読切小説
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寒い時はもふもふ
……。

暑い。

温度が高いだけではない。蒸し暑い。

「寒い寒い寒い寒いぃ!!!」
反射的に冷気を霧散させると、近くから叫び声が聞こえた。あの人間が私を召喚したのだろうか。

「なんですか」
「寒いって言ってるの!いいいいいい」
「氷の妖精を呼んだのですから当然です」
「ややや寒すぎるって!加減できないの!?」
「無理です」
「あああ」

人間が窓を開けようとする。窓の外では燦々と夏日が射している。あれに当てられたらたまったものではない。
流石に人間を凍らせるのは気が引けるので、窓の方を凍らせて固める。

「ぁあっ!ちめたっ!いっ……ぎっっ…なにしてんだ!」
「窓を開けられると私の命が危険に晒されるからです」
「ああああああああぁあっ!!寒い寒いいい」

人間は私から一番遠い部屋の隅に行くと、そこで体を丸まらせて震え出した。みじめだ。なんだか健気にも思えてくるが。

「…なぜ私を呼んだのですか」
「きき昨日、昨日冷房が壊れて、それで、我慢しようと思ったけど、けど、無理で、そしたら氷の妖精さんに頼めばどうにかなるかもって」
「妖精さんはここにおりますが」
「だからやり過ぎなの!それなんとか抑えられないの!?」
「無理です」
「ああぁあぁああ!…もふもふ!もふもふもふもふ!」

突然言葉を変えた人間は、クローゼットに飛びついて、中から服を掻き出した。そしてその服を何枚も着込むと、最後に毛布を羽織ってそのまま包まって毛玉に変身した。
毛玉は転がるとベッドに入り込んだ。

「あの、こんな格好で申し訳ないだけと妖精さん」
「なんですか毛玉」
「…ちょっと怒ってる?」
「話を進めて下さい」
「…や、あの、呼び出して早々本当申し訳ないんだけど、帰ってもらうことってできます?」
「はい?」

私としてもこんな暑いところに長くいるのは嫌だが、このまま帰るとなると私の中の何かが許せなかった。

「何ですか、勝手に呼び出して、勝手にうるさくして、勝手に帰れと」
「いや、本当申し訳ない」

ベッドの中からくぐもった声がする。そういえば毛玉は男だった。

「分かりました、しかし条件があります」
「はい」
「ここに呼ばれたのも一縁、毛玉の精を取ってからなら帰ります」
「………はい」

微妙な返答があった。

「毛玉はいま少しふしだらなことを考えましたね」
「…………」
「そしてその次に『そんな冷え切ったのでされたら生殖器がダメになる』と思いましたね?」
「……………はい」
「安心して下さい」
「…履いてるんですね」

何か変なものに結び付けられた気がしたので、冷気を強める。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「毛玉、よく聞いて下さい」
「はい」
「私のような氷の妖精は、人間の体と心を冷やして精を取ります」
「はい」
「ですから、大事な箇所に触ることはありません」
「はい」
「安心して下さい」
「…はい」
「しかし効率よく精を取るためには、毛玉の体の近くにいる必要があります」

そう言うとベッドの布団を引き剥がした。本当はここまでしなくてもいいが、この毛玉は少し痛い目を見てもいいだろう。妖精たりとも女性は怖いことを思い知るといい。

「いっ!寒い寒い寒い」
「こうでもしなければ私は精を取れないままここにい続けることになりますが」
「…分かりました、はい」

布団の中からは毛玉が出てきた。
狩った獲物を味わうには、まずは毛皮を剥がなければならない。それっ。

「あひいぃぃ!!」
「どうしましたか毛玉」
「いや、やっ、さっき精が取れないからって、布団、布団、取ったじゃ…」
「物事は効率です、邪魔な布がある分長くかかりますが」
「……」
「それに、安心して下さい」
「……はい」
「人間は環境に順応しやすい生き物です、冷えにもいずれ慣れるはずです」
「…いや俺ぜん全然ぜん慣れてないんですけど」
「慣れます」
「…はい」
「次を剥がします」

毛玉の中には黒いもこもこがあった。
引き剥がす。

「はひぃっ!」

黒いもこもこの中には白いふわふわがあった。
引き剥がす。

「にゃあぁ!!」

白いふわふわの中には青いぽふぽふがあった。
引き剥がす。

「んぃいぃ!!!」

青いぽふぽふの中には黒いさらさらがあった。
引き剥がす。

「ぎぃゃあ!!!!」

黒いさらさらの中には白いするするがあった。
引き剥がす。

「ああああ!!!!!」

白いするするの中には肌色のすべすべがあった。
引き起こす。

「あぁっはっはっひっひいっひっひっ」
「…安心して下さい」
「へっへっへぁっはっはっはっ」
「安心して下さい」
「いっいっいっいっひっひっひっひっ」
「息を吸って」
「ひぃっひいっ、ひっ、ひいっ、ひぃっ」
「吐いて」
「はっ、はぁっ、はぁーっ、はぁーー…」
「吸って」
「ひいぃっ、すうぅーっ、すうぅーー…」
「吐いて」
「はあぁーーー………」
「…安心して下さい、もう寒くはありません」
「すぅー…、あ、本当だ」

やっと正気に戻ったようだ。少しやり過ぎたか。

「寒さに、慣れたのか…」
「いいえ、ついさっきまであひあひしていた人間が、こうすぐ慣れる訳がありません」
「はい…」
「十分な精を取れたので、冷すのを止めただけです、もう寒くなることはありません」
「…ありがとうございます」

人間を引き起こしたままの体勢だから、身体同士が凄く近い。折角毛皮を引き剥がしたのだから、中身もじっくり味わなくては。
温まりきった体では、この部屋は少し寒い。

「しかし私も途中やり過ぎました。これからお詫びをします」

そのまま人間の身体を抱き締める。一瞬震えたようだが、私の身体が冷たくないと分かってから安心したようだ。

「これであなたの生殖器を永久冬眠させることもありません」
「はい…」
「ですから、安心して下さい、もう履いてませんから、ね?」






「あの」
「なんでしょう」
「わがまま言ってあれなんだけど、今度は暑くなって…」
「分かりました、冷やしますね」
「お、ありが…っていいいぃぃ!!寒い寒い寒い寒い寒い!!加減できないの加減!!寒い!!もふもふ!!」
「許しません」
「にああああ!もふもふ凍らせないで!!もふもふかちこちもふもふああぁあぁああ!!!!」
16/01/23 23:00更新 / ピュノン

■作者メッセージ
寒〜い冬に、あったかほかほか
グラキエス。

もふもふしたいなぁとか思ってたら書きあがってました。
コタツぬくぬくマンの背中が凍えればいいのです。
もふもふ。

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