連載小説
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13.錯綜する思い
翌朝。
チェックアウトの時間までは余裕があるが、二人は馬車へ戻る為の準備をしていた。

「風呂よかったな。色々な意味で気持ち良かったし」
「あはは・・・また次の街の宿屋で入りましょう」

情事を思い出し快活に笑うエトナと、はにかみながら苦笑するシロ。
対照的な反応だが、幸せを噛みしめているという点は一致していた。

カーテンを開け、朝の日差しをしっかりと浴びた後、支度に移る。
荷物を鞄に入れ、部屋を軽く掃除し、身なりを整え、二人は部屋を後にした。

「忘れ物無いよな?」
「はい。エトナさん、髪留めを」
「あっ・・・ごめん、忘れてた」



この日、二人が最初に向かったのはギルド。
何は無くとも、まずは情報を集める為だ。

「まずはここしばらく、1年くらいの情勢の変化ですね」
「護衛に関しては任せろ。難しい話は任せた」
「了解です。さて、多分事務の人が・・・」

いつも通り人々がごった返す中、事務の窓口へと向かおうとした、その時。

「ざけんなゴルァ!!!」
「っ!?」
「うぉっ!?」

突然、ロビーに怒鳴り声が響く。
その発生源の方を見てみると、そこには二人の男がいた。
一方は壁に身体を打ち付けられ、苦しそうな表情で悶える、商人らしき男。
もう一人はその男の胸倉を掴んでいる、ガラの悪い大男。
恐らく、声の主はこの大男だろう。

「期日はもうとっくに過ぎてんだよ!」
「すまねぇ、だが、まだ都合が・・・」
「ふざけた事抜かすんじゃねぇ!」

大男が、商人の右頬を殴る。
鈍い音が鳴り、拳がめり込んだ。

「がはっ・・・!」
「借りた物は返す。商人の鉄則だよな?
 返せねぇって言うなら、別のものでどうにかするしか無いよな?」

辺りがざわつき、その騒ぎを聞いた警備員が駆け付けた。
大男は舌打ちをし、地面に叩きつけるようにして商人から手を離すと、

「あと三日だけ待ってやる。それで返せねぇなら、テメェんとこの娘で払いだ!」

と言いながら商人に唾を吐き、その場から去って行った。
騒然とする中、警備員が倒れた商人を起こし、肩を貸して歩行を補助する。

「大丈夫ですか? 立てますか?」
「あ、あぁ・・・何とかな」

覚束ない足取りではあるが、何とか歩行は可能なようだ。
周りにいた者の内何人かはその様子を心配そうに見ていたが、少しすると視線を外し、
商談や、事務仕事に戻った。



「エトナさん、見ましたよね」
「あぁ。間違いねぇ」

この顛末を見ていたシロとエトナ。
始めはただの商人と金貸しの揉め事だと思ったが、これは重要な出来事だと判断した。
その理由は、金貸しの腕章と、商人の顔。



金貸しの腕章に描かれた、赤い逆三角形に3つの黒十字。
つまり、金貸しはベング商会の人間。

そして、商人はつい昨日、二人にベング商会には関わるなと忠告した露店の主、
ジェフ・リッカーだった。



「この一年で、ベング商会は急速に勢力を拡大しています」

ギルドの事務員に最近の情勢を聞く二人。
多くはシロが予想していた事をそのままなぞったようなものだったが、
有力な情報も出てきた。
(なお、やはり受付のカウンターがシロには高かったので、エトナにお姫様抱っこをされた)

「現会長のモンツ・サンテグラルは、先代の会長と違い、積極的に市場を拡大しています。
 やり口はかなり強引で、とにかく金を使って買収や乗っ取りを繰り返し、他店を潰す。
 傘下に入る店舗は増える一方です」
「法律に違反する行為をしているのでは?」
「部分的にまずい所もあるのですが・・・今の所、すり抜けられています。
 現状ではどうする事も出来ません」
「成程・・・分かりました。ありがとうございます」

