に納める。無言のまま互いに見詰め合い、時間だけが過ぎていく。そんな緊迫した空気が充満している中、遂に沈黙を破ったのは珍しく源田であった。

「あ、あの………ここ、ペット禁止なんです!」

 未だに状況を飲み込めていないものの、とりあえずこれだけは言っておかなければならないと決意したのであろう。がしかし、今の状況を考えると、彼の台詞は場違いも甚だしかった。
 彼の言葉を耳にした三匹のケット・シーがガクッとコントさながらにコケ掛かるが、すぐに体勢を立て直すや源田に向かって不満と怒りを込めた大音量の三重奏で反論した。

「「「私達は只のペットじゃなーい!!!」」」



「……という訳です。お分かりですか?」
「は、はい……」

 ベッドの上で腕組みしながら、目の前で正座して項垂れる源田に説明する紺に近い青い毛並みのフローラ。その隣では発芽のような新緑色の毛並みをしたレノアが猫の手で毛を整え、ローズピンクの目立つ毛並みをしたローズはゴロンと横に寝そべりながら呆れた眼差しを源田に向けている。
 フローラの説明によれば、自分達は魔物と呼ばれる動物でなければ人間でもない、魔界に生息する特異な生物だそうだ。そして源田がやっていた魔物アプリは、実は魔物達を閉じ込める術が施された魔界で作られたアプリており、プレイヤーが一定の条件をクリアすると術が解除されて魔物達が現実世界へ飛び出すという仕組みになっている。

 仕組みになっている……と説明を受けても、その内容が余りにも現実離れし過ぎているので常識人が聞けば妄想だの御伽噺だのの類で片付けられてしまうだろう。しかし、現に源田はスマホから彼女達が飛び出てくる所を見ている。幻覚なのかと疑ったが、自分は幻覚を見せる様な薬には手を出していないし、そういった精神的な病気も持っていない。

 身近にある様々な可能性を一つずつ潰していけば、結局残るのは彼女達の説明だけとなる。それでも非現実な可能性に疑いは晴れないが。

「まぁ、いきなり目の前でこんな事が起きればびっくりするのも当然です。ですが、それを差し引いても第一声で『ペット禁止です』は無いです……」
「ご、ごめんなさい……」
「まー、あれには笑っちまったけどなー」
「………」

 フローラの言葉に源田は申し訳無さを感じ、素直にペコリと頭を下げて謝罪すると、赤毛のローズはケタケタと笑い、レノアは何を考えているのか分からない無表情でこちらをジッと見詰めている。
 すると今まで無言だったレノアがベッドから降り、源田の横へと近付く。どうしたのかと思い源田が自分の隣に座ったレノアへ視線を向けと、急に彼の身体にギュッと抱き付き彼の頬にキスを落とした。

 一瞬頬に触れた感触に呆然としていたが、やがて彼女からキスをされたと気付くとボンッと顔を真っ赤に爆発させた。余りにも唐突だっただけに、その破壊力は彼のみならず傍観者だった二匹にも多大な影響を与えた。

「レ、レノア!?」
「こら、レノア! 抜け駆けは良くありません!」
「レノア、ずりーぞ!!」

 レノアのキスをきっかけにフローラとローズも源田の側へと駆け寄り、彼の頬や顔にキスをしたり舌を這わせたりと猫さながらの愛情表現を惜しみなく披露する。動物好きの源田としては嬉しいやら恥ずかしいやらの愛情表現ではあるが、この事態の急変には付いて行けなかった。

「え、ええええっと!? こ、こここれは一体!?」
「全く、鈍感な男だなー……。レノアは基本無口だけど、お前の事が好きで仕方が無ぇんだよ! それとアタシもお前の事が好きだ! 有難く思え!」
「まぁ、レノアは気まぐれな子ですからね。こういった突拍子もない行動を取るのも珍しくありません……。わ、私も貴方の事を好いてあげます! 感謝しなさい!」

