連載小説
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いちじかんめ
――魔物。

それは、おとぎ話の世界やゲームにしか存在しないと思われていた、魔界と呼ばれる
異次元からの、美しい異形の来訪者たち。
彼女らによって、この世はあっという間にファンタジー要素に侵食された。
とはいえ、侵食をたやすく受け入れた訳ではなく、その経過で
激しい対立や激突があったものの、行き詰っていた人間世界は最終的に
やむなく彼女らを受け入れ、その結果としてもたらされた数多くの
非科学的なロジックにより、人類は袋小路を打破して想定外の進歩を遂げた…らしい。
…実感のない話なので、らしい、しか言えない。
俺が物心ついた時には魔物がそこかしこにいるのが当たり前の光景だったし。

あと、進歩じゃなくて堕落のマチガイじゃね?


そして、この俺、井上白楽(いのうえ・はくらく)が在学しているのは、
その侵食による産物のひとつである、人と魔が
共に学問を学ぶための場所――混学で国内最大の規模を誇る、国立天魔学園である。

本当は人間オンリーの高校でよかったのだが、カーチャンがテレビ見ながら
『家から近いんだし、天魔にでもしたら〜?
あんたのオツムならさほど苦労せずに入れるでしょ』
とか言ってきたので、なんとなくその意見を採用することにした。
未来を統べる力――予知能力を使って占い師をやってるトーチャンも
『おい、シロ。天魔に行くと、ついに、かつての友に会えると星が告げてるぞ』
と、後押ししてきたので、俄然行く気がでた俺は特に苦難もなく見事合格し、入学。
それから三ヶ月がすぎ、今の俺は学園の玄関前広場に立っている。

かつての友はいまだ姿を見せない。

小学校を卒業する一ヶ月ほど前に親の都合で引っ越していった、あのふたりは。


〜〜〜〜〜〜
『そう泣くなよ。うちのトーチャンが言ってたぜ。
お前達はいずれまた会える、これはしばしの別れだってさ』

『…うっ、ぐすっ……………ほ、本当かい?
僕ら、本当に、また会えるの?』

『トーチャンの予知はすげえからな。信じてもいいぞ。
だから泣くなって、刻(きざむ)』

『そ、そうだよ、シロのおじさんの言うこと、信じようよ。
オレも信じる、信じるからさ……うっ、うぐっ……ううううぅ…』

『龍牙(りゅうが)……お前まで泣くなよ、もう。
つーか、お前らって、こんなに泣き虫だったんだな。新発見だ』

『なんで、君は……うっ、うぐっ。な、泣いてないんだよ。
悲しく、なっ、ひぐっ、ないのかいっ?』

『そ、そうだ、ずるいぞ。ひっ、卑怯だっ、うっぐ…ううっ……』

(俺だって少しは泣きそうだけどさ、目の前でこんなに泣かれると
ちょっと引くんだって)
〜〜〜〜〜〜


三ヶ月たって音沙汰なしとかどうなってるんだ。
…………まさか、読み違えたんじゃないだろうな、親父…………

ちなみに、うちの一族の男はこうした超常的な支配力に目覚めることがあるらしく
(こんな近い期間内で三人も目覚めるのは前代未聞らしいが)、ここ、新関東地区の
お隣に位置する神威地区にいくつか存在する、龍神を祭る社の神主というか
龍さんの栄養補給役を務めている五歳年上のニーチャンも、ウンディーネ顔負けの
水を統べる力をそなえている。しかも見た目が昔のままのショタ容姿だ。
俺的には水を自在に操るよりもそっちのほうが凄いと思う。
たぶん、綾葉さん――ニーチャンが仕えている龍さん――の性的嗜好のせいなんだろう。

三人も、ということだが、当然その三人目である俺も、支配することができる。
そう、『……』を。


ところで、なぜ俺が全校生徒に混じって玄関前広場に
こうして立ってるかというと、ヴァンパイアにしては珍しく
エキセントリックな性格で有名なリットヴィード学園長が、今朝いきなり、

