読切小説
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熱い日差しに、休息を
「…………は、ぁ」

獲物を追う足は遅く、木の枝を跳ねる力も抜ける。わざわざ地面を歩きながら私は突き刺さる日光を背に受けて歩いていた。
森の中とはいえ所々光が差し込む。春先や秋には心地いいが夏の日差しは殺人的だ。照らされた鎌が熱を帯び、肌には汗が浮かんでくる。べたべたと気持ちが悪く額に張り付く髪の毛が鬱陶しい。

夏は嫌いだ。

木々がざわめき風が頬を撫でる。しかし、生暖かいだけのそれは不快でしかない。

水が欲しい。

私の住処である洞窟付近には水源はない。雨で付近の窪みに水を溜め、飲む。それがいつものことだった。
だが、この季節になってから数日間雨はない。朝露で渇きを凌ぐのも限界だ。水が欲しくて欲しくて堪らない。特にこの火照った体を早急に冷やして汗を流したい。
いつもは一切乱れない呼吸もうるさいくらいに響いてく。舌はだらりと垂れるが湿り気はもうとっくにない。時折唇にまで垂れる汗を舐めてみるがしょっぱいだけで潤いはしなかった。

「…っ………っ………」

一歩一歩ゆっくりと進む。
いつもなら木々の上を軽やかに進むのだがそんなに動けばさらに暑くなる。獣を狩る気力どころかただの移動ですら億劫になる程今の気温は高い。

「……………っ」

緑の葉が舞いながら木々が歪み回転する。気づけば頬に固い感触が伝わり手足の感覚が失せていく。何が起きたのか、疑問に思う余裕は逆上せた頭にはない。結局自分が倒れたことに気付かぬまま私は意識を失ったのだった。










「っ……」
「あ、起きた?」

突然耳に届いたのは低い声。獣の唸り声ではない言葉として形になった人間のものだった。
ゆっくりと瞼を開く。するとこちらを覗き込む、吸い込まれそうなほど暗い色の瞳と目があった。

「……?」

人間だ。
まくり上げた白い服に汗を浮かべた肌、そして黒くて癖のある髪の毛。どこからどう見ても一人の人間の姿だ。
後頭部に感じる土ではない柔らかさ。程よく固く、温かいそれは人間の体の一部だろうか。
どうやら私はこの人間に寝かされているらしい。

「ほら」

ゆっくりと起き上がる私へ差し出されたのは銀色の金属質な筒だった。
恐る恐る掴み取るが熱くもないし冷たくもない。ただ固く、中で何かが揺れ動いている。液体………水、だろうか。

「倒れてたんだから水取らなきゃ本当に危ないよ」
「…」

ああ、そうだ。私は水源を求め歩いている最中、あまりの熱さに倒れたんだったか。
思い出した途端喉を掻きむしりたいほどの渇きを思い出す。

「っ」
「ちょっと!あんまり急いで飲むとむせるよ」

人間の言葉など意識の外。すぐさま筒を傾けると水が止め処なく流れ頬や髪を濡らしていく。火照った肌から熱を奪い、唇を濡らして喉の奥へと流れ込んだ。
渇きが引き体の芯が潤っていく。呼吸を忘れて一心に飲み欲し、気づけば筒の中身は半分以上私の中へと消え失せた。

「…っは」

生き返った、とうのはこういうことを言うのだろう。荒くなった呼吸を整え肌を濡らした水を拭う。
喉の渇きは十分潤った。だが、一度程度では満足しない。再び筒を傾け中身を飲み込む。

「……っ」

しかし、改めて飲むと奇妙な味がした。
甘くて、だけどもしょっぱくて。飲めないものではないが二度目を口にするのは憚る味。腐りかけの果実よりはマシな味だが美味しいとは思えない。

「飲んどきなよ。手は冷たかったし舌もざらついてた。脱水症状かもしれないよ」

どうやら人間はこれをさらに私に飲ませたいらしい。
正直なところ気は進まない。だが、水源のないこのあたりでようやく手に入れた飲み水だ。選り好みをして再び死にかけてはたまったものではない。
私は再びそれを傾けた。

「…」

やはり、あまりいいものではない。
中身を見るがただの水にしか見えない。揺らしてみるもかなりの量を私が飲み干してしまった。喉の渇きは癒せたが改めて味わうと何とも好めそうにない。
ふと人間を見るとくつくつと笑っていた。

「あんまし顔に出てないけど相当嫌みたいだね。そりゃただの塩とただの砂糖の経口補水液なんて美味しいわけないか」

なんのことだかわからないがどうやらこの水はこの人間が作ったものらしい。
伊達と酔狂で作った、というわけではないだろう。この暑い季節にまずい水を持ち歩くはずもない。ならこれは生きる上で欠かせぬ貴重なものだと考えられる。
全てを飲み欲しその筒を人間へと放り投げた。

「っと……うわ、全部飲んじゃったか」

逆さにするが一滴も水は落ちてこない。全て私が飲み込んだのだから当然だ。
人心地ついた私は改めて水を持っていた人間を見据える。

「…ん?何?」
「…」

人間がいる。
人間が水を持っていた。
それもこんな森の中で一人でいたのにもかかわらず、だ。

「…」
「……あの、どうかした?」

人間が住まうのならば相応の環境も整っているはず。現に変な味だが水を持っていた。それも私に差し出せるほどにあるのなら水源が近くにあるのかもしれない。
見たところ痩せこけてもいない、いたって健康的な体格だ。食事となる獣や果物も近くにあるのだろうか。

