読切小説
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ナイトメア・ビフォア・バレンタイン

 今、世は正にバレンタイン。
 女の子が好きな男の子にチョコレートを贈る日。

 そう、それは愛の確認。
 そしてそれは、甘酸っぱい少年少女の悶々とした恋心。
 チョコの方もオレンジピールを使うと、酸味が出て美味しいものです。


 けどまあ、世の不特定多数の男性諸君にとっては……
 好きな娘の好きな人が分かる日だったり。
 嫉妬と狂気の荒れ狂う世紀末だったり。

 かーなーり、ロクでもない一日ですね。
 僕自身、結構そう思う節もあります。


 そも、バレンタイン・デーとは。
 恋愛を尊んだ婚約の聖人、バレンタイン神父の命日。
 反バレンタイン派の方々にとっては、『バレンタイン撲殺記念日』と言った所ですかね。

 バレンタイン神父自体、結構アレな人。
 教会に籍を置く身でありながら、相当早い段階……魔物の変質から、三年くらいで
  『人と魔物の同一性と、その異種間恋愛の肯定』
 なんて論文だして、そのせいで処刑された人だったり。

 ようするに僕たちの先人ですね。


 で、それを悪しとする人にとっては戒めの日。
 良しとする僕らにとっては追悼の日、ってな訳です。

 それがどうした事かチョコを贈る日。
 まあ、かの性人・・・失礼。聖人は笑って許しそうですが。
 一体なんの因果でチョコレートなんて高級品を……金儲けのニオイがします



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「と、いうわけでチョコ下さい」


 珍しく悪夢以外で起きた朝。
朝食のトーストをかじる合間にノーツにお願い。

「え…?」

 キョトンとした顔で返されました。


 この子はノーツ。ナイトメアです。
臆病で、料理が上手くて、かわいらしい。
あと胸の大きい僕の自慢の彼女さん。

 あんまり可愛いもんだから
ついついイタズラしたくもなっちゃいます。
僕は悪くない、僕は悪くない。


「聞こえませんでした?」

「え、いや…えっとぉ……どうして今の話しの流れから、そんな風に?」

 わざとらしく、ズイと顔を近づけてみる。
……ヒョイとそっぽを向いて逃げられました。
見えるのは赤いほっぺたぐらい。色白な肌のせいで目立ってます。


「だって、欲しいじゃないですか。大好きなノーツからの愛情たっぷりチョコレート…」

 逃げられた事へのお返し。
丁度目の前に合ったので、耳元で囁き落としてみました。
おお……火のように赤く。

「ひゃ、あ、あぅ…う」

「ふふ、冗談です。元からアンマリ期待はしてないですよ。
 僕はノーツの作るポタージュスープがもらえれば、それで満足です♪」


 さすがに可哀相になってきたので、一先ず終わり。
無茶な提案と一緒に顔を引っ込めて、美味しいスープを一口コクン、と。

 やっぱり、ノーツの料理は絶品ですね。


「あう…そんなこと……」

「あれ、聞こえた?」

「あ、ううん……なんでもない」


 ん〜?
ま、深く追究しない方がいいですかね。

 臆病で気丈な僕の彼女さんの事です。
胸の奥にしまっておきたい事は一つや二つじゃないでしょう。
いやそれにしても、スープが美味しいです。



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 今朝のアレ……わたし、絶対誘われてたよね?
うん、間違いないって。むしろ誘惑、蠱惑!?
だってだって、あんな真面目な顔で、大好き、なんて……あぁぁ〜〜うぅ〜〜///
思い出したらまた顔が熱くぅ…


「はぁ…落ち着こう、わたし」


 うん、いけない。
さすがに取り乱しすぎ。
頭抱えてうずくまるなんて、さすがにオーバー。

 朝早くの。
それも商店街のど真ん中で。
あ…

「何やってんのよ・・・わたし」


 うう…恥ずかしい
あーん、どうしよう…どうすれば?
もう顔が真っ赤で、立つに立てないよ……


「あら、ノーツちゃんじゃない。 どうしたの、こんな所で」

「その声……シスター?」


 聞き覚えのある声。

 顔を上げる。
やっぱり見覚えのある顔。

 シスターだ。
家のご近所の、教会関係者さん。
面倒見がよくって、魔物のわたしにも良くしてくれる優しい人。
…人? ヒト、かなぁ……?