 彼女達からの好意を強引に押し付けられている様な気がしてならないが、可愛い猫達のキスや舌に嬉しくない訳がなかった。寧ろ、今の彼の性癖を考えれば興奮すら覚えている。
 すると源田の興奮と連動する形で股間に熱と力強さが帯び始め、彼女達もそれに気付いたらしく自ずと視線が下へと向けられる。

「あらあら、やっぱり男は野獣ですねぇ♥」
「へっ? な、何―――はうっ!?」

 フローラの呟きにきょとんとするのも束の間、ローズがジーパン越しから源田の男根に手を当てて、グッと強めに押し付ければ思わず彼の口から悲痛な叫びが漏れ出た。彼の苦しそうな表情を見て、ローズの顔に嗜虐で歪んだ笑みが形作られた。

「あはははっ、苦しいか〜? 苦しいんだろ〜? よしっ、それではお前の苦しみを我々が解放してやろう〜……という訳で御開帳ー」
「ふぁっ!? ちょ、ちょっと待って!!」

 ローズの台詞を聞いて慌てて引き止めようとした源田であったが、残念ながら後一歩遅かった。源田が叫んだ時には既にズボンのチャックを摘まんだローズの手が下へ動かされており、チャックが開いたのと同時に折り曲げた強靭なバネの如き勢いで逞しい男根が飛び出て来た。
 窮屈な所から急に出てきたせいか、ズボンから出た直後にズボンのチャックを下ろしたローズの可愛らしい猫顔に亀頭がペチリとぶつかる。

「わぁっ!! ご、ごめん!!―――あだっ!!」

 思わず膝立ちになって己の男根から彼女達を遠ざけようとする源田だったが、結果的に無意味だった。そそり立つ男根を猫じゃらしに見立てたのか、フローラが即座に手を伸ばして捕まえたのだ。
 柔らかな肉球が付いているとは言え、源田のみならず他の男達にとっても男根は敏感な部位だ。そこを掴まれれば、当然ながらに痛みが生じ、動きを止めるのも必然だ。

 そして三匹の熱を帯びた視線は股間に聳え立つ立派な男根に向けられ、また彼女達の頬も興奮からか薄らと朱色に染まる。

(こ、これが彼の男根!! 凄いですわ♥ とっても立派ですわ♥ こんな逞しいペニスが私達の小さいアソコを貫くんですね♥ ああ、これは即堕ち待った無しですわ!♥)
(こ、こここんなデッカイのかよ!? 可愛い顔して侮れない野郎だぜ!! けど、これはこれで楽しめそうだ♥ ああ、これでアタシ達のマンコを滅茶苦茶にされる所を想像するだけで子宮が疼いちまうぜ♥)
(……………素敵♥)

 各々が淫らな妄想を浮かべる一方で源田は恥ずかしさから逃げるように両手で顔を覆った。相手が猫にそっくりな魔物とは言え、性別は列記とした雌であり女だ。おまけに彼女達の熱い眼差しが、実の母親や出産に立ち会った助産婦以外に見せた事の無い股間へ注がれているのだ。これを恥ずかしいと言わずに何と言う。

 だが、両手で視界をシャットダウンしているせいで彼は気付けなかった。三匹のケット・シーが勃起した逞しい男根に向けて舌を這わせようとしている事に。

「うひぃ!? な、何!?」

 男根に走ったザラザラしたようなヌメヌメするような感触に思わず両手を顔から退かし、股間へ目を遣れば、あの可愛らしい三匹が小さい舌を男根に這わせていた。
 真っ赤な亀頭にこびり付いた垢や汚れを落とすかのように丹念に舌を動かして舐め上げるフローラ。青筋の血管が浮き出ている猛々しい竿に舌を這わせ、何度も上下させるレノア。精子を生みだす睾丸が収まった大事な袋を肉球でマッサージしながら、時折それを口内に含んで舌先で玉を転がすローズ。

 只でさえ人間とのコミュニケーション能力が欠如しており、女性相手と交わる経験なんて当然ながら皆無であった。そして人生で初めてのフェラチオを現在進行形で体験し、源田の限界は驚くほどに早くに訪れた。

