連載小説
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解かれた拘束
 闇に紛れて森の中を疾走する三つの影。
 影達は、防壁に囲まれた町の目前にてその足を止め、木々と闇を隠れ蓑に様子を窺っていた。
「月光なし。見張り…二時の方向に三、十時の方向、防壁上部に一」
「よし、侵入口は確認済みだな?」
「うん。ここから直進、防壁前の外堀の中に中へ通じる排水溝があるよ」
 声を聞く限り、最初の声は男、次が女、最後が少女だと推測できる。

「よし、行くぞ」
 三人は見張りの目が別に向いたと見るや、音も立てずに堀の縁まで進み、これまた音を立てぬように静かに入水した。
「ぅぉっ…冷たっ―」
「こら、静かにっ」
「しゃぁねぇだろ、冷たいんだから…」
 雲が風に押され、月が顔を覗かせた。月光が辺りを照らしたが、見張りは彼らに気づく気配はない。
「…よし、入るぞ」
 少女らしい声の主は口は噤んだまま、男と女は少し口論しながらもその身を水中に沈め、月光が幻想的に照らす堀の中を進むと正面に見えた四角い排水溝に侵入した。

 川のような水音のする水路に三人は出た。人が通れるように通路が整備されたトンネルの壁には明かりが灯されており、ここで彼らの姿が確認できた。
 三人は水路から横の通路に上がった。
「だぁ〜、割と長かったな…な、ミリィ」
「ああ、だが想定の範囲内だ。上の言うとおり、訓練しておいて良かったろう?ジャン」
「…びちょびちょ…」
「その内乾くって、メグ」
 男の名前はジャン。茶色の短髪をばさばさと手でほぐしながら、腰の後ろに携えたナイフの水気を切った。
 女はリザードマンで名前はミリィ。
 金髪のロングヘアをポニーテールにしている。彼女も腰の剣を抜くと水気を切り、鞘の中に溜まった水を捨てた。
 最後に、少女はラージマウスだ。名前はメグという。小柄な体、灰色の髪の毛を可愛らしく右側で束ねてちょんまげを作っていた。
 彼女は辺りをきょろきょろと見回していて、いかにもネズミっぽい。
「行くぞ」
「おう」
「うん」

 三人は道を知っているかのように右へ左へと通路を進み、やがて立ち止まった。
「ここだな…」
「ああ、俺が先に行く」
「気をつけろよ」
 ジャンは梯子を昇っていくと閉じている蓋を軽く押した。蓋は鍵が掛かって折らず、簡単に開いた。
「しめた…」
 ジャンは辺りを見回して、誰もいないことを確認すると上に上がった。
 そこは石の壁の建物の中で、倉庫のようだった。
「いいぞ、二人とも」
 ミリィは跳び上がって降り口の近くに着地した。メグもミリィを真似しようとして跳び上がって着地したが、失敗して転けた。
「イテッ」
「何やってんだよ、バーカ」
「うるさいなっ」
「ふざけている場合か、ここからまだ地下に降りるんだぞ」
「「はーい…」」
 ミリィは音を立てないようにドアを開けて、様子を窺った。外の廊下には誰もおらず、容易に進めそうだった。
「よし、行くぞ」
 三人は倉庫から出ると廊下を壁側の柱の陰に隠れながら進んだ。
 この建物はこの町の中央にある教会の地下だった。なぜこの三人がここに来たのかは追々分かる。
「隠れろっ!」
 ミリィの一声でジャンとメグも柱の陰に隠れた。三人の見つめる先には白い鎧の騎士が二人、扉を護っていた。
 三人の目的はその先らしい。だがこのままでは見つかり、捕まるのがオチである。
「どうしたものか…」
「おい、誰か来るぞっ」
「見回りの騎士が一人だ」
「それだ…」

