連載小説
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矯正施設にて
〜魔界〜

 紫色に輝く空の下、魔王の住む王都に程近い所に、その街はあった。

 奇妙な街だった。…いや、規模的には街というよりは都市に近いのだが、その広大な面積の殆どをたった一つの巨大な建造物が占めているのだ。そして街の外周はこれまた巨大な外壁が取り囲んでいる。近い表現があるとすればそれは城塞都市…しかしその中心となる施設の外観は城とは程遠い。ひたすらに水平なのである。上空から見下ろせば、巨大な真四角の石板が、水平に置いてあるように見えた。
 そしてその奇妙な城へと、囚人を乗せた空飛ぶ檻は降りてゆく…。






ーーーーーーーーーーーーー

「ようこそ、王立第4捕虜矯正所へ。私はここの区画長、リスクェルである。…さて、貴様等は何故此処に連れてこられたか分かるだろうか?」

 薄暗い部屋に凛々しい女の声が響いた。

…正直分からん。

 目的地に着く前に檻の中で気絶し、目を覚ました時には見知らぬ部屋にいた。そして訳も分からぬままここに連れてこられたのである。ちなみに自分が最後だったようで同じ檻にいた他の面々は既にここで整列させられていた。

 区画長と名乗ったのは見た目からして典型的なダークエルフである。褐色の肌とエルフ特有の耳、腰には鞭と図鑑に載っていた通りのいで立ちだった。


「…貴様等はそれぞれ程度の差はあれ、皆我々に対して何かしらの障害となり、或いは損害を与えた。…ようは戦犯扱いという訳だ。」

自らを区画長と名乗ったダークエルフの美貌がニヤリと、嗜虐性に満ちた笑みで歪んだ。

「よって、これからはここでその償いをして貰おうと思う。…なに、心配する事は無い。ただひたすら精を搾り取らせてもらうだけだ…家畜のように、毎日な。そして搾り取った精は魔力に変換され、今後の魔界発展の礎となるのだ。」

……これまで魔界の侵攻を必死に阻んできた者達がこれからはその手助けをさせられるとは…なんとも皮肉な話である。見渡せば周りに数多く居る教会関係者たちには気の毒だが、とりわけそんな高尚な目的の下に戦ってきた訳でもない自分にとっては大して感慨も湧かない話であった。そもそも話を聞く限り明らかに人違いだ、…敵にマークされる程の戦果など挙げた覚えが無い。とにかく一刻も早く誤解を解き、ここから解放して貰わなければ此処にいる戦犯共と一緒に永遠に精を搾られるだけの畜生にされてしまう…。


「ふ、ふざけるなッ!!」

 不意に左の方から甲高い怒声が上がった。 見れば声の主はまだ年端も行かない少年である。なんであんな子が…と一瞬考えて思い出した、教団お抱えの勇者である。確かに信仰心の厚い者にとっては耐え難い処遇だろう。…しかし彼の抗議は鋭い破裂音に阻まれる。

「ぅぐっ!」

 いつのまに抜いたのか、所長のダークエルフの手には鞭の柄が握られ、少年は破けたシャツの胸元を押さえている。…しかし次の瞬間、彼の様子が変わった。

「えっ!?…何これえぇ!?」

 鞭に打たれた衝撃と遅れてやって来るであろう激痛を覚悟した険しい表情は崩れ、戸惑いと、何かを我慢しようとする切なげなそれへと変わった。

しかしそれも長くは続かない。

「ぁふっ…」と気の抜けた声を漏らすと彼はその場にくずおれた。一拍遅れて漂ってくる馴染み深い香り…見れば彼のズボンには濡れた染みが出来ていた。

「ほぅ、5秒程耐えたか…やるじゃあないか。だが此処に居ればそのうち1秒すら耐えられなくなる。くく…」

 ダークエルフの鞭は打たれた者に痛みではなく快感を与えると聞く。それがどれほどのものなのかは実際に打たれたことは無いので知らないが、いまだ放心し、射精を繰り返す少年の様子を見る限り相当なもののようだ。