「だ、駄目……! 出るぅ!!」

 その叫びと共に水鉄砲の如き勢いで放出された精液は、亀頭を念入りに舐めていたフローラの顔に浴びせられる。ドロリとした液体の感触がフローラの顔に流れ落ち、程無く生臭い精液特有の匂いが鼻に突く。しかし、フローラはそれに嫌な顔一つせず、逆に射精を続ける源田の精液を大きく開けた口で受け止める。
 やがて源田の射精が収まった頃にはフローラの紺色の毛並みに覆われた顔は肉欲が詰まった精液で汚され、大きく開けた口内には白濁色の池が出来上がっていた。暫くは口の中にソレを溜め込んでいたが、最後は口を閉じて苦い薬を飲むかのように顔を顰めながらゴキュッと音を立てて精液を飲み込んだ。
 そして喉仏を上下させて精液を飲み終えると、源田に向かって再度口を開けて中の様子を見せ付ける。そこにあった筈の精液で出来た水溜まりは無くなっており、健康的な赤い舌と真っ白い歯があるだけだ。

「フローラの顔、アイツの精液でスゲービチャビチャだ♥」
「……良いなぁ♥」

 うっとりとした表情でローズとレノアがフローラの顔に近付き、彼女を汚した精液をぺロリと舐め上げる。それは仲間の汚れを落とす毛繕いにも見えるし、精液を欲する淫らな魔物娘にも見える。確かなのはフローラの顔を舐め合っていたローズとレノアの舌が触れ合い、遂にはフローラの舌も混ざって三匹が互いに舌を絡ませ合う卑猥な姿が完成し、それを見た源田が激しい興奮を覚えたという事だ。

 流石に此処までされれば源田も雄の本能が燃えない訳がない。上下の服を脱ぎ捨て全裸となり、未だにレズビアンのように舌を絡ませ合う三匹を情欲で燃え上がる瞳で見下ろした。

「あらあら、漸くこっちもエンジンが掛かったみたいですわね♥」
「それじゃ、お楽しみタイムと洒落込みますか♥」
「………来て♥」

 その気になった源田を見て三匹は妖しく微笑むと、まるで交尾に応じる雌猫の如く、彼に向ってお尻を突き出した。彼を見詰めながらフリフリとお尻が揺れ動く姿は可愛らしいが、毛に覆われた秘部はしっとりと濡れそぼっており、穢れを知らない無垢な女性器が露わになっている。
 可愛らしさと卑猥さが相俟った彼女達の淫らな姿は性的な意味で破壊力が満ち満ちており、その手に疎い源田でさえも思わずゴクリと無意識に唾を飲み込み程だ。
 そしてゆっくりと手を伸ばして彼が選んだのはレノアだった。彼女の細い腰を両脇に回し、本物の猫を取り扱う感覚で軽々と持ち上げる。フワリと宙に浮かんだ彼女の身体は源田の胸板を背にする形で密着し、V字を描く形で大きく股を広げて彼の男根を受け入れる格好となった。

「あ……♥」
「よかったわねぇ、レノア♥ たっぷりと可愛がってもらいなさい♥」
「ちぇっ、こればっかしはしょうがねぇもんな。ま、思う存分楽しみな♥」

 選ばれたレノアに二人が温かな視線と言葉を送った直後、宙に浮いていた彼女の身体が下へと下がる。その下に待ち構えているのは、肉欲の象徴の如く聳え立つ源田の猛々しい男根だ。そしてレノアの無垢な女性器がソレを受け入れた瞬間、彼女の中に痛みと快楽の電流が駆け抜ける。

「〜〜〜〜!!!♥ ♥ ♥」

 前者の痛みは処女膜を破られたものであるが、直後に後者の快楽が流れ込んで来たおかげで痛みが何時までも尾を引く事はなかった。いや、それどころか痛みを押し流す程の強力な快楽がレノアに襲い掛かった。

