連載小説
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分からない過去

「リストした内の15名が立て続けて………死亡してるんです…」
 名簿の黒い文字の上から赤い線が引かれている。その数、15本。
「どういう事だ?!」
 幟狼は頭を掻きながら口走った。

「諜報班からの報告では、策科の亡くなった日から今日までの間にこの15人が死亡したと思われます」
「待て…思われる、ってのはどういうことだ?」
「死体が一人として発見されていません。それに全員が事故で亡くなっているんです」
「龍瞳と魅月尾には知らせたのか?」
「ええ、乎弥がこの情報を持って向かいました」
「そうか… 誰がどう見てもきな臭いな…」
「それに…見てください。それぞれの住んでいた領と役職も明記したんですが…」
「これは…」
 幟狼はすぐにその事に気づいた。
 死亡したと思われる15名の内、4人がヘアフォード領の外交官、常備軍少佐、評議員、査問委員官だったのである。
 また残りの11人も他領の外交官、並びに幹部だったのである。
「ますますきな臭い…」
「まずこの15人が―」


「グルだと考えていいだろうね…」
 龍瞳は布団の上に座ったままそう言った。
「やっぱりそうですよね…?」

「死んだことにしてどこかに身を隠したのかしら?」
 お茶を運んできた魅月尾は、盆を畳の上に置いてそう言った。
「だと思う。でもこいつらの目的がハッキリとしていない今、次にどう動くのか予想できない…
 また子暁を狙う可能性だって十分だ…」
「それもそうですが…龍瞳さんはもう起きて平気なんですか?」
「ああ、心配ないよ」
「それからずっと気になっていたんですが、刀はどこに?」
 この部屋のどこを見回しても、彼の愛刀の姿はどこにも見あたらなかった。

「実は、少々問題があってね…」


 一時間前に帰ってきた魅月尾とボルトスは、刀匠 影守鋼に大雅丸と貴太夫を預けてきた。
「この世には、その名を知られた妖刀が数多く存在する」
 鋼は二人にそう話を切りだしたという。
 魅月尾によると、鋼の話は次の事だったという。

 妖刀の多くは斬った対象の魔力をごく僅かに取り込み続けた結果、その魔力に支配されて妖刀となったのだという。
 斬られた者の発する魔力には大抵の場合『恨み』『苦しみ』『怒り』などの負の感情がこもっており、魔力が及ぼす影響を災いとする。
 妖刀は血の味を覚えた獣のように持ち主の命すら奪い取ることがあり、非常に危険だ。それを防ぐために『浄化』する必要があるのだという。
 浄化とは掻い摘めば『鍛え直すこと』をいう。刀身を加熱し、鍛え上げて汚れを落とすのだ。
 その行程は少なくとも一週間を要するという。
 しかし、こうもいきなり妖刀化が進むと言えばそんなことはない。通常なら徐々に徐々にその前兆を現し、そうならぬようにその刀を打った刀匠に清めてもらう。ならばなぜ大雅丸と貴太夫は突如として黒く汚れを現したのか。

 それは『魔力伝導率』と『今回の事件』が関係している。魔力伝導率とはその名の通り魔力の伝えやすさだ。
 大雅丸、貴太夫は伝導率の高い金属で作っていた。持ち主の魔力が伝わりやすいのと同じように、相手の魔力も比較的伝わりやすい。
 そして今回の策科を斬ったことで『悪意』を含んだ策科の魔力、また龍瞳が死にかけたことによって、龍瞳から放たれた『死相』を含んだ魔力が刀に伝わり、妖刀化を後押しする結果となったのだ。


「でも何でその刀匠の方は妖刀化に気づいたんですか?」
 乎弥は不思議に思って訊いた。
「片割れがあるのさ。必ず刀を作った時にその刀の欠片を取って置くんだ。妖刀化が進むとその片割れにも影響が出るらしい。主に色や形が変わるら

