読切小説
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冷たい夜に、温もりを
冬が近い。

吹き付ける空気が肌を刺すほど冷たくなり、同時に枯れた木の葉を巻き上げていく。風に揺れる木の葉は乾いた音を響かせて時折砂埃まで巻き上げた。
私は一人森の中で空を見上げる。手にしているのは先ほど捕らえたウサギの肉。血抜きをすませ冬の備蓄にするものだ。
あとはこれを火でやくなり干すなりすればいいのだが今の私にはまた別の問題があった。

「…」

はぁっと吐き出した息が真っ白に染まり霧散していく。両手を擦りあわせても紛れぬ寒さに指先がかじかみ、うさぎの肉を持っている感覚すら消え失せてそのうち落としてしまいそうだ。早々に今の問題を解決せねば冬を越せない。

というのも今私は新しい寝床を探していた。

寝床として使っていた洞窟がつい先日崩れてしまった。ここ最近になって小規模の地震が起きたことが原因だ。森にとっては倒木などの被害は出ていなかったというのに私の寝床には甚大な被害を出してくれたというわけだ。

「…はぁ」

両手を暖めるように息を吐きかける。だが暖かいと感じるのは一瞬ですぐさま凍えるような冷たさに包まれる。早いところ別の寝床を探さないとこれは命にかかわることだ。
洞窟を見つけたら中に何も居ないことを確認する。身を横たえ眠るために乾いた枯れ葉を探す。入り口には葉や草を編んだカーテンをつけて寒さ対策は万全だ。
だがそれも全てが見つかればの話。
都合良く私の入れる洞窟はそうないし、あったとしても熊や他の獣がいる。それにこの時期では枯れ葉もあまり見かけないし、草や葉を編み込むには時間がかかりすぎる。獣の毛皮という手段もあるが綺麗に毛皮をはがせるほど私は器用ではない。

「…っ」

ふと思い出す。
そういえば狩りをしている最中に小屋を見かけたことがあった。人間が住めるような大きなそれなら寝床の心配も防寒具を作る手間も必要ないだろう。そこに住み込めば今回の越冬も幾分か楽になるだろう。
そう結論づけると私はすぐさま木の上に上り、枝から枝へとかけだしていくのだった。










目的のものはすぐに見つかった。川の近く、木々の開けた広場の中央、小屋の側の土が柔らかく掘り返され、つい最近まで何かを栽培していたように見える。明らかに人間の手が加わった跡だ。もしかしたら住んでいるかもしれない。そうだったとしても私には関係ないのだが。

「…」

ドアに手をかけると鍵がかかっていた。ドアの間に鎌を突き刺し、下へと下げるとたやすく切り裂ける。開いて小屋の中へと足を進めると小屋の中央部、テーブルの側にたつ人間の姿が目に映った。
私と近い背丈で黒髪、黒目、黒服をまとった一人の男。人間は私の姿を見ると黒色の目を見開き、すぐさま手にしていた皿を置いて睨みつけてきた。

「誰だっ!?」

両手を拳にし、こちらに敵対する構えをとる人間。どうやら私を撃退するつもりらしい。繊細かつ鋭敏な警戒とともに明確な敵意をとばしてくる。肌に感じる雰囲気は獣と違ってぴりぴりする。結構な実力者らしい。
だが私には関係ない。必要なのは雨風を凌げ、冬場の寒さを緩和できる寝床だけなのだから。

「…!」

あたりを見渡し奥へと進むと開かれたドアの向こうにベッドが見えた。
あれだ。あれが私が求めていたものだ。
すぐにそこへと歩いていき、寝ころんだ。

「〜っ…」
「…いや待て待て待て待て!!」

人間に肩を掴まれるのだが関係ない。手を振り払って毛布を抱きしめ丸くなる。草で編んだものよりもずっと暖かな感触に私は顔を擦り付けた。

「いきなり人の家に勝手には言ってきてなんだよ一体!どういうつもりだよ!!」
「…」
「なんか言えよ!」

怒鳴り散らしてくる人間がうるさい。が、この際仕方ないとあきらめるしかない。こんないい場所を見つけてしまってはもう二度と洞窟暮らしはごめんだ。これなら冬場だけでなく普段からも寝床として使えることだろう。
何度も体を揺らされる。いい加減鬱陶しくなってきた。鎌を突き立て脅してやろうか。だがこの人間の先ほどの雰囲気、それなりの実力を備えているように思える。脅しが通用するとは思えない。
なのでこのまま眠ることにした。何度も体を揺らして怒鳴るが応じない姿を見て人間はようやく手を離す。

「…何だよ一体」

疲れたようにため息をつく人間を横目で確認すると私は瞼をおろすのだった。






冬は寒い。

「…」

ベッドに入ってからしばらくたつが私はあまりの寒さに瞼を空けてしまう。
いくら布製のベッドが植物で作ったものよりも上等な感触をもたらしてくれるとはいえ、冬場の冷たさを和らげてくれるほど万能ではない。自分の体温で暖まったのは一部だけ。手足を伸ばすと容易く熱を奪われてしまう。
何か暖まるものはないか―そう思ってあたりを見渡すと目にとまったのは寝ころんだ人間の姿だった。

