連載小説
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和風ゼリー
 初春の昼下がり。某県の、少し田舎寄りな住宅街にある一戸建て。
広い空間の中に、額に入った様々な文字が飾ってある、少々不思議な部屋にて。

「あぁ〜…こりゃ駄目だ。クソ…!」

 何やら大きな字が書かれた紙を、渋い顔でくしゃくしゃと丸める男。
彼の名は『田月兎 琵居蔵(タゲット ビイゾウ)』書道家である。
普段は看板などを書いたり、子供達に書道を教えて生活しているのだが、
書道教室が休みである現在は、居間の隣にある仕事場にて、
個展に出す為の作品を書こうとしていた…のだが、失敗。

「こんなの字ですらねえ。何かもう…アリの巣だ、アリの巣。ったく…」

 気だるそうにそう呟くと、やる気をなくしたのか、仕事場の畳の上に寝転がろうとする。
しかしその直後、郵便受けに郵便物が落ちる音が聞こえたので、
彼は仕方なく立ち上がり、取りに行った。

「どれどれ…?…春雄か。何だって手紙なんて…」

 春雄とは、彼の古くからの友人である。居間に行き、封を開けて読んでみると…

『田月兎 琵居蔵様 
 この度、私達 春雄・梅華の二人は、○月○○日に結婚する事に…』

「………」

 彼は古くからの悪友が書いた内容を理解するのに、数十秒を費やした。

「…ああァ!!?結婚だと!?あいつが?」

 真偽を確かめる為に、すぐさま電話をかける。

『もしもし?』
「…琵居蔵だが、何だあの手紙!?」
『書いてあった通りよ。俺、来月結婚する。』
「本気かよ!?」
『おう。しかも相手は二十いくらも年下だ。』
「ハァ!?芸能人かよ!?っつうか、どんな奴だ、相手ってのは!?」
『いや、俺も驚いたんだがよ…。
 今、若い女で新人なのに現場やってる、やたら力が強い子が居てさ。
 ちょい前に会社ぐるみで飲み会に行った時、同じくガブガブ飲んでたその子が
 『あんたの飲みっぷりに惚れた』とか言ってきてくれてよォ!
 もーそっからすっかり意気投合しちまって!』
「おいおい、本当かよ…。
 でもよ、やっぱ若くして現場で怪力で酒飲みって、それなりの顔なんじゃねえのか?」
『…それなりってどんなんだよ。ひでぇ奴だな。
 驚くなかれ、とんでもねぇ美人さんでよ!顔立ちはあの女優のNに似てんだが、
 それよりも十倍も百倍も綺麗なんだよな。今度見に来いよ!』
「…それが本当なら、お前騙されてんじゃないのか?」
『さっきから、相変わらずズケズケ言うな…。騙されてるってのは無いだろ。
 こんな下請け大工やってる四十終盤のオッサンなんて、騙しても実入りがねぇよ。』
「…確かにそうだわな。まあ、それなら大丈夫か。」
『…で、お前はどうなんだ?最近。』
「いつもと同じだよ。ただちょいとスランプな事と、掃除がきつくなって来た事以外は。」
『ふ〜ん…。お前も嫁でも貰ったらどうだ?』
「嫌だよ。最近の若い女の子は色々ワケ分からんし、
 同年代のオバハン共は、ちょっとした事ですぐドラマみてえにガミガミ言いやがるし、
 その中間で独身の奴らは、そこそこの男探しで血眼だ。見ちゃいられねえ。
 俺の好みかつ、日本男児の憧れである『貞淑な大和撫子』は、もう絶滅したんだよ。」
『まぁそう言うなよ。よけりゃあ、何人か見繕ってきてやるぜ?』
「結構だ。
 …まあ、大丈夫そうでよかったよ。結婚、おめでとさん。」
『おう、ありがとさん。』
「それじゃ、そろそろ切るぞ。」
『そうか、じゃあまたな。来いよ!結婚式。』
「はいはい…じゃあな。」

 電話を切り、改めて居間のソファーに寝転がる。

「アイツが結婚とはな…
 世の中、何が起こるか分かったモンじゃねえ、ってか。」

 大きなあくびを一つ。

「ま、俺みてえな安定しないゲージュツ家には、独り身の方が気楽さ。
 げに素晴らしきは独身貴族…ってな。」

 自嘲か、それともやせ我慢か、薄ら笑いを浮かべながらそう呟いた。

「あーあ、かったりぃ…。
 …あ。そういや今日『血ぬられ刑事』の再放送だったな。久々に見てみるか。」

 ローテーブルに置かれたリモコンを構え、電源を入れ、チャンネルを合わせる。
…しかし彼の予想に反し、テレビに映った物は、刑事ドラマとは全く違う番組だった。

『モンスターズ・ミラクル・マーケット!!』

「あれ?何だこりゃ?チャンネルは…合ってるよな?」

 困惑する琵居蔵だが、番組はそんな事はお構いなしに進行を始めた。

『どうも皆さん、貴方のお悩みを激しく、かつ、いやらしく解決する商品を提供する、
 モンスターズ・ミラクル・マーケット。略してMMMのお時間です♪』
「うおっ、とんでもねぇ別嬪さんだな!この二人。
 こんな聞いた事もないような番組なんかに収まってていいのかよ?」

 先程はああ言ったものの、琵居蔵は別に女に興味がないわけではない。
美人を見かけたら相応に反応もする、ごく一般的な男なのだ。
しかも相手は、美女の頂点とも言うべき最高位の淫魔リリムと、その従者である。
普段通販番組など見ない琵居蔵も、すっかり引き込まれてしまっていた。

『今回ご紹介する商品は、この『恋するゼリー』です!』
「へぇー、ゼリーか。…最後に食ったのって、いつ頃だったっけ…。」

 お菓子やジュースが一番の嗜好品であった時代は既に過ぎ去っており、
酒やつまみが現在の彼の一番のおやつである。
(昔は煙草も吸っていたが、十年ほど前、不注意で傑作を焦がしてしまって以来やめた)
なので、商品に対する興味も、少し薄れ始めていたのだが…

『オススメは、この『和風ゼリー』です!芸術を愛する貴方にピッタリ。
 ちょっと固めですが、爽やかで優しい味わいですよ!』
「和風ゼリー…どんなんだ?」

 机(?)に乗せられたゼリーの外見を表すと、
上部は白みがかった透明で、容器の底の方はかすかにまだらな藍色。
全体的に、まるでよくある陶磁器の白色を若干抜いたような色合いである。

「これは…」

 それは、琵居蔵の記憶の中にある物に近い外見だった。
あまり裕福ではない家に生まれた琵居蔵は、
小さな子供の頃、友達の家で生まれて初めて『ゼリー』というお菓子を振舞われ、
それが美味しかったので『家でもゼリーが食べたい』と母親にねだった。
その際母は、砂糖水と寒天を混ぜた液を、
家にあった色つきガラスのコップに流し込み、冷やし固めて寒天ゼリーを作ってくれた。
砂糖の甘さのみの寒天ゼリーだったが、母の手作りということもあってか、
彼はそれをとても美味しく食べたのを覚えている。
以来、彼の中でゼリーといえばそれであり、
後年駄菓子屋や普通の店で見るゼリーもなんとなく好きにはなれず、
中学校に入学した頃には、もはやゼリーとは無縁の生活を送っていた。

