連載小説
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【補足的設定資料集】蛇足語り
エピソードT/セラエノ軍食糧事情




セラエノ大根


それは奇跡の野菜と呼ばれている。

ムルアケ街道に陣取ったロウガ率いる学園都市セラエノ軍。
折りしもその年は、雨の少ない辺境ヴァルハリア教会圏においても『近年類を見ない程の最悪』と評される不作の年で、農作物の価格が異常に高騰した時期でもあった。
学園都市セラエノ軍のみならず、実は神聖ルオゥム帝国軍も、ムルアケ街道を進む残党軍含むヴァルハリア教会・旧フウム王国連合軍も同様に、農作物の高騰に伴った食料価格上昇のため、それぞれが兵糧の確保にはそれこそ至難を極めていた。
だが神聖ルオゥム帝国軍は学園都市セラエノと正式な同盟を結んでいたのが幸運し、学園都市セラエノの潤沢な資金力と商人組合などからの信用のおかげで、帝国軍兵糧のおよそ3割をムルアケ街道要塞(仮)から回してもらっていたことで帝国軍の負担は大きく軽減出来た。
一方でヴァルハリア教会及び旧フウム王国軍はと言うと、極端に価値の低い貨幣価値や、何かに付けて支払いを渋ったことで商人組合からの信用を失っていたことでなかなか兵糧を買うことが出来なくなっていた。
そこで陣を張った近隣の集落へ兵を派遣して略奪行為に走ることで事態の解決を狙ったのだが、元々侵略軍と見なされていた上に、兵を制御出来る将の駒不足から、しばしば略奪行為がそのまま残虐行為に移行していたために、その情報がそっくりそのまま近隣諸国における連合軍自体の評価を暴落させる一因となってしまうのであった。
では、セラエノ軍はどうだったのか。
実際オリハルコン貿易などの鉄鋼輸出業で無遠慮に増加した潤沢な資金力で兵糧が集められていたのだが、実はそれだけがセラエノ軍の兵糧の秘密ではなかったのである。

それは当初、初代学園長ロウガの趣味で始めた家庭菜園から始まった。

雨の少ない土地で如何に野菜を育てるか。
そんなことを考えていたかどうかはわからないが、雨が少ない土地でもどうにか栽培出来ないかと意地になって栽培していたロウガは、栽培開始1年でついに乾燥地帯にも強い品種を作り上げた。
コツコツとステレオタイプな日本人らしく、地道にその品種の改良と量産を試みていたものの所詮は素人に毛が生えた程度。
思うように進まない品種改良。
思うように育たない野菜。
乾燥した土地では無理なのか……とロウガが諦めた時、奇跡は起こったのである。

セラエノ学園にイチゴがやって来たのである。

魔術担当の臨時講師として招かれていたイチゴ(当時は本名を名乗りたがらなかった)の持つ絶対に使いたくない使途不明のアイテム見るからに禍々しい薬がロウガの家庭菜園に無許可で散布され、本人すらいつばら撒いたのか覚えてないくらいの遊び半分で起こった奇跡は、ついに乾燥地帯の野菜事情に革命を起こしたのである。

それは乾燥地帯特有の水気のない土地で瑞々しく育った。

太くて、大きくて、長くて、黒光りするそれは、一見すればまるで巨大なナス。

しかし黒光りする皮を剥けば、仄かに赤い中身を見せ、とろりと白濁した水が溢れた。

少しばかり抵抗感のある見た目のそれを、人々は『セラエノ大根』と呼んだ。

セラエノ大根最大の特徴は、種を植えてからまったく手入れをしなくても僅か3日で収穫時期を迎えるという極端に短い栽培期間であり、さらに多くの種を残すために、誤ってうっかり放置してしまうとその土地をセラエノ大根一色に染めてしまう繁殖力からイチゴをして
「まるで種馬、ヤリチンみたいな野菜じゃな」
と呆れられた一面を持つ。
また繁殖力だけでなく、栄養面も通常の大根とは比べ物にならず、まるでありとあらゆるケースを想定した野菜界のマーシャルアーツのように超総合栄養食品で、魔界原産の野菜には及ばないもののある程度の魔力まで補給出来るということが近年の調査で判明している。
またセラエノ大根は辺境地域を巻き込んだ『第十六次レコンキスタ(セラエノ戦役)』の後、鉄鋼業と並んで大手輸出品となり、飢餓に喘いた地域はこのセラエノ大根の大量生産(むしろ大繁殖)によって飢餓から解放されることとなる。
さらには記録によれば聖歴1902年12月、永久凍土を探検していたインパラ共和国のウィリアム=パーカー氏が遭難した際、救助されるまでの3ヶ月間にセラエノ大根を氷の大地で栽培し、それを食して無事五体満足で生き残ったという逸話が残っていることから、このセラエノ大根はあらゆる環境でも栽培が可能であることもわかっている。