「凄いぃ何これぇ……♥ ♥ ♥」
「あ、あの……大丈夫?」

 セックスの快感に押し流されて放心するレノアを見て、源田は不安そうな表情を浮かべながら恐る恐る声を掛けた。彼女達の小さな身体からすれば源田の男根は規格外だ。それを根元まで入れた上に処女膜が破れて血が垂れ出ているだから、源田も少なからずの不安を抱くのも当然だ。
 しかし、源田の不安とは裏腹にレノアの口から漏れ出てくる声は快楽で甘く蕩け切ったものであった。

「は、はひぃ♥ きもひ良いですぅ♥」
「あらあら、レノアったら何時もの無表情が形無しですわね♥」
「構う事ねぇよ。ガンガン犯っちまえよ♥」
「う、うん……。じゃあ、動くよ?」

 ローズの意見に気乗りはしないが、レノア自身が『気持ち良い』と口にしたという事もあって源田はゆっくりと腰を上下に動かした。
 傍から見れば子供みたいに小さな女性器ではあるが、その内部は紛れも無く熟成した雌であった。男根が奥へ進めば進むほど膣の襞がやらしく絡み付き、雄の象徴を喜ばそうとする。最初は不安がっていた源田でさえも、その快感に抗えなかったらしく最初はゆっくりだった腰の動きを徐々に早めていく。

「はにゃ! ♥ はぅん! ♥ だ、駄目……! ♥ イッちゃう……! ♥ イッちゃうぅぅぅ! ♥」
「ごめん……! 僕も……そろそろ……!」
「きてぇ……! ♥ 私の……中に……一杯出してぇ……! ♥」
「うっ……ああああああ!」
「ひにゃああああああ! ♥ ♥ ♥」
 
 両者の絶叫と共に絶頂が襲い掛かる。男根の底が力強く脈動し、レノアの中に精子を送る度に下腹部が妊娠したかのように膨れ上がっていくのが分かる。数秒程彼女の腰に密着して種付けした後、男根をズルリと引き抜けば、処女膜を失い空洞のようにポッカリと開いた女性器からボタボタと濃厚な精子が零れ落ちていく。
 源田の射精を受け入れたレノアをゆっくりと床に下ろすが、初めてのセックスでレノアの足腰は生まれたての子馬のようにガクガクと笑い、自力で立っている事は不可能だった。仕方なくゴロンと寝転がせば、股の間からゴボリと音を立てて精液が溢れ出て、お尻や太ももを伝って床上へ落ちていく。
 その光景は性的な意味で視覚の暴力に満ちており、今先程出して爽快感が残る男根に再び力強さと熱が帯び始めた。しかし、その矢先にローズが弾丸の如し勢いで彼の胸に飛び込み、不意を突かれた源田は思わず仰向けに引っ繰り返る。

「な、何!?」
「にしししし♥ 今度はアタシの番だぞ! 童貞はレノアに奪われちまったし、処女を捧げると言ってもさっきと被るのはアレだしなぁ……。そうだ、代わりに別の『初めて』をお前にくれてやるよ♥」
「別の……初めて?」
「そう、こっちの穴をな♥」

 仰向けに倒れる源田の身体に跨ったローズは直立不動を彷彿とさせる男根を掴むと、自身が言っていた穴へと男根を導いていく。そして男根が辿り着いた先は女性器のやや後ろ、本来ならば排泄に用いられる―――お尻の穴(アナル)だった。

「えっ!? まさか……!?」
「安心しろって。魔物の身体は何処も彼処も綺麗なんだぜ? アナルだって性交に用いられるのは珍しい事じゃねぇよ♥」

 確かに世界広しと呼ばれる現代、アナルセックスは一般人の間では馴染みこそ無いものの、それをテーマとしたAVは数多く存在する。しかし、それを実際にやるとなれば話は別だ。流石に排泄物を押し出す器官に男根を入れるのに躊躇いはあるし、何よりも受け入れる側は大丈夫なのかと言う不安と疑問がある。

 だが、源田の心境なんて露知らずと言わんばかりにローズは腰を下ろし、自らのアナルで彼の男根を根元まで呑み込んだ。

「うぁぁ……!」
「ああああ……! ♥ やっぱり……! 大きい……! ♥」

 最初から分かり切っていた事だが、やはり女性器とアナルとでは何もかもが異なっていた。本来ならば排泄に用いられる強力な括約筋が男根を千切らんばかりに根元から締め付ける一方で、アナルから直腸までの襞が男根を撫で快楽を生みだす。痛みと快感が混ざり合う中、ローズはお構い無しに腰を激しく上下に動かす。

