連載小説
[TOP][目次]
ニューチャンピオン
ニューチャンピオン

ピー……ガー……ジジッ……

摩天楼の片隅。ごった返したバーの店内で白黒テレビが掠れた音を出している。

“ハロー!ニュー・シャテリア!!ついにやって来ました!ここニュー・シャテリア・スタジアムで今宵、歴史的タイトルマッチが行われます!

実況解説はお馴染みの私、ジャック・レイモンドと特別ゲスト、第8回ヘビー級W.M.B.C(ワールド・モンスターズ・ボクシング・カップ)並びに第3回ヘビー級W.H.and.M.B.C(ワールド・ヒューマンズ・アンド・モンスターズ・ボクシング・カップ) の元女王、現 合衆国軍海兵隊軍式格闘術 特別顧問、オーガのケリー・ベネット少尉がお送りします!!”

“どうも、ケリーだ。今日は宜しく。”

前座の試合が終わり、温まったスタジアムの中は異様な熱気に包まれている。今か今かと観客が試合はまだかと身を乗り出していた。

ギャンブルのオッズもうなぎ登りで、独立記念日もかくやと言う騒ぎようだ。

“ミドル級W.H.and.M.B.Cの世界王者決定戦ですからね!これは盛り上がるんじゃ無いですか!?”

“そうだね。ただ、今回は本当に驚いてるよ。今回の挑戦者はインキュバスでも無い唯の人間がここまで来たんだからね。”

“そう!!ボクシングにおける人間と魔物娘、インキュバスの統一リーグであるW.H.and.M.B.Cはインキュバスと魔物娘の巣窟!!唯の男じゃありません!!統一リーグ初めての人間対魔物娘のチャンピオン決定戦です!そして、もし彼が勝てば初の人間のチャンピオン誕生です。歴史的な快挙になります!”

『今、リングを掃除してますのはぁー……ハルミトン・スチーム・カンパニーのぉー……最新式のぉー……蒸気式洗浄機ぃー………』

“では、リングの掃除に暫く時間がかかりますので、その間にニュー・シャテリア市長のハンス・バーグ市長のスピーチが入ります。”

ピー……ガー……キーーーン!!……ブツ!……

“あー、あー、テステス……ウォッホン!!

聖歴 並びに人魔歴 1776年、ここ新天地に人間と魔物娘が手を取り合い、自由の国、人魔アルカナ合衆国が西の大陸諸国から独立してから早170年あまり。我々は常に発展し続けていました。そこには人種間、人魔間の軋轢、先住民との問題や、社会や経済の危機が待ち構え、南北間の奴隷政策を巡る戦争や、宗教対立、2度に渡る世界を巻き込んだ大戦争を乗り越えて、今日の繁栄と平和がもたらされました。

そして今、私はこの人と魔物娘の問題、そして人種間の差別を乗り越えて行われるスポーツの祭典であるボクシング大会において、平和の証人になれる事を心からうれしくおもいます。また………

10分経過………

“さ……さぁ、(気をとりなおして)リングの掃除も終わり、(長いスピーチも終わり)いよいよ本日のメインイベント!ハルミトン・スチーム・カンパニー、並びに、貿易会社サー・ジェンキンス主催 W.H.and.M.B.C世界ミドル級タイトルマッチの時間です!”

割れんばかりの歓声を掻き分けてチャンピオンが入場。チャンピオンガウンを着けた褐色の肌の美しい女性。サラシを胸に巻き、ウェーブのかかった銀髪を後ろで1つに纏め、オイルの塗られたキメの細かい肌と均整のとれた筋肉はまるで彫刻のよう。中性的な顔立ちの挑発的で傲慢な眼差しがワイルドさを醸し出し、彼女のプライドの高さを感じさせていた。

『赤コーナー!身長180.2cm......158ポンド3/4......アレキサンドリア・ボクシングジム所属……W.H.and.M.B.Cミドル級チャンピオン!!種族アマゾネス!!アビゲイル・マリネリス!!!!!』



わぁぁぁああああ!!!!!!