「…」
「……何か言ってくれないと怖いんだけど」

水があるのなら水源も傍にあるのではないか。
水源があれば夏の暑さも凌げるのではないか。
暑さを凌げればこの夏も越えられるのではないか。



―ということはこの人間の傍はさぞ暮らしやすいことに違いない。



決めた。
しばらくこの人間の周辺を探索しよう。
近くにいれば食べ物の心配もないだろうし、人間がいるということは水辺もどこかにあるかもしれない。
なにより、飲み水を持っている。
この暑い中でこれ以上魅力的なことはない。

私はその日、ようやく夏の暑さを凌ぐという目的を果たすことができた。















今日も今日とて私はあの黒髪の人間を探していた。
というのもあの人間のおかげで大分生活も楽になっている。夏場のうだるような暑さの中で自由に水が飲めるというのはありがたい。
ただし、人間を探す手間が増えたわけだが。

「…!」
「ん?あ」

ああ、やっと見つけた。
それもありがたいことに人間は木陰にいる。傍には大きめの川が流れており涼しい風が吹き抜ける。夏の暑さを凌ぐのには最適な場所だった。
私はすぐさま傍に座り込む。

「………」

心地よい。
汗の滲んだ肌を冷たい風が撫でていく。
いつものように人間が持っている筒をとろうと手を伸ばしたその時。

「…」
「…え!マンティス!?旦那!マンティスですよ!!」

人間の陰に隠れて見えなかった何かが目に映った。小さい背丈をした少女の風貌だが桃色の髪の毛に間から突き出す角は人間にはあるはずのない部分。
確か……ゴブリンという魔物のはずだ。
彼女は警戒して傍の棍棒に手を掛けるが私は別に害するつもりはない。ただ涼しく過ごせて飲み水を持っている人間の傍へとやってきただけだ。

「マンティス?ああ、彼女のことね。以前暑さに倒れてたところを助けたんだけど…どうしたんだろ」
「旦那、彼女に何かしたんで?」
「精々水をあげた程度だけど」

話し込む人間の横に置かれた筒を手に取る。揺らす度に伝わる感触からして半分以上はあるだろう。
私は躊躇いなくその筒を傾け水を飲んだ。

「……旦那、旦那。彼女そのまずい水飲んでますけど」
「あぁ、前にも上げたことがあるんだけど…また飲みに来たんかな。せめて一言欲しかったけど」
「………これって旦那、彼女に水場扱いされてるんじゃ?」
「嫌だな、それ」
「それにしても。マンティスすらそんなまずい水飲まなきゃやってられないほど暑いですねぇ」
「まずい言うなよ。一応経口補水液なんだからさ」
「前から気になってたんですがそれなんです?」
「汗流すだろ?その分失った塩分とかの補給に必要なの」
「そんなまずいのが?」
「本当ならグレープフルーツの果汁とか混ぜればもう少し飲みやすくはなるんだけどな」
「んー…フルーツですか」

くつくつと可笑しそうに笑う人間と何か考えるように呻くゴブリン。
そんな二人などお構いなしに私は水を飲んでいく。

「旦那、気を付けてくださいよ。普通のマンティスは人間に興味を持たない、生きるためだけに生きてる魔物ですが何があるかわかりませんよ」
「というと?」
「魔物としちゃ安全な部類ですけど…でも、部分的に見れば普通の魔物よりもずっと厄介です」
「そっか。なら気を付けるさ」
「……本当にわかってるんですか?」

飲み終わってしまった。空になった筒を転がし改めて座り直す。
木々のざわめき、川のせせらぎ。耳に届くのは涼しげな音ばかり。
なるほど、これは何とも心地よい場所だ。
だが。

「………」

目の前には川がある。日差しを反射し数多に煌めく雫を飛ばし流れる川だ。
私が探し求めていた水源だ。
そして今は木陰にいるとはいえ夏場の暑さ。体は火照り汗をかいた状態だ。肌はべたつき鬱陶しい。
二人へと視線を向ける。

「……まぁ、旦那がそこまで言うのなら」

渋々と言った様子でゴブリンは警戒をとくと改めて人間の隣に座り込む。対して人間は特に気にした様子もない。吹き抜けた風が時折癖のある髪の毛を揺らしていた。



……どうしてこの二人は川があるのに水浴びをしないのだろうか。



「それより旦那。こんな木陰で休むよりも水浴びしましょうよ!」
「まだな。どうせもうすこししたらさらに暑くなるんだし」
「何言ってるんですか!ただでさえこんなに暑いなら待ったところで何も変わりませんよ!あ……もしかして旦那。私の裸見て興奮しちゃうとかですか?」
「してほしいんだったらもう少し大人になれよ」
「……いや、これ以上成長しないんですけど」

二人は相変わらず座り込んだままだ。なにを待つ必要があるのかわからない。暑い暑いと汗を流すくらいなら水で流してしまえばいい。水も飲めるし得しかないのに。
私は二人を気にすることなく川の中へと飛び込んだ。

「ほら、マンティスもああやって水浴びしてることですし涼むなら水浴びですよ旦那!」
「おいちょっと!引っ張るなって」

遅れて二人も川へと近づいてくる。

「足つらないように準備運動しておけよ。流れがある分間違えれば死にかねないんだから」
「わかってますって。旦那は心配性ですねぇ」
「…経験してるから言ってるんだよ。それからあんまり長く浸かるなよ。体小さいんだからすぐ冷えるぞ」