『いまから全校集会やるから』

という鶴の一声かましたので、こうして他の生徒ともども、カカシをやっているわけだ。

教師陣のほうを見ると、一様に『またか』と言いたげな顔をしていた。
特に歴史を担当しているアヌビスのクリメリィ先生は軽くテンパっている。
……稲荷の水仙教頭だけはいつも通りのほほんとしていたが。

「なんか事件でもあったのかな。シロはどう思う?」
中学からの友人である、青山勝(あおやま・かつ)が、退屈に耐え切れず
俺に話しかけてきた。
「生徒のおめでた関連はどうだ?」
「いや、俺の情報網にはそういった噂はひっかかってない」
「勝がそういうならそうなんだろうな」
いっこ上のリャナンシーのレアレ先輩(新聞部部長)と付き合っている勝がそう断言するなら
間違いはないだろう。こいつとあの先輩が手を組めば学園の情報なんて筒抜けだからな。
「となると………喧嘩とか」
魔物は血の気が多い種族がかなりいる。特に男が絡めば尚更だ。
男を取り合って口論や物理的話し合いが起きるというのはしょっちゅう聞く話だ。
しかもその末に、獲物もとい男を共有するという顛末を迎えるのも珍しくない。
「それは先週のマーヤ先輩と邪那先輩の私闘を最後に打ち止め」
二年のオーガの先輩と同じく二年のウシオニの先輩によるガチバトルが
両者ノックアウトという結末を迎えたのはまだ記憶に新しかった。
「…で、勝、お前はどう見てるんだ?」
「ネタが少なすぎる。現時点ではなんとも推測のしようがないな。
とりあえず学園長の登場を待とうぜ」
「ふはっ」
「な、なんだよ」
「いや、部長さんに似た喋りをするようになったと思ってな。
いつも放課後に共にいると、やっぱそうなってくるもんなのか?」
俺がからかうと、勝が顔を真っ赤にし、照れて頭をガリガリと掻いた。
「うっせ、仕方ないだろ…」
「はいはい、ごちそうさまごちそうさまっと」

そうしてダラダラと談話してたら、やけにキュートな日傘を差したスーツ姿の美女が
玄関前に設置された台の上に上がっていった。学園長だ。
「やっとおでましか」

『おはよう諸君。
知っていると思うが、私は無駄な長話が嫌いだ。君達も嫌いだろう。
それに、先生方も本日のスケジュールをできるだけ本来の予定通りに調整したいはずなので、
単刀直入に、臨時全校集会を開いた理由について説明したいと思う。
――来たまえ』
学園長が玄関へと振り向き、芝居がかった動きで虚空に手を差し出し
登場を促すと、二人の魔物娘が奥から姿を現し、台にそなえつけられた階段を登って
氷の仮面のような無表情をしている学園長の横へと立った。

頭から生やした二本の角。腰から伸びる尻尾と翼。
どうやら二人ともサキュバスのようだ。背丈も似たり寄ったりで髪の色も同じ赤毛。
もしかしたら姉妹か双子なのかもしれない。
一人は、男子用の制服を着込み、腰まである長い髪をポニテにした
男装の麗人という風情の女子。男装といっても胸のふくらみはかなりあるのだが。
もう一人は、サキュバスらしい漆黒のボンテージ姿で(この学園は私服も可)、
髪をショートにして眼鏡をかけてる理性的な風貌の女子だ。こっちは貧乳。
首から上と下のギャップがなかなか凄い。
あんたら服装が逆じゃないのかとつい言ってみたくなる。
……………って………あれ?

おや……?

なんか、見覚えが……あるような…
…こんな美人さんたちに?

え、え、えっ?

