連載小説
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1・歳を取ると眠りが浅くなるって本当だね(実話)
ここはエジプト、王家の谷。
いくつもの華やかな歴史を刻んだ偉大なる数々のファラオたちが、最期の安息の地として来世を夢見て眠る静かなる聖なる墓所……から路線バスに揺られて15分くらいの一見何の変哲もない、ごく普通のどこにでもありそうな世界遺産の雰囲気を醸し出す超古代神殿跡地。
この古代神殿跡地ダンジョンのボス撃破、ダンジョン内宝箱全開封、全ドロップアイテム取得といった条件を最高難易度である『ルナティックモード』でノーダメージ・ノーセーブクリアした後、王家の谷に『徒歩』で戻ってセーブポイントでセーブをすると入ることが出来る『王家の谷隠しダンジョン』に、この物語の主人公……もといヒロインたちが住んでいる。
ちなみにこのダンジョン、冒険者に求められる必須レベルは95以上。
勇者の成れの果てである魔王の旦那をレベル99とすると、それはそれは『鬼畜』と罵倒したくなる程、気の遠くなりそうな高レベルを要求されているので、過去にこのダンジョンに足を踏み入れた冒険者は一人もいない。


「くぅ……ん…」
ふわあ、と大きな欠伸をすると色っぽい呻き声を上げて、彼女はベッドの上で身体を伸ばした。
途中、肩や背中などの関節からバキバキと嫌な音が漏れる。
「う………不味いわ…。ここのところ運動不足だったからかなぁ…」
自分の年齢を自覚しているだけに、若干朝から嫌な気分を味わった彼女であったが、気のせいだとまるで暗示を掛けるように自分に言い聞かせると、もう一度大きな欠伸をしながら顔を洗うためにベッドから降りた。
彼女の名はティアマ。
この隠しダンジョンの主人で、『王』としてではなく『魔物娘』としてのファラオであり、最近ウエストのラインが全盛期に比べて、かなりゆる〜くなってきたことが悩みという、今年生誕32世紀を迎えるどこにでもいるアンチエイジングにも気を使うようになってきたファラオである。
他のファラオ(王様の方ね)がカラッカラに干乾びる程死んだように眠り呆けているというのに、悲しいかな、年齢的にもどんどん眠りが浅くなっているティアマの朝は非常に早い。

ジリリリリリリリリリリリリリリッ

「……まただわ。また目覚ましより早く目が覚めてしまったじゃないの」
元々太陽神の化身のようなものである。
いつもいつも太陽が昇ると共に目が覚める超健康体質であるティアマは、本当なら我々人間が何より幸せに感じる『二度寝』をしたいのだが、生まれ育った環境や三つ子の魂云々の言葉にある通り、彼女の意思とは裏腹に身体は昔からの習慣を守り続けているのである。
諦めたように目覚まし時計のベルを止めると、ティアマは寝室を出て洗面台で顔を洗う。
途中で自分の顔が映し出された鏡を覗き込み『最近肌のハリがなくなってきたような…』と、やけに真剣な表情を浮かべたティアマは、洗面台に常備してある魔界からわざわざ取り寄せた化粧水(高級品)を手の平に取り、パチパチと音を立てて顔に叩き込んでいく。
「シワが出来ませんように……シワが出来ませんように…!!」
それはまるで呪詛のようである。
洗顔と朝の呪詛…もといスキンケアを終わらせると、ティアマは再び寝室に戻り、ベッドの上にお気に入りのシルクのパジャマを脱ぎ捨てると化粧台の前で身支度を始めた。
真っ直ぐな髪に櫛を通し、長年愛用している黄金の装飾品やファラオの衣装を身に付け、その上に複雑な模様の刺繍の入ったシースルーの上着を羽織って、他のファラオたちや他種族の魔物娘とは一線を画すオリエント的なチラリズムを演出。
さらにダンジョンに誰も来ないとは言え、それなりに多くの部下を持つ身である。
人前に出ても恥ずかしくない程度の薄い化粧を施し、お気に入りの柑橘系の香りがする香水をふわりと香る程度に、さっと軽く頭の上から吹き掛けると、立ち上がったティアマは大きな姿見鏡の前で全身を映して、どこもおかしいところがないかチェックする。
その内ただのチェックのはずが、冒険者が来た時のための決めポーズを取ってみたり、挑発的な表情とポーズを取ってフェロモンを出してみたりと、まるで我々人間が日常生活の中でしてしまうような仕草で、彼女は鏡に自分自身の姿を映す。
「……ふふっ、私ってまだまだいけるじゃない」
照れたようにティアマははにかんだ。
そして照れ隠しにグッと小さくガッツポーズを取ると、鏡の中の自分に宣言した。
「気合十分、今日も頑張るよ〜♪」

