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魔物娘生物災害 V
時刻は早朝6時、トロメリアは5人の中で最も遅く目が覚めた。
彼女が固いリノリウムから体を起こすと、他の4人が青褪めて昨夜用意した学園見取り図を睨みつけていた。

「どうしたのよ…そんな神妙な顔をして」
「昨日逃げておくべきだったかもしれない…」

レインがばつの悪そうな顔をしている。
昨日真っ先に寝て、全員をこの場に留めてしまったからだった。

「レインさん…傷痛みますか?」
「少し…でも昨日しっかり傷口を縛ったから…少しはましになったよ」

だが、ハンカチは既に真っ赤、出血は収まっているが、何かのきっかけで傷口が開く可能性はある。
それにきちんとした消毒と傷口の保護が必須であった。

「それで、何があったの?」
「…これ見てみろよ」

ティクに促され、トロメリアが学園の見取り図に目をやった。



何が変わった?

トロメリアは始めのうち、何が起きていたのか分からなかった。
だが、よくよく見ると、その異変に気が付いた。

「何で…増えてるの?」
「分からない…」

見取り図では…ゾンビを示す青の光点が……増えていた。
そして、人間を示す赤の光点は、昨日より更に減っている。

何より、不気味だったのは、黒の光点が0になっている事、そして、ものすごい速さで赤の光点、すなわち人間を追うゾンビがいる事だった。

「ゾンビってこんなに早かったっけ?」
「まさか…でもこれってひょっとして…」

トロメリアとアルトリアが顔を見合わせる。
答えは2人とも出ているようだった。
ティクとレインも同じように言葉を交わす。

「うん…多分…増えたのは全部この学園の女学生達…」
「じゃあ、何か…学園の女共、揃いも揃ってゾンビにされたってのか?」
「…魔物化は女性なら誰にでも起き得る現象らしいからね…」

レインは立ち上がり、水道の栓を捻ると、水を一気に飲みだした。
そして、喉の渇きを癒すと、手に巻いたハンカチを器用に外し、水で洗い始めた。

赤茶の液体が排水溝に追い込まれていく間に他の4人も立ち上がり、次々と水を飲み出す。
次に水分を補給できるのがいつになるか分からない。

だから、今のうちにに水を摂取しておこうと考えたのだった。
やがて、全員が十分に水を飲み干したしたところで、5人は改めて見取り図の周りに座り込んだ。

「…これからどうする?」
「この感じだと昇降口は開かないみたい…見てよ、昇降口前でこんなに男がヤられてる…」
「確かに…開いてるなら、走り抜けられるよね…」

1階からは逃げられない…そう判断し、他の逃げ方を模索する。

屋上で助けを待つ…否
2階から飛び降りる…否
ゾンビを全部倒す…否

結局、ろくな案は出ず、だがレインの傷は無視できない……そのため、5人は2人の女学生を残し、3人で保健室まで向かうことにした。
どちらにしろ、化学実験室という拠点を維持するためには、保健室に向かう間、化学実験室を施錠しなければいけない。
そのために女性二人を残すことにしたのだ。

「ふぅ…だがその前に、入ってきた窓を何とかしないとな…」

大雑把では有るが、机や椅子を積み上げ、入ってこれないように塞ぎ、カーテンを全て閉め、施錠を確認し、掃除用具入れから箒を3本取り出した。
そして、見取り図を実験室内に合った紙の上に移し(レインの仕業)、携帯できるようにして準備を終えた。

「じゃあ行って来るね…」
「つーわけで、扉3回叩いてクレンとトロメリアを呼ぶからよ、そしたら開けてくれ」
「分かってるわよ!っていうか呼び捨てやめろ!!」
「すまん…わしのせいで」
「気にしないで下さい…どちらにしても逃げる方法を考えるのに時間が掛かりますから」

5人はそれぞれ言葉を交わし、今、化学実験室の入り口の前に集まっていた。
見取り図では現在のところ、引き戸のすぐ近くにゾンビは居ない。
廊下に何体かがうろついている様だが、気づかれる前に実験室のすぐ脇にある階段へ逃げる予定であった。

そして保健室は階下にあり、丁度位置が実験室の真下にあるため、到達するのにそれほど苦労はしなさそうだった。
むしろゾンビだらけなのは各教室であり、それらのゾンビにさえ気付かれなければ、逃げる余地は十分にあった。

「そういえば、保健室にゾンビはいるの?」
「それが、どうやら居ないみたいなんだ…むしろ生存者が3人、立て篭もってるみたい」
「なら、その人達とも合流して何か方法を考えましょう」
「…簡単にいけばいいがな…」

そして、ティクは教室の引き戸の鍵を開け、扉を…開いた!

