連載小説
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「どうやら前途多難なようで」
「えっと、ちょっと待ってください!」

 立ち話もなんだからと言われて、彼女の家にお邪魔した僕は、信じられない話を次々と口にされ、動揺を隠せないでいた。ここが僕がいる世界と別だなんて、突飛過ぎて、現実離れしていて、わけがわからない。
 誘拐だとか、そんな話の方がまだ納得できるくらいだった。
 彼女(ライラさんと言っていた)が言うには、この世界は主に二つの勢力に別れているらしい。一つは彼女、ライラさんのような魔物と呼ばれる存在と共存している親魔物派と、主神と呼ばれる神様を信仰し、魔物を否定する反魔物派。その二つの勢力が争っているらしい。原因としては、魔物に対する誤解。偏見。
 なんだか、学校で習った宗教戦争のような話だった。キリスト教の行動が隣人愛を唱えながら、異教徒は殺せと・・・ぼやけて矛盾してるみたいに。
 ただ、僕が想像しているほどの大きな戦乱ではないらしく、小競り合いがたまにある程度だそうだ。
 そして、魔物の誤解を取り除いた本当の姿は、一人の男性を直向に愛するという、主神の魔物像とは真逆なもの。
 ただ、どれが真実にしたって、そんな世界に突然、言うなれば迷い込んでしまった僕は堪ったものじゃなかった。

「じゃあ、僕が言ってる国は一つもないんですか?」
「私は少なくとも、日本って国は聞いたことないわねえ。アメリカとか、ドイツ?とか。ネーミングセンスは中々だと思うけど。日本って、あなたの住んでる国でしょ?」
「あの・・・ちなみに、ここはなんて国なんです?」
「ソプラノ。魔物の私がいるのを見て察しはつくと思うけど、親魔物国家よ。まあ、あなたが言う『国』って感覚とは、どうも違うみたいだけど。なんだか、あなたが言ってるのは大陸ごとって感覚よね」

 この世界で言う、『国』は、僕の精一杯の知識から推測すると、昔のヨーロッパの貴族が所持していた、領地のようなものらしい。だとしたら、国、と言うよりは、外国の市か、州に近いのかもしれない。

「でも、物分りのいい子で助かったわ。異世界からやって来たなんて、そんな物語みたいな話だと、大抵慌てちゃって物事の整理がつかないじゃない?」
「シニシズムぶってるだけです」

 当然、最初から物分りがよかったわけじゃない。ライラさんが根気よく説明をしてくれて、おまけに魔法まで実践して見せてくれたところで、やっと僕にも諦め・・・もとい、理解が追いついた。
 最初はCGですか?と聞いたけれど、それに対してCGじゃないわと言われ、目の前で水球を破裂させられたところで(かっこ悪いことに、驚いて尻餅までついてしまった)僕はこれがどうしようもない現実だと、わかってしまった。
 まあ、それ以外にもライラさんの角や翼を触らせてもらって、とても特殊メイクだとかそんなものではない、温かさを感じたのも要因の一つだけれど。
 ただ、突然の状況に置かれた僕は、異世界に迷い込んだ状況に喜べるような素直な心は持っていなかった。そんな心、中学生になる前に消えている。

「あの、僕って元いた世界に帰れるんですか?」
「無理だと思うわよ。時空を飛び越える魔法だなんて、かなり大掛かりなものだもの。魔王様ならできそうだけど、王魔界まで辿り着く前にあなた、誰かの夫になってそうだし。まあ他の誰かでもできないことはないだろうけど、結構な実力の持ち主でないと、無理ね」
「そうですか・・・」

 言いながら、僕は気がかりなことがあった。
 僕がいなくなったと言う事は、当然、元いた世界でもその影響は出ているはずだ。つい先日までその世界にいた人間が消える。これ自体は、たぶん物騒な世の中だったから不思議なことじゃないけれど。
 それでも、僕と関わりを持った人へ、何かしらの影響が出ているはずだ。一番わかりやすいのは、家族か。あとは、いったい誰がいるだろう。追憶の波に自分を沈ませるようにして、記憶を掘り返して、少しだけ、吐き気がした。

「あの・・・。すいません。トイレってあります?この世界に」
「そこまで文明の差は酷くないわよ。奥の方にあるのが見える?」
「・・・すいません」

 そう言いながら僕はトイレへと駆け込み、腹の中に異物を込めた感覚を、胃から喉へ、口へ、そして外へと吐き出した。口の中が胃酸と不愉快な味で満たされ、鼻腔が酸っぱい臭いで焼け爛れそうになる。
 胃の中の物をあらかた全部出し終わったところで、ようやく吐き気は回復した。吐き出された吐瀉物を見て、すぐさま目を合わせないようにしながらレバーを下げて水を流す。洗面台で口を濯いで、ようやく楽になった。よくよく考えれば、よくバザーで吐き出さなかったものだ。突然の状況に、吐き気を感じる余裕すら無かったのかもしれない。
 人間、意外とストレスには弱いと聞くけれども。