何のやりとりをしているのかわからない。だが、しばらくすると二人は川へと飛び込こんだ。
わからない。特にあの人間の方。
何に注意しているのか恐れているのか、現状この暑さ以上に気を配ることなどないはずなのに。
そんなことを感じながら私は肌に滴る水を拭うのだった。










……寒い。

歯が噛みあわずにがちがちと音を立てる。
なるほど、人間が変に注意していたのはこういうことかと納得する。
冬の日の厳しい寒さに堪えていた時と同じだ。温まろうと掌を擦るが体全体は冷たいまま。灼熱の夏の日差しが今だけは心地よく私は日向で丸くなった。
そんな私の傍に水滴を垂らしながら川から上がってくるゴブリンと人間。人間は張り付いた髪の毛をかきあげ満足げにため息をつくがゴブリンは違っていた。

「だんな…しゃぶぃ……」
「体小さいのに無理しすぎなんだよ」

唇を紫に染め青い顔で震えている。川の冷たさに慣れ冷え切った体で凍えているようだ。

「ほら、おいで」
「あぅ…ぁ」

木陰で胡坐をかいた人間の右側にゴブリンが座り込み、抱きしめた。丸めた背中に人間が手を伸ばしてゆっくりと摩っている。
はぅっと小さく息を吐くゴブリンの顔はどこか満足げで抱きついている。日差しの下にいるよりかは幾分か温かそうだ。
…温かそうだ。
……温かいのか。
………温かいのだろう。

「…」

温かいのなら、私も温まれるはずだ。

すぐに人間の傍へと移る。木陰の涼しさが今は嫌になる。あれだけ心地よかった風の感触も凍える体には苦痛でしかない。

「ん?あれ…どうかし―」

私はゴブリンとは反対側、膝の上に無理やり座り込むと人間の頭を掻き抱くように腕を回した。

「…わぁああああああああ!?」

人間の腕を取って背中へ回させ両手で頭を抱き寄せる。胸の間にちょうど収まる中々心地よい体勢だ。
胸に触れた顔、臀部の下にある足。背中へ回させた腕が触れ合い熱が染み込んでくる。
ああ、これは温かい。
川の水で冷え切った体には心地よい温かさだった。

「だ、だんな!?」
「ちょっと何してんの!やめ、やめてっ!」

じたばたと暴れて鬱陶しい。
獣を絞めるように頭を強く抱きしめる。だが大きさからして違うと上手くいかない。仕方ないのでこのまま落ち着くまで力を込め続けよう。

「〜っ!!」

口がふさがっているのか先ほどから声はない。吐息がくすぐったく背中でばしばし叩く手が邪魔くさい。が、しばらくすると力尽きたようにだらりと垂れた。

「……」
「だ、旦那?大丈夫ですか旦那!?」

ようやく動きを止めて落ち着いたのをいいことに私は冷えた体に存分に熱を伝え温める。重なる肌の面積を増やそうとさらに抱き寄せ手足を絡ませた。
日差しよりも温かく、突き刺すような厳しさはない。堅めの感触だが不快ではないし、悪いものでは決してない。

「旦那ぁ!旦那ぁー!!」
「…」
「……んっ」

むしろ…良い。

よし、今度から体を温めるときにはそうしよう。
川で冷え切ったとき以外にも……冬場には最適かもしれない。あの凍てつく朝晩の寒さもこれで解決できることだろう。
さらには人間もまたどこかに住んでいるはず。屋根もベッドもあるのなら今の住処である洞窟から移動してもいいかもしれない。
そんなことを考えながら私は満足げに息を吐いた。









あれからというもの体の動きもすこぶる良い。
暑さを凌げる場所がある。体を冷やせる川がある。渇きを凌げる水がある。凍えれば温もりも得られる。
最高の環境だ。
ただ一つ、人間が暴れ出すことを除けば。

「……あっつい」

川の水で冷え切った体を温めるため今日も今日とて私は人間に抱きついていた。
人間の方は水浴びをしていないのか高い体温が伝わってくる。若干汗臭いがまぁ良しとしよう。

「あの、どいて欲しいんだけど」
「…」
「暑くないの?」
「…」
「水浴びしたいんだけど」
「…」
「………何か言えよ」
「……」

諦めたようにため息をついた人間は手元にあった瓶から水を飲む。

「ん!…へぇ、流石商人。随分と甘ったるいフルーツ使ってきたな」
「…!」

いや、水ではない。
瓶に注がれたピンク色の液体。蓋はされているが隠しきれない甘い香りが鼻孔をくすぐる。とても甘ったるく癖になりそうだ。
花の蜜…ではない。果物に近いがあまりにも甘ったるすぎる。甘すぎて、『虜』になってしまいそうなほど強烈な香りだ。

「あ!おいちょっと!」

私はそれを人間の手から奪うと早速一口飲み込んだ。

「…!」

その香りと同様に甘ったるい味が口内に広がっていく。
今まで食べてきたどの果物とも似つかない圧倒的な甘み。その後からくるのはほんのりとした塩気。だがこれだけ甘ければしょっぱさも気にならない。
私は筒の中身をどんどん飲み込んでいく。
舌に広がるねっとりとした甘み。決してくどさを残さない、蕩けるような味わいを喉の奥へと注いでいく。それは果物や木の実に慣れてしまった私にはあまりにも新しい味覚だったからだ。


