約束
深い深い森の中……僕はその森の中の小屋から窓を見ていた。
見えるのは樹…樹…樹…
だけど、快晴の時には奥に湖が見える。
窓の奥の景色を見る…それ以外にする事がなかった。
「マスター……どうしたのですか?」
そんな僕に声をかけてくる女性…
「なんでもないよ…カティア…」
女性…カティアは僕に紅茶を淹れてくれた……だけど僕は飲まない…
景色をみるだけ……
「………」
カティアは紅茶を淹れたばかりのカップに口を付ける…
いくらか啜ったあと…その口を僕に近づけてきた。
「む…くちゅ…」
カティアは僕に口付けをする…だけど、唾液を交換するなどそんなことはしない。
ただ、彼女が口に含んだ紅茶が僕の口の中に入り、それを嚥下する。
「美味しいですか…?」
「……うん」
一言返事をしただけで、僕は景色を見たままだった。
景色を見る以外にする事がないというのは少し語弊だったかもしれない。
僕は、景色を見る事以外にできる事は、もう指で数えるほどに減っていたのだ。
首から下は感覚はあれど、まともに動かす事もできない…
歩いて数歩で息を切らしてしまう。
椅子を持ち上げられない。
何もしていないのに時々体中が痛む。
目の前にいる僕の世話をしてくれる恩人に首を傾ける事さえも僕にとっては難儀な事になってきた。
「そのままにしてください……マスターの御体は…」
「自分が一番分かってるよ…」
僕はただ、ここで生きているだけ。
ただ何の意味もなく生きる。
「カティア…僕はもういいからさ。自分のやりたい事とかしなよ…湖の管理だってあるだろうし」
「マスター……」
ゆっくりと彼女の方を見た…骨が軋むように痛む。
そうすると……カティアはまた僕に唇を寄せた…
「いいのです…私の全ては貴方のため……」
また、僕の口に何かが入ってくる……今度は紅茶ではない…
カティアは僕に魔力を分け与えていた。
ピクッ…いままで冷えたように感じた指先が動く…だんだんと熱さを取り戻していく…
「君はどうして…そうやって魔力を僕に送り返すんだい?」
僕が何度もした問い…それに彼女はいつも通り微笑む。
「マスターの無事は私の幸せ……例え、この体が朽ちても、貴方が生きていれば私は何もいりません…」
もともと、今カティアがくれたのは僕の精を変換してできた魔力だ。こんなことを毎日のように続けている。
そのため、彼女の魔力は増えることはないし…彼女自体が汚染されることもない。
その汚染された魔力は全て僕の中に入っていく…だが、不思議とインキュバスになる事はなかった。
これも…『呪い』とやらの効果だろうか……
僕の住んでいた村には風習がある。
それは、百年に一度、神様に村の人間を生贄に捧げるというものだ。
要は台座の上で人間を殺せばいい。それだけで良い。
その恩恵は村に恵みをもたらす……もし捧げる事が叶わなかったら…災厄が起こる。
そんなチープな風習だった。
そして、その供物となったのは僕の妹……
家族は仕方がないと言って心を決めていた。でも僕はそんな風習なんてクソ食らえだった。
妹を連れて逃げ……村の儀式は失敗に終わる。
異変はすぐに起こった。村は大地を揺るがす地震によって破壊され、妹は僕の手から離れ、地震に巻き込まれてしまった。
僕は一人取り残され、悲嘆に暮れる…その僕にも、災厄が降る。
簡単に言えば…呪い。
どうやら、僕の魔力を強制的に消費させると言う呪いだということが体感でわかった。
人間は魔力があれば通常より長生きができる…じゃあ逆は?
魔力を極限以上に放出され、まともな長さの寿命ではなくなる…?
