読切小説
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夜鬼のランドセル
 少年は両親から、世俗に関わることを禁じられていた。漫画やアニメ、友達とゲームやスポーツをするといった、子供なら誰でもやることさえできなかった。両親曰く、それらは悪魔の誘惑だそうだ。そうした禁を少しでも破ると、母親に棒で打たれた。
 その代わり、母が聖書を手に他人の家を訪問する際には連れて行かれた。長々と話をする母の隣でじっと立っているだけだった。訪問した先の住人は母親の話を真面目に聞く人もいたが、大抵は嫌そうに聞きながら何とか勧誘を断ろうとした。賢い人は母が話を始めた途端に「二度と来るな」と怒鳴りつけ、戸の鍵を閉めてしまった。一度、真冬に氷水を浴びせられ追い払われたこともある。そのときは母のみならず、少年も巻き添えをくらった。母からはこれも神からの試練だと言い聞かされた。言うことを聞かないと、棒で打たれた。

 当然ながら、彼は小学校では浮いた存在となった。だが受け入れるしかなかった。一度反抗を試みたこともあったが、ライターで火傷を負わされた挙句、さらに打たれた。その後で涙ながらに、これはお前のためなのだと言い聞かされた。
 だから受け入れるしかなかった。

 毎日が苦痛だ。それを彼の親は真理だと言う。理解はできなかったが、子供としてはそういうものだと思うしかない。





 ある、雪の降る日のことだった。

「おい、チビ」

 学校帰りの雪道で、急に肩を掴まれた。驚いて振り向くと、相手は長身の学生だった。不良、という言葉の似合う男だった。近くの高等学校の制服を着て、所々破れたカバンを提げ、髪は茶色に染めている。よく見ると整った顔立ちだが、睨みつけるような目つきで彼を見ていた。
 少年は酷く怯えた。自分が何をしたというのか。親ばかりか、知らない人間にまで暴力を振るわれるのか、と。

 しかし、不良は彼を殴らなかった。予想外のことを口にしたのだ。

「お前さ、子供を虐待……ようするに自分の子供をイジメる親がいる理由って、分かるか?」

 突然の言葉。何が言いたいのか、何の話なのか分からなかった。戸惑う少年に構うことなく、不良は続けた。

「俺に言わせりゃ、子供が自分より弱いと思ってるからだ。何をしてもやり返されないと思っているからなんだよ」

 指で背中の一部分を突かれ、少年の心臓が大きく跳ねた。そしてこの不良が、自分のことを言っているのだと理解した。そこは丁度、母に火傷を負わされた箇所だったのだ。
 目を見開く少年に対し、その男は続ける。

「けど親は歳をとって、だんだん弱くなる。子供はでかくなって強くなる。仕返しできるくらいに。でもそうなる前に殺されるガキも多いんだよ」

 少年の脳裏に、母の声が聞こえてきた。逃げなさい、この人は危険よ、悪魔に取り憑かれている……と。
 だが彼は鋭い眼光に射すくめられ、逃げられなかった。だが、感じていたのはただの恐怖や威圧感だけではなかったのだ。



「戦え。もう嫌だって思った時がその時だ。その気にさえなりゃ、気の良い悪魔が助けてくれる」


 その言葉を最後に、男は踵を返した。少年の手に、鈍い銀色の『それ』を握らせてから。















 ……帰宅後、少年を待っていたのは罵声と怒声の本流だった。帰るのが遅かったことを、両親はいつも禁じている『背徳的行為』にふけっていたのだと思ったらしい。そして息子の弁明など聞きもしなかった。
 ひとしきり殴った後、母親はいつものように涙を流しながら、少年の前に小さな天秤を置いた。宗教集団のシンボルのようなものだった。

 この世は悪魔に支配されている。いずれ神の軍勢がやってきて、汚れた地上を更地に戻す。人間は罪をこの秤にかけられて、救われるべき人と、そうでない人に分けられる。
 そうしたヒステリックに教義を言い聞かせた。

「あなたはこの世の汚れに染まって、救われない人になってもいいの!?」
「お母さんがこんなに泣いてるのに、何とも思わないのか!? 早く謝れ!」

 父親に襟首を掴まれ、無理やり頭を下げさせられる。床に額を打ち付けられた。

 こんな目に合うのは初めてではない。ひたすら謝れば終わる。そのことを少年は分かっていた。いずれまた同じ目に合うことも、分かっていた。
 それでも、その場での暴力を終わらせるしかなかった。ただ謝り続けることで。そうしないと、もっと酷いことになると薄々察していたから。

