連載小説
[TOP][目次]
(111)クノイチ
薄暗い部屋に、荒い吐息が響いていた。
蝋燭の明かりが照らす板張りの床の上に、一人の女が座らせられていた。
一糸まとわぬ姿で、肌に荒縄を食い込ませた、若い女だ。
両腕を後ろに回され、胡座をかくような姿勢になるよう縄で縛り上げられていた。
白くすべすべとした肌に、縄が食い込んでいる様子は、非常に痛々しいものだった。
「さて・・・そろそろ喋りたくなってきただろう」
縄で無理矢理床に座らせられている女に、男の声が降り注いだ。
女が声のした方向に目を向けると、蝋燭の光の届かぬ影から、一人の男が歩みだした。
女と変わらぬ年頃の、若い男だ。
「口に縄こそかませているが、喋るのに邪魔にはならないはずだ」
男は蝋燭の光の中に歩み入ると、女のそばにかがみ込んだ。
「さあ、言え」
「・・・・・・」
女は無言のまま、男を睨みつけた。
「・・・全く、情報を喋って用済みになったら殺す、などと考えているのか?」
女の鋭い視線に物怖じせず、男が肩をすくめた。
「確かに、そういうことをする連中もいるが、僕は違う。君から聞きたいのは、どうやってこの城に侵入したかと、何のためにという目的だ。君の里の情報や、秘密通信の暗号なんかどうでもいいんだ」
「・・・・・・」
女は無言のまま、男の言葉に応えなかった。
「全く、クノイチというのは何でこんなに強情なのか・・・」
やれやれと頭を振り、男は立ち上がった。
「仕方ない。今日も始めるとする」
「・・・!」
男の一言に、女は体を小さく震わせた。
「何度も話したけど、拷問とはどういうものだと思う?」
蝋燭の明かりの外に歩み出ながら、男がそうクノイチに問いかけた。
「答えは、この世でなによりも濃厚な信頼関係を築き上げる作業だ」
蝋燭の明かりの外から、キィキィと何かのきしむ音と、かちゃかちゃと瓶が揺れてぶつかる音が響く。
「拷問吏が虜囚に対し、何か尋ねて即座に答えたとしよう。拷問吏はその言葉を素直に信じるかな?もちろん助かりがたいための出任せだと思うだろう。そして虜囚も、素直に話せば許してやるという拷問吏の言葉を信じはしない」
蝋燭の明かりの中に、男が戻ってきた。彼は両手で、瓶やら得体の知れない金属器具の乗った車輪付きの台を押していた。
「そこで行われるのが拷問だ。虜囚を痛めつけてやることで、拷問吏は真実を引き出そうとする。虜囚は痛めつけられながら、真実を話せば楽になれると葛藤する。そして二者が十分に痛めつけ、痛めつけられたところで、二人の信頼関係は頂点に達する。拷問吏は虜囚の口から紡がれるのが真実だと思い、虜囚も真実を話せば楽になれると信じているのだからな」
女の手の届かないところに台を止め、男は女の方をみた。
「さて、今日も始めるとしよう」
男は、台の上に乗っていた小瓶を一つとると、中を覗きながら軽く振った。
瓶の中には薄桃色の液体が半ばほど入っており、男の手の動きにあわせてちゃぷちゃぷと揺れた。
量は十分だと判断したのか、蓋を取ってガラス製の筒を差し入れる。
そして、筒の反対側を指で押さえ、ごく少量の液体を筒の中にとった。
「ん・・・んぅ・・・!」
男がガラスの筒を手にクノイチの方を見た瞬間、彼女が小さく声を漏らした。
「大丈夫、痛くない。いつものアレだよ」
男はそう言いながら彼女のそばにかがむと、女の細い顎を掴んだ。
「んぅ・・・!」
「動くと体に当たって、ガラスが割れる」
もがこうとするクノイチをがっちり押さえたまま、彼は彼女の口に食い込む縄に、ガラスの筒の先端を当てた。
そして指を話すと、筒の中に入っていた薄桃色の液体が、縄に染み込んでいった。
縄の繊維を伝い、液体は彼女の口内に染み込んでいく。
「ん、ん、んぅぅ・・・!」
口の中に広がるかすかな甘い香りに、クノイチは声を漏らした。
すると、彼女の白い頬に徐々に赤みが差し、肌にうっすらと汗の玉が浮かんできた。
「反応が早くなったな。慣れてきたからかな?」