…もっと欲しい。


筒から口を離し、中毒にも似た甘味を求めて辺りを見渡すが当然あるわけもない。香りをたどるもこの森では一切感じたことのない甘い香りだ。
ただ、わずかに残った香りは中身を失った瓶の中以外にも漂ってくる。

「!」
「…何?」

私同様に飲んでいた、人間の口からねっとりとした甘い匂いが零れていた。
木の幹に体を預けて疲れたように息を吐く。呼吸音が聞こえないくらいに小さく、静かだが漂う香りは誤魔化せない。

「…あのさ、いい加減何か言ってほしいんだけど?」

匂いをたどるように顔を寄せる。
もっと欲しいという欲求に抗う理由は欠片もない。
両手で頭を掴み固定すると唇を思い切り舐め上げた。

「んむっ!?」

先ほど味わったものとは全く違う甘い味が口内に広がった。見開かれる闇色の瞳を映しながら何度も唇を舐め上げる。
唇の間をなぞると果物とは違う、こってり残る甘い味を感じる。ここに来る前に何か食べたのかしっかり残った甘い味。自然には存在しない味覚は私の舌を一心に突き動した。

「ん、ふっ!?」

口内へ突き刺し暴れ回る。暴れ出そうとする人間に体重をかけ木の幹に押し付けると思う存分貪った。
唇とは違う柔らかさをもつ舌を見つけて絡みつく。にちゃにちゃと唾液が混ざり、擦れる部分から痺れるような感覚と濃厚な甘みが染み込んできた。

「ん……っ」

果物だろうか。
花の蜜だろうか。
それとも蜂の蜜だろうか。
私の記憶にない甘い味を私は気に入り、入念に舌で舐り尽くす。
だらりと垂れる唾液が人間の口内へ流れ込んだ。唸り声をあげるが構うことなく貪り続ける。押し返そうとする舌が私に絡みつくが力がない。それどころか絡みつく感触に頭の芯が痺れてくる。
もっと欲しい。その欲求に従って私は啜り上げた。

「っ!〜っ…!っ!」

なぜ人間はこうも嫌がるのか。暴れて逃げ出そうとするのはまるで食われんとする獣と同じだ。
別に私はこの人間を殺して食べるつもりはない。十分な水と、涼める場所。それから冷えた際に温まる体温。生きていくうえで不可欠なものを備えた存在を殺すわけがない。
ただ、傍に居ればいい。


それが私にとって生きやすい環境となるのだから。



「んっふっ…ん〜………っ」
「…ん、ぷはっ」

満足した私はゆっくり唇を離した。互いの間に唾液が橋をかけぷつりと切れる。だらだらと垂れた唾液を指で拭うと人間の上に改めて座り直す。
人間は動かない。ただ真っ赤な顔と荒い呼吸を繰り返し、その頭を木の幹に預けている。

「………も…………なん、な…の…ぉ」

弱弱しく零れたその言葉は森のざわめきにかき消されていった。















日差しが和らぎ夏の暑さが落ち着いてきたとある日の事。私は今日も今日とて人間の足を下に木陰で涼んでいた。
もう水辺でなくとも十分に過ごしやすい風を感じる。だからといってこの人間の傍を離れることはしない。私はあの甘い飲み水を持っていないし、時折人間は森の果物を持っているときもある。狩りに行く手間とを比べればここで休んで人間から取る方が楽でいい。
それに、もうしばらくすれば実りの秋。
人間が持ってくる果物の数も種類も増えるかもしれない。
さらにその先には寒い冬。
肌を突き刺す寒い季節にこの体温は捨てがたい。

「…」

これでは人間の傍から離れることは難しそうだ。
そんなことを考えながら私は先ほどから感じていた体の違和感へと意識を向ける。

「…っ」

覚えのある疼きと熱。下腹部で渦巻いて股を湿らせてくる。下腹部を内側から刺すように湧きだす感覚に気づけば荒くなった呼吸。肌は火照り心臓がうるさいくらいに鼓動を刻む。
そこでふと、以前あったことを思い出した。

「……ぁ」

そうだ、この熱、この疼き。
夏の暑さを忘れたいがため奔走していたがその季節ももう終わりを迎え涼しくなっている。
吹き抜ける風も熱を失い心地よい感触を残していく。
とても落ち着く季節であり、何よりも万全な体調でいられる時期だ。となれば、体の方は供え既に準備を終えていたということだろう。

すなわち、繁殖期である。

だが私は雌であり一人では子を成せない。
それでも体は早く子を残せと言わんばかりに疼きを生み、粘液を股間から滴らせて地面に小さな水たまりができていた。

「…」

ぞわぞわする。
下腹部の内側を指でひっかかれているようなむず痒さ。手を置いたところでかき消せないそれを収めるにはどうすればいいのか。
本能は知っている。
体も十分わかってる。
だが、それは相手がいてこそなるものである

「…あ」
「ん、あ、何?」



あぁ、そうだ。いるじゃないかこんな近くに。



もうあきらめたのか最近は暴れることなく乗せていた人間は私の漏らした声に人間はふと顔を上げる。
この人間は雄なんだ。
雌である私と子を成せる存在なんだ。
頭の中で何かが噛みあう。すると下腹部の疼きがさらに強くなった気がした。