 だが。

「……もう嫌だ」

 信じられないくらい、低い声が出た。両親が一瞬唖然とするくらいに。
 少年は突如、聖なる天秤を掴んだ。それを可能な限り高く振り上げ、一気に床へ叩きつける。皿が外れて吹き飛び、金属が音を立てて折れた。刻まれたレリーフがねじ曲がったのを見て、少年は今までに感じたことのない爽快感を覚えた。

 母親が悲鳴を上げ、父は怒声と共に少年を蹴り飛ばした。華奢な体は床を転がり、壁に打ち付けられる。
 だが両親は一つの過ちを犯していた。息子が冬空の下を帰ってきた後、上着も脱がせずに折檻したことだ。少年が上着のポケットへ手を入れると、あの男がくれた物がしっかりとあった。それは彼の手には大きかったが、しっかりと握りしめる。

 戦え。

 男の言葉が脳裏に響いた。それを抜き、棒を手にした母親に突きつける。銀色の金属板で作られた玩具のような品だ。握り手には同じ鉄でできたトリガーがあり、ただの鉄パイプと見分けがつかないような銃身が短く突き出ている。
 両親に銃器の知識があれば、これが『解放者(リベレーター)』と呼ばれる歴とした拳銃であると分かったかもしれない。だがその不恰好な外見は、素人目には粗悪な玩具にしか見えなかった。わけの分からない罵声を浴びせながら、棒を振り上げる母。

「……気の良い悪魔が助けてくれる!」

 少年はトリガーを引いた。撃発の快音と共に、反動で腕が後ろへ弾かれる。
 それでも外しようのない至近距離だった。.45ACP弾が母の胸を撃ち抜き、鮮血を吹き出して倒れるはずだった。


 しかし、そうはならなかった。

 思わず瞑った目を開けると、目の前に誰かが立っていた。

 母親がその場にへたり込む。手にした棒が真っ二つに折れていた。少年との間に立った人物を殴りつけたのだろう。しかし『その人』は微動だにせず、そこに立っていた。
 両親がここまで怯えた表情をするのを、少年は初めて見た。ガタガタと細かい振動が体に伝わる。それも両親の震えだった。

「悪魔……!」

 母が金切り声を上げかけたとき。『その人』が彼女に手をかざした。刹那、母親の体が浮き上がった。そのまま重力に逆らい、音を立てて天井へ叩きつけられた。直後、一転して床へ。鼻血がフローリングへ広がった。
 悲鳴を上げて逃げ出す父親に、『その人』は手招きするような仕草をした。途端に仰向けに倒された父は目に見えない力に引きずり回され、壁に散々体をぶつけられた。最後はいつの間にか開け放たれたトイレへ運び込まれ、頭から便器に突っ込まれる。そのままピクリとも動かなくなった。

 少年はじっと、『その人』を見ていた。暖かそうな上着にチェック柄のマフラー、スカートと黒いストッキングを履いた脚。そして背には赤いランドセルを背負っていた。自分と同じ小学生……のような姿をした何かであると、少年は気づいた。
 彼女が振り向き、長い髪がさらりと揺れる。ぞっとするほどの白い肌だった。紫色の瞳が少年を見つめ、内側に火が灯っているかのようにぼぅっと輝く。両親が恐れたのも当然だろう、その女の子はこの世のものとは思えなかった。だが不思議と、少年は恐怖を感じなかった。

 痛む身体を支えて立ち上がり、向き合う。少女はあどけない顔立ちで、彼よりせいぜい一つか二つ年上な程度だろう。だが女子にしては背が高かった。不良からチビ呼ばわりされた通り、この少年は平均より大分小さい。主に栄養不足のせいだ。それを加味しても彼女は大きい方だ。少年を見下ろし、すっと手を出した。黒い手袋をはめた手だ。その手袋はいかなる素材なのか、手にぴったりと密着して覆っている。ストッキングと同じものでできているようにも見えた。

