連載小説
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第八話 再始動!
「なんか三ヶ月の間ですごいフラグをへし折った気がする」
「いきなり何言ってんの?」

 迷宮都市イシュル。魔物娘が人間をゲットするために作られたその都市は、大雑把に東の人間エリアと西の魔物娘エリアに分けられている。互いのエリアは巨大な分厚い壁によって行き来を遮られていて、たまに翼を持った魔物娘が飛び越えようとして仕掛けてあるセンサーに捕まりお仕置きを受けたりするが、まぁ些細なことである。
 それはともかく。
 魔物娘エリアの商店街の一角にある武器屋において、現時点のお客はインプの少女、シイのみであった。けれどもシイは、お客というより冷やかしのようなものであり、邪魔以外の何者でもなかった。
 しかし武器屋の店番であるオークのレベッカは、シイの意味が分からない発言にも律儀に返答していた。それは彼女の優しさであり、することがなくて暇という証でもあった。

「旅に出てた時にある街に立ち寄ったんだけどね。なんか虫の知らせが、もうちょっと街に滞在しとけってうるさかったの! あまりにもザワザワしたもんだからムカついて、無視して帰ってきたんだ!」
「虫の知らせってそういうものじゃないでしょ・・・・」
「あとあと! 立ち寄った街ですっごい良い男の子にあったんだけどねー、もうこの子もらおうかなーと思ったんだけど、街の住民の視線がヤバすぎてさー。リザードマンとか刑部狸とかサキュバスとかダークエンジェルとかワームとかその他いっぱい。生きた心地しなかったよー」
 シイが今思い返してもぶるってくる視線の数々。ダンジョンにいる探索者達と遜色ない、いやむしろ敵意の質では上回っていると思えたほどであった。

「お別れくらいしようと思ってたけど、結局出来ず仕舞いだったなぁ・・・・」
 まあいっか、あんなにライバルいたらちんちくりんの私なんか無理無理、とシイは持ち前の後ろ向きに前向き精神を発揮する。
「あ、ねえねえ、そういえばこんなのもらったんだけど。これなに?」
 街に滞在中、刑部狸にさっさと街から出て行ってくれるならあげる、とかなんとかよくわからないことをいわれて渡された、変なフルーツを見せる。
「えっ、それ確か魔力アップする果実じゃない? しかもかなりレアモノなやつ」
「ほんとう!? やった! なんで渡されたのか知らないけどラッキー!」
 まるごと勇ましくガブリといくと、シイの舌に独特な甘味が広がった。そのままパクパクと食べていく。
「売ればかなりの額に、ってもう食べちゃったか」
「えー、早く言ってよー。でもこれ結構美味しい!」

 シイは魔力が上がった!

 割とお腹が空いていたシイは、自身の頭ほどもある果実をぺろりとたいらげ、指についた果汁も舐めとる。カウンターに頬杖をついてその様子を眺めていたレベッカは、シイが店に来てから抱いていた質問をする。

「そんで、なんでアンタはここにいんの?」
「ん、ここを待ち合わせ場所にしてるの。仲間達とのねー」
「いくら客がいないからって待ち合わせ場所にすんな!」
「そろそろなハズなんだけど、っと噂をすれば」
 レベッカの怒声を受け流し、空いていた窓を見やると三ヶ月ぶりの仲間の顔があった。

「とおー!」
 開いていた窓から降ったのは、手のひらサイズの綿玉の魔物娘――ケサランパサラン。
 黄緑の髪をゆらゆら揺らし、綿に包まれた小さな体が、一陣の風の速さでシイに飛翔した。

「しいー!」
「チノ! 久しぶり」
「しいー、あいたかったー!」
 そういって、シイ――のアホ毛に抱きつくチノ。愛しさ余ってちゅっちゅと接吻を繰り返している。
「あいらびゅー」
「そっちは私の本体じゃない!」
 シイは憤慨するものの、チノは聞く耳を持つ性分ではなかった。

 ケサランパサランのチノは、シイのパーティーメンバーの魔物娘だ。なんかいろいろ押し付けられた形で仲間になった経緯を持つ。よくシイの頭の上を寝床にして寝ていて、そのたびにシイのアホ毛はべたべたになっていたりする。
 
「それで、チノ。修行とかはしたの?」
「もちろん! んとねー、じぶんちにかえってねー、あそんだー。あと、ゆりあにもあってきたよー」
 それただの帰省なんじゃ、とシイは思ったが、シイも修行という修行はしていなかったので、まあいいやと気にしないことにした。