「私の鞭が与える快楽は長引くからなぁ…しばらくは動けんだろう。連れて行ってやれ。…ああ、ちなみに貴様等はそれぞれ決められた刑期を過ぎれば解放されることになっているが、絞れる精の量が足りない場合はその分延長もあり得る。せいぜい励めよ!ハッハッハッハッ」

……………。

異議申し立てする隙もなく、彼女は行ってしまった…。



「…では此方へ。」
「ひぃあッ!?」

 突然背後から声がかかる。振り返ればいつの間にか小さなサキュバスの少女が立っていた。周囲を見渡すと連れてこられた他の男達もそれぞれ担当の魔物に案内を受けているところのようだ。つまりこの目の前の、なんだか陰気そうな少女が自分の担当ということらしい。確かに人間離れした美少女であることは間違いない。その造形の美しさだけ見ればこの場に居る魔物の中でも頭一つ抜きん出ているほどだ。しかし彼女の纏っている空気からはどこか異質なモノを感じた。魔物らしくない、地味で露出の少ない衣装に包まれた体はかなり小柄で顔も相応に幼く見える。しかしその胸元だけは不相応にやたらと大きく盛り上がっており、その落差がまた奇妙な魅力を放っていた。着ている服も確かに地味ではあるが、よく見れば上品な意匠が凝らしてあり、どこか良家のご令嬢といったような気品を纏っている。

「貴方の担当になりました、ルリエと申します…ついてきてください。」
 彼女が踵を返し、淡い空色をした彼女の長髪がたなびく。その輝きに一瞬目を奪われるも構わず歩き始めた彼女の後をとりあえず追うことにした。


 施設内は驚く程広大で、また非常に複雑に入り組んでいた。前を歩く少女の案内が無ければあっという間に迷子になるだろう、逃亡などとても出来そうにない。やはり早急に誤解を解かなければ…

「…あの…ルリエさん、自分はですね…」
「とりあえず黙ってついて来てください。」 「……はい。」

…とりつく島もない。

 どこまで続いているとも知れない通路の壁面にはこれまた同じ形の扉が並び、中はおそらく殆どが個室となっているのだろう。男の悲鳴と呻き声、そして女の嬌声がひっきりなしに聞こえてくる。もしやわざと防音をしていないのではないかと勘ぐりたくなる有様だ。

 ふいに曲がり角で正面の扉が開き、ほくほく顔のホルスタウロスが大きな胸を揺らしながら出てくる。なんとなく会釈をすると、同時に開いた扉の隙間から中の様子が目に入った。
…地面から生えたホース状の触手を股間に取り付けられた青年がのたうち回っている。
両手で触手を掴み必死に外そうとしているが、それは見た目以上に強力に吸い付いているらしく一向に外れる気配はない。やがて抵抗する力すらも吸い取られたのかふにゃりと身体を弛緩させるとそれ以降は床に横たわり時折身体を震わせるのみとなった。

「…うふふ、気持ちよさそうでしょう?アレ着けられると最初はみんな暴れるんだけどぉ〜、すぐに大人しくなっちゃうんですよぉ。かわいいですよねぇ♪」

 耳許で囁かれハッとする。いつの間にか立ち止まり、じっくりと見てしまっていたのだ。振り返ればその部屋から出てきたホルスタウロスが優しそうな顔立ちに好色さが混在した笑顔を浮かべ此方を見つめていた。

「…っ!?」

「あら、ごめんなさい。びっくりさせちゃいました?…よかったら体験してみます?」

「い!?」

「……こら」

それまで黙っていたルリエがついに口を開いた。

「他人の仕事を取らないでください。所長に言いつけますよ?」

 妙な迫力を伴ってぶつけられたその言葉にホルスタウロスの表情が一瞬で青ざめる。

「……!?や、やだなぁー冗談ですよルリエさん〜…じ、じゃ、新入り君頑張ってね〜!」

 それだけ言うと彼女は開けっ放しだった扉を閉めて逃げるようにどこかへ行ってしまった。

「…まったく、油断も隙もない。あぁ、一応言っておきますが私たちの報酬はそれぞれ貴方達から搾り採った精の量で決まるんです。だからああいう輩もいる…。私も気をつけますが貴方も注意してください。…もし私以外に精を提供したら…きっと後悔する事になりますよ。」
「………。」