「…」

椅子を並べその上で眠る人間の姿。私のことをあきらめたのか椅子の上で眠る方を選んだらしい。寝巻き用の薄手の服とその上に上着を羽織った格好でさらに毛布を被っているが寒いのは私と同じ事だろう。その証拠にここからでもわかる程に体を震わせている。

「…」

ふと思う。その体は私と同じなのではないかと。
血が通い、高い体温を持っているのではないかと。
だからこそ、今は震えているのではないかと。
それなら。
きっと寒い中でも十分暖かいに違いない。
きっと、このベッドの中でも十分に暖かいに違いない。

「…」

すぐさまベッドから起きあがり人間の寝ころぶ椅子へと近づいた。音を立てたつもりはなかったのに気付いたのかこちらを振り向く。

「…何?」
「…」

若干不機嫌そうな声色でも気にすることはない。私は人間の体を抱き上げた。

「…は!?ちょっと!?」

細身な体と違って腕にはかなりの重さがかかってくる。細く見えたのは体を鍛えているかららしい。
突然抱き上げられて慌てる人間だが私はかまわずベッドへ放り投げた。

「うぁ!?な、何!?」

すぐさまベッドへ戻ると人間を抱きしめて寝ころぶ。
触れあった肌からじんわりとしみこんでくる暖かい体温。それは無機質なベッドの冷たさを和らげてくれるには十分だった。
これだ。私が欲しかったのはこれなんだ。
やや堅めの感触だが決して悪いものではない。なぜだか激しく脈打つ鼓動が伝わってくるがその音に自然と気持ちがゆるみ、心が落ち着いていく。どこか懐かしいような、切なく、暖かい感覚に自然と瞼が下がっていく。
悪くない。いや、むしろいい。これなら厳しい越冬も随分と楽になるというものだ。
ただ私の腕のなかでぬけだそうと暴れるのはいただけない。これでは眠るに眠れないではないか。
私は人間に回した腕に力を込め、締め上げた。

「…っ!?…っ!!……っ!!」

ばしばしと肩を叩かれるが無視。私の胸に顔を埋めてもがく人間。そのまましばらくすると力つきたように腕がベッドに落ちた。呼吸は止まってないから気絶したらしい。ならもう暴れることもないだろう。私は人間の体を抱き直し静かに瞼をおろした。
あぁ、暖かい。
やはり寒いよりもこちらの方がいい。冷たい洞窟内では布も木の葉もここまで暖かくしてくれないだろう。これなら眠っている間に死ぬこともない。落ち着いて眠ることができるというのもだ。
久方ぶりに私は心安らぐ時を過ごすのだった。









冬は長い。

相変わらず寒い空気が体を震わせ、突き刺さる様な風が吹いていた。
だが今の私は毎晩人間の体を抱きしめて炒るからか冬とは思えないほど快適な睡眠を得ることができている。おかげで体調はすこぶるよく、冬場だというのに体の動きも十全だ。雪の降る中でも体は動き、狩りに赴けば外すことなく肉を持ち帰れるほど。
さらにいいのはこの人間にとってきた肉を渡すと勝手に調理してくれるという事だろう。
ウサギの肉をスープに。
熊の肉を干し肉に。
狐の肉をソテーに。
時折魚や果物を採ってきてはムニエルや甘い味のする料理へと。
ただ最初の頃はやること全てに警戒されたり、作ってあった料理を手に取ろうとして激闘になったりといろいろとあったが今では慣れてきたのか特に問題なくことが進む。

「ほら」

そうして今日もまた調理された肉を出されるのだった。
冬場と言うことで獣の肉は脂がのる。おかげで美味なのだがそれをこの人間はさらに美味に仕立ててくれる。果物のソースや香辛料、火やハーブなどを使ったそれは目の前で湯気を立てて空腹を刺激する香りを漂わせていた。
やはり食事はおいしいものを食べるに限る。いくら生き残る為とはいえ好き好んでまずいものは食べたくない。そう考えるとこの人間の傍はとても生きやすい場所だといえるだろう。
料理された肉に私は手を伸ばす。だが、後少しと言うところで手を叩かれた。

「だから手づかみで食べようとすんなって」
「…」

また、だ。

いつもこうだ。
素手で掴もうとすると叩かれる。かみつこうとすれば怒られる。鎌を突き立てようとすれば両手で止められ激闘へと発展する。
目の前の人間を睨みつける。だがそんなことお構いなしに人間は私に何かを差し出した。それは木でできたフォークだった。

「…」
「せめてこれぐらい使ったら?」

そんなことを言われても今まで使ったことなどない。いつも丸焼き、かぶりつき、それで食事を終えてきた私には不必要なものだ。必要なのは火と腕の鎌のみで足りている。
私はフォークを一瞥することもなく再び手を伸ばし、そしてやはり叩かれた。

「…」
「ああ、もうまったく…本当に仕方ないな」

人間がフォークをとると料理を突き刺し、差し出してくる。
いつもこれだ。人間は私一人で料理を食べることを許さない。いや、私の食事の方法を許さない。
だが食べさせてくれるのならそれでいい。食べる手間も省けるというもの。料理も美味い。文句も怒りも収めるには十分なほどに。
だから私は今日も食べさせてもらう。差し出された肉を噛み、味わい、飲み込んでいく。そうして食事を終えることは私の一日に外せないこととなっていた。