 ミリィとメグは腕を後ろで縛られ、あの扉の前に騎士に連れてこられた。
「なんだそいつ等は?」
「侵入していたのを見つけた。目的を聞くために尋問するが、それまで牢に入れておく」
「よし、通れ」
 騎士と二人はその扉をくぐった。その扉の向こうには下に向かう階段が続いていた。
 そう、この先は牢屋になっていて罪の軽いものから浅い階層に投獄される。
「ふぅ、何とかは入れたな」
 鎧の兜をとると、顔を見せたのはジャンだった。
「ああ、目指すのは最下層だ。急ぐぞ、あの男が見つかるのも時間の問題だ」
 あの男とはこの鎧の持ち主である。三人は物陰からあの近づいてきた見回りの騎士を襲い、気絶させると鎧を剥ぎ取ってジャンが着たのだ。
 三人は階段を一階層ずつ慎重に降りた。なぜなら監守が居るかもしれなかったからだ。
 だが幸い監守は居なかった。それだけ囚人を逃がさないと言う根拠があったのか、自信過剰の手抜きなのか、どちらにしても今運はこの三人に向いていた。
「…ここが最下層だな…」
「ああ、手分けして捜すぞ…ジャンは右の二列、私は中央、メグは左の一列」
「はぁーい」
 三人は別れて誰かを捜し始めた。一体誰を捜しているというのか、こんな所に幽閉されているのを見ると、どんな凶悪な者なのかと身震いせざるを得ないだろう。
「…ったく、顔も知らねぇのにどうやって捜せっつーんだよ。あ、そうだ」
 ジャンはぶつぶつ文句を言った後何かを思いついたらしい。すると彼は囚人の一人に声を掛けた。
「おい、おい、おっさんっ」
「…なんだ若造?囚人なぶりか?」
「ちげーよ、あんたさ―」
 暫くしたがメグもミリィも目的の人を見つけられなかったらしい。
「…やはり顔を知らないと難しいか…」
「だよね〜、『出してやる』とか言っちゃうと嘘付くもんね〜」
「そんなに落胆すんなよ、お二人さん」
 項垂れる二人にジャンは気楽そうに言い放った。
「なんだよ〜、ジャンはいっつも危機感が―」
「見つけたんだな?」
「へ?」
 メグはミリィの言葉にすっとんきょな声を上げた。そしてジャンはニヤッと笑い、親指を立てて自分の左側の列を指さした。
 ミリィとメグはジャンの後について一番奥の牢へと向かった。

 そこには両手に鉄の腕輪をはめられ、その腕輪についた鎖が壁側の天井に繋がれて両手を左右に大きく広げられた形であぐらをかいて座っている男がそこにいた。
 男は寝起きのような目でミリィ達の方を見た。黒い髪の毛はウェーブが掛かっていて、肩当たりまで延びていた。
「…こいつが…」

              −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 誰だ…?
 
 …あぁ、くそっ、体がだるい。
 
 そう言えばここに投獄されて何ヶ月経った…?日数など分からない。蝋燭の火だけがここで俺の目に光を届け、そして物の形を認識させる。

 ここはいつも静かだ、人の声を聞くことなど日の目を見ることに等しく久しい。まず口を開いたのは男の方か…
「…こいつが…」
「ああ、だろうな」
「ふぅ〜ん、思ってたより若いなぁ。何したのよ、こいつ」
 女がなんでこんな所に…
 目の焦点が合った。…おいおい、魔物?あぁ、とうとう俺も終わりか…まさか、この教会騎士団の第三拠点の街、『バンラテス』のそれも教会の地下の最下層の牢獄に魔物が見えるんじゃあな…
「なんだ…お前ら?…あの世からのお誘いか?こんな所に魔物が居るわけが…」
「私たちは、親魔物派の者だ。我々に協力して貰えないかと迎えに来た」
「…魔人の騎士団…か」
 魔人の騎士団。魔物と人が共に共闘する、故に魔人の騎士団。
「そうだ。私は魔人の騎士団第13隊所属、ミリアリア=バーク。あなたは『元教会騎士軍・第6大隊隊長 ベリオン=ヴァン=ガルーダ少将』で間違いないですね?」
 リザードマン…いや、ミリアリアと名乗っていたんだったな。ミリアリアは片膝を着いて名乗り、俺の身柄を確認した。
「なっ…!」
「えっ?!」
 男とラージマウスは驚いてるな。そう、俺は元第6大隊隊長。そして階級は少将だった。
「どういうことだ?どうしてそんな奴がここに…」
「…驚いてるみたいだな。ま、無理もないか…」
「付いて頂けるのですか?」
 俺はその問への答えはここに入った時から決まっているようなものだった。
「…いいだろう。条件はあるか?」
「本当ですかっ!?ありがとうございます、条件というのは強いて言うならば『出来るだけ殺さない』と言うことだけです」
「ふっ…犠牲は最小限に…か」
「今牢を開ける。鍵を」

