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とある墓守の記憶
とある墓守の記憶

 私には変わり者の友人がいる。その友人の名はカーリーという。見上げるほどの背丈、こげ茶色の短髪、髪より深い茶色の瞳をもっている。職業は神父だ。

 あるの日の夕方彼はうちに訪ねてきた。
彼が私に相談があると言ってきたのだ。私が頼みごとをすることはあったがこれは初めてのことだ。

「いいだろう。いつも世話になっているんだ、多少のことなら力になる!」

「うーん。実はね…」
そうして彼が淡々と語り始めた内容はにわかには信じられないことだった。

彼はいつも通りに墓場の見回りをしていると人が見えた。しかし、見たところどうも不自然だ。声をかけるやいなやそれは覆いかぶさってきたらしい。が、動きが緩慢なそれに捉われることはななかった。魔法の心得のあった彼はそれを逆に捉え教会に連れていったとのことだ。彼は昔のことはあまり語らないがどうやら教会関係ではエリートの部類だったようだ。よく魔物のことを知っているようで生態などを時々教えてくれた。いや、ちょっと待て…魔物の動力源は人間の‘精’であると言っていたが、もしや…

私の様子を見て、彼は察したようだ。

「行為には及んでないよ。エネルギーを他人に渡して治療する魔法があるんだけどそれを応用してとりあえず空腹を紛らわしてもらったよ。それに意識のないような女性を押し倒してしまったとあれば私の誇りに傷がつくからね。」

いや、そういう問題ではないのだ…
第一に彼は神に仕える神父である。いいのかそんなんで?

しかし、この緩んだ姿勢でも立派な神父なのである。一目見れば悪態をつく子どものような態度だが、そのくせ慈愛に満ちている。変わり者のくせにとんだお人好しなのだ。それは詳しく話を聞くとより際立ってしまった。

 彼はとりあえずその応用魔法でそれを落ち着かせ、教会へ連れていった。その後、彼はそれに形ばかりの補強…いや、治療をしたのだ。眼球が腐り落ち洞のような空洞に義眼をいれた。腐りかけていた部分は魔力のこもった包帯に術式をかけ、これ以上腐らないように、大気から魔力を取り込み多少なりとも生前のように動けることを願い補強したのだ。また、骨の出ている箇所には同じく魔力と術式を合わせた布を、痛みのが無いよう麻酔をかけ、細くも丈夫な糸で縫いこんだ。

 これを聞き私は彼が悪魔に憑かれているか、悪い術で洗脳でもされているのかと思っていた。いくら死体と縁のある神父であろうと平然とそれをこなし、また淡々と語る様子が私に恐怖を抱かせた。たしかに彼が慈愛に溢れるお人好しであると私は知っている。だが、状況が異常すぎる。

 彼の話を聞き私は彼に食ってかかった。

「おまえがお人好しなのはよく知っている。しかし、今回は状況が異常すぎる。だから……この話を明朝すぐに麓の村まで行き、傭兵やら悪魔払いを呼んで来る。だからカーリーは私の家で待っていろ。」

「それは……許容できないな。」

「ならば力ずくでもっ……」
その瞬間に彼はどう動いたかわからないが私の手首をつかみ一瞬のうちに動きを封じられてしまった。

私はこれでも狩猟で生きている身だ。彼に魔法が使えようが強引に縛ってしまえば抵抗はできまいと思っていた。だが、とんだ検討違いだった。いつも楽しげに笑っている彼からこんな俊敏な動きは予測できなかった。

「私は神を信じています。しかし、神が目の前のけが人を救うなというならば喜んで私は反逆者となりましょう。」
いつもとは違うまっすぐな声色が後ろから聞こえてくる。
「なによりも彼女に罪はない。」

「…いいだろう。しかし、友人の危険がある限り俺は意見を曲げない。ならばその彼女とやらが危険でないか自分の目で確かめさせろ!!」

「わかった。…君のような友達がいてよかったよ。」

私もすべてを飲み込んだわけではない。教会でもしそれが暴れる意思や敵意があれば猟銃の引き金を躊躇なく引くだろう。
しかし、まずはそれをこの目で見ないことには判断できない。彼の真剣さに気圧されたもののいまだ私は胸中はざわざわとした不安を宿していた。

02

 その教会は私の家から半刻ほど歩いたところにある。このような山奥にあって一際大きく私の家からでも見えるほどだ。だが、今の神父がここへ来るまで住む者はなくその荒廃ぶりから昼間でも近づく者はいない。教会への道中に墓場が広がっているが故人を偲びにやって来るものは一年に一人か二人程しかいない。そんな寒気のする道を神父とともに歩き何故か墓場よりも幾分か空気が重い教会へと着いた。
「そんな怖い顔をしないでくれないか…彼女が怯えてしまう。」