「あら、失礼。れっきとした人間よ」

「……ただの人間さんは、人の心なんて読めないと思います」

「誰も『ただの』、なんて言ってないもの」

「むぅ……」


 ……やっぱり、この人には敵いません。
口下手のわたしが敵う相手なんて、ほとんどいないけど。


「それで、どうしたの? 悩みか何かなら、相談に乗るけど」


 んと、シスターになら、話してもいいかな?
いっつも、わたし達のノロケたお話聞いてくる人だし。
今更もう…別にいいよね?


「えと…実は…」


     ワイワイ ガヤガヤ なんだなんだ?

「……歩きながら話します」

「うん、それが良いわね」


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「なるほどなるほど。
 それで、ノーツちゃんは何とかして愛しの彼にチョコを渡したい訳ね。
 んー、甘酸っぱくて素晴らしい青春ねー!」

「あぅ……」


 言い終えて初めて気付いたけど、もしかして……
わたしは物凄く恥ずかしい話をしてしまったのではなかろうか?


「今気付く辺り、やっぱりノーツちゃんだね」

「ひゃうぅ……」

「ほらほら。顔赤くしない、俯かない。
 恥ずかしくなんか無いって。それに、ほら。私も同じこと考えてたんだから」


 へ…、同じ悩みって?
無意識に恥ずかしい話をしてしまった事だろうか。


「いやいやいや。チョコだって、チョコ。
 私も丁度、チョコレートを渡したい相手がいるわけよ」

「え゛……シスターに?」

「濁点付きのえ、って……いい度胸じゃない。
 いるわよ私にも好きな人の一人や二人。悪い?」

「えっと、二人は悪いと思います」


 冗談なんでしょうけど。
ちょっと悪趣味な冗談だと思いますよ、それ。


「………むぅ」

「冗談ですよね!?」


 冗談だと言ってください!
そんな拗ねた子供みたいな目をしないで!?
だからって視線そらさないで!

あーもう……この人、なんでシスターなんかやってるんだろ。


「まあまあ。あんまり詮索しないでよ。
 それよりも、チョコレート渡したいんでしょ?
 ついて来ない?実はアテがあるの」

「本当ですか!?」

「もちろん♪ じゃあ、行きましょう!」


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「おや、遅かったな」

「ごめんね、オルディア。用事があったの。
 ところで、チョコは手に入った?」

「ああ、タンマリと。やはり向こうはモノの流通が良いのぉ・・・」


 路地裏のうすぐらい広場。
隅のほうに置いてある木箱のコンテナが置いてある。
中にはチョコレートがギッシリ詰まっているらしい。

 その木箱の上に乗っている子――いえ、お方に
シスターは実にフレンドリーに話しかけておられます。
あなた本当にナニモノなんですか…?


「教会のシスターよ。ただの」

「ほれ、ナイトメアの嬢ちゃんや。
 お前さんも縮こまってないで会話に参加せんか?」

「い、いい、いえ!その……恐れ多いです!!」


 というよりも……なんで
なんで、バフォメット様がこんな片田舎の裏路地にぃぃ!?
ひぃぃぃえぇぇ……うわーん、やだやだやだやだ、こわいこわいって
ていうかなんでシスターそんなに自然体なの!


「ん…む、そう畏まらんでも……」

「そうそう。お堅くなる必要なんて無いって。
 ましてやコンナノ相手にね〜、あっはは♪」

「こんなの扱いか。こやつめ、ははは!!」


「あう…あぅぅ……」


「まあ、気負わんでくれ。それより、今日はバレンタイン・デー。そうだろう?」

「溶かして固めて、手作りチョコを愛しの彼に、でしょ?
 なら、そろそろ始めないと。お昼のお茶に間に合わない」

「あ……」


「うむ。実を言うとチョコは手に入ったが、丁度良い調理場が無くてな。
 すまんが、主の家に邪魔をさせてくれんか?」


 ふぇ!?


「だからそんなに驚くなと……いや。ダメか?」

「 い、いえ!
  わたしのトコなんかで宜しいのでしたら…どうぞ
  どうぞ、お使いください…!

 だ、そうよ?」


 し、シスター!?
そんな事おもって……


「そうか、ならば好意に甘えさせて貰おうか……くく」


 ひぃぃ!?
も、もう断れない……


 …し、シスタぁ……
その顔は…罠にハメられる方が悪い、って顔ですか?