しいんだ…」
「なるほど…
 じゃあ、もし戦闘になったら危ないんじゃ…」
「大丈夫だよ、呪札も使えるし…それに、魅月尾もいるからね」

 魅月尾は静かに頬笑んだ顔で頷いた。
「そうですね。でも、無理はくれぐれも…」
「解ってるわ、乎弥ちゃん」

      ◇

 その日、龍瞳は朝から風呂に入っていた。
 彼は風呂から上がると用意されていた着物に袖を通した。桃色や赤の花が夜に咲いているような柄のそれは明らかに女物だった。
 それでも顔立ちが中性的で髪の長い龍瞳にはそれが似合った。
「傷跡…どうだった?」

「大丈夫、残ってないみたい」
「よかった…」
 龍瞳は食卓の前に座った。
「そういえば、魅月尾は誰に料理を習ったんだ?」
「え?」
「ずっと不思議だったんだ。魅月尾はここに一人だったわけだし、誰に習ったのかなって…」

 魅月尾はハッとした。なぜならそれが解らなかったからだ。
(誰に…なんだろう… そう言えばここにも…気が付いたら住んでた……)
 魅月尾は思考の奥に迷い込んだ。今まで考えたことがなかった、自分が出来ることを誰に、どうやって、いつ教わったのか。
 出来ることが当たり前で、それが日常だった。ただ、本能と理屈で今までを過ごしてきた魅月尾にとってはそんなことを考える必要がなかったのかも知れない。
(…誰に…? いつ……私は…… 誰―?)

「…きお…づきお… 魅月尾っ」

「―あっ…なに?」
「どうした?」
 龍瞳の声が彼女の意識を呼び戻した。
「う、ううん…何でもない…」

 魅月尾は食事を済ませ、自室に入った。
(私は…誰なんだろう? 私の名前を付けたのは…? 料理を私に教えたのは…? 私の…両親は…?)
 彼女は考えれば考えるほど、袋小路に迷い込んだ。彼女の一番ふるい記憶の中を探っても、誰一人登場しなかった。
 その古い記憶はある朝、ベッドの中で目覚めた記憶。彼女は次の瞬間当然のように廊下に出て台所に立ち、食事を作って食べた。
 家の構造も、料理の仕方も、自分の名前も、全て知っていた。
 今になればおかしいことだ。それに魅月尾は今まで気づかなかった。
「私は…一体………」

 ソファーに座って俯いていた魅月尾はピクッと何かに反応して顔を上げて立ち上がり、玄関から外に出た。
 柵の向こう側に一人の男が立っていた。ステッキを持った背の高い男だった。髪の毛はブラウンの標準的な長さで、身に着けているのは洋服だった。
「ここが魔物を対象にしたギルドで間違いないですか?」
 若く見えるその男は、そう訊ねた。

「ええ、そうです。何かご用かしら?」

「依頼を受けていただきたいのですが…」

「わかりました。
 申し訳ないけど、こちらの都合で信用に足る人物しか結界の中に入れないようにしているの。このままでいいかしら?」

「ええ、依頼を受けていただけるのであれば」

「あなたは当然魔物ではないわね?なぜここに?」

「本質的な依頼主が私の妻だからです。妻は魔物でしてね…」

「依頼と言うのは?」

「実はある物を取ってきていただきたいのです。それはコーデル山の遺跡の中にあるのですが、妻は訳あって行くことが出来ず、私も力不足なのです。
 どうかお力をお借りしたいのですが…」

「わかりました。どのような物なのでしょうか?」

「遺跡の一番奥にあるものです。なので詳細は言わなくてもすぐにわかります。
 できればこれから遺跡まで案内したいのですが…」

「…解りました。準備をしますので庭からあの部屋に入ってお待ちください」

「承知しました」

 魅月尾は玄関の右隣の部屋を指定した。家の中に戻ると結界を門の所だけ解き、男を中に入れた。
 男は言われたとおりに部屋に庭から入って畳の上へ座った。

(…ここだけ結界を張って隔離…ですか。ずいぶんと警戒しているようだ… それに玄関の中には下駄があった、もう一人はいると思って良いでしょ

う…)
 彼の洞察力、観察力は優れた物だった。そして彼にはもう一つ思うことがあった。

(気のせいだろうか…どこか似ている…)


