連載小説
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十話 12月14日
大方の予想通りだった。
いや、最悪の事まで予想をしておいてこんなことを言うのもなんだが予想通り
だった。

「お父さん。この町は大丈夫なの?」

「あなた…。」

「…大丈夫。きっと大丈夫だから。」

午後4時を回ったころだ。
教団が家から出ないようにと通達をしに来た。
理由は既に知っていたが町に大量の魔物が現れたらしい。
窓の外を見ると空には羽の生えた魔物たちがふわふわと飛び上がり町の南側へ
誘導しているのがわかる。変装がばれてしまったのか、作戦がかわったのか。
町のいたるところからふわりと人影が飛び上がる。
それにまんまとはまる教団員たち。
さしずめカラスの群れが編隊を組み飛んでいくのを追いかける子供のようだ。
作戦をあらかじめ知っていた分見ていて滑稽だった。
その中には当然あの団長さんもいた。

「ま、痛い目には会わせないって言ってたし…たぶん大丈夫だろう。」

「パパ?」

「いや何こっちの話だよ。さ、今日はもう外には出れないからゆっくりしよう。
 この分だとお店開いてもきっと誰も来ないからね。」

私はいつも通りの笑顔を家族に向けると娘はにこにこしながら居間へと戻って
いった。
そういえば最近は年末も近いこともあって忙しくて娘ともロクに話していなか
った気がする。
せっかくだから今日はゆっくり家族と過ごしたい。
緊張感を紛らわせるために逆のことを考えた。
余裕ぶって見ても駄目なものは駄目だ。
少し気分を落ち着けようと私は二階の自室へと足を運ぶ。
誰もいないはずの自分の部屋。
しかしきっとこんな予感がするとばかりに彼女はそこにいた。

「こんばんわ。店長さん。」

「…はあ…リリム。部屋に勝手に上がらないでくれ。」

夕闇が部屋の窓を突き抜けリリムの姿を赤焼けに彩る。
肘掛椅子に頬杖をつき彼女は私の部屋でくつろいでいた。
無論許可はしていない。
何時の間にやら入ってきていた。

「もう何を言われても驚かないぞ。」

「そう、じゃあ言うわよ。一緒に来て。」

「はあ…。」

私はため息をついた。
きっとこうなるんじゃないかって思った。
最後の最後まで私はエミールに関わったことでとんだ貧乏くじを引かされた。
リリムは席を立つと私の右手を両手で握る。

「場所は教団の魔術書の保管庫。」

「俺は何をすればいいんだ?」

「使い魔を呼んで。契約を結んだあなたの体を通じて彼女たちを保管庫に呼ぶ。
 そして飛んで逃げるの。」

「そんな簡単に来てくれって言って来るものなのか?」

「そういうものよ。契約って言うのはね。」

その言葉を最後に私の体は彼女とともにすさまじいスピードで窓から飛び出した。
超高速の中でも行く道には教団員たちの姿と声が雑踏になって感じる。
夕焼けの色が炎の色に見えるのが多少なりと恐怖だった。

「パパ!ガリオさんが!」

「どうした!?」

下の階から娘に呼ばれ、私はリリムを置いて部屋を出る。
階段をドラムのような音を立てながら駆けおりると妻と娘が私の友人を担いで
いた。

「あなた!ガリオさんが怪我して…!」

「わかった。処置は私がする。マイニーは救急箱を!」

「わかったパパ!」

妻が洗面器に水を汲みに行き、娘に治療に必要なものを取りに行かせる。
医療に関する知識が私にあるわけではない。彼の派手な出血を見るとそう考え
させられる。
友人の衣類を急いでハサミではぎ取るとそこには明らかに刃物で刺された傷が
そこにあった。

「どうした!?何があった!?しっかりしろ!」

「…すまん…厄介になっちまったな。」

「気にするな。誰にやられた?」

「きょ…教団さ…」

「なっ…馬鹿な!!」

教団が人間を攻撃する。
それはこの町においては前代未聞のことだった。

「本当さ…来てた服が服だから間違いない…小さい男の子と女の子を追っかけ
 ててな…目つきがあまりにもヤバそうな気がしたから…逃がしたんだ。そう
 したら…いきなりブスリと…ぐっ…!」