そんな凄まじいチート野菜をセラエノ軍は兵糧に組み入れているのである。
だが、欠点がない訳でもない。

「げふっ……ごほっ…これ栄養があるんだけど不味いんだよなぁ…」

そう咳き込みながら食しているのは、誰であろうこの外伝主人公であるアドライグ。
何とも言えない微妙な表情を浮かべて食べているのだが、このセラエノ大根は魔物娘ですら咳き込む程不味く、甘い、辛い、酸っぱい、苦い、しょっぱい、痛い、という味覚が同時にやって来るために、素人が初めてこれを食べるとまず間違いなく顔を青くして、口を押さえてトイレに駆け込む代物なのである。
そんなこの世のものとは思えぬ不味さ故にとてもではないが主食には向かず、セラエノ軍の主食である麦飯のオカズでなければ、世紀末の荒野を突っ走るモヒカン並みに血の気の多い連中ばかり揃ったセラエノ軍だったので、主食とされていれば間違いなく暴動が起こっていたのは目に見えている。
「……私の時代でも不味かったのに、この当時はもっと不味かったのか」
不味ければ食べなければ良いのだが、アドライグは子供の頃から出された食事は残さず食べろという教育を、ノエル帝とイチゴに叩き込まれていたのでどんなに不味い食べ物でも残さず食べられる精神力が身に付いていた。

この当時のセラエノ軍が凶悪無比だったというのは、ほぼ間違いないであろう。
セラエノ軍を構成する兵士たちのほとんどがお尋ね者であったり、反魔物国家から逃亡、亡命または指名手配を受けて脱出した勇者の成り損ないであったりということも考えれば無理もないことであるが、最大の要因は栄養価の高い食品を例え規格外に不味くても毎日摂取していることが、その強さの要因ではなかったかと後世の戦記愛好家の一部は語る。
ちなみに………

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

「お、おい、どうした!?うわ、何だかキモイ顔で全身痙攣してやがる!?」
「こ、こいつ……アスティア様の作った大根料理を食ったみたいだぞ!?」
「マジか!?アスティア様の作った大根料理は猛毒だぜ!」
「うちの総帥が作っても不味いってのに……こいつ、勇者だな」
「人妻の料理に目が眩んだか…」
「そんなこと言ってる場合じゃねえ!やべえぞ、瞳孔が完璧に開いている」
「医者はどこだ、衛生兵!衛生兵ーーーッッ!!」

塩と砂糖を間違えるレベルの料理下手であったりすると、比喩表現なしで本当に死に直面するので、セラエノ大根調理の際には十分な注意を払い、きちんと料理が出来る人物かどうかを見定めていただきますようお願い申し上げます。