               −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ベリオンは、手枷が外れたのを確認するように、自分の手首を掴むようにしてさすっていた。
 立ち上がった彼は思いの他長身で、ミリアリアよりも頭一つ分大きかった。そして手首から手を離すと指を組んで関節を鳴らした。ボキボキといい音がして、その後も体中の筋肉や筋を伸ばしたが、その度に関節が鳴った。
「立ち上がるのも久しぶりだ…今日は何月何日だ?」
「五月の二十三だ。なぜだ?」
「いや、この中にいると昼も夜も分からないからな。…そうか、半年もここにいたのか、俺は」
「…すまない」
「気にすることはないさ、バーク」
「ミリィと呼んでくれ」
「ミリアリアで、ミリィか。分かった。俺のことはベルでいい」
「これからよろしく頼む、ベル」
 ミリィはベルに握手を求め、彼もそれに答えた。
「俺はジャン=キエル」
「あたしメグ、よろしく」
「ああ、よろしく」
 名乗り終わると、メグはベルの回りをグルグルと回りキョロキョロと観察し始めた。
「ん?なんだ…?」
「そんなに悪人にも見えないんだけど…何やったの?」
「…それは―」
 と言い掛けた時、ベルは何かに気付いたように言葉を込めた。
「…それは、どこか安全なところでゆっくり語るとしよう…」
「っ!気付かれたか…」
「ジャン、その剣使うか?」
「いや、元々鎧なんか着て戦う気はねぇよ…」
 そう言うと剣をベルに渡すと、ジャンは鎧をさっさと脱ぎ捨て元の服装に戻りナイフを構えた。
 だがベルはジャンの前に出て、制止するように手を差し出した。
「ここは任せて貰おう、牢から出してくれた礼と、肩慣らし。そして―」
 ベルは剣を振って虚空を薙いだ。
「奴らとの決別だっ!」

 騎士達が最下層に雪崩れ込んだ途端に、最前列の騎士達は衝撃を受けて倒れた。ベルが剣で薙いだのだ。
「ええいっ」
 騎士達は起きあがって剣を振り上げた。
「隙だらけだっ!」
 だがベルは身動ぎもせず、冷静に胴を護る鎧の隙間を斬り裂き次々に倒していった。
「ミリィッ、鞘を!」
 ベルはミリィに鞘をよこせと要求した。
「あ、ああ…」
 ミリィは鞘をベルに向かって投げると、彼は鞘に付いたベルトを掴み、鞘を逆手に持ち直すと、相手の剣を鞘で受け止め騎士を蹴り飛ばした。

「どおおおおぉぉぉっ!」
 ベルは剣と鞘を×の字に組んで騎士達を力押しに押し返した。騎士達は押されるままに階段を駆け上がり、とうとう階段上の扉から全員押し出されてしまった。ただ、騎士達を押し返したのは彼の力だけではなく、彼の気迫に気圧されたといえるだろう。
「…ふぅ、やはり鈍(なま)っているな…」
 ミリィ達は彼の後ろに付いて上がってきていた。
「アレで鈍ってるって…捕まる前どんだけ〜」
「言ってる場合か、ここは逃げ優先だからな。ベルッ!」
 ジャンの応答にベルは振り向き、アイコンタクトで三人の方に向かって走った。
 ジャンはベルが自分の方に向かってきているのを確認すると、円筒を騎士と彼の間に投げた。そして彼の後ろで爆発が起こり、辺りが白煙に包まれた。
「げほっ、げほっ…煙幕かっ」
「小癪なっ!」
 騎士達が煙の中でもがいているのが見える。
「今の内だ、急げ」
 ミリィの一声で四人は、ミリィ達が侵入した時に使った水路の入り口に向かって走った。
「煙幕だけで足止めできるのか…?」
「ああ、なら心配ねぇよ。あの煙幕には痺れ薬と唐辛子混ぜてっから」
「やるなぁ…」

