連載小説
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餓竜再び .8
この街の路地は細く、おまけに曲がりくねっているので、迷路の様な様相を呈している。
密偵故に道を覚える事には強いレオンでも、この街並みには少々てこずる程である。
その街並みを更に深く行った場所に、ピーニャが案内した店はあった。
「・・・本当にここでいいんですか?」
その外観を見たレオンは戸惑いを隠せない。
建物には看板も何も出ていない。
ドアには頑丈な古木が使われ、店の前が開けていてこの地区には珍しく日が良く当たっている以外は、普通の一軒家の様だ。
「偏屈な奴だから、つまらない客が来ない様に、わざと看板を外してるのよ」
「・・・大丈夫なんですか、そんな店?」
ピーニャの言葉に、ここまで勧めてきたイリーナも不安そうな顔をしている。
「下手くそがこんな殿様商売をしていたら、三日で干物になるわよ」
もっともな理屈を口にしながら、ピーニャは扉を開いた。

「ハーモア居る?」
「・・・おや、姐さんが大勢連れでいらっしゃるのは珍しいですな」
年の頃は三十前後と思われる男が、作業台から顔を上げた。
右目には精密作業用のルーペを嵌め、右手には錐の様な道具を持っている。
その手元は窓から取り入れられた日の光で良く照らされていた。
「また何か厄介な注文でも見つけて来ましたかね?」
地元の顔役であるピーニャに対しても、全く怖れる気配もなく、不敵な笑みを浮かべながらルーペを外す。
「仕事はともかく、注文主は厄介かもね」
ピーニャもハーモアの笑みに応える様に、不敵な笑みを返した。

「ふむん・・・」
話を一通り聞いたハーモアは、少し考える様に腕を組んでいた。
「この仕事も随分やってきたが、二人の竜の爪を一つに纏めた首飾りは珍しいわな」
文字通りの意味で、『番いの首飾り』は持ち主と竜との絆を象徴するものなので、複数の竜の爪を付けるという事は非常に稀な話なのである。
「無い訳じゃないが、下手くそが適当にルーンを刻んだら爪同士が喧嘩しやがって、持ち主が病になった事もあったからなあ」
面倒くさい仕事を持ち込みやがったな、という口振りだが、顔の方は期待が抑えられないと言わんばかりになっている。
「どうして姐さんは面倒な仕事ばっかり持ってきますかね?」
「面倒事が飛び込んでくる星の下に生まれついたみたいねえ」
「そりゃ、お互い退屈しないで済みますな」
ピーニャとハーモアが楽しそうに笑っているのを見て、レオンはピーニャという竜の本質を見た様な気がした。

「それじゃ御婦人とお嬢さんの爪を見せてもらって、刻むルーンの注文を貰いましょうか」
「それなんだけど〜」
ハーモアの言葉にラスティは言いにくそうにレオンの方をチラッと見た。
「?」
「ああ、なら奥の部屋で窺いましょうかね?」
「お願いします〜」
「私も一緒に付いてますね」
警護の為にイリーナも一緒に、三人で奥の部屋へと入っていった。
「そんなに俺の前では言いづらい物なのかな」
「あげるまでプレゼントの内容を秘密にしたいのは、誰だって一緒でしょ」
レオンの察しの悪さに、ピーニャは少し呆れていた。
「そんな調子じゃ、もっと大事な事にも気付いてないかしら?」
「途中から尾行して来た奴ですか?俺は一人しか気付きませんでしたが」
「そういう事はよく気付くのねえ・・・」
レオンもピーニャも、そして多分イリーナもその事には気付いていた。
だからこそ、イリーナは護衛の為に二人に付いていったのだ。
竜翼通りで付けられたら気付かなかったかもしれないが、この街の人気の少なさは有利に働いていた。
「あんたの本国が連絡してきた、教団側の追っ手よね?」
「おそらくは。それ以外に思い当たる節は無いですから」
数日前にツァイスから来た連絡には、教団の守旧派がラスティの身柄を嗅ぎ付けて、追っ手を送り出した旨が記してあった。
その連絡がなければ、あるいは見逃していたかもしれない。それくらい、尾行者の動きは巧妙だったのだ。
「仕掛けて来ると思う?」
「魔物娘だらけのこの街で平然と尾行してくる奴ですから、手練れだとは思いますけど、だからこそ、この人数相手には仕掛けて来ないと思いますが」
レオンの言葉にピーニャは軽く頷くが、その表情は緩めない。
「このドラゴニアに潜入して、たった数人でドラゴンゾンビを拉致しようなんて奴等よ。馬鹿か物知らずじゃなければ余程の手練れだから、警戒するに越した事は無いけどね」
厄介な物が来たものだと、思わずレオンは小さなため息を付かずにはいられなかった。

「・・・左手の薬指ですか〜?」
「正確には利き手じゃない手の薬指、だな」
同じ頃、奥の部屋のラスティは首飾りに使う爪を切っていた。
「自然と抜け落ちた爪を使うなら、どの指の爪でも変わらないんだが、竜の爪先は俺達の指先と同じだからな」
つまり、切り落として一番不自由しない爪を選んで切るのである。
「客の中には、彼氏に切ってもらいたいって竜もいるよ。結婚指輪を嵌めてもらう様な気持ちらしいな」
「いいな〜♥わたしもそうすれば良かったかな〜」
「切り損なって喧嘩になるカップルも居るから良い事ばかりじゃないけどな。仕事の都合もあるから、職人としちゃここはプロに任せて貰いたいねえ」
ハーモアは喋りながらも丁寧に、かつ慎重に爪へと薄い鋸を入れていく。
鋸の切れ味が悪いと、爪の持ち主が酷く不快な思いをするので、爪を切る鋸はドワーフに作らせた特注品である。
鋸とは思えない程に滑らかに刃は滑り、やがてラスティの指から爪が離れた。