自分の予測だから合っているかは分からない。だが、実際に体は重くなっていく…年をとるとはこういう感覚なのだろうか…
僕の体に変化はないが、その体は確実に蝕まわれている。
死を待つしかない…そんな時、僕はカティアに出会った……
ともかく…彼女は衰弱しきった僕のどこを気に入ったのか分からないが、今こうして彼女は僕の世話をしてくれている。あれから一ヶ月経っているが、僕はまだマスターと呼ばれる事に抵抗を感じていた。
魔力とは違う、生体エネルギーである精を僕が与え、彼女が魔力に変換し、僕に送り返す。そうすることで僕は生きる事ができた。
多分、インキュバスにならないのはこの呪いにより、僕がインキュバスになる前に汚染された魔力さえも消費されているからだろう。
「体……動かせますか…?」
彼女が魔力を送ってくれた事により、僕の体は血が通ったみたいに動かすことができた。
「大分楽になったよ…ありがとう」
例え魔力を与えられても、僕の体は衰弱していることには変わりない…
楽に動くようになった手を彼女の頬に添える。
ウンディーネである彼女の体温は低い。
だが、その温度でさえ、冷え切った僕の体には温かかった。彼女は僕の手の感触を頬を赤らめながら感じていた。
僕はゆっくりと立ち上がり、彼女を抱きしめた。
彼女の温かい感触を今のうちに味わっておきたい。じきに僕に与えられた魔力は尽き、またさっきのように壊れた人形みたいな行動しかできなくなるんだ…
「マスター……」
お互いの体温を感じあった後…カティアは僕を支え、
「外で……散歩でもしませんか?」
僕とカティアの住んでいる小屋の近くには湖がある。彼女が僕と契約する前まで住んでいた所だ。
僕とカティアは寄り添って歩いているが、それは僕を支えるため…いくら回復したとしても衰えた体は戻らない。
小屋から歩いて少し行けば湖だ。カティアは湖に着くなり手に持っていた水瓶に湖の水を汲む。
水瓶の中に入った水を暫くかき回し、そこから水を救い上げ…僕の口に近づけた。
その水は彼女の水瓶の中で清められ、とても澄んでいる…
飲むと心が洗われた気もする。
「この水は私の…ウンディーネの加護があります……マスター、たくさん飲んでください…」
そう言って、湖の水が何かに操られるように動き、僕の周りを囲う…さながら水のベッドと言う感じだ。
試しに乗ってみると、まるでゼリーのような感触……
「もっと…たくさん……飲ませます…」
水のベッドで押し倒されるような形になり、カティアは僕の上に跨る。
「だから…元気になってください。元気になって…いえ、例えこのままでも……私と…いつまでも……いつまでも傍にいさせてください…」
そう言って、また唇を重ねる…
彼女の加護がある水のベッドの上で、僕らはお互いを貪る。
僕は彼女の温もりを求め、彼女は僕に温もりを与えるため、精を求める。
愛し合い、貪り合い、愛を確かめ合う。
少なくとも彼女は僕を愛してくれている。
僕は……彼女には感謝していた。そりゃあ、こんな体になり…死ぬ事を覚悟していたのだから…
だが、愛しているというのは別だと思う。
彼女に魔力を与えられなければ、こうして愛し合うはおろか、抱きしめる事すらできない。
そんな僕に、カティアを愛する権利があるのだろうか……?
彼女と交じり合っているというのに…僕はそんなことばかり考えてしまっていた。
「マスタぁ……気持ち良くないのですか?」
僕の表情を見て、カティアは言った。…献身的と言えばそうなのだが彼女はまるで依存しているかのようだった…
「ごめんなさい…私…全力で御奉仕いたします…だから……だからぁ!」
そのまま、滾った僕のモノをその淫猥な壺に咥え込んだ…
「か、カティア!十分すぎる…からぁ!?うあ、あああああ!!」
「もっと…もっと気持ち良くなってください!!私をただの道具だと思ってもいいですから…!もっと…もっともっともっともっと!!!」
彼女は、自分が僕に気に入られていない…奉仕できていないと少しでもおもってしまうと…このようになってしまう…
僕は……少なくとも彼女に必要とされていた…
だからこうして生きる事が出来ているんだと思う……もし彼女と出会えなかったら、呪いで死んでいただろうし、生きる意味を見失った僕は自殺をする可能性だってあった。
彼女には感謝している……
小さな村で普通に生活をしていた…僕達、兄妹。
「お兄ちゃん!」
妹は……元気で明るい。まさに太陽のようだった。
村の生贄が決まる時も、控えめながらも笑って答えた…
「生贄になっちゃったんだもん……仕方ないよ…」
生贄なんてクソ食らえだ……だから逃げた…
「お兄ちゃん、約束だよ…!」
ずっと一緒にいると…約束したはずなのに……
ゆびきりを交わした……
「ズット…イッショニイルカラネ……」
「っ!?」
気が付けば、朝だった。
「はぁ………夢…?」
夢の中で…妹と指切をしている時……彼女の口元は歪んだ……まるで何か邪悪なものが内にあるかのように……
あれから一年……こんな夢を…時々見る……
僕の解釈としては、罪悪感からだろうか……妹を連れ、逃げ出した結果…村は崩壊…助けようとしたはずの妹までも離れ離れになってしまった…
その罪悪感が夢を見せているんだろう。
そして…僕は運良く助かったけど……おそらく…あいつも呪いを受けているはず…
もし…まだ生きているなら……
「マスター…汗を拭いてください…冷えてしまいますよ?」
カティアが朝の紅茶をもってやってきた……
「また……あの夢ですか…?」
「う、うん…」
紅茶を飲む前にカティアは僕に口付けをする。
毎日のように交わって、彼女が僕に送り込む魔力も段々と増えてきている。
人並みの運動はできないまでも、少しずつ…僕は呪いを受けながらも回復していった。
「マスターは……悔いているのですね…」
「ああ……僕のせいで村が消えて……」
流したくないのに…涙が溢れる……
「忘れて…とは言いません……でも、少しだけでも前を向いていてください…」
カティアは…優しい……
いつも、僕が何かで気落ちするたびにこうして慰めてくれる…
でも、実は出会って数日までの間はこんなに優しくはなかった。
元々従順で相手に奉仕をする事が悦びであった彼女だが、最初はもっと…事務的だったような気がする…
彼女が僕と契約をした理由…
そりゃあ、目の前で倒れていたら助けるだろうが…ここまでする理由がわからない…
「君は…どうしてここまでしてくれるんだい…?」
ずっと訊こうと思って訊かなかった問い…
「ただ…マスターの事が好きになった……それだけではダメですか?」
「い、いや…ダメってことはないけど、むしろ嬉しいよ……でも、最初の頃はあまりこういう関係じゃなかったなぁって思って……」
「そ、そうでしたね………最初は…貴方をどうしても生かしたくて…」
生かしたくて…?
