読切小説
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刀の在り処
W剣豪・餓狼、貴殿を是非とも我が教団に迎え入れたい。夕刻、裏山の神社にて待つ。

ーー主神教団 極東支部 所属・聖騎士ファルハスW

餓狼は一通の手紙に目を通していた。
やがて、読み終わったのか手紙をそっと横に置く。

「大陸の聖騎士か…」

軒下、1人座るその傍に一本の傘があった。

「戦場に出て早十年、昔馴染みはことごとく死に絶え、最早お主のみとなったな…」

そっと、傍の傘に手を触れる。

「…お主には世話になった、今拙者が生きてここに居られるのもお主のおかげだ」

餓狼はスッと立ち上がり空を見上げる。
夕焼けに染まった空は、近づく夜の到来を告げていた。

「…時は夕刻、そろそろ向かうとするか。」

そして、傘を手に取る。

「…山師の吾郎が今日は夕立があると言っていた。…もう少し世話になるぞ。」

そう傘に語りかける。勿論、傘はそれに反応しない。何故なら傘は命を持たぬ道具なのだから。
だが、餓狼はそうは思っていなかった。優しい微笑みを傘に向ける。

「さて、行くか。」
















餓狼はジパングの東端、伊賀の地に生まれた。伊賀では隠密・忍を生業とした傭兵稼業で栄えていた。その為、餓狼も幼い頃より忍としての“いろは”を叩き込まれた。
父は、餓狼が生まれる前に北方の戦で戦死し母も餓狼を生んで間も無く病死した。そんな餓狼を引き取り、忍の術を教えたのは祖父であった。
祖父はあらゆる忍術を餓狼に教えた。歩法、幻術、読唇術…覚えた術は多岐にわたり、餓狼を一人前の忍として確立するにあたった。
その中でも餓狼が1番興味を惹かれたのは剣術だった。剣術の稽古の度に、餓狼はワクワクした。抜刀、突き…様々な技を修得する度にこみ上げてくる達成感や充足感に喜びを覚えた。
そして、十年の月日が流れた…。


ある日、餓狼は1人山の麓にある祖父の庵にいた。
この時期、祖父は山中の神社に供物を届けに朝早く庵を出る。その為、餓狼は暫く1人で修行、もとい生活をする事になる。
三年前迄は神社に向かう祖父に従い、共に供物を届けに行っていたのだが、七つになった頃から修行に遅れを出さない為にも庵に残り1人修行を続けよ、との祖父の言付けにより餓狼は庵に残っていた。

三日後、祖父はまだ帰って来ない。いつもならその日の夜には帰ってるのだが未だに祖父の気配は感じなかった。
不審に思った餓狼は素早く身支度を済ませ、その日の内に山中の神社へと向かった。

祖父に習った歩法で、スイスイ上へと登っていく。半刻も経たぬうちに山の頂上にある神社へと辿り着いた。そこには、神社の門前に佇む1人の男の姿があった。

「養父上!一体どうなされたのだ⁈」

餓狼は祖父に声をかけた。

「ん?…おお、餓狼か。」

餓狼に気付いた祖父は振り返る。

「なんじゃ?…ああ、お主の倅か。」

その奥に女が1人いた。
紫の髪を腰まで垂らし、佇んで…否、塒を巻いていた。

「いや、倅ではないんだ。孫だよ。儂が一流の忍に育てる為に共に暮らして修行をつけてやっとるんじゃ。」

祖父は微笑みながら答えるその顔には少し嬉しげな、自慢気な雰囲気が出ていた。

「ふ…お主の孫なら、かの道元の様な秀才なのだろうな。」

「ははは…!彼奴より優れた忍になるに決まっとります!なんせ、儂の孫なのだからな!」

そう言って祖父はバンバンと餓狼の背中を叩いた。
餓狼は少し痛かった。だが、今はそれよりー

「…養父上、あの方は…?」

「そういえばお前は会うのは初めてか。この方は蓮姫、この神社に住まう龍神様じゃ。」

「!りゅ、龍神⁉」

龍神とは即ちこの地の守護神、持ち主である。何故祖父はそんなお方と対等に会話しておられるのだ?
餓狼は先ずそこに疑問を感じた。

「彼奴と妾は昔馴染みでな、彼奴が幼き頃より面倒を見てやっていたのじゃ。故に、対等の付き合いを許しておる。」

餓狼の疑問を見抜いた龍神は簡潔にその疑問に答えた。
その言葉をきいた祖父はその経緯について語り始めた。

「…儂も昔、戦で両親を亡くしてな。この地で修行していた我が師・柳仙(りゅうせん)に引き取られた。そこで儂が柳仙殿に教えをこうてな、忍としてのあらゆる技術を学んだ訳じゃ。」

