読切小説
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ルージュ街 天文台の賢者
 師匠と出会ったのは、魔法学校の裏庭で星を見ていたときだ。星占術を専攻していた僕はいつもそうやって自主練習を繰り返していた。出来は良い方だったと思う。だがそのときは心中に抱えた悩みのせいか、どうにも星から読み取る未来に不安があった。
 ふと見上げた視線を下ろしたとき、同じように空を見上げる女性に気づいた。僕より少し年上の、外套姿の女性だ。ふんわりとした鳶色の髪が特徴的で、羽織っている緑の外套は学校のものではなかった。

「許可は取っているよ」

 部外者は立ち入り禁止だと声をかけようとしたら、先にそう言われた。星の見方を見れば星占術師であることはすぐに分かる。教員に何らかの伝手があるのだろうと、そのときは思った。

「君はここの学生だね?」
「はい。天文魔道、主に星占術を学んでいます」

 答えた直後、胸が大きく高鳴った。整った顔立ちだとは思っていた。しかし彼女が星空から視線を下ろし、じっと僕を見据えた瞬間、その瞳の輝きに射竦められた。金色の大きな瞳には強い、美しい光が宿り、夜空の下でもはっきりと分かる美しさを持っていたのである。

「こういう静かな場所の方が集中できる。街の中は騒がしい」
「……祭典の準備で盛り上がっていますからね」

 穏やかな声と同時に微笑みかけられ、当たり障りのない答えを返す。元々女性とあまり関わらなかった僕はかなら緊張していたと思う。それだけ彼女の瞳は美しく、そして妖しい光を秘めていたのだ。

「大聖者祭か。ここの生徒からも職員を募っているそうだね」
「ええ、僕も……志願しています」
「ほう。どのような役割を与えられているのかな?」

 その質問に思わず言い淀んだ。百年ぶりに開催される予定だった、レスカティエ大聖者祭。古代の殉教者たちを讃える盛大な祭典で、あのときはノースクリム司祭が中心になって企画されていた。今思えば単なる権力誇示に他ならないし、職員に学生を動員してコストを少しでも減らそうという意図も明らかだった。当時もそのことには薄々気づいていたが、それでも僕は志願し……割り振られた仕事には愕然としたのだ。

「……会場の警備員です」
「あまり星読みのやる仕事ではないね」

 尊大な口調で率直に評され、何とも言えない気持ちになった。学校の成績は優秀だったが、教団の上層部は実力よりも家柄で生徒を見る傾向がある。少なくとも当時のレスカティエ教国はそうだった。貴族出身の学生は多少出来が悪くても重要な仕事を任されていたのに、首席だった僕に回ってきたのは木っ端役人のような仕事。星占術は全く関係無いし、その上危険手当は無しだ。

「でも必要な仕事ですから。植民地の兵士や少数民族が結託して、祭典を襲撃するという噂もありますし……」
「それは祭典の資金を得るため、植民地で大幅に増税したことが原因ではないかな?」

 平然とした彼女の口調に、再び言葉が詰まる。誰もが心の中では思っていても、口に出せなかったことだ。当時のレスカティエで、下手をすれば王族並みの権力を持っていたノースクリム司祭への批判など、即刻粛清の対象となりかねない。僕が当時漠然と感じていた息苦しさの、一つの原因だ。
 しかも、彼女の言葉はそれで終わらなかった。

「ならそもそも大金のかかる祭りなど行わなければ襲撃を心配することもなかったはずだ。君は今回の大聖者祭、どのような意義があると思って志願したのかな?」
「……教師に説得されたんです。この祭典が行われるのは百年ぶりだし、それに関わるのは恐らく一生に一度の経験だから……と」

 そう言った途端、彼女は笑った。親しみによる笑顔ではなく、侮蔑的に鼻で笑ったのだ。

「鳥の羽毛よりもフワフワした理由だね。そんな言葉で人を動かそうとする者、動かされる者、私はどちらも軽蔑するよ」

 毒を孕んだ批判が、桃色の唇から突如飛び出した。

「私は先日、骨董屋でティーポットを見つけてね。二百年前の名匠・ライアーゼンの作った品だ。手に入れる機会はもう二度と無いと思ったから、有り金を叩いて買った。おかげで野宿をする羽目になったが、後悔はしていない」
「……それが祭典の話と、何の関係があるんですか?」
「君が私の立場だったら、ポットを買ったかな?」

 買わない。僕に骨董の趣味はないし、紅茶にもそれほど拘っていない。だから例え一生に一度の機会でも、宿代を犠牲にするほどの大金は出さないだろう。

「様々な経験をするのは大事だが、それに伴うリスクや不満を無視してはならない。その上でやる価値があるかは個人が判断することだ。『一生に一度の経験』だからと言って、それが大切かどうかという考えを他人に押し付けるべきではないし、押し付けられて流されるべきではない」

 彼女の言葉は僕に深々と突き刺さった。それまで教団の方針に不満を抱くことはあっても、それを声に出して言ったり、行動で示すことは許されなかった。というより、僕にその勇気がなかったからか。これではいけない、と思いながらもただ大人たちの言うことに流されるままだったのだ。

「それにね。一生に一度の経験なんてどこにでも転がっているのだよ。『一期一会』というやつだ」
「イチゴ……イチエ?」
「ジパングの言葉だ。大きな事柄でなくても、『その時』はその時にしかない大事な瞬間だと説いている。今こうして君と話している瞬間だってそうさ」