一通りベング商会に纏わる話を聞き、二人はギルドから出た。
そして、情報を元に話し合う。

「やっぱり、新しい会長はロクでもねぇ奴みたいだな」
「ある意味商人としては正しいかもしれませんが、この街には不適です。
 商会同士での業務提携や交流が盛んな中、無理に他店を蹴散らすメリットは薄すぎます」
「つー事は、何かしら理由がある訳だ」
「でしょうね。例えばタリアナのベルクさんの様に、街を乗っ取る気でいるとか。
 そうでなければ、ロコのあのクズみたいに、ただひたすら自己中心的な輩であるか」
(・・・ヤクトか。相当ムカついてたしな。アタシもだけど)
「いずれにしても、このままベング商会に対して手を拱くのは街にとってもまずいはず。
 ただ、現状ではまだ分からない所が多いので、別角度から情報を集めましょう」
「ジェフさんから聞きたいとこだが、救護室にまで邪魔するのは悪いしな。
 そこは後回しにして、誰かから噂話でも聞いてみるか?」
「そうしましょう。色々な人から聞けば、何か見えてくるはずです」
「だな。んじゃ、どこで探す?」

話し合いの結果、とりあえず人の多い所へという事で、
二人は中央市場へと向かった。



「まぁ、良くない話は結構聞くな」

中央市場にいた若い商人。どうやら、ベング商会に関わる事を知っているようだ。

「裏ルートで違法薬物流してるとか・・・同業者のやっかみかもしれんが。
 俺は向こうでも売ってない珍しい漢方中心に商売してるから、固定客いるけど、
 こっちにまで手ぇ出されると厳しいな」

売り物と思われる、得体の知れない植物の茎の部分らしきものをつまみながら語る。
シロは、この商人にジュート薬局の事について聞く事にした。

「ジュート薬局とは、どのような店なんですか?」
「品は普通の風邪薬とか、家によくある常備薬が多いな。
 この間新薬も出来たし、売り上げは絶好調だろうよ。
 だが、どうしたってあんな儲けてんだろうな・・・」
「そりゃ、売れてるからじゃねぇのか?」
「いや違う。売れてるのは確かなんだけどよ・・・」

「店の売り上げだけじゃ、どんなに売れようが金貨4、5千枚ってとこなんだよ。
 物理的に、50万も稼げるほど薬無さそうなんだが・・・」

事実であれば、有力な証言である。
この事を手持ちの羊皮紙に書き込み、更に探りを入れた。

「店舗以外で、収入を得る方法ってありますか?」
「薬師に実験設備やって謝礼貰うとか・・・あー、でもあんまねぇな。
 病院とかの大口に卸すっていうのもあるが、それはもう別のとこがやってる。
 ま、となればヤバい事やってんじゃねーのかってのが、他の奴の話だ」

眉唾だけどな、と続け、手慰みにしていた植物の茎らしき物を離す。
ぽとりと落ちた茎は麻布の上を転がり、元の位置へと戻った。

「つー事で、薬欲しいならうちで買ってけ。
 そんなよく分かんねぇところで買うより安心だろ?」
「そうですね。傷薬になるものってあります?」
「これとこれだな。あ、でもこれ子供には刺激強いか」

話の礼代わりに品物を買い、二人は店を後にした。



「あぁ、俺は疑ってるな」

市場の片隅で暇そうにしていた、武骨な顔の商人。
商談相手が来るまで、話を聞いて貰える事となった。

「キャスター運輸がどうも怪しいんだ。顧客はノノン以外にもいるみてぇだが、
 それにしたって金貨46万はありえねぇ。多分、運び屋が一枚噛んでるだろ。
 あ、運び屋っつーのは、俺ら商人の隠語で、大きな声では言えねぇようなものを
 輸送する奴の事だ。物だけじゃなくて、人間とか魔物の『者』とかもな」
「何も物品には限らないと」

「あまり言いたかねぇが、人と魔物は高く売れるぜ?
 臓器なり、奴隷なり、いくらでも使い道があるからな」

裏稼業について事細か、かつそれらしく話す商人。
強面の容姿も相まって、かつてはそんな事をしていたかのようである。

「なぁ、まさかアンタ、その手の商売やってるから詳しいんじゃ・・・」
「バカ言うんじゃねぇ! 俺は商人だが、人間の心まで売るほど下衆じゃねぇ!
 ツァシー商会の名にかけて、お天道様に顔向けできる商売しかしねぇよ!」
「・・・悪い。変な勘繰りしちまって」
「分かればいいんだ。・・・っと、来たな。それじゃ俺はこの辺で」

エトナは自分の邪推を恥じ、そして確信した。
この商人は悪行には関わっていない。そんな事をする目じゃないと。

「何でも疑ってかかるもんじゃねぇな。アタシとした事が、基本的な事忘れてた。
 なぁ、シロ?」
「・・・えっ、あっ、はい」

自分を戒め、シロに声をかけたエトナ。しかし、その返事は数テンポ遅れた。
何故なら。

『人と魔物は高く売れるぜ?』

(・・・そう考えると、まずいな)