「そんなことを言っても、俺が怖いぐらいだ。」

「大丈夫だよ。さっきも言ったけど腹は満たされているからね。しかし、それは本当に持っていくのかい?」
そう言って彼が指したのは私に抱えられている猟銃だった。

「なにかあってからでは遅いだろう。」
  
「うぅむ…君はこんな人気のない場所に住んでいながらひどく憶病なんだね。」
神父は眉をひそめそう唸った。
「ほうっておけ!」
多少の怒気を混ぜ言ったがこの男は気にもしないだろう。
「まぁ大丈夫だろう…」
そうボソッと言ったあと彼はボロボロの教会に分相応に大きな正面の扉ではなく横にある申し訳程度の勝手口へと足を運び鍵を挿しいれた。
「入らないのかい?」
彼の調子の外れた声色が聞こえた。
「入りますとも…」
脆弱このうえない返答に‘ははっ’と嘲笑ぎみに笑い彼は私を中へ招きいれた。

「とりあえずは落ち着いたみたいだからこの部屋で寝てもらっているよ。」
無駄に長く蝋燭の灯ががなければ歩けないであろう廊下や階段を経由して神父が止まったと思えば、手でその扉を示しそう言った。
“ガチャン”
私は銃に弾が入っていることを確認し、神父を無視して扉を蹴破った。

…………あれ?
ひと通り銃を構えたまま部屋を見渡すがなにもいない。寝ているのかとベットの布団を銃で突いてみるが明らかになんの感触もない。

「…騙したのか?」
私は困惑し神父に訪ねた。
「だから言っただろう‘怯えてしまう’と。」

そう答えたかと思うと彼は部屋の机に蝋燭を置き、部屋の片隅へと足を進めた。

「あっ…」
その先へと目を凝らすと人のようなものが膝を抱え俯いているのが確認できた。その部屋の片隅、角のタンスの脇に隠れるようにそれはいた。

「大丈夫、彼は私の友達だよ。」
そう言いながら神父はそれに寄り添いそっと頭を撫でた。

「と…も…だ…ち?」
神父の優しい雰囲気を察したのか彼女はそっと顔を上げてそう呟いた。

「そう、友達。友達は優しいから大丈夫だよ。君が暗いところから来たと聞いて怖がっていただけだよ。」

「みん…な、くら…いとここわい?」

「そうみんな暗いところは怖いんだ。だから心配しなくていい。君と一緒だ。」

「わたし…と…いっしょ?」

「そう。」
その言葉を受けて彼女は少し微笑んだように見えた。


03
 その日はドッと疲れてしまい。私は彼に別の部屋を借り泊めてもらった。
夜が明け気持ちも落ち着いたので件の彼女に会いに行った。ゾンビといえば日の光で浄化されてしまいそうなものだが神父の陰に隠れる彼女は別段体に異常は見られなかった。死んでいるので異常がないといえばおかしいが、遠目から見れば二十歳そこそこの娘である。しかし、茶褐色の肌は所々包帯で巻かれよく見れば針で縫ったあとがあった。
「…昨日は驚かせてしまってすまなかった。」
神父に隠れる彼女の目線に合わせるように顔を覗き込み謝罪を述べた。しばらく俯いていたが神父が頭を撫でると静かに頷いてくれた。どうやら許してもらえたらしい。

「しかし…どうするつもりなんだいカーリー。」

「どうもこうも他に行くところなどないだろう。教会の仕事を手伝ってもらおうと思っている。」

「…隠す気はないのか?」

「うーん、まぁそろそろ布教活動に取り掛かろうと思っていたところだ。人手が増えて丁度いい。」
彼はケラケラ笑いで彼女を見て、私に視線を移した。

「君にも手伝ってもらうことになるよ。」

「お断りします。」

「このか弱い娘が退治されてもいいのかい?」

「どーいう意味だ?」

「そのままの意味だよ。魔物と人間をつなぐような考え方を広めようと思う。それが布教さ。幸いここは大きな反魔物の教会もないようだし、魔王の魔力も行き届いていないみたいだからね。」

「?」

「簡単に言えば中立地域ってことだよ。」

「ふーん…」

「給料もはずむよ。」

「カーリー…あんたに稼ぎなんかあるのか?」

「もちろん!」

「なにか副業をやっているのか?」

「地下で葡萄酒をつくっているよ。」

「そんな話はじめて聞いたが…」

「初めて言ったからね。それに君は酒が飲めないと言っていたからね。」
いつものように彼はケタケタと笑いそう言う。
これに気をやっていては話が進まない。

「そもそも葡萄畑はどこにあるんだよ?」
私は慣れたように反応をせずに質問する。

「墓地とは反対側にあるから今度見るといいよ。」

「ふんっ。そうするよ。」

「じゃぁ、いこうか!」

「どこへ?」

「君の新しい職場さ。」
 
そう言って連れてこられたのは教会までの道のりにある墓地だ。

「君にはここの管理をやってもらう。」

「そもそも引き受けていないのだが。」

「か弱い娘が…」

「わかったよ!やるっつーの。」

「そうか。嬉しいよ。」

「…給料ははずめよ。」

「もちろんだ!」
そう言った彼の笑顔はとても眩しかった。
11/09/16 02:52更新 / 包み紙

■作者メッセージ
初作品です。どーなんでしょー、これ。

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