 異教徒の哲学を持ち出され、いよいよ彼女が主神教団からすれば異端であることを確信した。だがその時にはまだ、彼女が人間ではないという発想には至らなかった。
 ただその見識は、教団の魔法使いや僧侶、学校の教師が語るものよりずっと魅力的だった。未来を見通し、運命を予期し、必要があればそれを変える……だが当時の僕は、不本意な現状を変えることを知らなかったのだ。

「君も未来を見通す星読みなら、まず『今』をしっかりと見直すべきだぞ」















 ……昔の記憶を脳内の本棚へしまい込み、ふと息をつく。教団の魔法学校を中退になったこの僕が、今では魔物の街で官職を得て暮らしている。数奇な運命、と言えなくはないが、この街の住民の多くはそうした訳ありの者たちだ。

 いろいろと回顧している間に、夜食の準備はほぼ完了した。薄くスライスした生ハムを幾重にも重ね、レタスと一緒にパンに挟む。もう一種類、ブルーチーズにラズベリーのジャムを組み合わせたサンドイッチも作り、紅茶もエスクーレ製の高級茶器に入れてちゃんと用意してある。翼の意匠が象嵌された、師匠お気に入りの品だ。

 ルージュ・シティ南地区は市営農場の土地を除けば、多くの動物が済む森から成り立っている。この森に済むなら市民権は不要なため、獣人や昆虫型、植物型の魔物も多く居住している。もちろん森を荒らす者には相応の制裁が下されるし、道具を使った猟には森林管理局の認可が必要だが。
 その森の中から空へ向かって突き出ている塔が、僕の働くこの天文台。ルージュ・シティ天文局の拠点だ。街にある他の建物と同様、建設局のジャイアントアントたちによって建てられたのだが、設計したのは師匠だ。

 地下室には大型のマナ・ケージがあり、貯蔵された魔力で塔内各部のからくりを作動させている。それによってキッチンではすぐにお湯が沸かせるし、頂上に展開できる雨避けの結界、雲を透視して星を観る仕組みなど、全てが地下室の魔力によって作動するのだ。

 地上から遠く離れた屋上へ夜食を運ぶのにも、階段を一段一段登る必要はない。空洞となった塔の中心部へ行けば、魔力で作動するリフトによってあっという間に屋上へ上がれる。重量物を運び上げる際には外壁に据えられた大型リフトを使う。ここよりもっと大きな天文台はあるだろうが、これだけ洗練された設備を備えている物は早々無いはずだ。

 魔力で鎖が巻き上げられ、僕を乗せたリフトが上昇していく。激しく重力に逆らう動きをすると耳が痛くなる人もいるが、僕は平気だ。

 屋上に到達したとき、見渡す限り満天の星空が広がっていた。今日は快晴だ。中央に置かれた星図には魔力による赤いマーカーが走っている。今夜流れた流星の記録だ。
 僕の師匠は望遠鏡の側にいた。人間三人分ほどの長さを持つこの望遠鏡も魔力を使う品で、師匠はカートリッジ式のマナ・ケージを交換しているところだった。ハーピー種の手にも小さな爪があり、こうした作業もある程度はこなせる。種族の特徴として羽毛が大変にボリューミーなため、遠目に見るとふわふわした塊が動いているように見えるだろう。

「マスター・フィランテア。夜食をお持ちしました」

 髪の上の突起……羽角をピクリと動かし、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。金色の瞳が闇の中に光の尾を引く。
 次の瞬間には翼を広げたかと思うと、音もなく風を切った。巻き起こった空気の流れを感じた直後、彼女は間近に迫っていた。大人びた顔で、子供のように目を輝かせながら。さらに服の上からでも分かる大きな胸が、上下にたゆんと揺れた。

「ありがとう、アプレンティス。丁度小腹が空いてイライラしてきた頃合いだった」

 端正な顔に柔らかな笑みを浮かべ、師匠は生ハムのサンドイッチを一つ摘んだ。

「もう弟子入りして何年も経ちますから。マスターの習性は把握しています」

 テーブルにお盆を置き、お茶を入れる。彼女は多くの同族と同じく温厚だが、空腹で機嫌が悪くなるのだ。お茶の質にもこだわるので、僕はいつも良い茶葉を探している。

 ルージュ・シティ天文局局長、フィランテア。単なる学者というだけではなく、卓越した知識を持つ偉大な魔道士でもある。オウルメイジ出身の彼女はその知識と知恵を生かして『星読み』を行ない、未来を見通すことで街の執政官たちを助けている。
 僕は心から彼女を尊敬しているが、満面の笑みでサンドイッチを頬張るその姿からは『威厳』ではなく『可愛らしさ』を感じてしまう。もこもことした羽毛が余計にそれを引き立てていた。とはいえフクロウの特徴を持つだけあって、足の鉤爪は大きく、獲物を掴んで離さない筋力もある。

 それだけでなく、側にいるだけで鼓動が早くなるような魅力が彼女にはあった。普通のハーピーより羽毛の量が多いせいで、首から下はほとんど異形の姿に見える。それだけに大きな胸が引き立つし、黒いストッキングを履いた太ももにも思わず目を惹かれてしまうのだ。彼女の方もそれに気づいており、よくからかってくる。

「ふむ、口の中でしっとりと蕩ける食感。絶妙な塩加減。今日の生ハムは一段と美味だ」
「丁度リートゥス兄弟が良いのをくれたので。お茶もクオリティシーズンのポロヴィアン・ゴールデンです」
「おお、それは嬉しい」