男の子…女の子…思い当たる節がある。

「……わかった。もう休め。」

「なあ…また酒が飲めるかなぁ?」

「よく見たら傷が浅いじゃないか。何がブスリだよ。切り傷じゃねえか、ほれ。」

バシン!と景気よく私は友人の傷口をたたくと彼は気絶した。
これでいい。
これ以上痛みに耐える必要はない。
妻と娘に解放する準備を頼むと私は再び二階へと戻る。

「どう?覚悟は決まった?」

「ああ。決まった。だが…」

不可解ではあった。
教団は人間相手に決して暴力はふるわない。
彼らにとって人間とは魔物以上の至上主義であり、同時に敵意が全て魔物に
向けられている分人間を攻撃することはまずないからだ。
擁護するつもりではないが、教団とてビジネスで動かなければならない部分も
ある。
つまり人間としか取引をしない側面があり、人間を敵に回せば当然人間を敵に
回せばそのしわ寄せは信仰心へと引き継がれていく。
不可解だ。とても不可解…。

「お友達は後でいくらでも治してあげるわ。さ、行きましょう。」

「…ああ。」

私はリリムの手を握る。
彼女が強く握り返してくる。
余裕がない。そう感じさせた。


―――――――――――――


「おじいちゃん!こっち!はやく!はやくして!」

「すこし…またんか…」

「もう!だから身体強化の呪文掛けようって言ったのに!」

周辺に巻いた転送魔法陣から魔物たちが飛び出し教団の目を引いている。
ここまでは予想通り。
教団本部の中にいる兵士たちはほぼがら空きになった。
魔物は軍隊として襲ってくることはないという判断だろう。
おおむね正解だ。
今から入るのは人間なのだからな。
届きもしない槍を振り回しながら宙を舞う魔物たちにやれ恐れをなして逃げた
だのひきょう者だのと見当違いの言葉を吐いている。
彼女たちは突如として呼び戻されて、不満を述べながらただ森へ帰るだけなの
だから。

「ようエミール。遅かったじゃないか。」

「ふう…なんだもう来ていたのか。なんだったら僕も一緒に連れてきてくれれ
 ばよかったのに。」

「俺より若い奴が文句言うんじゃない。」

私はエミールより一足先にこの時間の秘術書の前にたどり着いていた。
リリムいわくもう少してきぱき作業できないのかと不満をこぼしていたが、
私には到底解り得ない言葉だった。
私たちは時間の秘術書を改めて見つめた。
地球儀のようなうすい青色の球体。
それに均等に惹かれたマス目模様が緑に輝いている。
触れたら割れてしまいそうな暖かい時間の輝きが秘術書を包んでいた。

「これが…秘術書…。」

「そうだ…僕が求めていたもの…」

「おじいちゃん…。」

アークインプがそっとビンを渡すとエミールは蓋を開け胎児となった自分の
本体を秘術書の球体に手のひらごと突きいれる。
柔らかい光が胎児に集まると徐々にそれは大きくなっていく。