「…」

躊躇うことなど何一つない。
本能は番を求め、体は子種を欲している。
ならば、本能のままに襲えばいい。この欲求に従って交わればいい。

「ど、どうかしたの?」

私を心配そうに見上げる人間。なんとも無防備な姿でこれなら抵抗する前にことを成せるだろう。眉間からずっと下、邪魔な布地めがけて私は鎌を思い切り振り下ろした。
一閃。
あまりにも突然なことで人間は気づかない。数秒遅れて布地に線が走りついていた金色のボタンが音を立てて転がった。

「…………は?」

遅れて反応を示すがそれよりも早く私は腰を押し付ける。
露出した人間の前面、その腰辺り。私の体にはない雄の証である生殖器があるのだがそれは小さく項垂れている。本当にこれが入るのだろうか。

「は、や!何してんの!?」

突然の事に驚き押しのけようとする前に両手で手首を握り束縛する。これなら暴れることも出来ないだろう。
しかし、どうやっても人間の生殖器は私の中へと入りはしない。そもそもこんな柔らかなものをどうやって入れればいいのかわからない。
ぺたぺたと腰を打ち付けてみるが滴る粘液が人間の肌を汚すだけ。依然としてそれは柔らかいまま…なのだが。

「おいっ!ちょっと!退い、てって………!」
「……ぁっ!」

人間が切羽詰まった声を上げると徐々に硬さを増してきた。私の粘液でべたべたになるころにはそそり立つほどのものとなる。びくびくと震えるそれは私の鎌のような硬さを持ち、それでいてとても熱い。掴んだ腕から伝わる熱よりも舌から伝わった体温よりもずっと高い。
股間と擦れあう度に体の芯に何かが走る。思わず声が漏れるほど強く、だけどもどことなく甘美なもの。甘い水とは違う、何か不思議な感覚だった。

だが、これで終わりではない。

交尾というのはこれを私の体内へ迎え入れること。そして子種を膣内で受け止めることだ。
体に刷り込まれた本能に従い私は腰を下ろす。人間が逃げ出そうと蠢くが関係ない。
だが上手く狙いがつかない。粘液を塗りすぎたせいか滑って入口からそれてしまった。

「ん…」

今度こそ迎え入れようと片手を生殖器に添える。するとここぞとばかりに人間が暴れ出すが構うことなく根元を掴み、先端を私の生殖器へと向けた。
もう十分すぎる硬さと熱がある。これならちゃんと迎えられそうだ。

「おい、ま…待てって!!」
「…っぁああああ!?」

人間の言葉など当然聞くこともなく私は腰を下ろした。粘液に滑り肉体の中へと突き刺さる。途中引っかかる様な抵抗を引き千切る際に痛みがあった。
痛い。
普段ならそう感じていたはずだ。体を割かれる苦痛に悶えていたはずだ。だが、それ以上の感覚が私の意識を塗り替えた。

「〜っ!!」

以前枝を踏み外して顎に直撃することがあった。目の前で火花が散りしばらくは立ち上がれぬほどの激痛に転がりまわった嫌な経験だ。
それと同じほど、いや、それ以上の感覚だ。目の前が小さな爆発を繰り返し、だけども決して痛みはない。その代わり壮絶な快楽が私の体を突き刺してくる。
肉の内側に感じる自分以外の存在。脈打ちながら自己主張するそれは隙間なく私の中を埋め尽くしている。動かずにいても伝わる感触が、燃え上る様な熱が甘い感覚を弾きだしていた。

「はっ……♪ぁ……あぁあっ…♪」

呼吸を整えながらも下腹部は痺れるような快感を弾きだす。それは全身を染め上げて胸の内側に何かを落とした。
ふわりとした、優しい気持ち。
温かくて切なくて、少し苦しい感情。



―でも、嫌じゃない。



乾いた喉を潤すため水を求めていた気持ち。
冷たい体を温めるため抱きしめていた気持ち。
甘ったるい飲み水を飲んだ時もっと欲しいと抱いた気持ち。
それらに似ているが決して同じではない。


いや、むしろそれ以上に強く、深く、それでいて大きい気持ち。


「ぁ……♪」

だが今行っているのは交尾である。抱いたことない感情が湧きだすが行為自体は変わらないし、体は先を望んでいる。
子を成すのは最も奥のところであり、子を宿すため子種を注がれる必要がある。ならもっと深くまで。もっと奥まで飲み込まなければ。

「ふ、ん…っ」
「っぁ!」

体重をかけて下半身を押し付ける。膣内を擦りながら飲み込むにつれ人間の手が震えていた。
私また同じように体が震える。それは寒さからくるものではなく体の内側から弾き出された感覚のせいだ。
堪えなければ。震える体で倒れぬようにと何とか腰を下ろしていく。そして、最奥に生殖器が突き刺さった。

「っは♪」

呼吸が止まる。頭が真っ白になる。体の中で何かが弾け飛んだ。
それは小さな爆発だったがとてつもない快感だった。思わず体が跳ね呼吸が止まる。息を吐くことすらできずに私は口をぱくぱくさせていた。

「っぁ……ちょっと、大丈夫…?」

動けずにいると真っ赤に顔を染めた人間が心配そうに覗き込んでくる。人間もまた呼吸を荒くし、時折切なげに眉をひそめていた。

「あぅ…♪」

それでも、掴んだ手首は離さない。
離してしまうと私がどこかへ飛んで行ってしまいそうだったから。この体が爆発してしまいそうだったから。
何かに掴まってないと自分が保てない。
だというのに指先から力が抜けてずりずりと落ちてしまう。人間の服をかろうじて掴むも倒れ込んだ体を止めることはできなかった。