「ああ、いえいえ!なんでもないのです…」
「………」
何か理由でもあったのだろうか…でも、深入りするのも野暮だよね…
カティアとこの小屋に住んでから一年は経過してるけど…
僕はカティアのことを何も知らない…ただ、僕を必要とし、僕を助けてくれる…それ以上の事を知ろうとする余裕がなかった。
だけど、呪いを受けてから一年も経過すれば心に余裕ができるのか、不意に彼女の事が知りたくなったのだ。
一年…か……
「カティア…この窓においてある花瓶の花…貰って良い?」
ふと、窓を見れば、花瓶にはたくさんの花が入れられていた。
「良いですが…何に使うのですか?」
「ここに住む様にになってから一年…今日はカティアと僕の契約記念日…って言えばいいと思うんだけど…それと同時に…」
一呼吸…間を置いて言った。
「村の…妹の命日だから……」
「そう…でしたね……」
僕の村はここから馬車で走って少し行くとある。今日は歩いていきたい気分だった。
村に行くのは…今日が初めて……呪いを受けた日、僕が見たのは地震によって崩れていく風景だけだった。
どんな風になっているのか予想も付かない…行く勇気があるのかはわからないけど、僕は行きたい…
馬車を手配するというカティアの意見を断り、僕達は歩いて村の跡地に向かった…
「それでね、お兄ちゃんってば…泳げなかったのに溺れた私を助けてくれたんだよ!」
マスターの妹様……ユフィという名前なのを私は知っていた……
あまり思い出したくないのか、マスターは彼女の名前を私の前で口に出さなかった…
「うんでぃーね? 精霊? よくわかんないけど、魔物?」
無邪気な彼女は太陽の様で、とても愛らしかった……いつしか私も彼女の明るさに惹かれていった。
彼女と交わした約束…それはいつしか、私の義務ではなく、私自身が望む行為になって……
「じゃあね……お兄ちゃんを…よろしくね…」
それが、彼女の想いなら…私は友人として彼女の兄を守ろう。
それが、彼女の望むことであり、私の望むことにもなったのだから…
暫く歩き続ける…
「この林を抜ければ…村の入り口があったはず……」
昔ならこの距離でもなんともなかったはずなのに…それでも一年前よりかはマシになったかな……
「……………」
カティアは無言……何かを思い出しているようだった…
無言のまま彼女は僕の後を追う。
「着いた…ここを抜ければ…………っ!!?」
目を疑った……
村…?
そんなものがどこにある?
崩れた木材…? レンガ…? 皆で育てた樹…?
なにもかもがドス黒く塗りつぶされている……
「ぁ……ぁぁ………」
吐き気が込み上げる……地震による残骸だったらどれほど楽だっただろうか…
気持ち悪い…苦しい………
カティアはそんな状態に落ちた僕をそっと抱きしめ……
「大丈夫です……この村は魔界になってしまいました…ですが、この距離なら影響はありません。これ以上広がる事もないです…」
まるで、全てをわかっているかのように彼女は淡々と言い放つ。
「カ……ティア…?」
「…儀式は…中途半端に成功していたのです…」
儀…式……?
成功?
僕はそれで、妹の顔が浮かび…すぐに彼女を問いただす…
「儀式って…あの儀式!?それに成功って…僕はちゃんと…!!」
「いえ、儀式はギリギリで成功していたんです…貴方の妹…ユフィの命を代償に……」
ユフィ…!!
「なんで…君がその名前を……僕は君の前でアイツの名前はっ!?」
「私とユフィは…彼女が幼少の頃から知り合っていたのです…」
だからって…この村が魔界になったというのは…?