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エピソードU/セラエノ軍顔触れ


「遠いところよく参られた。では着陣報告をば…」

ムルアケ街道要塞(笑)は旧フウム王国残党軍の襲撃に備えて、陣門を堅く閉ざしていたと思われがちであるが、実際には戦闘そのものはルオゥム戦役全体を通じて僅か1週間足らずしかなかったために、多くの場合陣門は常に解放されており、街道としての機能を一切損なうことなく十二分に果たしていたのである。
そのためムルアケ街道におけるセラエノ軍には、さながら戦国期の日本のように、多くの兵士たちを相手に商人が集まって日用雑貨などの市場を開き、娼婦男娼たちも金払いの良いセラエノ軍を目当てに遥々春を売りにやって来るなど、この時代のどの戦場にも当てはまらない光景がそこにはあった。
これにはヘンリー=ガルドの所属する商人ギルド『砂漠の兄弟社』の斡旋もなかった訳ではないのだが、伝統破壊者たるロウガと自称戦争商人を自負するガルドが手を組んだことで実現した新しい商売のあり方は、戦中戦後になって後世に多大な影響を及ぼしていく。
そんな中でもっともムルアケ街道要塞(爆)を訪れたのは、武功を立てて一旗上げようという流れ者の武芸者や、腕に覚えのあるフリーランスの傭兵である。
実はこの当時、ムルアケ街道のセラエノ軍の兵力は、神聖ルオゥム帝国皇帝ノエル=ルオゥムから借りた兵力を合わせて二千とされているのだが、それはあくまで正規兵の話であって、そういった流れ者たちを含めるとその数はもう少し上をいく。
一説には最大時四千弱の兵力を有していたというのだがこれには少々訳があり、前述の通り戦闘そのものは1週間足らずであったために、長い期間戦闘がない時期が続いたこともあり、多くは志願したものの武功が立てられないのでは意味がないと見切りを付けて、さっさと次の戦場へと去ってしまったので、ちょうど入れ替わりの時期と戦闘によって出た犠牲者の数が前後していたりと、実のところ正確な数字は当事者であった学園都市セラエノでも正確には把握していない。
こうして去っていった者たちには、一応軍属してもらったことに敬意を払い、従軍期間に応じた現金や前述のセラエノ大根を含んだ食料などの現物支給での報酬を払い、次の戦場における武運を祈るという習慣があったと、当時セラエノ軍に3日間だけ在籍したとある傭兵は証言する。
また『着陣報告記録簿』と呼ばれる資料には、陣借り志願者の名前、年齢、出身地、自身の兵の規模などが事細かに記載されており、セラエノ軍の世話人がそれを元にして彼らの世話(食事や入浴時間などの調整、負傷や戦死した場合などの見舞金など)をすると記されている。
陣借りや一兵卒として志願した者たちには居住用のテント(帷幕)が与えられ、そのテント内で4人一組で共同生活をしてもらうことになるのだが、故意か偶然か、はたまた天命か、魔物娘の多いセラエノ軍では男女2人ずつという何かしらの『間違い』が起きても仕方がない組み合わせになることが多く、戦時中はお互いの掛け替えのないパートナーに、戦後は私生活の掛け替えのないパートナーになるケースが頻繁に発生したことから、通称この兵卒陣借りたちのテントは『絶対不可避のお見合い小屋』とも呼ばれている。
しかしこの記録簿、書記官頭(書記官のお偉いさん)が運悪くズボラで有名なイチゴの部下(華 桟銅鑼 生没年不明)だったせいか、肝心の陣を去ったという記録がしばしば抜けていたり、そもそも着陣記載がないのに武功を立てたことで突然記録に登場したりなどの不手際が多く見られ、たまにすでに戦死していたり、すでに別の戦場にいるはずの、ここにいないはずの人物を頭数に入れていることがあった。
それが後の歴史研究に混乱と誤解を招き、非戦闘員であることが記載漏れしていたせいで、時に『ムルアケ街道の兵力、セラエノ軍一万五千』というとんでもない珍説を生み出す原因ともなったりする。

そう、いないはずの人物が戦場にいる。
だがその逆のパターンもこの資料には残されていたのである。
存在しないはずの人物が存在していた。

「………では次の方、着陣報告を」

右手にやや不揃いで不恰好な義手を付けた青年が困り顔で立っている。
槍を携え、愛する女性と共に足跡を残していた。

「えっと……出身地は……まぁ根無し草で。名前はクーレスト、職業は冒険者…見習い?反魔の連中には少々借りもあるし、山賊にも劣るような弱者をいたぶる姿勢に腹が立ったのでこちらの陣を借りたい。」
「もう見習いでもないだろうに。私はフュニリィ、見ての通りのリザードマン。出身地は憚りあって語れない。一族の名誉に賭けて、悪逆なる輩の非道を捨て置けぬ故、あなた方に味方したい。」

時に、存在しないはずの御伽噺の住人がそこにいる。


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エピソードV/魔王軍所属ヴルトームの証言



魔王軍近衛兵団第八小隊隊長、ヴルトームと申します。
……セラエノ戦役の話、とは懐かしいですね。
もう1世紀くらい前の話でしょうか。
あの頃は本当に刺激的でした。
人間と魔物が手を取り合い………多くの神々と陛下が和解出来た奇跡の時代…。
その代償ももちろん小さくはなかったですが。
当時の私の武勲ですか?
大したものではありませんよ。
もう……語っても時効ですよね…?
陛下の命により単身セラエノ軍の指揮下に入り…………ええ、そうです。
確かにアロンダイト夫人の護衛としてセラエノへ参上したのですが、よく御存知でしたね。
最終的にはセラエノ戦役終戦まで、ロウガ王の奥方様であらせられるセラエノ軍正軍師ネフェルティータ様の指揮下に入りまして、ヴァルハリア軍の一隊と戦闘を繰り広げまして、それなりの手柄を上げることが出来ました。
…………あはは、本当にあなたはよく御存知ですねぇ。
そうです、その武功が認められて後ルオゥム帝国のノエル帝から仕官の誘いがありました。
……変われば変わるものです。
元は教会影響下にあった反魔物国家だと聞いていたのですが、まるで初めから親魔物国家だったかのように、当たり前に私に仕官を誘ってくるのですから。
もちろんお断りしましたよ。
うちの陛下の御守だけで精一杯でしたし。
……………あの………これオフレコにしていただきたいのですが……本当のところ、セラエノ軍のバフォメットで……そう、イチゴ様がすでに後ルオゥム帝国に御仕えしていると聞いていたから辞退したんですよ。
いやあの人、同じ魔物なのにこう言うのも何なんですが無茶苦茶じゃないですか?
その辺のバフォメットと比べても……こう…デルエラ様に匹敵するくらい凶悪で…。
え、あ、いえ、別にデルエラ様のことが嫌いという訳ではなく……うわっ!?
デルエラ様!?
いつからそこに!
というより、いつこちらにお帰りになられたんですか!?
ちょ、ちょっと待ってください何故笑顔で詰め寄ってくるんですきゃあああああああ!!!