「お待たせしました」
 声は外から聞こえ、男が部屋から外へ出るとそこには龍瞳と魅月尾が外行きの格好で立っていた。
 龍瞳は着物ではなく、縁の赤い黒の長袖のジャケットを着ていた。襟は左前でボタンで留めるようになっている。それに履いているのも下駄ではなくブーツだった。
 魅月尾も丈の短い着物とショートパンツ姿だった。履き物も厚底の靴だ。
「彼は?」
「私の同伴者です」
「そうですか。では早速我が家へご案内します」
 そう言うと彼は持っていたステッキで足下をトントンと二回小突いた。すると彼と龍瞳と魅月尾の足下に魔法陣が現れ出でた。
「っ…!」
「コレはっ?!」
「ご安心ください、ただ空間転移の魔法ですから」
 三人は一瞬にして魔法陣から発せられた光の中へ消え、次の瞬間には別の場所に立っていた。

 目の前にあるのは一軒の小さな小屋だった。森の中にあり、寂れていた。
「ここは…?」
「どうぞ中にお入りください」
 男はそう言うと、先に中に入った。
 二人も後から警戒しながら中に入ると、正面の暖炉の横に男は立っていた。
「次はこちらですよ」
 というと男は暖炉の中に入って煙のように消えた。
「…行くか?」
「…そうね。でも気を付けないと」
 二人もその後を追った。


 切り立った岩山の中腹当たりにその遺跡はあった。
 切り出した石を積み上げた柱と入り口は雰囲気を醸し出している。
「この中の一番奥に目的の物はあります。お願いできますか?」
「はい。大丈夫です」
「お気を付けて」
 二人は男に見送られながら、その口を開けて待つ蛇のような遺跡の中へ入っていった。

 中は暗く、しばらくは何も見えないような状態だった。
「明かりを点けるわ」
 魅月尾はそう言うと一つの狐火を焚いた。
 ぼんやりと回りが見えるようになった。人が二人並んで通れる広さの通路が延々と続いていた。二人はそのまま奥へと進んだ。

「龍瞳、そんな服持ってたんだ?」
「ああ。行く場所によっては、服装を選ぶ必要があるからな」
「ちょっと新鮮…」
「そうか?」

 通路は一本道で続き、分かれ道はなかった。そして大きな部屋にたどり着く。
「…部屋…だな。天井も高い………出口はあそこか…?」
 部屋の向こう側に出口らしきものがあった。そしてそれに向かって少し歩き出した時だった。

 ガコンッ

「………」
「………」
 二人して床のスイッチを踏んだようだった。すると後ろの扉が閉まって天井がどんどん迫ってくる。
「天井が…!」
「走れッ!」
 龍瞳は叫んで、二人は25メートルほど先の出口を目指した。

(もうちょっと…!)

 出口まであと5メートルと迫ったところで、扉が突然閉まり出口がなくなった。
「うそ、なんでッ?!」
「たぶん最初からこう言う仕掛けだッ…何か打開策が…!」
 二人は迫ってくる天井を見上げた。すると天井の中心に五重の円とそれぞればらばらの三カ所から線の出ている模様を見つけた。
「あれだッ!」
 龍瞳はその模様の下まで走り、魅月尾も続いた。そして手の届く高さまで降下してきたところでその模様に触った。
 あれこれ調べていると、それが左向きに回転することに気が付いた。
「もしかして…!」