 師匠は翼になった腕を広げ、そっと僕の肩を抱いた。妖しい光を放つ瞳が間近に来る。

「やはり君でないとな」

 背中に柔らかい物が当たった。何度味わってもこうした悪戯には慣れない。いい加減に免疫ができても良い頃だとは思うが、胸が高鳴るのを止められない。彼女はいつもそんな僕の青臭い反応を面白がり、微笑みを浮かべる。今日はもう職員が残っていないため、悪戯がよりあからさまになるだろうと予測はしていた。

「マスター、カップが冷めないうちに……」
「ああ。いただくとも」

 ぽふっ、と音を立てて椅子に座る師匠。金色の瞳はずっと、紅茶を注ぐ僕の手つきをじっと観察している。同じ様に黄金色のお茶がカップを満たし、まろやかな香りと湯気が立ち上る。最初にカップを温めておくことが美味しいお茶を淹れるコツだ。
 師匠は紅茶を一口すすり、ふっと息を吐く。食べ物と違い、紅茶についてはいちいち評をしない。ただどことなく満足げな仕草をするだけだ。

「今夜の星は平穏ですね」
「そうだね。二首鯨座に流星が三つも流れたから、港の方はしばらく繁盛する。吉兆だ」

 星図をちらりと見やり、師匠はサンドイッチを口に運んだ。ブルーチーズとラズベリー、塩味と甘味・酸味の組み合わせも彼女の好みだ。思えば最初に褒められたのは魔法や天文学のことではなく、料理とお茶の淹れ方だった気がする。

「『鉄の鳥』が現れる予兆はありませんか」
「無い。だが次こそは予測できるだろう。二人で研究した成果だ、ルージュ卿も君の功績を評価している」
「恐れ入ります」
「でも忘れてはならない。『未来』は此処には無く、確実に存在するのは『今』だけだからね」

 僕は彼女に一礼した。学生時代も星占術を専攻していたが、マスター・フィランテアの教えは教団の魔法学校と大きく異なる。教団が凶星と見做している星が魔物にとってはそうでない、というような話だけでなく、星読みや占い、未来や運命への考え方自体が違ったのだ。

 だから最初に言いつけられたことは「今までの自分を手放しなさい」だった。彼女が普段僕を本名で呼ばず、単にアプレンティス(弟子)と呼ぶのもそのためだ。もっとも本名で呼ばないで欲しいと頼んだのは僕の方だ。僕の名前は古代レスカティエの聖者(ノースクリム家の先祖だ)の名をそのまま付けられたもので、周囲から散々からかわれてきた。

「まだ此処に無い未来を恐れるな。まずは受け入れよ……そう教わりました」
「そうさ。教団は運命も意思と信仰の力で変えられると信じている。でも悪い未来を恐れて、それを避けるべく行動すると、逆に最悪の結末を引き寄せてしまうことが多い。恐怖に駆られて下す決断は大抵間違っているからね」

 師匠は再び紅茶を飲み、ちらりと空を見た。今日は新月で、ドッペルゲンガーたちが必死で隠れ場所を探す夜だ。天文魔術においても月は重要な存在であり、このような夜には得られる魔力が少なくなる。だが逆に、月以外の天体の魔力はより鋭敏に察知することができる。

「また月は出るし、陽も昇る。未来への恐れを手放し、今を正しく認識しなくては星の声も聞こえない」

 月の出、日の出の例えは『希望』を意味するのと同時に、『無理に運命を変えようとするな』という戒めでもある。だが彼女は運命が人々を常に支配するとは考えていない。
 カップを置き、視線を僕へと向ける。オウルメイジの瞳は『魔眼』と呼ばれる力が宿っており、人を引き寄せる。僕などは弟子入りしたばかりの頃に何度もその力を味わったため、見つめ合うだけで胸が高鳴ってしまう。

「教団の魔法学校を退学し、私と共に来ると決めたとき、君は直感のうちにそれをやっていた……ということだね。現状を不満に思うこともまた運命だから。君の星が『そんな所に居て良いのか?』と問いかけたんだ」

 その通りだ。人間になりすまして教団領へ潜り込んでいた彼女と出会い、その見識の高さに感じ入った。ちょうど実力よりも家柄で生徒を評価する学校の姿勢と、その閉塞感に反感を抱いていたこともあり、彼女についていく道を選んだのだ。それ以来、僕の人生は急変した。

 だが師匠は何故今になって、その話をするのだろう。

「……マスター・フィランテア。何か大事なお話があるのでは?」

 思い切って尋ねると、彼女はくすっと笑った。空になったカップを置き、「やっぱり分かるか」と呟く。他の職員たちを早退させたのも、恐らくそのためなのだろう。最初は明日からの休暇に関係するものかと思っていたが。

「……明日からしばらく、私と君は長期休暇に入る。二人で楽しい時間を過ごせると思うが、その前に……」

 師匠は不意に、服の胸元のボタンを外した。濃紺のその服は学者らしい威厳のあるデザインだが、ハーピー種に合うようノースリーブになっている。ボタンを三つほど外して胸元をはだけると、汗ばんだ『谷間』が露わになった。
 柔らかく白いその膨らみ。思わず手を入れたくなる衝動を抑えていると、師匠はクスクスと笑い声を漏らしていた。