女の発汗と紅潮、そして少しだけ荒くなった息に、男はガラスの筒を台の上に戻しながらつぶやいた。
そして、彼は彼女の背中に手をのばすと、縄が食い込む彼女の肌に指をはわせた。
「・・・!」
不意にクノイチが体を震わせ、息を詰まらせた。
彼女の背筋を、稲光のように強い刺激が走ったからだ。
ほんの少し、指先で撫でられただけだというのに、肌を痺れのような感覚が走り、指が離れた後も甘い快感がにじんでいる。
肌に刃物を突き立てられ、傷口が痛むあの感覚を、丸ごと快感に置き換えたような感じだ。
「・・・ぅ・・・」
「声が漏れたな」
ほんの一撫での快感に思わず漏らしたうめきに、男がどこかうれしげに言った。
「さて、あとどのぐらい我慢できるかな?」
男はそう続けると、彼女の背中に手を触れた。
指先だけではなく、手のひら全体でだ。
それでいて肌を圧迫するわけではない、触れるか触れないかぎりぎりの力加減で、男は手を動かした。
男の手のひらが、彼女の背中を撫でていく。肌と肌がこすれあい、くすぐったさが彼女の背中に生じる。
だが、普段ならばそのままくすぐったさとして感じられるはずの刺激は、クノイチの肌表面で弾け、強烈な刺激となって背筋を駆け上っていった。
触れられている場所はもちろん、手のひらが過ぎ去った後にも焼けるような感覚が残り、彼女の体をふるえさせる。
「うぅ・・・ぅ・・・!」
彼女は、口に食い込む細い縄をぎりりと噛みしめ、快感に耐えようとした。
痛みを我慢し、やり過ごす訓練は受けてきた。快楽をそそぎ込まれても、心を切り取り快感に溺れない訓練も受けてきた。
しかし、このように後から後から湧いてくる快感に、訓練で培ってきた忍耐力は限界を迎えていた。
暴風になびく柳の枝のように快感をやり過ごそうにも、撫でられる肌自体が快感に打ち震え、気持ちいいとクノイチに伝えてくるのだ。
まるで、肌だけが絶頂しているような、強烈な快感だった。
「ほら、我慢しても辛いだけだ」
わき腹をなで上げ、むき出しの乳房を男は掴んだ。
豊満な肉の鞠に指が食い込み、少しだけ形を変える。
「・・・!」
クノイチは目を見開き、乳房から生じた稲光が、脳裏で白い閃光となってはぜるのを感じた。
彼女が耐える間もなく瞬間的に絶頂に突き上げられたと感じたのは、全身に甘い快感の残滓が広がったからだった。
「・・・!・・・!」
縄を噛みしめるが、喘ぎ声は荒い吐息となって彼女の鼻から出入りした。
そして、乳房の先端に強い疼きが生じる。男がさわらなかった乳頭が、賢明に屹立して刺激を求めているのだ。
部屋の中のごくわずかな空気の流れでさえも、クノイチの乳首は物足りない刺激としてむさぼっていた。
もはや、彼女の全身は彼女のものではなかった。
肌が、乳房が、わき腹が、胎内が、それぞれ別個に快感を求め、刺激に絶頂し、クノイチ自身にその快感を分け与えていた。
「やっぱり体は正直なようだな・・・ほら、こんなにここを濡らして」
太腿に食い込む荒縄が強引に広げる両足の付け根を覗きながら、男はそう言った。
彼女の下腹に刻まれた女陰は、薄く口を開いて奥からとろりとした液体を滲ませていた。
「物欲しげにひくひくして・・・可哀想になってきたな」
そう男は言うと、指をクノイチの股間に向けてのばした。
「・・・!ひゃ、ひゃめ・・・!」
口に縄を食い込ませたまま、彼女はそう声を上げた。
全身が敏感になっている今、そこに触れられたらどうなるか。幾度も経験した快感の嵐がクノイチの脳裏をよぎる。
しかし、男の指はクノイチの予想に反し、ひくつく女陰ではなく、内腿に触れた。
「・・・!」
肉付きのよい太腿がぶるりと震え、彼女の背筋が軽くのけぞる。
腿から生じた快感の痺れは、彼女の女陰と膣道、そして子宮を通り抜けて背筋を上っていった。
一瞬だけ通り過ぎた快感に、彼女の女陰は大きくひくつき、膣は入ってもいない肉棒を締め付けるかのように蠢動した。
「ん、うぅぅ・・・」