「……話してくれないか…?」
「そのつもりで私は今日、同行しました……お話します…」
私とユフィは…彼女が幼少の頃から度々会って、話をしていた。
出会いは単なる偶然、それからお互いの事を気に入ってしまい、何度も彼女と話した。
「それでね、お兄ちゃんが私をね!」
いつも聞かされるのは兄の話…ユフィは兄の事が本当に好きだった。
ユフィが私のいる湖に兄を呼ばなかった理由は、兄が泳げなくて水が嫌いだったことと、
「カティアお姉さんみたいな美人さん…絶対にお兄ちゃんのタイプだから…とられたくないんだもん…」
妹でありながら、恋する少女のような発想だった。
そして、私に生贄のことを話してくれた…
私は迷わず彼女に兄と一緒に逃げる事を提案した…それでも彼女は愛想良く笑って…
「だって、すっごい名誉なことなんだよ!生贄になれるんだから…!」
その目には涙がうっすらと見えていたことを今でも覚えている…
それから、彼女はその自分の強がりに耐える事は出来なかったのか、急に泣き出し、
「だ、だからね…ひっく…お兄ちゃんの傍にいて欲しいの……お兄ちゃんが、グス……私がいなくても寂しくないように……ね…」
泣きながらもがんばって笑顔を作ろうとしていた…
「お兄ちゃんの事…大好きだから…取られちゃうのはいやだけど…カティアお姉さんだったら…いいから…」
それだけ言って、彼女は村に戻る……
翌日、村で地震が起こった……
私は…最初はユフィが逃げたのだと思った…
だけど、彼女は青年に抱えられてて、それがユフィの兄であり、今の私のマスターだと思った…
そのあと、一際大きな地震があって、二人は散り散りに……
すぐに私はユフィを追い、これからどうするかを尋ねた…すると…
「生贄になるの…じゃないと、皆死んじゃうから……」
私はユフィをとめることが出来なかった……
彼女は魔界に変わり始めようとしている村の…神聖な場所と言われる場所の台座の上で……
「約束だよ……お兄ちゃんのこと…よろしくね……」
自ら命を絶った………
そして、その後……私は彼女との約束を守るため…マスターと契約した…
それがいつしか、私の望む行為になって…
カティアは表情を曇らせ、それでも淡々と説明する。
「この村の地下には…この大陸全土を魔界に変えてしまうほどの魔力が蓄えられています。そして、その魔力を抑えるために人の命を代償にし、結界を張ります…それが……この村の儀式なのです…」
な、なんだよ…それ……
確かに、風習にしてはあまりにも残酷すぎる……そう思ってたけど…
「じ、じゃあ………ユフィは…」
否定したい事実……
「ええ、彼女は…自ら生贄になることを望みました…」
認めたくない現実…
妹は…はぐれたんじゃない…自分から進んで生贄になったんだ……
「ただ…儀式が遅れたせいで中途半端な成功になってしまい、このように村だけが魔界になってしまったようです…」
なので、百年は魔力はこれ以上漏れないはず…そう彼女は付け足した…
それでも。百年後には惨劇が…しかも、今度は村の風習なんてない…どこか、別の街か村から人を連れてこなければいけなくなる…
妹のような犠牲者が…これから何百年…何千年と続けば出てくる…
「カティア……」
「はい………」
「僕が……ユフィを連れて逃げなければ…こんなことにはならなかったんだね………?」
自虐とも受け取れる僕の質問……
「そ、そんな…どんな人間であれ、家族を見殺しにできる人なんて…」
カティアは必死に僕に非がないように答える…
「僕が訊きたいのはそんなことじゃない…結果なんだ……僕がこんなわがままをしなければ…」
「………マスター…」
涙が止まらなかった…もっと慎重に行動しておけば……
もっと…もっと…
僕が…しっかりしていれば……
どれほど泣いていただろうか…既に涙は枯れ果てていた……
僕は村の入り口に花束を置いた……
「僕は……何が出来るんだろうね……」
魔界となってしまった村を見る……それだけで、後悔が胸の中を渦巻き、不の感情が僕を蝕んでいく……
「マスターは…まだまともに動く事が出来る体では……」
「そんなことはわかってるよ…でも、この体でも出来る事はあると思う……君がいるから……」
カティアと僕は契約をしている…だから、彼女の力を僕は扱える。
それが、唯一…僕が出来る事なのかもしれない…
「マスター………」
カティアは僕を見つめる………僕はそんな彼女を見据え…
「旅をして、呪いを解いて……人の命を使わずに……結界を張る方法を探そう……」
「はい……」
「それが…僕ができる唯一の罪滅ぼしで…妹への弔いだ………」
カティアは僕の頬に手を添え…口付けをした…
魔力が流れ込んでくる……呪いがあろうがなんだろうが……彼女と共に歩む…
「マスターと一緒なら……どこまでも……」