 だが今回はからかっているだけではないらしい。翼手についた爪を谷間に入れ、中から小さなものを掴み取った。

「我がアプレンティス。君の修行を終わらせる時が来た」

 先ほどまでとは別の意味で、僕の心臓が跳ねた。修行の完了、つまり一人前の星占術師、そして天文魔道士として認められるということだ。それだけではない、無事に最後の試練を乗り越えれば、今まで以上に素晴らしい知識と力を与えられる。そして僕と彼女も、単なる師弟という関係ではなくなるだろう。

 最後の試練が何なのかは分からない。だが師匠が胸の谷間から出した物が何なのかは分かった。親指ほどの大きさの、精巧に彫られたフクロウの木像。小さいながらも羽毛までしっかりと彫り込まれ、目には虎目石らしき宝石が埋め込まれている。作るのには大分手間がかかっているだろうが、これは単なる美術品ではない。

 『叡智の像』……魔力によって自分の知識を封入し、他者へ伝えることのできる、古代からある魔道具。単なる記録を伝えることもできるし、伝えられる側に素質があれば魔法の術式さえこの像を介して習得できる。
 師匠はこうした叡智の像を多数持っている。自分の研究成果を封じ込めた物、彼女の先祖が天文魔法を相伝させるために作った物、古代の遺跡で見つけた像から知識を写した物もある。僕はそうした像を介して師匠から知識を受け継いできたが、最初は像に近くことさえ許されなかった。

「叡智の像について最初に教えたことは?」
「はい。『これを火と思え』と」

 よく覚えている。数多くの魅惑の知識や技術の詰まった像を前にして、入門当初の僕は興奮していた。教団側では知られていない秘術や真実が、すぐ手の届く所にあったのだから。
 しかしすぐに手にすることはできなかった。彼女は僕にこう言って戒めたのだ。

 『知識の火を君へ燃え移らせることは簡単だ。だがそれを操る知恵がなくては、火は風に吹かれて消えるか、君に火傷を負わせるかだ』

 知識と知恵は別のものである……師匠が教えてくれた大事なことだ。僕が彼女の元で修行を続けていくうちに、少しずつそれらの像へ触れ、刻まれた知識を得ることを許された。そのうちにはっきりと、受け継いだ火が明るく燃えているのが自覚できた。火は消えることなく徐々に明るさを増し、僕を導く灯火となっている。

「君が残りの火を手にできることを、今夜証明してもらわなくてはならない。この像を開錠して中の知識を得れば、私の指導は終わりだ」

 小さな像が目の前に置かれた。金色の瞳は師匠のそれによく似ている。像を『開錠』するというのはつまり、封じられた知識を何らかの呪文や儀式によって解放できる、という意味だ。重要な情報を相応しくない者が手にしないよう、こうした魔法のロックをかけるのはよくあることだ。単純に強い魔力を持つ者や、特定の血筋の者のみが開錠できる像もある。
 この小さな像にかけられた錠はおそらく、『儀式』と『力』によって開く。

「さあ、我がアプレンティスよ。君が一人前だということを証明してみたまえ。そうすれば天文魔法の秘術のみならず、現在判明しているこの世界の真実さえ知る権利も得られる。そして私たち魔物の思い描く、理想の未来が見えるはずだ。そして、我々の関係も……」

 師匠は思わせぶりな笑みを浮かべた。意味は分かっている。僕とフィランテアは単なる師弟関係を超えた仲……正確にはそうなりかけている仲だ。明日から二人で長期休暇を取るのもそのためである。
 僕が今ここで修行を終えることができれば、晴れてその関係に……

「ご期待に応えます」

 恐ることなく、叡智の像を手に取った。大抵は石像だが、この小さな像は木像である。しかし木自体の魔力が強く滲み出ているあたり、ドリアードの宿る木の枝を使ったのだろう。目に使われている素材はやはり虎目石だ。
 しかし気になるのはこの小ささだった。記録できる情報量は像の大きさに比例するのだ。魔法技術の発達によって小型化が進んでいるとはいえ、こんな親指ほどの大きさの像に込められる情報はさすがに限られるだろう。

 封じられている知識とは一体、どのような物なのか。

 尋ねても教えてはくれない。確かめる方法は一つしかない。
 卓上にある道具入れを開け、天文魔道に使うガラス玉を取り出した。大きさは様々だが、小さい物を三つ、大きい物を四つ選び出す。体の中から魔力を呼び起こし、掌へと集中させた。
 ガラス玉にルーンが浮き上がり、手の中からこぼれ落ちて床を転がる。乾いた音を立てながら、床の星図へと導かれ、定められた位置でピタリと止まった。青虎座を構成する星々の位置だ。大きいガラス玉は一等星や零等星、小さい物はそれより暗い星々。
 一個だけ欠けているのは後は虎の目にあたる位置だ。ここに叡智の像を置く。

 像の瞳がぼんやりと光った。これで開錠の準備は完了した。後は魔力で負荷をかければロックは外れる。僕の魔力が必要量に達していれば、だが。
 しかし別の疑問が、ふと心に浮かんだ。あまりにも単純過ぎないだろうか。星図の所定の位置に置くことで発動する魔道具は今まで何度も見た。この像の場合は青虎座の目の位置に置けば良いわけだが、像の目が虎目石という時点でヒントが大きすぎる。これが本当に最後の試練なのか?