「……あ」

 優しく額に触れられ、少年は声を漏らす。女の子はゆっくりと、先ほど床に打ち付けられたときの痣を撫でてくれたのだ。背は高くても手は少女のもので、小さく、か弱い印象だ。手袋の感触はとても滑らかで、少しひんやりとしていて、次第に痛みが引いていった。
 じわり、と涙が浮かぶ。そんな彼に、悪魔の少女はあどけない顔で微笑み……優しく抱きしめた。

 少年の胸が高鳴った。歳の近い女の子とくっつき合ったことなど一度もない。柔らかく優しい感覚に加え、甘い香りがした。安心感に加え、何か興奮を与えるような。
 頬を伝った涙はぺろりと舐めとられた。くすぐったい舌の感触もまた、興奮を誘う。彼女はそのまま少年の耳元へ口を寄せた。

「……わたし、イルナ。よろしくね」

 甘く朧げな声が、蜜のように耳へ注ぎ込まれる。少年は自分も名乗ろうとして、声を詰まらせた。学校の宿題で名前の由来を親に尋ねたとき、教主の占いによるものだと言われたのだ。両親から自由になれるかもしれないのに、まだその名前が付いて回る……それが嫌だった。
 すると、アメシストのような瞳がじっと彼の顔を見つめた。

「きみは、きみ。ただ、それだけ。……それでいいの」

 そう言われた途端、心がスッと軽くなった。初めて自分を肯定してくれる相手と出会えたような、そんな気がした。
 お互いを見つめ合っていると、イルナの体が少しずつ変異しはじめた。後頭部から蛇のような黒い突起が姿を見せたのだ。最初は髪の毛が動いているように見えたが、やがてそれが前に突き出し、上に反り返ったとき、角であると分かった。そして腰からも、同じ色の何かが突き出す。今度は腕が増えたように見えた。確かにその先には手がついていたが、黒い皮膜が広がり、翼を形成した。

 悪魔としての、本当の姿。目を見開くばかりの少年を前に、イルナは微笑んだ。自分の首に巻いたマフラーを半分ほどき、彼の首に巻きつける。とても暖かで、肌触りの良い毛糸だ。

「……それじゃ、行こっか」








 少年は初めて空を飛んだ。イルナに抱きしめられて、マフラーで互いの首を繋いで、冬の空を飛んだ。町の明かりが眼下を流れ、雪が周囲を舞う。美しい光景だった。このどこかに小学校や、両親に連れられて行った宗教会館もあるのだろうか。だがそれすら、空から見れば何も分からない。その程度の存在だったのだ。

 しばらく飛んだ時、町の明かりが見えなくなった。暗闇の中、イルナの羽音だけが聞こえる。少し不安になってきたとき、また眼下に光が見えた。

 だが今度は異質な光だった。青白い、何か蠢くような、海に住む夜光虫のような光が地上を埋め尽くしていた。

「ここが、イルナたちの国」

 徐々に高度が下がり、町が見えてきた。所々が光を放つ、黒いビルが立ち並ぶ中へイルナは降りていく。少年は町の中で蠢く人々を見た。否、人ではないのだろうか。大きな毛皮を纏った何かや、体がぼうっと発光する何かが歩いている。手足が血のような赤に濡れた女性もいた。
 恐怖も感じた。不安もあった。だが今までより悪くはならないだろうと、少年は信じようとした。そんな彼を落とさないようしっかりと抱きかかえ、イルナはふわりと、比較的小さな建物の前に降りた。

 両足が地面についても、少年はすぐには歩けなかった。だがイルナが手を引いてくれたので足が動いた。歳の近い姉弟のように、一緒に歩く。
 建物の前に、あの赤い女たちがあぐらをかいて座っていた。毛皮のような物を腰と胸に巻いているが、子供の目には刺激的な露出度だった。不思議な光に照らされ、土色の肌とそれを覆う血のような赤がよく見えた。だが彼女たちは痛みを感じていないようなので、本物の血ではないのかもしれない。

 女たちは少年とイルナに笑いかけ、知らない言葉で何か挨拶をした。イルナが頭を下げたので、少年もつられてお辞儀をした。
 建物のドアは唸り声のような音を立てて開き、二人はゆっくりと中へ入る。