そう言って…また唇を重ねる……
「私とマスターの出会いは…成り行きでした……それでも私は…マスターを愛しています……今までも……これからも…」
「カティア……ごめんね…僕の方こそ、君に何も言っていなくて……今までありがとう…そして…好きだよ……」
ダメな兄ちゃんで本当にゴメン……
でも、絶対……投げ出さないから…
だから見ててくれ………ユフィ………
ある頃を境に……とある大陸ではたくさんの雨が降るようになった。
その恵みの雨は、人々が降って欲しいと思ったときに降ると言う…
そのおかげで、その大陸では、どの街もどの村も…何十年の間、水不足になることもなく、豊作だった。
ふと、奇妙な噂が立ち上る
その恵みの雨が降る日……いつもその雨の中を寄り添い合う形で歩いている二人の若い男女がいたという……
その二人が通った所は、必ず恵みの雨が降った……
その二人を崇めるため、彼らの故郷と呼ばれたところに小屋を建てた……
それから誰がどういう理由で行うのか、この大陸では水掛祭(みずかけまつり)と呼ばれる祭をし、皆の魔力を込め、清めた水を盛大に小屋に撒くということもしている。
人々は…彼らを御伽噺のように子に伝えるため、名前をつけた…
『雨神の守人』…そう人々は呼んだ………
〜fin〜
見えるのは樹…樹…樹…
だけど、快晴の時には奥に湖が見える。
窓の奥の景色を見る…それ以外にする事がなかった。
「マスター……どうしたのですか?」
そんな僕に声をかけてくる女性…
「なんでもないよ…カティア…」
女性…カティアは僕に紅茶を淹れてくれた……だけど僕は飲まない…
景色をみるだけ……
「………」
カティアは紅茶を淹れたばかりのカップに口を付ける…
いくらか啜ったあと…その口を僕に近づけてきた。
「む…くちゅ…」
カティアは僕に口付けをする…だけど、唾液を交換するなどそんなことはしない。
ただ、彼女が口に含んだ紅茶が僕の口の中に入り、それを嚥下する。
「美味しいですか…?」
「……うん」
一言返事をしただけで、僕は景色を見たままだった。
景色を見る以外にする事がないというのは少し語弊だったかもしれない。
僕は、景色を見る事以外にできる事は、もう指で数えるほどに減っていたのだ。
首から下は感覚はあれど、まともに動かす事もできない…
歩いて数歩で息を切らしてしまう。
椅子を持ち上げられない。
何もしていないのに時々体中が痛む。
目の前にいる僕の世話をしてくれる恩人に首を傾ける事さえも僕にとっては難儀な事になってきた。
「そのままにしてください……マスターの御体は…」
「自分が一番分かってるよ…」
僕はただ、ここで生きているだけ。
ただ何の意味もなく生きる。
「カティア…僕はもういいからさ。自分のやりたい事とかしなよ…湖の管理だってあるだろうし」
「マスター……」
ゆっくりと彼女の方を見た…骨が軋むように痛む。
そうすると……カティアはまた僕に唇を寄せた…
「いいのです…私の全ては貴方のため……」
また、僕の口に何かが入ってくる……今度は紅茶ではない…
カティアは僕に魔力を分け与えていた。
ピクッ…いままで冷えたように感じた指先が動く…だんだんと熱さを取り戻していく…
「君はどうして…そうやって魔力を僕に送り返すんだい?」
僕が何度もした問い…それに彼女はいつも通り微笑む。
「マスターの無事は私の幸せ……例え、この体が朽ちても、貴方が生きていれば私は何もいりません…」
もともと、今カティアがくれたのは僕の精を変換してできた魔力だ。こんなことを毎日のように続けている。
そのため、彼女の魔力は増えることはないし…彼女自体が汚染されることもない。
その汚染された魔力は全て僕の中に入っていく…だが、不思議とインキュバスになる事はなかった。
これも…『呪い』とやらの効果だろうか……
僕の住んでいた村には風習がある。
それは、百年に一度、神様に村の人間を生贄に捧げるというものだ。
要は台座の上で人間を殺せばいい。それだけで良い。
その恩恵は村に恵みをもたらす……もし捧げる事が叶わなかったら…災厄が起こる。
そんなチープな風習だった。
そして、その供物となったのは僕の妹……
家族は仕方がないと言って心を決めていた。でも僕はそんな風習なんてクソ食らえだった。
妹を連れて逃げ……村の儀式は失敗に終わる。
異変はすぐに起こった。村は大地を揺るがす地震によって破壊され、妹は僕の手から離れ、地震に巻き込まれてしまった。
僕は一人取り残され、悲嘆に暮れる…その僕にも、災厄が降る。
簡単に言えば…呪い。
どうやら、僕の魔力を強制的に消費させると言う呪いだということが体感でわかった。
人間は魔力があれば通常より長生きができる…じゃあ逆は?
魔力を極限以上に放出され、まともな長さの寿命ではなくなる…?