“チャンピオン、アビゲイル・マリネリスが側近のアビゲイルシスターズと入場です!女王を5度防衛しています!おおっと、これは!!女性ファンが次々に失神していきます!!いやはや、凄い人気です!流石、無敗のチャンピオン!!!”


『青コーナー!身長173cm……157ポンドジャスト……フラッテラ・ボクシング クラブ所属……入場は挑戦者!!種族は人間、男子!ホセ・マリア・ロドリーゴ・サンチェス!!!!』


ぉぉぉおおおおおお!!!!!


挑戦者の入場。歓声の中には魔物娘の黄色い声も混じる。やって来たのは浅黒い肌を持つ堀の深い顔の男だ。ガッチリとした身体つき、鎧のような筋肉は、古代の剣闘士のよう。黒い髪をオールバックに撫で付け、無精髭を生やした顔はさながら歴戦の勇士のようで、青年と言うよりは美丈夫と言うのがしっくりくる。


“此方は挑戦者、ホセ・マリア・ロドリーゴ・サンチェス 24歳!!イスパール系アルカナ人。ミドル級では小兵の彼はなんと、人の身でここまで這い上がって来たツワモノです。インキュバスでもありません!プロの門を叩き、ほぼ最短距離でミドル級W.H.B.C(ワールド・ヒューマンズ・ボクシング・カップ)を制覇!!タイトル返上でこのW.H.and.M.B.Cにやってきました。なんと、人魔統一リーグにやって来て僅か3戦でのタイトルマッチです!あらゆる意味で注目のホープです”

“いいねぇ!思わず惚れちゃうね〜〜!!”

“あのー?ケリーさん、解説解説!……今回は、パートナーのいない人間の男性と魔物娘の試合となりますのでW.H.and.M.B.C特別ルールであるマリッジルールが適用されます。3分15 R、3 KO、カウントは10秒、1 Rにつき1分のインターバルは通常の試合と共通ですが、マリッジルール勝者は敗者とその場で結婚する権利が与えられます!!”

“近頃は例があまりないからすっかり忘れていたが、あったなぁ、そんなルール……”

“今年は聖歴 並びに 人魔歴1948年ですから、今から10年前の1938年のウェルター級W.H.and.M.B.C ランキング戦で適用されたのが最後ですからねー。無理も無いですよ〜。さぁ、国歌斉唱です!”

国歌が流れて、青い星の旗がはためく。静まりかえったスタジアムの中、リングの上で睨み合う2人の戦士の闘志がただ静かに燃えていた。

『ローブローに気をつけて、手のひらと裏拳は使わない。エルボー、バッティングは減点の対象になる。それからフェアなファイトを心掛けて。』

レフェリーからリングマナーを受け、グローブを合わせる。

アビゲイルが、ホセをいやらしく見ると、

『ヘイ!イスパールの可愛子ちゃん!お前をのした後、たっぷりFu◾kしてやるよぉ!!あっちでも楽しませてくれんだろ!?』

と挑発した。

『………………』

ホセの青い目が軽蔑と憐れみの色を映したその瞬間、アビゲイルがホセに殴りかかって、レフェリーに止められた。一瞬、緊張が走りどよめいた会場からため息がはかれた。

“おっと!?リングで何かあったようです!アビゲイルがホセに試合前に殴りかかり、レフェリーに止められました!!このミドル級王者決定戦、なにやら波乱に満ちた空気が流れています!!”

『ゴングはすぐ鳴る。焦るなよ、セニョリータ。』

紳士的だが、妙に鼻に付く言い方が気にくわないのか、アビゲイルは不満そうな表情している。

『気取りやがって!絶対、テメーをFu◾kしてやる!!』

“さあ、両者一旦コーナーに戻ります。挑戦者ホセはチャンピオン、アビゲイルの超攻撃的なボクシングに対抗できるのでしょうか!?”