「…懐かしいな。このゼリーも、そんな感じなんだろうか…?」

 小さな幸せの記憶を刺激され、ふつふつと興味が湧いてきた。
…が、次の言葉には、思わずツッコミを入れてしまった。

『更にこのゼリー、『食べられると、素敵な恋愛ができる』という効果もあるのです!
 その上、貴方の仕事や生活にも大いに役立つ事請け合い!』
「…おいおい、ゼリーだろ?ゼリーに何ちゅう期待持たせてんだ。
 食われる以外に、どう役に立つんだよ…」

 皿に乗ったゼリーが、ぷるんぷるんと震えながら部屋の掃除をしたり、
恋愛のアドバイスをしたり、仕事の手助けをしたりしてくれる光景を一瞬想像して、
彼は思わず噴き出してしまった。

「プッ!…まるでメルヘンの世界だな。
 …まあ、仕事や恋愛云々は置いといて、味は気になるかもな。値段はどうなんだ?」
『この商品に、強力精力剤『∞クライマックス』1本をお付けして、
 通常1500円の所を、今なら何とたったの1000円!
 税込み1000円でのご提供です!!』
「いや、精力剤って…あからさま過ぎだろ。恋愛後のことも想定済みってか?ハハハ!
 …にしても、ゼリー一個と精力剤一つで1000円ねぇ…。
 チョイ高めだし、精力剤なんて俺はもう使わねえだろうし…」

 もう一度、司会の二人を見る。

「…まあ、ゼリーの味もちょっと興味あるし、それぐらいならいいか。
 こんな別嬪さんになら、変なもん掴まされて1000円取られても悔いはねえ。
 どれどれ…」

 そして彼は電話へ向かい、テレビに出た番号を押した。
それが、『素晴らしき独身貴族』の終焉になるとも知らずに…















 〜数日後の昼下がり〜

「…はい、確かに印鑑頂きました!それでは、こちらがお届けの品となります。」
「はいよ。雨ん中、ご苦労さん。」
「それでは失礼いたします。ご利用ありがとうございましたー!」
「おう。頑張れよー、嬢ちゃん!」
「はーい。今後とも『かっぱ通運』をご贔屓にー!」

 …玄関の戸が閉まり、琵居蔵は受け取った荷物を抱えて居間に戻った。

「ふぅ…これか。和風ゼリー。」

 箱を開封し、中身を取り出し、ちゃぶ台に置く。

「うーん、見れば見るほど、あの時のゼリーにそっくりだな。
 …そして、見れば見るほど、仕事や恋愛に役立つようには見えねえ…。
 何も説明無いし…やっぱりありゃ、ただのハッタリか?
 …まあいいや。どっちにしろ、目的は食う事だったしな。」

(…うふふ…この方が、私の旦那さまになる方なのですね…♪)

「…ん?何か声が聞こえたような…いや、まさかな。
 俺はまだそこまで行く歳じゃねえし………ねえ筈だよな?」

 四十半ばを過ぎている自分の『老い』を考え、少し不安になったが、
そんな事はゼリーを食べて忘れようと思い直し、台所からスプーンを持ってきて添え、
ゼリーの蓋を剥がした。すると…

「う、うおおぉぉぉ!!?」

 カップの中のゼリーが、どんどん膨らんでカップから溢れ出す。
そしてそれは、ちゃぶ台から床の上に全て流れ落ちて、水溜りのように広がった後、
まるでその水溜りの下には深い池があり、そこから浮かび上がってきたかのように、
ゼリーと同じ色合いの、ずぶ濡れの着物を着た若く美しい女が現れた。

「な…何だ、こりゃあ…?」

 あり得ない登場の仕方をしながらも、落ち着いた雰囲気を持つその黒髪の美女は、
腰を抜かしている琵居蔵を見て、微かに首を傾けながら、ふっと優しく微笑みかけた。
そして、混乱の最中にある琵居蔵は、それに対して思わず微笑み返してしまった。

「ど、どうも…じゃねえや。
 …アンタ、一体何者なんだ?どうしてここに?」
「お初にお目にかかります、琵居蔵さま。
 私の名は『みぞれ』と申します。今日から、あなたさまのつまとなる者でございます。」
「はあ!?妻ァ!?」
「はい♪ふつつか者ですが、どうぞ、末永くよろしくおねがい致します。」

 三つ指をつき、深々と頭を下げる。

「ちょ、ちょっと待て、妻だって!?何だそりゃ!?」
「おくさんの事ですよ?他にも『わいふ』とか『かない』とか『にょうぼう』とか、
 かん西風に言うと『よめ』とか言います。」
「いや、そりゃ知ってるよ!?そうじゃなくて、おかしいだろ!
 俺は結婚どころか、あんたに会った覚えすらねえんだぞ!?」
「はい。ですので、これからゆっくりじっくりと、愛を育んでいけたらなぁ…と♪」
「えええ!?おいおい、そんな、いきなり出てきて何言ってんだ!?
 ろくに知りもしねえ女と結婚なんて出来るかよ!?」

 怪しい通販で買ったゼリーの中からいきなり現れた、
素性の知れないどころか、人間かどうかも疑わしい美女が
出し抜けに自分の妻になると言ってきているのだ。
彼がこう言ってしまったのも、仕方の無い事だろう。
…だが、この時ばかりは、それがいけなかった。

「えっ…」

 彼女の顔から、先程まで浮かべていた、嬉しそうな笑みが消えた。

「…旦那さまは、みぞれの事がおきらいですか?」
「え!?いや、好きとか嫌いとか、それ以前の問題だろ!?」
「ど、どこがそんなにいけないのですか!?がんばって直しますから…!」
「いや、そうじゃなくて…!」
「私が人間じゃないから、嫌なんですか…!?」

 『旦那様』との出会いに、少女のように輝いていた彼女の目に、涙が溜まり始めた。

「お、おいっ!とりあえず落ち着け!落ち着いてくれ!俺が悪いみたいじゃねえか!?
 まず落ち着いて、俺の話を聞いてくれ!頼むから!」
「わ…わかり、ました…。」
「…まず、君は一体何者なんだ?」
「先ほども言いましたが、旦那さまのつまで…」
「いや、だからそうじゃなく。
 さっき君が自分で『人間じゃない』と言ったが…じゃあ、君はどんな生物なんだ?」
「はい。私は『和風ぜりい』として旦那さまに買われましたが…
 本当は、ぬれおなごと言う妖怪なのでございます。」
「妖怪!?」
「はい。じつは私は、この世界の者でもなく…」

 それから、彼女の正体や、異世界について、番組の正体などの説明が続いた。
年齢を重ねると頭が固くなるというが、琵居蔵の頭脳は、思い切り非現実的な
『異世界』のあれやこれを聞いても、どうにか理解する事はできた。