だが未だに慣れないこともある。



「やめてやめて」

ベッドに引っ張っていこうにも顔を真っ赤にして頑なに拒んでくる。こうして腕を掴んでいないと逃げ出され、最悪外まで行かれてしまう。冬場の外は殺人的な寒さだというのにさらには寝る前の夜の空気だ、厳しいなんてものではない。
だというのにこの人間は未だに拒む。最初の時よりもずっと強く拒否しては何が何でも逃げ出そうとする。ただでさえ実力もあるので獣を狩る以上に手間で大変だ。寝る前なのでさらに面倒臭い。
だが、その手間をかける価値はある。この寒い冬を快適に過ごせるのならば多少の苦労もいとわない。故に無理やりになってしまうのは仕方のないことだった。

「わっ!」

腕を引いてベッドに投げ込む。だが壁を捕まれ堪えられてしまった。

「一人で寝れるでしょ…っ!」
「…」

力はこちらが上とはいえその差を埋める実力持ちなのか人間はぴくりとも動かない。何ともやっかいなことこの上ない存在だ。
だが、私に手がないわけではない。

「…っ」
「おわっ!?」

掴んでいた壁の一部を鎌で切り裂いた。それだけではなく人間の足を払い、浮いた瞬間を狙ってベッドめがけて押し飛ばす。
続いてベッドで受け身をとった人間の上に覆い被さると二本の腕でその頭を抱きしめ、足を絡める。人間は抵抗して手足をじたばたさせたが私が覆いかぶさっている以上抵抗なんて意味もない。あとは体力がつきるまで暴れさせればいいだけだ。

「〜!んん〜!!」

声にならない悲鳴を上げる。それでもかまうことなく抱きしめる。こういうものは獣と同じで根比べだ。
そうやってしばらくしていると体力が尽きたのか腕がベッドへ投げ出される。体を離せばうつろな目でこちらを睨みつけてきた。どうやら意識を失う寸前だったらしい。

「…」
「…おい」
「…」
「…なんか言うこととかないの?」
「…」
「…………ああ、もう…まったく」

疲れたようにため息をついて人間はあきらめたように言った。

「仕方ないな…」

私に背を向けた人間をむりやりこちらに向かせると再び抱きしめようやく落ち着く。再び声にならない悲鳴を上げているのだがしばらく待てばまた静かになる。
あぁ、やはりこの暖かさはたまらない。そう思いながら私は瞼を閉じるのだった。








冬は寒い。

どうやったところで変えることのできない事実。吹き抜ける風はやはり冷たく、吐き出す息は白く染まって霧散する。だから今日もまたいつも通りに人間を抱き枕に眠る。冬の寒さを打ち消す熱を感じようと手を掴んだ時のことだった。

「ほら」
「…?」

人間が台所でなにやらやっていたものを私に手渡してきた。抱え込むにはちょうどいい大きさで布地に包み込まれたそれは触れてみるとじんわりと暖かな熱が伝わってくる。揺らすとちゃぽちゃぽと音がする。先ほど湯を沸かしていたからもしかしたらそれかもしれない。

「湯たんぽ。この前ゴブリンの子から買った奴だよ」

そういえば以前ここを訪れたゴブリンとそんなやりとりをしていたような気がする。私には関係ないことで気にもとめなかったがどうやら最近の料理の味が一段と美味に変わったのもあのゴブリンのおかげらしい。

「オレを抱き枕にしなくてもこれなら十分温かいでしょ?」

試しに抱え込んで寝転がるとこれがなかなか悪くない。私よりも高い熱を持ったそれが抱え込んだ腕や腹を暖めてくれる。これなら冷たいベッドの中も辛くなく、人間の代わりをしてくれることだろう。
満足し、眠ろうとしばらく横になっていると―気づく。

「………」

手にしたものが先ほどよりも暖かくなくなっていることに。
よくよく考えればわかることだ。暖めてもいない湯がずっと熱くあるはずがない。熱を通した肉を放っておくと冷たくなるのと同じことだ。そうでなければ冬場のベッドで困ることもない。

「…」

揺らしてみるも熱は戻らない。力強く抱きしめるも温かいが今だけだ。むしろ、熱がなくなれば冷たくなり、より辛くなるのではないか。
これではダメだ。腕の中にあるそれを放り出して人間の姿を探す。さぁ寝ようと椅子を並べ毛布に身をくるまっていた人間は私の視線に気づいたのかこちらを見た。

「…何?湯たんぽがあるんだから十分で」

小屋の中でもベッドの外は寒い。先ほどので若干暖まっていたせいもあってか毛布をはいだだけでも身震いしてしまう。外にいるよりかましだがやはりつらいものは辛い。
なので人間の反応を確かめることなく抱き上げ、さっさとベッドに放り込んだ。ついでにくるまった毛布は剥ぎ取っておく。

「わ!寒っ!いきなりなにす」

わめかれるとうるさいので覆い被さり胸を押しつける。いつものようにこれで口をふさぎ、両手をとってしまえば人間に抵抗する手段はなくなる。

「むんーんんーんんん!!」

少しくすぐったいがしばらくすれば静かになる。今までもそうだったのだから間違いない。
しばらくばたつかせていた手足もすっかり力が抜け、あきらめたように投げ出されるのを見てから私は隣に寝ころんだ。当然両手両足で抱きしめたままで。

