連載小説
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Eve ―― The age of 19 + 364 days その1
 太陽の位置は低く、朝といえどもまだ薄暗い。
また、気温の低さゆえに街にはモヤが立ち込めている。

「ああああ、寒みぃいぃ……」

 そんな冬の朝、レイスはベッドの中という暖かな楽園の誘惑を振り切り、体を震わせながら着替えを済ませる。
部屋を出て居間へ向かい、欠伸をしながらその扉を開いた。

「ふぁあぁ……お?」
「あら。おはよう、レイス♪」
「おぅレイス、久しぶりだな」

 そして、目の前に広がった光景に目をしばたたかせる。
およそ1年半ぶりに見る顔が、食卓にいた。

「お、親父……?」
「何だその『?』は!? この偉大なる父の顔を忘れたってぇのかぁ!?」

 ズビシィ、と自らを親指で指す、金髪をザンギリ頭にしたガタイのいい男。
彼こそ、このキャプトル家の家長、ジャオ=キャプトル。
クチナを妻にした経緯からもわかるように、彼もまた彼女に勝るとも劣らない変人であった。

「いつ帰って来たんだよ? 昨日俺が寝るときにはいなかったろ?」
「ああ、ついさっきだぁな。明け方」

 冒険者を職業とし、とりわけ様々な地域を廻ることを好むため、旅、帰宅、また旅、帰宅、ということを繰り返している。
 冒険者業界ではそれなりに名の知れた存在らしく、いろいろと功績(本人曰く伝説)はあるらしい。
ドラゴンの宝をバレずに盗んできたとか、ダークマターの侵攻を一人で止めたとか、触手の森の最深部から無事生還したとか、かなり信用しがたいものではあるが。

「……あれ?」

 ようやくと言うべきか、レイスはもう一つ、普段との違いに気がついた。
台所を見れば、そこにはクチナが立ち、鼻唄まじりに朝食を作っている。
部屋を見回してみるが、どこにも彼女の姿はない。

「母さん、エジェレは?」

 エジェレは卒業後も、毎日レイスの家にやって来ては朝食を作っていた。
祭日だろうと平日だろうと、どんな日でも一切関係ない。
自らの父の誕生日さえ「私にはレイスの方が大切だから」で流す程で、毎年その度にトーマスは失踪している。
そしてやはり毎年、シベルが捜索の末に連れ戻し、そんな夫に長々と説教を喰らわせるわけだが。

「あー、なんかねえ、具合悪いらしいわよ。お見舞い行ってあげたら?」
「………え?」

 料理を皿に盛りつけながらクチナが言う。
が、レイスがその意味を理解するには多少の時間が必要だった。

 『自分の体調くらい、自分で管理できないでどうする』
昔からレイスが調子を崩す度に、傍で看病する彼女が口にしていた言葉。
その言葉通り、彼女は具合が悪いことはあっても、寝込むようなことはなかった。

(アイツでも寝込むことあるのか……つーか、もしかして重症なのか?)

 彼の心の中に、そんな考えが浮かぶ。
いつもと違う行動をとると印象が強くなる、というアレである。
普段病気しない彼女が寝込むほどだから、よほど重い病状ではないのか、と。

「見舞いねえ……」

 食卓に片肘をつき、その上に微妙な顔を乗せて母の言葉を繰り返した。

「テメェの嫁が具合悪いってんだ、旦那なら行ってこいよ」
「んなっ!? だっ、誰が旦那だ!?」

 父の口から飛び出した発言に、彼は一瞬で赤く染まる。
息子のそんな反応に、ジャオはやや不満げに顔をしかめた。

「ぁん? んだお前ら、まぁだくっついてねぇのかよ? 俺ぁ孫がいてもおかしくねーとか思いながら帰ってきたんだが」
「ホントにねぇ。人並みに稼げるようにもなったんだし、さっさと結婚しちゃえばいいのに」

 朝食の皿を食卓に運びながら、クチナも参戦。
夫妻は顔を見合わせて、うんうんと頷きあう。

「まぁそんなわけだ、行ってこい」
「エジェレちゃんのことだから、きっとレイスがセッ……励ましてあげるのが一番の特効薬よ♪」
「いや、だから……」
「おぅ、そうだ。薬って言やぁ、旅先の露店でおもしれぇモン見つけたんだ。レイス、お前飲め」

 この親はたいてい人の話を聞かない。
 レイスの言葉を遮るように、ジャオは懐から小瓶を取り出す。
机の上に置かれたそれの中には、赤っぽい色をした錠剤が詰まっていた。

「なんだよ、コレ」

 ラベルが貼ってあるわけでもなく、瓶に何か書いてあるわけでもない。
何かの薬。それ以上のことは全くわからないが、変人のジャオが面白いと言うからにはマトモなものでないことは推測できた。

「一粒飲むだけでモテモテになるすごい薬だぜ」
「今どき、5歳児でもそんな嘘信じねーよ」

 チッ、とあからさまに苦々しい顔で舌打ちをするジャオ。

「んだよ、せっかくお前用に買ってきてやったのに」
「お父さんの心遣いを……これが、親の心子知らずってやつなのね……」
「ああそうさ、俺達はもう子供にとっちゃ邪魔な存在なのさ……」