「ふうん……本当なんだな?」
「ちかって、うそはありません。」
「…で、俺に婿になって欲しい、と…?」
「そうです。」
「ん〜…何つったもんかな…えーっと…
 …すまねえが、とりあえず少し考えさせてくれねえか?」
「えっ…?」
「ああいや、別に、ハナからならないって言ってるんじゃねえよ。
 ただ…もうちょい時間をかけて、君がどんな人間…人間?
 いや、どんな妖怪で、どういう事が出来るのか、さっきの説明に嘘はないか。
 もっと言うと…嫁にしてもいいか。それを見極めさせてもらいたい。」
「…そういう、事なら…。」
「悪いが、いまはそれしか言えねえ。
 もうちょっとじっくり吟味してから、今後どうするかを考えよう。」
「…分かりました。」
「それに、みぞれさん…話を聞く限り、宿とかも無いんだろう?だったらその…
 とりあえず吟味する間は、俺の家で暮らして…も、いいが、どうする?」
「は…はい!!みとめてもらえるように、精いっぱいがんばります!」

 一応、機嫌は直ったようだ。

「あ、ああ。よろしくな。」
「はい♪
 …あの、旦那さま。これから早速、おそうじなどをさせていただきたいのですが。」
「え?いやいや。そんな、来ていきなり働かせるわけには…」
「私はかまいませんよ。まだお昼ですし、このまま何もせずに居るのは性に合わなくて。
 旦那さまの家の事も知っておきたいですし、
 何より、旦那さまに早くみとめて欲しいですから…♪」
「ん〜、それじゃあ…頼めるか?」
「任せて下さい!せまいところも、高いところも、この体ならかんたんです♪」
「ハハ…頼もしいな。
 じゃあ、俺はちょっと仕事場に入る。頼むぞ。」
「はーい♪」

 嬉々として掃除に行くみぞれを見送り、仕事場にこもる。
そして、ため息を一つ。

「…妻…か。こんなオッサンが、貰っていいもんかねぇ…。」

 正直、人間でない事を除けば、容姿も性格も琵居蔵にはどストライクだった。
それ故に、あんな素敵な女性が、自分などと結ばれてもいいのかという心配も出てきた。
わざわざこんな中年の落ち目の捻くれ者の書道家の所じゃなくても、
彼女の美貌と性格なら引く手あまただろう。
自分などよりも、もっと若くていい男はごまんと居る。
そっちと一緒になった方が、彼女も幸福になれるはずだ、と思ってしまうのだ。

「俺にゃあ、もったいないぜ…」

 数十分前に出会ったばかりの女なのに、そんな心配までしてしまう辺り、
琵居蔵自身、相当彼女に惚れ込んでしまった事は明らかであった。
もっとも、当然のことながら、それに気付いてはいないが。

「…まあ、今考えても仕方ねえか。仕事仕事…」

 何となく筆に墨をつけ、たらたらと書いていく。
…しかし、元からスランプ気味だった事に加え、このような悩みなど抱えていれば、
いい作品など出来る筈も無く。

「…ハァァ〜〜……やっぱ駄目か…。」

 書いては捨て、書いては捨てを繰り返し、
失敗が十を越えた辺りで完全にやる気を失い、畳の上に寝転がった。

『…さま、旦那さま、入りますよ…。』

 そこへ、みぞれが居間と仕事場をつなぐふすま越しに声をかけてきた。

「うおッ!?何だ!?」
「もう、他の部屋のおそうじは終わりました。あとは旦那さまの仕事場だけです。」
「何?もう終わったのか?」

 時計を見れば、まだ3時間ほどしか経っていない。

「はい。でも、決して手をぬいてはおりませんよ。
 どうぞ、ふすまを開けておたしかめ下さい。」
「どれ…」

 ふすまを開けて居間に入り…彼は息を呑んだ。
床は勿論の事、台所や、大きな家具の上、天井から下がる電灯、窓、サッシ…
あらゆる所を見ても、ホコリも、黒ずみも、チリ一つすら見当たらない。
念の為、他の部屋やトイレまで見てみたものの、全ての部屋が隅々まで清掃されていた。

「…すげぇ…。」
「そんな事ありませんよ。さいしょですから、少しはりきっただけです。」
「いやいや、本当にすげえよ。一人でこれは…人間業じゃないぜ。」
「人間ではありませんよ?」
「いや、確かにそうだが…。」
「それでは、なっとくいただけた事ですし、仕事場もおそうじいたしますね。」
「…わかった。頼む。」

 許しを受け、みぞれは嬉々として仕事場に入った。どうやら、掃除が大好きらしい。
早速始めるかと思いきや、仕事場に飾られている作品を見て、動きを止めた。

「わぁ…。これは…」
「どうしたんだ?」
「…いえ、すごくなつかしくて。それに、とてもきれいな字でしたから…。」
「懐かしい?」
「私が生まれたところと同じようなふでの字を、
 こちらでも見られるとは思っていませんでした…。」
「そんなに懐かしいのか?」
「はい。私は『ジパング』という所からさそわれたのですが、
 そのさそいにのってまかいに来た時から、旦那さまのところに来るまで、
 こういう字を見られなかったものですから。」
「そうだったのか…。」
「旦那さまは、どのようなお仕事をされているのですか?」
「何?見りゃわか…あ、そうか。向こうの世界では無いのか。
 俺の仕事は書道家だ。偉そうな言い方をすれば、文字専門の芸術家って所か。
 …まあ、落ち目なんだがな。」
「おち目なんて…ここにかざられている旦那さまの字は、
 どれもすごく美しいと思うのですが…」
「今日び、俺なんかよりももっと上手い奴は沢山居るさ。
 それに最近、何だか調子も出なくてな。」
「そうなのですか?」
「ああ。どうにも、満足がいくモノが書けねえんだよ。個展も開きたいんだが、
 分かる奴には分かるからな。ちょっとのアラでも駄目なのさ。
 ここに飾られてるやつだって、所謂そういう売れ残りだ。
 子供に書道教えたりして、一応食ってはいるんだが…
 …はっきり言うと、お前さんを貰って、養う自信もあんま無くてな。」
「私の事は大丈夫ですよ、お気になさらず。
 私は、旦那さまが精を出していただければ、それで十分です。」
「そうも言ってられねえだろ。仕事にいくら精出してたって、
 どんな生き物も、食わなきゃ死ぬぜ?お前さんだってそうだろ。
 …つうか、お前さん、本当に俺でいいのかよ?こんな稼ぎの無いオッサンだぞ?」
「もちろんです。
 旦那さまを一目見たときに、とてもやさしくて、強い人だとすぐわかりましたよ。
 かせぎの多い少ないはかんけいありません。やさしい人だから、好きなんです。」
「そんな…判かるわけねえだろ?一目で…」
「ルクリーさまが放送していた、あの『ばんぐみ』とやらは、
 私たち妖怪の夫になってくれそうな、やさしい人にしか見られないとききます。
 それに、私たちのことを恐れたり、追い出そうとしたりするような人は、
 あんな出方をした私に、ちゃんとほほえみを返してくれるはずがありませんもの。
 だから私にとっては、私をえらんでくれた旦那さまが、一番いいんです。」
「そうかねぇ…。」
「…あ、忘れてました!おそうじしないと…
 旦那さま、少し居間へうつっていて下さい。」
「お、おう。」