“今のところはアビゲイルが有利だろう。ベストコンディションで士気も十分。身長差も約8cmと……つまり、リーチも拳半分から1つ分くらいアビゲイルがリードしている。しかし、挑戦者のホセはデータが少ない。そう言う怖さがあります。”

“なるほど、何が起きても不思議では無いということですねー?さあ、今ゴングが鳴りました!!”

カーン!

ゴングが鳴るやいなや、アビゲイルは駆け出し、ホセに殴りかかった。アビゲイルのラッシュがホセを襲った。完全に不意を突かれたホセは防戦一方となり、そのままダウンしてしまった。

“ダウン!ダウンです!試合開始から僅か11秒。アビゲイルがダウンを奪いました。このまま試合終了か!?”

“いや、今のは挨拶代わりだ。ダメージはほとんど無いと思う。ホセは8カウントまで休んで立つ。”

ケリーのいう通りホセはきっちり8カウントまで休んでファイティングポーズを取った。アビゲイルは満足そうに見下している。

『立ったか、可愛子ちゃん?……お眠にはまだ早いか?』

『……………』

『ボックス!!』

完全に格下とみなしたのか、アビゲイルがまたしてもラッシュをかける。ホセはブロックを固め、ガードに徹する。

“アビゲイルの猛攻!ホセ耐えられるのか!”

カーン!

“ここで第1ラウンド終了。両者コーナーに戻ります。一方的なラウンドでした。”

“アビゲイルの見事な攻撃ですね。試合終了も時間の問題でしょうね。”

ビー!セコンドアウト!

ラウンド2 ファイッ!!

カーン!

『またガードか!?それじゃ、勝てないぞ可愛子ちゃん!!』

アビゲイルのラッシュが始まる。的確にガードの隙間を狙ってくる鋭い左右のパンチに対して、ホセは慎重にガードをする。

『…………………』

ガードの隙間からゾクリとする様な冷たい青い目がアビゲイルを見据えていた。

カーン!

“さぁ、第2ラウンド終了です。ここまでアビゲイルの見事な攻撃。ポイントでも大きくリードしています。”

“勝ったら結婚か……羨ましいなぁー”

“あのー……ケリーさん?ケリーさん?”

ビー!セコンドアウト!

ラウンド3 ファイッ!!

カーン!

引き続き、アビゲイルの激しいラッシュ。魔物娘の無尽蔵のスタミナを遺憾なく発揮している。

ホセはブロックに徹し、正確にガードしている。

『ヘイ!やる気あんのか?可愛子ちゃん!!!』

痺れを切らしたアビゲイルがガードの上からお構いなく大ぶりのストレートを打ち込んだ。

ばん!!

炸裂音にも似た音が聞こえ、誰もが決まったと思った次の瞬間、ホセが鋭い左ジャブでアビゲイルの顎を捉えた。

“この試合初めてのクリーンヒット!!誰が予想出来たでしょう?ホセはクロスアームブロックでアビゲイルのストレートガードしました!!素晴らしいテクニックです!”

“アビゲイルのストレートを防いでからの鋭い左ジャブ。見事な攻撃ですね”

『ヤりやがったなぁー!!』

アビゲイルは怒りに任せ、攻め込む。ホセはクロスアームブロックにシフト。ガードの中から冷たい視線でアビゲイルを見据えている。

カーン!

“ここで第3ラウンドが終了です。このラウンドはホセでしょう!”

『どうしたの?アビゲイル。あんたらしく無い。あんなヤツ直ぐに』

『うるせー!分かってる!!直ぐに片付けてやる!!』

ビー!セコンドアウト!

ラウンド4 ファイッ!!

カーン!

ざわざわ……

“おっと!ホセの様子がなにやら変わりました!!”

