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第四話「予知夢」
 免許皆伝を受けて刀身と鱗の二つを譲り受けたミズラフは、その日の夕方に友人の鍛冶屋の家に出かけた。

「ダルクアっ!」

 総主教曰く試験は終わっているはずなので、彼女はもう休んでいるはずだ。

「……やあミズラフ、どうした?」

 扉を叩くこと数秒、中から小柄な少女が現れた。長い黒髪は後ろで束ねられており、その身長のせいもあってか腰まで伸びている。
 少女らしい可愛らしい顔つきと滑らかな肌、小柄な体躯は間違いなく十代前半のものだが実は少女は二十歳を越えていた。

 ドワーフのダルクア・バルタザール。エスルアーの娘でありミズラフの幼馴染でもある少女だ。

「ダルクア、今日が試験と聞いて……」

「心配して来てくれたのかい? 心配いらない、ボクは合格した」

 カラカラと屈託なく笑うダルクアではあるが、その笑顔の裏にどれだけの努力や苦労があったのかを察せぬミズラフではなかった。

「おめでとうダルクア」

「ありがとう。ミズラフも合格したらしいね、さっきそーしゅきょーと母さんが話していたよ」

 おめでとう、と告げるダルクアにミズラフは手の中にある二つの素材を見せた。

「今日はダルクア・バルタザールにこれを見て欲しくて……」

「武術免許皆伝ミズラフ・ガロイスから鍛冶屋のダルクア・バルタザールへの初めての依頼というわけだね」

 いたずらっぽく微笑むと、ダルクアはミズラフから素材を受け取り、彼を家の中へと招き入れる。




「適当に座っていたまえ、今ココアを出すから」

 リビングは長い木のテーブルといくつかの椅子があるだけの質素なものだが、ミズラフにとってはどんなに飾り立てられた部屋よりも落ち着ける場所だった。

「ヤマツミ村一の達人であるそーしゅきょーから免許皆伝を貰ったなら、ミズラフはこの村で一、二位を争う使い手というわけかい?」

 台所でココアをいれながらそんなことを呟くダルクア。この鍛冶屋にはダルクアと母親であるエスルアーの二人しか暮らしていないため全体的に家具は小さく、今彼女が向かう台所もママゴトのセットのような大きさだった。

「いやいや、俺はまだまだ弱い。今日も総主教が剣だったからまだ技が見切れたというだけだ……」

 否、剣術であってももし総主教が本気でミズラフに襲いかかってくるならば今日の動きよりも遥かに激しいものになるだろう。
 そうなれば勝ち目は万に一つもない、それほどミズラフと総主教の実力には開きがあったのだ。

「でもそーしゅきょーも最初から強かったわけじゃない、だろう?」

 二人分のココアが注がれたマグカップを持ってエスルアーはリビングに立ち入る。
 白い雨模様の入った青いマグカップをミズラフの前に置くと、エスルアーはもう一つのマグカップを手に椅子に腰掛けた。

「……そうだな。総主教はたしかに強いが、俺もまだまだ強くなれるはずだ」

「その意気さミズラフ。ところでボクに見せたいものとは?」

 静かに素材を差し出すミズラフ、ダルクアのほうは受けとった二つの素材、すなわち黒い鱗とドラゴニウムの刀身を手の中で転がし慎重に眺める。

「母さんから随分前に聞いたことがある。君が見つかったときに持っていたものだって」

「……その二つを使って武器として使えるようにして欲しい」

 実際彼は武術を修めはしたが、彼専用の武器は持っておらず、これから記憶を探す旅に出るならば丸腰のため非常に心もとない。
 そこで総主教から受け取った二つの素材を使用して武器を作り、これからの旅の御守りにしようと思ったのだ。

「ははあ、随分思い切ったね。素材としては申し分ないと思うけど、良いのかな?」

 この二つはミズラフにしてみれば記憶を探す手がかりとなるもの、それを加工しても良いのだろうか?