 自分の目的を思い出し、てきぱきと掃除を進めていくみぞれ。
たった3時間で掃除を完璧に終わらせたのにはカラクリがあるわけではなく、
単純に(とてつもなく)効率よく掃除をしていただけだった事を
琵居蔵ははっきり目の当たりにし、改めて、何て出来た女性だと思った。
そして、他の部屋より汚れているはずの仕事場も、二十分程で片がついてしまった。

「…ふぅ、これで全部ですね。」
「ありがとう…だが、初日でここまでしてくれるなんて、何だか申し訳ないな…。」
「…では、ごほうびをいただけますか?」
「ご褒美?」
「はい。私の事を、ぎゅうっと抱きしめてください。
 なるべく服がぬれないようにしますから…」
「…そんだけ?」
「はい。それが何よりのごほうびです。」
「…そう言うんなら…。」

 琵居蔵はみぞれに近付き、その女性らしい細い体を抱きしめる。
服はしっとりと濡れているが、冷たくは無く、ヒトと同じぬくもりがあった。
しかしその肌や髪の感触は、ヒトのそれとは違い、
まるでゼリーの表面のようにつるつるしている。
肩を強く抱いてみると、骨の感触が無く、腕が沈み込む感触がある。
改めてこの女性が人間とは違う事を感じながらも、布越しに伝わってくる彼女の手や、
着物で分かりにくかったが、意外と豊かな胸が押し付けられる感触を次第に感じてしまい、
自分の『男』が、年甲斐も無く動き出しそうになってしまうのを必死にこらえた。

「あぁ…おいしい…♪」
「美味しい?」
「あ…いえ、何でもありません…」
「…?」

 …

 仕事場を掃除した時間よりも長い抱擁が終わり、みぞれはようやく離れた。
窓の外を見ると、雨雲のせいでよくわからないが、もう夜にさしかかっているらしい。

「ふふっ、ありがとうございました♪それでは、夕餉のしたくにかかりますね。」
「お、おう。(やばかった…色々と。)
 …でも、今はたいした物は入ってないぞ?冷蔵庫。」
「大丈夫です。材料は今あるもので十分ですから。」
「…ところで、別の世界から来たのに、冷蔵庫が分かるのか?」
「はい。ルクリーさまのさそいにのった時からずっと、
 この世界の男の人とそいとげることをゆめ見ておりました。
 そのために今日まで、この世界の、いろんな事をべんきょうしてきたのです。」
「…凄いな。そこまで何でもできるなんて…」
「このくらい、どうという事はありません。
 夫となる方に、精一杯愛を尽くすのが、私たち妖怪というものなのでございます♪」
「へぇ…。」
「それでは、きたいしてて下さい。
 …食べおわったら、また『ごほうび』を下さいね?旦那さま♪」
「…ああ。」

 みぞれが来た直後は、正直彼女の事を少し疑っていたが、
話を聞くにつれて、彼女が本気で自分の妻になりたがっているという事がわかった。
…しかし琵居蔵は、なかなか思い切れないでいた。
『あんな出来た嫁は、自分にとっては勿体無さすぎる』という考えが、
心のどこかで、消えずに残っているのだ。
だが、嬉しそうに台所に立つみぞれの姿を見ると、
何だか言いようも無い嬉しさと愛しさがこみ上げ、その考えもゆらいでしまう。

(…とりあえず、まだ様子見だな。)

 何せ、まだ初日なのだ。そう焦って考えるものでもないだろう。
消極的な考えだが、いま琵居蔵に思いつくのは、それだけだった。

「…って、何だその服!?何時の間に着替えたんだ!?」
「これですか?これは、私がここに来るまえに友だちからおそわった、
 『はだかえぷろん』という服でございます♪いかがですか?」
「も、戻ってくれ!?いや、嬉しい、嬉しいし目にもいいけど、目のやり場に困る!」
「…は、はい…?」

 みぞれのいきなりの誘惑に、驚きつつも興奮が隠せず、歳に似合わず赤面してしまう。
いっそ理性など振り捨てられれば楽なのだろうが、そうも行かないのが中年の意地。
今日まで忘れかけていて、先程の抱擁で目覚めた自らの男の部分とせめぎ合い、
少々頭と胃が痛んだ。みぞれにそれについての責任は無いので、言う事はなかったが。

(…写経でもするかな…。)

 ちなみに、みぞれが作ってくれた夕食は、煮物に焼いた干物という純和食だった。
本人曰く『洋食や、気取ったものよりも、旦那さまはこちらの方が好きだと思いまして』
らしい。煮物も魚も、どちらも絶妙な塩加減で、とてつもなく美味しかった。

「ご馳走様。」
「おそまつさまでした。それでは…」
「あ、ああ。ご褒美か。…じゃ、行くぞ…」

 とりあえず今日一日で、みぞれの家事能力は天下一品だという事はしっかり分かった。
…それ故に、先程の『勿体無い』という考えが、余計にこびりついて離れなかった。










 …数日後。
ゼリーの中から現れた、奇妙な押しかけ妻との生活にもだんだん慣れてきた琵居蔵。
だが、琵居蔵にはある疑問に思う事があった。
それは、みぞれが一切、食事をしないことだった。
常に甲斐甲斐しく、日夜働き続けているのに、米の一粒も口にしない。
幾度と無く一緒に食べることを薦めたが、『大丈夫です』の一点張り。
しかも、隠れて食事を取っている様子も無く、衰弱しているという様子も全くない。
その代わり、何か作業が終わると、決まって抱きしめてもらう事を要求する。
流石に琵居蔵もその生活を無視できないほど心配して、この夜、みぞれに尋ねてみた。

「…なあ、みぞれ。」
「どうなさいました?」
「お前、うちに来てから何も食べてないじゃないか。
 何か食べたい物とか無いのか?」
「…何でも、よろしいのですか?」
「ああ。」
「本当に、何でも?」
「二言は無い…と言いたい所だが、
 …『お前の血肉をくれ』とか言わないよな?」
「しんぱいなさらずとも、そんな事は申しません。
 私たち妖怪は、人の事が大好きですから。」
「そうか。…疑ってたわけじゃねえが、ちょっと安心したよ。
 で、結局、みぞれは何を食べるんだ?」
「はい。
 では…旦那さまの精を、おちんちんから直接いただきたいです。」
「精?」
「精『液』とも申します。」
「え、するってえと…つまり…」
「そうです。…私を、抱いていただきたいのです。
 私たち妖怪は、それが大好物なのでございます。もちろん、私もそう。
 はじめては、旦那さまにみとめていただいてからと思っていたのですが…」
いぃ!?何だそりゃ!?」