ホセは半身になり、腕をクロスさせた。

“Lガード……クロスアームブロック主体のヒットマンスタイル!何かするようね。このラウンド目が離せ無いわ。”

繰り返される。アビゲイルのラッシュ!ホセはスゥエーとガードとダッキングを駆使してパンチを次々とさばくさばく

パン……

パン……

パン……

“アビゲイルの攻撃がなんと1発も当たりません!!”

“ホセはアビゲイルのパンチに手を当てて、彼女の攻撃方向をコントロールしているんだ。恐ろしい集中力!”

ホセは相変わらず、冷たい視線でアビゲイルを見据えている。最小限の動きで攻撃を避け、さばき、いなしている。

『私を見るんじゃねーー!!!』

『………………………』

カーン!

“ここで第4ラウンド終了です!このラウンドもホセでしょう!!いやー、白熱して来ました!!”

“ホセはアビゲイルの攻撃パターンと動きを3ラウンド使ってじっくり観察して、試合をコントロールしに来ました。アビゲイルが勝つには彼にこれ以上学習させないことです。”

“なるほど。さぁ、ケリーさんの解説も冴えてきたところで、第5ラウンドスタートです”

ビー!セコンドアウト!

ラウンド5 ファイッ!!

カーン!

『さぁ、ダンスの時間だセニョリータ!』

ラウンドのスタートからホセが打って出た。

アビゲイルの攻撃をダッキングでかわして上・下のコンビネーションを叩き込んだ。

“ホセの攻撃です!素晴らしいコンビネーションブロー!!”

『ちぃ!ハエみたいにブンブンと……!!』

アビゲイルの大ぶりに対して打ち終わりを的確に捉える。

パパン!!

『がぁ!?』

ブン…!!

打ち終わると、そこにはいない、徹底したヒットアンドウェイ。

“ホセ、Lガードからの左右のフック、ジャブ!手堅く堅実なザ・ボクシング!!”

“まるでチェスの様なボクシング!!我が海兵隊も見習ってほしい!!”

カーン!!

“第5ラウンド終了です。誰が予想したでしょう!!会場は驚きに騒めいています!!”

“アビゲイルは恵まれた才能と体格による超攻撃的なボクシングスタイル。対してホセは優れたテクニックとガードよる人間というハンディキャップをものともしない戦術的なボクシングスタイル。ルールがある以上、ポイントで逃げ切れば勝ちも十分にあります。”

“さぁ、面白くなって来ました。ホセはアルカナ・ドリームを掴めるのか!?第6ラウンドが始まります!”

ビー!セコンドアウト!

ラウンド6 ファイッ!!

カーン!

ホセは第5ラウンドと同じ様に徹底したヒットアンドウェイで確実に攻めている。アビゲイルの攻撃を読み、避ける。避け切れない攻撃はクロスアームブロックでガードし、間髪入れずに左のショートフックを被せて右アッパーで追い討ちをかける。

そして、また距離を置く。

幾ら魔物娘でも、これだけ動けば息も切れてくる。

このラウンドもまた、ホセのコントロール下にあった。

『クソ!!……ぜぇ、はぁ……ちょこまかちょこまか動きやがって!!』

『ちょっと冷静になりなさいよ、アビー!』

『フン!』

アビゲイルのコーナーに不穏な空気が流れている。セコンドもアビゲイルの苦戦した姿は予想だにしていなかった。

カーン!

第6ラウンドが終了して両者はコーナーに引き上げる。青コーナーのホセの陣営では急かしなくスタッフが動いていた。

『ふぅ……流石にチャンピオンはしぶといよ。今迄のやつならそろそろ大人しくなるはずだが、それは期待出来そうに無い……』

『大丈夫だホセ。この試合はすでに君の手のひらの上だ。このまま冷静に“仕事”をすればいい。』

ホセのセコンドのカルロスがうがい用の水とバケツを差し出した。

『だが、このままズルズル行ってくれる訳はない。……プランBは使えるか?カルロス、君はどう考える?』

ガラガラ……

ビチャ

『ふん………彼女の今迄の行動から十分可能だろう。但し、危なくなったら直ぐに作戦をプランAに戻すんだ。』

『スイ エルマーノ カルロス(オーケーだ、兄弟カルロス)』

“さぁ、第7ラウンドです!”