 メグが降りて、全員が水路の通路に降り立った。
「よし、後は離脱するだけだ」
 ミリアリアが歩き出した時、ベリオンが後ろで呻った。
「………」
「どうした、ベル」
「見ろ、水の流れが止まっている」
「え?あ、ホントだ…水の音もしないよ?」
「どういう事だ…?」
 メグが横の水路を見て頷いた。ミリアリアは完全に振り向くと誰にでも無く問いかけたが、その質問には元々ここの人間であるベリオンが答えた。
「おそらく水門が閉じられたんだろう…排水溝も閉じられているはずだ。侵入者を逃がさないための仕掛けだ」
「そんな。じゃあ俺たちはここから出られないのか?」
「いや、幾つか抜けられそうなところに心当たりはある。まぁ、全てがこの半年の間に対策をとられていなければ、だが…」
「よし、ここはベルの案に乗ってみよう…案内を頼めるか?」
「ああ、お前達は侵入路だけをシミュレーションで覚えただけだろう?」
「わっ、よく分かったねぇ」
「まぁよく使われる方法だからな…」
 メグは「ほぇ〜」と感心していた。ベリオンは首から提げていたロケットを外してミリアリアに差し出した。
「これは?」
「母の形見だ。もし裏切るのではと疑っているなら、これを保険として預けよう」
 普通に考えればミリアリア達が自分を疑っていても不思議はない、そう考えた故の行動だろう。だがミリアリアは微笑んで首を横に振った。
「お前は嘘を付いている目はしていない。必要ない」
「…ありがとう。心当たりの場所は街の反対側だ、そのついでに身形を整えたいのだが…」
「ああ、構わない。予定の時刻までは余裕がある」
「すまない」
 ベリオンは水路を街の地図と頭の中で照らし合わせながら慎重に進んでいった。所々で立ち止まっては、場所と方角を確かめて、そしてようやく目的の場所に辿り着いたようだった。
「ここだ…」
 そこの梯子を昇って扉を開けると、回りに誰もいないのを確認し外に出た。
「上がってきて大丈夫だ。」
 そこは屋敷の裏庭だった。屋敷には明かりは点いておらず、人の気配は現時点で感じられなかった。
「立派な屋敷だな…」
 思わずミリアリアは呟いた。ベリオンは裏口ではなく、その横の窓を鍵が開いていたのを知っていたかのように開けて、中に入った。
 三人は少し躊躇ったが、彼の後について入った。ベリオンはその部屋を出ると正面玄関のあるロビーに向かった。そして階段を上がると、彼の後を付いてきた三人を踊り場の手すり越しに確認した。
「上がってこい」
「…おい、いいのか?勝手に入って」
「ああ、俺の家だから本当は堂々と入りたかったんだがな」
「なんだ、ベルのい…家?!ここお前の家だったのか?!」
「ああ、俺は公爵家の長男なんだ」
「ビックリだね〜」
 三人がベリオンの素性に驚いている間に彼はある部屋に入っていった。

 武器が多数置かれている、ここは武器庫らしい。三人がその部屋に入った頃には、ベリオンは一本の剣を鞘から抜いて剣の状態を確認していた。
「…さすがは業物と言うところか…」
 そして三人に気付いたベリオンは剣を鞘に収め、防具一式を持った。
「持っていける武器や防具があったら持って行ってくれ…ああ、けどあの鎧と両側の武器はそのままで頼む」
「ああ、分かった」
 そう言い残すとベリオンは屋敷の奥に行ってしまった。
 三人はその後武器や防具を選んでいた。だがやはり三人はあの防具と武器が気になったらしい。
「なぁ、あの鎧なんで放っておけって言ったんだろ?」
「さあな、だが見たところ女性用だな。見事な物だ」