 龍瞳は切れ切れの線と線がつながるようにそれを動かした。
 最後の線がつながるとガコッと言う音がして、その石板が抜けた。
 天井の中には階段が続いていた。

 二人は階段を上り、通路を進んだ。その当たりからやけに曲がり角が多くなったように感じた。
「あ…」
 行き止まりだ。二人は一つ前の別れ道に戻って別の方向へ歩いた。
「また別れ道か…」
「たぶん迷路になってるのね」
「やっかいだな…」

 二人は手当たり次第に道を進んだ。しかしどれも行き止まりで、一向に先に進めなかった。
「おかしいわよ、全部行き止まりなんて…」
「ああ、なにか仕掛けがあるんだ…」
「もう一度全部行ってみましょう?」
「そうだな。仕方ない…」
 二人はもう一度全ての行き止まりを当たってみることにした。
 だがやはり行き止まりは行き止まりだった。

「ここで最後よ…」
「………ダメだ、やっぱり行き止まりだ」
「そんな…きゃっ…!」
「どうした?」
「ごめん、蜘蛛の巣が絡まったみたい…」
 魅月尾は絡まった蜘蛛の巣を取り払って言った。
「はは…」
(蜘蛛の巣か…そういえばやたら多いな………あれ…?)
「魅月尾…」
「なに?」
「あそこ…」
 龍瞳の指さしたのは通路の天井と壁の間の角。
「あそこがどうかしたの?」
「蜘蛛の巣がない…」
「あ、ホントね………もしかして…」
「ああ…」
 二人はその蜘蛛の巣の張られていない壁に近寄って調べた。すると壁が開き次の通路が現れた。
「こう言うことか…」

 二人はそれから蜘蛛の巣に注意を向けて歩いた。すると蜘蛛の巣のない壁がまたあり、その次の通路へ。そして同じようにして迷路を解いていった。
 


 やがて通路は一本道に戻り、次の部屋が現れた。
「今度はどんな仕掛けだ?」
「出口は………ないみたいよ?」
「蜘蛛の巣も張ってない…さっきみたいな仕掛けじゃないな…」
 よく見ると部屋の奥には鏡があった。二人はやがてその前に立った。
「鏡…なんでこんな所に…?」

 龍瞳がそう言った次の瞬間、突如部屋に明かりが灯り、鏡の中の二人の虚像が勝手に瞬きをした。

「「ッ…!?」」

 そして鏡の中から手を出し、縁に手を掛けて這い出した。
「なッ…!」
 二人が唖然としてみていると、その鏡の二人はそれぞれに向けて攻撃を仕掛けた。
「うっ…!」
「きゃっ!」
 龍瞳は一旦腕で目の前の自分の蹴りを防ごうとしたが、一瞬触れた時に『折れる』と悟ったのか、受け流しながら後ろに跳び退いた。
 魅月尾は自分のパンチを慌てて避けた。

 龍瞳(虚)と魅月尾(虚)は構えを取った。魅月尾(虚)は変化を解き、狐火を点けて攻撃準備に入っている。

「…自分を倒せ…ってことみたいだ…」
「…やっかいね…だけど………面白そうじゃない?」
 二人も構えて戦闘態勢に入った。

 龍瞳は虚像二人に向けて呪札を投げた。
 すると魅月尾(虚)は狐火を札に当てて相殺した。しかし、その瞬間に煙幕が立ち視界は塞がれた。
 龍瞳は煙幕を突っ切って龍瞳(虚)に殴りかかった。
 龍瞳(虚)は見事な身のこなしでそれを躱わし、龍瞳の頭上を飛び越えて魅月尾に攻撃を仕掛けた。

「このっ…!」
 魅月尾は落下してくる龍瞳(虚)に向けて狐火を放った。

 狐火は見事に彼を捉えていた…だがその狐火は彼の体を歪めただけで効果はなく、通り抜けてしまった。

「!?」
 魅月尾は間一髪、ステップでその蹴りを免れた。彼女はその床を見て驚愕する。
 床の岩盤はひび割れて隆起し、その威力の高さを物語っていたからだ。

 魅月尾は身構え、龍瞳(虚)の攻撃を寸手で躱わしカウンターのパンチを腹部に当てた。
 しかしその腕を掴まれた魅月尾は一周振り回されて壁に向かって投げ飛ばされた。
「があッ―!」
 魅月尾は背面を強打し、その場に横たわった。