ビー!セコンドアウト!

ラウンド7 ファイッ!!

カーン!


ホセはこれまで通りガードやスゥエーからのコンビネーションでチクチクとしかし確実にアビゲイルにブローを当てていく。かわして上・下のコンビネーション

パパン!!

かわして上・下のコンビネーション

パパン!!

かわして上・下のコンビネーション

パパン!!

かわして上・下のコンビネーション

パパ!...ガ!!

『そう何度も同じ手が食うかよ!可愛子ちゃん!!』

“おーっと!ここでアビゲイルがコンビネーションの打ち終わりを狙い体格を生かし被弾覚悟でショルダーブロック!無理やり距離を詰める!!ホセたまらずバックステップ!”

『逃すかよ!!』

次の瞬間、凄まじい踏み込みと共にアビゲイルの矢の様な右ストレートが飛んでくる。

ここにいる誰もがアビゲイルの必勝パターンになると思ったその時。

ゴッ!!

『がぁ!?』

ホセの左がアビゲイルの顔に突き刺さっている。

“クロスカウンター!?”

『チクチクとうるさい上・下のコンビネーション……きっと、被弾覚悟で打ち終わりに無理やり距離を詰めて来ると思ったよ。ゼロ距離ならペースを握れるとでも思ったかい?でも、ウェルカムなのさセニョリータ!』

アビゲイルの動きが一瞬止まる。ホセはそれを見逃さない。既に次のモーションに入っている。

ドゴンッ!!

重々しい鈍い打撃音。ホセのボディブローが深々とアビゲイルの鳩尾を貫くように突き刺さった。

『げぇぇえ!!!』

『これでしばらく足は使えない。手を出すのも億劫なはずだ。あと80秒と少し、君は防戦一方だよセニョリータ。』

『く、くそぉ…‼』

“何という展開でしょうか!!?あの無敵のチャンピオン、アビゲイル・マリネリスがガードをしています!!誰が予想できたでしょう!!”

“この試合、ここまでホセの手のひらの出来事だろう。今の動きは明らかに狙っていましたね。”

アビゲイルの動きが明らかに鈍っている。ホセは試合が始まってから初めてとなるラッシュを仕掛ける。

『調子に乗りやがって!』

パパン!!

ゴッッ!!

『げぇぇ!』

“チャンピオン、手を出すも、挑戦者が放つ左右のコンビネーションからまたしても被弾!鳩尾にホセの拳が減り込む!!”

“ホセは普通、勝ちに焦るところを、至って冷静に仕掛けています。上部に攻撃を集中させ、アビゲイルが手を出してくるのに合わせて左右のコンビネーションからボディブロー。彼は間違いなく最強のチャレンジャーでしょう。”

『どうした?顔色が悪いぞ?俺をFu◾kするんだろ?ヘイ!カモン、セニョリータ。』

ホセは左手で二回手招きをした。

『上等だ!やってヤるよぉぉぉおお!!』

『いくな!!アビーーー!!!!』


世界がゆっくりとスローになる。



アビゲイルの渾身の右ストレート



ホセは踏み込み左腕を上げ肩口から払うようにいなす



ホセの横顔を逸れるように外れていくアビゲイルの拳



もう一歩、踏み込まれるホセの右足は力強くリングマットを踏む。



無防備になるアビゲイルの顎




ホセの右半身と肩口が動く

驚愕するアビゲイルの瞳

真下から浮かび上がる恐怖

戻らない右

間に合わない左のガード

躍動するホセの足

振り上げられる右







ドッ……!!!