「……あの人たちって……?」
「……グール。イルナたちの、おともだち」

 悪魔の少女は淡々と答え、奥へと少年を案内した。中は真っ暗だが、不思議なことにイルナの姿だけははっきりと見えた。彼女がうっすらと光を纏っているかのようだ。薄紫色の瞳も相変わらず、妖しく輝いている。
 暗闇で落ち着くという感覚を、少年は初めて味わった。親に押入れに閉じ込められて以来、闇に恐怖を抱き続けてきたのに。そんな彼に向け、イルナは子供らしい、あどけない笑顔を向けた。

「ここで……いっしょに遊ぼ?」

 少年は少しどきどきしながら頷いた。

「何して遊ぶの?」
「おままごと、しよう」

 彼女の指差す先を見ると、木で作られたベビーベッドがあった。先ほどまで無かったのに、いつの間に現れたのだろうか。

「そこに、寝て」

 少年は言われるがまま、そこによじ登った。自分は赤ちゃんの役なのかと、少し恥ずかしさを感じたものの、そうすればイルナが喜ぶだろうと思った。ベビーベッドとしてはだいぶ大きめだが、少年が身を収めるには膝を折り曲げて寝なくてはいけなかった。
 それでもなんとかクッションの上に寝転がると、イルナは背中のランドセルを降ろした。冠裏をぺろりと開け、中から取り出したのは……哺乳瓶だった。

 瓶の中身は黒い、というよりは黒に近い紫の液体で満ちていた。その吸い口を、イルナは少年の口元に差し出す。

「のんで……」

 哺乳瓶に入った、不気味な液体。だが吸い口から漏れ出す甘い香りが、少年の心を誘う。イルナの纏う香りを、もっと濃くしたような。
 少年はそれを口に含み、吸い始めた。とろりとした液体が口腔に入ってくる。甘く、蕩けるような味わい。彼が飲んだのを見て、イルナは楽しそうに笑った。それが嬉しくて、少年は夢中になって黒いミルクを飲む。

 イルナはあどけない顔でくすくすと笑いながら、少年に授乳を続ける。その手は少年の目の前で、だんだん大きくなっていった。そればかりか、哺乳瓶まで大きくなっていく。

 否、少年の体が縮んでいたのだ。体の時間が逆行し、どんどん背が低くなる。折りたたんでいた膝が、いつのまにか伸ばして寝られるようになった。この液体のせいだと少年は気づいたが、それでも飲むのを止められなかった。

「……だいじょうぶ」

 黒い手が、そっと頬を撫でる。

「きみは生まれ変わるの。もういちど、こんどは幸せに育つの」

 ひとしきり奇妙なミルクを飲まされ、哺乳瓶が口から離れる。少年の体は辛うじて一人で立てるくらいまで小さくなっていた。イルナはすっかり合わなくなってしまった彼の服を、躊躇いなく脱がせていく。上着、シャツ、ズボン、パンツ……全裸を女の子に見下ろされ、羞恥心が湧き上がった。今までずっと性的なことから遠ざけられてきたため、なおさらだ。体は退行させられても、心はある程度思春期のそれを保っていた。

「よいっ……しょ」

 少年はイルナに抱き上げられ、うつ伏せに寝かされた。すると、背中にイルナの指が触れる。さわさわとくすぐるように、指先で幼い肌を愛撫し始めた。

「んひっ……」

 くすぐったそうに声を漏らしながら、少年は彼女の指がぬめりを帯びていることに気づいた。何か薬のような物を塗り広げるかのように、優しく背中を撫で回される。首を彼女の方へ向けると、優しい微笑みを浮かべたイルナと目が合った。
 イルナの空いた手には、哺乳瓶の代わりに別の道具が握られていた。赤子をあやすのに使うガラガラだ。それが軽やかな音を立てると、何か安心感が湧き上がってきた。

「イルナおねえちゃんに、まかせて……ね?」

 少年はこくりと頷いて、されるがままになった。指先で粘液を塗り込まれると、皮膚にじんじんとした感覚が広がる。しかしそれは不快なものではなく、むしろ気持ちいいものだった。背中、腕、腰までを愛撫され、臀部にまで指が這う。
 肛門に指先が触れ、少年の体がぴくんと震えた。だがガラガラの音を聞くと、そんな未知の感覚にさえも安心してしまった。お尻にもとろとろと粘液が染み込む。太もも、膝裏、その下にも。

