連載小説
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おまけ その2
「隊長!」

「おや、マクファーソン君じゃないか」

近くの現場に到着した。
そこには既に隊長率いる部隊が先に到着していた。

「直接来たのかい?」

「ええ、家から近かったんで…」

既に周りには大勢の人だかりが出来ていた。
その人混みを掻き分けて、隊長の元まで近づく。
詳細を聞くと、この場所の被害者は女性だとか。

「また娼婦ですか?」

「似たようなものかな」

港町の近くであれば、そういう系統の店も自然と多くなる。
なので、話を聞く限りでは特に不自然な点は無い。

「他の被害者はどうなんです?」

「残りは老人と中年の女、それから3人目だけど…これがちょっと面倒な事になってね」

「どういう事ですか?」

「3人目に殺されたのが、どうやら市民隊の奴だったみたいなんだよ」

「あらーそれはまた…」

市民隊とは、先程述べたように市民が集まった私設武装集団…と言っていいんだろうか。
この都市には、3個の市民体が存在している。
市民隊に参加出来るのは、装備を自弁し部隊運用の諸経費を負担できる裕福な連中のみ。
特に将校クラスとなれば都市貴族と言われるような家柄でないと許されない。

「この地域ならコック大尉の中隊ですか?」

「そう、コックさんの所の部隊だって、馬鹿だねぇ夜警中に身内がやられるなんて」

「隊長…」

「私だってこれから小銃手組合まで行かなきゃならないんだからさ」

「呼ばれたんですか?」

「うん」

小銃組合…クロフェニールスドゥーレンの事だ。
市民隊に入るには、この組合に加入しなければならない。
最近新しい本部が出来たようで、どうやらそこまで呼ばれているらしい。
隊長殿も災難だな。

「本当にそう思ってるのかい?」

「ええ、勿論でさぁ」

「嘘臭いなぁ…」

市民とは言え貴族様の巣窟みたいな所だし。
でかい顔をするくらいなら、もっとちゃんと夜警すりゃいいのに。
と、そんな事を思っても口には出さない。
その後、やれやれと言った表情で組合本部に向かう隊長を見送ってから、俺も仕事に…

「あ、ヨランド。お前も仕事しなくていいのか?」

その前にだ、問題は連れのコイツ。
流石に2日連続で仕事を放りだしたままじゃヤバイんじゃないか?

「気になる事があるんだが、もう一度学校に行くぞ」

「え?」

「いいから来い」

そう言うと、強引に俺の手を掴み歩き出した。

「ちょっと、おい?待てよ!」

俺の静止に耳を傾ける事無く、黙々と足を進める。
デュラハンの力に適うハズも無く、抵抗虚しくそれに引き摺られて行った。
お仕事しなくちゃならないんですけどね、知り合いに見られたら何て思われるだろう。

「またここか…」

連れて来られた先は、昨日お邪魔したバフォメットが務める学校。
もう用事は無いと思うんだが、一体何を思ってこんな所に連れてきやがったのかしら。
まさか、お前は小学生からやり直せ。って遠回しに馬鹿にされてるんだろうか?

「入るぞ」

「だから勝手に入ったら怒られるって言ってるよね俺」

「黙ってついてこい」

「はい」

押しに弱いなぁ俺。
黙ってヨランドの背中を追う。
そうしてやって来たのは、職員室では無く2階の図書室の前。

「本でも欲しいのか?」

「いや、欲しいのは人の方だ」

「人!?」

図書室の中に居たのは、意外な事に見知った顔。

「あら?誰かと思えば…」

「アンタは…」

昨日バフォメットの住所を聞いたエキドナがそこに居た。

「何?今度は私でも捕まえに来たの?」

こちらの姿を認めると、掛けていた眼鏡を外し、受付から身を乗り出して来た。
歓迎されているような感じではない、ちょっと睨んで無い?この人。

「少し話があるんだが…良いか?」

「話?」

お目当てはこの人だったのか。
また道でも聞くのかね。

「今度は魔王軍?」

「いや、これは私的な事だが」

「とりあえず適当に座って、お茶でも淹れてくるわ」

そう言うと、エキドナが受付の裏に姿を消した。

「すまんな」

「え?え?」

こっちの与り知らぬ所で話が進んでいる。
だからと言って、俺にはどうする事も出来ない。
本当に俺話の本筋に絡めてるんだろうか?たまに心配になってくる。
そんな事を思いつつ、ヨランドの隣に腰掛けてエキドナが戻ってくるのを待つ。

「なあ、一体何の用があんのさ」

「黙ってろ」

「はい」

これである。
何なのもう、俺居る意味あんの?もう帰っていいよね?
台詞があるモブその1ぐらいじゃん今の立ち位置。
そんな感じに絶望していると、エキドナが再び現れた。
両手でトレイを持ち、それを机の上に置く。

「で、何の用?」

エキドナが器用に向かいの椅子に腰掛ける。

「うむ、実はな…」

ヨランドがようやく目的を話始めた。

「新聞は見たな?」

「また増えたんですってね」

「素直に聞こう、次は誰だと思う?」

「…何だって!?」

いきなりトンデモない事を言いやがった。

「おい、狂ったのかお前?」

「お前よりまだ正常だ」

「何か一々言葉に棘があるよねお前」


「へぇ…何でそんな事を?」

ポットに入った紅茶をカップに注ぎ、ソーサーの上に乗せそれを此方に差し出す。
寒かったから有難い、最近心まで寒くて適わんのですよ、ええ。

「貴女は気付いているんじゃないのか?狙われる人間が誰なのか」

あー、お茶美味しい。
ヨランドが何かすごく重要な事を言った気がしたけど、どうでもいいか。
俺には関係ないだろうし。

「…確証は無いけどね、多分当たってると思うわ、私の予想は」

茶菓子も美味い。
お茶の時間ってのはこう、静かに優雅で無いと駄目だな、うん。
一口サイズの砂糖のタルトを更にもう1つ、口に運ぶ。

「なら話が早い、聞かせて貰いたい。次に誰が狙われるかを」

「そうねぇ、多分…」

茶菓子を平らげたら手持無沙汰になってしまった。
なので、適当に机の上に積まれてあった本を手に取りページを開く。

「…人名録?」

随分分厚いから何の本かと思えば、中には人の名前がビッシリ書き込まれていた。

「…」

静かにその本を閉じると、元の場所へと戻す。
次に手に取ったのは、小さい文庫本サイズの本だ。

「……なので、次は多分この辺りかと…」

「…ほう、ならその地域を……」

また静かに本を閉じて、元の場所にそっと戻す。
どキツイ官能小説だった。
○○書院とか、そんな感じの出版社が出してそうな本だ。
仮にも仕事中にこんなもん読めるハズが無い。
と言うか何でこんなもんが学校にあるんだ!?読むのか生徒達。
いかんなぁ、10代そこそこで性癖が歪んだらどうするつもりだ。
ちなみに、本の内容は魔物と人間のSMモノでした。

「この場所は!?」

「あら、ご存じ?」

「うむ…封鎖するのは難しいな…」

「手持ちの部下は何人くらいいるの?」

「精々10人程度だ、我々は戦闘要員では無いからな」

「足りないわねぇ…少なく見ても100人は必要ね」

「そんなにか?…むぅ…」

真剣な話をしているので、口を挟んだらまた怒られそう。
黙って更に次の本に手を取り、適当にページを開く。

「ああ〜…これか」

その本は、ある女性に関する内容だった。
これは無教養な俺でも知っている、有名な話だ。
ある声を聴いたとされる少女が、救世主となって国を救う。
どこのラノベだと言いたくなるような展開だが、違うところはその末路。
結局、悲惨な最期を遂げたらしい。
ページを捲ってみると、丁度その少女が如何なる罪で裁かれたか記されている。

「俺も、この少女にすれば憎むべき相手なのかもしれないな…」

俺の先祖は元々、この大陸から海峡を隔てた島国の生まれなんだとか。
それが、戦争でこの大陸に侵攻した時にこっちに腰を下ろした。
よく小さいころ親に聞かされた話だ。
ヨランドが今朝作ってくれた朝食も、俺が知らない故郷ではお馴染みなものなのだ。
それからしばらくの間、本を手にとっては戻す作業を繰り返した。
お2人さんは何やら熱心に地図を見ながら話に花を咲かせている。
入り込む隙が全く無い、俺連れて来た意味無いよな?本当に。

「…よし、これでいけるか」

「囮の手配はこっちに任せて、宛があるのよ」

「後は兵力不足だが…」

「その為に連れて来たんじゃないの、彼氏さんを」

「そうなんだがな…」

「え?なになに?俺の話!?」

ようやく俺に話題が回って来た。
俺は嬉しかった、この際彼氏呼ばわりされても気にしない。
やっと話の輪に入れる。そのことだけで嬉しさがこみ上げて…

「こいつは期待出来ないので他の手を探そう」

「…そうね、それがいいわ」

「…」

こなかった。



「では、さっそく準備に取り掛かろう」

「こっちも手配しておくわー久しぶりに血が騒ぐわねぇ」

「あくまでも内密にお願いしたい」

「わかってるわよぅ、ただの意気込みよ」

「…終わった?」

話が纏まったようだ。
結局、10冊以上の本を読み漁って居た。ちょっと賢くなった気分がする。

「行くぞ」

「もうちょっと本読みたいなぁ…あはは」

「いかん、壊れたか」

「可哀想に…」

2人から憐れみの視線を向けられた。

















「私はこれから仕事に戻る」

「やっとお帰りになられるんですね」

長かった話も終わり俺達も学校を後にする。
エキドナとどんな話をしていたのかは、結局教えて貰えなかった。

「これを、お前の所の隊長さんに渡してくれ」

そう言ってヨランドが差し出したのは、封筒に入った手紙。
いつの間にこんなものを用意したのか。

「ラブレターか何かか?」

「ああそうだ」

「えっ…」

「何でもいいから早くしろ、これから忙しくなるからな」

そう言うと、ヨランドはさっさと帰って行った。
余りにもあっさりとした別れに少々面喰ってしまった。

「……」

散々この瞬間を願っていたのに、いざそうなると、微妙な気持ちになる。

「手紙って…」

ご丁寧に封緘蝋までついてやがる。
まさか本当にラブレターか?
とは言え、勝手に開けたりしたらどうなるか自分でもよくわかっている。
それから、さっさと本部まで戻って隊長にその手紙を渡した。
隊長は隊長で組合から戻って来たばかりらしく、相当イライラしていた。

「貴族なんて滅んでしまえばいいと思わないかいマクファーソン君」

「何言われたか大体想像がつきますよ…」

手紙に目を通しながらも、終始ブツブツと何かを呟いている我らが隊長殿。
普段はすごく温厚な人なのだが、怒ると本当に怖いから困る。

「…ふん、成程」

「何が書いてあったんですか?」

「恋文だよ」

「ええ!?」

本当に!?本当にマジに真実だったのか!?
読み終わった手紙は、隊長がさっさと燃やしてしまったので確認しようがない。
それからの隊長の動きは早かった。
部下を数人引き連れて何処かへ出かけて行ってしまった。
ここでも俺1人だけ取り残されたような気分になった。