体を駆け抜けた絶頂感に、クノイチは小さくうめいた。
快感の残滓が彼女の胎内に残り、膣の空虚を際だたせたからだ。
なにもそこに入っていないというのが、胸に穴があくような心地を彼女にもたらした。
「ほら、素直に言ってくれ・・・我慢は毒だ」
男が言葉とともに、臍から下腹に向けて指をなぞらせた。
縄のせいで前屈気味の彼女の腹が、指の動きにびくびくと痙攣した。
腹筋のふるえはそのまま女陰に伝わり、亀裂のひくつきを強めて滴を迸らせる。
皮膚と筋肉越しだというのに、直接膣を撫でられたかのような感触は、彼女を苛んだ。
「うぅ・・・うぅぅ・・・!」
襲いくるもどかしさと切なさと疼きに、クノイチはうめき声と共に涙を頬に伝わせる。
快感に屈しそうになっている、クノイチ自身の情けなさによる涙だ。
「・・・・・・」
男は、クノイチの押し殺した嗚咽に、表情に哀れみのようなものを浮かべた。
「なあ、正直に話してくれ・・・そろそろ僕の方もやってられなくなってきたよ」
腹や太股に触れていた指を離しながら、男はそうクノイチに語り掛ける。
「理由も方法も、そんなにがんばって守るようなものなのか?それにここで我慢を続けたからといって、おまえの仲間が助けにきてくれる訳でもないんだろう?」
「う、うるさい・・・!」
折れそうになる心を、男に対する憎しみや敵愾心で焼き入れしながら、彼女はそう言葉を紡いだ。
「私は、クノイチだ・・・お前なんかに屈したりしない・・・!」
「そうか・・・」
男は、低く残念そうにつぶやくと、彼女の肩に手を乗せた。
「っ!?」
太腿や下腹ほどではないが、それでも肩を走る快感に一瞬クノイチは体を震わせた。
だが、男は手の中の痙攣に拘泥することなく、彼女の体をそっと押した。
床の上に胡座をかいていた姿勢のまま、クノイチの体が仰向けに転がされる。
「う、うぅ・・・!」
広げられた股間が天井に向き、クノイチは声を漏らした。
「今から、お前を犯して理性をどろどろに蕩かす。快感を堪えようという考えも消え去るぐらいにだ」
男が腰のあたりに手を伸ばし、衣服のしたから肉棒を取り出した。
彼のそこは、クノイチの痴態によるものか、すでに屹立していた。
「・・・!」
鼻孔をくすぐる男の香りと、さらけ出された肉棒に、クノイチは心臓が小さく跳ねるのを感じた。
直後彼女は、自身の発情しきった肉体が肉棒を求めていることに、情けなさを覚えた。
色仕掛けの訓練で、張り型を幾度も相手にしたというのに、生娘のように胸を高鳴らせてしまったからだ。
男は、彼女の顔をちらりと確認すると、大きく広げられたクノイチの股間に肉棒を寄せた。
そして、愛液をあふれさせる亀裂に屹立を当てると、軽く前後にこすった。
「あぁぁ・・・!」
女陰に肉棒の裏筋が押し当てられ、擦られる感触にクノイチは喘いだ。
一方男も、ただ当てただけだというのに、裏筋に食いついてくる女陰の感触に、その胎内の感触を予感していた。
「さあ、入れるぞ・・・」
男は一度肉棒を離し、亀頭を亀裂の口に当てながら、クノイチの顔を見た。
「今の内に、正直に言え・・・」
「おこと・・・わりだ・・・!」
膣口に触れる男の体温にぞくぞくと背筋を震わせながら、彼女はそう彼を睨みつけた。
「・・・仕方ない・・・」
男は残念そうにつぶやくと、腰をつきだした。
亀頭が彼女の膣口を押し広げ、にゅるりと胎内に入り込む。
「っ・・・!」
クノイチの口が大きく開き、舌が虚空に向けて突き出される。
まるで、肉棒の侵入によって肺が圧迫されたかのようにだ。
そして肉棒が亀頭から半ば、半ばから根本へと挿入されていくに連れ、彼女の首や背筋が自然とのけぞり、両目が見開かれていった。
やがて男の肉棒が根本まで女陰に埋まり、男の動きが止まる。
「・・・っは・・・か・・・!」
「声も・・・出ないか・・・」
目を見開いたまま、喘ぐクノイチの姿に、男は途切れ途切れの声でそう呟いた。
快感に苛まれているのは、クノイチばかりではないからだ。