「魅月尾ッ!」
 駆け寄ろうとした龍瞳は狐火を察知し、避ける動作を兼ねて距離をとった。
「くっ…!」
 龍瞳の目線の先には、四本の尾を揺らめかせた魅月尾(虚)が立っていた。

 龍瞳も魅月尾(虚)と組み合った。
 龍瞳のパンチを魅月尾(虚)は受け流して攻撃に転じ、それを龍瞳が防いだ。
 つづけて繰り出す魅月尾(虚)の連続した正面突きを全て受け流して、龍瞳は両手で強く突き飛ばした。

 突き飛ばされた勢いを利用して大きく距離を取った魅月尾(虚)は狐火を連射した。
 龍瞳は宙返りしながら狐火を躱わして最後に大きく後ろに跳んだ。

 龍瞳は体勢を整えると直線的に接近し、狐火が放たれると右にステップしてそれを避けた。そして一気に跳躍して魅月尾(虚)に目掛けて蹴りを与えた。


 その蹴りは強さ、軌道、タイミング、どれをとっても欠点はないと言っても決して過言ではなかった。しかしその蹴りは魅月尾(虚)に当たることは

なくすり抜けた。

「なっ…!?」

 着地してすぐに振り返った龍瞳に魅月尾(虚)の掌底が迫る。
 龍瞳は咄嗟に膝を曲げ、軽い掌底を腹部に当てた。
 魅月尾(虚)は跳ねとばされるように後ろに退いた。好機とばかりに龍瞳は魅月尾に近づく龍瞳(虚)に向けて呪札を投げた。
 龍瞳(虚)はそれを察知して跳び避けると、魅月尾(虚)の近くに着地した。

 龍瞳も魅月尾に駆け寄り、再び対峙した。
「平気かっ?!」
「ええ…平気よ……あたたた」
 魅月尾はよろめきながら立ち上がった。
「さすがは鏡から出てきただけのことはある…身体能力は僕らと全く一緒らしい…」
「ええ、それにこっちの攻撃がすり抜けてあたらない…」

「…いや、そうじゃない」
「え?」
「当たらないのは『決定打』…つまりそれで相手を戦闘不能にし得る威力を持った攻撃だ…」
「ほんとに?」
「ああ…証拠にさっきの魅月尾のニセモノに出した平手や他の攻撃はちゃんと当たった…それらは到底『トドメ』にはならないものだ」
「…でも結局それじゃ倒せないわ…」
「だから、何か方法が― くッ…!」

 二人は龍瞳(虚)の攻撃を躱わし、左右へ跳んだ。すると龍瞳(虚)はその二人へ向けて呪札を飛ばした。
「くあぁッ…!」
「きゃあぁッ…!」

 二人は札をくらって、動きを封じられた。
 そしてそれぞれに龍瞳(虚)と魅月尾(虚)からの跳び蹴りが牙を剥く。
 龍瞳は無理矢理その呪を破り、身を転がしてそれを避けて魅月尾(虚)に体当たりをして魅月尾を援護した。
 魅月尾の呪札を取り去り、二人は何とか立ち上がった。

「…うっ… 無理矢理破ったから負担が…」
「もう、無茶するから…」
「平気だ…それよりあいつらを…」
「………」
 魅月尾は二人を凝視しているようた。
「ねぇ、龍瞳…ちょっと思いついたことがあるの、協力してもらえる?」
「ああ、どうすればいい?」