「なんだよ…もう…」

いっそ拗ねてやろうか、そんな事を考えつつ与えれた仕事を黙々とこなす俺マジかっこいい。
自分ではそう思う。

他の連中が慌ただしく右に左に走り回っている。
聞けば総動員を掛けられたらしく、各々準備をしているのだとか。
何の準備やねん、と聞いても誰も答えてくれなかった。
それどころか、何故か俺だけハブられている、そんな雰囲気だった。
実際招集が掛けられてないのは俺くらいだ。

「別にいいもんね…」

なので、普通は新人がやるような雑務まで押し付けられる始末である。
本部から少し離れた詰所で、新人とペアを組まされて待機する、それが今日のお仕事だそうで。

「みな忙しそうですね先輩」

「そうですねそんな中で俺は一体何をしているんでしょうねええ本当にすいませんでした生まれてきてしまってすいませんでした」

「ネガティブな長台詞はやめて下さいよ」

「今俺が出来る事は、極力何もしない事なんだろ?」

「まあその通りなんですけど」

「ちょっとは否定してくれよ…」

まだあどけなさが残る、最近配属されたばかりの新人が唯一の話し相手になっている。
良いよね、若者には未来があって。
俺みたいなオッチャンはもう夢も希望も残って無いよハハハ…

「駄目だこの人…」

「こんな大人になっちゃ駄目だぞ〜」

「自覚してるんなら直して下さいって」

「無理」

机に突っ伏しながら、適当に返事を返す。
何を言っても無駄だと観念したのか、それっきり新人が話しかけてくる事は無かった。
このまま寝よう、どうせ誰も来ないし。
そう思って、ゆっくりと目を閉じる。
しばらくするとウトウトして来た、この感じが心地良くて大好きなわけです。
やっと眠れる、そう思った瞬間。

「あの〜すいませぇ〜ん」

「はい?どうされました?」

お客様がいらっしゃいました。

「先輩、起きて下さいって」

「んん〜…何だ?」

「迷子です迷子」

「迷子ぉ?」

顔を上げて見れば、確かに目の前に居たのは小さな子供。
女の子か。

「…うん?」

見間違いか寝ぼけているのか。
どうも少女の胸が…その…凄くデカイように見えるんですが。
何回目を擦ってたしかめてみても、結果は変わらなかった。

「デケェ…」

更に頭の左右から角のようなものが生えているのを確認出来た。
魔物、ぱっと見思いついたのはゴブリンだ。
でもおかしいな、ゴブリンって確かこんなに胸デカイ種族だっただろうか。
突然変異か何かか、それにしてもデカイ。
触ったら気持ちよさそう。

「黙って下さい先輩、それか今すぐ死んで下さい」

「随分な言い方だなお前…」

「何言ってるんですか、この子はホブゴブリンですよ」

「ボブ?」

「ホ・ブ!」

新人に怒られてしまった。
聞けばゴブリンの突然変異種のようなもので、胸が大きいのが特徴らしい。
なので、他のゴブリン達からは畏れ敬われる存在なのだとか。
群れのリーダーなどは大抵ホブゴブリンが充てられる。
その力は通常のゴブリン以上の怪力だが、その代わりに少々頭が残念な出来になっている。
良い具合にバランス取れてるよね。

「つまり頭緩いから誰でも騙せてすぐ股開くような魔物なんだな」

「何であんたが憲兵やってるんでしょうね…」

身内じゃなかったら簀巻きにして海に放り込んでやったのに…と小さく呟いたのが聞こえた。
冗談なのに…。

「そうか〜一晩中歩き回ってたのか」

「疲れた〜」

「アメでも食べるか?」

「うん」

ホブゴブリンが妙に新人に懐いている。
2人揃ってソファーに腰掛ける姿はまるで親に甘える子供のようにも見える。
デカイ胸の違和感が凄いけど。
それからしばらくは、平和な時間が過ぎ去っていった。
歩き回って疲れたのだろうか、ホブゴブリンも新人の膝の上に横たわって寝息を立てていた。
その気持ちよさそうな顔を見ていると、こっちまで眠くなってくる。

「…ふぁぁぁぁ…」

小さな欠伸が口から漏れた。
今日はもう、これ以上何も起こらないだろう、と言うか起こるな。
再びウトウトし始めて来た、今度こそ気持ちよく眠れる。
ゆっくりと、闇の中に落ちていく。気持ち良い眠りの時間よこんにちわ。
そう思ったのもつかの間、再び詰所の扉が勢いよく開かれた。

「…んぁ!?なんじゃいな!?」

その音のせいで、またしても眠りの世界に入る事が出来なかった。
入れてくれよ、夢の国に。

「リーダー!」

「お頭!」

「キャプテン!」

「首領!」

「社長!」

「誰1人として合ってねえ…」

一瞬子供の集団かと思ったが、よく見ると違った。
ゴブリンの群れが詰所に侵入して来た。
えらいこっちゃ。

「そんな事思っても無い癖に…」

「バレた?」

こんなもん、ホブゴブリンを迎えにきた連中に決まってる。
こっちに危害を加えるようなもんでもないし。

「あは〜みんな〜みつけた〜」

「社長〜探しましたよ〜」

「どこ行ってたんですか社長〜」

「社長で統一すんのかよ」

10人余りのゴブリンに揉みくちゃにされて喜んでいる社長のホブゴブリンであった。
感動の再会劇を目の当たりにした俺の目には、大粒の涙が浮かんでいる。

「眠たいからでしょそれ」

「うん、そうだけど」

とにかく、これにて一件落着かに思えたのだが、事態は予想外の展開を見せた。

「なんや兄ちゃん、ウチの社長に偉い失礼な事しとったのう!?」

急にゴブリン達が因縁をつけてきたのだ、新人に。

「何で急に訛り出したんだ?」

「文句あんのかい!?これがワシらの喋り方やで」

「ええ度胸しとるやんけ、ちょっと表に出て貰うか」

「おい、ちょっと止めろって」

新人が掴みかってて来たゴブリンの手を払う。
すると、掴みかかろうとしたゴブリンがその手を抑えてその場に蹲った。

「痛い痛い痛い!」

「姐さん!?どないしたんでっか!?」

「こ、この兄ちゃんがワシの手を思い切り殴りよったんや!」

「なんやて!?おい兄ちゃん…この落とし前どうつけてくれる気や!?」

「そんな、軽く払っただけじゃないか!?」

「痛い痛いいたーい!これ折れとる!絶対折れとるわ!」

「おーおー!憲兵さんが一般市民に暴力振るうんかい!恐ろしいのう!」

「何でそうなるんだよ…」

周りから勢いよく捲くし立てられて新人が困惑している。
チラリと、こちらに目線を送る。
これは助け舟を期待しているんだな、先輩の俺に。
よーし、ここはいっちょ先輩らしく威厳を持って…

「煩いから外でやってくれません?」

「あ…ってめぇ!?」

建物の中で騒がれても困るし。
面倒な事には関わらないのが一番だ。

「あんたの上司はんもそう言うとる事やし、外で話つけようやないか!」

「よっしゃ、ほな行こか」

「おい待って、離せっておい!」

四方をゴブリンに囲まれながら、新人が強引に外まで運ばれていく。
流石に力でゴブリンには適うまいよ、残念ながら。

「後で隊長に言いつけてやるからな!」

外からそんな叫び声が聞こえた気がした。
どうぞご自由に、最も、無事帰ってこれたらの話だが。

「やりましたね社長、お婿さんゲットですよ!」

「さっすが社長、お目が高いですね〜」

「え〜何が〜?」

結局それから日が暮れるまで、新人が戻ってくる事は無かった。
非常に残念だ、大事な新人が行方不明になってしまった。
だが希望を捨ててはいけない!彼はきっとどこか遠くの場所で生きている!
じゃあ探せ?やなこった!
この件が隊長の耳に入れば絶対怒られそうだもん。
出来るだけ不利益を被るような事態は避けたい、そう思いながら詰所を閉めた。
本日のお仕事はこれにて終了でございます。

「…どっかで見た事あるなぁ…」

ほんとに、コントみたいな1日だった。














「おつかれーっす…って誰もいねぇ…」

本部に戻って来てみれば、そこには人っ子一人いやしない。
と言うのは嘘だが、常時100人程度は居るであろう本部には人が殆ど居なかった。
少数の警備や事務要員しか、残っていない有様である。

「何かすんの?」
 
事務の連中に話しかけてみた。

「マクファーソンさんだけをハブって何かやるらしいです」

「ええー…100人単位でハブられてんの俺!?」

ここまで来るとある意味凄い、俺凄いかもしれない。
誰に聞いても、同じ台詞が返ってくる。

「はぁ〜…帰ろ」

ならこっちもそれに応えないといけない。
特に用事も無いのでさっさと帰る。
そう思い受付を横切ると、書類の山を抱える職員に声を掛けられた。

「マクファーソンさん、もう上がりですか?」

「そうだよ」

「ならついでに、留置場に居る奴らを全員解放しておいて貰えませんか」

「全員?」

「隊長さんからの命令ですけど、私らに権限ありませんから」

「あーわかった、やっとくわ」

地下にある留置場に逆戻りするハメになった。
基本的に留置場は刑務所じゃないので、収容しておくにも期限がある。
それにしても、一気に全員解放するとは隊長…何考えてるんだろう。
どうせ聞いても教えてくれるとも思えない、さっさと鍵開けて帰ろう。
で、留置場の前までやってきた訳だが、そこに入っていたのは1人だけ。

「出してくれぇ〜…わしが悪かったからぁ〜…」

「まだ居たのかよ…」

昨日無銭飲食で捕まったバフォメットだった。

「お兄ちゃん!ここ開けて!」

「誰がお兄ちゃんやねん」

鉄格子を挟んでお互い向かい合う。
こっちの姿を認めると、目にもとまらぬ速さで鉄格子に張り付いて来た。
怖いわ。

「鍵を開けてくれたら何をしてもいいんじゃよ〜…ぐへへ…」

「あー駄目だ、もう壊れちまった」

「きっと今からこの男に乱暴されちゃうんだわ…」

「いや、しないけどさ…口調変わってるし」

妙に親近感が沸いてくる。
お互い、取り残された者同士と言った感じだろうか。
そんなバフォメットを見ていると、憐れに思えてくる。

「お前に同情される程落ちぶれとらんわ!」

イラッと来た。
もう10日くらい閉じ込めておいてやろうか。

「死ぬわ!」

魔物でもやっぱり死ぬんかい。

「ちょっと待ってろ、鍵開けるから」

「なぁ、ちょっと聞きたいんじゃが…」

「ん〜?何だ」

「わし、これで前科付くんかのう?」

「いや、付かん」

「ほんとか!?」

そんな事心配してたのか…魔物なのに。

「意外じゃった…これから何年も塀の中で臭い飯を食う羽目になるかと思っとったんじゃ」

「ん〜…初犯だとよっぽどの事じゃない限り刑務所には入らないよ」

「そんなもんなのか」

「そんなもんなんですよ」

手に持つ鍵の束の中から、留置場の鍵を探す。
毎回思うけど、何で鍵を全部ごっちゃにして一纏めにするのかねぇ。
不便過ぎるだろ、誰も思わないのか?