 鬼が出るか蛇が出るかという展開も少なからず考えた琵居蔵だったが、
その斜め上を行くようなとんでもない事を言い出す嫁(候補)に、かなり驚く。

「あれ?申しませんでしたか?」
「聞いてねえよ!?」
「たしか、私がここへ来た日の夕に、
 『旦那さまが精を出していただければ、それで十分です』と申しましたが…。」
「え、なっ、え!?アレはそう言う意味だったのか!?」
「はい。ごほうびの時に、旦那さまの体についた汗からも精をいただいていましたが、
 やはり、旦那さまのおちんちんから出るものをいただきたいのです。」
「…本当なのか?既成事実作りの嘘じゃないよな?」
「?『きせいじじつ』とはどういう事ですか?」
「…この場合は、とにかくヤらせる事で、その事実を交渉の道具にする事だ。
 それで子供なんかできれば、さらに強力になる。」
「う〜ん…?よく分かりませんが、何を交渉する必要があるのですか?」
「え…?そりゃ、結婚とか…」
「そんな事でむりやりつまになっても、いみがないではありませんか。
 それに、私のようなぬれおなごは、子供が出来る日に精をうけて身ごもるのではなく、
 たくさん精をいただく事で子供をつくるのです。しんぱいはいりません。」
「…そ、そうか。」
「精なら、汗からでも十分とれます。これでみとめてもらおうとする気もありません。
 …私は何よりも、愛する旦那さまをよろこばせて、
 そして、旦那さまに愛をいただきたいだけなのです。」
「…。」
「出会ってたった数日ですが…私は、本気なんです。
 私は、旦那さまを愛しています。だから私に、旦那さまを愛させてください。」
「…うう…。」

 曇り一つ無い純粋な瞳を向けられ、一方的な汚い勘繰りをひたすら恥じる琵居蔵。
そして…ここまで純粋に想われて、流石の彼も、認めようとしていた。
たとえ自分には勿体無くとも、今掴まなければ一生後悔する、と。

「…もう一度だけ確認させてくれ。
 お前は、本当に、俺みたいな口の悪いオッサンでいいのか?」
「はい。この数日で、旦那さまのよい所も、悪い所も、たくさん分かりました。
 それらをすべて含めても…やはり私は、誰よりも、旦那さまのとなりがよいのです。
 旦那さまは…いかがですか?」
「俺は……。
 ………俺もだ。
 けど、やっぱり少し不安でな…。」
「何がですか?」
「お前は、何処からどう見ても綺麗で、若々しい。
 妖怪ってぐらいだから、人間よりも長命なのかもしれねえ。
 …だが俺は、あと何年かで年寄りと呼ばれる域になるだろう。
 そして…もし結婚したら、間違いなく、俺はお前を残して死んじまう。
 正直…それを考えると、辛いんだよ。」
「…ふふっ♪」
「何がおかしいんだ?」
「…いえ、そこまで想っていただけるのが、とてもうれしくて。
 そんなしんぱいをなさらずとも、大丈夫ですよ。
 …じつは妖怪たちの間には、それぞれの伴侶と、命の差をうめて
 いつまでも共にいられる方法がたくさんあるのです。
 私のふるさとでも、百年以上も年をとらずに仲むつまじくくらしている
 いなり神さまやりゅう神さま、その他の妖怪が何人もいましたから。」
「神様が居るのか?本当に?」
「はい。この世界にはいないのですか?」
「名前と、それにまつわる話とがあるだけさ。
 …まあそれは置いといて、命を延ばす方法まであるなんて…すげえな、お前の世界。」
「うふふ。旦那さまがのぞむならば、何千年だって一緒です♪」
「そんなには要らねえが…少なくとも、お前を遺していく心配は無さそうだな。
 …よし、これでスッキリしたよ。それじゃ…」

 お互いに、優しく微笑みながら告げた。

「みぞれ、俺は、お前に惚れたよ。…改めて、俺の妻になってくれ。」
「…ありがとうございます。みぞれは、命尽きるまで、あなたさまのおそばにいます。」

 そして、互いに目を閉じ、口付けをする。

「んっ…」
「ふぅぅ…んれるっ…」
「…!?」

 まずは軽くキスのつもりだったが、みぞれはいきなり舌を絡めてきた。
驚いたが、負けじと琵居蔵も舌を動かす。

「ふぉっ…く、ふっ…」
「ちゅぅうう、れっ、るろぉっ…♪」

 しかし、相手は不定形の妖怪、ぬれおなご。
人間には到底不可能な舌の動きで、琵居蔵を翻弄する。
引っ張られたり、巻きつかれ締め付けられたり、唾液を吸い上げられたりと
口の中をいいように弄ばれる琵居蔵だったが、嫌な気分はしなかった。
そのまま防戦一方の中で…彼はあることに気付く。

(ん…?…これは…)

 みぞれの舌や、口の中に流れ込む唾液のような粘液から、どこか懐かしい味がした。
それらはほんのり優しく甘く、水のように爽やかで、
まるで遠い記憶の中の、母が作ってくれたゼリーのような味だった。
今更ながら、彼女が『和風ゼリー』として売られていた事を思い出す。
思わぬ形で味わう事になったが、琵居蔵は夢中になって、みぞれの味を楽しんだ。

「ぷはっ…ふーっ…」
「はぁ…旦那さまのだ液、美味しかったです♪そちらはどうでしたか?」
「ああ、何だか懐かしい味がして、美味かったよ。」
「よろこんでいただけて、うれしいです♪」
「…このまま、終いまでヤるのか?」
「もちろんです。…おいやですか?」
「ヘッ、まさか。同意はさっきしたろ?
 そうでなくても、ここまでされたら、俺だって止めたくなくなるぜ。」
「よかった。では…」

 みぞれの纏っていた着物が、まるで肌に溶け込むように消え、裸になった。 

「うおっ!何だその脱ぎ方!?」
「じつは私の服は、私の体の一部でできているのです。
 ただ、どうしてもぬれてしまうのですが…。
 だから、こんな事もできるんですよ。」

 初日に見せた裸エプロンや、テレビドラマで女優が着ていたドレス、
他にも巫女服や浴衣や十二単など、次々に衣服を変化させていく。
どれもこれも濡れてはいたが、手触りや仕組みまで完璧に再現されていた。

「いかがですか?」
「おぉー…。最初に会った時から、お前には驚かされっぱなしだぜ。」
「せっかくですから、服をきたまましてみましょうか?」
「…ちょっと興味あるな。頼む。」
「では、どれにいたしますか?」
「ムム……じゃあ、とりあえず浴衣で。」
「はい♪」

 みぞれは、温泉宿で着るような、白地に紺の縞柄の浴衣へと体を変化させた。
普段の着物よりも薄手なので、濡れた生地が肌にぴっちりと張り付き、
その下の、人間よりも青白い肌が透けて見え、勃起した乳首もくっきりと浮き上がる。
何となく言ったものの、濡れた浴衣が、よく見ればこれほどまでに扇情的だとは
琵居蔵も思っておらず、作務衣のズボンが盛り上がってきた。

「うふふ、こんなにもこうふんして下さるなんて…♪」
「…年甲斐も無くがっつくようだが、我慢できなくなってきた。早速触るぞ?」
「はい、旦那さま♪お好きなように。」

 浴衣の上から包み込むように手を添え、ゆっくり押しながら指に力を加える。
濡れた生地と、その中の柔らかな乳房とが、ぴっちりと手に吸い付いてくる。
人間ではあり得ない程柔らかな感触と、不思議な温もりが伝わってきた。