この時シロは、ある事に関して不安を感じていた為である。



「関連性があるという証拠はありませんが、無いとも言い切れませんね」

門の詰め所にいた衛兵。最近の街の情勢を聞いていた所、急増した事件があるとの情報を得た。

「人さらいが多発してますね。青年から幼い子供を中心に。
 加えて、消えた人間を探しに行った魔物娘も軒並み帰ってこなくて。
 我々兵団としても、早急に解決せねばならない事案です」
「そして、それが起き始めたのが丁度」
「ベング商会の会長が変わった時とかぶる、と」

「えぇ。考えられる事としては、最近人員を増やしたホーキッド・サービスに
 持って行っているか。ただ、労働力になるような年の人間はともかく、
 何故、そうではない子供まで消えていくのか・・・」

腕組みをし、首を傾げる。
その風貌こそ衛兵らしいが、問題を解決できていないという事実を鑑みると、どうにもきまり悪い。

「もし、関わりがあった場合は、ですがね。この事件に関する情報はありますか?」
「ぼんやりとした目撃情報が数件ある程度。そこから割り出すと、どうも単独犯ではなさそうです。
 まぁ、この手の誘拐事件が単独で行われているとは考えにくいですが」
「分かりました。ありがとうございます」

「どうなんだろうな。ベング商会がやったのかどうか」
「今の所はなんとも言えませんね」

と、口にしながらも、シロはこれまでの情報から起こっている、或いは起こりうるケースを割り出し、
頭の中に羅列していた。

(この場合、ジェフさんの証言次第では・・・)



一通り、街の人々から話を聞き終える頃には、空は完全に暗くなっていた。
仄かな月明かりと、いくつかの街灯が照らす道を歩き、二人は馬車へ戻る事にした。

「ふぅ・・・ごめんなさいエトナさん、長く付き合わせてしまって」
「何言ってんだ。それよりシロ、かなり疲れただろ?」

ノノンは広い街である為、聞き込みを行うとなるとそれなりの距離を歩かなければならない。
普段から鍛えているエトナはともかく、シロの脚はかなりの乳酸を溜めこんでいた。
これくらいどうって事ないと強がるシロを、エトナは窘める。

「シロ、頑張る事と無理する事は違う。何事も体が資本だ。倒れたら元も子も無いだろ」
「大丈夫ですって。教会から逃げた時はもっと歩きましたし」
「それなりに日数かけてだろ? どのみち、疲れたんならしっかり休んどけ」
「いえ、まだやる事が残ってますから、そうする訳にはいきません」
「明日じゃ駄目なのか? 疲れ取ってからの方がやり易いだろ?」
「それではいつまでも先延ばしになります。今日できる事は今日しないと」
「それはそうだけどさ、それとこれとは・・・」
「別じゃないです。僕は大丈夫ですから」

いつになく食い下がるシロ。
勧められた事を行おうとしたが、遠慮が先行してしまったという例は数多くあった。
しかし、勧められた事そのものを拒否し、さらにこれだけ粘るという事は初めて。
エトナは、どことなく違和感を感じた。

「なぁ、何か焦ってないか?」
「何に対して?」
「いや、それを聞きたいんだが」
「分かってもいないのに聞かないで下さい。何でもないですから」
「本当か?」
「・・・しつこいですね! 黙って下さい!」

突如、シロは声を上げた。
表情も眉間に皺が寄っており、明らかに怒りを露わにしている。
今までに無いシロの態度に当惑し、場を治めようとしたエトナだったが。



「お節介のありがた迷惑ですよ! ほっといて下さい!」



勢いのままに、口をついて出てしまった言葉。
これが、エトナの逆鱗に触れた。

「・・・んだと!? 黙ってれば調子に乗りやがって!」
「黙ってれば? 根掘り葉掘り聞いてどの口が言うんですか!」
「人の心配をありがた迷惑で返すバカがどこにいるんだよ!」
「事実を言っただけ! そんなものただの偽善ですよ!」
「ふざけんなクソガキが!」
「いい加減にして下さいバカ鬼が!」