「最近は犯罪が多いらしいし…物騒じゃのう」

「犯罪が増えたと思います?」

「犯罪は増えとるじゃろう?先月の犯罪件数も…」

「ああ…それね、あんまり関係無いんですよ」

「何じゃと!?」

まあ誰だってそんな反応するだろうな。
犯罪件数を纏めてグラフにするやり方は最近考え出されたものだ。
これを見て、今年は前年と比べて犯罪が増えただの減っただの。
実を言うとこれ、あんまり意味が無いものなのだ。

「だってねぇ…そんな犯罪が急に増えると思います?」

確かに、戦乱などで難民が大量に流入してきたり。
目に見えて人口に変化が起これば、犯罪件数の変化が起こるのは自然な事だ。
しかし、ここ何年かは辛うじて平和な状況を保っている。
外部からの影響が無ければ、犯罪件数などは基本的にあまり変化しないハズなのだ。

「じゃあ何で違いが出るんじゃ?」

「そりゃ簡単ですよ」


結局それは上の方針如何で来まるものなのだ。
大まかに言えば万引きしたガキが居たとする。
それを叱るだけで帰すかとっ捕まえて立件するかの差なのだ。

「あった!」

柄にも無くまじめな話をしていたお蔭で鍵も発見出来た。

「今夜あたりじゃな…」

「何がですか?」

「お前…知らんのか?」

「だから何を」

バフォメットが妙な事を言い出した。
今日何か予定でもあったかな?

「人がこれだけ少ないのに、お前は何とも思わんのか?」

「ああ…その事ね」

あまり聞かれたくない事だった。
だってハブられたのバレるじゃん。

「お前…まさか!」

「…」

「ハブられとるのか!!」

チクショウ、ばれた。

「プスス…かわいそうじゃのう!お前だけハブられたんか!?」

嬉しそうに言いやがって…どいつもこいつも!

「黙らねえと一生そこから出さないぞ」

「さっきお前が言うたじゃろ?ここは期限付きじゃからそれは無理じゃ!」

「この…!」

確かに、その通りだ。
しかし、妙な知恵を付けたガキみたいな事を言いやがる。
この獣ロリババアめ。

「お前、名前は?」

「へぇ?」

「名前を聞いとるんじゃ、言え」

急に、バフォメットの表情が変わった。
先程の憎たらしいガキのような顔から、一瞬で険しいものとなった。

「アール、アール・マクファーソンだ」

「マクファーソン…ほう…だからか」

「何がだよ」

「何故お前がハブられたのか、知りたくはないか?」

「…わかるのか」

チョイチョイと、指を動かす。
こっちに近付けと言うジェスチャーか。
誰かに聞かれたらマズイ事でもあるんだろうか。

「何だ?」

恐る恐る、鉄格子の前まで耳を近づける。
一体俺の名前が何だってんだ、とりわけ珍しいもんでもないはずだが。

「いいか…お前が何でハブられたかと言うと…」

「……」




































日が沈み、暗闇が街を覆い隠す。
最近では街灯などの設置が進み、大通りなどは一応明るさを保ったままである。
しかし一度裏路地に入れば、そこは昔から変わらない闇が支配する場所でもある。
人通りも、事件などの影響か全く無く、昼間とは打って変わって無機質な姿を晒している。
そんな通りを、2つの影がゆっくりと動いていた。

「すっかり遅くなりましたね」

「早く帰らないと…」

どうやら2つの影の正体は女性のようだ。
外套を着てはいるが、頭の上から顔を隠すようにベールをかぶっている。
どうやら聖職者なのだろうか。
悪魔などから身を守る衣服とされているが、はたしてそれが事実かどうかは誰も知らない。
そんな2人の背後から、もう1つの影が後を追う。
ゆっくりと、それでいて大胆に、狙いを定めている。

「この辺りは…暗いですね」

「ええ本当に、何かよからぬ事でも起こりそうです」

「まあ、恐ろしいことを」

などと呑気に会話を交わしている。
まさか自分たちにそのよからぬ事が起きようとは、全く思って居ないだろう。
だからこそ、それが狙いでもあった。
そうして2人が明るい通りから、明かりが届かない方向へと曲がった。
ここでやる、ここなら誰にも見られる心配は無いだろう。
気付かれぬように、速度を上げて、2人のすぐ後ろまで近づく。
右の女は、カンテラを持っている。
明かりはこれだけだが、十分過ぎる程でもある。


「もし、そこの修道女さん達」

後ろから声を掛けると、2人が足を止めてこちらに振り向く。

「はい、何でしょうか?」

「私たちをおよびですか?」

その一瞬を狙い、右手に持った剣を思い切り左の女に突き立てる。

「なっ…!?」

突然の出来事だった、無残にもその剣の刃が修道女の体を貫く。
ガクンと、修道女の体から力が抜け落ちるのを感じた。

「あ、貴女はまさか…」

「次はお前だ」

もう1人、いやもう1匹のほうも、さっさと片付けなくては。
そう思い、剣を引き抜こうとしたのだが…

「フフフ…フフフフフ…」

「…!?抜けない…」

既に事切れたと思って居た修道女の口から、笑い声が漏れた。
まだ、生きていたと言うのか?

「離せ…クソッ!」

「いきなり貫いてくるだなんて…随分と情熱的ですね…」

修道女の腕が、剣を掴んで離さない。
それだけではなく、突き刺した体の中から、触手のようなものが無数に飛び出してきた。
それぞれが意思を持っているかのように、蠢き、剣に絡みついて来る。

「貴様…!?まさか…」

まさか…そんな…ちゃんと選別したハズだ、なのに…なんで間違えた!?

「魔物か…っ」

「魔物だなんて言い方はお止め下さい…私は…」

ニヤリ、と頬を吊り上げて女は嗤う。

「ローパーですから」

「…!!」

咄嗟に剣を手放して後ろに下がる。
触手まみれの女が、己の腹に突き刺さった剣を引き抜く。

「はぁ…っでも、中々激しい突きでしたわ」

「全く、節操無しですね貴女は」

「…っ」

という事は、カンテラを持つ右の女も人ならざるものだと。

「私は、ダークプリーストでございます」

そう言って、可愛らしく頭を下げる。
外套をスルリと脱ぎ去り露わになったその体を見ると、良くわかる。
聖職者の衣装がベースとは言え、大きく開かれた胸元や、深く切れ目の入ったスリット。
人ならざるハート型の尻尾や腰元の羽にピンと尖った耳など。

「嘆かわしい…っその禁欲的なお姿は何ですか」

「何を言うか…」

「それもアリだとは思いますけど…やはり女性は可愛く着飾った方が良いと思います」

「私が、わかるのか!?」

「ええ、貴女は…女性の方ですよね?」

「クソッ!!」

バレてしまった、最も怖れていた事を知られてしまった。
この場に留まってはいけない、早く逃げなければ!

「あっ!お待ちになって下さい」

魔物の静止を振り切って、全力でその場から離脱をはかった。
近くの裏路地に逃げ込めれば、追われる事もない。
丁度、さっき自分が出て来た路地を見つけ、そこへ勢いよく飛び込んだ。

「…はぁッ…はぁ…ッ!」

追いかけては来ないようだ。
全く、最後の最後でとんでもないヘマをしてしまった。
本来の目標を狙う前に、いらぬ欲を出したからか…

「一旦下がるか…っ」

「そうはいかん」

「…何だと?」

背後から急に声を掛けられた。

「悪いがここで終わりにして貰おう」

振り返ってみるとそこに居たのは、先程の修道女達とはまた別の、女の姿。
鎧を身に纏い、巨大な剣を右手一本で構えて対峙している。

「…いつの間に」

「狙った相手が悪かったな」

「まさか…」

こちらの行動が知られている、誰かが気付いたのか…
この分では、周りに仲間が配置されているのではないか。

「貴様も魔物か」

「立場が逆転したな、今度はお前が追い立てられ、狩られる番だ」

「魔物風情が…」





























「接触しました」

「よし、部隊を展開させろ」

「我々は裏を固める、急げ」

斥候の報告を受けて、次々と部隊が散っていく。

「さぁて、問題は…」

「あの子が勝てるか、ね?」

「そこだね…」

デュラハンが、目標と接触したと言う報告が入る。
普通の相手ならば、特に心配するような事も無いのだが…

「相手の得体が知れないからねぇ」

「うーん…」

その一点が問題なのだ。
これまた路地裏の、少し余裕があるこの空間が、臨時の司令部として機能していた。
そこに居るのは、マクファーソンの上司で憲兵隊長のフーシェと、学校で司書をしているエキドナ。
更に…

「フーシェ殿、我々も行く」

「ライテンビュルフさん達は港を固めて下さい」

「了解した」

市民隊の副隊長であるライテンビュルフの姿もあった。
羽の付いた白いシルクハットを被り、首周りを守るゴージットを始めとする鎧を着こみ。
手には両刃の鋒先を持つ長槍武器のパルティザンを握りしめている。
その後ろを、火縄銃を持つ兵士達が続く。

「よく口説いたわね、貴族さん達を」

「同じ人間ですから、話せばわかりますよ」

憲兵隊だけでは兵力が足りない、なので態々己が一番嫌う相手から人手を借りて来た。
この隊長、中々のやり手である。

「で、残りはどこから連れて来たの?」

憲兵隊と市民隊を合わせても、まだ少しばかり必要数には満たない。
そこを埋めるために隊長がどこからともなく連れて来たのは、一見すると普通の市民達。
しかし、その素晴らしく統率の取れた様子を見ると、ただの義勇軍とはとても思えなかった。

「これもコネでね、隣町の猟兵大隊から何人か借りてきたんだよ」

「…他所の国の軍隊よねそれ?」

「敵じゃないよ、大事な同盟国の兵士諸君じゃないか。今の所はね」

「あんた、怖いわ」

「コネは大事だよ、本当にね」

これで、憲兵隊と市民隊、借りて来たお友達を合わせて総勢200名以上となった。
事前に想定していた数の倍である。

「一個中隊規模を自前で用意出来るって…」

しかも半日足らずでそれを揃えた。
もしかすると事前にお友達を街に呼び寄せていたのかもしれない。
何の為にかは、今となってはわからないが。

「コネコネ」

コネは大事だね、というお話だった。
さてさて、それだけの人数をどう動かせばよいのか。
無駄なく遊兵を作らない事が第一である。
まずは、街の構造を知り尽くしている憲兵隊の面々を半分に分ける。
半分は、各地に分散させて監視の任務、もう半分は借りて来たお友達にそれぞれ割り合てる。
そしてお友達の道案内役とした。
そのお友達部隊は、現在大半は司令部に留め置いている。
市民隊の方はと言えば、適当に大まかな指示をそれとなく出して後は好きにさせる。
さっきも港の方を固めろとは言ったが、その方法や手段は向こうに任せている。
こちらの手元には、若干の銃兵を残して自由に動かしてよいとの事である。
プライドの高い貴族様達である、下手にこっちが細かく指示を出して機嫌を損ねられても敵わない。
一番怖いのは、敵意を持つ味方なのだと人は言う。