「……ああ、もう。まったく、仕方ないな」

人間は諦めたのか小さくため息をつくと私の体を抱きしめた。

「…あ♪」

初めて人間の方から腕を回される。
背中に感じる感触は優しくも逞しさのあるものだった。それでいて温かく私をしっかり抱き留める。



―もっとしてほしい。



だが私はそれを伝える手段がない。
口はあっても言葉はわからないし、そもそも話す必要も今までなかった。そのせいで表現方法すらわからない。
だから私はせめてと思い体を押し付けた。

「ん…っ」
「ぁあ…♪ん、んん…ふ、ぁあっ♪」

最奥にくいこんだ生殖器はやはり硬いまま私の膣内を圧迫してくる。それだけでも気持ちいいがこれが行為の終わりではない。
膣内で子種を受けなければまず孕むことはないだろう。そのためにも今度は引き抜くようにゆっくりと腰を上げていく。

「ぁ、ふぁぁ♪」
「…っ!」

固くて熱い生殖器は肉を掻き分け、ごりごりと膣内を擦っていく。本能任せな乱雑な動きなのに痛みは欠片もない。粘液が絡みつき交わり合う部分からいやらしい音が響き、開いた口から涎が垂れるが拭う余裕すらなくなっていた。

「あっぁ…あああ♪」

ただひたすらに上下する。膣内を人間が擦りあげ、快感を弾きだす。その度に意識が蕩け頭がぼうっとしてくるが逆に感覚は鋭さを増していく。
止められない。自分の体のはずなのに。
春の日向で眠るよりも。
夏の川で水浴びをするよりも。
秋の実りを食すよりも。
冬の炎で温まるよりも。
何にも比べられない甘美な感覚は私の体を虜にしていた。

「あ、ふ♪ふぁ、あっ♪あぁあ♪」

出したことのない声を上げ、みっともなく顔を蕩けさせ、それでも止められない体に振り回されて私は快楽を貪った。
だが、本質を忘れているわけではない。
交尾のため、子種を得るため、子供を残すため。
そのためには一番奥で子種を受け止めないといけない。
受け止めるためには当然この生殖器を一番奥まで迎え入れなければいけない。
それならと、私は思い切り腰を押し付けた。

「ん、ひゅっ♪」
「うぁっ!!」

最奥に突き刺さり衝撃で膣内が締めつける。その感覚が堪らないのか人間は切なげな声と共に体を震わせた。
堪えるように回された腕に力が入り私の体が抱きしめられる。露わになった胸板や熱い吐息がくすぐったくて心地いい。必死に堪える顔は見ているだけで嬉しくなる。

「あ、ふぁ…♪」

本来ならば子を成す為の行為が私を虜にし、人間を感じさせている。その事実がなぜだか悦びに繋がり胸の奥に募っていく。
臀部が波打ちぬめった膣内が固い生殖器を扱き上げていく。中を抉るように刺激されると動けぬほどの快楽が走り、人間もまた呼吸を止めるほど感じていた。

「そろそろ、待っ…っ!」

そんな中突然人間は腰を引いて体を離そうとする。そんなことをしては子を成せなくなってしまうのに。体に刷り込まれた本能をこの雄は理解していないのか。
逃がさぬようにさらに体を押し付ける。人間の後ろには木の幹があり逃げ場はない。押し退けようと両手が腰を掴むがそれ以上の力で抱きしめ返した。

「んぁ、あっあああ♪」
「っ!!」

最奥に人間の生殖器が押し付けられる。先端が食い込む感触に目の前が点滅した。
びくびくと生殖器が震えて何かを吐き出していく。それは私の奥へ、注ぎ込まれ筆舌しがたい感覚を弾きだした。
中が熱い。焼けるように熱い。夏の空気も太陽の日差しも塗り替えるほどに。
だけど、決して嫌じゃない。それが命が流れ込んでくる証だからだ。

「あ、ふ、ぁああああああっ♪ああああああああっ♪」

脈打つたびに体の奥へ熱いものが注がれていく。最奥を粘ついた粘液が叩き、その度に体が大きく跳ねる。あまりの感覚の強さに私の意識を離れてばらばらになりそうだった。
だが終わらない。
何かが来る。
熱い感触が、人間の脈動が、溶け合う体温が、体の奥から何かを引張ってくる。

おかしくなる…っ。

今まで感じていた快楽は些細なものだったと気づかされるほどの波が来る。
逃げ出さなきゃいけないと思うほど強烈なのにもっと欲しいと思ってる。
そして、その瞬間は来た。

「ん、ぁ…ぁあああああああっ♪」

今まで感じていた快楽とは比べ物にならない波。子種を注がれる感触で思い切り意識が高みへと押し上げられた。
まるで自分の意識だけ空に弾かれてしまったかのような浮遊感。それ以上の膨大な快楽に頭の中が真っ白に染まり滲んだ涙が零れ落ちた。
がくがくと体が震えるのを止められない。私の意思とは関係なく膣内は強く締まって生殖器を締め上げる。彼の口からは驚きと切なさを含んだ声が零れたが私の嬌声に掻き消えた。

「しめ、すぎ…っ!」
「あぅっ♪」

びくりと膣内で彼が震え再び子種が注がれるのがわかった。体が孕もうと必死に子種をねだっている。もっと出せと欲張って蠕動を繰り返す。
まるで渇きを癒すため水を求めていた私みたい。いや、それ以上に貪欲に彼を求めている。