「…何をしているんです?行きますよ。」

 どう反応して良いのか分からず呆然としているとおもむろに手を掴まれ引っ張るように連れて行かれる。少女の外見からは想像もつかないような力だった。しかし、その事に驚くより先に、彼女の掌と指の手触りと感触…そのあまりの滑らかさと柔らかさとそれだけではない何かに何故か背筋が凍った。

………

……

…。


「では、今日からここが貴方の部屋です。」

…着いたようだ。

 部屋自体は想像していたよりも広かった。…というか個室が与えられているというだけでもかなりの好待遇だろう。部屋にはベッドとトイレ、浴槽と必要なものが一通り揃っている。下手をすると自分が居た宿舎よりも上等かもしれないと思えて悲しくなった。ただ用途の分からない謎の道具が幾つか設置されているのが不気味ではあるが…。

「…では、ここでの生活について詳しく説明致します」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 流れるように説明に入ろうとした彼女を慌てて遮る。ここを逃してはもう弁明の機会は無い気がしたのだ。 

「何かの間違いだ!俺はこんなところに連れてこられる覚えは無い!!」

…まずはここからだ。自分と一緒に連行されてきたあの面子を見る限り納得がいかない。そこにまず事実誤認がある可能性が高い…。
 しかし、返ってきた言葉はそれまで組み上げてきた推理を一挙に崩壊させるものだった。

「……貴方を此処に呼んだのは私です。」

「…ゑ?」

「……、」

「……。」


「…その様子だと本気で分かっていないようですね…私をこんな身体にしておきながら……腹立たしい。」

 吐き捨てるようにそう言うと彼女は突然首もとのリボンを解き始た。

「おい何を!?」
突然目の前で服を脱ぎ始めた彼女に対して慌てて目をそらした。しかし、

「何処を見てるんです?こっち向いてください。」

「え…いや、だってその…」

「向きなさい。」

魂が凍えるようなその声に自分の精神と身体は勝手に屈服し、結果恐る恐る彼女の方を振り返る。

「な…!?」

 目に飛び込んで来たのはドレスの胸元を肌けた彼女の姿…しかしなにより目を引いたのはその両の乳房を横断するようにして走る大きな傷痕だった。

「…醜いでしょう。貴方がつけた傷ですよ。」
「はい!?」

必死に記憶を遡り探る。しかしどう考えても彼女の顔に覚えはなかった。

「まぁ、分からないでしょうね…では、これではどうですか?」

 そう言うと彼女は右手を胸の前で横に薙いだ。すると、その軌跡から一振りの剣が空中に現れた。…おそらく何らかの魔術なのだろう。そして流れるような動作でそれを此方へと突き出す。
 丸腰の状態で突然凶器を向けられ、一歩後ずさるもすぐにあることに気がついた。

「あ………それ俺の…剣…?」

 それは以前経験した数少ない実戦の最中に失った、自分の剣だった。確かあのときは…

「そうです…。貴方の剣で間違いないですね?」

…心なしか彼女の声に怒気が混じってきたような気がした。

「…あ、」

 突き出された剣を凝視し、この剣を失った当時の状況を思い出していくうちにとある一つの可能性に思い至った。

「まさか……当たったのこれ?」

「 え え 当 た り ま し た と も ! !」

…まさかの肯定。そのありがたくない奇跡にもう愕然とするしかなかった。

「あの戦い…当時私は総隊長でした…完全に私達の勝ち戦で終わり追撃に動こうとしたところを飛んできたこの剣が……」

話す彼女の両肩がプルプルと震え始めた。

「…私の身体をこの傷の通り真っ二つにしてくれたんですよ…。しかもッ!ご丁寧にもちょーど心臓を粉々に吹き飛ばすような位置でッ!」

……そうだった…あのときたまたま殿となった自分は半ばやけっぱちの勢いに任せて手にしていた自分の剣を後方に向けて投擲したのだ。ちなみにその少し前、魔術師だった友人に教えて貰った方法で魔力を剣に乗せて投げたため、とてもよく飛んだのを覚えている…。