自分の予測だから合っているかは分からない。だが、実際に体は重くなっていく…年をとるとはこういう感覚なのだろうか…
僕の体に変化はないが、その体は確実に蝕まわれている。
死を待つしかない…そんな時、僕はカティアに出会った……
ともかく…彼女は衰弱しきった僕のどこを気に入ったのか分からないが、今こうして彼女は僕の世話をしてくれている。あれから一ヶ月経っているが、僕はまだマスターと呼ばれる事に抵抗を感じていた。
魔力とは違う、生体エネルギーである精を僕が与え、彼女が魔力に変換し、僕に送り返す。そうすることで僕は生きる事ができた。
多分、インキュバスにならないのはこの呪いにより、僕がインキュバスになる前に汚染された魔力さえも消費されているからだろう。
「体……動かせますか…?」
彼女が魔力を送ってくれた事により、僕の体は血が通ったみたいに動かすことができた。
「大分楽になったよ…ありがとう」
例え魔力を与えられても、僕の体は衰弱していることには変わりない…
楽に動くようになった手を彼女の頬に添える。
ウンディーネである彼女の体温は低い。
だが、その温度でさえ、冷え切った僕の体には温かかった。彼女は僕の手の感触を頬を赤らめながら感じていた。
僕はゆっくりと立ち上がり、彼女を抱きしめた。
彼女の温かい感触を今のうちに味わっておきたい。じきに僕に与えられた魔力は尽き、またさっきのように壊れた人形みたいな行動しかできなくなるんだ…
「マスター……」
お互いの体温を感じあった後…カティアは僕を支え、
「外で……散歩でもしませんか?」
僕とカティアの住んでいる小屋の近くには湖がある。彼女が僕と契約する前まで住んでいた所だ。
僕とカティアは寄り添って歩いているが、それは僕を支えるため…いくら回復したとしても衰えた体は戻らない。
小屋から歩いて少し行けば湖だ。カティアは湖に着くなり手に持っていた水瓶に湖の水を汲む。
水瓶の中に入った水を暫くかき回し、そこから水を救い上げ…僕の口に近づけた。
その水は彼女の水瓶の中で清められ、とても澄んでいる…
飲むと心が洗われた気もする。
「この水は私の…ウンディーネの加護があります……マスター、たくさん飲んでください…」
そう言って、湖の水が何かに操られるように動き、僕の周りを囲う…さながら水のベッドと言う感じだ。
試しに乗ってみると、まるでゼリーのような感触……
「もっと…たくさん……飲ませます…」
水のベッドで押し倒されるような形になり、カティアは僕の上に跨る。
「だから…元気になってください。元気になって…いえ、例えこのままでも……私と…いつまでも……いつまでも傍にいさせてください…」
そう言って、また唇を重ねる…
彼女の加護がある水のベッドの上で、僕らはお互いを貪る。
僕は彼女の温もりを求め、彼女は僕に温もりを与えるため、精を求める。
愛し合い、貪り合い、愛を確かめ合う。
少なくとも彼女は僕を愛してくれている。
僕は……彼女には感謝していた。そりゃあ、こんな体になり…死ぬ事を覚悟していたのだから…
だが、愛しているというのは別だと思う。
彼女に魔力を与えられなければ、こうして愛し合うはおろか、抱きしめる事すらできない。
そんな僕に、カティアを愛する権利があるのだろうか……?
彼女と交じり合っているというのに…僕はそんなことばかり考えてしまっていた。
「マスタぁ……気持ち良くないのですか?」
僕の表情を見て、カティアは言った。…献身的と言えばそうなのだが彼女はまるで依存しているかのようだった…
「ごめんなさい…私…全力で御奉仕いたします…だから……だからぁ!」
そのまま、滾った僕のモノをその淫猥な壺に咥え込んだ…
「か、カティア!十分すぎる…からぁ!?うあ、あああああ!!」
「もっと…もっと気持ち良くなってください!!私をただの道具だと思ってもいいですから…!もっと…もっともっともっともっと!!!」
彼女は、自分が僕に気に入られていない…奉仕できていないと少しでもおもってしまうと…このようになってしまう…
僕は……少なくとも彼女に必要とされていた…
だからこうして生きる事が出来ているんだと思う……もし彼女と出会えなかったら、呪いで死んでいただろうし、生きる意味を見失った僕は自殺をする可能性だってあった。
彼女には感謝している……
小さな村で普通に生活をしていた…僕達、兄妹。
「お兄ちゃん!」
妹は……元気で明るい。まさに太陽のようだった。
村の生贄が決まる時も、控えめながらも笑って答えた…
「生贄になっちゃったんだもん……仕方ないよ…」
生贄なんてクソ食らえだ……だから逃げた…
「お兄ちゃん、約束だよ…!」
ずっと一緒にいると…約束したはずなのに……
ゆびきりを交わした……
「ズット…イッショニイルカラネ……」
「っ!?」
気が付けば、朝だった。
「はぁ………夢…?」
夢の中で…妹と指切をしている時……彼女の口元は歪んだ……まるで何か邪悪なものが内にあるかのように……
あれから一年……こんな夢を…時々見る……
僕の解釈としては、罪悪感からだろうか……妹を連れ、逃げ出した結果…村は崩壊…助けようとしたはずの妹までも離れ離れになってしまった…
その罪悪感が夢を見せているんだろう。
そして…僕は運良く助かったけど……おそらく…あいつも呪いを受けているはず…
もし…まだ生きているなら……
「マスター…汗を拭いてください…冷えてしまいますよ?」
カティアが朝の紅茶をもってやってきた……
「また……あの夢ですか…?」
「う、うん…」
紅茶を飲む前にカティアは僕に口付けをする。
毎日のように交わって、彼女が僕に送り込む魔力も段々と増えてきている。
人並みの運動はできないまでも、少しずつ…僕は呪いを受けながらも回復していった。
「マスターは……悔いているのですね…」
「ああ……僕のせいで村が消えて……」
流したくないのに…涙が溢れる……
「忘れて…とは言いません……でも、少しだけでも前を向いていてください…」
カティアは…優しい……
いつも、僕が何かで気落ちするたびにこうして慰めてくれる…
でも、実は出会って数日までの間はこんなに優しくはなかった。
元々従順で相手に奉仕をする事が悦びであった彼女だが、最初はもっと…事務的だったような気がする…
彼女が僕と契約をした理由…
そりゃあ、目の前で倒れていたら助けるだろうが…ここまでする理由がわからない…
「君は…どうしてここまでしてくれるんだい…?」
ずっと訊こうと思って訊かなかった問い…
「ただ…マスターの事が好きになった……それだけではダメですか?」
「い、いや…ダメってことはないけど、むしろ嬉しいよ……でも、最初の頃はあまりこういう関係じゃなかったなぁって思って……」
「そ、そうでしたね………最初は…貴方をどうしても生かしたくて…」
生かしたくて…?