さて、ここまで見ていただいた読者には、すでにおわかりいただけたであろう。

王家の谷隠しダンジョン主人、ファラオのティアマ。
そう……高い基本スペックを持ちながら、魔物娘らしさが微塵も感じられないという、この作品を書いているろくでなしが得意とする非常に『残念な』ポッチャリ系の可愛いお姉さんキャラなのである。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



身支度を整えて、私はエプロンを着けると台所へと向かった。
冒険者がまだ活発に挑戦してきていたあの頃の古代神殿ダンジョン(表)だったら、使用人や召使いが大勢いたからこうして私が台所に立つ必要も、いやむしろすべてが使用人任せで家事などをこの手でするなど思いもよらなかった。
だけど時代は移って腕に自信のある冒険者よりも、悠久の歴史ロマンを感じたくて訪れる観光客の方がたくさんやって来る現代では、戦闘要員のために大勢の部下を養う必要もなくなり、こうして私自身の手で食事の用意などをするようになった。
もっとも裏ダンジョンにやって来る冒険者なんて、私がここに赴任してきてから十世紀くらい経つけど一度も見たことがない。
やっぱり必要レベル制限とか必要条件とか緩和するべきかなぁ…?
裏ダンジョン挑戦者が本当にいなくて、ここで勤務してくれている正社員のワン娘(アヌビス)やニャン娘(スフィンクス)も緩みきって、最近じゃまるで『たれパンダ』みたいにゴロゴロしている姿は正直目に余る。
それにわざわざ他所から助っ人契約してくれた中ボス役のドラゴンだって退屈を隠し切れてなくて、わざわざ携帯ゲーム機を持ち込んでワン娘たちと通信プレイいるくらいだし…。
ドラゴンなんて、わざわざ自腹で包帯を買って、少しでも砂漠のボスモンスターらしくと身体に巻いて雰囲気を作ろうと頑張ってくれているのに。
色々とほんっとうに申し訳ないわ。
「…………そろそろ起きてくる時間ね」
時計を見ると午前6時55分。
そろそろ可愛い可愛い娘が起きてくる、と私はテーブルの上に朝食を用意する。
バターの良い匂いがするふわふわのパン。
瑞々しくシャキシャキした新鮮な野菜のサラダ。
コンソメのスープに、カリカリに焼いたベーコンの目玉焼き。
「フフフフフ、この良い匂いに釣られて目を覚ますが良い!」
……………………ちょっと恥ずかしかった。
娘に見られた日には、もう目も当てられない。
まぁ、娘と言っても実の娘じゃないんだけれど、血は繋がらなくてもあの子は私の可愛い娘。
そうこうしていると、ペタンペタンというスリッパのゆっくりした音が近付いてくる。
どうやら娘が目を覚ましたらしい。

「むぅ〜………おかあしゃん……おあよ〜…」

ダボダボのパジャマでまだまだ眠い目を擦り、お気に入りのピンク色のウサギの大きなぬいぐるみを引き摺って、眠たそうな舌足らずな声で朝の挨拶をしながら現れたのは私のとても可愛い可愛い宝物。
この子の名前はネフェルティータ、4歳。
黒い毛並みの尻尾がパタパタ揺れる可愛いアヌビス。
「おはよう、ネフェルティータ。朝ご飯出来てるわよ」
「むぅ〜………ふわあ…」
「あらあら、まだおねむさんね。顔洗ってらっしゃい?」
「は〜い」
本当は可愛い寝顔を一日中眺めていたいけど、これもきちんとしたアヌビスになるための試練だと私は心を鬼にして、心で血の涙を流しながら毎朝起きれるように彼女の枕元には目覚まし時計をセットしている。
もちろんけたたましいベルの音じゃなく、ネフェルティータが心地良い朝を迎えられるように、わざわざスイスの時計職人に大枚叩いて依頼して作らせた『爽やかな鳥の声』が流れる目覚まし時計を私は用意している。
こういう時、お金持ちで良かったと本気で思うわ。