…勿論後で後悔した。

「…それ以来…肉体の再生と生命維持にほぼ全ての魔力を使い果たした私は戦力外として軍の役職を降ろされ!やがて戦線からも排除されッ!今ではこんな下部組織で家畜のような捕虜の精を搾る毎日…。嗚呼ッ、完全に出世コース外れましたわッ!!お父様、お母様…お許しくださいッ!!!」

突然天井を見上げて懺悔を始めた彼女がギロリとこちらを睨んだ。

「…そしてェッ!!この私を打ち取った人物は当然英雄として祭り上げられ将軍にでも成り上がっているかと思いきや……なんですかコレは、バカにしてるんですか!?」
「いや…そんなの俺だって知らなかったし……っていうかあんたそんなに偉かったの?」

すると彼女はずいっと顔を寄せ、目の前に彼女自身の尾を突き出した。

「…ちょっとこの私の尻尾を見てください、これをどう思います?」

「ええと………、すごく…大きいです…?」

「ふふん♪そうでしょう。……じゃなくてっ!!少し色素が薄いのが分かるでしょう!」

「…。」

…そうなんだろうか?サキュバスの尾をじっくり見たことなど無いので違いも何も分からない。

「薄いのですッ!!…なぜなら私はリリムの娘なのですから!」

「な…!?」

 リリムと言えば教団の定義に照らしてもその力量と危険度から「最悪」と称される魔物である。むしろ災厄と言ってもいい。なにしろ教団内でさえ敵対した時点で敗北が決定するとまことしやかに噂されているのだから。……そんな反則みたいな存在の子供が目の前に居てしかも自分は彼女に恨みを買っている…そこに思い至り急に冷や汗が噴き出した。

「ああ、勿論私自身の力はリリムとは比べるべくもありませんのでご心配なく、でなければいくら貴方に天賦の才があったとしても、人間如きに後れをとったりはしない…。
所詮私はリリムになれなかった出来損ない…どうせ軍の地位だってお母様のコネで手に入れたようなものですし…」


…気まずい沈黙が流れた。

「あー…でもルリエさん?仮に貴女の素性を把握していて先のことが手柄になったとしても、別に出世とか…そんな事は無かったと思いますよ。」

「何故ッ!?」

「いや、だって自分平民出ですし…」

「これだから人間はっ!!」

そんな軽蔑しきった目でこっち見られても…


「……まあその事はもう別にいいです。とりあえずこれで貴方が今此処にいる理由はお分かりですか?」

「あ…はい…一応…」

「よろしい。つまり私は貴方のせいで母様から受け継いだ力を失い体も傷物にされここまで落ちぶれる事になったのです。どうしてくれるんです?」

「ご、ごめんなさい…」

戦争なんだから仕方ないじゃないか…とは言えなかった。

「…あら、案外殊勝ですね。素直に謝ってくるなんて…反抗的な貴方をなじりながら徹底的にいたぶって差し上げようと思ってましたのに妄想が無駄になってしまいました…。仕方ないので予定より少しだけ優しくして差し上げます。」 

「…」

 しかし確かに…あんなやけっぱちで放った一発が知らない所で予想外の戦果を挙げてしまったと知ると謎の申し訳無さも感じる。そもそも反魔物のお題目であった 教会の教えとやらが大部分出鱈目だったことも相まってである。

「で、具体的に俺はどうなる…?」

 一応聞いてみる。償えと言われても、いくら素質があったらしいとはいえ現状只の凡な人間である自分に出来る事など限られている。いったい何をしろというのか。

「まぁ基本的には他の囚人と同様にここで生活してもらうだけです。ただしその過程で私は気が済むまであなたを陵辱しますので。せいぜい無様なアヘ顔晒して私を楽しませてください。」