「ああ、いえいえ!なんでもないのです…」
「………」
何か理由でもあったのだろうか…でも、深入りするのも野暮だよね…
カティアとこの小屋に住んでから一年は経過してるけど…
僕はカティアのことを何も知らない…ただ、僕を必要とし、僕を助けてくれる…それ以上の事を知ろうとする余裕がなかった。
だけど、呪いを受けてから一年も経過すれば心に余裕ができるのか、不意に彼女の事が知りたくなったのだ。
一年…か……
「カティア…この窓においてある花瓶の花…貰って良い?」
ふと、窓を見れば、花瓶にはたくさんの花が入れられていた。
「良いですが…何に使うのですか?」
「ここに住む様にになってから一年…今日はカティアと僕の契約記念日…って言えばいいと思うんだけど…それと同時に…」
一呼吸…間を置いて言った。
「村の…妹の命日だから……」
「そう…でしたね……」
僕の村はここから馬車で走って少し行くとある。今日は歩いていきたい気分だった。
村に行くのは…今日が初めて……呪いを受けた日、僕が見たのは地震によって崩れていく風景だけだった。
どんな風になっているのか予想も付かない…行く勇気があるのかはわからないけど、僕は行きたい…
馬車を手配するというカティアの意見を断り、僕達は歩いて村の跡地に向かった…
「それでね、お兄ちゃんってば…泳げなかったのに溺れた私を助けてくれたんだよ!」
マスターの妹様……ユフィという名前なのを私は知っていた……
あまり思い出したくないのか、マスターは彼女の名前を私の前で口に出さなかった…
「うんでぃーね? 精霊? よくわかんないけど、魔物?」
無邪気な彼女は太陽の様で、とても愛らしかった……いつしか私も彼女の明るさに惹かれていった。
彼女と交わした約束…それはいつしか、私の義務ではなく、私自身が望む行為になって……
「じゃあね……お兄ちゃんを…よろしくね…」
それが、彼女の想いなら…私は友人として彼女の兄を守ろう。
それが、彼女の望むことであり、私の望むことにもなったのだから…
暫く歩き続ける…
「この林を抜ければ…村の入り口があったはず……」
昔ならこの距離でもなんともなかったはずなのに…それでも一年前よりかはマシになったかな……
「……………」
カティアは無言……何かを思い出しているようだった…
無言のまま彼女は僕の後を追う。
「着いた…ここを抜ければ…………っ!!?」
目を疑った……
村…?
そんなものがどこにある?
崩れた木材…? レンガ…? 皆で育てた樹…?
なにもかもがドス黒く塗りつぶされている……
「ぁ……ぁぁ………」
吐き気が込み上げる……地震による残骸だったらどれほど楽だっただろうか…
気持ち悪い…苦しい………
カティアはそんな状態に落ちた僕をそっと抱きしめ……
「大丈夫です……この村は魔界になってしまいました…ですが、この距離なら影響はありません。これ以上広がる事もないです…」
まるで、全てをわかっているかのように彼女は淡々と言い放つ。
「カ……ティア…?」
「…儀式は…中途半端に成功していたのです…」
儀…式……?
成功?
僕はそれで、妹の顔が浮かび…すぐに彼女を問いただす…
「儀式って…あの儀式!?それに成功って…僕はちゃんと…!!」
「いえ、儀式はギリギリで成功していたんです…貴方の妹…ユフィの命を代償に……」
ユフィ…!!
「なんで…君がその名前を……僕は君の前でアイツの名前はっ!?」
「私とユフィは…彼女が幼少の頃から知り合っていたのです…」
だからって…この村が魔界になったというのは…?