「目標、表通りに出ました」

更に報告が続く。
情報こそ戦いを制すと言っても過言ではない。
どんな細かい変化でも、どんどん報告させている。

「表に出たのね」

「囲もうかな」

「ちょっと、まだあの子が戦ってるじゃない」

「さっさと壁際に追い込んで一斉射で片付いたりしないかなぁ」

「弾が効くかしら」

「結局、彼女頼みの部分が多いねぇ」

今の所、出来る事と言えば目標の進路を誘導させる事くらいだ。
とりあえず、港の方へ逃げるであろう事はエキドナが予想済みである。
なので、その反対方向へと相手を追い込んでいる。
下手に手を出して逃げられでもしたら、それこそ大問題だ。

「逃がしたら、私の首が飛ぶよ」

隊長は隊長で、この一戦に総てを賭けている。

(働く男の顔って良いわねぇ…)

そんな隊長の姿を、うっとりしながら見つめるエキドナの姿があった。
こんな色気のいの字も無いような所でも、フラグが立つものである。
さらにしばらく状況を見守っていると、先程の修道女2人が、こちらに戻って来た。

「お疲れ」

この2人を手配したのは、エキドナであった。

「いやー、案外楽しかったですよ」

「ぶっといので思い切り貫かれちゃいました…」

「まあ文字通りの意味みたいだけどね」

囮役としては、ある意味最適な人選と言えなくもない。
純粋に魔物では無く、元人間の魔物を囮に使うのはどうか。
そう考えたエキドナが実行した策に相手は見事に掛かってくれた。

「それにしても、良くわかったねぇ」

流石にフーシェ隊長でも、この共通点を見つける事は出来なかった。

「そりゃそうよ、伊達に毎日本に囲まれて暮らしてる訳じゃないわよ」

新聞など、最新の情報も隅々までチェックするのが彼女の日課だとか。

「だから婚期が遅れてるんですよね」

「そうそう、いっそ本と結婚すればいいんじゃないですかぁ?」

「アンタら…」

「ここで騒がんで頂戴な」

厄介ごとが増える前に、隊長が割って入る。
とにかく、犯人を見つけ出せたのはエキドナの手柄である事は間違い無い。
後で何かお礼をしなければいけない。

「隊長さんが欲しいわ」

「ハハハ、生憎私は家庭持ちですよ」

「嫌いじゃないわ、その展開」

「勘弁して…」

やれやれ…これは事が終わってもしつこく言ってきそうだ。
出来るなら、今夜限りのお付き合いにしたいものだ。
更に報告が次々と入って来る。
相変わらず状況に変化は見られないが、ここはじっと待つしかない。

「それにしても、マクファーソン君には悪い事をしたかな?」

この作戦、普通なら手の空いている者は全員投入されているハズだ。
しかし、今回ばかりはちと事情が異なる。

「すっごくスネてたわよ、あの子」

「彼、割と繊細なんだよ」

とは言え、事情が事情だけに参加させるわけにもいかない。
今頃彼はどうしているだろうか、大人しく家に帰って眠りについているだろうか。
何だかんだ言って、一番気になる部下である事は間違いない。












「そろそろ、諦めんか…」

「出来ん相談だな」

「やはり化け物と交渉は出来んか…愚かな」

「今の貴様の方が、私よりよっぽど化け物染みているぞ」

相手と斬り合いながら、忙しなく移動を繰り返す。
予想以上に重労働だった。

「くぅッ…!」

剣を思い切り振り下ろしても、相手が軽々と片手でそれを受け止める。
相手の武器は、これと言って特徴がある訳でもない。
何の装飾も無い、大量生産されているような一般的な剣。
それを振るい、こちらの攻撃を容易に受け流す。
普通なら、そんな安物の剣くらい一撃で叩き割れるハズなのだが。

「おかしい…」

何かがおかしい。漠然としないその違和感の正体がわからない。

「ええいッ」

しつこく鍔迫り合いの体勢に持ち込もうとする相手を弾き、右の脇腹を思い切り斬り裂いた。

「…」

恐らく鎧を着ているであろう、その上から刃が深々と突き刺さる。
しかし、肉に食い込んだと思ったそれがスポンと、簡単に抜けてしまう。

「またか!」

斬っても斬っても、鎧の下にまるで手ごたえを感じないのだ。
今までに何度か、相手の体に斬りつける機会はあった。
それでダメージを受けているなら、こんなに動き回れるハズが無い。
つまり、全く効いていない、と言う訳だ。悔しいが認めねばなるまい。

「剣の腕だけなら私が上なんだがな…っ」

こんな得体の知れないものを相手にしたのは、初めての経験だ。
自分が魔物である事に、全く優位性を感じられない。

「貴様も魔物の類では無いのか!」

実体が無い、例えばゴーストなどがそれに当て嵌まるだろうか。
だが頭の中が常時ピンク色のゴーストが無差別に人を殺めるなどと言う話は聞いた事が無い。

「魔物では無い!神だ!」

「神だと?」

こいつはアホなのか。
今自分が行っている行為は一体何だ?
神が人を殺すとでも言うのか。

「そうだ、その通りだ」

これはますますいかん。
反魔物勢力の人間か、いや…なら魔物も狙うはずだ。
こいつは魔物を間違って狙ったような素振りを見せた、目標はあくまでも人間。
一度離れて、距離を取る。
今まで足を動かし続けたせいで、呼吸が乱れてしまった。
それを整えて、再び剣を構える。
最近は実戦どころか訓練すら満足に行えないが、これほど思い通りに体が動かないものか。

「…涼しい顔を」

街灯の光で、相手の全容が見えて来た。
深々と、頭からローブのようなものを被っているので、顔を窺い知る事は出来ない。
辛うじて見えるその口元からは、薄気味悪い笑みが零れている。
息も全く上がっていない、全身で余裕をアピールしているようにさえ見える。

「私は神の声を聞いた、そしてそれを実行するのだ」

「…いい病院を紹介してやろうか?」

ベッドに寝かされて、手足をベルトで縛られて、頭の中に電線を繋いでビリビリと。
なあに、少々ぼーっとする事が多くなるだけで他に害は無いさ。

「下等な生物には理解出来まいよ、この崇高な行いを」

「自分に酔うのは良いがな、周りに迷惑をかけるんじゃない」

こいつの話を聞いているとこちらまで恥ずかしくなってくる。
既に迷惑と呼べるレベルではないが、本人に自覚が無ければ仕方ない。
誰かがわからせてやらねば、力づくでも。

「休む間は与えないぞ」

「チッ…気付いたか」

今度は向こうから、勢い良く此方に飛び掛かって来る。
その攻撃を防ごうと右足で踏ん張ろうとしたが…

「…!?」

運が悪かった、石畳の路面の、僅かな出っ張り部分に足を引っ掛けてしまった。

「馬鹿め…」

バランスを崩した一瞬の隙を狙い、相手が更に追い打ちをかけてきた。
この体勢では、攻撃をかわせ無い。

「首を貰う!」

「…どうかな」

デュラハン相手にその台詞は失笑モノだろう。
相手がこちらの特性に気付いていないのであれば仕方ない話ではあるが。

「何…!?」

不意に、相手の動きが止まった。
隙を突いたのは、はたしてどっちだろうな?
この状況を待っていたのは、私の方だ。

「今だ!やれ!」


突如として、上空から2つの影が、此方に向かって勢いよく落ちてくる。
ドスン、と地面に突き刺さり、石が捲れ上がり粉塵が辺りに広がる。
パラパラと、吹き飛ばされた小さい石が頭に降り注ぐ。

「ドンピシャかな」

影の1人が、こちらに手を差し出してきた。
その手を取り、立ち上がる。

「どこがだ、一呼吸ズレてるぞ」

「細かいねぇお前は」

「何を言うか、そのせいで見てみろ」

「あん?」

「まだ立ってる」

「おっと…そりゃ大変だ」

この2人は、私の部下だ。
予め、この場所に配置していたものである。
ワザとこちらに隙を見せ、相手が油断した所を上から攻撃する。
ありきたりだが、それはつまり有効な手段であるともいえる。

「手応えがまるで無いですね、隊長」

冷静に煙が舞う先を見つめるのが、リザードマンだ。
こいつは割と使える、部隊の中でも貴重な人材と言えなくもない。
ただし、デスクワークの類は全く不得手である。
何でそんな奴をうちに配属したのか理解に苦しむ。
しかし今回のような荒事には持って来いだ。

「もう一回いくか?」

などと能天気な事を言い放つこの馬鹿は、最も我が隊に不向きであろうオーガである。
こいつはリザードマン以上に脳筋で、机に向かって10分も黙って座れない程だ。
何故こんな連中ばかりを私のもとに送って来るのか。
ウチは幼稚園ではないぞ、と反発した事は何度もあったが。
やはり今回だけは、非常に頼れる存在である。
残りの連中は戦闘要員としては期待出来ないので置いて来た。
何度も言うが我々は本来こんな事をする集団では無い。
人手も足りんし頭も足りん。我々に出来るのはこれが精一杯だ。

「ヨッシャ!ようやく愚連隊らしくなってきたな!」

「愚連隊と言うんじゃない」

「隊長、構えて下さい」

とにかく、味方が増えた。
3対1、こちらが圧倒的に有利だ。
しかし、仕掛けはこれだけではない。

「…下がれ!」

「っ!?」

「おっと」

私の命令を受けて、2人がその場から後ずさる。
その瞬間、頭上から勢いよく銃撃が浴びせられた。

「おいおい、こっちにも当たるだろ」

「銃に撃たれたくは無いな…」

私もそれに関しては同感だ、銃など…
あいつはそれを嬉しそうに見せびらかして来たがな。
断続的に撃ち込まれる銃弾と、舞い上がる煙で相手の姿が霞む。

「もっと下がれ!!」

頭上から叫び声が聞こえて来た。
射線に入っては居ないだろう、何をそんなに必死になっている。
そう思って、思わず顔を見上げる。
左右の建物の中から、見下ろす形で兵士達がそれぞれ銃撃を加えている。
そして屋上から、とてつもなく大きい筒のようなものを構えた兵士が見えた。
声の主はコイツのようだ。

「それは、それは駄目だろう…」

資料で見た事がある。これは3キロ程の銃弾(銃弾と言っていいものか)を撃つための銃だ。
1人で持ち運びが出来るはずがない、使用するにも台座などを利用する。
そんなものを、どこから持ってきたと言うんだ。

「隊長、ヤバくないっすか」

「ああ、ヤバイな…これは」

大砲と言っても差し支えないものを目の前にブチ込まれたらどうなるか、どんなアホでもわかる。
しかも街中でだ。

「下がるぞ!」

相手に背を見せる危険を冒してでも、この位置から早く離れなくてはならない。
全速力でその場から走り去る、とほぼ同時に、頭上から大気を劈くような爆音が響いた。
その衝撃たるや凄まじく、私たちも背後からの衝撃波を受けて数メートルは軽く吹っ飛ばされた。

