連載小説
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親魔物都市イェルス
「これは、目の毒だな」

 シグレは一人、目の前の惨状に思わず呟く。彼の目の前では、数多くのカップルがいちゃついていたのだ。

 彼は今、軍務に服役している身である。自身の武しか誇れるものが無いシグレは、イェルスの街の警備隊に志願し、任務に就いていた。結局は、世の中お金である。どうにかして生計を立てねば、食っていけないのだ。

 しかし、彼の同僚たちは、勤務中だというのに皆浮かれている。近くには反魔物国家もあり、虎視眈々とイェルスに攻め込む機会を窺っているというのに、である。

 無論、見回り中はさすがに勤務をほっぽり出して恋人といちゃつく奴は居ない。しかし、昼休みになれば兵士の恋人達がどこからともなくやってきては、弁当などの差し入れを持ってくるのである。そしてそのまま、食べさせ合いっこ等をするのだ。

 シグレが見ている状況は、ちょうどその甘々な雰囲気が漂う昼休憩の時である。

(……これだけ弛んでて街を守れるのかよ)

 これが、シグレの考えである。よくもまあ、ここまでイチャイチャできるものだ、とシグレは感心する。愛だの恋だのと言っても、どうせ裏切り裏切られて悲惨な結末になるというのに。

「よお、相変わらず寂しい昼飯だな」

 周囲の様子にあきれ返るシグレに、とある同僚の男が話しかける。

「こんなんで街を守れるのかよ。弛みすぎだろ」
「固い事言うなよ。こうやって安らぎがあってこそ、日々頑張れるというものだぜ」

 シグレが思った事を正直に言うと、同僚は分かってねえな、とでも言うように言葉を返す。

「お前も、女が出来れば分かるぜ。女の存在が、どれだけ励みになるか……」
「――女など、一番信用できない生き物だ」

 同僚の言葉を打ち消すシグレ。その言葉に、同僚は驚きで目を丸くする。

「おいおい、何を言うんだ。あんなに一途で可愛らしい生き物を……」
「愛だの恋だの言っても、所詮はまやかし。あれは男を破滅においやる悪魔だ」

 かつての恋人を思い出したシグレは、歯軋りする。思い出しただけで、胸が締め付けられるような思いがして、怒りの焔が心に燻る。

 それに、シグレは知っている。自分に行為を寄せているフリをしているが、ルカも月に一度のペースでお忍びでどこかに行っている事を。どうせどこかに良い男でも出来たのだろう。そもそも恋人ではないのだから、行動を縛る理由が無いのだが、やはり女はコロコロ変わりやすい生き物だと思う。のめり込まなくて良かったとさえシグレは思った。

「さすがに言いすぎだろう。それは極端な考え――」
「お前は女を知らないんだ。どれだけ恥知らずなのかも、平気で人を裏切れる事も」

 シグレは興奮してきているのか、だんだん声が大きくなっていく。その様子を見た同僚は、あっけにとられる。

「……お前、過去によほど嫌な事があったらしいな」

 若いのになんて勿体無い、と同僚はため息をついた。この若者の価値観を変えるのは、到底困難だと感じて、同僚はシグレを哀れんだ。


*****


 一日の勤務を終え、宿に帰ってきたシグレ。すっかり日が沈んでしまい、夜の帳が下りている。

 宿に帰ると、ルカが居なくなっていた。どうせ、どこかの男と逢引でもしているのであろう。これで五ヶ月連続である。いや、シグレと出合った時から、一月に一度は必ず居なくなる。

 だが、シグレにはルカを責める資格は無い。恋人ではないし、それどころか表面上ではルカに邪険な態度で接していたのだから。

 シグレはあまりルカの事を考えないようにして、床に就く。疲れていたのだろう、ベッドに横になった瞬間、睡魔に襲われてすぐに眠りに就いた。

 そのシグレの様子を密かに窺っている者が、一人。その者は、シグレが寝静まってからも、じっと彼の表情を見つめている。その視線は、熱っぽかったとだけ付け加えておく。
15/01/02 15:47更新 / 香炉 夢幻
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