 爪先までしっかり塗りこまれた頃には、少年はなんとも幸せな気分に浸っていた。背中にふーっと息を吹きかけられ、くすぐったい快感に身をよじる。イルナは再び彼を仰向けに寝かせ、今度は両手で頬を愛撫した。顔全体、耳、首筋を指先が撫で回す。優しい眼差しと見つめ合ううちに、心がぼんやりと蕩けていく。
 再び片手でガラガラを鳴らしながら、胸を撫で始める。細やかな指遣いで乳首を触られ、少年の頬が緩んだ。肌にあった火傷や痣などはいつの間にか消えていた。体が縮んだときに消えたのか、それとも粘液による愛撫のためか。だがそんなことを少年は気にしていなかった。

 しばらく、ガラガラの音が暗い部屋に響き続けた。それが止んだとき、イルナは少年の全身に粘液を塗り終えていた。しっとりと潤った幼い肌。少年は記憶は保ったまま、無垢な頃に還っていた。それでいて、異性に胸をときめかせる感情は膨らんでいた。
 全身がむずむずと疼き、何かを欲する。少年は興奮していた。無意識のうちに、手が股間へ動き……ぴたりと止まった。

 イルナが服を脱ぎ始めたからだ。

 コートを脱ぎ捨て、スカートを下ろし、レース付きの下着も脱いだ。するとその下を覆う、黒い服が見えた。
 否、それは本当に服なのだろうか。まるで生物のような質感の、極薄い皮膜だった。手にはめている黒い手袋も、足のストッキングも、その黒い皮膜の一部だった。イルナの首から下は全てその皮膜で覆われており、体のラインにぴったりとフィットしていた。

 何とも妖しい姿。しかし少年はそれよりも、彼女の胸元へ目が行っていた。コートの上からだと分からなかったが、今は皮膜が裸同然に体の凹凸を見せつけている。イルナは子供には違いないだろうが、あどけない顔立ちの割に背が高く、そこも成長していた。
 おっぱいが大きかったのだ。

「……ぷにぷにしてみる?」

 イルナは彼を抱き上げた。すっかり児童から幼児に戻ってしまった彼は、イルナの腕の中に大人しく抱かれた。そして目の前にはふっくらとした彼女の胸が。皮膜に覆われた膨らみに触れると、指がむにゅっと埋まった。ぬめりを帯びた皮膜は程よく張り、その下の乳房の弾力を絶妙なものにしている。目覚めた性欲が手の動きを激しくし、少年は無我夢中で乳房を揉んだ。

 その手の動きはイルナにとっても気持ちの良いものだったらしい。くぐもった声を漏らしながら床に腰をおろし、お返しと言わんばかりに少年の股間へ触れた。奇妙なことに、体は赤子の一歩手前まで戻ったにも関わらず、そこはむしろいくらか大きくなっていた。
 元々性的なものから徹底的に遠ざけられてきたかれは、そこが大きくなる現象を何と言うかさえ知らない。だがイルナの粘液が浸透した彼は、彼女に身をまかせることに一切の抵抗がなくなっていた。細い指で包皮をつままれ、中にある亀頭をくにくにと刺激される。不思議な快感に頬が緩み、思わず柔らかな胸の谷間に顔を埋めてしまう。

「……いい子」

 少年を膝の上に乗せ、頭を撫でてあげながら、イルナは性的なおままごとを続けた。包皮越しに亀頭を可愛がり、気持ち良さに身をよじる少年を優しくあやす。
 胸の谷間に顔を挟まれ、快楽に溺れる幼児。彼女の甘い香りを嗅いでいるうちに、体はどんどん敏感になっていった。やがてそれは、彼が経験したことのない、たまらない気持ち良さに繋がる。

「……アッ」

 女の子のような声をあげ、少年の体がびくびくと震えた。尿意に似た感覚が広がり、ペニスから何かが溢れ出す。それは指先でつままれた包皮の中に溜まっていき、包皮がどんどん膨らんでいく。
 イルナが手を離す。溜まりに溜まった白濁がどろどろと流れ出した。重力に従って落下し、イルナの膝を汚していく。