「どうした? アプレンティス」

 師匠の声を聞き、意を決して再び魔力を集中させた。掌から流れ出た力で像を包み、ゆっくりと圧し潰すように負荷をかけていく。
 最初は緩めに、次第に強く。そうすればやがてロックが解けるはず……。

「……ッ!?」

 突如、眩い光が視界を覆った。思わず目を瞑り、手で顔を庇う。

 開錠に成功したのか? それにしては早すぎる。
 何らかの魔力の暴走か? 師匠に限って像の術式を間違えたとは思えない。

 いくつかの可能性が脳内を駆け巡った。だが目を射す光はすぐに弱まっていった。

 何が起きているのか。視覚より先に聴力が情報を得た。あたり一面に苦悶の唸りが満ちたのだ。何が起きているのか、不安が心を過ぎる。
 次第に目を開けられるようになり……そして、周囲の光景に息を飲んだ。


 僕は草原に立っていた。いや、正確には牧草地とでも言えばいいのか。星空の下で草が揺れ、その中に多数の杭が等間隔で打ち込まれていた。唸り声は杭に鎖で繋がれた生き物が発するもので、その苦悶が一帯に満ちている。
 それが牛や豚ならまだ驚かなかっただろう。四つん這いになったそれらの生き物は皆、膝の裏に楔を打ち込まれていた。二本足で立てないように。

「これが未来だ」

 背後から重苦しい声が響いた。繋がれた人間たちの苦悶の呻きが四方を包む。ただひたすら虚ろな目で虚空を見つめる彼らを、もはや人間と呼んで良いのか分からない。

「人魔共栄の大義も、最終的に人類を我らの家畜とする布石に過ぎない」

 人間を足蹴にしながら、魔物がゆっくりと僕の前へ回る。金色の瞳が僕を見据えた。

「人間が自由である限り、秩序は訪れない。現に教団は魔物を人類共通の敵と謳いながらも、異教徒や少数民族と小競り合いを続けている」

 鉤爪のついた足が、近くでひれ伏す少女の頭を踏みつける。苦痛の声が聞こえるのみで、少女は何の感情も示さなかった。ただひたすら、絶望で塗りつぶされていたのだ。

「そのような種族の自由など、無秩序と同義。人類は我らに管理された家畜としてのみ、存続が許される。……だが、君は別だ」

 魔物は微笑みを浮かべる。慈悲深く美しい、今まで何度も見たその笑みを僕へ向ける。

「君が家畜どもと同列でいる必要はない。私たちと同じ位置に立つ権利が君にはあるのだ、我がアプレンティス」

 翼手が差し出される。何度も見てきた、美しい翼が。

「共に祝福しよう。この来るべき未来を」



 ……僕にはいくつかの選択肢があった。

 本業が星占術師と言えど、戦闘魔法の心得もいくらかはある。それを目の前の邪悪な魔物に叩きつけることもできる。全魔力を注げば、彼女の翼を降り、羽を焼き払い、肉を八つ裂きにすることも不可能ではないというより、それが一番簡単な選択だ。
 そう、感情任せの行動が一番楽なのだ。

 しかし。今の僕ならはっきりと言い切れる。


「これは非現実です。ただの恐怖妄想です」

 これは僕がまだ彼女たちを、魔物を信じきれていなかった頃……心の底で抱いていた恐怖なのだと。

「この未来は存在しない。幻です」

 次の瞬間、彼女の鉤爪が閃いた。鋼より硬く鋭い爪が僕の胸に食い込み、肉を切り裂き、抉り取る。

 だが痛みはない。存在しないのだから。

「恐怖は無いのか?」

 血走った瞳が間近に迫る。僕の答えは明白だ。

「存在しないものをどう恐れろと?」



 途端に、目の前の光景に亀裂が奔った。甲高い音を立ててひび割れが広がり、目の前の魔物も、家畜となった人間も、草原も、全てがガラスに石を投げつけたかのように砕け散る。
 飛散した恐怖妄想の破片はさらに細かく砕け、光の粒子となった。ふと自分の胸に目をやると、そこには傷一つない。分かっていたことだが。

「少々、演出が陳腐だったな。だが君が恐れを手放せることは証明できた」

 飛び散った粒子の向こうから、声が聞こえた。同時に叡智の像に刻まれた知識が脳内へ流れ込んでくる。
 それは世界の未来、真実といった重大な情報ではなく、一つの長い呪文だった。

「その呪文は領主邸の地下に保管されている、多数の像を開錠するためのものだ。現時点で一部の有能な者のみが知っている、この世界の本当の成り立ち、裏の歴史、表向きは失伝したとされている高次元の魔術知識も……全てを手にする権利を君は得た。君の名の由来となった聖者の真実も、な」

 元どおり、天文台の屋上に僕は立っていた。星々の輝きは平穏で、柔らかな夜風がそよいでいる。卓上のサンドイッチは全て平らげられていた。

「それらは別に必要な物ではないんだ。もちろん有益な知識は多々あるが、本当に必要なことは君がすでに心得ていることなのだよ。だからこそ、『必要の無い火』を全て託すことができる」

 師匠は柔らかな笑みを僕に向けた。翼手の爪に杖を握り、僕の肩の上へ差し出す。ジパング人の職人に作らせた漆塗りの杖は、月明かりに照らされて艶やかに黒く光っている。マスター・フィランテアのお気に入りの品だ。
 彼女の意図を察し、すぐに跪く。師匠は杖を僕の左肩、右肩へと順にかざし、厳かに告げた。

