連載小説
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9:相互中毒[マッドハッター]
Day1

男はゆっくり、恐る恐る扉を開いた。

『沼田珈琲店』

この地に引っ越して初めての休日。

昔から田舎で過ごしていたからか、都会のカフェというものに、少し憧れがあった。

しかし、"呪文のようなオーダーをスラスラ言えないといけない" とか、"意識の高いイケメンが行くべき" とか、

同じ新入社員の女性達が職場で話しているのを聞いてしまい、すっかり自信を無くしていた。


結局、地元にあるような、軽食も置いてたりしてそうな、このカフェを選んだのだ。

彼は、こういうカフェは有って普通だと、思っていた。


「いらっしゃい。」


そこには男性なのか女性なのか分からないが、とても容姿の整った店員が、カウンターに立っていた。


「...えっと、あの」

「楽にしたらいいさ。ここは呪文のようなオーダーを聞くこともないし、君は私から見れば中々綺麗な人間だと思うよ。」


察せられてしまったのが恥ずかしく、軽く会釈すると、カウンターに座った。


「何にしようか。オススメは、私特性の紅茶だよ。」

「あ、じゃあそれで...」


『珈琲店』なのに紅茶なのか。という問いかけを、男は投げ掛けることが出来なかった。


「君は、甘いのは苦手かな?」

「そう...ですね。」

「ふむ。少し時間が要るな。」

「?」

「いや、こっちの話だよ。」


火をかけられたポットの、しゅん、しゅん、という音だけになった。


しばらくして、陶器のぶつかる心地よい音と共に、ティーカップとソーサーが置かれる。


「どうぞ。甘さは抑えたよ。」

「い、いただきます。」


仄かに香る、茶葉の香り。

合わせて少しだけ。

花のような、蜜のような、そんな香りが鼻をくすぐった。


「...!」

「ふふ、気に入って頂けたようで、なによりさ。」

口に含んだ瞬間、今まで飲んだ『紅茶』とは何だったのか、と思ってしまった。

男の語彙力では言い表せない。

とにかく。


「おいしい」

「ふふ...ふう、よかった...」


ほっと、胸を撫で下ろす店員の姿を改めて見て、思わずドキリとした。

先程の凛とした空気に飲まれて気付いていなかったが

"彼女の"豊満な肉体は、スーツ姿からも存在を主張していた。

そして、今の彼女の顔。


"恋する乙女"という言葉が、頭の中に浮かんだ。

いや、そんな筈はないが。

自嘲の念がすぐに押し寄せてくる。

勘違いも甚だしい。


「また、来てくれると嬉しいよ。私が、ね。」


扉を閉じるその時まで、まともに女の顔を見ることが出来なかった。


***


Day30

男にとって、就職後の初仕事は苦難の連続だった。

求められる高いスキル。

経験関係なしのノルマ。

基盤が出来ていない教育環境。

一ヶ月があっという間だった。


そして帰り道、コンビニのインスタント紅茶を見て、ふと、あの店員の事を思い出した。

なんとなく、また彼女の顔を見たい。

そう思った時には、既に足は『沼田珈琲店』を目指して動いていた。



ゆっくりと、扉を開ける。

「やぁ。もう来ないかと不安だった所だよ。」

例の店員が迎えてくれる。

この人、この店、この香り。

男はここに来た時点で、幾分か心の負担が軽くなったような、そんな気がした。


「疲れてるようだね。」

コトリと紅茶を出しながら、店員は問いかけてくる。