売り言葉に買い言葉。
抜き身の言葉をそのまま投げ合い、静かな夜の街に二人の怒鳴り声が響く。

「チビ、ガキ、屁理屈野郎!」
「バカ、ブス、緑鬼!」

エトナにあらん限りの暴言を吐き続けるシロ。
シロに普段からは考えられない程の罵声を浴びせ続けるエトナ。

二人とも、感情のままに相手を罵倒し続ける。
もう、何が原因だったかなど、関係なかった。



そして、数分後。

「・・・もう勝手にしろ!」
「えぇ、そうさせてもらいますよ!」

不毛な罵り合いの末、二人はお互いに顔を背け、離れて歩き出した。
街道の端から端、ほんの数メートル程度の距離だが、
その間には深く、とても大きな亀裂が生じた。

(人の気も知らないで、分からず屋が・・・)
(ふざけた事抜かしやがって、頑固野郎が・・・)

歩く方向は同じ。
しかし、合わせる相手がいない為、足並みはバラバラ。

(・・・ん?)

故に、気付いたのは先を往くエトナだった。
目的地である、馬車を停めている広場に誰かがいる。
更に、その動きを注視すると。

(・・・あっ、おい!)

その誰かが、馬車の中に入った。
すぐさま、エトナは走り出す。

(・・・ふん)

置き去りにされたシロ。
しかし、エトナの方を軽く一瞥した後は、歩調を変える事も無く、
不貞腐れたまま、ゆっくりと歩くだけだった。



既に広場には近かったので、エトナが馬車に到着するのにかかった時間はほんの数秒。
侵入者が室内を物色していた所を取り押さえ、腕を後ろに捻りあげる。
ギリギリ腱が切れない程度の手加減はしてあるが、動きを止めるには十分だ。

「あいだだだだだだ!」
「何してくれてんだ!?」

捕えたのは、目から下を布で覆っていた男。
どんな顔をしているか見る為、エトナはそれを乱暴に掴み、破るようにして引き剥がした。

男の顔が露わになった、その瞬間。

「ヘッ!?」
「ハァッ!?」

素っ頓狂な声が、二つ上がる。

盗みに入った先は、ついこの間知り合った魔物娘だったという事に対する驚き。
こんな事をやりそうにない人間がやっていたという、事実に対する困惑。

泥棒の正体は、この街で初めて物を買った相手。
露店商店主、ジェフ・リッカーだった。
 


「一応聞くが、泥棒で間違ってないな?」
「・・・すまねぇ。本当にすまねぇ」

腕組みをしながらベッドに腰掛け、絨毯の上に座らせたジェフを見下ろす。
罪人とその捕獲者、普通の商人と戦闘の心得があるオーガ。
両者の立場は一目瞭然である。

ジェフに対する怒りは当然あるが、それを気にならなくさせる程の疑問があった。
それは、何故こんな事とは無縁そうな彼が、盗みに入ったのかという事。

沈黙が続く中、ジェフがポツリと、言葉を漏らした。

「・・・足りねぇんだ」

足りない。その言葉の主語は、エトナでも容易に推測出来た。
彼が商人である事、今朝のギルドでの出来事、そして窃盗未遂。
これらを繋ぎ合わせれば、出てくる答えは一つ。

「・・・売り物が?」
「違ぇよ! いや微妙に近いような気もするけど違ぇよ!」

思わずツッコミを入れるジェフ。

エトナでも、推測は容易だった。
それが正解かどうかは別として。

「金だよ、金! 本当、どうすりゃいいんだ・・・」

がっくりと肩を下ろし、項垂れる。
初めて出会った時の精悍な姿はどこにも無く、あるのは悲壮感だけ。
エトナの頓珍漢な発言で張りつめた空気が霧散した事も相まって、
その雰囲気は馬車の中全体に広がっていった。

「金っつっても・・・どれくらいだよ?」

組んでいた腕を上に動かし、背伸びをしながら聞いてみる。
それに対してジェフは、何も言わずに左手の指を三本立てた。

「・・・? 金貨3枚?」

右手の人差し指を立て、鋭く上に突き出す。
『もっと上』の意。

「んじゃ30枚」

もっと上。

「300枚」

もっともっと上。

「3000枚? 大分だな」

もっともっともっと上。

「・・・3万枚、か?」
「・・・そこにもう一個0がつくな」

つまり、30万枚。
凡そ、商会の年間収益程度である。

「嘘だろ!? 何でそんな借金抱えてんだよ!?」
「俺だってこんな事になるなんて思ってなかった。
 だが、ベング商会を信じた俺がバカだったんだよ」
「ベング商会・・・って事は、借りたのは」
「あぁ、ガロンファイナンスだ」