 龍瞳は話を聞き終わると魅月尾の前に仁王立ちした。
「じゃあ頼むぞ!」
「任せてっ」
 龍瞳は二人のニセモノに向かって一直線に突っ込んだ。
 魅月尾(虚)が狐火を放ったが、それを魅月尾が同じく狐火で相殺した。
 そしてニセモノの目前まで来た時に龍瞳は魅月尾に合図した。
「今だッ!」
 龍瞳が踏み切るとほぼ同時に魅月尾がニセモノ二人の顔の前で狐火を発火した。
 ニセモノ二人は目を眩ませ隙を作り、その頭上を龍瞳が飛び越えて着地した。そして彼の前にはある物があった、それは…

   ―鏡。

 龍瞳はその鏡に向かって肘打ちを放ってたたき割った。キラキラと破片が飛び散り、床に落ちてさらに細かく砕けた。
 そして偽物の二人にもヒビが入り、砕け散った。

「…当たりだったみたいだ」
「やっぱり魔術の一種よ…本で読んだことがあるわ」
「よし、行こう…」
「ええ」
 鏡の奥には通路があり、まだ奥へと続いていた。
 二人はその部屋を後にし、辺りはまた狐火で淡く照らされた。

    ◇

 二人は幾つかの部屋を抜け、仕掛けをくぐり抜けた。
 遺跡に入ってから一時間が経とうとしていた。

「かなり奥まで来たな…?」
 龍瞳が辺りを見ながら言った。
 後ろはずっと暗闇で、まるで外につながっているとは思えなかった。
「そうね…もうそろそろ目当てのものがあってもいい頃だけど…」
 二人は扉を目の前にして立ち止まった。
 龍瞳と魅月尾は扉に手を掛け、左右に引いた。龍瞳は割と早く開けることができ、重そうにしていた魅月尾を手伝った。
「ごめん、ありがとう」
 二人は扉をくぐって中に入った。そして5、6歩進んだ時だった。後ろの扉が激しく閉じた。
 次の瞬間左右の石柱がぐらついているのに気づいた。
「ッ…! 走れッ!」
 龍瞳が叫んで二人は走り出した。
 後ろから石柱が迫ってきている、そして二人は前の石の扉が下りてきて閉じつつあることに気づいた。

 扉は三層あり、一つ目の扉は余裕を持って通過できた。そして次の扉までは優に50メートルはあり、二つ目の扉をくぐったときには二人は少し屈まなければならない高さだった。
 そしてまた50メートル先に最後の扉がある。
 二人は全速力で走った。
 扉が閉まるまであと50センチ、扉まであと20メートルまで迫った。

 二人は意を決して前へ飛び込んだ。床の上を滑り、40センチあるかないかの隙間をくぐり抜けた。
「…はぁ、…はぁ、ギリギリだったな…」
「ええ…」
 二人は安堵しつつ立ち上がり、砂を払った。そして前を振り返ると、その通路の奥には部屋があった。
 その通路を進み、部屋に入った二人は部屋の中心の台座に置かれた水晶玉を見つけた。

「これか…?」
 水晶玉は黒い煙とも霧ともつかないものを中に含んでいた。その水晶玉は金属のケースに入っており、そのケースには文字が彫られている。
「多分そうね…。でも、どんな魔道具なのかしら…こんな魔道具、見たことも聞いたこともないわ…」
「これを渡した時に聞けばいいよ。
 …でもどうやって戻ろう…通路は塞がってるし、他に出口があるとは…」
 龍瞳が辺りを見回した、その時だった。
「ッ―!」
 魅月尾はバッと今来た通路を振り返って、身構えた。
「ッ…どうした?」
「何か来るっ…!」
「数は?」
「一よ、だけど…」

(…なに…この感じ… 魔力はあるけど人でも…魔物でもない………)

 ズガァァアン―

「「ッ!?」」
 二人は突如発生した音に驚いた。
「なんだ…今の音…!」
「…たぶん…ここに迫ってる何かが、あの石の扉を破壊したのよ…」
「何だって…? 新手の兵器か?!」
「分からない…」
 龍瞳は水晶を抱え、二人は部屋の入り口の両側の壁を盾にした。