 とそこに、今度は来客を告げるベルと共に、一匹の魔物娘が入ってくる。

「失礼するよ」

「キサラ!」
「きさらー!」
「待たせたな。シイ殿、チノ殿」

 どことなく、重い雰囲気。ジパングでよく使われる頭に被った笠を下ろし、ハードボイルドを背負って立つかのごとく現れたのは、サラマンダーのキサラだった。

 キサラは腰ほどまである漆黒の長い髪にきりりとした美しい容貌、ジパングの民族衣装を押し上げる豊満な胸元、リザード属の特徴である尻尾を持ち、腰には立派な大太刀を携えていた。とても実力のある魔物娘であり、パーティーでもその実力は突出している。
 ちなみになんでキサラが仲間になったか、シイは未だにわかっていない。

「久しぶり、これまでどうだった?」

「ふふ、シイ殿。私は生まれ変わってきたぞ。・・・・それはつらくも、楽しい修行だった」

 そう言ってキサラは、これまでの三ヶ月を振り返る。
 シイ達と別れてイシュルを出たキサラは、一ヶ月以上はかかる道のりである故郷、ジパングまでわずか二週間で帰った。その背景には、舟場まで馬車を追い越すスピードで走り続けたとか、大衆向けの船には乗らず手漕ぎボートを買い取り三日休まず漕いだとか、海で遭難しかけたときにマーメイドに道を教えてもらったりとか、色々あったがキサラにとっては些細なことなので割愛する。
 本当につらかったのは、故郷に帰ってからだった。
 母親による自然を上手く利用したハードな筋トレ。父親による真剣を用いた稽古。実家の道場弟子達との百人試合。がむしゃらに他道場の強い者と行った実践形式の親善試合。そのいずれも、困難極まりないものだった。
 しかしそれでもいつまでも、キサラの尻尾の燃え盛る炎が消えることはなかった!

 そうして修行を続ける内に月日は瞬く間に過ぎ去って、シイ達との約束の期日が迫り、ついに明日には故郷を離れることとなる日の夜。
 滞在も最後だからと、キサラは子供の頃から馴れ親しんだ道場内にて一匹で静かに瞑想していた。
「・・・・キサラのやつ、旅立つ以前とは意気込みが違うな。今までは強い相手と闘いたいという漠然とした目標だけだったこともあって、才能はあっても伸び悩んでいた節があった」
「恋を知ったのね・・・・、我が娘ながら立派になったわ」
「今のキサラなら、名刀『火禽』も使いこなせるようになるだろう。これで我が道場も安泰だな」
「ほんとう、私達が実力を抜かれる日も近いわね」
 両親が陰ながら見守る中、キサラは道場の真ん中で、刀の柄に手を置き集中を高めている。

 ――以前とは刀の振りが違う。キレが違う。はっきりとわかる。
 父から受け継いだ大太刀『火禽』が手に馴染んでいる。私の要求に答えてくれている。共にあの難敵を倒してしまおうと、声を荒げて叫んでいる。
 『名刀は自ら使い手を選ぶ』という父上の話に以前は疑問を抱いていたが、今ならそれが正しかったとはっきり分かる。
 もはや自分の身体の一部になった名刀を握りしめ、思い浮かべるはパラディンの青年。想像の彼にどんな手を繰り出しても、容易く受け止められてしまう。皮肉なことに対峙したあの時より、修行を終えた今の方が彼の力量がわかるのだ。

 私は、強くなっている。だが、まだ足りない。
「まだだ、私はもっともっと強くなれるッ!」
 カッと目を見開き、居合いの型で『火禽』の鯉口を切る。手に握った『火禽』が唸り、パラディンの青年の幻影を斬り裂く。勢いよく燃え上がった尻尾の炎が、キサラの心の情動を示していた!
 いざ、高みへ――!
 
「ふふふ・・・・」

 なんかニマニマしているキサラが気持ち悪い、とシイは思っていた。しかしこのままでは話が進まないので、意を決して声をかける。
 
「あの、キサラ。それでこれからどうするかを話し合おうと思うんだけど・・・・?」
「おもうんだけどー? よろしくて? ふはははー!」
「おお、そうだな! それじゃあシイ殿、チノ殿。さっそくあの教団の人間達との戦いに向けて作戦会議といこうではないか!」
 にこやかに返答するキサラだった。が、
 
「あ、そいつらもう捕まえられたわよ」
 レベッカの口から出た残酷な現実がシイ達を襲ったのだった。キサラは崩れ落ちた。


 続く!
18/07/14 19:50更新 / 涼織
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■作者メッセージ
 三ヶ月くらいで更新したと思ってたけど、思えば光の速さで宇宙空間を移動してた時期があったのでアインシュタインの相対性理論により、一年以上経ってしまっていたんですね……。(訳 ごめんなさい)

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