「はぅ…っ♪」

 時折、浮き上がった乳首を指先で軽く潰したり、転がしたりして刺激しつつ、
手の平全体を効果的に使って、みぞれの双丘を優しく攻め立てる。

「あぁ…きゃんッ!?」

 気が緩んだところで、不意に顔を近づけ、右の乳首を浴衣越しに唇で軽く噛む。
それと同時に、右手を浴衣の下にそっと差し入れ、
指先でもう片方の乳首のこりっとした感触を楽しむ。

「んぅぅ…!な、何だか…なれて、いませんか?」
「一応、初めてじゃあねえからな…。最後にやったのは、十年以上前だが。」
「そうですか…。ですが、妖怪の体ははじめてでしょう?」
「ああ。…こんなでかくて柔らかい物は、生まれてこの方扱った事はねえ。
 気持ちいいぞ、みぞれ。」
「ありがとうございます♪
 では、妖怪の体のよさを、もっともっとたんのうしていただきますね…♪」

 みぞれは一旦琵居蔵から離れ、
ズボンに手をかけてパンツごと引き下げ、琵居蔵の怒張を拝む。
そしてそれを、初々しく頬を染めながら、しかしさも当然のごとく根元まで口に含んだ。

「ぅおッ!?」
「ふふ…いかがですか、私の口の中は?」
「くうっ…お、お前、何処から喋って…あぐッ!」

 さすがは不定形生物。
それはさて置き、琵居蔵はまたもや、みぞれの口に翻弄されてしまう。
口中がまるで膣内のようにうねり、舌先は筆のように、性感をくすぐる。
みぞれの両手は流体状になって睾丸を包み込み、全方位から揉み解される。

「な…なんか、っ、そっちこそ、手馴れて、ねえか?」
「いいえ。誓って、初めてでございます。
 ただ、妖怪の『ほんのう』と言うものなのでしょうか…
 旦那さまの気持ちいいところが、手にとるようにわかるのです。」
「へえ…まるで、男の夢みたいだな。妖怪ってのは。」
「どういういみですか?
 私は、ここにおります。ゆめなどではありませんよ?」
「…いや。
 ただ、お前みたいな、優しくて、貞淑で、家事も出来て、床上手で、
 それこそ金の靴履いて探しても居なさそうな最高の女が
 俺なんかを本気で求めてきてくれるなんて、俺は幸せ者だって言いたかっただけさ。」

 そう言うと、足の間にある彼女の髪をつるつると撫でてやった。

「あぁ…うれしいです、旦那さま…♪みぞれこそ、さいこうの幸せ者です。
 もっときもちよくなって、私に愛をそそいで下さい♪」
「あ!?う、くぉぉぉ…」

 途端に、みぞれの口内は一変した。
みぞれがいきなりモノを強く吸い上げ、口の中の肉がぴっちりと張り付くと、
それがまるで膣内のように一斉に蠢きだし、刺激し始めた。
唇でも強く締め付けられ、まさしく口内の全てを使って責めを受けた琵居蔵は、
ものの数分で我慢の限界に達しかけていた。
経験自体はいくらかあれど、口腔奉仕を受けるのはまだまだ不慣れであり、
さらにここ十数年、自慰はたまにしても、女とはほぼ無縁の生活を送っていたのだ。
その上、相手は男の夢のような、人外の技能を持つ妖怪。
そのような条件の中で、むしろよく持ったほうだろう。
だが…

「ちょ…う、も、もう駄目だ………ッ!!?」

 その直前に、はちきれんばかりになったモノを口から放された。

「お…おい…?」
「ごめんなさい、旦那さま。お辛いでしょう?ですが…」

 浴衣の下を開き、股の間を見せる。
その入り口は、余すところ無く粘液で濡れていた。
と言っても、全身液で出来ているようなものなので分かりづらいが。

(…すげぇ…。)

 久方ぶりの、しかも極上の『女』を目の当たりにし、琵居蔵の喉はごくりと鳴った。

「おねがいします。旦那さまのたまりにたまったさいしょの精は、
 私のまえで…私のはじめてのおまんこで、受け止めさせていただきたいのです。」
「…それなら、むしろ大歓迎さ。こっちから頼みたいぐらいだ。
 それに…妻の期待に答えてやるのも、夫の甲斐性ってもんだろ?」
「…旦那さま…♪」
「そんじゃ、ちょっと待ってろ…よっと!」

 みぞれを持ち上げ、そっと、ソファーの上に仰向けに横たえる。

「…?何をなさるのですか?」
「初めてなんだろ?少しほぐそうな…。」

 と言って、膣内にそっと指を差し込んだが、すぐにその必要はない事に気付く。
と言うのも、内壁を押したら押しただけ沈んでゆき、
二本の指を差し入れて広げれば、広げただけ大きくなる。
当然と言えば当然だったが、みぞれはそれでも嬉しそうに頬を染める。

「あん…ふぁぅ…♪…お心づかいはとてもうれしいのですが、
 ごらんのように、私のここについては、しんぱいいりません。
 それよりも、旦那さまのねつが冷めてしまわないうちに、お早く…♪」
「ああ。…行くぞ。」

 腰に力を込め、一気に突き入れる。
みぞれの膣内は、それを待っていたかのように、粘膜を一斉に絡みつかせ、扱きあげた。
…だが、極限まで高まっていたところでそんな事をしてしまえば…

「ぐ…!!あぁ…!?」

 数秒と持たず、奥に突き当たった瞬間に、大量の精を放ってしまう。
女どころか、ここ数日は自慰までご無沙汰だったため、非常に濃厚だった。
それを、みぞれは恍惚としながら、全て受け止めていく。

「あぁぁぁ…ッ!!
 …はぁ…♪とってもこくて、おおくて、愛のこもった旦那さまの精…♪
 本当に、とても、とてもおいしいです…♪」
「そりゃ嬉しいが…入れてすぐってのは、やっぱ早かっただろ?」
「大丈夫ですよ♪そもそも、私が自分で高めていたのですから。
 それに…ほら。旦那さまのおちんちんは、まだまだ平気なごようすですよ?」

 そう言うと、みぞれの体が下腹部だけ若干透明になり、
彼女の体越しに、出した直後でも全く衰えていない琵居蔵のモノが透けて見えた。

「こんどは二人で、ゆっくり、じっくり、愛し合いましょう?」
「へへ…そうだな。」

 繋がったまま固く抱き合い、再び口付けを交わす。
舌は無しの軽いキスだが、互いの愛を確かめるように、何度も、何度も。

「ちゅっ…ちゅふ…だんな、さま…♪」
「んぅっ…みぞれ…」

 お互いに、まるで思春期の少年少女に戻ったかのような、初々しい愛情表現は続く。
そしてそのまま琵居蔵は、愛を噛み締めるように、また噛み締めさせるように、
ゆっくり、優しく、しかししっかりと全体を擦るように腰を動かしだした。

「あっ…!はぁ、はっ、きもち、いいですか…?」
「ああ。…ッ、勿論だ。お前こそ…どうなんだ?」
「すごく、だんなさまを、かんじます…。きもちよくて、しあわせで…
 だんなさまも…んぁ…もっと、みぞれを、かんじてください…♪」