「ほい、次はお嬢さんの番だ」
ハーモアはエルの指をよく観察し、切っても差し支えが無いラインを見定めた上で、エルの爪へと鋸を入れていく。
「そういえば〜、こんな鋭い爪を身に付けて、首飾りを着けてる人は痛くないの?」
自分の指を改めてよく見たエルは、その鋭さに気付いて不思議に思っていた。
街で見かけた番いの首飾りも、ルーンを刻まれて装飾を施されてはいたが、その鋭さは元のままに見えた。
あんな物をぶら下げていたら、持ち主は引っ掻き傷だらけになりそうだ。
「俺達みたいな職人は怪我をしない様に気を付けるが、身に付けた奴が怪我をしたって話は、ついぞ聞かないね」
ハーモアはどちらかと言えば偏屈な職人であったが、それだけに自分の仕事に興味を持ってくれる人間とはよくしゃべるらしい。
「竜ってのは見た目は厳ついし、気位が高くて素直じゃないのも大勢居るが、たとえ切り離した爪であっても大事な人を傷付けたりはしない、とても優しい連中なのさ」

「わたしみたいなドラゴンゾンビでも〜?」
隣で聞いていたラスティが少し不安混じりにハーモアへと問いかける。
「もちろん。実は俺の嫁さんもドラゴンゾンビだよ」
カラカラと笑いながら、ハーモアは事もなさげにそう言った。
まだ駆け出しだった頃、どうしても本物の竜の爪で練習がしたかったハーモアは、『竜の墓場』と呼ばれる場所に潜り込み、抜け落ちたドラゴンゾンビの爪を失敬しようとしたのだという。
「今考えれば、浅はかにも程があったねえ。勝手に抜け落ちた爪なら、どう扱ってもいいと勘違いしてたんだな」
結局は爪の持ち主に捕まり、『竜の墓場』で随分と長く過ごす羽目になったという。
「確かにドラゴンゾンビは貪欲に精を貪るが、それはドラゴンゾンビが凶暴だからじゃなくて、深い情けの持ち主だからなんだな」
それに気付いたからこそ、自分は職人として今ここでこうしていられるのだと、ハーモアは実感していた。
「あんたがどれほど自分の優しさを信用できなくても、この爪があんた達の優しさを証明してくれる。必ず彼氏を助けてくれるさ」
それは、『番いの首飾り』を作り続けて来たハーモアが、確信を持って言い切れる事だった。


「・・・で、三日後の夜にその店へ品物を受け取りに来る、と?」
何本かの蝋燭の灯りの中、ジュリアンはバノッティからの報告を確認していた。
辺りはすっかり日も落ちきり、宵の闇が降りている。
「本人らはそう言ってたな」
「それって完全に罠でしょ。馬鹿らしい」
バノッティの話をルカは呆れながら聞いていた。
椅子を前後逆に座りながら、背もたれに寄り掛かっている。
椅子を傾けて足を浮かせながら、行儀悪く前後に船を漕いでいた。
「だろうな。私の尾行を知っていて泳がせたという事は、私達を一網打尽にしたいんだろう」
事実、隠れ家へ帰るバノッティは尾行されているのを感じ、これを振り切っていた。
「・・・で、どうする?」
「あえて罠に乗るかどうか、という事?」
ルイーザはバノッティの言葉の意味を理解はしていたが、その真意は計りかねていた。
「あの街へ普通に忍び込んで拐ってくるよりは、ずっとマシだとは思うがね」
それが直に街を歩いたバノッティの、偽らざる本心だった。
人気が無い様でいて常に誰かの視線を感じるのは、街を仕切っている者による統制が、隅々まで行き届いている証拠である。
街中でこれでは、向こうの隠れ家の周囲はより厳重であろうと、バノッティは推測していた。

「・・・どんな勝算があっての話なんだ?」
考え無しに言っている訳ではないのを察し、ジュリアンもバノッティの真意を問わずにはいられなかった。
「どれほど巧みに罠を張ったとしても、見た目だけは餌を無防備にしなきゃならん。そうでなければ、どんなマヌケな狼でも餌に釣り出されないからな。つまり、餌と猟師の間に無人のスペースが出来る事だけは避けられない訳だ」
「目標と猟師、それぞれを各個に叩くという事か?」
「別に猟師を始末しなくてもいいのさ。餌を取りに行く間だけでも寝ててもらえば、狼は悠々と餌だけ拐っていける」
バノッティにしてみれば、たとえ罠であっても向こうから警備を部分的に薄くしてくれるのだから、罠に対応すればいいだけだと考えていた。
「で、猟師を黙らす方法に思い当たりはあるわけ?」
「さあ?今の俺には無いね。ただ、検討もしない内からアイディアを潰す事は無いだろう?」
「・・・呆れた。肝心な部分は他人に丸投げ?」
バノッティの無責任さにルイーザは呆れたが、彼女には既に腹案があった。
ドラゴンスレイヤーの長い歴史は、彼女に様々な知恵と技術を伝えていたのである。

17/06/18 19:40更新 / ドグスター
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