「ふぇ、ぁ…………♪」

視界が揺れ倒れ掛かる。だが、回された彼の腕が体を抱き留めた。
押し付けた体がさらに密着する。夏の日差しよりもっと熱くなった互いの間で熱が溶け合い汗を滲ませる。べたべたと不快なはずなのに堪らなく心地よい。

風景の一端だった存在なのに。

混ざった匂いが芳しく、切ない声が心地よく、私を感じる姿が愛おしい。
まるで今の行為で私の全てが塗り替えられてしまったかのような………いや、違う。
元々何もなかった私へ彼が与えてくれたのか。
乾いた喉を潤すための水を。
灼熱の日差しを避ける木陰を。
冷えた体を温める温もりを。
虜になるほど甘い味覚を。
全てを塗り替えるには十分すぎた快楽を。
空っぽだった体へ明確な感情を。

「あ、はぁ………♪」

思えば私は最初から彼に貰ってばかりだ。
だからといって何を返せばいいのかわからない。

「……ぁ!」

あぁ。『これ』があるじゃないか。

私が快楽を得るように彼もまた感じ、そして悦びを得ている。その証拠が私の膣内に吐き出された子種だ。
彼に何を返せばいい?
悦ばせるにはどうすればいい?
その答えは簡単で単純なことだった。

「んふ…♪ふぁ、ああっ♪」
「え?あっ!少し待って…っ!」

快楽の波が引かぬうちに腰の動きを再開する。くねらせては膣内が脈動し、固い感触を確かめるように抱きしめて精が欲しいとうねって強請る。
それだけではなく今度は小刻みに上下する。決して抜けないようにと念入りに。最奥まで迎えると切ない声が唇から零れていった。

「あ、ぁ♪は、あぅっ♪ん、ふぁあ♪」

技術なんてものはない。効率も欠片もない。ただひたすら思うが儘に私は腰を打ち付ける。初めて感じる快感は暴力的なまでに私に突き刺さり追い詰めてきた。
それだけではない。目の前で悦び、しかし耐える彼の姿が私を内面からも揺さぶっていく。

「あ、はぁ…♪は、ん♪ん、あっ♪あ♪ぁあ…っ♪」

腰を使った動きにも慣れてきた。徐々に動きが加速し、叩き込まれる快感が一層強くなる。上下に動けば胸が揺れ、突き刺さる彼の視線が心地よい。露出した肌には玉の汗が浮かびはじけた。つんとする汗の匂いといやらしさを伴った精の香り。肺一杯埋め尽くしては体の奥を切なくさせる。

「はっぁぁ…♪」
「んんっ!?」

体の自由は既になく本能のまま腰が跳ねた。膣内が擦れる度にまた高みへと押し上げられていく。
堪えようにも力が入らず人間へと倒れ込んでしまう。胸の間に顔が挟まり擦れる感覚が甘い痺れを引きだした。胸を押し付けたせいなのか私の体は大きく震え、人間の生殖器もまた再び大きく膨らんだ。

あぁ、また来る……♪

再び子種を注がれるのを予知した私はすぐさま腰を押し付け最奥に彼を迎え入れる。
早く、早く。急かすようにぐりぐりと押し付けると彼は上ずった声を上げ、そして。

「っ!?ぁあ♪ああああああああああああああっ」

お腹の奥に注がれる熱い感触。再び吐き出され、満たされる感覚に私は大きく声を上げて背をのけぞらせた。
意識が一気に高みへと引っ張りあげられ爆発する。弓なりに反りかえった体は震え思考が空の彼方へ飛んでいく。
満ち満ちていく感覚と痛みに近い圧迫感。苦痛に感じそうなほど腰を押し付けるがそれ以上の快楽が全てを塗り替えていく。
だがその快楽が突然消え失せた。

「あっ……」

熱いものが下腹部へ吐き出された。どうやら抜けてしまったらしい。白濁した独特の匂いのあるそれが肌を汚していく。
あぁ、ダメだ。
ちゃんと中で受け入れないと子供ができないのに。外に出しては無駄になってしまう。すぐに私の中へ迎え入れようと震える手を添えると人間が慌てだした。

「待って!今イッてるから……ぁ!」
「んぁああ♪」

それでも構うことなく脈動する生殖器を迎え入れる。するとさらに大きく震えあがり、吐き出された粘液が膣内に撒き散らされた。
気持ちいいが、違う。欲しいのはもっと奥。ちゃんと一番奥に出してもらいたい。
腰に体重をかけ再び最奥へと押し込むと最奥が吸い付く。まるで吸い取るように密着すると膣内全体が強く彼を抱きしめた。

「っぁあ♪」

やはり、堪らない。
熱い粘液が吐き出される感覚。雄の子種を膣内で受け止める感触。内側から広がる熱に弾きだされる快楽が何もなかった私の中に広がっていく。

「あ、はぁ……あぅぁ…♪」

脈動も収まりつつ快楽の波も引いて体は落ち着きを取り戻す。むせ返るような熱気と滲んだ汗が鬱陶しいが夏の暑さと比べれば不思議と嫌なものではない。湧き上がる汗の匂いが吹き抜ける風にかき消されていった。

「ん………あ、ふ……♪」

お腹の奥が温かい。胸の内もぽかぽかする。
未だに彼のものは硬さを保ち私の中で脈打っている。二度も出したのに初めの状態に戻らないのは普通なのかそうではないのかわからない。
だが、私の膣はそのことを悦び強く締め上げる。中でも外でも私は彼を抱きしめていた。