 その防具は胸に膨らみがあった。つまり女性用だと言うことを意味している。そしてその防具は、胴体の中で胸だけを覆う形になっている右肩掛けのもので、両脇の部分は作りが違い、その鎧の中央部は一枚板の丈夫な物であるのに対し、両脇は俗にスケイルメイルと呼ばれる鎧のように鱗状に組まれ柔軟性を持たせていた。
 籠手は黒いレザーで前腕を覆う装甲と手背(手の甲)を護る装甲が繋がっていた。またブーツは臑当てと足首と足の甲を守る装甲が付いていて、足首回りの装甲は全方位に蛇腹状で可動域を確保している。
 全部位にいたって白が基調とされ、金色の縁取りと模様が入っていた。
 セットの武器と見られる弓はやはり白く塗られ、姫反(ひめぞり:弓の上下両端から最初の反り)には金色の模様が入っていた。
 剣の柄も白く鍔と柄頭は金色で、鞘にも同じように装飾が施されていた。
「まさに貴族仕様ってとこか?」
「…確かに装飾も美しいが、この機能性は実践を想定…いや、実践に使うからこそそうしたのだろう。よく見れば細かい傷もある…」
「でも、こんな薄い装甲でいいの?」
「…見ろよ…『加護の刻印』だ。魔法で防御力を強化してるのさ」
「…まぁ詮索はそのくらいにして続きをしよう」

 一方、ベリオンは彼の自室にいた。彼はクローゼットからレザーの服と一枚のアンダーウェアを取り出すと今着ている服を脱ぎ捨てた。
 細身の体ながらも、筋肉の凹凸がわかる。窓から差し込む月光が、彼の肉体美を惹き立てた。
 レザーを着てしまうと、彼の体は漆黒に包まれた。そしてあの武器庫にあった防具と同じ構造のブーツを履いた。
 次に籠手を装着した。籠手も同じ形状だったが、装飾の形状が異なっていた。
 胴部を守る鎧は同じく胸のみだったが両肩掛けで、あの鎧と同じように『加護の刻印』を施されその軽さ、薄さからすれば反則的なほどに防御力を上げていた。
 ベリオンは服のそれ用のベルト通しに、二本の白いベルトを交差するように着けた。そして彼はドアの横に立て掛けておいた剣を手に持った。
 剣を鞘から抜くとその刀身は部屋に差し込む月光を反射し、ベリオンの顔右半分を黄金に照らした。
「久しぶりだな…『フェゴ・ディ・フェンサ』」
 フェゴ・ディ・フェンサ。ガルーダ家に代々受け継がれてきた、『火の守り』の名を冠する剣である。
 ガルーダ家初代当主の祖父がサイクロプスに創らせたとされる剣で、刀身の若干くびれた形で、柄を含めた長さは約85p。
 刀身の根本には『火』を意味する古代文字が魔法陣の中央に彫られている。伝えられた話に寄れば、その初代当主の祖父はこの剣を振り燃えさかる炎を操ったとも言われるが、ガルーダ家が成立してからはそんな事が出来た者は一人も居ないのが現実だった。

 ベリオンはそんなことは只のおとぎ話だと思っていた。だがその切れ味と軽さ、何より当主の証と言うことで愛用していた。
「…もしかすると俺は…大罪人になるかもしれない…だが、俺の意志を貫くこと。付き合って貰うぞ」
 彼はそう剣に語りかけ、剣を水平に構えて鞘にそっと収めた。まるで、そこで誓いを立てたように。
「…もう一人…」
 彼はそう呟くと部屋を出て別の部屋に向かった。そっと扉を開けると中から甘い匂いが漂ってきた。女の部屋の匂いだ。
 ベッドの上には一人の少女が眠っていた。彼と同じ黒髪、口元がベリオンに似ている。年頃に見える少女、いや、女性と言うべきなのか実際彼女はそんな微妙な年齢だった。
「…ん…」
 彼女が目を覚ました、彼の気配に気付いたのだろう。そして彼の方を見て寝ぼけ眼に驚きの表情を見せたのだった。