「これは…成長しているのか…。」

「時間の正常化だ。ゆがんだ時の流れを正しく導いてくれる。」

ぐんぐんと大きくなりエミールは片手で支えきれなくなるとそれを手放した。
宙に浮いた本人の体は傍目に見てもうエミールと同い年の男の子くらいに見える。

「すごい…一体何がどうなってるのかわからないが…元通りに戻っていくのか?」

私が感嘆の声を上げたその時だった。

「いやーやはりあなたたちだったんですねぇ、侵入者は。」

後ろからの声に私は驚き振り向いた。
聞き覚えのある声は私を苛立たせるのには十分だった。
いつかの時にやってきて、ぐだぐだうるさいだけのヒゲ。

「…教団団長…!」

「グエノスコミール…!!」

意外な反応に私は驚いた。
エミールが名前を口走った。

「おや?そこにいる少年はなんと!エミールじゃないか!?どうしたね?そん
 なちぃーさくなってしまってぇ。まるで時間が逆走しているみたいじゃない
 ですかなぁ?」

「き、貴様!なぜそれを知っている!」

「何故って…きまっているじゃぁないか。この時間の秘術書が時間のひずみを
 検知していたんだから…しっているに決まっているじゃあないですかぁ?」

教団団長グエノスコミールはあごひげを触るとこちらに近寄ってくる。
普段の満面のいやらしい笑顔が今は殺意に満ちているようにさえ見えている。

「おい爺さん。あんた団長を知っているのか?」

「お前は逃げろ!奴は教団団長などではない!やつは…」

エミールが言いかけたとたんグエノスコミールはサーベルを刹那に振り下ろした。

「ぐあああっ!?」

エミールの片腕が吹き飛ぶ。
アークインプを庇い突き飛ばした結果だ。
鋭い切っ先が血に塗られていた。

「うむー若いころに戻ると多少はすばやくなりますな。それとも上質なホムン
 クルスでも利用してるんですかねえ?」

教団団長は肥満体質だ。だがなんだ今の動きは。
剣の達人でも…いや人間はあんなスピードで剣は触れない。

「おじいちゃん!今治すから!」

「いらん!それよりお前は僕の本体を守って!」

エミールが激を飛ばすように言い放つとアークインプはうなずく。
エミールは失った右腕を抑えながらよろりとたちあがった。

「奴は…魔術結社オクテットの一人グエノスコミール。僕がまだ老人だった時
 に特定の未契約者の召還を教わった。」

「ずいぶん探しましたよ?契約を結んでいない魔物を特定して召還するあの魔
 術書を持ち出して何をする気だったんですかぁ?おかげで教団に入って人探
 しをすることになったんですからねえ?」

ベルトを掴みぐいっと上げるグエノスコミール。
どうやら彼も走ってきたようで少し服が着崩れていた。

「おや?共謀者ですかな。いけませんなあそちらの美女は魔界でもさぞ高名な
 方でしょうに…。」

「なら見逃してもらえないかしら。こう見えて私サーベルを挟んでお話するの
 は勇者様だけにしているの。」

「いけませんなあ。そんな私の前で堕落に満ちた発言をしたら!」

再び剣先をグエノスコミールが振った。
射程外の外にいたリリムにはなんの意味もないと思われた。
だが様子が違った。

「リリム!」

「きゃっ」

剣先から放たれたのは剣圧と形容できる何かだった。
リリムはその破壊力をとっさに魔法で防ぐ
だが体の軽さから本棚へ吹き飛び身を打ち付けてしまった。
バサバサと様々な魔法の本が棚から落ちるほどの衝撃に膝から崩れている。

「体が…動かない…っ!?」

「飛ばしたのはただの魔法じゃありませんよぉ?魔物退治のために編み出し
 ましたからねぇ。」

飛ばした剣線はまるで縄のように伸びてリリムの体を縛り付ける。
それ以外にも何か力が働いているの体を動かすそぶりを見せない。

「私は大丈夫よ…ただ…あの男はただの人間とかじゃないわね。ましてや魔術
 師なんてものでもない。あなたいったい何者なの?」

「奴は…奴は人間ではない…ホムンクルスだ…この僕と同じで…魂を次々と別
 の体に宿して生き続けてきた化け物なんだ…!」

エミールがやっとの思いで口を開く。
なるほど要約するとエミールの凄い版か。
何度も何度も死の淵に立っては新しい体を作り上げ人為的に転生する。
こうして長い年月を幾度も生き続けることができる。
エゴの塊をこじらせ過ぎた…とでも言うべきだろう。

「いやはや…こうも長生きするとこうして剣圧を飛ばしたりもできるように
 なりますし、禁術もたくさん覚えるチャンスがあるものです!」

「時間の秘術書…目的はこれか!グエノスコミール!」

「そうですとも!もともとはエミールの粛清が主任務だったんですけれどねえ?
 面白いことにもっと良いものを見つけてしまったんですよぉ?これさえあれ
 ばホムンクルスなどに頼ることはもう無い!人間以上の肉体で!さらに不老
 不死の肉体で!私は永久に生き続けるんですよぉ!?」

「そんなことが…できるものか…あれは時間を元に戻すだけの…!」

「正しい時間とは何だと思います?時間とともに死ぬべきことが正しい時間だと
 お考えですか?それは違う!正しい時間とは正しい行いをできた時間のことを
 さすのです!つまり完全な人生、完全な足跡!正しい時間を引き出すことが
 できるのがこの魔術所の真の使い方なのです!」

コロコロと顔を変えて行くグエノスコミール。
悪魔が生贄をもてあそぶような邪悪な顔がアークインプへと向けられた。

「さぁておじゅおちゃん?それをこっちへちょうだぁい?」

じりじりとグエノスコミールが距離を縮めて行く。
はたから見ると変質者だ。

「…いや…」

聞こえるか聞こえないかの声でアークインプは否定した。
小さすぎる声。
それは紛れもなく恐怖に震えている声だった。
無理もない。当然だ。

「ほらほらぁ…いいーこだから。おじちゃんほら…あとで飴玉あげちゃうからぁ…」

「……絶対にいや!」

「ほらいいこ…いいこだから…よこせっつってんだよぉおお!?」

「いやぁーーーーっ!!!!」

グエノスコミールが悪漢のごとく飛びかかる。
私にはその光景がまるで世界が止まったかのように見えた。
他人の死でもゆっくりに見えてしまうという時があるのかもしれない、そう思った。
そして同時に自分の無力さを恨みながら彼女の死を見つめるしかなかった。
後5秒くらいでアークインプは死んでしまうのだろう。
4秒、サーベルが振り下ろされる。
3秒、切っ先が振り下ろされる。
2秒、切っ先が振り下ろされる…あれ?
1秒、切っ先が…動かない?