前回より甘いが、その甘さが、頭の疲れを取り去っていく。


「..."お前は普通以下だ"と、言われたんです。上司に。」

「おやおや、それは。」


ぽつりぽつり、と。現在の環境を話す男。

それを、怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ聞く女。


「...すいません。いきなり、こんな」

「...そうだ。君は、珈琲を一から淹れたことはあるかい?」

「え?は、はい、珈琲が好きなもので...」

「豆をひくところから?」

「そうですね。豆と気分によっては、挽き方を変えたりします。」

「...一度、見せてくれないかな。」

「え、ここでですか?」


最初こそ戸惑ったが、そこにズラリと並ぶ珈琲豆の種類を見て、好奇心が湧いた。

こんなに本格的な器具を使って挽く珈琲は、さぞ旨いことだろう。と。


「...出来ました。」

「おぉ...これは。」


カップを持つ細指。

香りを楽しむ整った鼻。

珈琲を含む潤んだ口元。

飲み込み動く白い喉元。


その全てが、普段は中性的な彼女の"女"の部分を惜しげもなく見せつける。


「甘くてサッパリしている。...私に、合わせてくれたのかい?」

「...!え、ええ。紅茶からして、甘いのが好きなのかと思って...」

我に返り、慌てて説明する男。

「私は甘党でね。こんな店をやってるのに、珈琲の苦味が苦手なんだよ。ある意味、私の"普通以下"、かな?」


少し、頬を赤らめて話す女の横顔は、どこまでも美しかった。


「誰にだって得意、不得意があるさ。それが"普通"だから。そんなに、気負わなくたって、良いんじゃないかな?」


ふわりと、柔らかく笑みを溢す姿は、慈愛そのものだった。


***


Day45

仕事で小さなミスをした。

中身の無い、ただ感情を剥き出しにした叱責。

「今後どうすれば」という考えなど与えられる隙もなく、心ない言葉を浴びせ続けられる。

心配してくれる社員も居るが、主に上司と男の同僚からは冷たい扱いを受け続けている。


彼はまた、『沼田珈琲店』へ足を運んでいた。

扉を開ける。

「やぁ、いらっしゃい。...どうしたんだい。そんな顔をして。」

更に前回より甘めの紅茶を啜りながら、仕事で起こったことを話す。

「ふむ...それは、聞いている限りだと、連絡を怠った上司に問題が有るようだがね。...見ていないから、なんともだけど。」


彼女はあくまで、中立の立場で話を聞いてくれる。

それが慰めてくれる女性社員より、心地よく感じ取れた。


「...今日も、珈琲、挽いてくれないかな?」


少し熱の籠った目で、ねだられる。


ここには必要としてくれる人間がいる。

それだけで、男の心は軽くなっていた。


「...うむ、この苦味...悪くないかも...。」

前回より少し苦味の強い豆を選んでみたが、好評だった。

「私は、君にどんどん塗り替えられてしまいそうだね。」


少し赤らんだ顔で、はにかみながらそんなことを言う女に、男はドキリとした。


「私には君が居ないと、苦味を克服出来なさそうだ。私の"普通"への道は、君次第と言うわけだね。」


***


Day51



Day55


Day58

Day59
Day60
Day61
Day62
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.
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***