 やがて意識がはっきりしてそれが夢ではないと分かると飛び起きて、口にした最初の一言。それは…
「兄上っ―!」
 それは二人の関係を指し示す言葉だ。
「久しぶりだな…メリッサ」
「兄上、その格好は…。牢から出られたのですかっ!?」
 彼はその言葉に首を横に振った。
「…脱獄だ…」
「脱獄…」
「そう…半時前、私を必要とする者達が迎えに来た」
「必要とする者…?」
「そう、私の考えと意志を同じくする者達だ…」
「…まさかっ―」
 その時、ベリオンはメリッサの口に人差し指を当てた。
「…メリッサ、良く聞いて欲しい。私は今宵を以て反魔物派、教団との決別を誓った」
 メリッサは悲しそうな顔をして項垂れた。
「私は親魔物派…魔人の騎士団に就く。今まで最前線で、そして内部で、教会のやり方を見てきた。だが私は教会のやり方が納得できない」
 メリッサはシーツを握りしめ声を振り絞った。
「そう、ですか…考え直す気は………無いのですね…!」
「ああ。もしこの兄の出した『答え』が間違いだというなら、お前とも戦場で相見えよう。だとしても、私は一人の男として、公爵の号を与えられた者としてこの『義』を通す。
 たとえお前が俺に賛同するとしても、敵対するとしても、今は別れだ」
 彼はそう言うと部屋を出ていった。少ししてメリッサはベッドから立ち上がり兄を追って部屋を出たが、部屋の外にはもうベリオンの背中はなかった。
「…兄上……」

 ベリオンは水路への降り口でミリアリア達と合流した。
「遅かったじゃねぇか、何してたんだ?」
「…別れをな…」
「ん、なに?」
「いや、なんでもない。お前達は成果があったようだな」
「ああ、ベルの家の武器庫にはいい物が多かったので遠慮なくいただいた」
 そう言ったミリアリアは元より、ジャンもメグも新たに防具を装備している。背中には剣や槍、防具などをまとめて背負っていた。
「あの防具と武器は言われたとおり置いてきたよ〜」
「ああ、ありがとう」
「お前もなかなかいい物を纏ってるな。さすがは公爵」
 ジャンは皮肉混じりにそう言った。
「…もう公爵などではないさ。今の俺は魔人の騎士団のベリオン=ヴァン=ガルーダだ」
 三人は彼の言葉を聞いて嬉しそうにハニカんだ。

 四人は再び水路に入ると、ベリオンの道案内で先に進んだ。ベリオンは剣を腰の後ろ側に、金具でベルトに固定して動きやすいようにしている。その場に応じて剣を携える位置を変える。三人は後ろから付いて、彼のベルトに空いた無数の穴の意味を理解したのだった。
 ベリオンは梯子を上り、回りを確認して合図を送った。三人が後から登ってきた。そこは廃屋らしき場所で、防壁のすぐ目の前だった。
 ベリオンは廃屋の屋根の上に軽々と登ると、姿勢を低くして回りを警戒し、防壁より高く成長した木に跳び移った。
「よし、いいぞ」
 まずメグから一人ずつ登ってきた。そして彼の示すままに防壁の外へと降り立ったのである。最後にベリオンが防壁の外に出て一行はバンラテスからの脱出に成功したのである。