「その柳仙も毎年この時期になると妾に供物を届けに来てくれていての、此奴はそれに無断でついて来て、そこで妾と初めて会ったのじゃ。…じゃが、柳仙は此奴が勝手について来た事に酷くご立腹での『ここに残って一晩反省してろ‼』と言って此奴を置いて麓に帰ってしまったのじゃ。」

「…当時の儂では師の足の速さにはとても付いて行く事などできぬ。仕方ないのでこの神社に泊めてもらったんじゃ。」

祖父は恥かしそうに語った。
龍神はにやにやしながら、補足をする。

「その時に此奴め、大泣きして『父上に会いた〜い!』と大声で叫んでの。泣き止ますのに苦労した…」

ハア…と溜息を付いて話す蓮姫。

「な⁉ひ、姫様!それは口外せぬ約束では⁉」

祖父はあたふたと手を振りながら慌てている。こんなに動揺した祖父を見るのは初めてだ。
祖父をここまで手玉に取るとは…只者ではない。それに、あの妖艶な容姿。長く続く修行の毎日で萎えた男を奮い立たせるには充分な魅力だ。
餓狼は暫し蓮姫に魅入っていた。
それに気付いた蓮姫が妖しい笑みを浮かべて餓狼に歩み寄ってくる。

「お主…妾に見惚れておるのか?」

餓狼の面前まで来て静かに語り掛けてくる。

「ー‼」

餓狼は堪らず、顔を背ける。
たが、尚も蓮姫は近づいてくる。

「ふふ♪初々しく可愛らしいのぅ〜…だがの、残念じゃが妾は既に心に決めた男がおるのじゃ。今は大陸へ行っていてなかなか会えぬのじゃがの…」

しゅんと俯く蓮姫。それによって二つの豊かな胸が着物からこぼれそうになる。
餓狼は目のやり場に困り祖父の方へ助けを求める。
祖父は苦笑しながら、ただ、餓狼を見ていた。

「…ところで、ジレット殿は何をしに大陸へ?」

祖父のその質問に蓮姫は先程とは打って変わって神妙な面持ちで答えた。

「…ジレットの故郷が侵略された。田畑は焼かれ農夫は勿論、その妻子まで皆殺しにされたそうじゃ…」

「!…して、攻めてきたのはどこの国ですかな?」

「…かの公国じゃよ、五十年前、ジレットをこのジパングまで追いやった。」

「ー‼」

餓狼にはイマイチ話の内容が理解出来なかったが、只事ではない事だけは分かった。故に、ジッと黙って話を聞いていた。

「…奴等がこの地まで攻めてくるということは…?」

「無きにしも非ず、じゃな。先日、大陸に向かわせていた配下の白蛇から奴等が霧の帝国の一部を占領したとの報告があった。そして、その港にて軍船を製造しているらしい。…攻めてくるのは時間の問題じゃろうな。」

「大陸ではジパングは黄金の国などと呼ばれているらしいですからな。そうでなくともこの国には大陸には無い珍しいものが沢山ある。軍事的観点以外から見ればここは宝の山にでも見えるのでしょうな。」

祖父は暫く空を眺めていた。その背は、怒りに震えていた。
餓狼は怒りの源泉は公国だけではない事を知っていた。知っているから何も言えなかった。

ここジパングは太古より外海から侵略を受けてきた。その度に、時には神が、妖が、英雄が立ち上がり侵略者を撃退してきた。しかし、そのどれもギリギリの勝利でしかなくジパングは常に国力の矮小さに悩まされてきた。故に、この国は外海との関わりの外海との関わりを極力制限してきた。不用意な関わりで無駄な争いを持ち込まぬ為に。

餓狼の祖父は迷っていた。ここで自分が動けば、この地に無駄な争いを持ち込んでしまうのではないか?しかし、ジレットは師を無くした自分を引き取り面倒を見てくれた第二の師でもある。それを見殺しにするなどできるはずがない。

「…餓狼よ、これからの修行は蓮姫様に頼みなさい。儂はー暫く帰れんのでの。」

「ー!源慈、お主…」

餓狼は意味が分からず、ただ、困惑するのみだった。
祖父は餓狼の方へ振り返り、ゆっくりと屈んだ。そして、そっと餓狼の頭に手を乗せた。

「…餓狼、強く、立派に生きろ。そしていつか立派な忍となった時、またお前と組手をしよう。それまで…達者での。」

今迄で一番の笑みを浮かべ頭を撫でる祖父に餓狼は、全てを悟った。
源慈はスッと立ち上がると庵とは逆の方向へ歩き出した。

「ち、養父上…!」

餓狼は祖父を呼んだ。今迄育ててくれた養父に突然の別れを告げられ、納得いく筈がない。
祖父は再び振り返りニッコリと微笑むと、忍の歩法であっという間に森の中へ消えて行った。