こともなげに彼女は言い放った。目は笑っていない…。あくまで復讐のつもりなのだ。

「あの…さっき優しくしてくれるって…」

「え?」

「ひどい!」

軽く流して彼女は指を鳴らした。

「では早速…シルエラ!」
「はいお嬢様♪」

 返事は背後から聞こえた。おそらく空間転移か何かの魔術で現れたのだろう、そこにはメイドの格好をしたもう一人の淫魔が控えていた。

「シルエラと申します。以後お見知りおきを。」

 上品な仕草で一礼をする。その格好と言動からルリエの従者のようだが感じるプレッシャーは彼女の方がはるかに大きい。これがおそらく内蔵している魔力の差なのだろう。つまり自分が恨みを買った相手はこれより更に大物だったという事になる。…今更だが恐ろしくなってきた。

「では失礼しますね…」

 いつの間に回り込まれたのか、シルエラと呼ばれた女性に背後から抱きしめられた。上質な布に包まれた巨大な膨らみが背中で潰れ、その感触にドキリと心臓が高鳴る。そしてその存在を意識するほどに不思議な感覚と共に下半身から力が抜けていった。やがて誘導されるままに背後の彼女にもたれかかる形でだらしなく両足を投げ出し、床に座り込んでしまった。

「ふぁ……」
「…ふふ、いいコですね。そのまま下手に抵抗しない方が楽に済みますよ。」

 耳元で囁くように告げながら背後から回した腕を脱力した下半身へ伸ばす。そして眠っている間に穿かされていた無地の薄手のズボンを脱がしにかかる。

「あ…や、やめ……」

 口で制止を試みるも力の入らない体では抵抗らしい抵抗も叶わずあっという間に下半身を露出させられてしまった。

「あらまあ…」

背後の淫魔がクスリと笑った。

「くっ、何が言いたい…」

「思ったよりショボいのね、ココは。」
「ぐはっ!?」

 こっちは容赦なかった。あからさまな嘲笑を浮かべ、歯に絹着せぬ物言いで見下してくる。

「…まぁいいわ。今用があるのはこっちじゃないし。」

 そう言って目の前の小さなサキュバスは右手首をくるりと回した。するとその少し上の何も無い空中に何かが現れ、彼女の手のひらに落ち、そしてそれを俺の目の前に差し出してきた。

 蟲…だろうか。ピンク色をしたそれは大きめの蛭か蛞蝓のように見えた。少なくとも生き物ではあるらしく、ゆっくりと伸縮を繰り返し時折ピクリと震えている。

「これは精奴隷調教用に改良された魔法生物です。…寄生型のね。さあお尻を出しなさい?」

「い!?」

猛烈に嫌な予感がした。まさかそれを…

「これをあなたの肛門から直腸内に寄生させます。別に危険なモノではないので安心してください、ここに収容されている人間の殆どが同じ処置をされています…というか今回の入所者もあなた以外は全員寝ている間に処理済みです。」

「なんで…俺だけ残した…?」

「そりゃあ、あなたが羞恥と屈辱に悶える様をじっくり眺めたいからに決まってるではないですか。」

あ…悪魔だ…。

「シルエラ手伝って!」
「畏まりました♪」

 次の瞬間には身体が空中にあった。何が起こったのか頭が理解する前に、それまで背後から自分を抱きすくめていた従者の腕の中へ正面から突っ込んでいた。顔面に柔らかな彼女の胸肉を感じ、そこでようやく体を半回転させるために宙に放り投げられたのだと理解する。
…即ち今の体勢はシルエラの胸に顔を埋めた状態でズボンを下げられ丸出しになった尻を突き出しているという非常に情け無いものとなっていた。そして今自分が何をされようとしているのかを思い出す。