「ゆ、湯たんぽは…?」

なぜ顔が真っ赤なのかはわからないがこれでいい。先ほどのものよりもずっと暖かく、一定間隔で伝わってくる鼓動が心地いい。感触もにおいも先ほどのもよりもずっといい。ぐしぐしと顔を擦り付け、離れぬように腕に力を込めた。

「…話聞けよ」

恨みがましい視線を向けられるが関係ない。人間の方も慣れたのか大きくため息をつくと仕方ないと呟いて瞼を閉じる。それを見て私は満足げに頷いて、再び力を込めて人間を抱きしめた。
頭を抱え、胸を押しつけ、足を絡めて一つになって。冬の寒さも布団の冷たさも感じられないほど優しい熱に瞼を閉じるのだった。








ようやく冬も終わりを迎える。

徐々に寒さも和らいできたとある日のことだ。今日も今日とて人間を腕の中で感じながら目を覚ます。柔らかな日差しに瞼をゆっくりと開けるといつものように人間の姿が瞳に映る。癖のついた黒髪に夜のように暗い黒目。皺のついた寝巻に私に掴まれた手足、いつもと変わらぬ姿だ。
だが今日は普段と違って違和感を抱いた。

「…?………?」

違和感があるのは人間ではなく―私の方。
下腹部がじくじくする。内側で針をつきてられているかのように不愉快きわまりない感覚だ。さらに体は熱を帯び、なんとか起きるも意識がおぼつかなく頭が揺れる。
…なんだ?
今までこんなことは無かった。少なくとも人間とともにいる間はこんな不調はなかった。

「どうかした? 」

私が起きたことにより人間も体を起こす。着替えを持って私を心配そうに見つめるが気にせず私は下腹部に手を当てた。

「…?顔赤いけど?」
「…」

黒い瞳に私の顔が映った。
以前水面を覗いて見たことのある顔。なんだったか、前にもこんな顔をしていたかもしれない。久方ぶりなのだが、思い出せない。

「…?」
「ん?何?ご飯?」
「…」
「…んん?」

私の対応に首を傾げる。私自身わからないのだから人間にはとうていわからないだろう。仕方ないのでさっさと普段着に着替える人間を横目に私は一人首を傾げた。
懐かしいような、嫌になるような。
不愉快なようで、心地よいような。
そんな不思議な感覚だ。
ためしに下腹部を摩ってみるが疼きは収まらない。食べ物を食べたところで空腹と違うこの疼きは消えるだろうか。
このまま狩りを行っても大丈夫だろうか。いや、これでは多分失敗する。冬だろうが獣相手に生半可な準備では遅れを取る。
なら何かこの疼きを止めるものはないか。そう思っても先ほどから私の視線は人間に向かうばかり。
薄黄色がかった肌を舐めるように見つめ。
夜をはめ込んだような瞳に目を奪われ。
吐き出される白い息に体を震わせ。
衣服に包まれた体にため息を漏らす。

「……?」

どうしてこの人間を見ているだけで下腹部が疼くのか。
どうしてこの人間がいるだけで鼓動が激しくなっていくのか。
どうしてこの人間から視線を離すことができないのか。
考えて、考えて、考え抜いて―気づいた。

「…っ」

ああ、そうだ。この感覚は以前にも…いや、以前からずっとあったものだった。
生き残るため、子孫を残すため、生物的本能に刷り込まれた一つの感情。
よくよく考えてみれば既に冬も終わりを迎えて春到来。穴蔵で過ごしていた獣はこぞって雄雌絡み合い、種を残そうと交わりあう。
その本能があるのは私も同じこと。マンティスとしての生存本能に組み込まれ、そして厳しい冬が過ぎた今その感情が呼び起こされる。
以前はずっと一人だったために疼いたところで気にもとめなかった。こんな森の中では適する雄など見あたるはずもなく、ただ繁殖期がすぎるのを待つだけだった。
だが、今は違う。
すぐそこに人間がいる。
手を伸ばせる距離に雄がいる。
組み伏せられる場所に男がいる。
交わることのできる相手がいる。

「―…っ」

体は本能に逆らうことなく動き出した。腕を伸ばして人間の腕を掴むと一気にベッドへと叩きつけた。

「あがっ!?な、何っ!?」

ベッドは柔らかく人間の体を受け止めた。そこへすぐさま私が両足を広げて跨る。

「…」
「いや、いきなり何?」

怪訝そうな表情を浮かべる人間に構うことなく私は腕を突き出した。正確には腕についている鎌の先を人間の首辺りに。だが人間はとくに驚くこともなく私を見つめてくる。

「だから何?」

これでも萎縮しないのだから肝が据わっているのかただ鈍感なのかどちらかだろう。だが今の私にはどちらでもいいことだ。
すぐに鎌を引いた。高級そうな黒い服を切り、下に着ていた雪のように白い服までをも裂く。

「え?あ、何して!?」

流石にこれには反応を示す。だがそれよりも先に私の鎌はズボンまで切り裂いていた。
途端に露わになる人間の肌。鍛えているのか引き絞られた肉体は眺めているだけでも下腹部の疼きがひどくなる。
だが体が求めているのはもっと下の部分。雄であることをこれ以上ないほどに示す証だ。

「おい!だから何して…」

露わになった体を隠そうとしてか暴れ出す人間。何とか私の腕を掴んで抑え込もうとしてくるが単純な腕力は私の方が遥かに上だ。よって逆に組み敷き、片手で両腕を抑え込む。
そうして改めて視線を向けると。