男もまた、渇望していた肉棒の侵入に打ち震える膣襞による歓待に耐えていた。
膣肉は挿入された屹立の根本をきゅっと締め上げつつ、その表面に愛液を刷り込むかのように複雑に波打っていた。
根本から亀頭の方へ向けて、肉棒をさらに奥へ奥へと誘うように、緩い締め付けの輪が上がっていく。
そして亀頭の先端では、クノイチの子宮の入り口が亀頭にすい付き、白濁のほとばしりを今か今かとばかりに待ちかまえていた。
締め付けと蠢き、そして弾力のある子宮口の圧迫感に、男は腰の奥が震えるのを感じた。
このまま身を任せていれば、達してしまう。
彼は歯を食いしばり、クノイチの体に巻き付く縄の一部を握りしめて、必死に快感に耐えた。
すると、異常な力みによる痛みによるものか、肉棒にもたらされる快感が少しだけ弱まる。
「ほら・・・どうだ・・・話す気になったか・・・?」
絶頂感こそ和らいだものの、動けぬまま男はクノイチに問いかけた。
「ひゃ、ひゃれが・・・!」
クノイチは浅い呼吸を繰り返して肉棒の感触をやり過ごしながら、どうにかそう返答した。
どうみても、余裕のある態度には見えない。
「動くぞ・・・!」
男はクノイチの声に、彼女の限界が近いことを悟ると、絶頂へ押し上げてやるためゆっくりと腰を動かし始めた。
腰を引くと、根本を締め付けていた膣口の筋肉が、屹立をしごき上げていく。
一方亀頭は子宮口との接吻から解放されたものの、肉棒を揉みたてていた膣壁の間に入り込んでいく。
「うぐ・・・」
力強く肉棒をしごかれ、亀頭をやわやわともまれる感覚に、男は肉棒から何かが吸い取られそうになる感覚を覚えた。
ともすれば絶頂に達しそうになる快感を、歯を噛みしめて堪える。
そして屹立が膣口の締め付けにさらされる直前で、男は動きを止めた。
「どうした・・・出そうになったのか・・・?」
屹立が引き抜かれ、快感が弱まったのか、いくらか語調を取り戻したクノイチが問いかける。
だが、男は返答の代わりに、腰を突きだして応じた。
引き抜くときよりも、最初の挿入の時よりも早く、文字通り突いた。
「・・・っ・・・!?」
どすん、と子宮口を突き上げる亀頭の感触に、クノイチは声もなく吐息を口からあふれさせた。
のどは震えず、呻きすら紡がれなかったが、彼女の呼気には確かに驚きと快感が滲んでいた。
「っは・・・ぁ・・・!」
「ほら、もう一度」
パクパクと口を開閉して、必死に喘ごうとするクノイチに、男は腰をゆっくり引いて勢いよく突いた。
ぶぢゅん、と膣肉と肉棒が愛液のぬめりで音を立て、亀頭が子宮口を打つ。
臍の裏ほどから脳天に快感が突き抜け、クノイチの口から息が漏れる。
「っは・・・っあ・・・!」
男のゆっくりとした、十数える間に一往復ほどの腰の動きに、クノイチは体を震わせ、かすれた声を漏らしながら喘いだ。
クノイチの体に力がこもり、肌に食い込む縄がみしりと繊維のこすれる音を立てる。
だが、肌を締め付ける縄の痛みさえも、今のクノイチにとっては膣を擦る肉棒の快感の添え物にすぎなかった。
肉棒がゆっくり引き抜かれ、勢いよく突き込まれる。
速度の違う柔肉を擦る感触と、子宮を打つ亀頭の感覚に、クノイチは徐々に支配されていく。
一突きごとに、彼女の膣と子宮口が絶頂し、遅れて彼女の脳裏で火花が弾ける。
火花が彼女の意識を白く焦がし、考える力を奪っていく。
いや、すでにクノイチには快感を堪えようと言う心も、理性さえも失われていた。
ただ膣肉を擦る肉棒の感触と、小突かれる子宮口しか残っていなかった。
「ああ・・・はぁっ・・・っはぁっ・・・!」
口を出入りする吐息に徐々に喘ぎ声が混ざり、艶のあるものに変わっていく。
その声はもはや、誰にも否定しようがないほど甘い快感の声だった。
そして彼女が快感の荒波で弄ばれているのと同様に、男もまた快感に苛まれていた。
「う・・・く・・・!」
腰を前後させる度にぞくぞくと背筋を快感がはい上り、腰の奥がヒクヒクと痙攣する。