「ふふん。正解」

「し、しすた〜〜〜!」


「ほーれ。早く行くぞー」

「ふぁ、はひぃ!」


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「で」


 場所はリビング。
時間はお昼の三時を十分だけ回ったところ。

 僕は今日、昼上がりなので。
仕事を終えて戻ってきたところです。
で……戻ってきたところに、この惨事。

 主に台所が。
焼き焦げています。焼け爛れています。
ステンレスが溶解して、それが周りを引火させたようです。
はっきり言って、全焼しています。

家全体で見れば半壊もしていないのが、むしろ不思議なくらいの壊れっぷりです。


 犯人と思しきは、目の前にいるこの三人。


「経緯は分かりました。それで、この惨事の原因は?」

「あ、の…それは……」
 「オルディアがあんな事しなきゃ」
  「わしのセイだと!?」

「私語は慎め。質問にだけ答えろ」 「「「ひぃ!?」」」


 お馴染みノーツと、近所のシスター。

 もう一人は知りません。
角からするとバフォメットですね。

 全員正座しています。
むしろ、正座させています。
そして問いただしております。


 関係ありませんが、ケンタウロス種の正座は初めて見ました。
存外、人と同じように出来る物なんですね。
座高はやっぱり頭一つ高くなりますが。


「えと、あの・・・」

「チョコレートの湯泉が終わって、型に流している時でした。
  「ただ溶かして固めるなどツマラン」
 なんて言い出して、私たちの静止も聞かずにアヤシゲな薬を……」

「静止じゃと!?アレが? 一緒になってドバドバやっとった奴がよく言うわ!!
 お主があんな分量を入れなければ、今頃は…」

「私語は。慎めと。言いました。
 二度目です、次はありません」


「「「はい…ごめんなさい……」」」


 うん。
皆さん物分りが良くて助かります。
少なくとも、口だけは。


 とは言え。
それなりに状況は掴めました。
どうやら魔術反応で小爆発でも起こったようです。

「では、後片付けは原因の二人にさせます。
 今回はそれで許してあげましょう、この程度なら弁償も無しでいいです」

「「は…ははーーッ!!」」









 うーん、二人とも働き者だ。
この分だとすぐに終わりそうですね。

 さて…問題はコレか。


「この炭のような物質が、元チョコレート?」

「え…?あ、はい……いちおう」

「ふぅむ……」


 話によれば。
これは紛うことなくノーツの手作りチョコレート。
だとすれば……

 残すわけには行きませんよねぇ?
 カレシとしては。


「どれ」
       ぱくん
「あ……!」


 おや、これは。

「うん。苦いけど意外と美味しいです」


 何かの奇跡か。
はたまた、魔法薬が良い方にも作用したのか。
ちゃんとチョコレートの味がします。

 味の方は、カカオ99%チョコよりも少し苦い程度。
成分的な意味以外で体に害はなさそうです。鼻血が出そうですが。


「あ……の…」

「うん、ご馳走様。美味しかったよ。
 けど次は、もうちょっと甘い方がいいかな?」

「あ・・・はい!」


 俯きから一転、こちらを向いて。
はずみで目元がチラリと見えたり。
顔真っ赤にして笑うノーツは、やっぱり、かわいらしい。



 イタズラしたくなっちゃいます。


「例えば、ノーツの母乳を混ぜてミルクチョコ、とか♪
 なんなら、今から仕込み作業に入ります…?」

「あの……えっと。お乳は妊娠後期にならないと出ないし。この前ツキモノが出たばっかりだから、今日はまだ安全日だよ?
それにヒトのお乳はアンマリ量も出ないし…酸味が強くて、食用には不向きだよ」



 さすがにコレは予想外。
とても冷静に返されました。

 というか、今の僕。
思いっきり、魔物よりもヘンタイさんでしたよね?
人としてどうよ。というか、男としてどうよ。ダメでしょう


「あ……の、落ち込まないで? ね?」

「……可愛いから許します♪」


 ま、どうでもいいか。


「「亡びろ、このヴァカップル共ォ!!」」

「そこ、私語は慎め」 「「……サー、イエスサー…!」」
11/02/14 01:15更新 / 夢見月

■作者メッセージ
 と、いうわけで。
甘さ控えめのヴァカップル。
我ながら何をしているのかも、何がしたいのかも分からない。
けど間に合ったことは満足。間に合わせるために半ば手抜きになったのは不満足。

一応ながら、彼らも『続く叙事詩』の世界と同じ場にいます。
蛇足です。

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