「すいません・・・」
「大丈夫?ベッドで横になってもいいわよ?」
「いえ、そこまでお世話になるわけにはいきませんし・・・」

 そうは言いつつ、僕は頭を抱えたい気持ちを必死で堪えていた。元の世界に戻れないとなると、この不慣れな世界で僕は生きていかなきゃならないことになる。
 右も左もわからないようなこの状況で、のたれ死ぬ。そんな結末は、嫌過ぎる。少なくとも、死ぬくらいは真っ当に平凡に死にたい。
 と、願ったところで、当然立ちはだかる問題は多い。水はきっと川があるから問題ないだろう。しかし、サバイバル生活をこの僕が送れるとは、到底思えない。どこかで仕事を探すにしても、この世界のお金の価値がどの程度かわからないし、そもそも、魔物なんて生き物が実在するこの世界での仕事が想像できない。
 軍隊もあるそうだけど、僕は喧嘩なんてからっきし駄目なのに、そこから殺し合い(魔物は人を殺さないそうなので、正しく言うなら殺され合い?いや、これも奇妙な言い方だ)なんて、自ら死地に飛び込む勇気を持ち合わせてもいない。
 常識が通用しない世界で、どうやって生きればいいのか、僕は皆目見当もつかなかった。

「ねえ、この世界に慣れるまで、うちに住まない?」
「え?ライラさんの家に、ですか?」
「そう。私の家に。私の家なら部屋が一つ余ってるし、あなたくらいなら住んでも問題ないと思うわよ」
「いや、でも、それは迷惑が」
「大丈夫よ、一人くらい。そこまで負担があるわけじゃないわ」
「けど・・・」
「もう、強情ねぇ。だったらこうしましょ、私があなたの身の回りを世話するのはあなたがこの世界に慣れるまで。慣れたらあなたはせっせと働きながら自分の分は自分で養う。それでどう?当然、家なんて買えるわけがないから、自分を養いながらも私の家には居候ってことで」

 いや、話が上手すぎる。ここは僕がいる世界だから、価値観が違うのだろうか。少なくとも、僕の世界でそんな上手い話が転がってきたら、怪しまれるどころか蹴飛ばされるくらいだ。世界はそんなに親切で覆われてはいないのだから。
 でも、この話を蹴ってしまえば、僕は多分このソプラノと言う国で路頭に迷うことになる。いや、魔物がライラさんの言うように人に優しいのであれば、きっとそんなことになってもなんとかなるとは思うけど、それは自分の身の回りの世話を依存するようなものだ。
 それは、いくらなんでもだらしがない。
 魔物の夫になれば多少は違うのかもしれないけれど。
ライラさんが言うには、魔物と交わっている内に、人間の男性もインキュバスと言う存在になるんだそうだ。身体も人間だった頃より強化され、精力の増加、寿命は飛躍的な向上と良い事尽くし。
 まあ、僕がインキュバスになる保障はどこにもないけれど。
・・・どっちにしろ、選択肢なんて一つしか残っていないのかもしれない。少なくともその選択肢は、悪くはないように思えた。見知らぬ余所者の僕にここまで親身になってくれて、この世界の大まかなことを教えてくれ、そしてこんな提案をしてくれる人を、僕は悪いとは思えない。
元いた世界にちっとも未練がないと言えば嘘になるけれど、今は戻ることが難しいとわかった以上、少しでもこの世界で生き延びよう。マイナス思考ではなく、プラス思考で考えれば、悪いことばかりじゃないだろう。いったい誰が異世界に迷うなんて経験ができるんだろう。魔法と剣と魔物がある、RPGのような世界に入り込むなんて、やろうと思ってできる体験じゃないんだから。
 そう決意を固めて、僕はしっかりとライラさんと視線を合わせた。

「それじゃあ、しばらくの間、お世話になります」
「よろしい♪それじゃあ私は領主様に報告に行ってくるから、お風呂とか適当にすませておいて。自分のお家だと思って気楽にしてくれて結構よ♪」
「は、はい。あの・・・領主様って?」
「ああ、このソプラノを治めてる人のことよ。ヴァンパイアだけどとってもいい人よ。・・・流石に異世界から紛れ込んだ人のことを黙ってるわけにもいかないでしょ?」

 言われてみれば確かにそうだ。この世界に迷い込んだのは僕の方だとしても、向こうから見れば僕だって異質な存在に違いない。
 よく日本人が外国人を怖がるなんて話を聞くけれど、外国人からしたら日本人だって外国人だ。
 外へ出ていったライラさんの言葉に甘えて、僕はお風呂へ入ることにした。流石に躊躇いがあったけど、なるべく回りの物を見ないようにしながらお風呂場へと侵入し、ふとあることに気づいた。

「・・・お湯って勝手に出てくるのか?」

 僕の想像を裏切ることなく、捻った蛇口からは冷えた水が流れ、僕は悲鳴を上げて風呂場から飛び出ることとなった。
 結果、お風呂に入れたのはライラさんが帰ってきた後で、ライラさんが持っていた石(たぶん、火の魔法とかその辺りが込められているんだろう)を入れると一瞬でお風呂が沸いた事実に僕はしばし呆然となり、この世界が改めて僕がいた世界とは違うことを思い知らされた。
 そして二階の部屋に通され、僕はカーテンで無理矢理仕切られた二つのベッドを見てまた呆然とした。ライラさん曰く、仕切ればプライベートも問題ない!とのことだったけど。
 ・・・どうやら、異世界に慣れるには時間がかかりそうだ。

13/09/23 21:34更新 /
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■作者メッセージ
そんなお話でした。楽しんでいただければ幸いです。
今回から短いものをぽんぽんと投下していく予定です。その方がリズム良くいけると思いますし。
地味に伏線もばら撒きました。

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