……………………………。

…………………………。

………………………。

……………………。

し、失礼しました。
ええ、大丈夫です。
えっと何の話をしていたんでしたっけ……そうそうセラエノ戦役の話でしたね。
…………………………魔王ロウガ、の話ですか。
…………あまり語りたくはないんですが……そうですか、陛下から許可を…。
そうですね………あの方を人々は『魔王』と呼ぶそうですが、どちらかと言えば神にも属さず、魔王にも組せず、それどころかどちらにも盲目的に従う人々に堂々と敵対して尚、時代を強行的に推し進めた『覇王』ではないかと私は思います。
…………魔王軍としてはどう思うか?
…………………正直、脅威でもありました。
セラエノ軍は言ってみればもう一つの魔王軍言える存在でしたし、純粋な破壊力でしたら旧世代の魔物に匹敵する……というのは大袈裟ですが、私たち魔物娘が忘れたはずの古い衝動を、あの方々が持ち合わせていたのは事実です。
あの戦争があったから、人間はロウガ様の言葉を借りれば『木偶人形』に等しい存在から、ようやく『人間』に相応しい熱を持つようになったというのは本当に皮肉でしかありませんね。
今思えば、あの方には何かしら明確な未来が見えていたのかもしれませんが…。
………正直な話、私たちほど人間に恋焦がれた存在はないと思いますよ。
だからこそ我々魔王軍、魔物娘としては簡単に手に入る『木偶人形』よりも、手に入りにくいもっとも価値ある『人間』であってくれる方が私は嬉しい。
ほら、高い山ほど登り甲斐がある……そんな感覚です。
本当のことを言うと、『木偶人形』が圧倒的多数であることが証明されたこと、主神などの神々が人間を半ば見放している事実が明るみになって、魔王軍内部でもこの隙に人間の世界を制圧すれば、一挙に陛下の大願を達成出来るという意見も出ましたよ。
でも………やはり陛下は違いました。
『簡単に手に入る心に興味はない。それに神々が見捨てたものを拾ったのでは、まるで乞食ではないか。私はそんな人間に興味はない。神々と共に競い合い、奪い合わなければ張り合いがないだろう?神々をも虜にする宝を勝ち取らねば、何のための淫魔の王だと思うかね』
…………カッコ良いと思いませんか!?
少しでも楽に人間の心を手に入れようと思った自分が恥ずかしかったですよ!
陛下の超絶漢前なセリフに、私たち同じ女ですけど濡れましたね!
ハッ…………こほん、失礼しました。
私としたことが陛下のこととなると……つい…。
…………っと、もうこんな時間でしたか。
申し訳ありませんが、本日はこのくらいで。
次はマイア様の下へ?
…………………道中お気を付けください。
最近セラエノ近辺でバフォメットの集団が旅人を襲っているという話を聞きます。
……絶対イチゴ様が関わっているの思われますので、くれぐれも。
良いですか、くれぐれも襲われたら絶対に立ち止まらず逃げてください!
本当に御無事で。
………あ、私ですか?
ええ、今日の職務は終わったのでこれから家に帰るだけです。
……………こう見えて新婚なんですよ♪



13/03/13 21:46更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
はい、という訳で今回は設定資料集という名の蛇足物語でした。
実は本編を書くより時間が掛かったのは内緒です。
もっとあの話やこの話を書きたかったのですが、
さすがに書きすぎな部分を色々削った結果、今回の形に落ち着きました。
「へぇ〜、こんな風になってるんだぁ〜。か〜わいい〜」
という年上のお姉さん風に蔑んだ目で見ていただければ幸いです。

それでは最後になりましたが、
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今度こそ次回第十話でお会いしましょう。
次回、外伝最後のゲスト参戦者を出します。

スペシャルサンクス 腐乱死巣様

ありがとうございました!!

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