 されるがままだったみぞれが、急に反撃を開始した。しかも、その服で。
浴衣の袖が突然動き出し、抱き合ってつぶれているみぞれの胸と、
琵居蔵の胸板との間に無理矢理入り込んで、二人の乳首を擦りだしたのだ。
それと同時に、浴衣のすそが琵居蔵の睾丸を持ち上げ、優しく刺激する。

「おぉ!?」
「ふふ…おとこのかたも、あんッ…むねは、きもちいいでしょう…?」
「い…いいには、いいが、こいつは少し…」

 なんとなく屈辱的なのにも関わらず、快感を受けてしまう。
それが少し癪に障るので、体を浮かせて、愛撫から逃れよう…としたのだが、
帯が触手のように伸びて琵居蔵の腰に巻き付き、
二人の体を更に強く密着させようとしているので、離れられない。

「くそ…そんな事、するんなら…こうだッ!」

 二人の腰の間に片手を素早く差し込み、
結合部のすぐ上にある、みぞれの立ち上がった丸い芽を強めにつまむ。

「あきゃぁあんッッ!?」

 体がびくりと跳ね、その衝撃で全身がぶるんと振動する。

「あっ…あぅぅ…。」
「へへへ…女の弱点には、流石のお前も耐えられないだろ?
 俺だけが一方的に気持ちよくされるなんて、御免だ。
 もう夫婦なんだろ?だったら、イく時も一緒にしようじゃねえか。」
「…!…そうですよね。…ごめんなさい、だんなさま。」
「謝る事じゃねえよ。何だかんだで、気持ちはよかったんだからよ。」
「ありがとう、ごさいます…♪では、いっしょに…」
「ああ、一緒に。」

 お互いが一緒に気持ちよくなれるように、今度は、一切の小細工無しで腰を振り合う。
二人の快感に応じて、その速度はだんだん速くなっていき、
互いの息遣いもどんどん荒く、熱くなっていく。
喘ぎ声と息遣いに忙しく、次第に睦言も少なくなっていくが、
その代わりに、お互いの愛情と欲情に塗れた瞳を、じっと見つめあった。
そうして高め合い、高め合い、ついに…

「も…もう、だめ、れす…!はっ、はて、て…あぁぁ…!」
「そうか…。そろそろ、俺、も、出そうだ…!!」
「もっと、もっと、きつく、ぅ、だい、て…!」

 愛しい妻が離れてしまわないよう、最大級の力でみぞれを抱きしめる。
壊れる程の力で抱きしめているが、不定形のぬれおなごの体は、そんな事では壊れない。
みぞれも、愛する夫を掴んで放さないよう、全身はおろか、浴衣すら使ってしがみつく。

「くぅ、はッ、愛してるぞ、みぞれ、みぞれぇぇぇぇッ!!!」
「だんなさま、びいぞうさま、びいぞうさまあぁぁぁぁ……ッ♪♪」

 高らかに叫び、二人同時に、大きな絶頂を迎えた。
一度目の射精以上に勢いある精液が、みぞれの胎内に全て注がれる。

「あぁぁ…あつい…おいしい…うれしい…です…。ぁ…まだ、でてる…♪」

 対するみぞれは、涙と涎を際限なく垂れ流し、絶頂の最中でありながら、
精を放ち続ける肉棒を膣で搾り続け、琵居蔵に更なる快楽を与えた。

「ぜぇっ…ぜぇ…みぞ、れ……。」

 二人は最後に、もう一度長い口付けを交わし、
そのまま、抱き合いながら、幸せに満ちた表情で眠りについた。















 それから、数ヶ月が流れた。
一旦腹が決まると琵居蔵の行動は早く、最初に交わった数日後には、役所に婚姻届を提出。
なんと冒頭に出てきた悪友の春雄と、合同で結婚式を挙げることとなった。
春雄の嫁が、みぞれと同じくジパングで生まれたアカオニという妖怪だった事と、
あれ程結婚を拒否していた琵居蔵が、突然、しかも自分と同じく妖怪と結婚を決めた事に
夫二人は互いに大いに驚いたが、
結婚式でもまた、底なしのように酒を飲みまくるアカオニの梅華と、
酔ったみぞれの猥談上戸という二重の騒ぎにも驚き、慌てさせられた。
そんなハプニングがありながらも、幸い、妖怪との結婚を非難する者は無く、
結婚式は大盛り上がりのうちに終わり、
琵居蔵とみぞれの、本格的な夫婦生活が幕を開けた。
…だが。

「…ああダメだ、くそったれッ!!
 どうしてこんな、傍目にもわかるような駄作しか書けねえんだ!?
 やっぱり、俺にはもう才能が無いってのか…?」
「だ、旦那さま。おちついてください…」
「…ハァ…。そうは言ってもな、みぞれ。
 あれからずっと、いい感じのものが一つも書けてねえんだぞ?
 このままじゃ、書道教室の生徒の親からも、見限られかねねえ…。そりゃ焦るさ。」
「ですが…」
「すまねえな…。こんな奴に嫁がせちまって…。」
「そんな事…!」

 (ピンポーン♪)

「…ん?誰だ?」
「私が出ます。…はい、田月兎ですが…?」
『うぃ〜す!遊びに来たぜ、琵居蔵。』
『みぞれ、久しぶり!』
「あっ、春雄さん、梅華さんも!」
「何だ、お前らか。」
「おうよ。早速上がらせてもらうぜー。」
「そんじゃアタイも。おじゃましまーす。」
「あっ…あの、そんなかってに…」
「…気にすんな、みぞれ。昔っからこういう奴だ。」
「は、はい…。」

 そして居間にて、四人は結婚式の時ぶりに顔を合わせた。

「今、お茶をいれてまいりますので…。」
「おお、ありがとうよ。
 …琵居蔵、なんかやたらとしけた面してんな?折角あんないい嫁さん貰ったのに。
 どうしたよ?病気か?」
「別に何も…。まだスランプから抜け出せねえだけさ。」
「ふーん…。」
「あ、そう言えばさ。琵居蔵の旦那は、何の仕事をしてるんだい?」
「あれ?ウメ、言ってなかったか?こいつは書道家だよ。文字専門の芸術家。」
「へぇ、文字の芸術家なんてあるんだ…。『すらんぷ』ってのは何だい?」
「要するに、最近全然いい作品が書けなくて、困ってるってよ。」
「…それで、そんなに落ち込んでるんだね。」
「…ああ。」
「あ、そうだ。ウメ、良ければコイツの…」
「お待たせしました、お茶でございます。」
「ご苦労さん。」
「おう。悪いな。」
「ありがと、みぞれ。たまにはお茶もいいね。」