「…?」

瞳に映るのは男の証。私の体にはない器官。だがそれは小さく、とても交尾できるような状態ではない。
交尾というのは私の股間部分に雄のものを迎える行為のはずだ。だがこんな小さく柔らかそうでどう迎えられるのかわからない。

「…!」

そう言えば。この人間私が抱きしめて眠っていた時度々腰を引いていた。寒いから体を離すまいと近寄っても頑なに拒否したこともあった。ためしに手を伸ばして抱き寄せた時には太腿に固いものが触れ、途端に人間に平手を食らったこともある。
もしかしたらあれかもしれない。あの時感じたのが交尾に必要なものかもしれない。
…なら。
すぐさま私は人間の顔に向かって胸を押し付ける。強く、その感触を味あわせるように。

「!?〜っ!〜!!」

やはりいつものように暴れ出す。だがそれは普段以上に強く激しい。何が何でも逃げ出そうと必死にばたつき、それでも構うことなく私は胸を押し付ける。
擦れる感触がくすぐったい。吐き出される息がむず痒い。だがそうしているうちにすぐに人間の顔は真っ赤に染まり、露出した男性器が大きくなっていく。

「…」

反り立つほどに硬くなった男性器は先ほどと比べ物にならないほど大きくなっている。これなら迎え入れることも出来なくはないだろう。

「待った待った!何でいきなりこんなことを…!?」

押し付けた胸から抜け出した人間は真っ赤な顔をして喚きたてる。
耳障りな人間だ。口を押えてやろうかと思うがこの手を離せば抵抗されて交尾どころではない。仕方なくこのまま交わることとしよう。
私は腰を寄せると露出された男性器に股間を押し当てた。

「んんっ…ぁっ……」

既に湿り気を帯びていたそこから滴り落ちる粘液をまぶす様に擦りつける。普段から感じていた優しい熱とは違う、ずっと熱く固い感触に不思議と声が漏れた。
擦れる度に体が震える。背筋を駆け上がってくるのは筆舌しがたい感覚だ。経験のない感覚だが決して嫌ではなく、むしろもっと欲しいと腰が自然と動いてしまう。

「は…ん……んん…っ」
「っ………っ!」

人間の方も呼吸が荒くなっていた。堪えるように歯を食いしばり必死で声を漏らさぬように耐えている。痛いのだろうかと思って男性器を見やると私の粘液まみれになっていた。
これなら挿入に問題はないだろう。
ちらりと人間を見やる。すると黒い瞳をこちらへ向け驚きを隠せない表情でこちらを見つめていた。

「…え?ちょっと…本気でっ」

何かを言い切る前に指を添えて先端を合わせると一気に腰を下ろした。

「っ!!」
「んぁああっ♪」

途端に体に走る何かを突き破る感覚。それは明確な痛みであったが感じたのは一瞬ですぐさま別の感覚に塗りつぶされた。
自然口から声が漏れる。今まで出したことのない声色に自分自身驚きを隠せない。だがそれ以上に流れ込んでくる感覚が強烈で驚く余裕などなかった。
じくじくと疼いていた部分に収まった男性器。別の生き物のように脈打ち、刺し貫いたそれからは火傷する様なほどの熱を感じる。普段から感じていた温かさとはまた違う焼けるような、だが決して嫌ではない熱を。

「〜っ!!」
「…ぁあっ…は、あぁあ♪」

びくびくと体が震える。掴んでいる手までもが震え、人間の片腕が抜け出てしまった。だが気にする余裕などあるはずもなく呼吸がまともにできなくなる。ただ男性器を迎え入れただけだというのに体の調子は崩れ、操ることができそうにない。ただじっとしているだけでも精一杯だった。
だがそれでも私の中へと飲み込んだ男性器が膣を通してその存在を体全体へと伝えていく。
鋼鉄のように固い感触が、膣内で擦れる感覚が、焼けてしまいそうなほどの熱が、この男性の与えてくる全てのものが私を染め上げ、塗り替える。

「ぁぁあっ……はぁ…♪」

荒い呼吸を繰り返しながらゆっくりと人間を見下ろした。切なげな表情を浮かべながらも歯を食いしばりこちらを見上げている。普段とは違う表情で、いつもとは違った感覚を私へ伝えている。

いつもとは違った感覚を…?ああ、そうか。

彼がくれるものは冬場の厳しさを和らげてくれる優しい熱だけではない。寂しい夜を埋めてくれる安心感、一人では得られない充足感。
そして何よりも今まで経験したことのないこの快楽。食事よりもずっと甘美で、睡眠よりもずっと愛おしい感覚は体に、心に刻み込まれていく。
あぁ、そうだ。
これこそが彼が与えてくれるものなんだ。温かさだけではない、この気持ちよさを与えてくれるのが彼なんだ。
自覚した途端に胸の内にじんわりと何かが広がっていく。奥を締め付けられるような苦しさを覚え、表しきれない温かなものが湧きだしてくる。それがなんなのかはわからないが嫌な苦しさではなく、心地よい苦しさとでも言うべきだろうか。

「…………だ、い丈夫…?」

心配そうな顔で彼は私を覗き込んできた。幾分か体からは力が抜け、抵抗も弱まっている気がする。これは私との交尾を受け入れてくれたということだろうか。
顔を寄せ、わずかに体を彼に預ける。重なった肌から伝わってきた鼓動はいつも以上に早く、その表情もいつもよりずっと赤い。興奮しているのはお互いということだろう。