「宇宙の理と宿星の導きの下に。“星導卿”ウィルギルス・エーデルマンよ、立ちなさい」

 六年ぶりに、師匠から名前を呼ばれた。それはどうでもいい。“星導卿”……代々ルージュ卿に仕えてきた天文魔道士が名乗る称号。つまり僕は晴れて一人前ということだ。

 ただそれだけではない。僕と彼女の関係が、単なる師弟関係ではなくなる。

 立ち上がった直後、むにゅっとした感触が顔を包み込んだ。熱い吐息を頭頂部に感じる。

「明日からの休暇、楽しく過ごそう」








 ……僕の故郷レスカティエが魔界になったのは、師匠と会った三日後のことだった。当時ルージュ卿リライアは自分の街……つまり今のルージュ・シティを作るため、魔界化のドサクサに紛れて有能な人材を連れ去ろうしており、師匠もそのため人間に化けて潜入していたのだ。
 彼女が正体を見破られなかった理由、そして星占術師たちが国の危機を予知できなかった理由も師匠から聞いた。レスカティエの教団は自らの奢りと魔物への過剰な恐怖、そして圧政に苦しむ庶民たちの怨嗟が帳となって、真実と未来を見通す目を曇らせていたのだ。レスカティエは滅ぶべくして滅んだのである。

 そしてルージュ卿は目当ての人材をまんまと拉致した。拉致と言っても対象になった人物は皆国に不満を持つ者や、すでに政治犯として投獄された者ばかりだったから、亡命を手引きしたと言った方が正しい。そしてマスター・フィランテアは個人的に、自分の弟子となる者も探していた。男女どちらでも構わなかったそうだが、僕を選んだのは才能だけでなく「好み」だからでもあると師匠は言った。

「これからは私も修行をしないといけないね。花嫁修行というやつを」

 長期休暇用の隠れ家で、師匠は裸になった。
 大抵の獣人には発情期が存在し、この街ではその間の休暇が認められている。その夫または夫候補となる男性も同様だ。僕はこの街ができる前から師匠の「休暇」のパートナーだった。もっとも行為に及ぶのはその期間だけではなかったが。

「僕も、その……良き夫となれるよう、努力します」

 言葉にするとやっぱり緊張する。いや、緊張するのは師匠と全裸で向き合っているからだ。先ほどまで僕を弄んだ乳房は隠されることなく目の前で揺れているし、今すぐそれを鷲掴みにしても彼女は怒らない。薄いピンク色の乳首は僅かに膨らみ、いじられるのを待っているかのようだ。
 その谷間から真っ直ぐしたにあるおへそは小さめで可愛らしい。卵生種族なのに何故へそがあるのか尋ねたら、師匠はあっさりと「男性を誘惑するためだけにある」と言い切った。現に僕は師匠のおへそに強く惹かれる。大きくて柔らかい胸の膨らみ、丸い卑猥な曲線を描くお尻に負けず劣らず、魅力的な部位だった。

 しかしそれ以上に刺激的なのは、魔力を秘めた金色の瞳が僕の全身を見渡してくることだ。その視線に惹き寄せられ、初めて夜を共にしたのは弟子入りした直後のことだった。それから数を重ねるにつれ、彼女の視線だけで体が微弱な快楽を覚えるようになってしまったのだ。

「君はありのままで良いのさ」

 僕に顔をぐっと近づけ、ゆっくりと視線を下に向けて行く師匠。その目が止まった部分では、男の器官が痛いほどに怒張していた。
 その男根を包み込む、ふわりと暖かい感触。師匠の翼が股間を覆い隠し、怒張した肉棒を優しく撫で回す。この羽毛の感触に酔いしれて精を漏らしたことは数知れない。星占術と違ってこちらはあまり成長のない僕を、師匠は楽しげにじっと視姦してくる。

「そう、ありのままで……」

 唇を奪われ、紅茶の残り香を感じた。片方の翼で抱き寄せられ、もう片方で股間への愛撫を続けられる。僕も同じように片腕を彼女の背中へと回し、空いた手を股間部へとやった。
 その間も口の中で互いに舌を絡め合い、愛を確かめ合う。彼女の大切な所へ触れた指先に、唾液と似た滑りを感じた。

「ん……♥」

 師匠のくぐもった声が、僕の口内へ吸い込まれた。手探りで割れ目を広げ、中のプルプルとした部分を指先で撫でる。師匠の体がピクリと震えた。女性の穴に指を挿し入れ、ぷっくりと膨らんだ粒を軽く撫でる。とろりとした愛液がどんどん溢れ出してきた。その淫らな汁の温かみが、なおさら僕を興奮させる。
 それは師匠も同じだった。押し付けあった胸を通じ、互いの鼓動が交互に聞こえた。大きな乳房の感触の向こうで、彼女の心臓が大きく脈打っている。クラーケンは旧時代の名残で心臓が三つあるらしいが、鳥人型や爬虫類型の魔物は肺の構造こそ人間と違うものの、心臓はほぼ同じだという。師匠にもきっと、僕の鼓動が聞こえていることだろう。

 ふわふわの羽毛がカリ首をくすぐり、僕の体も勝手に震えてしまった。師匠も僕の指で感じてくれて、体を小刻みによじらせている。その度に大きなお胸が擦れ、蕩けるような柔らかさと、こりっと勃った乳首の感触を味わえた。

 ちゅっ。小さな音を立てて唇が離れた。師匠が愛撫を止めたので、僕も手を彼女の女性器から離した。濡れた指先にひんやりとした空気が当たる。

 体を密着させたまま、ゆっくりとしゃがむ師匠。お胸の双峰が焦らすように僕の胸板、腹部を擦れていき、男根をすっぽりと谷間に納める。
 羽毛の感触とは打って変わって、弾力のある汗ばんだ胸の谷間が肉棒を圧迫してくる。さらに師匠は口を開けて、キス中に溜まった唾液を谷間へたっぷりと垂らしてきた。そんな品の無いことをしながらも、師匠の瞳には常に気品と強い光があった。