シロの上げた、ベング商会で異常な収益を上げている店の一つの名前。
金融機関、ガロンファイナンス。

他の三店に関しては、聞き込みで情報を集められた。
その中で唯一、何の情報も得られなかったのがこのガロンファイナンスである。

迷う事無く、エトナは問いただした。

「そこ、どういうとこか教えてくれ」
「・・・立場上、言えねぇ」
「今のアタシとの立場、考えろ」
「・・・分かった。まぁ、ぶっちゃけると立場どうこうってのは嘘だ。
 俺の問題だから俺自身で決着つけようとしたってだけの、チンケなプライド守る為の話だ」

そして、ジェフが語り始める。

「元々、元金は金貨30枚だったんだ。それが去年の話。
 利子は法定範囲内だったし、契約書もきっちり読んだ。
 ・・・それが、どうも書いてあった利子は年じゃなくて日単位だったようでな。
 普通、金貸しの利子は年利だから、思いっきり騙された。
 それに気付いたのがついこの間。契約書も、『日利』と書いたやつにすり替えられてた。
 だが、すり替えを証明する手はねぇ。勿論、返済額は返しようがねぇ位に膨らんでたよ。
 ・・・こうして、泥棒なんて真似する程にな」

そこまで話し、涙を零す。
騙され、借金苦に遭い、犯罪にまで手を染めてしまった。
商人として、男として、自分が情けなくなったのだろう。

それを見ていたエトナは、ジェフに一つ提案をする事にした。

「なぁ、ジェフさん。取引しねぇか」
「何でも言え。どうせ、もう俺は何の権利もねぇしな」
「単純な話だ。アタシとシロに協力してくれ。そうしてくれたら、見逃してやる。
 事によっては、借金も無くなるかもしれねぇぞ」

我ながら、相手の足元を見た酷い取引だとは思った。
もとより未遂だった為、衛兵に突き出す気など無い。
しかし、恐らくそのままでは気乗りしないであろうジェフを動かすには、
この上ないカードであった。

「・・・何を企んでやがる」
「決まってんだろ。ベング商会をぶっ潰す。アタシとシロでな」
「正気か!? お前も知ってるだろ、ベング商会の規模!」
「それをどうにかするから面白いんじゃねーか。今は一人足りないけどな」
「足りない・・・あ、坊主か。どうしたんだ?」
「・・・喧嘩した。ちょっと色々あってな」
「喧嘩ねぇ・・・って、待て。坊主今どこだ?」
「外だけど、もうじき来るだろ」

それを聞いた瞬間、ジェフの顔が青くなった。

「馬鹿野郎! 今すぐ迎えに行け!」
「いや、今行っても・・・」
「四の五の言ってる場合じゃねぇ!」



「最近人さらいが起きてるんだが、この時間帯が一番多いんだ!」



その頃。
馬車で何が起きているかも知らないまま、夜道を歩くシロ。
隣にエトナはいない。ちょっとした事が発端となった、仲違いのせいである。

心配が鬱陶しかった。理由はきっと、その辺り。
それにしても、あの時の自分は一体どうしてしまったのか。
時間の経過と共に冷静になった頭が、少しずつ後悔の念を感じ始めていた。

(お節介過ぎるんだよ・・・けど・・・)

勢いで、酷い事を言ってしまった。
本心から言った訳では無い。それはもう分かっている。
しかし、それをどうしても認めたくない自分がいた。

(・・・もういいや。さっさと馬車に戻って、何事も無かったかのように寝よう)

心の中で一人ごち、少し歩みを早める。



シロは気付いていなかった。
エトナがいなくなった後、自分の後ろを誰かがついてきている事に。



(・・・んんっ!? ・・・う・・・)

突如、口と鼻に布を押し当てられる。
何が起こったかも分からぬまま、シロはその場に倒れた。

「目標捕獲。速やかに本部に輸送する」
「「了解」」

夜の闇に溶けるかのような黒い服を纏った、男3人。
彼らは全員、左の二の腕に腕章をつけている。

そこに描かれていたのは、三つの黒十字の下に広がる、赤い逆三角形。
そう、ベング商会のマークである。
13/12/10 21:50更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
普段より長めに間が空いて失礼致しました。

お互いの知らない所で、事態が動き出す。
シロを捕えたベング商会、その行く先は何処なのか。

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