「……話してくれないか…?」
「そのつもりで私は今日、同行しました……お話します…」
私とユフィは…彼女が幼少の頃から度々会って、話をしていた。
出会いは単なる偶然、それからお互いの事を気に入ってしまい、何度も彼女と話した。
「それでね、お兄ちゃんが私をね!」
いつも聞かされるのは兄の話…ユフィは兄の事が本当に好きだった。
ユフィが私のいる湖に兄を呼ばなかった理由は、兄が泳げなくて水が嫌いだったことと、
「カティアお姉さんみたいな美人さん…絶対にお兄ちゃんのタイプだから…とられたくないんだもん…」
妹でありながら、恋する少女のような発想だった。
そして、私に生贄のことを話してくれた…
私は迷わず彼女に兄と一緒に逃げる事を提案した…それでも彼女は愛想良く笑って…
「だって、すっごい名誉なことなんだよ!生贄になれるんだから…!」
その目には涙がうっすらと見えていたことを今でも覚えている…
それから、彼女はその自分の強がりに耐える事は出来なかったのか、急に泣き出し、
「だ、だからね…ひっく…お兄ちゃんの傍にいて欲しいの……お兄ちゃんが、グス……私がいなくても寂しくないように……ね…」
泣きながらもがんばって笑顔を作ろうとしていた…
「お兄ちゃんの事…大好きだから…取られちゃうのはいやだけど…カティアお姉さんだったら…いいから…」
それだけ言って、彼女は村に戻る……
翌日、村で地震が起こった……
私は…最初はユフィが逃げたのだと思った…
だけど、彼女は青年に抱えられてて、それがユフィの兄であり、今の私のマスターだと思った…
そのあと、一際大きな地震があって、二人は散り散りに……
すぐに私はユフィを追い、これからどうするかを尋ねた…すると…
「生贄になるの…じゃないと、皆死んじゃうから……」
私はユフィをとめることが出来なかった……
彼女は魔界に変わり始めようとしている村の…神聖な場所と言われる場所の台座の上で……
「約束だよ……お兄ちゃんのこと…よろしくね……」
自ら命を絶った………
そして、その後……私は彼女との約束を守るため…マスターと契約した…
それがいつしか、私の望む行為になって…
カティアは表情を曇らせ、それでも淡々と説明する。
「この村の地下には…この大陸全土を魔界に変えてしまうほどの魔力が蓄えられています。そして、その魔力を抑えるために人の命を代償にし、結界を張ります…それが……この村の儀式なのです…」
な、なんだよ…それ……
確かに、風習にしてはあまりにも残酷すぎる……そう思ってたけど…
「じ、じゃあ………ユフィは…」
否定したい事実……
「ええ、彼女は…自ら生贄になることを望みました…」
認めたくない現実…
妹は…はぐれたんじゃない…自分から進んで生贄になったんだ……
「ただ…儀式が遅れたせいで中途半端な成功になってしまい、このように村だけが魔界になってしまったようです…」
なので、百年は魔力はこれ以上漏れないはず…そう彼女は付け足した…
それでも。百年後には惨劇が…しかも、今度は村の風習なんてない…どこか、別の街か村から人を連れてこなければいけなくなる…
妹のような犠牲者が…これから何百年…何千年と続けば出てくる…
「カティア……」
「はい………」
「僕が……ユフィを連れて逃げなければ…こんなことにはならなかったんだね………?」
自虐とも受け取れる僕の質問……
「そ、そんな…どんな人間であれ、家族を見殺しにできる人なんて…」
カティアは必死に僕に非がないように答える…
「僕が訊きたいのはそんなことじゃない…結果なんだ……僕がこんなわがままをしなければ…」
「………マスター…」
涙が止まらなかった…もっと慎重に行動しておけば……
もっと…もっと…
僕が…しっかりしていれば……
どれほど泣いていただろうか…既に涙は枯れ果てていた……
僕は村の入り口に花束を置いた……
「僕は……何が出来るんだろうね……」
魔界となってしまった村を見る……それだけで、後悔が胸の中を渦巻き、不の感情が僕を蝕んでいく……
「マスターは…まだまともに動く事が出来る体では……」
「そんなことはわかってるよ…でも、この体でも出来る事はあると思う……君がいるから……」
カティアと僕は契約をしている…だから、彼女の力を僕は扱える。
それが、唯一…僕が出来る事なのかもしれない…
「マスター………」
カティアは僕を見つめる………僕はそんな彼女を見据え…
「旅をして、呪いを解いて……人の命を使わずに……結界を張る方法を探そう……」
「はい……」
「それが…僕ができる唯一の罪滅ぼしで…妹への弔いだ………」
カティアは僕の頬に手を添え…口付けをした…
魔力が流れ込んでくる……呪いがあろうがなんだろうが……彼女と共に歩む…
「マスターと一緒なら……どこまでも……」
そう言って…また唇を重ねる……
「私とマスターの出会いは…成り行きでした……それでも私は…マスターを愛しています……今までも……これからも…」
「カティア……ごめんね…僕の方こそ、君に何も言っていなくて……今までありがとう…そして…好きだよ……」
ダメな兄ちゃんで本当にゴメン……
でも、絶対……投げ出さないから…
だから見ててくれ………ユフィ………
ある頃を境に……とある大陸ではたくさんの雨が降るようになった。
その恵みの雨は、人々が降って欲しいと思ったときに降ると言う…
そのおかげで、その大陸では、どの街もどの村も…何十年の間、水不足になることもなく、豊作だった。
ふと、奇妙な噂が立ち上る
その恵みの雨が降る日……いつもその雨の中を寄り添い合う形で歩いている二人の若い男女がいたという……
その二人が通った所は、必ず恵みの雨が降った……
その二人を崇めるため、彼らの故郷と呼ばれたところに小屋を建てた……
それから誰がどういう理由で行うのか、この大陸では水掛祭(みずかけまつり)と呼ばれる祭をし、皆の魔力を込め、清めた水を盛大に小屋に撒くということもしている。
人々は…彼らを御伽噺のように子に伝えるため、名前をつけた…
『雨神の守人』…そう人々は呼んだ………
〜fin〜
10/09/23 13:46更新 / zeno
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