いや、あの、これは、まさか、いや、もしかして……


『えー………この二人だが、今日から、特待生として
この学園に通うことになった、一年生の冬馬龍華(とうま・りゅうか)さんと
同じく一年生の冬馬刻美(とうま・きざみ)さんだ。
二人は双子で、龍華さんが姉、刻美さんが妹、ということだ。
この時期に特待生など、なんとも唐突な話では』
「うええええええええええええええええええええ!!?」

俺はつい出てしまった絶叫で学園長の言葉をさえぎってから、ダッシュで
台座の前まで移動すると、震える指で、二人を交互に指差すと、どうしたらいいのか…
「どうして、僕たちの性別と種族と名前が変わってるのか、ききたいのかい?」
低めのトーンで、刻美さん?が
動揺してる俺とは対照的に静かに語りかけてきた。
「そ、そうだ。
お、おまえら何で、性別と種族と名前が変わってるんですかぁ!?」
「ふふ、それはね……」
今度は艶やかな声色で、龍華さん?が
簡潔に返答を返してきた。

「この学園長さんに二人そろって逆レイプされたら
ちんこもげて人間やめることになったから名前もそれっぽく微妙に変えたため」


「なにやってんだアンタは!」

親友二人を見事に淫魔にしてしまった学園長に俺は抗議した。

『うむ、一週間前のことなんだが、出張先で不覚にも
魔界熱を発症してしまった私は路上で倒れこんでしまってな。
そのとき偶然に通りがかった彼らに…今は彼女らだが………まあ、そういうことだ。
私ともあろうものが、情けない』
ほのかに頬を朱に染めても反省の色はまったく見えない学園長が、さらに話を続ける。
『それで、責任を取るというか罪滅ぼしというか、これまで在学してた人学から
うちに転校させて、特待生として優遇しようと思ってだな』
生徒達から「それって学園の私物化じゃないのか…」というツッコミがきたが
学園長はどこ吹く風で態度を崩さない。これでも教育者なのだろうか。
『……最初は、私のコネをフル活用してあげるから、どこでも好きな魔学や混学を
選んでいいと言ったのだが、君がいることをたまたま知ったら
二人ともここを激しく熱望してね』
「はあ、そうですか」
あれだけ号泣してれば熱望もするか。いや…熱望は大げさだと思う。
「やっと、また会えた」
「シロのおじさんの言うとおりだったな。
時間がかかったけど、オレ達はまた会えた。こんなに嬉しいことはないよ」
「そうだな。また昔みたいに、三人でつるめるってもんだ」
腐れ縁を再会できる。
それが嬉しくて、俺もつい笑ってしまった。
「僕も姉さんも、もう君から離れないよ………二度とね」
「そんな当たり前のことをいちいち言うなよ。まったく刻美ったら」

ん、なんか雲行きおかしいぞ。

「わかるかい、僕がどれだけ君に会いたかったか。こんな身体になったせいなのかは
わからないけど、会いたくて会いたくて、君にまた会いたくて
僕はどうしようもなくなってね。以前からそう思うことは
たまにはあったけど、こんなに自制が効かないのは初めてなんだよ」
あれ、刻美の目つき、おかしいぞ。
なぜにそんな蛇のような視線をこちらに向けて舌なめずりするんだ。

「オレも刻美に同感かな。とにかく、熱いんだ。
お前のことを思いだしてもなんとなく胸が痛むだけだったけど、女になった今じゃ
すごい熱くなるんだ。熱くて、疼いて、乾いて、お前が欲しくて、
のたうち回りそうなほどに身も心も焼かれるんだよ」
龍華は龍華でおかしい。
どう考えてもそれは親友に対する心情ではないだろ。


マズイ。俺の第六感センサーがビンビンに反応している。
ここから離れろと告げている。姿をくらませと叫んでいる。
「そうだ、俺も火急の用を思い出した。学園長、ちょっと今日は早退させてもらいます。
あと、休学届けをそのうち学園に郵送しますんでよろしく」
などとうまいこと丸め込んで、俺は背後を振り返らずに校門へと早歩きで向かった。
よし、違和感なくこの場を乗り切ったぜ。

シュゴオオオオオオッ!!