「や、止めろ!はなせっ……ぅむぐっ!?」

 しかしもう遅かった。後頭部に腕を回され、よりしっかりと抱きしめられる。片方だけでも人の頭の大きさを超えるその柔肉が、完全に抵抗の声を封じてしまった。

「はぁい、おとなしくしましょーねー♪」

「むーッ!!!」

 その状態でよしよしと子供をあやすかのように頭を撫でられ、ついでにさらに顔を圧迫される。口は完全に塞がれ鼻でなんとか息を吸い込もうとする。

…が、それがいけなかった。

身体が溶けてしまったのかと思った。

 息を吸い込んだ瞬間、まだ僅かに張っていた力…身体を多少強ばらせる程度の力すら一滴残らず消えてしまった。一切の抵抗もなく、抵抗の意志すら削られながら目の前の肉体に沈んでゆく。
 対照的に皮膚の感覚は驚くほど鋭敏になっていた。彼女に触れている上半身は言うに及ばず、服や床との接触から空気の流れに至るまで全ての触覚が性感に変わってゆく。今は全身が弛緩して動けないが、仮に動けたとしても動いた瞬間に達して崩れ落ちる事になるだろう。これが上級サキュバスの胸元に溜まった淫気を吸い込んだ結果だと気づいた時にはもう遅かった。

「ふふ、シルエラの身体は柔らかくて気持ちいいでしょう。すぐに済みますから暫くそのままトロけていてくださいね?」

 そして尻にぬるりとした感触が触れた。背筋にぞくりと痺れが走る。恐ろしいことにそれはおぞましさによるものではなく、恐怖を覚える程の快感に由来するものだった。

「むぁ…ん、んん…」

 淫気により弛みきった肉体は反射的な抵抗すら示すことが出来ず、結果その肉塊はいとも簡単に体内に入り込んでゆく。そして、

ずるん。

「ーーッ!!?」

その身を半分ほど潜り込ませたところで残り半分が一気に滑り込んだ。

「あら…挿れただけで軽くイってしまいましたね?」

 背後からそんな嘲笑混じりの声が聞こえたがそれどころではなかった。肉塊の全身が入り込んだ瞬間、これまで経験してきたものとは全く異質の快感が全身を貫いたのだ。

「さて、まだ説明があるので一回起きて貰いますね、シルエラお願い。」
「はいお嬢様♪」

 ようやく顔を覆っていた乳肉から解放された。途端に何らかの魔術で淫気が除かれたのか、思考の靄が取れ始め、四肢に力が戻ってくる。過敏化していた皮膚の感覚も落ち着いてきた。慌てて立ち上がり降ろされたズボンを履き直す。

「何なんだこれは…」

 不思議と異物感はあまり感じないが、得体の知れないモノを体内に入れられ平気な筈はない。

「今入れたのは捕虜の抵抗や逃亡を防ぐ為にここで採用されている枷のうちの一つです。これを入れている限り何処にいても貴方の位置を追跡出来ます。…ちなみに一度寄生してしまうと二度と外せませんのであしからず。そしてどういう機能を持つかというと……」

そう言って彼女は中指をクイッと動かして見せる。

「はうっ!?」

その瞬間体内で何かが蠢いた。考えるまでもなく先程肛門から侵入した物体だろう。つまり…

「このように私の意志で自由に動かす事が出来ます。…これが一つ目の機能。更に…」

 今度は何の予備動作も無かった。突然直腸内にじわっと温かいモノを感じた。…何かの液体が排出されたような…しかしその効果は予想だにしないものだった。

不意に自分の足下から水音が響く。

「ふぇ?…何でっ!?」

 一瞬何が起こったのか理解できなかった。見れば履き直したばかりのズボンの股間部分が濡れ、水を滴らせていた。…精液ではない。それまで特に尿意も感じていなかった身体が突然に失禁を始めたのである。