「ぶっ!?」

受け身を取り損なって、顔から地面に突っ込んでしまった。
その瞬間、嫌な音が聞こえた。そう、まるで金属が歪むような音が。

「隊長…ダッサ」

「ドジッ娘ですか」

「違うわ!」

いや、正直これはドジったかもしれない。
さっき顔から地面に突っ込んだ時、首の拘束具が嫌な音を立てた。
直接手で触れて見ると、成程確かにこれはまずい、非常にまずいぞ。

「しかし、これで…」

流石に少しは効いただろうか。
地面が抉れ、まだ煙が立ち込めている前方を睨む。
ここで「やったか!?」と言う台詞は負けフラグらしいので言っては駄目だ。
とあいつが言っていたのであえて私は言わない。

「やったか!?」

「やったか…」

「おい」

素晴らしい部下を持って私は幸せ者だ、本当に。
建物内に配置していた兵士達も、わらわらと通りに姿を見せる。
この道に誘い込んで囲う、一応当初の予定通りに事は運んでいる。
銃を使うのは危険なので、長槍を持つ兵が前に出る。

「…」

出来る事なら、このまま大人しくなって欲しいものだが。
こういう場合はあまり期待が持てない気がする。

「その通りだ」

「…ああ、そうだろうな」

ゆっくりと、未だに煙が立ち昇るその中で、影が動いている。
それが、こっちに向かってくる。

「構えろ」

「そんな…」

「化けもんかアイツ…」

お前らが言うか。
まあそれ程得体の知れぬ物であるのは確かだ。

「あれは大砲か…?」

最早その役割を果たしていない、穴だらけとなったローブを脱ぎ棄て、その姿を自ら衆目に晒す。

「私が知る物とは随分違うものだな」

その華奢な体を首から手足の先まで薄汚れた鉄の鎧が覆い隠している。
今時プレートアーマーを使っているとは驚いた、いや、やはりそうかと言うべきだろうか。
髪を後ろで束ね、顔は泥などで汚れきっている。
それどころか、よく見ると体中傷だらけではないか。
動くたびに血が滴り落ち、鎧がギシギシと軋み音を立てている。

「…違うな」

今までの攻撃が効いていたのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
最初からこの状態だった、と思う方が正しいだろう。
ローブを被っていた時には気付かなかった。
それとも、姿を晒すとこうなる性質でも持っているのか。

「何故動ける…」

「…すげぇな」

その姿を見て、脳筋部下の2人も思わず後ずさる。
いやはや、得体の知れぬ敵とはこうも恐ろしいものだったとは。
我々魔物と戦う人間も、こんな気持ちなのだろうか、非常に勉強になった。

「さて、どうしようか」

状況だけを見ると、こちらが圧倒的に優勢なハズだが、とてもそうは思えない。
誰1人、相手に近付く事が出来ず、遠巻きにその様子を伺うだけだった。


「いやいや、参ったねこれは」

その様子を後方で見守っているのは、隊長であるフーシェであった。
彼らも、目標を追い込んだという事で、手持ちの部下を殆ど率いてやって来た。

「あれだけ鉛玉をブチ込んだのにまだ生きてやがるんだね」

「ちょっと、喋り方おかしく無い?」

エキドナも一緒である。

「葡萄弾でもお見舞いすればよかったかな、それか爆薬でも仕掛けておけばよかったかもね」

「憲兵さん!?あなた憲兵さんよね?」

「とりあえず倒せればなんでもいいよ」

随分過激な事を言うものである。

「でもそんな所も好きだわ」

色々手遅れであった。




「今度はこちらの番だ」

長い沈黙を破ったのは、向こうの方だった。
ゆっくりと、こちらに歩み寄る。
ジリジリと、相手の圧力を受け今度は私たちが後ろに下がる。
剣を左手に持ち替え、右手には腰に吊るしてあった斧のような武器を手にしている。
攻撃手段が無いとなると、むしろ不利なのは退路の無いこちらの方だ。

「突っ込みますか?」

「それもアリだな」

3人で一斉に掛かれば、まだ可能性はある。
向こうは剣と斧、こちらは私とリザードマンの部下で剣2本、オーガの方は素手と来た。
更に圧力を受け、後ろに下がる。
もう後が無い。

「…行くか」

「わかりました」

「流石隊長、そうでないと」

武器を構えて、飛び出すタイミングを見計らう。
あと3歩。まだ遠い。

「……」

カチャリ、と相手が動く度に鉄の鎧が音を立てる。
2歩。もう少し。
左手で首元の拘束具を触ると、さっき確認した時よりも締め付けが緩んでいた。
長期戦は不利だ。

「…っ」

そして1歩。ここだ。

「…行くぞ」

「応!」

「了解っ」

私の号令で一斉に地面を蹴る。

「…!」

向こうもそれに合わせて剣と斧を構えた。
同時に攻撃を繰り出せば、いくら攻撃が効かないとは言え、総て捌ききれるはずがない。
相手がそれに怯んだ隙に通り抜けて前方に居る部隊と合流する。
後は、癪だが銃兵などに任せ何とか押し切る。
現状で思いつく手と言ったら、それくらいしかない。
己の能力の限界を見ると言うのは、中々辛いものだ。







「待てぇい!!」





丁度その時、随分間の抜けた声が辺りに響いた。
自然と、こちらの足が止まる。
…凄く聞き覚えがあるんだが、嫌な予感がする。

「誰だ…」

向こうの動きもピタリと止まった。

「ちょっと、避けて、ごめんなさいね」

前方に展開する兵士達の壁を掻き分けて出て来たのが、その声の主だろうか。

「ああ…何でっ…あの馬鹿…」

そこに居たのは、今一番会いたくもあり、一番会いたく無い人間。
そう…アールだった。




















「ふっふっふ…みんな注目してるな」

真打登場と言った具合か。
タイミング的にもバッチリだ。

「……」

剣を振り被った体勢のまま、こっちを見つめ続けるヨランドと目が合った。

「…帰れ」

「えっ!?」

「帰れ馬鹿!!何をしに来た!?」

「いや助けに…」

「お前の助けなんぞ必要ない!さっさと失せろ!」

え、なにこの予想外の拒否られっぷり。
ちょっと、いや大分予想してたのと違うんだけど、おかしいなぁ。
もっと喜ぶかと思ったんだけど。

「何でさ…」

結構へこむ。
折角この時の為に準備して来たのに…

「…!貴様は」

「誰?」

何か変な人が居た。
ヨランド達と今にも斬り合いそうな格好のまま、首だけ器用にこっちを向けて喋っている。
俺の顔を凄い形相で睨みつけて来る。怖い。

「アイツ何しに来たの?」

「うわー空気読めよ…」

「うぜぇ…」

「死ね」

後ろから罵声が飛び込んでくる。
この全く歓迎されていない空気は何。
と言うか最後の奴は完全にただの私怨だろ、後で見つけてブン殴ってやろうか。

「探す手間が省けたな…」

「女性がお呼びとあらば、姿を見せない訳にはいかんでしょうよ」

このレトロな鎧を身に着けた小汚い女が、どうやら一連の事件の黒幕のようだ。
それにしても、ヨランドとまともに戦り合えるとは恐れ入った。
化けもんかこいつは。

「死んで貰うぞ」

女がこっちに向き直る。
さっそくやる気満々か、面白い。

「お前が敵う相手じゃない、調子に乗るな!」

ヨランドが叫ぶ、まあ…確かに合ってるよ。
俺の腕じゃまず勝てるとは思えない、お前より弱いしな、俺。
でもな…相手を倒すって事だけなら俺にだって出来るんだよ。

「手出すなよ、ヨランド」

「何を言ってるんだお前は!」

「なんならそっちから今すぐ愛想尽かしてくれてもいいぞ」

「なっ…!?」

そうだよ、俺は守られてばっかりだ。
お前だけじゃない、まさか職場の連中にまで守られてたなんて。
情けない、そんな自分に腹が立つ。

「女の影に隠れて自分で戦わない奴は男じゃねえ」

そんな奴は死んじまえばいいんだ、って婆ちゃんが言ってた。

「たまには前に出ても良いと思わないか?」

「…」

「な、だから今回だけは」

つまらん意地だと笑ってもいい。
俺にやらせてくれ。
一度くらい、前に出てもいいだろ?

「……」

構えを解き、黙って剣を鞘に仕舞う。
口では言わんが、これが了承の合図になる事はわかっている。


「何だあいつは、御世辞にも強そうには見えんぞ」

「威勢が良いじゃないか、でもよ…それだけだぜ、ありゃあ」

流石に部下も瞬時にあいつの力量を見抜いているようだ。
私より技量で数段劣る相手とは言え、果たして人間がまともにやり合えるかどうか…
いくら何でも、無謀では無いか。
誰が見ても、あいつに勝ち目があるとは思えない。

「勝機があるのか…アール」

ただそこまで言われれば、手を出せなくなるではないか。
全く、だから馬鹿なんだお前は。
人の気持ちも知らないでこんな事ばかり…
だがもし、あいつがやられたら…その時は刺し違えてでも奴を殺すだろう。


「ヨランド…だと?」

女が一瞬、そう呟きながら後ろを振り向いた。
しばらく私の顔を見つめると、何も言わずアールの方に向き直る。






「大丈夫なの?」

「言って聞くような男じゃないしねぇ…」

兵士達の間にも動揺が広がる。
隊長として、何か言うべき事は無いかと思ったが。

「何も無いね」

「意外と冷たいのねぇ…でもそこが好きだわ」

最早なんでも良いようだ。
ここは黙って、見守るしかない。
これだけの兵力を要しながら、何とも歯痒いではないか。
いっそこの隙をついて手投げ弾でも放り込んでやろうかと思ったが…
流石に味方を巻き込む危険は避けたい。
と言うことはだ、黙って見守るしかない。


皆の了解は取れた。
さてさて、じゃあ勝負しますか。御嬢さん。

「貴様、武器は」

「そう急かすなよ」

ちゃんとありますよ、俺には。

「こいつがね」

愛しの相棒を懐から取り出す。
フリントロック式の、最近型のピストルだ。

「ふんっ」

愛銃を見るや、人を小馬鹿にしたような声を上げる。
随分余裕じゃないか、あんたの時代にゃ無かったもんだろうに。

「アール、駄目だ!そいつに銃は効かない!」

「…えっ?」

そんな、この人類の進歩が生んだ科学の結晶が通用しないだって?
それは無い無い、多分気のせいだ。

「いや、本当に効かないんだ!」

「いくら銃が嫌いだからってそんな嘘つくなよお前…」

「こんな時に嘘などつくか!」

全くだ、こんな時に嘘なんぞついてどうするってんだ。
……と言う事は、あれ?まさか本当に効かないのか、銃。

「行くぞ…」

そんなこんなで騒いでいる隙を突いて、相手が動いた。
意識した時には、既に懐近くまで接近している。

「おいおい、待てよ!」

何という卑怯者、騎士道精神の欠片も無い野郎だ。

「待たん、死ね!」

女が低く飛んだ。
こっちも急いで銃口を相手の方に向けるが、狙いをつける余裕が無い。

「ええい!クソッ!」

目晦まし程度にはなるだろうと思い、半ばヤケクソ気味に引き金を持つ指に力を込める。
それとほぼ同時に、相手も剣を突きだす。
剣先が目の前に迫ってくるのを見て、反射的に目を閉じてしまった。