 悪魔の少女は彼の顔を胸から離させ、口から垂れたよだれを丁寧に舐めとってあげると、自分の胸を背もたれにして幼児を座らせた。出したものがよく見えるように。
 ストッキングのような黒い皮膜に、白い液体がよく映えている。彼女の胸にもたれかかる少年には、それが何なのか分からなかった。しかし夢見心地の中でも、それを漏らしたときの快感は極めて鮮明だった。

 もっと気持ちよくなりたい。そんな願望を表すかのように、ペニスは上を向き続けている。そんな無垢な性器に、イルナが再び手を触れた。膝を揺すって彼をあやしながら、今度は包皮をゆっくりと剥いていく。
 残った白濁にまみれた、小さな亀頭が顔を出す様を、少年は丸い目で見ていた。痛みはない。幼児に戻され、不思議な液を塗りこまれ、その体は女体からの快楽を受け入れられるよう作り替えられていた。だがそれが完全に終わるまで、まだ手順を踏まねばならなかった。

「ちょん」

 外気にさらされた亀頭を、指先で軽くつつかれる。小さな悲鳴を上げ、体がびくんと痙攣した。どきどきと胸を高鳴らせる彼の反応を見て、イルナは再びランドセルへと手を伸ばした。

 今度取り出したのは、絵本だった。子供向けの可愛らしいイラストで、イルナのような悪魔の女の子が表紙を飾っている。題は少年には読めなかった。幼児化したためか、それとも知らない言葉で書かれていたのか。
 ゆっくりと本をめくり、一ページずつ絵を見せられる。

 両親にいじめられる男の子。
 彼に拳銃を渡す青年。
 男の子を助ける悪魔の少女。
 彼女に連れて行かれた先は不思議な街……

 これは自分のことだ。退行した頭を働かせ、そのことに気付くまで少し時間がかかった。絵本の中の男の子は、悪魔の女の子と『おままごと』をして赤子になり、優しくあやされて白い尿のようなものを漏らし、その次のページでは絵本を読んでもらっていた。
 今の自分と同じように。

 まだページには続きがあるようだ。少年は小さく縮んだ手を伸ばし、ゆっくりと自分でページをめくってみた。

 そこに描かれていたのは、彼の知らない遊びだった。赤ん坊の体が、仰向けになった悪魔のおへその辺りに乗っていた。よくみると、二人の体は繋がっている。彼のペニスが悪魔の股に突き刺さり、二人は幸せそうな笑顔を浮かべているのだ。

「……これ、やってみよっか」

 囁かれて、少年はドキリとしたが、頷いた。これが何なのかは分からない。だが大好きなイルナと繋がることができれば、きっと気持ちいいに違いない。そのことだけは本能で分かった。
 イルナは本を閉じ、仰向けに寝転がった。少年は幼い手足を一生懸命に動かし、彼女の上で体の向きを変える。向き合ったイルナはまた彼の頭を撫でてくれた。それだけで思わず頬が緩む。次いで、彼女の手が脚の間を指差す。

「ココ、だよ」

 彼女のおへその少し下。皮膜に一直線のすじが浮き出ていた。絵本の中の自分がしていたことを思い出しながら、少年はゆっくりとそれを再現しようとした。
 位置を調節し、そのすじへペニスをあてがう。

「ひっ」

 敏感な亀頭が触れた瞬間、思わず声をあげた。その拍子に離れてしまったペニスをもう一度そこへくっつける。だがまたもや痺れるような快感が走り、腰を離してしまう。もう一度挑戦しては、また声を上げて離れる。彼のペニスはしばらく、女の子の大事なところを軽くつつくばかりだった。

「……がんばって」

 優しく声をかけるイルナ。少年は思い切って、一気に腰を突き出した。

「あんあああぁ!」

 大きく叫び声を上げながら、彼はまたびくびくと体を震わせた。イルナの中に差し込まれたペニスも大きく脈打ち、あの熱いものを迸らせる。

「んっ、あっ……あったかい……♥」

 イルナがうっとりしとした声を漏らす。彼女の股間の膜は押し込まれたそれをぴったりと包み込み、さながら避妊具のように振舞っていた。しかしながら、その膜は迸りを堰き止めず、浸透させ、膣の奥へと導いた。一滴残らず。