気を抜けば噴出してしまいそうなほど、彼の興奮は高まっていた。
一方クノイチも、膣内で脈打つ肉棒の感触に、男の射精が近いことを察していた。
胎内の脈動に呼応するように、彼女の心臓が高鳴っていく。
「あぁ・・・はっ・・・ぁあ・・・!」
「く・・・う・・・!」
男が低く声を漏らし、動きを止めた。直後、彼の屹立が大きく脈動し、白濁が迸っていった。
膣内を精液が満たし、子宮へと流れ込んでいく。
彼女の体は、そそぎ込まれる白濁をすすり上げ、胎内を炙る粘液の熱に悦んだ。
男は、全身を震わせながら、白濁を放ち続けた。
快感を貪ろうと肉棒に食いつく女陰が、男を絶頂に押し上げたまま、放そうとしなかった。
やがて二人の意識が快感に塗りつぶされ、徐々に白くかき消えていく。
もはやこの場にいるのは、クノイチと拷問吏ではなく、繋がり合う女と男だった。
そして、男の腰が弱々しく痙攣し、彼の射精が止んだ。
遅れてクノイチも数度の震えを残して、くたりと力を抜いた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
荒い吐息が二つ、薄暗い室内に響いていた。



「話しておきたいことがある」
一通り呼吸を落ち着かせ、体を離した男が、クノイチに向けて口を開いた。
「来週から、担当が代わる」
「・・・・・・」
クノイチは男の言葉に沈黙で応じた。
「そいつはお前から情報を引き出すことなどどうでもよく、新薬の実験をしたくてしょうがないというやつだ。だから」
「だから、今のうちに口を割れ、って?」
クノイチは、おもしろい冗談でも言われたかのように、口の端をつり上げた。
しかし男は、顔を左右に振った。
「違う。担当が交代する前に、お前にここをでてほしいだけだ」
「え・・・?」
この男はなんといったのだろう。
そんな表情で、クノイチは男を見上げた。
「方法はいくつかある。一つは素直に侵入経路をいうことだが・・・これはお前の方からお断りだろう」
男は、車輪付きの台の上から瓶を一つ取り出しながら、続けた。
「二つ目は、この擬死薬だ。半日ほど心臓の動きが弱まり、死体そっくりになる。死体になってしまえば監視の目がゆるむから、脱出のめどが立つだろう。そして、三つ目は・・・」
男は、クノイチを見ると、一瞬ためらって口を開いた。
「僕が、目的も方法も、国家転覆レベルの途方もないものをでっち上げ、死刑を確定する。そうすれば、僕は執行人の免状も持ってるから、『罪人が女の場合、執行人の妻となることを受け入れれば、死刑を免れる』というルールで、お前を解放できる」
「・・・・・・・・・なぜ、そんなに私を外に出したがっている・・・?」
「お前が、こんな場所に囚われてはいけないと思ったからだ」
擬死薬の瓶を台に戻しながら、クノイチの問いに男は答えた。
「このしばらく、拷問に屈することもなく、お前は秘密を守り続けた。僕たちからしてみれば、侵入方法なんてとっとと口にすればいいと思うけど、お前にとっては大事な秘密なのだろう。秘密を守れるお前は、こんな場所に囚われているべきじゃない」
男は、クノイチの目を見据えながら、問いかけた。
「さあ、どうやってここから出る?」
「・・・私は・・・」
クノイチは、答えた。
13/04/27 09:46更新 / 十二屋月蝕
戻る 次へ

■作者メッセージ
当初は重金属酸性雨の降るネオジパングを舞台にしようと思いましたが、あの独特の語り口を再現できると思えないのでボツにしました。
また、書いている途中で、
・クノイチの方が拷問吏の展開
・母クノイチの指導の下、娘クノイチが父親を相手に訓練
とかそういうのも思いつきましたが、また今度書きます。
でもクノイチっていいですね。ムッチリ太腿で首の骨折られて死にたい。

死んだ。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33