ドン、と言うかボスン、と言うか。
何とも表現し難い軽い音が至近距離で響いた。
誰もが固唾を飲んで、その様子を見つめて居る。

「…ッ!!」

先に動いたのは女の方だった。
斧を落とし、片手で腹の辺りを庇う仕草を見せて、後ろに下がる。
その時に、低く呻くような声を上げた。

「…ふぅ」

ギリギリの所で助かった。
適当に撃った銃が、運良く相手に当たった。
良かった、実を言うと武器はこれしか持ってなかったんで。
やり直しがきかないんだよな。

「…ッ何故だ!?」

女が腹を押さえてその場に膝をつく。
弾は女の腹の丁度真ん中辺りに命中した。

「なんだ、効くじゃないか」

やっぱり嘘だったのか。
目の前で膝をついて苦痛に悶える姿を見ると、効果が無いようには見えない。
プレートアーマーで全身を守っているとは言っても、銃弾を防げるようには出来ていない。
苦悶の表情を浮かべてこっちを睨みつける女の様子を見ると、演技では無いだろう。

「アール!」

「おい、やっぱり嘘だったじゃねえか」

女が動けない隙をついて、ヨランド達がこっちに駆け寄って来た。
それにしても、女1人相手にこの人数は少々大袈裟過ぎるんじゃないか。
しかも何か人多く無い?どうせ隊長辺りがまた余計な事して…

「アホ!!」

「ぶッ!」

いきなり平手が飛んできた。
その衝撃たるや、とても平手打ちとは思えない威力だ。
下手をすると脳みそが揺らされてノックアウトしていたかもしれない。

「何すんだよ!?」

むしろこれで死ぬぞ。

「何でこんな無茶をするんだ!」

「いや、だってねぇ…」

そりゃあアンタ、決まってるじゃないか。

「だってこいつの狙いって、俺なんだろ?」







「多分、お前が狙いじゃろうて」

数時間前に、留置場でバフォメットに聞かされた言葉は、余りに衝撃的だった。

「俺…?」

ここに来て急展開、まさか俺が狙いだったなんて…

「だからハブられとるんじゃよ」

「…へぇ」

とは言え、その言葉を簡単に信じる事は出来ない。
ひょっとすると口から出まかせを言っているだけかもしれない。

「何の為にじゃ」

「純粋な俺を騙して弄ぶ気なんだろ?」

「そんなクソ面白くも無い事はせんわ」

「俺ってそんなに駄目かなぁ…」

ここ2日で誰彼かまわず俺にボロクソ言うんだもん。
正直そろそろ本当に心が折れてしまいそうだ。

「お前、生まれは海の向こうか?」

「いや…先祖がそうだっただけで、俺の生まれはこっちだよ」

「ならそれじゃ」

「ええ…!?んなアホな」

つかそれなら別に俺関係無くない?先祖が悪いって事にならない?

「殺された奴の身元を調べりゃわかる事じゃが…」

「全員俺と似たような理由で?」

「うむ」

聞けば被害者全員、ある国の出身者か若しくはその血筋の者らしい。
さすがに酷い理由だ。

「それ、大して意味無いと思うんだけど」

態々1人1人調べて狙いをつけてるって言うのか?
無差別に襲うのと何が違うってんだ。
と言うか、普通は違うだろ?
あれは身内に裏切られたものじゃないか。
何で俺達を狙うんだ。

「意味がわからんな」

「そりゃお前、動機なんぞ傍から見ればみんなそんなもんじゃろう?」

「まあ確かにそうなんですけど」

そもそも動機がどうであれ、やった事を肯定される訳でもない。
罪は罪として裁かにゃならん。

「とは言え、聞いたところで俺にどうする事も出来ねえし…」

犯人が現れそうな場所も、作戦も、何もかも知らない状況である事に変わりは無い。
今から街中走り回って見つけ出すにしても、時間が掛かりすぎる。
ハブられたと言う事は、大人しく家で過ごしていろって意味なんだろう。

「ああ、クソッ」

もどかしい、無力な自分が情けない。

「探すのは簡単じゃぞ?」

「何ですと?」

「港の近くを重点的に探せばええんじゃ」

「港?」

「今まで事件が起こった場所をチェックしてみればすぐわかるんじゃがなぁ…」

バフォメットが言うには、最初の事件から今日まで、犯人は常に移動を繰り返している。
それらを結んで行けば、大体出没するであろう場所は特定出来る。
どうせその範囲をカバーするように部隊を展開させているだろう。
あれ、これウチの近所じゃないか?

「こんなもん馬鹿でもわかるぞ?」

「俺馬鹿以下なの…?」

と言うか、何でそんな事わかるんだろう。
確かこのバフォメットは昨日から留置場に入ったままだし。
俺達が捕まえるまでずっとこの街を離れていたんじゃなかったっけ?

「新聞じゃ新聞」

「ああ、新聞ね」

留置場でも新聞は読めるらしい。

「それにな、ここに居れば本職から話が漏れ伝わるじゃろ?」

何気ない隊員同士の会話なども、つぶさに漏らさず聞き取っていたと。

「抜け目無いなぁ…」

犯人を捜すより、犯行を防ぐ事に重点を置いた方が良い、とバフォメットは付け加えた。
理屈は分かるんだが、そうそう言われた通りに出来るもんでもない。
大体夜警は市民隊の役割だし。
それじゃあまるで市民隊が無能だったと言う事じゃないか。
口が裂けてもそんな事は言えん。

「情報の共有もしとらんとは、いやはや頼もしい奴らじゃ」

「何も言い返せないな…」

一教師にここまで言われっぱなしとは、何とも情けない話だ。
あ、一応元本職だっけ?

「今はもう関係ない」

「全く関わり無いの?」

「そう、今のわしはただのせくしぃ女教師バフォメットちゃんじゃ」

「へぇ、そう」

「その反応が一番辛いんじゃよ…」

何となく話していてわかった。
この人、すっごい絡み辛い。
本人にあんまり自覚が無さそうな所がまた涙を誘う。

「しっかし…何だなぁ」

正直絡み辛いくらいで、そんなに害があるようには見えない。
バフォメットと言うくらいだから、もうちょっと悪いイメージを持っていたんだが…

「どうして犯人候補にこんなのが上がったんだろう…」

「こんなの言うな」

「あ、聞こえてた?」

思ったことをつい口にする癖は直さなきゃ駄目だな。

「まあ、敵が全く居ないとは言えないもんじゃ」

「あんたもそんなのが居るのかい」

こっちも職業柄、恨み妬みの類は嫌になるほど味わってきている。
何となく、気持ちがわかるような気がした。

「わしは良いから、はよ行け」

「えっ?」

「行くんじゃろ?まさかこのままハイさようならと言う訳にはいかんじゃろ?」

「…勿論、行くさ」

「よっしゃ、ならわしからの餞別じゃ」

そう言うと、いきなりバフォメットが自分の股間に手を突っ込んで弄り始めた。

「え?え?」

何この人、今までの話の流れでそれは無いわ。

「下の毛でも持って行けってか?」

「阿呆、違うわ。大体わし生えとらんし」

「…マジで?」

「ロリが生えとったら台無しも良い所じゃろうが」

そんなもんですか。
まあその気が無い俺にとってはどうでもいい話だけど。

「ほれ、これ持って行け」

バフォメットが股間から取り出した物をこっちに手渡してきた。

「これって…」

「無駄にはならんと思うぞ、だから持って行け」

「なんでそんな所に仕舞ってあるんだ…?」

衛生面が非常に気になる。
まず消毒しとこうかな。

「…グスッ」

「泣くな泣くな」

心無い一言が、知らず知らず相手を傷付けてしまう。
泣いたバフォメットを必死で宥めてから、俺は留置場を後にした。









「貰っておいて正解だったな…」

こればっかりは自称せくしぃ女教師さんのお蔭だと言わざるを得ない。
それにしても、よくわかったな…これが効くって。

「はァ…はぁ…」

それでも、剣を杖替わりに体を支えながら、女が再び立ち上がって来た。
粘るねぇ、普通この距離で銃弾をブチ込まれたら立ってられないぞ。
それどころか、致命傷だぞ。その傷。

「何を…ッ貴様一体何を撃った!?」

「見ての通り、銃だけど」

「そんな、そんなハズは無い!私にそんなものが通用する訳が…」

「まあ、ちょっとばかし特別な所があるけどな」

「…特別?」

「弾がね…」

懐に仕舞ってあった予備の弾丸を取り出して、それを相手に見せる。
一見すると、ごく普通の、何の変わりも無い銃弾のように見えるだろう。
しかし、これはちょっとばかし特別なのだ。

「こいつは…銀の銃弾だ」

「銀…だと…」

銀の弾丸、と言えば悪魔やら吸血鬼やら普通の攻撃が効かない相手に対して使うものだ。
今回まさにその通りになったわけだが…

「これが効くって事だな…お前さんは…」

「私が…何だ」

「お前さんが悪霊の類だって証明してるようなもんだ」

気の毒な話だ、これが真実だ。

「現に今苦しんでるだろ?」

「悪霊…ッ!?私が悪霊だと…」

「薄々わかってたんじゃないのか、自分でも」

「…いや違う、そんな、そんなハズが!」

女が急に狼狽え出した。
口ではああ言っているが、正直な所、自分でも気付いていたんだろう。
可哀想に、本当に憐れな奴だ。

「アール、お前はこいつの正体が…」

「図書室で本を読み漁った成果が出てるかなぁ」

そう言うヨランドも、随分前からこいつの正体に気付いていたみたいだけどな。
やっぱりお前にはどうやっても敵わないのかねぇ。
悔しいけど、そろそろ認めるしかないか。




「惨めなもんだね」

「あら、同情してるの?」

「いや、全くそんな気持ちは無いけど」

それにしても、まさか犯人の正体がこんなものだったとは。
誰が予想出来たであろうか。
フーシェ自身も予想外であった。

「信じるものが否定する存在に成り果てても神を信じるかね」

今から遡る事数百年も昔、世界中を恐怖のどん底へと叩き落としたものがる。
それは戦争の類でもない、ただの病原菌であった。
当時既に飽和状態に達していた大陸の総人口は約8000万だと言われていた。
酷い衛生状態で、人々が密集している都市部は、侵入した病原菌には正に天国のような環境だった。
ある戦争では、30年で国の人口の約3割が失われたと言う記録がある。
しかし、この病原菌はわずか4年で、大陸全体の人口の3割をこの世から消した。
最も、物理的な損失は短期間で回復した。
この病が傷を負わせたのは、人々の心にである。
身分や性別、年齢の関係なく悲惨な死を遂げていく人々を前に、教会は無力だった。
聖職者は皆決まってこう説明した。
「死者はその罪ゆえに罰せられたのである」と。
だがそのような説明で、愛する者を急に理不尽に奪われた人々が納得するはずがない。
自然と、人々の心は信仰から離れて行った。