 少年はイルナのお腹にしがみつき、快楽に震えていた。そんな彼をイルナは愛おしげに見つめ、少し意地悪な笑みを浮かべた。

 途端に、イルナの中がぐにぐにと蠢き始めた。少年が大きく悲鳴を上げる。
 それは歓喜の悲鳴だった。膜越しにペニスを揉みしだかれ、たまらない快感が湧き上がる。それで終わりではなかった。イルナの大きな翼手が伸び、少年の腰をしっかりと掴む。そのままゆっくりと揺さぶり始めたのだ。

「ああぅ! はっ、いりゅ、な……ああああっ!」
「ふ、アンっ……はぁッ……♥ きもち、いい……♥」

 ペニスの勢いよく脈打つ音は、嬌声にかき消された。先ほどよりも熱く、激しい迸りが膣内を満たしていく。それでもイルナは少年の腰を揺さぶり続け、少年の性欲もまた増すばかりだった。
 ぬぶっ、ぬぶっと卑猥な音を立てながら、ペニスが膜越しに膣内と擦れ合う。イルナの艶かしい声を聞きながら、少年の頬は緩んでいた。多幸感に満たされて。

 何度も射精する度に、少年の体は少しずつ成長していった。か弱い赤子の手足に力がつき、自分でペニスを突き入れられるようになる。ペニス自体もより大きくなり、イルナの奥まで突き上げて快感に悶えさせる。
 イルナに言われた通り、少年は「もう一度育って」いた。悲惨な生い立ちは過去のものとなり、彼女と共に生きていくために成長しているのだ。

「きもちいい……きもちいい……♥」

 恍惚とした声を漏らし、少年を抱きしめるイルナ。彼はその膣内で、貪るようにペニスを蠢かす。いつのまにかそこを覆っていた膜は溶けてなくなり、柔らかな膣の襞を直接味わうことができた。その刺激にイルナも絶頂を繰り返し、股間からはスプレーのように体液が吹き出す。まるで中に出してもらった精液のお礼をするかのように。その飛沫がまた少年の快感を強めた。

 あの魅力的な胸にも、再度手を伸ばす。軽く触れると黒い皮膜が溶け出し、真っ白な乳房が姿を見せた。つんと勃った灰色の乳首に吸い付こうと、少年は口吻を伸ばす。ぱっくりと口に含み、舐めしゃぶった。甘い味がする。

「ふ、んっ……ね、こっち、も……」

 空いてる方の乳房を揉んでみせるイルナ。少年はもう一つ口吻を伸ばし、そちらにも吸い付いた。悪魔の少女は体を大きく震わせ、また絶頂する。普段皮膜で覆われているためか、直接の刺激にはとても敏感だった。
 少年が三つめの口で谷間を舐め始めると、イルナはその口吻を掴んで自分の口へと導く。ねっとりといやらしいキスを交わしながら、二人で快楽を享受する。

 きつく締まる膣内で、彼のペニスは激しくのたうち、精を吐き出す。三つの口からは唸るような、吠えるような、ときに咳き込むような声で愛を囁いた。手を彼女の全身に這わせ、体を覆う膜を溶かしていく。丸裸になった白い肌を撫で回されるたび、イルナは悦びの声を上げた。
 丸い、可愛らしいお尻にも手が伸びる。谷間から穴を探り当て、ぐりぐりと愛撫した。自分が彼女にそこを触られたとき気持ちよかったから、今度は自分が同じことをしてあげようと思ったのだ。恥ずかしいところを触られ、イルナは彼の口吻を舐めながらくすぐったそうに笑った。

 お尻の穴が少しずつ開いてくる。少年は性欲に身を任せ、そちらにもペニスを押し込んだ。不潔だとは微塵も考えずに。
 すると膣とはまた違った、強い締め付けが甘美な快楽をくれた。両方の穴に同時に精液を注ぎ込み、少年は恍惚に浸った。大好きな少女に抱きつきながら。

 自分の全身を覆うほどに成長した彼を、イルナもまた強く抱きしめていた。工程は完了したのだ。少年は自分がすでに人間ではないことに気づいていない。

 だが気づいたとしても、それは些細なことなのだろう。











…………












 一家三人失踪、警察は宗教団体を強制捜査。

 新聞記事に目を通し、男女の二人組はニヤリと笑う。男は手にしたリベレーター拳銃の蓋を開け、ラジオペンチで空薬莢を引き抜いた。

「俺の召喚具も結構イケてるだろ?」
「そうね。まだ私には敵わないけど」

 彼の作品を楽しげに見つめ、女魔法使いは不敵な笑みを浮かべた。撃つと悪魔を呼び出す弾丸、魔法使いとしてはそこそこ高度な技を要する工作だ。ただし使用者にどの悪魔が手を差し伸べるかは分からない。
 もっとも人を殺すような悪魔はまず現れない。せいぜい今回のように痛い目に遭わせたあと、どこか適当なところへ転移させられるだけだ。