「…っ」

だが私は何も応えられない。今まで言葉というものに関わりが無かったせいか意思の伝え方がわからない。ずっと傍に居た相手だというのに湧きだした感情を伝える術が全くない。

「んん……まったく…あんないきなり無茶するから。血だって、出てるっていうのに」
「っ……っ…」
「初めてなんでしょ?待、って…動かないで。今抜く、から…」

私が痛みを感じていると思ったのか彼はゆっくりと腰を引き出した。だがそのせいでずるずると抜ける彼の男性器は私の膣壁を容赦なく擦りあげていく。その感覚は背筋から駆け上がり、例えようのない甘美な快楽となって全身に広がっていく。

「んんぁっ♪あ、はぁ………ああああっ♪」

ほんの一瞬の出来事だった。彼のものがごりごりと中を擦りあげると力が抜け、意識が無理やり高みへと押し上げられる。かと思えば目の前が真っ白に染まり、先ほど以上に強烈な感覚が体中を駆け巡った。
準備のために擦りあげていた時とは比べ物にならないほどのそれは私の体から力を抜き、彼の方へと体を倒してしまう。そのせいで抜けかけていた男性器が再び私の中へと食い込んできた。

「え?あっ…!?」
「んひゅっ♪あぁあっ♪」

抜ける時とはまた違う膣内を割り開いていく感覚に体が跳ねた。
先ほど以上に深くまで彼の男性器を飲み込んでしまう。先端が一番奥に突き刺さった瞬間目の前が真っ白になった。

「〜っ♪」

声にならない叫びをあげる。力の抜けた全身を突き抜けていく感覚は私の意識を吹き飛ばした。だが気絶することなど許されない。
体は一番奥に食い込んだ男性器を締め付ける。食い込んだ最奥は雌としての本能に従って彼の物に吸い付いた。そこから出てくるものを貪欲に求め、執拗に啜り上げる。その刺激が堪らないのか彼は体を戦慄かせた。




「う、ぁ…っそんな締めないでって…っ!」
「あぁ…っ♪ん、やぁぁ……♪」

堪えるように歯を食いしばり、吐き出された熱い吐息が肌を撫でる。ただそれだけでも肌は敏感に感じ取り、染み込んでくる体温すらも快感になって体を広がってきた。
ああ、ダメだ。あまりにも気持ちよすぎておかしくなる。先ほどよりもずっと強く、先ほど以上にずっと甘く。彼が与えてくれる私の意識を蕩けさせてくる。
そして体を暴走させる。

「んぁ……♪あ、はぁ…♪」

腰を上下させ、男性器を何度も何度も扱きあげた。鉄のように固い彼のものを無理やり飲み込み、最奥まで迎え入れる。腰と腰を打ち付けては最奥まで迎え入れ、押しつぶさんときつく締め上げる中力ずくで引き抜くと再び腰を叩きつける。
止まらない。
この感覚がもっと欲しくて動きが制御できない。あまりにも強烈過ぎてばらばらになってしまいそうだというのにどうして体は勝手に求めてしまうのだろうか。
何度も何度も腰を上下させる。その度にずっちゃずっちゃと音が響き、擦りあげられる膣内が快感を弾きだす。
だが感じているのは私だけではない。彼もまた快感を得ているとわかっていた。

「抜くんじゃ…んんっ!なかったの…っ!?」
「あぁ♪あっ♪ひ、ぁあああっ♪」

本能は知っている。私が、雌としての心がなにを求めているかを。
先ほど意識を飛ばされたように彼もまた限界が近づいている。そして、その先にあるものこそが私の求めているものだ。
だから私の体は動き続ける。強烈な快感を弾きだし、何度も頭の中が真っ白に染まりながらも。強烈な快楽の波に呑まれてもただひたすらに腰を打ち付け、行為の先へと目指して進む。
彼の呼吸が荒くなり、体が徐々に震えだした。堪えるように歯を食いしばっては掴んだ腕に力が籠る。それだけではなく膣内の彼もびくりと大きく震えた。

「っ♪」

それが何の予兆なのか本能は知っていた。いや、最初からずっとこの瞬間を求めていた。その先を雌の体が欲していた。
一気に体重をかけ、腰を打ち付ける。肉と肉のぶつかり合う音が響き、彼のものが私の奥を貫いた。目の前が真っ白になる程の強烈な快感に呼吸が止まる。だが体はそんなことお構いなしに彼の物を締め上げた。

「まっ!?て、よ…ぉっ!!」

堪らない声を漏らした彼は私を睨みつけるが真っ赤な顔では何も怖くない。せめてもの抵抗なのかもう片腕を押しのけようと伸ばしてきた。
だが力の入ってないその腕に何ができようか。すぐさまその手を握りこむとベッドに押し付け、覆いかぶさった。
腰をひねってさらに一番奥に押し付ける。口を閉じることも出来ないほどの快感にぱたぱたと唾液が滴り落ち、彼の体を濡らしていった。それでも止まることなく腰を動かし、子宮口を押し付けているととうとう限界が来たのか彼のものから何かが放たれた。