「これはお祝いのご奉仕だ」

 興奮に頬を赤らめながら、ぬるり、ぬるりと乳房をすり合わせる師匠。翼手で器用に膨らみを掴んで、滑らかに男根を弄ぶ。むにむにと形を帰る乳房の間で唾液がいやらしい音を立て、間で肉棒が融解しそうなほどに気持ちいい。

 息が荒くなる。僕の様子を上目遣いに観察しながら、師匠は動きを大きくしていった。ピンク色の乳首が左右交互に上を向き、また下を向く。卑猥な光景が目の前で繰り広げられる。
 やがて、込み上げてくるものを我慢できなくなった。

「マスター、出ま、す……!」
「うん……♥」

 優しく微笑み、師匠は左右の乳房をぎゅっと寄せた。動きを止めた谷間で圧迫され、搾り出されるような快感に男根が大きく脈打つ。

「あ……う……!」

 どくん。蕩けるような気持ち良さ。谷間で迸る情欲の証。師匠の眼差しを受けながら、柔らかなお胸の谷間で射精の快楽に酔いしれる。
 止まるまでが長かった。大きな胸で強く圧迫されているせいで、少しずつしか出てこないのだ。乳房の間に精液が広がっていくのが分かる。ぴったりと閉じられた谷間から白濁がじわじわと溢れてきた。その様子をじっと観察され、快感が更に増す。

 やっと全てが搾り出されたとき、僕は快楽と虚脱感で立っていられなくなった。後ろにあるベッドに身を投げ出し、谷間から男根がぬるりと抜ける。引きずられるように垂れた白濁が彼女のおへそを汚した。

「ふふっ、よくできたね」

 子供を褒めるように言いながら、師匠もベッドの上に乗ってくる。そして僕へ見せつけるように、白い乳房を左右へ広げた。谷間に溜まっていた精液がねっとりといやらしい音を立て、蜘蛛の巣のように糸を引く。
 二回、三回と乳房を弾ませ、何度も糸を引く白濁を見せつけ……師匠はイタズラに成功した子供のように笑った。

 そしてすでにインキュバス化している僕は、その卑猥な光景に再び勃起した。男根に疲労も痛みもなく、また彼女の体で射精したいという願望だけがそこに宿っている。魔物の魔力の恩恵だ。

 師匠は翼手で僕の両腕を押さえつけ、じっと顔を覗き込んでくる。目を合わせているとますます胸が高鳴り、視線の快感だけで精を漏らしてしまいそうだった。
 ほんの少しだけ下に目を向けると、白濁でべっとりと汚れた双峰が卑猥に揺れ動いている。その向下には男を誘惑するためだけにあるおへそ、正確には僕を誘惑するためだけにあるおへそに、先ほど垂れた精液の雫が溜まっている。

 見とれているうちに、翼を布巾代わりにして、お胸の白濁をすっかり拭き取ってしまった。それを口へ運んで丁寧になめ取り、にこりと微笑む。

「あっ……!」

 思わず声が出た。上を向いた亀頭に温かい液体が垂れた。師匠は僕のペニスの上でお股を開き、愛液を垂れ流していたのだ。

「アプレンティスはえっちなことが上手になったね。丁寧に愛撫してくれたから、私のココは今とっても疼いているよ……♥」

 紅潮した顔で微笑みながら、僕の顔を舐めるマスター・フィランテア。彼女は淫行を楽しみだすと、言動が少し無邪気になる。息を荒げながら、子供のように期待に満ちた瞳で僕を見つめる。

「だからいつもみたいに、猛禽らしく獲物の君を上から抑え込んで……」

 くちゅっ。小さな音を立てて、性器同士が接触した。その時点で二人の体がぴくんと震える。顔を見合わせ、思わず互いに笑ってしまった。

 師匠がそのまま腰を下ろす。彼女のそこはすでに愛液が滴っているし、僕の男根も自分の精液や彼女の唾液をたっぷりと塗りつけられ、準備は整っている。
 ぬるり、ぬるりと滑らかに、夜の猛禽は下の口で僕を餌食にしていく。何度も味わっている彼女の膣は妖しく蠢き、僕に飽きるということをさせない。

「あんっ、ふぁ……ふぅぅんんっ……きゃん♥」
「マス、ター……ああ……!」

 互いに悩ましい声を出しながら、しっかりとその部分で結合した。再び顔を見合わせ、師匠は気恥ずかしげに囁いた。

「今、私が変な声を出したこと……二人だけの秘密だよ?」
「はい、マスター」
「約束だよ?」

 毎晩同じ約束を交わしている。師匠は僕の額にそっとキスをすると、またじっと目を合わせた。
 彼女の性器は僕のそれを一番奥まで咥え込んだまま、出し入れはしていない。しかしその膣は絶えず蠢き、触手のような膣ヒダが竿部分やカリ首、尿道口などをくすぐってくる。魔性の宿った女性器は男を快感の底へ沈める凶器なのだ。