「ダンス・マカブルね」

「ご存じかね」

「一応、その頃も生きてたからね」

「そこそこお年を召していらっしゃるようで…」

「年上女房はお嫌いかしら?」

「その話は…ちょっと横に置いといてだね」

終始こんな感じである。
もう大分対応にも慣れて来た。

「あのころは酷かったわ〜…毎日毎日死体を山盛りにした馬車が右往左往してたし」

死体を介して病気が広がる。
まさに地獄のような光景だっただろう。

「後ね、全裸で自分に鞭を打ちながら歩いてる集団とかも居たわ」

「鞭打ち苦行者…」

「もうね、新しいSMブームか何かかと思ってテンション上がっちゃったんだけどね」

「台無しだよ」

本当に、きっと生きてて毎日が楽しいだろうな。この手合いは。
ある意味羨ましい。

「出て来た所で、何が変わる訳でもあるまいに」

過去の栄光に縋るのか、それとも自分を裏切った世の中への復讐の為か。

「ま、考えるだけ無駄だね」

だから女を利用する時は、細心の注意を払わねばならない。
見捨てられようと、必死に足元へとしがみついてくる。
作り上げるのは簡単だが、切り捨てるタイミングが最も難しく重要である。

「女は恐ろしいよ…本当に」




「お前さんがどういう考えで動いてるのか、そんな事どうでもいいんだよ」

銃身に予備の弾を詰め直す。相手がこの隙をついて攻撃してくる心配は無いだろが…
この手間を無くさない限り、まだまだ銃が戦場で主役になる事は無いだろう。
それもいずれ、時が経てば改善されると思う。

「とりあえず、これで最後にしないか」

この件が公になる事は、まず無いだろう。
だからこそ、証拠もキッチリ消しとかなきゃならん。

「そろそろ休んでくれよ、な?」

銃口を、再び女の方へと向ける。
今度こそ、きっちり急所に命中させてみせる。

「わ、私にはまだ…。役割がっ…」

「だからここで終わらせてやろうって言ってるんじゃねえか」

余程さっきの攻撃が効いたんだろう、銃を向けられるとその顔が恐怖に引き攣る。
ここで情けをかける訳にはいかない。俺は銃口をゆっくり女の額に押し付けた。
俺が神の変わりに終わらせてやるよ、この馬鹿げた行いを。

「故郷に還りな」


そう言えば久しく旅行した事が無かったな。
今度休みでも取って、そこら辺を見て回ってみたい。
ヨランドも一緒に…着いて来てくれるかどうかは話してみないとわからんが。

「故郷…」

小さく、女がそう呟いた。
そしてゆっくりと、両の目を閉じる。
タチの悪い夢も、今日限りで終わりだ。
最後の瞬間、女は一体何を思っていたのだろうか。







そしてこの夜を最後に、街は再び静寂を取り戻した。
その後、人々を恐怖に陥れた凶悪事件は一応の解決を見たと発表があった。
この事件は、軍と民に加え、魔物の助力があってこそ解決出来たものである。
それはそれで、美談となるべきものなのかもしれない。
しかし、未だに謎な部分が多い事件である。
その真相が総て暴かれる事は、期待出来ないだろう。
何故なら、この事件に関する証拠があまりにも少ないからである。
民衆は常に新しい刺激を求める。
この事件も、やがて時の流れと共に人々の記憶から忘れ去られてしまうだろう。
再び日の目を見ることはあるのだろうか、先のことは誰もわからない。















「死体が消えた?」

「消えた、と言うより…溶けたと言う表現が正しいでしょうな」

「溶ける?」

例の作戦が終了して数日後、さっそく問題が発生した。
素早く現場を撤収させ、大半は既に憲兵隊本部へと戻って来ている。
少数を、鉄の弾で耕された通りの整備の為に残しており、夜通し社業を行っている。
極力、現場に証拠を残さぬよう隊長であるフーシェが命じたのだ。

「運び込んだ時は確かにあったんですがね」

「保管していた数日のうちに溶けて無くなった、と?」

「信じがたい事ですが、そうとしか言いようがありませんね」

「ふむ…腐って崩れ落ちたとかではないのか?」

「ちゃんと保管してましたって」

事後処理の相談にと、憲兵隊の本部を訪れた市民隊副隊長ライテンビュルフが予想外の報告を受けた。
彼らは港の周辺を重点的に警備しており、直接戦闘に参加した訳ではない。
それでも、犯人の女の異質さは後から聞いた話でよくわかっている。

「何か隠してはいないか、フーシェ殿」

面会したフーシェの口から、とんでもない事が飛び出したのである。
回収したはずの、女の死体が消えてしまったのだと、たしかにそう言った。

「いや、普通はこの事を隠すものじゃないですかね?」

それもそうか、どう考えてもこれは向こうからすれば不利な情報である。
長く立派な顎鬚を扱きながら、己の正面に座る小太りの男を見つめる。
ライテンビュルフは知っていた。この男は、我々貴族階級の市民を目の敵にしている。
しかし、個人的な感情を抜きにすれば、かなり使える男だと思う。

「なら、私からも1つ」

「何ですかな」

「実はあの夜、港を警戒している時に、ちょっとした問題が起きたんですが」

「ほう、問題?」

「部下が1人、行方不明になりました」

「……なんと」

ライテンビュルフの説明はこうだ。
港に展開させた部下は数十人程。
その中で、停泊する船などへの警戒任務に就いていた兵士が1人、消えたと言う。

「更にですな、次の日出港した商船団の中に、部下らしき人物が居た、なんて話もあります」

「心当たりは?」

「全く、無いんですなこれが」

急に何かを思い立ったように船に乗り姿を消したと。
よくある話だ、と言えるものではない。

「…念のため伺いますが、その部下は男ですか?」

「表向きは」

微妙な返答だが、大体の意味は掴めた。

「そうですか…これはまた…」

少々厄介な事になったようだが、かと言って何か出来るかといえば。

「しかし、手の出しようがありませんね」

「その通り」

「まあ、放って置きましょう、こちらに何か害を与える事は無いと思いますよ」

既に船団は出港しているので、手の施しようが無い。
それに、既にこちらの管轄外となっている。

「問題が起これば、向こうで対処して貰いましょう」

「それしか無いですな」

一見無責任なように見えるが、簡単に国家間の枠を超える訳にはいかない。
何か要請があれば、協力くらいしてやろう。
そういう事で、この話はこれで終わりになった。

「さて、じゃあ犯人を広場に連れ出しましょうか」

「犯人を?」

フーシェ隊長ともあろう者が、おかしな事を言うものだ。
さっき己の口から、犯人の死体が消えたと、そう言ったばかりではないか。

「残った鎧を広場に晒すんですよ、そうすれば少しは市民も安心するはずです」

「成程、とりあえず証拠を見せるわけですか」

話は纏まった。
こうやって、何度か顔を合わせて、情報の共有化を図った方が良い。
お互いにとっても、極力無駄を省ける事になる。
2人の考えは、ほぼ同じようなものだった。

「ところで…」

「まだ何か?」

「彼は今、どうしていますか?」

「彼とは?」

「確か、デュラハンの…」

「ああ、マクファーソンですか」

「そう、その男です」

事件解決の功労者と言ってもいい立場であるのに、未だに人々の印象の強さではヨランドが勝っていた。
なので、皆彼を思い出す時決まってデュラハンと一緒に居た男と口にしてしまう。
本人が聞けば、どんな顔をするかは想像に易い。

「彼は、異動になりました。なのでもうここには居ません」

「ほう、栄転ですかな?」

「…いや、どうでしょう。本人は左遷されたと思って居るかもしれませんよ」

実はフーシェの元に届けられた手紙は、2通あったのだ。
1つは、共同で作戦に当たろうという旨の誘い状。
そしてもう1通、もしかするとこれが本音であったのかもしれない。
本人に気付かれぬように、見せる前に燃やしてしまったのは正解だった。
その手紙には、こう書かれていた。

『明日、総てが終わった後に、貴官の部下であるアール・マクファーソンを頂戴に参ります。
 魔王軍派遣部隊隊長ヨランド・ダラゴン』

「妙なものに好かれたもんだね…マクファーソン君も」

ここまで言い切られては、抵抗する気も失せると言うものだ。
彼には悪いが、生贄のようなものである。
確かに、恋文と言えなくもない。

「しかし、よりにもよってヨランドとは…皮肉なものだ」

名前が同じ、と言う事しか共通点は無いが、ただの偶然とも思えない。
あの女は、果たしてこれに気付いたのだろうか。
いや、何度もお互いの名前を呼び合う様子は確かにあの女にも聞こえていたはずだ。
それでも尚、表情一つ変えずにマクファーソンを執拗に狙った。
魔物であるからなのか、それとも他に理由があるのか…
今となってはそれは誰にもわからない。

「とは言え、人の事も言えないか…」

妙なものに連れて行かれるのが部下であれば、妙な者がついてくるのが上司である。

「そう言えば、魔物と再婚されるとか?」

「いえいえ、向こうが勝手に言い出しただけですよ…」

こういうどうでもいい情報に限って広まるのが早い。
全く…どうしようもないな。
そう思うと、苦笑するしかなかった。

「さて。こっちはどうするかな…」

困った事に、緊急事態とは言え一番知られたくない相手に手の内を明かしてしまった。
当然、向こうもそれに対する備えはするだろう。
なら、そんなリスクを冒してこちらが動く事も無い。
何年先になるかわからないが、また機会を待つ事にしよう。
意外と、好機はすぐ巡ってくるかもしれない。









「左遷された…」

おかしい、一体どこで間違ったんだ。
どう考えても俺が居なきゃこの事件は解決出来なかったハズなのに。
普通なら、昇進はまあいいけど何か褒賞なりが貰えて地位も安泰ウハウハって展開だろうに。
何で飛ばされなきゃならんのよ、それもよりにもよって…

「おい、何をボケっと突っ立てるんだ」

「いえ、ちょっと昔を懐かしんでましてね」

昔と言ってもほんの数日前の話だが。
もう随分昔のように思えてくる、思えば忙しいながらも充実した遣り甲斐のある職場だった。

「このクソ忙しい時に…使えん奴だ」

「もうちょっと労って貰えませんかね」

何故かヨランドの所に異動となってしまった。
その隊長殿から言葉の暴力を浴びせられる。
と言うか異動って何よ、こいつ等と俺全く関係無いんですけど。
隊長(フーシェ)にそう抗議したんだが…

「いやぁ。派遣武官って割と出世コースだよ」

とよくわからん返事を頂いた。
いや、ただの連絡要員みたいなもんじゃないですか。
確かに、微妙に。本当に微妙に給料が上がった。
一応魔王軍からも給料が出るようだ。
それだけが唯一の救いとも言えなくもない。

「いや左遷だよなこれ」

「少しばかり金を積まれたくらいで喜んでどうする」

と脳筋2人組にまで馬鹿にされている。
周りの俺を見る目は、相変わらず冷たい。

「もう辞めたい…」

たった数日で早くも働く気が激減した。

「嫌なら主夫になれ」

「無理言いなさんな」

職場が変われば家も変わる。
いや、俺は変わりたく無かった。
でもヨランドが一緒に住もうと言い出したので、今はこいつの家に世話になっている。
俺が住んでたボロアパートとは大違いだ。
凄く大きいです…
事件が解決したら、こっちからプロポーズでもしようかと思ってたのに。
いやはや、行動が早いですなヨランドさん。
一応同棲してるような感じか。