『バ〜フォメット〜 バ〜フォメット 夢のバフォメット・ナカダ〜♪』

あら、朝のワイドショーの合間に流れる『バフォメット・ナカダシ』ョッピングのテーマソングが流れているってことは、もう7時を過ぎたってことね。
……………あら?
今何かカギカッコの位置がずれたような…?
まぁ、気のせいよね、きっと。
「ほらほら、急いでご飯食べないと保育園に送れちゃうわよ?」
「うにゅ〜…」
ペッタペッタとスリッパを鳴らして、ネフェルティータはまだ眠いのか洗面台へとフラフラとした足取りで消えていく。
しばらくすると、洗面台から節水だの何だのを一切感じさせない激しく水が流れる音が聞こえてきたので、無事に顔を洗えたのだとホッと一安心する一方、蛇口の栓を目一杯開いて顔を洗っているので、その飛び散った水の後始末を思うと諦めにも似た苦笑いが零れてしまう。
朝に弱いのがちょっと心配だけど、まあまあ無事に成長しているようで私も安心している。

思い起こせば、あの暑い夏の日だった。

砂漠ダンジョン・ボスモンスター協同組合主催の親睦会を兼ねたゴルフコンペで、ゴルフなんてしたこともなかった私は見事にダントツの最下位に輝き、ブービー賞の賞品としてスーパー銭湯の割引券とアヌビスのヌイグルミを貰った。
その日は荷物があまりに多かったのと、可愛いヌイグルミを良い歳した大人の女が持ち歩いて帰るには抵抗があったので、ゴルフ場から宅配サービスを利用してゴルフ道具一式やスーツケース、そして賞品のヌイグルミをダンボールに詰めて後日配達してもらったんだけど………
どこをどう間違えたのか、アヌビスのヌイグルミがアヌビスの赤ん坊になって、ダンボールに詰められて配達されて来た時には、正直心臓が止まってしまうかと思ったわ。
結局、何がどういう経緯だったのかわからないまま、あの子は私の娘として引き取られて、おっかなびっくりの私の子育てでスクスクと素直に、そして元気に育ってくれている。
ちなみにあの子の『ネフェルティータ』って名前だけど、最初に貰うはずだったヌイグルミが『魔女っ娘わんわん☆ねふぇるてぃーた』のヒロインのヌイグルミだったから。
まぁ……実在の人物だったらしいから良いか、とか思ったり思わなかったり。
32世紀もの間、私にはお相手が一人もいないけど、こうして一緒に暮らしてくれる誰かがいてくれるということに、太陽神ラーの思し召しに感謝せずにはいられない。
「おかあしゃん、おなかすいた〜!」
「ああ、ほら……ちゃんと顔を拭きなさい」
「えへへ……だっこ〜♪」
本当に可愛い宝物。
ちょっと元気すぎるところもあるけど、この子をどこに出しても恥ずかしくない、ちゃんとした淑女(レディ)に育てることが今の私の楽しみであり、この子の笑顔が日常で疲れ切った私の心のオアシスなのである。




















『さて、今日のバフォメット・ナカダショッピングはセラエノ大根の漬物。見てください、このボディー(声裏返り)。黒くて、ツヤツヤしてて、太くて逞しいこの大根漬け。何とセラエノの職人さんが丹精込めて漬けたおかげで、まるで童貞ち(わん♪)このように、血管が浮き上がったゴツゴツ感が堪らない一品で……』

『まてぇーい、番組は中止じゃー!バフォメット・ナカダ社長……いや、魔界外道イチゴめ、クローンわん娘密造の罪でたぁーいほだぁー!!』

『やぁっべぇ〜、張型(はりかた)のとっつぁ〜ん……って、ワシゃあの大怪盗じゃないのじゃ!よくワシの正体に気が付いたのう、ボンクラ。ついでに密造とは言い掛かりも甚だしい。ワシはただ、あのわん娘のクローンを大量に作って、娼館作って一山当てたかっただけなんじゃ!それを……それをあの隠密佐々一族めが………裏切って完成した試作クローンを持ち出して逃げおったせいで…!』

『ぶちのめすぞ、ロリババア!貴様、顔出すごとに外道っぷりがアップしおってからに!!』

『そんな訳でワシは逃げる!あ〜ばよ、張型のとっつぁ〜ん♪』




13/05/03 00:13更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
こんばんは、お久し振りです。
最近仕事が忙しかったおかげで、だいぶご無沙汰しておりましたorz
今回から始まりました残念系ファラオSS如何でしたでしょうか?
予定としては前・中・後編と3部作という形でお送りしたいと思います。
次回は彼女の仕事っぷりをご紹介予定です。
どうぞお楽しみに。

それでは最後になりましたが、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう(^^)ノシ

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