「あははは! どうだ!? 気持ち良いだろう!? ♥」

 得意気な笑みを浮かべて源田を見下ろすローズの顔には、野生の猫に見受けられる捕食者としての一面が覗いていた。自分が望んだままに獲物を甚振り、勝手気ままに血肉を平らげる。今の彼女は正に源田を貪る肉食獣として野生と化していた。

「ちょ、ちょっと待って―――!」
「ははは!……はにゃ!? ♥」

 彼女の猛攻に歯止めを掛けようと源田が手を伸ばし、彼女の腰――尻尾の付け根辺り――に優しく触れた途端、乱暴な口調ばかりが目立つ彼女の口から一転して甘い悲鳴が漏れ出た。
 何故にそんな声が出てくるのかと一瞬思って源田は呆然としたが、すぐに心当たりに気付いた。魔物だのと言われているが、彼女達の姿は猫そのものに近い。つまり、尻尾の付け根を撫でたり、顎を優しく擦ったりすると言った、普通の猫にやれば喜ぶであろう行為も彼女達には有効なのだ。それはもう効果覿面と言わんばかりに。

 今のローズの甘い悲鳴でそれに気付いた源田は彼女の腰を優しく揉みながら、自分から腰を突き上げて攻めの姿勢へと一転した。

「ひぃ!! そ、そんな! 急にぃぃぃぃ!! ♥ ♥ ♥」

 まるで激しいロデオに振り落とされないよう気張るかのように、源田の薄い腹に爪を立てて必死に耐えようとするローズ。その表情には今さっきまで見せていた捕食者の余裕は一切無く、あるのは快楽に溺れていく欲情した雌猫の顔だった。
 腰を突き上げるタイミングに合わせて尻尾の付け根をグッグッと揉み上げると、その都度に彼女の性器から噴水の如き勢いで潮が吹き、最早彼女が限界に到達しているのは一目瞭然であった。

「だ、駄目ぇぇぇぇ!! イク! イクゥゥゥン!! ♥ ♥ ♥」

 アナルの最奥に本日三度目の射精を流し込めば、ローズの身体がビクンビクンと激しい痙攣を起こし、最後はクタリと腹上に倒れ込む。今のアナルセックスで括約筋がバカになってしまったのか、アナルと男根の接合部の僅かな隙間から精液が零れ落ちていく。

 立て続けに射精した事で体力を奪われ、暫く仰向けで横たわっていた源田だったが、腹の上でモゾモゾと動く柔らかな毛並みの感触に気付いて視線を下腹部へ向けてみれば、ローズがアナルに刺さったままの男根を自力で引き抜こうとしていた。
 ゆっくりと腰を持ち上げれば、先程の締りが嘘のように呆気なくアナルから源田の男根が抜け落ちる。流石に三度も出せば男根も萎えたらしく、ぐったりと力無く鎌首を擡げている。
 そしてポッカリと空いたローズの菊穴から先程吐き出した精液が流れ落ちていく様を、源田はしっかりと目に焼き付けた。男性は女性の中に出した精液が溢れ出ていくのを見ると興奮するという猥談を耳にするが、レノアとローズのソレを見た時に抱いた興奮を考えれば、強ち嘘ではないと源田はひっそりと確信した。

 どれくらい源田が仰向けになっていたかは分からないが、お世辞にも体力は有るとは言い難い方だ。にも関わらず、あれだけ激しいセックスを立て続けにしたのだから体力の消耗は著しいのは言うまでもない。