刹那、一気に隙間から廊下に躍り出る3人。
3人が出た瞬間に引き戸を閉め、鍵をかけるトロメリア。

男達は直ぐに実験室を出て右手にある階段へと走る。
普段余り走らないアルトリアとレインもこの時は必死に階段を駆け下りた。
そして、踊り場へと辿り着くと、そこに居たゾンビを1人、箒で叩いて転ばせ、3人は2階に向かって転がり落ちるように駆け下りていく。

まもなく目に付く保健室の引き戸。
ティクは引き戸に手を掛け、左右に動かすが、開く様子は無い。

「おぃ!!、開けてくれ!!!」
「開けて下さい、怪我人が居るんです!!」
「開けてくれ〜」

3人はぶつかる様に保健室の扉に取りつき、声をかけながら、扉を叩いた。
約一名、気の抜けた声を出しているが、わざとではないらしい。
やはり、傷が痛むようだった。

中に立て篭もった生存者が鍵を掛けているようだった。

「開けろ!!、開けねぇと、扉ぶち破るぞゴルァ!!!」
「…ねぇ…やばいよ…ねぇ…レイン!!」

ティクが怒鳴り、アルトリアが涙声を上げている。

レインは見た、彼が見取り図でなく、廊下の向こうに居るゾンビ達を見ていることを…
アルトリアは見た、最初に現れたゾンビと同じような容姿のゾンビはゆっくりと、この学園の制服(殆どが千切られていたが…)を着ているゾンビは猛烈な勢いで走って来ているのを…

「ヒィィィィィ!!!!!」
「レイン手伝え!!、この扉ぶち破ってやる!!」
「仕方ない!!」

床にしゃがみこんでしまったアルトリアを他所に、2人は少し距離をとり、そして全力で扉目掛けて突っ込んだ。
すると、激突する瞬間、扉が開いた。

そのため2人は保健室の中に転がり込んでしまった。
一方のアルトリアは扉が開いた瞬間、扉を開けた男と目が合い、彼が扉を閉めようとするのを感じ取り、一瞬早く保健室の中に飛び込んでいた。

3人は結局同じような入室の仕方をし、同じような位置に転がって突っ込み、同じように体を打ちつけた。

「…あんたら…仲良いんだな…」

そう言いながら、1人の男学生が引き戸を閉め、鍵をかけた。
まもなく、扉のすり硝子に人影が群がって居るのが映り、ベチベチと扉を叩く音が響いた。
生気のない呻き声と扉を叩く音がやたらと耳障りだった。

保健室の男学生は、部屋の隅にあった本棚を1つ引き摺り、扉の前に置いた。
元々魔物娘のゾンビは力が弱く、相当数で押さない限り扉を破ることは不可能だろう。
だが、それでも彼女達は扉に取り付いて離れない。

一先ず、進入される心配が無いことを確認すると、安堵した様子の男学生は休憩するための椅子に腰掛け、3人に問いかけた。

「で…どうしてこんなところに来たんだ?、それになんで俺達がここに立て篭もってると分かった?」

よくよく見れば、保健室のベッドがあるスペースには、2人の女学生がカーテンに隠れるように立ち、3人の来訪者を覗き込んでいた。
そして、彼女達の疑問もこの男の物と同じなのだろう。

「ああ…それはな…」

アルトリア達も椅子や床に座り込み、代表でティクが事情を話し始めた。
長いようで短い話。

話をしている間、女学生2人も警戒を緩め、ただ廊下には気を使いつつも、レインの傷の治療の為に薬やら包帯やらを準備していた。
やがて、保健室に居た女学生のうち、黒髪でショートヘアーの女学生がレインの隣までやってくると、消毒薬・化膿止め・包帯を用意し消毒の後に薬を塗ってくれた。

それが終わると、入れ替わるようにレインの隣にやってきたもう1人の女学生が、彼の左手に包帯を巻いていく。
髪色が艶やかな銀白色をした長髪の彼女は、言葉少なく、だが手馴れた手つきで包帯で傷を覆い隠していく。