「ああ、実はな……」

 ちらっとミズラフはダルクアの手の中にある黒い鱗に視線を向けた。

「なんとなくその鱗を見てると嫌な予感がしてきてな、正体不明の何かが鱗を侵食しているような……」

「……ふうん。なんだかわかったようなわからないような、とにかくやってみるさ」

 ダルクアとしてはわざわざ刀身の形を保っているドラゴニウムを融解して打ち直すつもりはない。ある程度の形を残しつつ、鱗の性質を加えれば十分武器として使えるようになるだろう。

「茎にあるドラゲイの紋章や形状はそのままにしておくから、武器としては君の得意な長柄武器、蛇矛がちょうどいいだろうね」

 蛇矛、霧の大陸発祥の長柄武器だ。グネグネと蛇のような刀身と長い柄を持つ武器で、かなりの重量だとか。
 どれほどの重さかはわからないが、あまりに重ければミズラフには持つことが出来ない、知らず彼の背中を冷たいものが流れた。

「ははは……。心配しなくても大丈夫さ。このボクが鍛えるのだから振り回すに難儀する武器にはしないよ」

 ダルクアがこう言うからにはミズラフの蛇矛もそれほど重たくない、ほどほどの重量で仕上げてくれるはずだ。
 ホッと一息つくと、ミズラフはココアを飲み干して玄関に向かった。

「それじゃあまた明日の朝来たまえ、それまでには出来ているはずだから」

 闇が迫る夕暮れ時、互いに幼い頃には夕日が沈み、暗くなるまで遊んだものだが、ミズラフは何となくその時のことを思いながら夕日を見つめる。

「ああ、よろしく頼む」

 幼馴染二人は挨拶を交わすと、一人は聖教会に、もう一人は鍛冶屋へと引っ込んで行った。









「もし、僕が蛇矛を鍛えたら、ミズラフはどこかにいってしまうのだろうか?」

 一人になってしまった鍛冶屋の中でダルクアが呟いた言葉を聞く者は誰一人として存在しない。

「……(どこにも、行かないよね? ミズラフ……)」

 不安げなダルクアの顔を炉から跳ね返る炎が照らしていた。






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 ダルクアと別れたミズラフが一旦聖教会の居住区域に戻った頃、同じく聖教会内部の書斎に総主教とエスルアーはいた。
 総主教は相変わらず机の上に山と積まれた書類に署名と捺印をしているが、エスルアーのほうは脚立に腰掛けて本を読んでいる。

「……そうか、やはり君の弟子は合格したか」

 さすがと言うべきか何というか、エスルアーと会話しながらでも総主教は書類の内容を十分に理解し、わずかな思案の後に署名と捺印をしていた。

「ええ、あの娘の才能は私以上、良い鍛冶屋になるわ」

 満足そうなエスルアーの言葉に頷くと、総主教は机の上にある書類を一読して署名をする。
 エスルアーは弟子、というよりかは娘の成長を喜んでいるが、不思議なことに総主教の表情にもそのような感情が見てとれた。

「……私は幸せよ? あんなに元気な娘と息子、それにあなたに出会えて……」

 何のことをエスルアーが言っているのか総主教にはわかっている。その証拠に彼の頬は微かに紅潮していた。

「別に何も言ってくれなくてもあなたの気持ちはわかっているわ」

「……私に何か言わせたいようだが、その手には乗らんぞ?」

 冷静な姿を装ってはいるが総主教の声には明らかに歓喜の感情が紛れ込んでおり、その表情は微かに緩んでいる。
 総主教と付き合いが浅い者ならば見逃すような変化かもしれないが、それは長年連れ添ったエスルアーにとっては十分なものだった。

「まったく、外で『総主教』なんて呼ばせて落ち込むくらいなら家の中と同じ呼び方で呼んでもらえば良いじゃない」

 エスルアーとしては娘に技術の全てを伝えたため愛する総主教ともっと同じ時間を共に過ごしたいわけだが、肝心の相手のほうはまだ心配ごとがあるようでつれない態度をとり続けている。

「……それはいかん、公私混同は混乱の基点、そこは譲るわけにはいかない」

 書類への署名が終わると今度は机の抽斗から何枚か羊皮紙を取り出し、どこかへの手紙を書き始めた。

「どこへ送るの?」

 普段使う安い紙ではなく、正式な書面を送るときに用いる羊皮紙を使うということは、かなり重大な要件ではないか?

「……王魔界だ。ちと知り合いに手紙を出そうかと思ってな」

 気軽な調子を装っているつもりらしいが、総主教がエスルアーには隠し事を出来るわけがない。どのような用件かはわからないがかなり身分が高い人物への手紙だとエスルアーは推察した。

「……(ミズラフは免許皆伝、ダルクアも卒業、何もかも上手くいっているはずだが、この不安は何だ?)」

 手紙を書き、書状を封筒にいれ封蝋を施してからも、総主教は心の奥から湧き出る不安の正体を明かそうと瞑想にふける。

 だがあまりにも材料が少なすぎるためその答えには行き着くことが出来ず、数十分後には諸手を挙げて降参していた。

「……(ひとまず今は、注意深く動向を見守るべき、か?)」

 今はまだ総主教の不安の正体を知る者はいない。
19/04/23 22:17更新 / 水無月花鏡
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