―でも満足には程遠い。


既にお腹の中には二度にわたって注がれた子種が溢れている。逆流したのか結合部からは互いの体液が混じって漏れ出していた。
それでも体はまだ満たされていない。本能は乾いたままだ。胸の内はもっともっとと欲しがっている。
どうやら私は思っていた以上に貪欲だったらしい。

「んっ…んっ♪」
「え?ちょっと………」

もっともっと、その意志を伝える言葉を知らない私は体を摺り寄せた。驚きながらもそれが何を意味するのか理解した人間は小さく息を吐いた。

「あぁ…………もう。まったく」

半分やけくそ気味だが彼もまた満更ではないらしく私の頬を唇が撫でた。柔らかな感触が熱を残して離れていく。
ぽっと、胸の奥が熱くなった。今までの快楽と比べればあまりにも些細な感覚だというのにだ。

「…ん♪」

私からも返すように唇を押し付ける。頬へ、鼻先へ、そして唇へ。もう何度もしてきた行為だというのにやはりまた胸が温かくなる。
そして、切なくなる。
体はまだ求めて止まない。雌の本能は雄を欲して喚いてる。
どうやら私達はまだまだ熱くなりそうだった。















夏の暑さには強い方だと思ってる。
実家にいた頃はクーラーなんてものはなくいつも川辺で風通しの良い位置に座っていた。引っ越してからはアスファルトから立ち上る熱に耐えて気づけば暑さも気にならなくなった。だからと言って日差しの下に好んで出られるわけでもないが。
結局のところ暑過ぎるのはやっぱり嫌だということ。
それが例え、金属のような冷たさを感じさせる無表情で、だけども目で追ってしまうような凛とした雰囲気を纏う美女が抱きついてきたとしても。

「…………離れない?」
「や」
「そっかー」

夏は過ぎて秋へ移る。それでも身を寄せ合って温まるにはまだ暑い、そんな季節。
だというのにオレこと黒崎ゆうたの足の上に座り込み抱きしめてくる彼女はただ一言、一文字で答えた。
茶色の髪の毛に透き通るような肌。切れ長の瞳にすっと通った鼻筋。近寄りがたく、触れれば切れてしまいそうな鋭い美貌を持った女性。
だが、そんな彼女の両手には鎌がある。頭には触覚が生え金色の複眼やカマキリの腹まである。

『マンティス』

ゴブリンで商人であるコルノから聞いた話だが本能的に生きるためにしか行動しない魔物だという。
確かにその通りに最初の頃はただオレの周りで涼みに来たり勝手に水を飲んでいったりとやりたい放題だった。ただ、ある時。なぜか急に襲われた日を境にその行動が一変した。
自分の住処へ帰らなくなりべったりになった。寝床である小屋までついてきたと思えばどこから取ってきたのか兎の肉を持って来たり。本当なら暑くて嫌になるはずなのにこうして抱きつくほどの感情を抱いたり。

「もっと」
「わっ…」

回された腕に力が入りさらに体が密着した。鼻をくすぐる自然と女の混じった匂い。胸板に押し付けられた二つの膨らみは筆舌しがたい感触を伝え、下腹部へと熱を落とす。男にとって嬉しくも辛いものだ。

「暑くない?」
「暑い」
「…じゃ、離れないの?」
「それは、や」
「……そっか」

森の中ゆえ人気はない。ただ、唯一付き合いのあるコルノに見られはした。少女とは思えないほどいやらしくにやついた笑みで肘鉄砲をくらわすところなんてまるでおっさんみたいだったけど。
だが、なんだかんだ言っても彼女との触れ合いは決して嫌ではない。嬉しく思ってしまうのは男の浅はかさゆえだろうか。
だが、秋が終われば冬となる。きっとこの先もっと密着して過ごすことになるのだろう。
冬になってくっついたままの彼女を想像し苦笑してしまう。
甘えるように頬を擦りつけてきた彼女は顔をゆっくり離すと突然唇を押し付けてきた。

「っ」
「ん…♪」

かつて無理やりされた口づけも今ではこうして意味を理解している。僅かに触れただけでも彼女は頬を染める。感情的な表情はないがそれでも確かに彼女は照れていた。
触れるだけで離れていく拙い口づけ。だが、それでも彼女もオレも同じように満たされていた。

「……もっと♪」
「ぁ」


火が、ついた。


まわされていた手が肩を掴む。無理やりではないものの有無を言わさぬ力に抵抗できないことを悟った。
交わりたい。ただその感情だけをぶつけてくる純粋でまっすぐな彼女。生きるために生きていた存在だからか偽ることを知らず、故にしたいことを求めてくるマンティス。
そんな真っ直ぐな姿がとても美しく、それでいて愛おしい。

「まったく、仕方ないな」

誰もいない静かな木陰でひっそりと体を重ね合わせる。肌の間で溶け合う体温を感じながらその背中に腕を回すのだった。


                        ―HAPPY END―
15/08/24 00:22更新 / ノワール・B・シュヴァルツ

■作者メッセージ
ということで今回は夏版マンティス編でした
以前書いたマンティスさんと同じ方ですが今回は出会い方及び季節が違うという夏仕様です
ここ最近暑い日が続いたのでマンティスさんはどんな風に夏の暑さを凌いでいるのかなーなんて思ったり
熱中症などの危険がありますので皆様も水分補給など忘れずご注意ください

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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