跳ね上がるアビゲイルの顔と身体

地面から離れる足

天井のライト

重力に落ちる汗の雫

ホセの冷たい青い目がアビゲイルの黒い目と交差する

沈み込むリングマットの冷たい感触




バ………ン……………





ワァァァァァアアアアアアアアア!!!!!!!



“ダウン!!ダウンです!!!無敗のチャンピオン、アビゲイル・マリネリスがダウンです!!!この大歓声!!惚れ惚れするような見事なまでのアッパーカット!!!カウンターで入りました!!!”

“えぇ!まず、打つまでのプロセスが凄かった。アビゲイルの身の毛もよだつような渾身のストレートに前進、左でいなして、右手と右足を前に出し、同時に連動させるアッパーカット!!このチャレンジャーは精神的にもタフネスですね!是非、私の隊に欲しい!!”

レフェリーのカウントが始まる。


1……

何だこれ?

2……

何で天井が見えんだ?

3……

!!!

4……

何でこいつが私を見下してるんだ!!?

5……

くそぉ!!『おい!レフェリー!!カウントやめろぉ!!!』

“アビゲイルが反応しました!立てるか!!?”

6……

ストン!!

『足が?動かない!!?』

(無理だよセニョリータ。確かな手ごたえで顎を打ち抜いた。魔物娘……屈強なアマゾネスでも生物だ。意識が戻っても10カウントで立つのは無理だよ……)

7……

“アビゲイル反応するも立てません!!無情にもカウントが過ぎていくーー!!!”

『くそぉ!!動け動け動け動け動け動け動け』

8……

動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け

(立つな!立たないでくれ!!大人しくしてるんだセニョリータ。)

9……

『くそぉ……私を見るな!!見るなよぉ!!!』



10……カンカンカンカンカンカン!!!!


ワァァァァァアアアアアアアアア!!!!!


“試合終了ーーーッ!!!勝者はなんとホセ・マリア・ロドリーゴ・サンチェス!!人間初のW.H.and.M.B.Cチャンピオン誕生です!!!ミドル級無敵のチャンピオン、アビゲイル・マリネリスを下し、見事勝利を手にしました!!正にドラマ!!正にボクシング!!これぞ正にアルカナ・ドリームです!!!いかがですか、ケリーさん!”

“歴史に残る素晴らしい試合でしょう。この激戦を戦った両者に拍手を!!”

ワァァァァァアアアアアアアアア

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

ホセは天高く両腕を掲げ、喜びを爆発させていた。リングの上でセコンドのカルロスに抱き抱えられ、無数のストロボカメラから放たれる勝利の光を浴びる。あの冷たい青い目が今は見る影もなく、温かみを帯びていた。

“さぁ、新しいチャンピオンにベルトが贈られれます!!”

ホセの腰に黄金のベルトが巻かれる。

その表情は無邪気な子供のようだ。

『ニューチャンピオン!!一言お願いします!!』

『ありがとう!チャンスと自由の国!グラシアス!エルマーノ!!先祖の国イスパール!!そして、ここにいる全ての方に、ありがとう!!』

まばゆいストロボカメラの閃光の中、いつの間にかアビゲイルの姿が消えていた。それに気づく者はごく一部しかいなかった。

“ハルミトン・スチーム・カンパニー並びに貿易会社サー・ジェンキンス主催、世界ミドル級W.H.and.M.B.C王者決定戦は王者交代、初の人間のチャンピオンの誕生という劇的な幕切れでした。さぁ、そろそろお別れの時間です。実況解説は私、ジャック・レイモンドとケリー・ベネット少尉がお送りしました。バイ!ニューシャテリア!!シーユーアゲン!!”


摩天楼の片隅。ごった返したバーの店主がブチンと白黒テレビのスイッチを乱暴に消した。



つづく……
17/06/12 20:23更新 / francois
戻る 次へ

■作者メッセージ
10作品ということで、伊達と酔狂とノリで書いてみました。

果たしてアビゲイルの運命やいかに!?

ではまたU・x・Uつ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33