 重だるい身体に叱責を入れながら上半身を起こせば、目の前にはフローラが上半身を低くして腰を突き上げる雌豹の体勢で源田を待ち構えていた。更にローズとレノアが彼女の女性器を左右に広げ、そこに猫舌を這わせて唾液塗れにし、今すぐにでも源田の男根を受け入れられるよう準備していた。
 またフローラ自身も源田のソレを欲しているのか、淡いピンク色の肉壺がヒクヒクと蠢き、唾液とは異なる輝きと透明さの愛液が溢れ出ている。愛液と唾液が混合した潤滑油が彼女の秘部をぬらぬらと照らし付け、早く逞しい男根を入れて欲しいと無言の訴えを向けてきた。

 既に源田の男根は疲弊の極みに達していたが、彼女の切ない訴えを無視するほど軟ではない。否、性的な訴えと彼女達から放たれる魔物娘特有の甘いフェロモンに刺激されたのか、下半身の中心部分に血流が集中するような熱い感覚を覚えたかと思えば、ぐったりと項垂れていた男根がムクムクと力強く起き上がりだした。

 そしてフローラの身体に圧し掛かり、そのまま彼女の女性器に最後の力を振り絞って勃起した男根を突き入れた。

「ひゃあああん!! ♥」
「うおおおおおお!!」

 最早お互いに恥じらいや羞恥心は無いのか、部屋中一杯に響き渡る程の甲高い雄叫びを上げながら、野獣の交尾と言わんばかりに激しいセックスを繰り広げる。四つん這いになったフローラの腰に自分の腰を何度も何度も打ち付け、その度に彼女の口から唾液と共に言葉にならない喘ぎ声を垂れ流す。

「うぅぅぅ!! イクよ! このままフローラの中に出すよ!」
「は、はい! ♥ 出して下さい! ♥ フローラに種付けして下さいませぇぇぇぇ!! ♥」

 逃げられないように、確実に子宮に精子が注がれるように、全体重を掛けて身動きが取れなくなったフローラに射精する源田の姿は正に本能のままに種付けする雄そのものであった。少し前まで見せていた、気弱な彼の姿が嘘のようだ。
 ドクンドクンと男根が力強く脈打ち、彼女の子宮に精液を注ぎ込む。最初の射精に比べれば、その量は明らかに減ってはいたが、濃厚さでは大差はない。出し尽くした解放感と射精の快感が五感に走り抜け、それだけで雄としての本能は言葉に言い表せ切れない満足感で溢れ返る。
 雄ならではの幸福を味わいながら男根を引き抜こうとすれば、彼女の膣穴がキュッと収縮し、尿道に残っていた精液が搾り取られる。そして自分が出した精液と、その精液を受け入れたフローラとを交互に見遣って源田は笑みを零した。

「お疲れ様、凄く良かったよ♥」
「は、はいぃ♥ こんなに感じたの……生まれて初めてですわ♥」

 そう言って源田がフローラを優しく抱き締めてやれば、他の二匹から即座にズルイコールが巻き起こり、最終的には三匹纏めて抱き締めながら穏やかな眠りに付くのであった。



「う……」

にゃー……

「うー……ん?」

にゃーにゃー……

「フローラ? それともローズか……レノア?」

 薄らと耳に届く猫の鳴き声に源田の意識が徐々に覚醒していく。当初は三匹の誰かが猫のような甘撫で声を上げているのかと思い目を開けた瞬間―――自分の胸元に何の変哲もない『普通』の三毛猫が乗っかっていた。

「ああ、何だ。只の猫……………………猫!?」

 動物好きな上に寝起きで頭が働かなかったが、自分の状況を思い出した瞬間に頭のエンジンが掛かり、自分の上で丸くなっている猫の存在が異端である事に気付いた。自分が住んでいる此処はペット禁止のアパートだ。ケット・シーと呼ばれる猫型の魔物は兎も角、本来ならば本物の猫がこの場に居る筈がない。
 反射的に起き上がれば胸元に居た猫は慌てて床へと飛び退き、自分の居場所を奪った源田に鋭い眼差しを飛ばし、毛を逆立たせて威嚇した。だが、数秒程すると人間相手に威嚇するのも無意味だと判断したのか、逆立った毛並みを元に戻し、源田に背を向けて何処かへと立ち去っていく。