 二人して床にくずおれ、よよよと嘆きながら抱き合う。
一目瞭然のわざとらしさも、ここまで来るといっそ清々しい。

「もう、勝手にやっててくれ……」

 レイスは付き合っても時間の無駄と判断し、自分の分の食事に手をつけた。
だが、一口目を口に入れた途端、その手が止まる。

「……? どうしたの?」
「い、いや、何でも」

 しかし、クチナが疑問の視線を向けると、すぐに食事を再開したのだった。


  ※※


 昼過ぎ、レイスはずいぶんと早い帰路についていた。
朝からぼんやりして仕事に集中できていなかったので、上司や同僚に早く帰って休むよう言われたのだ。

 ――だが、その不調が体調によるものでないことは、彼自身にも何となしには分かっていた。

 家に帰ると、外出しているのか、ジャオもクチナも姿がない。
結局行くことをからかわれる心配がないことにホッとしながら、彼は隣家の扉を叩いたのだった。




「君の方からウチに来るのは久しぶりだな」
「そうっスね」

 ラムセス家の居間。
レイスとシベルは向かい合うようにテーブルにつき、茶など飲んでいる。

「味はどうだ? レイス君に出すのは珍しいから少しこだわってみたんだが」
「うまいですよ。しかしこの紅茶、だいぶ赤いっスね」
「ヴァンパイアに人気の茶葉だそうだ。味も香りも血に似ているとか」
「うーん、たしかに少し鉄っぽい匂いかも」

 レイスがそれを飲むのを、シベルはじっと見つめる。

「……何か?」
「いや、何でもない。ところで、今日来たのはエジェレのことだろう?」
「ええ、まあ。アイツの具合、どうなんです?」

 午後の休憩といった装いの、緩やかな雰囲気。
軽い気持ちで聞いたレイスだったが、その瞬間シベルは表情を曇らせ、手元のカップへと視線を落とした。

「……君には言わねばならないだろうな……正直、あまり思わしくない」
「っ……!?」

 一瞬にして場の空気が変わったことを感じ、レイスは表情を引き締める。
そんな彼を見て、シベルは静かに語り始めた。

「持病なのか体質なのかはわからないが……あの子は生れつき、魔力の容量も魔力を作る能力も弱くてな。定期的に精を補給する薬を飲んでいたんだ」

 魔物は基本的に、自身の内に持つ魔力を消費することで生きている。
食事をしたり休息を取ったりすることで、彼女たちは自身の魔力を回復、あるいは精製する。
また、魔力の材料として最も優れているのが、精。
だから魔物は、積極的に人間と交わろうとする。
 そして――魔力が尽きれば何らかの不調をきたし、最悪の場合は死に至る。
元来の内在魔力が少なく、作る能力も低いとなれば、それは生死に関わる大問題であった。

「そん、な……アイツ、そんなこと一度も……」

 事の重大さに、レイスは顔を青くする。
やはり言っていなかったか、とシベルは嘆息し、続けた。

「だが……少し前から、その補給薬が効かなくなってきていた。理由はわからないが、このままではエジェレは……」

 あくまでも冷静さを失わない口調だったが、レイスは彼女の持ったカップの中、お茶の表面に波紋がたつのを見逃さなかった。


  ※※


 私は安楽椅子に座り、窓からの陽光を浴びながら、自らの大きくなった腹部を撫でた。

「もうすぐ予定日だな……ああ、私はなんと幸せなのだろうな。君との愛の結晶をこの世に生み出せるなんて」
「もういいから、わかったから、毎日それ言うのやめろ! なんだ、お前はそれ言わないと死ぬ奇病か何かか!」

 傍らでは、彼が真っ赤になりながら叫んでいる。
 はて、私はただ自分の幸せを言葉にしてみただけなのだが。

「二人とも、油断するな。いつ産まれてもいいようにしっかり準備をだな」

 少し離れたテーブルでは、母様が赤ん坊のためのおくるみを編んでいる。
口では厳格なことを言っても、表情はいつもと比べると緩んでいるようだ。
 そんな母様の向かいに座っていたお義母さんは、おもむろに立ち上がると、

「そうそう♪ じゃあ、ちゃんとお乳が出るかわたしが確かめてあげる〜♪」

 指をワキワキとうごめかせながら私に近づいてきた。

「わあああ!? なに始める気だーー!!」

 間にレイスが割って入り、母子の妙な争いが始まっ――


  ※※


「夢……か」

 彼女が目を開ければ、そこには見慣れた自室の天井があった。
 重い腕を持ち上げ、腹部をさすってみるも、そこにはほっそりとくびれた胴があるだけ。
再度だらりと腕を投げ出し、目を閉じる。

「そう……夢の話だ。ただの、夢……」

 それは、彼女の夢。
眠っている間に見るものであり、同時に、思い描く未来でもあり。

 そのとき、ドアをノックする音が部屋に響いた。
エジェレは言うことを聞かない体に鞭打ち、どうにか上体を起こす。

「エジェレ、起きてるか?」
「っ、レイス……!?」
「……入るぞ」

 ゆっくりとドアが開き、レイスが部屋に足を踏み入れた。
10/11/01 00:28更新 / かめやん
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■作者メッセージ
書き方を変えてみました。見やすくなったでしょうか?
他のSSもちょくちょく修正していくつもりです。

さて、ストーリーも何もあったもんじゃないこの話も残りわずか。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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