「ワシの…嫁に…何をするんだ…貴様…!」

「おじいちゃん!!」

時間の秘術書。時間の輝きに包まれていたエミールの体。
エミール『本体』がその刃をしっかりと握っていた。
老衰でありながら血を流しつつもその手はしっかりと衰えを知らないかのよう
に力強くグエノスコミールの凶刃を抑えていた。

「ば、馬鹿な!?なぜだ!?貴様の魂は確かにホムンクルスの中にあったはず…!?」

ホムンクルスを見やるグエノスコミール。
そこにあったのはエミールのホムンクルス「だったもの」だった。
再びホムンクルスが壊れれば今度こそ魂は失われる。
そう思っていた。
魂の移し替え。
それができる存在がすぐそこにいた。

「あら?お嫌だったかしら?」

「き…貴様ぁ!!」

リリムはグエノスコミールの罵声など気にも留めない様子で前髪をいじりなが
ら微笑む。

「あなたがいけないのよ。男同士殴り合っていればよかったのに…ウチの子に
 まで手を挙げたんだから見過ごすわけ無いじゃない。」

「リリム…最初から助けてやればよかったんじゃ…」

「それじゃこの不器用バカップルのためにならないでしょ。それに…」

リリムは前髪を横にすっとずらすと

「たまにはこういうベタなのも見たいじゃない。」

私は場違いながらも、力がある奴ほどこういうろくなことをしないんだろうと思った。

「さて…グエノスコミール。お前さんはもう長く生き過ぎたとは思わんか?」

「何を言っている!?」

「ワシはもう長生きをした。そろそろワシもお前も死ぬ時が来たんじゃよ。」

「ふ…ふざけるな!何を勝ち誇っている!?」

「それはこの子が教えてくれた…お前はここで…終わりだ!」

エミールはぐいっと力任せにグエノスコミールの腕を引っ張った。
その勢いでエミールは時間の秘術書の結界の外側に入れ替わるように出る。

「ば…馬鹿な!これは…時間が!加速するっ!?体が崩れていくぅ!?」

「その術式はお前にお似合いだ。正しき時の中でお前はどうなるのか楽しみだ。」

ばらばらと砕けていくグエノスコミール。
その体には見覚えがあった。
ホムンクルス――エミールの技術は彼由来のものだったのか。

「エミール!貴様!恩を忘れたか…!?その隣にいる少女は私のおかげ…!!」

「そんな術式などとうに失敗している。」

アークインプはエミールに顔を向ける。
そうか…知っていたのか。

「だが…私はこの子を愛している。たとえ魅了呪文の後遺症だとしても、召還
 時の逆契約だとしても。」

「か…からだが腐る!!腐っていく!ぐ…ぐああああああっ!!?」

グエノスコミールはまるでぶすぶすと煙を上げながらその場に朽ちて行った。
ホムンクルスのただの素材になり、朽ち果て、土くれのようになっていく。

「エミール、大丈夫か。」

「…ふむ…して君は誰だったか?」

「おじいちゃん!?もしかして記憶が!!」

「いや、俺とこいつはこういう挨拶だ。問題ない。」

老人のしわくちゃな顔が見せたこともない少年の笑顔を見せている。
それに飛び付く少女はまるで孫のようにさえ見えた。
結局私はリリムについてきたのはいいものの特に何をするべくでもなく、当初
の予定よりもある意味良い方向に終わったためそのままリリムの力を借りて
魔術倉庫から脱出した。
あの場所で魔物を召還しなくてよかった…と今になっても思う。
だが、幸せそうなエミールを見ているとまんざら悪い気もしない。
サーベルを握って血だらけになったり、まったく無茶ばかりする。
この男はやはり最後まで好きになれそうになかった。
はにかみながら、私はそう思った。


この話はもう…次で終わりだ。
17/07/30 20:30更新 / にもの
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