 フローラ達の誰かが、今の猫を連れて来たのだろうか……と思ったのも束の間、よくよく自分の部屋を見回せば色々と異なっている点がある事に気付いた。
 四畳半程の広さしかなかった部屋が三十畳以上はありそうなだだっ広い部屋に変わっており、安物の簡易組み立て式ベッドが天蓋付きの豪華な猫足ベッドとなっていた。部屋の壁紙やカーテンには可愛らしい猫の肉球や顔が描かれ、とてもファンシーな空間になっていた。

 そして何よりも今去っていった猫だけでなく、マンチカンやアメリカン・ショートヘア、ペルシャ猫にノルウェージャン・フォレストキャット……等々、名立たる血統種から血が混ざった雑種に至る様々な猫達が自由気ままに部屋を埋め尽くしていた。

 動物好きである源田からすれば楽園みたいな光景だが、眠る前の光景と余りにも様変わりしてしまっているだけに素直に喜ぶ事が出来ない。それどころか混乱に拍車を掛けるだけだ。

「こ、こ、これは一体!?」
「あー、漸く起きやがったか」

 源田が居るベッドの先にある、豪華絢爛と呼ぶには可愛さとメルヘンさが際立つ肉球の彫刻が施された漆塗りの木造扉が観音開きで開くと、向こうから昨日出会ってすぐに交尾した三匹が姿を現した。

「フローラ! 此処は一体何処なの!? それに此処にいる猫達は一体どうしたの!?」
「ご安心下さい。此処は私達の国、『猫の王国』でございます。そして貴方の目の前にいる猫達は、この国の一般市民みたいなものです」

 フローラの説明を耳にした途端、源田は思わず『は?』と間の抜けた呟きを漏らしていた。無理もない、目覚めて早々に彼女の言っている言葉の意味を深追いする事も理解する事も困難を極めたからだ。

「猫の王国って……僕がやっていたゲームのタイトル? え、じゃあ此処はゲームの中!?」
「いいえ、違います。貴方からすればあくまでもアプリゲームのタイトルにしか過ぎないでしょうが、私達が言っているのは実際に魔界に存在する我々の祖国の事です」
「…………はい!?」

 『魔界なんて、そんな馬鹿な』と一笑したいのも山々だったが、目の前にいる彼女達そのものが魔物なのだ。魔物が存在するのならば、魔界だって当然あると考えるのが妥当であろう。
 段々と彼女が言わんとする事を理解してきたが、一方で理解したくないという感情が源田の中で鍔迫り合いを繰り広げていた。もし彼女達の話が事実ならば、此処は自分の知っている現実世界ではなく、何もかもが全く違う異世界であるということ。そして自分は知らぬ間に彼女達の国へ拉致されたようなものだ。

 まさか……そんな……と囈のようにブツブツと呟いていると、ローズが呆れたような目線を源田に送りながら窓を指差した。

「嘘だと思うなら外を見てみろ。恐らく、それで全てが分かる筈だぜ」
「外?」

 ローズの言葉に従い、ベッドから降りて丸みを帯びた窓へと近付く源田。ほんのり温かく感じる床の上では、様々な猫達が寝転がったり座ったりと自由気ままに過ごしており、誤って彼等を踏み付けないよう慎重に歩を進める。と言っても、源田が近付いただけで猫達は我が身を優先して自ずと離れてくれたが。

 そして窓硝子を通して外の光景を見下ろせば、そこには源田も知らない……否、見た事も無い街が広がっていた。

 西洋建築風の純白の建物の群れが起伏の激しい大地に密着しながら乱立し、彼方此方には建物の出入り口に合わせて急斜の階段が多数設けられている。まるで路地裏の多い地中海の観光街へと引っ越して来たかのような印象を覚えたが、驚きはそれだけに止まらなかった。
 窓から街中に通る道には当然ながら出歩いている人々の姿があるのだが、殆どが偽物ではなく本物の猫耳を生やした魔物の女性であり、中には彼女達と仲睦まじく腕組みしている男性の姿が居た。後者に至っては源田と同じ普通の人間のようだ。そして猫の王国と言われるだけに動物の部類に属する猫達が、一般人さながらに我が物顔で街を闊歩していた。