「あああああああああああああ♪」
「んん…っ!!」

膣内に流れ込んでくる熱いもの。一番奥で吐き出されたそれは私の中を容赦なく染め上げ、満たしていく。何度も震え、その度に吐き出される熱い粘液。流れ込むたびに弾きだされた快感が頭を蕩かし、意識は高みへと押し上げられてしまう。あまりの強烈さに恐怖すら感じるのだがそれ以上の快感が塗り替えていく。
だがこの程度では満たされない。膣内は彼の物をさらに締め付け、もっと絞り出そうと律動する。

「ぁっ!締め付けすぎ…っ!」
「ん、あ…ぁああ♪」

まだ残っていたものまで絞り、吐き出されては再び私の意識が押し上げられる。雌という本能を刺激し、満たしていく感触に私の頭の中は真っ白に染まっていた。
ようやく脈動も収まってきた頃、彼は疲れたように体をベッドに沈ませた。私も体を支配する脱力感に彼の上に倒れ込む。

「ああ、もう…何してんだよ…」

諦めたようにため息をついた彼は抵抗する気もなくなったのか腕から力を抜いていた。真っ赤に染まった顔が愛おしく映り、ぐしぐしと顔を擦りつける。
ふわりと香る果物の甘さと例えようのない香り。下腹部を刺激し、胸の奥を満たしてくれる安心をもたらす感触を呼吸が整うまで堪能する。
ようやく落ち着いたらゆっくりと腰を上げる。すると吐き出された粘液が漏れだし、滴り落ちた。

「あ…」

もったいない。折角出してくれたのに。これでは子供もできないではないか。そのためにも漏れ出さないように再び腰を下ろした。

「んぁっ♪」
「え?あ…っ!」

途端に体は跳ね、甘い声を漏らして彼の体にもたれ掛ってしまう。わずかに擦れただけでも弾きだされる快感にまだ体が言うことを聞かない。
もう一度、ゆっくりと抜こうとするのだが未だに固さを保つ彼のものがごりごりと膣壁を擦りあげる。

「ふ、やぁあ♪」

再び走る快感に腰が落ち、彼のものが一番奥に食い込んだ。その感覚が私の頭をさらに狂わせる。
ああ、ダメだ。交尾は終わったというのにこの快感から抜けられない。もっと欲しいと求めて止まない。
助けを求めるように彼を見つめると真っ赤な顔をしながら髪の毛を掻きむしった。

「まだしたいの?」

その声に頷いて私はもたれ掛った。首筋に匂いを残す様にぐしぐしと顔を擦りつける。その行為に彼は小さくため息をつくと両腕を広げ私の背へと腕を回した。

「っ」
「…ああ、もう。全く仕方ないな」
「…♪」

普段眠るときは拒否するというのに彼は私の体を静かに抱き留めてくれた。いつも感じていた優しい熱が染み込み、感情が高ぶる。
彼が私の手を握る。私がやっていた組み敷くようなものとは全く違う、指先まで絡めた握り方。互いの熱が混じりあうそれは先ほど以上に胸の奥を満たしてくれる。
眠っている時以上に心地いい。気持ちよくって、温かくて、ポカポカする。言葉になんてできないけど今まで感じたことのないものが湧きだしてくる。

「ん♪ふぅああ♪あ、あああっ♪
「…く、っ………んっ」

動くたびに抑えられない声を漏らす私と堪えるように唇を固く結んだ彼。それでも手は離すことなく握り合い、何度も何度も腰を打ち付ける。
湧き上がった感情のまま、体が従う本能のまま、私は再び彼を求めるのだった。










とうとう冬が終わりをつげ、春が訪れた。

吹き抜ける風は温かくなり、小鳥の囀る声が心地よい今日この頃。私の瞳に映るのは相変わらずの黒い髪の毛と黒い服。そして夜のように黒い瞳。それが今までずっと抱きしめ続けてきた人間であって、今となっては最愛の相手。優しい温かさと極上の食事と甘美な快楽をくれる大切な―

「ユウタ」
「…やめて」

私の声にユウタは俯いて私の肩に顔を埋める。埋めたというよりも俯くとそうなってしまうほど私は彼の近くにいた。
というか、椅子に座るユウタの正面から抱きついていた。

「お熱いですねぇ、旦那ぁ♪」

そんな私達の姿を見てにやにやといやらしい笑みを浮かべるのは向かいの椅子に座った一人の少女。ピンクに近い髪の毛をし、髪の間から角を生やした薄着で小柄な彼女はゴブリンという魔物。以前ユウタがゆたんぽというものを買った相手であり、時折調味料なども交換してくれる。
だが、魔物であることに変わりない。その本質は私と同じ、雄を求めて止まない存在だ。だからこそ私はユウタを取られまいと守る様に抱きしめているのである。

「…あげない」
「安心してくださいよ。流石に人の旦那とるようなひどいことはしませんから。まぁ…旦那が手を出すというのなら話は別ですが」
「子供が何言ってんだよ」

子供とは思えない妖艶な雰囲気に疲れたようにため息をついたユウタは懐から何かを取り出した。掌で冷ます様に転がしているのはできたてで熱いからだからだろう。真っ赤な塊のそれは小さめの瓶に詰められていた。

「ほら、この前買った木苺から作ったジャム。余ったから何かと交換頼む」
「おぉ!ありがとうございます!いやぁ、旦那の作る料理は絶品ですからこっちもありがたいんですよ。それで何と交換します?今の旦那には食べ物よりこちらの媚薬か精力剤のほうがいいと思いますが」
「…普通に調味料で」