 破壊音が再び起こり、近づいているのを再認識した。
 そして次の破壊音が立ち、最後の石の扉が破壊される。と、二人が予想したタイミングになっても、破壊音は立たず、石の扉もそのままだった。
「………」
「………」
 二人はそのまま壁に張り付き動かなかった。そして…

  ドゴォォオォンッ―

 扉が破壊され、二人の間を凄まじい速さで通り抜けた何かが部屋の奥の壁に激突した。
「なッ……?!」
「破片っ…!」
 二人はそれが破壊された扉の大きな破片だと分かり、もう一度破壊された扉の方を向いた。
「な、なんだあれ…!?」
 龍瞳は思わずそう零した。

 その視線の先に立っていたのは人の形をした、人でも魔物でもないものだった。



 茶褐色の陶器とも金属ともつかない体と四肢をもち、頭部と思しき箇所には赤く光る四つの穴。
 確かにその風貌たるや驚嘆に値するものだろう。しかしさらに驚くべきなのはそのスペックである。
 厚さが20センチもある石板を叩き割ったにもかかわらず、その体には傷一つなく、そしてそれを可能にするだけのパワーを有している。

 奴は次の瞬間二人の方を向き、とんでもない速さで迫り、その構えた拳を突き出した。
「ぉわッ…!」
 龍瞳は慌てて右側へ転がり、その攻撃を躱わした。そして砕けた壁を見て、一撃食らえばただでは済まないことを認識した。
 魅月尾は後ろへ跳び上がり、着地と同時に狐火を発射した。
 狐火はすべて奴に命中したが、全く効いている様子はなかった。
「魅月尾っ、避けろッ!」
 奴は正面突きの予備動作を見せた。しかし、それを止められるかといえば難しかった。
 矢の如く迫った拳を魅月尾は間一髪で避けた。奴の腕は壁にめり込んでいて、威力の高さを物語った。

(くッ…大雅丸さえあれば…)

 龍瞳は意を決して対戦を挑んだ。正面きって突っ込み、奴が構えた瞬間にステップで側面に回り込み、脇腹に掌底をたたき込んだ。
「うぅっ…!」
 奴は吹き飛び台座を破壊して倒れたが、龍瞳の手、腕にも鈍い痛みが走った。それだけ奴の装甲が硬いということだった。

 奴は台座の瓦礫を零しながら起きあがり、また攻撃の構えに入った。龍瞳は間髪入れずに間合いを詰め、奴のパンチの威力が十分でない内に拳を受け止め、攻撃を阻止した。
 頭部を掌底で張り飛ばし、奴は後ろへ倒れた。そしてまた鈍い痛みが駆け抜ける。
 だが奴はまったくダメージを負った気配すらなく、再び起きあがると跳び上がって跳び蹴りを繰り出しながら落下してきた。
「てぇっ…!」
 龍瞳は左へ飛んで蹴りを躱わした。

「くそっ…」
(弱点はどこだ…?!)
 このまま続けても不利になるのは明々白々だ。弱点を探そうとするが、どうにも見つからない。

「お二人とも、こちらですっ!」

 通路の向こうから誰かが呼んだ。
「あなたはっ!」
 そこにいたのは依頼した男だった。彼はこちらに向かって走ってくる。
 二人は通路に入って彼に向かって走り出し、その後ろから奴も追ってきた。
 二人は男を飛び越え、彼の後ろに着地した。
「はぁッ!」
 男は腰のレイピアを抜きながら奴の後ろに回り、首と頭部の隙間を一突きした。

 奴は腕をだらんと垂らし、その場に倒れた。それを見て二人は安堵して胸をなで下ろした。
「助かりました、ありがとうございます…」
「いえ、どうやらお願いしたものもちゃんとあるようですね。それにこの遺跡を攻略してしまわれた。さすがです」
 男は魅月尾が抱えた水晶玉を見てそう言った。
「あれは一体何なんです?遺跡のものではないでしょう…それにこれも…」
 魅月尾は手に抱えた水晶玉を見て言った。
「わかりました、お話しします。ではまずここを出ましょうか」
 そう言って持っていたステッキで床をトントンとつついた。