「ミリィ、これからどうするんだ?」
 ベリオンが、四人がとりあえず逃げ込んだ森の中で訊いた。
「作戦では最初に私たちが来た方角にある森を抜けた所の谷で仲間と合流する予定だった」
「それではその作戦は狂ってしまったわけだな?で、どうする」
 ミリアリアは空を見上げると「ふふっ…」と笑い、「そろそろだな」と呟いた。
「問題はない、彼女たちは見つけてくれているらしい」
 彼女はそう言うと目的地を今いる場所からそのまま進んだ、バンテラスの東の草原に示した。
「わかった、そこに行けばいいんだな?」
 夜の森は昼とは違った不気味さを有し、好奇心をそそった。四人はいつの間にか、ミリアリアを先頭、ジャンとメグが横に並んでその後ろを行き、最後にベリオンが付くという隊形をとっていた。
 前後を手練れの二人が固めるというのは、今の状況で最も良い方法だった。それを自然にとれたのはミリアリアたち三人が戦闘、及び行動経験が豊富であったことと、ベリオンが元騎士団であり、兵法に優れていたことに端を発するのだろう。
 森を抜けて草原に出た。月は西にやや傾き、青々と茂る草を淡く照らしていた。
 その中にいる四人の近くを影が通り過ぎた。ベリオンが空を見上げると、黒い影が二つ、月光を遮って滑空していた。やがてその影は大きくなり、四人の前には音と共に降り立った。
「心配したわよ、逃走経路が変わってるんだもの」
「私が街の上空で見張ってなきゃ大変なことになるところだったわ」
 と文句を言ってきたのがブラックハーピーの二人だ。
「すまない。だがシアとリアを信頼してのことだ。見つけてくれると思っていた」
「ふふふ、ミリィったら上手いこと言って。そちらが新しいお仲間?」
「ああ」
「ベリオン=ヴァン=ガルーダ、ベルと呼んでくれ」
「よろしく、ベル。私は姉のシア」
「妹のリアよ、よろしく」
「ああ、よろしく」
 シアとリアは姉妹で、見た目もよく似ている。黒い髪をショートボブにしていて、それぞれ目の下には『隈取りの様なラインの下に円』という模様のタトゥーがあった。シアは右目、リアは左目の下にあるので、そこで見分けるらしい。
「ところで、どうするの?私とリアはあなた達四人なら何とか運べるわ。だけど、防具や持ってる武器を見ると、とても飛べそうにはないわよ?」
「だろうな。そこで提案なんだがいいか?」
「ああ、ベル。どんな案だ?」
「まずこの背負っている武器と防具だけでも俺たちがこれから向かう所へ運んで貰う。そして俺たちは陸路を進む」
「おい、マヂかよ…そんな、疲れんのに…」
 ジャンが落胆の声を上げた。だがベリオンは構わず続けた。
「目的地はどこなんだ?」
「大陸の中央より西の、砂漠と草原の境目付近だ。そこに魔人の騎士団の拠点の一つがある」
「そうか…ここから単純計算で六日か七日。地形を計算に入れて、その上で砂漠越えともなると、到着までは少なくとも十二日は視野に入れるべきだな。
 シアとリアなら防具と武器を持ってどのくらいで着ける?」
「そうねぇ…ここからなら遅く見積もっても五日でいけるわ」
「よし、それなら拠点について戻って来る間に当然俺たちも進んでいるだろうから、三日、四日後には戻ってきた二人と合流できるわけだな?」
 五人ともベリオンの分析と考察の鋭さには感心せざるを得なかった。若干二十一才の若さで少将に就いたのだから、当然というなら当然だった。
「そうなるな。そこから拠点までなら二日半と掛からないはずだ」
「あと二人、いや、一応あと三人ハーピー類の仲間を連れてきて貰えればもっと縮まるだろう」
「わかった。向こうに着いたらあと三人連れて迎えに来ればいいのね?」
「その時は、四人はどの辺にいるのかしら?」
「……おそらく、ヒルデ川沿いを進んでいる頃だと思う」
「了解よ」

 これからの行動が決まった。シアとリアは防具と武器を受け取ると「それじゃ、三日後に」と言って飛び立っていった。
「よし、あの二人なら見張りに見つからない程の上空を跳んでくれるだろうから心配ないな」
「ああ、私たちは今からあの岩山を越えてヒルデ川沿いを進もう」
「わ〜い、旅だ旅だ〜」
「疲れるってのに…何喜んでんだコラっ、メグこのヤロ…」
「よし、行くぞ…!」

 四人はバンテラスの南西の岩山へ向かって歩き出した。
10/03/13 03:17更新 / アバロン
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■作者メッセージ
どうも、アバロンです。
今回は世界背景に重きを置いて物語を書こうと思います。

タグには『図鑑世界(中世)』としておりますが、
読まれた方々次第でこれを『共通の図鑑世界のこと』としていただいても結構ですし、
不都合がおありだと思いましたら『図鑑世界(中世)のパラレルワールドの出来事』として落ち着けて頂けたら幸いです。

なにしろ世界は一つではありませんので…

これからのことを申しますと、バトル要素、エロ描写、構成も含め自分のもてる技術を投入します。

といっても、気長に、たまに読み切りも書きながらやっていこうと思います。
何話くらいでと言うのも決めてません。
アイデアと気力が続いていい感じ、の時にどう終わらせるかも見えてくると思うので、長い目で見てやってください m(_ _)m

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