「なら忙しいんだ、さっさと動け」

「そんなもん、そっちの事情じゃないか」

あの一件以来、度々要請していた増員要求が通ったらしい。
なので、今はここに居る人数も倍近くになっている。
しかし…

「隊長!大変です!」

血相を変えて部屋に飛び込んできたのは、あのレッサーサキュバスだった。
唯一と言って良い使える人材だとヨランドは評す。

「どうした」

「またジノさんが消えました!」

「なんだと!?またあいつか…」

ジノとは、増員要請で派遣された新しい部下の名前である。
種族はスフィンクス。
遺跡はどうした。

「気が付くと机の上にこれが!」

そう言ってレッサーサキュバスが腕に抱えている人形のようなものを見せる。
猫の造形をした白い置物、これは珍しい。

「招き猫じゃないか」

見事な身代わりの術である。

「それはどうでもいい」

いいのか?ジパングの特産物だぞこれ。

「ああ…っ何故上はあんな奴を寄越すんだ…」

ヨランドが頭を抱えて唸る。
正直、気の毒になって来るな。
実を言うと、増員が認められたとは言え、派遣されて来た連中が今まで以上に酷い奴ばかりだった。
この、働き出して数日しか経たないのに「また」と言われる程サボり癖が強いスフィンクスを筆頭に。
やれ、夜行性なので昼間は職場に出られないと言うヴァンパイア。
夜勤なんぞ月に数回あるか無いかって程なのに…
ここに来てから全く姿を現さないミミックが入っていると言われる宝箱。
同じようにつぼまじんが入っているらしい壺。
本当に入ってるんだろうか?何回か中身を覗いたり振ったりしてみたが反応は無かった。
ヨランドが怒って破壊してやると剣を振り回して脅したりもしたが、相変わらず無反応だった。
ただの箱と壺だと、俺は思う。
両者は部屋のインテリアとして立派に役に立っているのでまだマシと言える。
極め付けは、名簿には載っているのに未だに姿を見せにすら来ていない水中の魔物達。

「どうやって海の魔物が陸地に来るんだよ」

マーメイドやらシー・スライムやらネレイスやら…
精々海沿いや港の近くなら可能だろうが、生憎ここは港から結構離れた場所にある。
そりゃ来れんわ、こんな所。

「桶に水でも溜めてその中に突っ込んでやればいいだろう!?」

「それでどんな仕事が出来るって言うんですか」

レッサーサキュバスからも突っ込みが入る。
いっそ透明な水槽にでも入れて観賞用にしてやろうか。
なんてヤケクソな事まで言い出す始末である。
相当苛立っているな、こいつ。

「上は一体何を考えてるんだ…ウチは産廃場じゃないぞ」

その言い方はどうかと思うが、まあそう思う気持ちもわからんでもない。
でもな…

「そう言いながら人の尻を撫で続けるな」

仕事中なのに、露骨に俺にセクハラしてきやがる。
普通逆だろう、ちょっと憧れてたのに最悪な気分だよ。
立場上こっちが下だから仕方ないと言えば仕方ないけど。

「あ〜…帰りたい」

「俺みたいな事言うなよ…」

ここ最近は、仕事で溜まったストレスをベッドの上で解消しているようで。
お蔭でこっちも毎日寝不足で参ってるってのに。

「はぁ…何やってんだろうな…」

結局、今までとそう変わり映えのしない毎日が過ぎ去っていく。
あれ以来、街は一応平和を取り戻した。
それが唯一の救いであると言ってもいい。

「今日はもう休みにしようか…」

「おいおい」

本当に適当な所だ。
でも、俺にはぴったりな場所かもしれない。
何て事を思いつつ、ふと視線を落とすと床の上にチラシのようなものが落ちていた。。
それを拾い上げて目を通してみると…

『魔王軍は、優秀な人材を募集しております。
己の能力に自信がある方は、是非お気軽にお問合せ下さい。』

などという文言が書かれてあった。

「何、このチラシ」

「もう…現地採用しかない」

「でも定数決まってるし…上から派遣された連中の首は切れないぞ?」

勿論、俺も籍は憲兵隊に残したままだ。
だから一応安心である。
向こうの都合で切られる心配はあるが…切らないだろ、多分。

「クッ…おのれ魔王め」

過激な発言をする隊長殿の今後が心配になってくる。
いつか本当に首を切られるかもしれない。
まあお前は首が自由に取れるけどな。

「なんて」

「…」

「無言で俺の股間を弄るのマジやめて」

相変わらず、風紀が乱れきっている。
長がこれでは、愚連隊と揶揄されても仕方ないんじゃないでしょうか。
結局、いつもと同じような1日を送る事になる。
本当に、主夫にでもなってやろうか。
そうすりゃ、昼間は眠れるだろうし…
上に立つ器じゃ無いな、俺は。

「子供が出来たら軍を辞めればいい」

「辞めるのかよ」

と言うか作るんですか、そりゃ共働きは出来んわな。

「お前がだ」

「俺かい」

やっぱり要らない子なのか、俺って…

「私が辞めたら、この部隊はどうなる…」

確かに、ヨランドが居なくなったらどうなるか心配ではある。
こんな連中を纏め上げる事が出来るのは…いや出来てないけど。
他に適任者が居ない。

「仮に私に何かあったら、お前が引き継いでくれ」

「ええ!?私ですか?」

指名されたのはレッサーサキュバスの事務員さんだった。
これが現実になれば異例の出世となるだろう。
おめでとう。これなら心から祝福出来る。

「嫌です」

即拒否された。
この部隊の末路は悲惨だ。























「本当に一件落着かしらねぇ?」

「いいんじゃよ、これで」

所変わって、再びここは学校の図書室である。
いつものように、新聞に目を通すのは司書のエキドナ。
その向かいに居たのは、同僚であるバフォメットであった。

「あんたも災難ねぇ…死にかけたらしいじゃない」

「そりゃお前、3日も放置されとったらなぁ」

事件を挟んで2日、更に事件後のゴタゴタで1日。
合計三日三晩もの間、バフォメットは地下の留置場に放置されていた。
マクファーソンに餞別を渡した後、彼が鍵を開ける事を忘れ飛び出してしまった。
なので、留置場にはもう誰も居ないだろうと皆そう思って居たらしい。
バフォメットが発見された時には、衰弱しきってかなり危険な状態だった。

「いや〜…これで死んだら流石に恰好が悪すぎるわ」

その一心で、3日もの間、迫りくる死の恐怖から何とか耐えていたのだ。

「家に帰ったら滅茶苦茶に荒らされとるし…何も良い事が無い」

玄関のドアは破壊され、部屋の中には猪の骨や臓物や血が散乱している。
とてもじゃないが帰って眠れるような状況ではない。
修復と清掃には時間が掛かるので、しばらくは学校の教員室で寝泊まりするしかなかった。
それでも、このエキドナやアヌビスのように、何かと世話を焼いてくれる同僚も居る。
言うほど悪くは無い、むしろ居心地がいいかもしれない。

「学校に住もうかのう…」

「それやると、もう一生独身のままよ」

「偉い上から目線じゃな…」

独身仲間のエキドナにも、とうとう春が訪れたようだ。
御相手は、憲兵隊のお偉いさんだとか。

「子持ちじゃろ?相手は」

「そうなのよ、娘が1人…もういい歳なんだけどね」

「こりゃまた、やり辛そうじゃな」

年頃の娘と一緒とは、普通なら拒絶されそうだが。

「娘も可愛いわよ〜もう頭から齧り付いてやりたいくらいに」

「な、何があったんじゃ?」

聞きたいような聞きたくないような。

「そんな事より、どう思う?」

向こうもあまり話したくは無かったようだ。
急にエキドナが話題を変えた。
と言うより、今まで話ていた内容に戻っただけだが。

「自分たちに関わりが無くなった途端にこれか…」

2人が眺めているのは、日付が今日の新聞である。
既に例の連続殺人事件に関する記事も小さくなり、内容もさして変化が無い。
だがエキドナが注目したのは、それよりも小さい三面記事に書かれたある事件。

「商船団内で殺人事件とな…」

「一応他所の国の事件でしょうし…これが掲載されてる頃にはもう向こうに着いてるわね」

「ふむ…」

新聞とは言えど、情報が伝わるまでにかなり間が開いてしまう。
満足な通信技術も無いので仕方ないとはいえど、情報の価値はその鮮度である。
この情報、残念ながらちと旬を逃してしまっている。

「しかし、そうなるともう何か起こっているかもしれんな」

「どうする?」

「どうするって言われてものう…関係無いじゃろ?わしらには」

「あんたも冷たいわねぇ…」

「そもそも、これは人間の問題じゃ、それにわしらに何が出来ると言うんじゃ」

「今から向こうに乗り込んで悪霊退治!とか」

「桃太郎か」

「何それ」

「ジパングの昔話じゃ」

何でも団子1つで無理やり主従契約を結ばされて鬼と戦えと強制される憐れな動物たちの物語らしい。

「夢が無い話だわ」

「甘い話なんぞどこにも無いと言う教訓が込められ取るんじゃよきっと」

誰も突っ込む者が居ないので、恐らくずっとこのままだろう。
他国の文化や風習が歪んで伝えられるのは、もしかするとこのようなやり取りがあったからかもしれない。

「バフォメット先生、探しましたよ」

「うん?」

しばらくエキドナと他愛無い話を続けていると、同僚のアヌビスが入って来た。

「何か用かえ」

このアヌビスにも、何かと世話になりっぱなしである。
向こうも、バフォメットを憲兵隊に引き渡したと言う罪悪感があるのだろうか。
積極的に世話を焼いてくれている。
まさか自分に気があるのか?気持ちは有難いが同性愛はちょっと…

「実は…教員室から出て行って貰わねばならなくなりました」

「えっ…」

「会議で教員室の私有化は止めろと決定が…従わない場合は最悪解雇になるかも…」

「……」

「…先生?」

「…あんた、ちょっと!?」

その時、バフォメットの意識は既に途切れていた。
懸命な看病で意識を取り戻しはしたが、バフォメットは呆けてしまった。
それから元の状態に戻るまでにはかなりの日数を要した事をここに記しておく。
受難の日々は、まだまだ続くようである。

本気で可哀想になってきたので、この辺で終了。
きょうも街の平和は守られた!
ありがとう憲兵隊!さようなら憲兵隊!
11/05/14 07:56更新 / 白出汁
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■作者メッセージ
おまけなのに長いです
約3ヶ月ぶりでしょうか
データが吹っ飛びPCが吹っ飛び私自信も吹っ飛んだりしましたが何とか無事です
地震のせいじゃないですが…
話はこれで終わりです。というかもうジパングも何も殆ど関係無いですね
多分ゴブリン達の件がしたかっただけなんだと思います
警察24時…面白いですよねあれ
ここまで読んで頂有難うございました

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