「何で…何で止まらなぃ…うぅぅぅ……」

 慌てて下腹部に力を籠めて排尿を止めようとするも何故か上手くいかない。足元の水たまりがただ広がってゆくだけだった。

「ぁ…ぁ……」



…永遠に続くかのように思われたそれだが、流石に出るものが無くなれば止まる。ようやく膀胱が空になったのか、最後の雫を水たまりに落として放尿は収まった。

……。

…未だ状況を受け入れられない、信じられないモノを見るような気持ちで足元の粗相の跡を見る。

「オ 漏 ラ シ。気持ち良かったですか?」

 だが無慈悲に投げかけられたその言葉が現実逃避を許さなかった。

「うぁ……」

 しかも女性二人に一部始終を見られていたという事実まで再認識し、思わず涙が浮かんだ。

「うふふふ…、泣かせちゃった♪反抗的な捕虜の心を折るにはコレだって聞いてましたけど効果は覿面みたいですね。」

 今日初めて見せる上機嫌な笑顔でうんうんと頷きながら、彼女は足でトンッと床を叩いた。すると今出来た水たまりを中心に魔法陣が浮かび上がり、まき散らされた小水がみるみるうちに乾きだす。

「今この部屋に備え付けの浄化魔術の術式を発動させました。これにより室内にまき散らされた体液は自動的に分解され、精を回収したのち浄化されますのでご安心を。」

「そしてもう分かったかと思いますがこれが二つ目の機能です。対象に寄生した状態で様々な効果を持つ体液を分泌させることが出来ます。感度を上げる単純な媚薬から催淫、筋弛緩、利尿、等々…。先程のは弛緩薬の応用ですね。」

彼女は読み上げる様に淡々と説明を続ける。

「更に三つ目の機能として簡単な命令を与えておく事が出来ます。例えば宿主が勝手にこの部屋を出た際には懲罰的行動をとるようにしたり。…ですので脱走などは考えない方がいいと思いますよ。」

…次々と明らかにされる絶望的な状況に目の前が真っ暗になりそうだ。

「あとは…排泄物は食べて消化してくれるのでその点は貴方にとっても便利ですね。さて、では…」

「まだ…何かあるの…?」

「勿論。ここまでの事はここに来る人間はほぼ皆されていることですので。よってここから先が貴方に対する個別の処置になります。」

「うぐっ……」

…もう逃げたい。

「…とは言っても大した事ではないです。ここでは基本的に痛みを伴う暴力等は禁じられていますし、その点は安心してください。私への償いは今ではなく、むしろこれから始まる生活の中でしっかりと、永い時間を掛けてしていただきま す の で。ただ…」

 そこで言葉を切り、彼女は一歩前に出た。身長差から必然的に彼女がこちらを見上げる形になる。

「…これが気に入らない。何で私が貴方なんかに見下ろされなければならないのか。」

「そんなこと言われても…」

…確かに彼女は出るところはやたらと出ているが背丈はちんまい。

「…そこでこれを使います。」

そう言ってポケットから何かを取り出すと、それをおもむろに腕に突き刺してきた。

「痛っ!?」

 自分の腕に突き刺さっているそれをよく見ると小さな注射器だった。慌てて身を引き、針を抜くがその時にはもうすでに中身は無い。

「何を…!?…ぐッ!?」

 急に立ち眩みのような感覚が襲う。足下がふらつき前に倒れ込んだところを、その何かを注射した張本人に支えられた。症状自体は数秒で収まったがなんだか猛烈に嫌な予感がした。慌てて身体を離し目の前の彼女の顔を睨む。



ん?



目の前…?



「効果は自分の体を見れば分かるでしょう。」

さっきより目線が低い。恐る恐る視線を下げた。

「な…ッ!?」

そこには恐れていた通りの現実…身体が縮んでしまっていた!

「サバトから取り寄せた幼化薬です。如何ですか?子供の頃の身体に戻った感想は。」

……。

 もはや絶句するしかなかった。

 身長は目の前の小柄な少女と同じかむしろ少し小さいくらいかもしれない。兵としてそれなりに鍛えていた肉体はもはや見る影もなく、この細腕では剣など振れそうもない。

がくり…と膝が落ちた。

「ちなみにマーメイドの血が含まれているのでこれ以上年をとることもありません、永遠にその姿のままです。」

「ふふふ、まぁいいではないですか♪、貴方にはもう剣を振るう機会などにどと無いのですから♪」

 こちらの考えることなど全てお見通しということだろうか…背後からルシエラの慰めとも取れそうでまったくなっていない、呑気な声がとどいた。

…確かに、現実的に考えればそうなのかもしれない。また、仮に元の体で、この場で武器を手に入れたとしても状況が好転するとはとても思えない。しかし、これまで頼どころとしていたものを奪われたという絶望感が、無力感による不安と恐怖へと変わり、急激に湧き上がって来る…。