普段の生活の中ではまず起こり得ない程に顔が近づいている気付き、少し照れながら視線を逸らすと、先程の女学生が薬品棚を覗き込んでいるのが見えた。

「……大丈夫?」
「ん…ありがと…」
「……無理をすると周りに迷惑…」
「…そうだね…覚えとく…」

銀髪の女学生は包帯を巻き終わると、2・3言葉をかけてレインの座った椅子から離れていった。
目の前には校医が作業をする机があり、そこには置かれた薬品や包帯のほかに赤黒い血糊や白濁した何かの痕が残っていた。

レインはそれを見て、ここも『彼女達』の襲撃を受けたのだと悟った。

「で…そんなわけで、俺らはここに生存者が居るのを確認しながら、この馬鹿の治療をしようと思って来たんだ」
「なるほどね…」

その時、ティクは気が付いた…彼等の名前を聞いていない。
そこで、一旦言葉を区切り、改めて口を開いた。

「そういや、3人って名前なんだっけ?、同じクラスじゃないよな?」
「ん…そういえばそうだな…俺はシルト、高等学部2年」

アルトリアが窓硝子に背を預けながら、自己紹介をする男に視線を送る。
学年は1つ下といいながらも、彼…シルトの体格はティクよりも良かった。
雰囲気も近い気がするが、仕草や口調を見るに、まだ彼の方が知的なのかもしれない。
彼がそんな事を思っていると、休憩用のベッドに腰掛けていた黒髪の少女が口を開いた。


「私はシャル♪、同じく2年よ〜♪」
「………ルナ…高等学部1年」
「こいつらは姉妹なんだ…何とか助けられてよかったよ…」

シャルの隣に座っていた銀髪の女学生はシャルの後に静かに言葉を続けた。
この2人は見た目も性格も対照的、シャルは明るく、快活、対してルナは大人しく非常に寡黙であった。

ティクは何となしにシャルの様子を伺った。
この状況で明るく振舞えるのは妙だったからだ。

彼女は…明るく話しながらも、手足が僅かに震えていた。
やはり、この状況に戦々恐々としているのだ。

アルトリア達の自己紹介は事情を話しながら終えていたので、自己紹介はそこで終わり、言葉が途切れた。
そして、ティクとシルトが同時に口を開いた。

「「で…お前らこれからどうするんだ?」」

2人の言葉は見事に同じであった。

片や、3階の化学実験室、片や2階の保健室、どちらも現状では余りに不自由。
双方相手からの協力が得られないかと言う思惑もあった。

「…1階からは出られそうに無いみたいだし…こっちはそれ以外の脱出方法を考えてみる」
「そうか…こっちは、現状薬品は合っても人数がいないからなぁ…男手が1人だといざって時にこいつら守れないかもしれないし…」

だから…と彼は続けた。

「できれば、お前らと一緒に行動したいんだが…」
「ふむ…どうだ、アルトリア、レイン」
「僕は反対する理由を持ち合わせてないよ」
「わしも、傷治して貰ったしね」

全会一致。

女学生2人は手さげ鞄の中に、他の薬品や包帯などを詰め始めた。
いずれ必要になる、そう考えての行動だった。
一方、男学生は掃除用具用のロッカーからモップを3本引き摺り出した。
そして、先端を器用に外し、柄だけにして3人はそれぞれモップの成れの果てを手にした。
それにつられる様に、レイン、ティクも持ち込んでいた箒を手に持つが、アルトリアだけは箒を廊下に落としており、その代わりに可能な限り薬を保険室内に有った皮袋に詰めた。

レインは考えていた。
果たして、全員が無事に出ることはできるのだろうか。
人数が増えても彼の心は安堵することが無かった。

そして、荷物は揃え、武器も持った。
後は未だに扉に取り付くゾンビをいかに躱して実験室まで逃げるか。
それを考える必要があった。

〜続〜
10/07/25 09:57更新 / 月影
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■作者メッセージ
動きが鈍い…動作を描写するのがこんなに大変とは…
人も増えたので、個人個人の描写に気を使いつつ…次回も頑張ります。

ちなみにゾンビフィーバーは次の話から。

((((;゚Д゚))) ←8000view突破に驚きを隠せない様子。

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