「……どう、かな? 私の、ナカ……君の感じるところ、ちゃんと、覚えているよ……♥」
「気持ちいいです、師匠……ッ!」

 急に膣の締め付けが強くなった。甘い刺激がペニスを襲い、体が軽く痙攣する。その様子を見て師匠はまたイタズラっぽく笑った。そして僕の上にゆっくりと上体を下ろし、鳥が抱卵するような姿勢で僕を抱きしめる。
 ふんわりとした羽毛、柔らかな胸の優しい抱かれ心地。これを知っていたからこそ、僕は魔物への潜在的な恐怖心に打ち勝てたのかもしれない。大きな乳房の感触を手で味わおうとすると、彼女は抱擁の力を緩め、手を動かさせてくれた。

 胸板に押し付けられた乳房を揉むと、柔らかな肉が指の隙間からはみ出すようにひしゃげた。指の力を緩めると弾力で押し返され、再び揉むと大きな塊がこぼれ落ちそうになる。母性の象徴である神聖な部位をこんな風に弄ぶなんて、教団に仕えていた頃には考えられなかった。

「んっ」

 師匠がふいにくぐもった声を出したかと思うと、ピンク色に乳首から何かがぴゅっと飛び出した。左右の乳房から同時に垂れたそれは僕の胸にかかり、何やら甘い匂いを放った。

 思わず目を見開いた。これは……母乳?

「ふふっ、出るようになったよ。お腹の子のために、ね……♥」
「えっ!? じゃあ……!」

 今夜最後の試練を受けさせられた理由が、今分かった。彼女は母親に、僕は父親になっていたのだ。

 星空を見てもいないのに、未来が見えた。
 大きくなっていく師匠のお腹。
 そこから産み落とされた卵。
 それを抱きかかえて温める師匠。
 孵化した娘の産声。

「……師匠、大好きです」

 言葉にできない感動の中で、口に出せたのは彼女への愛だけだった。すると師匠は僕の耳元に口を寄せ、耳たぶをぺろりと舐めあげる。ぞくぞくとした気持ち良さ。体が痺れそうだ。

「私も大好きだよ、アプレンティス……♥」

 ささやきと同時に、再び膣が男根を強く締め付けてきた。二度目の不意打ち。身体中が気持ちよくなり、男根は再び大きく脈打つ。柔肉の襞にくすぐられて高まった肉棒へ、玉袋から込み上げてきたものが続々と送り込まれる。

「師匠、また……!」
「ん、おいで……私の中、にっ♥」

 優しい言葉に誘われ、彼女の体にしがみつくようにしながら果てた。途端に膣の動きが変わり、迸りを吸引し始める。子宮へと貪欲に精を吸い上げ、できかかっている卵へ力を供給していく。その艶かしい吸引に誘われ、射精は止まらない。

「はぁっ、ん♥ 熱い……私も……あああああっ♥」

 精液の熱で感じたのか、師匠も体を震わせて絶頂を迎えた。膣がより一層強引に男根を締め付け、二度と抜けないのではないかというくらいに吸い付いてくる。いや、抜けなくなってもいいのかもしれない。師匠と永遠に一つでいられるなんて、それはそれで幸せだ。だが、生まれてくる卵が産道を通れなくてはいけない。

 ぷしゅっ、ぷしゅっ。師匠の喘ぎ声に混じって、股間から小さな音が聞こえてきた。潮を吹いてしまったのだ。痙攣する師匠の体を強く抱きしめ、僕も射精の快感に酔いしれる。

 長い、長い快楽に思えた。しかしやがて終わりを迎え、師匠の僕の上で体重を預けて脱力した。

「んはぁ、はぅ、んん……♥」

 艶かしい声で呼吸を整える師匠。しかし体の中で唯一、膣だけは未だに脱力していなかった。ふんだんに愛液の絡んだ肉襞が蠢き続け、オスの器官に悦びを与え続ける。
 僕のそれも、今度は萎える時間が一切なかった。彼女の膣内に包み込まれ、男根は疲れ知らずになっていたのだ。

「はふっ、はぅ、ふふっ……。夜明けまで、まだ間はあるからね」

 再び僕の顔を覗き込み、楽しげに笑う師匠。思わず見とれてしまうような、淫らで美しい笑顔。

「ありのままの姿で、たっぷり気持ちよくなって……気持ちよく眠ろう♥」

 僕の額にキスをし、師匠は腰を左右に揺らし始めた。抱卵の姿勢のまま、子供をあやすかのようにゆっくりとペニスを刺激してくる。


 眼差しの放つ魔力と女体のぬくもり、淫らな抱擁。それらの快楽に包まれて、僕は緩んだ頬が元に戻らなくなっていった。







 ……目が覚めたのは、次の日没後だった。フクロウの魔物であるオウルメイジは夜行性なので、ライフサイクルとしては不自然ではない。
 食事を作るためベッドから出ようとすると、師匠は僕を引き止めて、綺麗な乳首を口に含ませてくれた。本能のままに吸い、ちょろちょろと出てくる母乳で寝起きの喉の渇きを癒す。

 同時に双峰を揉んで感触を楽しみ、淫らな夜が続くことを予感した。妊娠中の魔物は多くの精を必要とする。今までの発情期以上に濃厚な長期休暇となるだろう。
 授乳されながら彼女の顔を見上げると、金色の瞳と目が合った。


 その瞳の奥には、真に僕を導いてくれる星空が見えていた。









ーーfinーー


19/08/15 20:06更新 / 空き缶号

■作者メッセージ
お読みいただきありがとうございます。
仕事の繁忙期に執筆がほぼできなかったせいで、ピークが過ぎても筆が進まず。
ドストライクだったオウルメイジさんでリハビリしようと思い、短編を書くことにした次第です。
楽しんでいただけると幸いであります。

次はひとまずナイトメアセラピーを終わらせます。

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