 そこで漸く源田は彼女達の言葉が正しいと理解した。此処は日本ではなく、猫の王国と呼ばれる魔界に実在する異国なのだと。

「ほ、本当に此処は……日本じゃないんだ……」
「これで分かったか? でも、お前動物好きだから猫だらけの国は嫌いじゃないだろう? それに無職になったから、今更思い残す事も無いだろう?」
「う、うん。確かに猫は大好きですし、無職なのも事実です……って、そういう意味じゃない! どうして猫の王国へ連れていく事に関して一言も声を掛けてくれなかったの!?」
「源田……寝てた……」
「た、確かにそうかもしれないけど……! せめて事前の説明が欲しかったよ!」

 あちらの世界で職を失った上に、就職するのも難しい不景気の真っ只中だ。おまけに本人は人間相手のコミュニケーション能力が欠けており、再就職するには色々と前途多難だ。
 そんな時、突然魔界の王国……それも“猫の、猫による、猫の為の国家”に飛ばされてしまったのだ。彼に出来る事と言えば、どうやって生きていけば良いのかと頭を悩ませるばかりだ。せめて説明の一つや二つしてくれれば、自分の意見も述べられたかもしれないのだが、今となっては後の祭りだ。

 しかし、そんな思い悩む源田に対してフローラがサラリと言葉を落とした。

「ああ、大丈夫ですよ。此処では貴方は働く必要はありませんから」
「………へ?」
「この猫の王国はバステト様……分かり易く言えば猫神様の加護で何もかもが守られています。それは心身だけに留まらず、衣食住に至っても同様です」
「要するに、お前は仕事をしなくても一生遊んで暮らせるってこった!!」

 最後にローズがそう言って言葉を締め括った瞬間、源田の中に稲妻の如き衝撃が走り抜けた。働く必要が無い上に衣食住まで保障されるという天国のような条件が当たり前のように存在する国(魔界ではあるが)が存在するとは思いもしなかった。

「この国に定められたルールを守る限りは……ね」
「……ルール?」

 余りの好待遇に思わず心の中で拍手をしそうになったが、レノアがポツリと呟いた台詞によって、心の中で鳴り響く筈だった源田の拍手は寸前の所で止まった。レノアの話を聞いて源田は絶望せず、『ああ、やっぱりそうなのか』と納得した表情を浮かべた。
 甘い話には裏があると言うが、やはり無条件で楽な思いをするのは無理なのだと改めて実感した。しかし、衣食住も含めて自分の一生を保障してくれるのだ。どんなルールかは分からないが、聞くだけの価値はあると判断して彼女達の方へ恐る恐ると振り返る。

「そ、それってどんなルールなの? もしかして凄く過酷なもの?」
「うーん、そいつはどうかなぁ?」
「人によっては、それが困難だと言う人も居るでしょうね」
「………」

 ニヤニヤと、クスクスと、ニコリと、様々な笑顔を浮かべる三匹とは裏腹に、源田の表情は真っ青になる。何も言葉には出していないが、彼の顔色だけで何を考えているのか読み取れてしまう。
 やがて彼女達は互いに顔を見合わせると、源田に向かって走り出した。そして源田の身体に飛び込むように抱き付くや、彼女達は王国に住むにあたって絶対条件とも言えるルールを叫んだ



「「「この国の猫達を心の底から愛すること!!!」」」
「ふぁ!?」



 この後、彼女達が王国ならではの特権を盾に『愛でろ』『可愛がれ』『愛して』と源田に迫るのは言うまでもなかった。
15/05/01 20:15更新 / ババ
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■作者メッセージ
小説内で今回のアプリゲームに関する細かい説明が出来なかったので、メッセージ欄にて補足を。

『猫の王国』−−猫型魔物娘ケット・シーを育成するアプリゲーム。病気や怪我をし、それをすぐ直すか放置するかで好感度に変化が生じる。好感度の上限値は100。同時に飼育出来るケット・シーは五匹までとなっている。数が増えれば増えるほど平等に好感度を上げるのが難しくなり、同時に育成も困難となる。

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