Day80

「おかえり。」

「ただいま、です。」

すっかり、このやり取りが"普通"になってしまった。

「今日も、頼むね。」

コトリと置かれるティーカップ。

そこからは、もはや紅茶と呼んで良いのかわからないぐらい、ピンク色をした甘い甘い香りが漂っていた。

この甘さも、もう"普通"。

男は慣れた手つきで、ブラック珈琲を作る。

「さて、今日もお疲れ様。」


もう男は、他の紅茶を飲めなくなっていた。


味がしない。


どんなに砂糖を放り込んでも、彼女の作る紅茶を再現出来なかった。


彼女の紅茶が欲しい。

それを欲するのが、男にとっては"普通"の事だった。


「私はもう、君以外の珈琲を飲めないよ。」

彼女はさらりとそんなことを言う。

男は少々急ぎ気味に、ティーカップの中身を飲み干した。

早く、早く。

この紅茶を身体に取り込みたい。


焦りから、少量が気管に入った。

「っけほっ...!」

「ほらほら、そんなに焦って飲むものじゃないよ。」


女が男の背中をさする。

その時、

男の背中に、紅茶を飲んだ時の、甘い痺れを濃縮したような快楽が身体を貫いた。


「...ぁ!!」

「...どうしたんだい?...あぁ、我慢できないのも無理無いね。」


彼女の目線の先には、先端を少し濡らす股間のテントがそびえ立っていた。


「大丈夫、男の人はこれが"普通"さ。私が今からすることも、ね。」


椅子に座る男の対面に座り込み、チャックを下ろす。

その顔は、時おり見せていた女の顔だった。


「あれだけの濃度で、私の紅茶を飲み続けたんだ。...危うく私が我慢できなくなるところだったよ。」


解放された剛直を撫でさする。


それだけで、込み上げた精を吐き出しそうになる。

「...っぐ、ふ...っ」

「ふふふ、溜まってるね。これ、咥えたら、どうなっちゃうだろうね?」


怪しく微笑みながら、女は耳元で囁く。

そして、顔を男の股間に近付ける。


「いいかい?紅茶が甘いのも、我慢出来ないのも、私がコレを飲み込むのも、全部"普通"の事さ。...んあー...む」

くちゅり。


女の唇が、竿を飲み込む。


ぞり


舌が、亀頭をなぞりあげる。


「んんっ...ぶ...ん!...んっ...んっ...」


どくん  どくん


咥えた女の唇を一定間隔で歪めるほど、脈打つ。

その先は彼女の口内で見えはしないが、

男の放った精液が止めどなく流れているのだと思うと、堪らなく興奮した。


そして、男は更に息を飲んだ。

女は、口内に流れてくる精液を、その白い喉を蠢かして次から次へと飲み込んでいた。


「んっ...んっ...っんぶぅ!?」


堪らなくなった男は、更に剛直を膨張させ、彼女の頭を掴み、喉奥へと差し込む。


どくん どくん

まだ射精は終わらない。


「ん...え゛...んぐ...」


軽く噎せながらも、一滴残さず、女は精を飲み干した。


むわり


女からあの紅茶の匂いがした。


「っぷは、はぁ...はぁ...ちょっと...はぁ...私...もっ...はぁ...イってしまった、よ...」

男は既に、女の声など聞こえていなかった。

「はぁ...ふぅ...珈琲よりは、甘いな。...ぅんっ!?」

紅茶の匂いに釣られ、男は、女を押し倒し、股ぐらに顔を埋めていた。


「ふ...ふふ。紅茶のシロップの正体、知られてしまったあんっ!!?」

舐める。

舐める。

もう、この味、香りを楽しむことが、男にとって"普通"になってしまっていた。


「...やっ!......君の、事を思っ...あぅ!...何度も、なんどもぉ!...っ淹れてたんだ...ひんっ!!」


もう女は、普段の中性的な雰囲気などなかった。

あるのは、メスの欲望と、快楽だけ。


男はその舌で、女の"豆"を突ついた。

「...ひ!?〜〜〜〜〜っ!!」

じゅくりと。

更に濃厚な香りを含んだ、白く粘っこい液を垂れ流しながら、女は戦慄いた。


「〜〜〜っ...っはぁ...っ!はぁ...!」


女の胸と腹が、忙しく上下する。


男の剛直は、先程よりも更に高く、硬く、反り立っていた。


「...ふふ。いいんだよ。この状況で、男が女と交わるなんて、至って"普通"の事さ。...それにしても、長かったよ。これで...」

男は女の唇が、僅かに動くのを見た。


も う わ た し の も の



***


Day???

「なぁ。アイツ、辞めたんだってな。」

「ちょっと、"普通じゃなかった"よな。」

「やたら優秀、やたらイケメン、女性社員の人気1位。...あの上司のオッサンも、変なプライドなんか捨てりゃ良かったのにな。」

「アイツ新人であそこまで出来てたら、一瞬で出世したろうに。」

「優しくしようとすると、こっちまでトバッチリ飛んでくるもんな。」

「今、何してんだろな。」

「まぁ、どこでもアイツはやってけるさ。」





雑踏に埋もれるように、ひっそりと佇む

『沼田珈琲店』

そこには、仲睦まじい夫婦が一組。

今日も

中性的な美貌の女は紅茶を淹れ、

深めに帽子を被る男は珈琲を挽く。
19/03/12 20:13更新 / スコッチ
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■作者メッセージ


「...これ、何故被る必要が?」
「君は一度鏡を見た方が良い。女性客も多いんだ。」
「なんでそんな不機嫌に...?"普通"ですよ?」
「やれやれ、"普通"ってのも考えものだね。」


***


ご希望:名無し様

マッドハッターさんらしさが、少し不足しましたでしょうか...。

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