 光が消え、目を開けるとそこは洞窟の中らしかった。
「…ここは…?」
「私ども夫婦の住まいですよ。事情があってあまり人目に触れるわけには行かないので…」

「あなた達が噂のふたりね?」

「やぁ、アマンダ。今帰ったよ」
 奥から姿を現したのは、黒髪の美しい女性だった。

「頼んだものは…ちゃんとあるわね」

「………」
「………」
 龍瞳と魅月尾は彼女、アマンダの顔を見つめていた。
「どうしたの?」

「あ、いえ…魔物だと伺っていたので…」
 魅月尾はそう言って不思議そうな顔をした。
「うふふ…あなたと同じよ、化けているの。お互い解いてみます?」

「あ、はい…」

 アマンダの髪がふわりと舞い、やがて光に包まれた。そして彼女の姿は蛇の下半身を持ち、高位の魔力を放つ魔物と変わった。
「あなたは…」
「ええ、『エキドナ』よ」
 魅月尾も髪を靡かせ、光に包まれた。そして妖狐の姿へと戻った。
「妖孤…です」
「きれいな毛並みね…本当に…」
 アマンダはそう言って嬉しそうな顔をしていた。龍瞳は、彼女が姿を明かしてもその顔を見つめていた。
 なぜなら彼の顔を見つめるわけは魅月尾とは異なった理由があったのだ。

(似ている…魅月尾に)
 龍瞳はアマンダという目の前のエキドナの顔に魅月尾の面影を感じ取っていた。
「魅月尾さん…唐突だけど、あなたは一人暮らし?」
 アマンダは言うとおり唐突に訊ねた。
「え? はい…そう、ですけど…」
「そう…いつから?」
「いつ…から…?」
 魅月尾は困惑した。いつからなのか、分からない。気がついた時にはそこにいた。
「たぶん…12年前から、だと思うわ」
「あら?ずいぶんあやふやなのね?」
「…今まで考えたこともなかった。気がついたらあの家に居て、それからずっと一人で…それが日常だった…」
「そう………あなたが居ると言うことは、必ずあなたの親もいるわ。その親をあなたはどう思う?」
 魅月尾は顔を上げた。なぜ彼女がそれを訊くのかは分からなかったが、答えるべきだと思った。

「…分かりません。もしかしたら…状況から考えれば私は………捨てられたのかも知れません。
 何か理由があったのかも知れないし、ただ邪魔だったのかも…でも、会ってみたいとは思います…」

 魅月尾はそう答えを返した。
 アマンダと夫は静かにそれを聞いていた、もちろん初耳だった龍瞳も。
「ん…?」
 と、龍瞳はおかしな点に気づいた。
「あの…」
「はい?」
 龍瞳は男に質問を投げかけた。
「あなたは僕らと分かれてからここに戻りられましたか?」
「いいえ、帰っていません」
「ねぇ龍瞳、何か気になるの?」
 魅月尾は不思議そうな顔をした。
「アマンダさん…」
「何かしら?」
「あなた、どうして魅月尾の名前を知っていたんですか?」
「え?」
「彼はここに戻っていない。それに誰かに聞いたというのも、彼女の名前を出していないのだからおかしい話だ…なのに、なぜ初対面のあなたが彼女の名前を知っているんですか?」
 魅月尾はハッとした。
「…どういう事ですか?」

「……あなたの名前を付けたのは…私たちよ」
「えっ…!?」


「魅月尾、あなたを生んだのは私よ…」


11/01/23 19:56更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
クライマックスの入り口あたりです。

ただあともう数話を予定しています。
今度は挿絵を入れてみました。

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