こうして何度もユウタとゴブリンは物を交換している以前のゆたんぽもまた同じ。私が狩りとってきた獣の毛皮を交換していることもあった。おかげで食べさせてくれる料理の種類も増え私も嬉しい。

「それと、近い町と医者を紹介頼めるか?」
「医者?なんですか旦那。戦争にでも出かけるんで?」
「んなわけあるか。今のうちにいろいろと準備しておくべきだろ」

そう言ってユウタは私の頭を撫でた。

「…私?」
「子供ができた時のことを考えて医者とかに見せなきゃいけないからさ。なんだかんだで毎回その…してるわけだしそういうことも考えないと」
「その様子じゃ昨晩も激しかったんでしょうねぇ♪」
「コルノ、もっと子供らしい発言したらどうだよ」

にやにやと笑うゴブリンを一瞥し、私はユウタを真っ直ぐに見つめた。夜の様に黒い瞳はこちらを見つめ、笑いかけてくる。私もまたつられるように笑いかけた。
そんな姿を見てゴブリンは手を挙げる。

「なら旦那。いっそのこと街に住んではいかがでしょうか?」
「街?」
「森の中で暮らすのもいいですが街中もいいと思いますよ。医者も近いし店もあるし、勿論私もいますから困ったことがあれば助けになれるはずですよ」
「んー…そういうのもありか。どうする?」

どうやら私に尋ねているようだ。覗き込むように顔を寄せてくるとふわりと果物の香りがした。先ほど作っていたジャムのせいか息に甘い香りが混じっている。きっとキスしたらさぞ甘いことだろう。
とりあえず唇を舐める。わずかだか木苺の味が口内に広がった。

「…………………やめてって…っ!!」
「…?」
「見せつけてくれますねぇ、旦那ぁ♪」
「うるさい見るなっ」
「それは彼女に言ってください…って言っても無理でしょうね。元々マンティスっていうのは感情に乏しいのが普通ですから。そう言うと彼女と繁殖期前からずっと一緒に住んでる旦那は相当の変わり者ですよね」
「そりゃここ以外に住める場所ないしな」
「なら街のほうに住める場所用意させていただきますよ」
「じゃ、頼む」

私にとってはまだわからぬ単語も出てきたがどうやら一段落したようでゴブリンは荷物をまとめ始めた。話の中で理解できた部分をまとめユウタに尋ねる。

「…子供、できるの?」
「いや、まぁ後々できると思うよ。それに向けての準備だよ。流石にオレも出産の手伝いなんてできないしね」
「…じゃあ作る?」
「いや、今じゃないから。コルノいるからちょっと服に手をかけるのやめてって!」
「おやおや♪これはお邪魔でしたね。それじゃあ旦那、今度来たときには手配しときますので」

そそくさと出て行ったゴブリンを尻目に私はユウタの服を脱がしにかかる。相変わらずボタンばかりの脱がしにくい服だが切り裂いたら困るらしいので仕方ない。

「ちょっと…ああもう仕方ないな。アイヴィー」

ユウタが私を呼んでくれる。その名の表す意味は知らないが私を呼んでいることに変わりない。ユウタが呼ぶ、ただそれだけでも今の私は嬉しくなってしまう。
名前を付けられ、言葉を教わる。自分の中の感情に名前が付き、それを伝えることができる。ただそれだけでも以前以上に満ち足りている。生きるために日々行動してきたころの自分が信じられない。あの頃の私も今の私なんてきっと信じられないだろう。だが今の方がずっと心地よく、何よりも生きていると感じられる。
ユウタの腕が伸びてきて両手を握り合った。指先まで絡めあうと私と同じくらいの掌からは優しい体温が染み込んできた。

「…温かい」
「ん、そっか」
「ユウタ」
「ん?何?」
「好き」
「っ!」

今こうして自分の気持ちを伝えられるのもユウタが言葉を教えてくれたかおかげだ。だが、全てを伝えきるには私の知っている言葉は少なく、感情が膨大過ぎる。一言でなんて到底表しきれないほどに。
だがこの一言だけでも十分なのかユウタは真っ赤に顔を染める。恥ずかしそうに空いている手で顔を何度も擦った。

「ああ、もう…まったく」

いつものように呟くと真っ黒な瞳が私を捕らえる。闇のように深く、それでも優しい色を宿した私の好きな瞳だ。

「オレも好きだよ、アイヴィー」
「…ん♪」

その言葉にまた嬉しくなる。嬉しくなって、もっとユウタが欲しくなる。体を重ね、言葉を交え、気持ちを伝えて欲しくなる。
そうして今日もまた私は感情の赴くままにユウタを求めるのだった。


                     ―HAPPY END―
14/11/18 21:15更新 / ノワール・B・シュヴァルツ

■作者メッセージ
ということで森のマンティス編でした
実はこの話、以前にpixivで描いたマンティスと主人公の添い寝の絵から考えていた内容だったんですがちびちび書いてようやくできました
現代編では食べるために彼の自宅を何度も訪れていたマンティスさんでしたが今回は冬場、寒い中で快適に生き抜くためのお話でした
そしてちゃっかりゴブリンのコルノ。彼女はまだまだ別の話でも出てきそうです

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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