「でもさ、助けてあげたい人がいたら直接なんとかしてあげればいいじゃない。わざわざそんなマニアックな拳銃を作って渡さなくたって……」
「銃がマニアックなのは俺の趣味。俺は必死で救われようと思ってる奴こそ真っ先に助けてやりてーの」

 ぶっきらぼうに言いながら、銃身の中を綿棒で掃除する。今度は誰にそれを渡そうか、などと考えながら。
 今回はたまたま特殊な悪魔が現れたが、まあ恐らくハッピーエンドを迎えていることだろう。少なくともあのチビは今までよりマシな人生を送れるはずだ。人生、と言っていいかは分からないが。

 とりあえず、自分もやることをやってからにするか。
 掃除の終わったリベレーターを脇へ置き、不良風の男は彼女とキスを交わした。












…………












 身体中を覆っていた皮膜を捨て去り、イルナは立ち上がった。角や翼も消え、真っ白な裸体が朧げに光っていた。
 下腹部をそっと撫で、たっぷり吐き出された子種の熱を感じる。だがこれで終わったわけではない。むしろ彼女にとって、これからが始まりだ。無論、『彼』にとっても。

「……ずっと、いっしょにあそぼうね」

 赤いランドセルに向けて、優しく語りかける。裸体に直接それを背負い、ゆっくりと家を出た。

 異形の女たちが蠢く街を、イルナは裸で歩く。やがてランドセルの中で彼が動き出し、隙間から黒い腕を伸ばした。鉤爪状になった手と、蝙蝠のような皮膜を持つ翼手だ。それを大きく広げると、さらに無数の触手がランドセルから這い出した。それらはイルナの乳房を揉み、お尻をくすぐり、股を愛撫する。
 粘液を滴らせるその触手は、少女の裸体へそれを丹念に塗りつけていった。液体は外気に触れてゼリーのように固まり、イルナの肌に黒い膜を張っていく。これも全て『彼』の一部だった。

「んんっ、ぅ……ありがと……」

 全身を粘液の膜でコーティングされ、イルナは幸せそうな顔でお礼を言った。膜は少年の意思で自在に動き、お尻や女性器を刺激し、ふっくらとした胸を上下に揺らす。
 さらに長いペニスを伸ばし、十分に濡れたそこへ挿入した。女の穴はずぶずぶと音を立ててそれを受け入れ、締め付け、搾り出すように蠢く。

「あ、はぅ♥ ひんっ……しあ、わせ……♥」

 快感に足が笑い、よろめく悪魔の少女。しかしそのとき、ランドセルから伸びた翼が大きく羽ばたいた。
 魔力が大気を味方につけ、二人は空に舞い上がる。少年は羽ばたき続けながら、ランドセルにぶら下がるイルナを弄んだ。そしてイルナもまた、膣内で彼のペニスを弄ぶ。互いの快感が響きあい、空を飛びながら射精と絶頂を繰り返す。

 同じようにして、多くの異形の悪魔が街の上空を飛ぶ。とても混沌として、卑猥で、美しい夜景だった。

 少年は両親のことを忘れたわけではない。だがそんなことはもはや、どうでもいいと思っていた。だがそれは人間でなくなったからではない。


 初めて恋した女の子と、ずっと離れずに暮らせるからだ。









 ーENDー



18/01/09 19:28更新 / 空き缶号

■作者メッセージ
桃ちゃん!
桃ちゃん!!
桃ちゃああああああん!!!



皆さま、あけましておめでとうございます。
上のはガルパン最終章第一話の感想です。
読後感ぶち壊しじゃねーか(セルフツッコミ)。

ナイトゴーントさん実にエロいです。
挿絵のおっぱいですが、あれ旦那さんに操られて上を向いていると私は解釈しています。

では皆さま、新年早々に暴走気味ですが今年もよろしくお願いいたします。

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