「ふふ、ずいぶんと可愛らしくなったものね♪では…今日は貴方ももう疲れたでしょうし、軽く済ませましょうか。」

 こちらを「見下ろし」そう呟くとルリエはおもむろに腕を回し、その胸元へと抱き寄せた。

「んむッ!?」

 戸惑ったのは一瞬、次の瞬間にはその思考も紙切れのように吹き飛ばすような途方もない快感に襲われた。

「ーーーーーーッ!?」

「お嬢様は膨大な魔力こそ備わらなかったものの、その肉体は純粋なリリムとほぼ同等。その様に密着されれば只では済みません………て、もう聞こえてなさそうですね。」

 顔面に押し付けられるその感触と匂いが脳を犯す…何の刺激も受けていないはずの下半身が下着の中で勝手に射精を始めていた。考える余裕もなく、反射的に肉体が暴れその危険な物体から逃げようとするが、吸い込んだ淫気により次第に筋肉が弛緩しその抵抗すら出来なくなってゆく。

「…ちょ、お、お嬢様ッ!?…苦労して見つけてきたんですから…初日で壊さないように気をつけてくださいよ…?」

 シルエラがもはやだらりと手足を弛緩させ時折びくりと痙攣するだけになった少年(の体をした青年)を見下ろし、若干不安そうに言う。

「そんなヘマはしないわ。…その程度じゃ済まさない。」

 ついに腰が僅かに震えるのみとなったのを確認するに至ってようやく彼女は彼を解放した。支えを失った体が石の床に崩れ落ちる。

「ふぁ………ぁ……ぁ……」

「今日はこれくらいにしておきましょう。あと一回分は残しておいてあげましたからそれでお風呂にでも入るといいわ。…それではまた明日。」

「ふふ、ごきげんよう♪」

股間を濡らし、涙と涎にまみれた顔で無様に床に転がる男を一瞥し、二人は部屋を後にした。





………

……

…。



「う…」

 二人が部屋を出て暫くのち、呻き声とともに目を覚ます。下半身は乾いており、下着の中に大量に漏らした筈の精液もさっぱり消えていた。…この部屋に掛けられているという精回収の魔術とやらが起動したのだろう。もはや微かな匂いすら残っていなかった。

…とりあえず立ち上がり、状況を整理しようとする。

「…。」

目線の低さが先程までの一連の記憶を呼び覚ました。かつての敵…しかも女性の前で晒した醜態の数々を思い出し、泣きたくなる。
しかし肉体は疲労により限界だった。

「…。そういえば風呂が…」

…あった。

なんとこの独房らしき部屋には浴槽があった。部屋の角にあるよく分からない器具の数々を考えなければ、下手な宿よりも充実している。

蛇口を捻る。ぬるめの液体がドロリと排出された。

「えっ!?」

浴槽に溜まった『それ』は2、3回蠢くと瞬時に人型へと変形する。

「どもー!スライムバスです!ご利用ありがとうございます!!」

「えー…」


…割愛…


「でわでわ!またのご利用お待ちしておりますですっ!」

「あ…あぅ、…あと一回分ってそういう…」

 全身を包み込み擽るような洗浄を見舞った後、料金と称して精液を一回抜き取りスライムは帰っていった。湯船の底に空いた排水口に吸い込まれてゆく彼女は来たときよりも心なしか上機嫌に見えた…。

 何にせよ体は綺麗になったようだ。もう精神的にも体力的にも限界だった。ふらつく足で備え付けの寝床向かい倒れ込むと、そのまま気を失うかのように眠りについた。
16/02/28 00:28更新 / ラッペル
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■作者メッセージ
もうすっかり存在を忘れられているかとは思いますがこっそり続きを追加…

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