「ぐおおっ!?」

俺は背後から魔力の脈動を感じ取りその場を飛びのいた。
ワーキャットもかくやというジャンプ力で飛翔し、学園長の像の上へと着地する。
すると、一瞬前まで俺のいた場所に二条の煌きが殺到し、爆発を巻き起こした。
運の悪い数人の生徒が衝撃で吹き飛び、女子はスカートを抑えて下着が見えるのを避けている。
中には抑えずに見せ付けているのもいるが。

「ねえ、シロ…どうして逃げるんだい?」
「オレ達を気持ちよく……いや、楽にしてあげようとは思わないの?」
暗黒の魔剣『宵闇』を手に持った刻美と、炎の魔剣『真紅』を手に持った龍華が、
静かな怒りを内包した微笑みと俺をボコボコにする意思を秘めた瞳、そして
得物の切っ先をこちらへ向けてきた。

それ、使えるようになったんだな。教えた甲斐があったぜ。

「ちょ、ちょっと、貴方達!
こんなところで『輝光』を放つとか、何を考えてますの!?」

生徒会長を務める、三年生のフローシュア先輩(種族・ケンタウロス)が
二人をいさめようと割って入ってきた。いいぞシュア先輩。
「魔法武器なんだから別にいいだろ。
それでも、痛みやダメージはあるし、失神に至ったりすることもあるけど…
…命に関わることには絶対にならないんだし、なら、そんなの瑣末なことじゃない?」
「そうさ。僕らは別にシロに怪我をさせたいわけじゃない。
僕らの苦しみの半分でも理解してほしいから、ただ痛めつけて、それから三人で
ゆっくり思い出話に花を咲かせたり睦みあったりするだけだよ」
ただのハンティングじゃねえか。無茶苦茶だ。
「まっ、待ち…!」
会長の制止も無視して二人のサキュバス、いや、アルプだっけ。
えーと…会長の制止も無視して二人のアルプはその身に生える翼を使って
俺へと飛びかかってくると、見事なユニゾンで
魔剣を叩きつけるように振り下ろしてきた。

ドギャアアア!!

俺はさして慌てる事もなく、近くにあった電柱の天辺に飛び移った。
「そんな移動しながらの大振りなんぞ喰らうわけないだろ」
だが、俺が足場にしていた学園長の像は当たり前だが動けないため、
まともに喰らって木っ端微塵になった。ざまあ。
「くっ……!相変わらず、すばしっこいなぁ。
勇者を名乗れるだけ強くなった僕らが、こんなに手こずるなんて…!」
「シロも鍛錬を欠かさなかったってことだろうさ。
けど、絶対に逃がさない。この疼きを止めてもらうまではね!いくよ、刻美!」


――それから俺は、電柱や家々の屋根をジャンプしまくって
冬馬シスターズから逃げまとい、ようやく目的地である
町外れの廃工場へ辿り着いた。ここなら本気でやっても構わないだろう。
下手に人目で戦って実力を晒すと、無手部や魔剣部、聖剣部などといった
武闘派のクラブから勧誘が山のようにくるのは
火を見るより明らかだからな。
……けど、人間なのにあんなにピョンピョン飛び回る姿を見せてしまった以上、
昼行灯やるのはもう無理かもしれない……
「くくっ、ついに覚悟したかな?」
「さあ、オレ達と昔のように遊ぼうよ。ねえ……」
お前らが俺とやりたがってる『遊び』は昔のような『遊び』じゃねえだろ。
あきらかに下半身関連の遊戯だ。


さて、どうしようかな。
『……』は禁じ手だから使わないとして、まずは……
……そうだな、二人がどこまで成長したのか確かめてみるとするか。

「…我が手のうちにて具現せよ………!」

俺の両手に実体化した魔力が姿を現す。この二振りを持つのは久しぶりだな。
左手に『宵闇』を、右手に『真紅』を握り締め、俺は、俺の想像を超えて
エロ美しく変貌した二人と数年ぶりに、遊びではなくただの喧嘩をすることにした。

「ああ、やろうじゃないか、昔のようにな!」
12/01/31 10:42更新 / だれか
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■作者メッセージ
二人との再会はエキサイティングな運命の幕開けでした。

主人公は子供のころに龍さんの逆鱗触ったのを
無理やりお兄さんのせいにしたバチが当たりましたね。

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