 冷たい茶を一口飲んで、琵居蔵の頭も幾分か冷えた。

「ふー…。」
「いかがですか?」
「やっぱり、お前のお茶は落ち着くな。…ありがとう、みぞれ。」
「うふふ。ありがとうございます♪」
「…そういやお前さん。さっき何を言おうとしてたんだい?」
「そうそう。ウメ、良ければ、コイツの仕事場覗いてみるか?」
「あッ、見たい見たい!見せておくれよ、書道家ってのの仕事!」
「お、おい。何でお前が勝手に…」
「いいじゃねえか、減るもんでも無いだろ?」
「弄ったりしないからさぁ、ね?」
「…ったく、仕方ねえな。見たいなら好きに見ろ。ここのふすまの先だ。」
「やったッ!」

 素早く仕事場に突入していく梅華。まるで小学生のようだ。

「おー、ホントに文字ばっかだな!すげー!
 どれも綺麗だなー…アタイの字とは比べもんになんないや。
 へえ、詩みたいなのもある…。…ん?何だこの字。見た事も無いなぁ。」
「…お前の嫁、文字くらいで、すげえはしゃぐな…。」
「子供っぽくて可愛いだろ?布団の中じゃ、もっと可愛いぜ。」
「はいはい、ご馳走さん。」
「いやー、凄いよ旦那!あれでホントに調子悪いのかい?」
「…はしゃいでくれるのは嬉しいが、生憎あれは、全部昔の売れ残りだ。
 表には出しておけねえ物さ。最近の失敗作は、その机の上のやつだ。」
「…ああ、これか。…でも、何処が失敗作か、アタイにはわかんないよ?」
「分かる奴には分かるんだよ。」
「……あれ?これは何だろ…」

 文字に混じっていた、一枚の半紙を手に取り…梅華は、息を呑んだ。

「…これ、ひょっとして、みぞれの絵かい?」
「ああ。ちょっと、気分転換の落書きに、水墨画の真似事をしてみたんだが…」
「……えええええッ!?これが落書き!?すんごい綺麗じゃん!!
 筆だけなのに、みぞれそっくりだよ!?」
「どれどれ……うおッ!?こ…これ、本当にお前が描いたのか!?」
「あ、ああ。そんなのなら、その引き出しん中に、まだまだあるぜ?」
「そんなの扱いしていい代物じゃないよ…これ全部。一目見ただけでもわかる。
 アタイの父ちゃんの知り合いに、こういう…水墨画って言うんだっけ?
 それを集めてる人がいてさ。アタイもちょっと見せて貰ったんだけど、
 はっきり言って、あんなのなんて目じゃないよ。旦那のは。」
「水墨画なんて、どれも似たようなもんだと思ってたけどよ…
 素人目にも分かる。…こりゃ、天才的だよ。筆だけで、こんだけ写実に出来るんだな。
 お前…コレ、売れるぜ。ホントに。」
「…本当かよ?」
「ホントだよ。旦那…改めて言うけど、これ、凄いよ。世に出さなきゃ損だよ。」
「ああ、全くだ。ちょっと売ってみたらどうよ?」
「そうだ!お前さん、前に『ねっとおーくしょん』って競り場を教えてくれたよね?
 そこでこれ、売りに出してみたらどうだい?」
「おお!いい案だな。さすがウメ、俺の嫁!」

 やたら絶賛し、盛り上がる二人を尻目に、琵居蔵は紙を持ち、みぞれの元へ行く。

「…なあ、みぞれ。二人はあんな事言ってるが…お前としては、どうなんだ?」
「そうですね…。私も、すてきな絵だと思います。
 とくに、こんなにきれいに私の絵を描いてくれるなんて…うれしいです。」
「…売れる、か?」
「…売れる売れないはぬきにしても、ちょうせんする事は、わるい事ではないでしょう?
 私たちだけではわかりませんし、ためしに売りに出してみる事で、
 たくさんの人のいけんをきいてみるのもよいのではありませんか?」
「う〜ん…。でもなぁ、失敗したら…」
「旦那さま、もっと自信を持ってください。何があろうと、どの道へ行こうと、
 みぞれはどこまでも、旦那さまについてまいりますよ。」
「………そうだな。ちょいと、賭けてみるか。
 …ありがとうな、みぞれ。」
「お礼などいりませんよ。
 迷う夫の背中をおしてさしあげるのも、つまのつとめですから♪」
「それでも俺にとっちゃ、ありがたい事この上ないぜ。
 …そうだ。お礼に今夜は、あの精力剤飲んで、朝になるまでヤってみるか?」
「わぁ…!ありがとうございます!楽しみです…♪」
「おう、期待してろよ。
 …さて…。それじゃ、ちょっと挑戦して来るわ。」
「はい。ずっと、お供いたしますよ。旦那さま♪」














 四十代終盤にして、書道家から水墨画の世界へと転向し、
過去の時代の物というイメージが拭えなかった水墨画の新境地を開いた、
遅咲きの天才である水墨画家、田月兎 琵居蔵(タゲット ビイゾウ)。
彼の作品は、人物風景問わず、どれも墨と筆だけとは思えぬほど非常に写実的であり、
尚且つ、生命の暖かさのような物を感じると、世界中で大評判を得た。
また彼は、非常に若く美しく、また貞淑という素晴らしい妻を娶っており、
その妻と非常に仲睦まじく暮らしていた愛妻家としても有名であった。
彼の最初期の作品であり、また最高傑作でもある妻の似顔絵を、
どれだけ頼まれても売却はおろか、公開すらしなかったと言う話は有名である。
そんな彼だが、一つだけ、ある不思議な点があった。
それは、最初に水墨画家として世に出た頃から、一切老いを見せなかった事である。
同様に彼の妻も、どれだけ年月を経ても、その姿は若く美しいままだった。

 …そして、彼が水墨画家の活動を開始してから三十年が経ったある日、
七十をとうに超えているはずなのに未だ若さを保っていた彼は、
何の前触れも無く、妻と共に忽然と姿を消した。
彼について最も知っている、古くからの友人夫婦曰く、
彼は今、もはや我々日本人にとって最も近くにある国であり、
最良の隣人である国『魔界』にて、隠居生活を楽しんでいると言う。
マスコミは、幾度と無く魔界で彼の所在を探したが、結局見つからなかった。
だが時折、彼の娘と名乗るぬれおなごが日本に現れ、
その全員が良き夫に巡り合い、日本各地で、幸福な生活を送っている。
所在が分からなくとも、母に似て心優しく、真っ直ぐな彼女達の姿を見れば、
彼が今も、妻と娘達と仲良く暮らしていることは明らかであった。

 …おそらく、これからもずっと、彼は妻と娘達に囲まれ、幸せに暮らす事だろう。


                   ───日魔新聞コラム『語り継がれるアーティスト』より

 
12/06/02 00:38更新 / K助
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■作者メッセージ
そう言えば、静かなエロは書いた事が無かったなぁと思い、挑戦してみました。
静か…静かか?コレ。
…そして、やっぱり一週間じゃムリでした…。申し訳ありません…。
最初に書いたものがどうしても気に食わなかったので、つぶして書き直していたら、
急に大学がやたらと忙しくなって、暫くまともに時間が取れなくなっていました。…呪いかな?
…何にせよ、遅れたことには変わりありません。改めて、お詫び申し上げます。

あ、只今、次に追加して欲しい話のアンケート受け付けております。
詳しくはあらすじをご覧下さい。

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