「ち…養父上…」

餓狼は祖父の去って行った森をただ、じっと見ていた。
辺りは夕焼けに染まり、風に揺れる葉の音以外しない静けさを出していた。

暫くの沈黙の後、蓮姫は餓狼に優しく語り掛けた。

「…餓狼、と言ったか。こっちへおいで…」

誘われた餓狼はフラフラと蓮姫に倒れ込む。
蓮姫は優しく餓狼を抱きしめた。

「…餓狼や、お主の面倒は妾が見る。安心して、祖父の帰りを待つがよい…」

蓮姫の抱擁は餓狼に母親の温もりを感じさせた。その母性に満ちた抱擁に心地良さを覚える。
餓狼はゆっくりと瞼を閉じた。
















十五年後ー


餓狼は手紙に書いてあった神社の前に来ていた。
その手にはしっかりと傘が握られている。
しかし、呼び出した本人である聖騎士の姿はない。

「ここで合っている筈だが…」

餓狼が辺りを見回しているとー

「おや?餓狼殿、随分とお早いのですね。して、答えは決まりましたかな?」

豪勢な白銀色の鎧に身を包んだ、金髪の騎士が階段を登ってきた。
あからさまな作り笑いを浮かべ、両腕を広げて大袈裟なリアクションをとる。

餓狼は決意の篭った眼でファルハスを見つめた。

「…ファルハス殿、拙者はこれまで数えきれないほどの人を戦場で斬ってきた。肉を裂く感触も骨を断つ感触も知っている。幾つもの命を奪ってきたこの手で、血と脂に塗れたこの手で人を守ってゆけるなら…!拙者は、再び剣鬼となって戦場を駆けよう。」

封書の手紙を読んだ時、餓狼は既に決めていた。教団騎士となって大陸に渡り、人々を脅かす魔物とやらを残らず切り伏せると。
この手で、人を斬る事しか知らないこの手で、人を守る事が出来るのなら…。拙者は再び剣を取ろう。誰もが平和に暮らせる世を作るために!

餓狼の決意を聞いたファルハスはプルプルと震えていた。
そして、口を開けて笑い出した。

「クッ…ハハハハハハ…ッ‼いや、失礼!あまりに見事な御高説に歓喜の声を出してしまいました。クク…いやはや、素晴らしい!貴方をお誘いしてよかった。これからはその剣…いや、その刀、教団の為に、引いては人々の為に!振るわれますようお願い申し上げます…」

華麗な言い回しで教団へと誘うファルハス。彼は餓狼に一枚の紙を差し出した。

「餓狼殿には、教団に入っていただくにあたり、この契約書にサインを…」

「サイン?」

「署名です。」

「承知。」

餓狼は渡されたペンでぎこちなく、餓と書き始める。

「(ククク…!この契約書にサインしたが最後、貴方は死ぬまで教団の犬として働いてもらいますよ…ククク!)」

契約書には高位の術式魔法が掛けられていた。この契約書にサインをしたものはそこに書いてある事を死ぬまで守り続けなければならない。厳格に誓約を守らせる解除不能、超一級の大魔法具だ。

ファルハスの魂胆を知る由もない餓狼は最後の狼の字を書き終えようとしていた。

「(クク…!これを書けば、貴方はめでたく教団の所有物として…「させませーーーーーーーーーーーん‼‼」

餓狼が最後の字を書き終える寸前のところで突然、2人の間に傘が降ってきた。
その傘は、契約書の上に落下してきた。おかげで紙は見る影も無い程に破けていた。

「な、なに⁉」

「ぬおっ⁉」

…いや、傘ではない。女だ。
傘の支柱たる部分はしなやかな女人の身体で出来ていた。

「ご主人様!それに“さいん”してはダメです‼」

今しがた固めた決意を真っ向から否定する言葉に、餓狼は思わず声を荒げた。

「拙者の償いを…決意を否定するのか⁉」

「そうじゃありません!…この方は嘘をついています!」

頭に傘を乗せた少女がファルハスを指差しながら、断言した。


「…ほぅ、貴方は私を、神の騎士たる聖騎士を…嘘つき呼ばわりするのですね?」

尚もファルハスは口の端に笑みを浮かべたまま応える。

「その回りくどい話し方も嫌いです‼…この契約書、魔法が掛けられてますね?」

少女はビリビリになった契約書をファルハスに突き付ける。

「…はて、何の話ですかな?私は教団の形式に習って神聖なる主神への忠誠を誓っていただく為、その契約書を手渡したまで…まあ、その契約書をたった今貴方がビリビリにしてしまいましたがね。」

白を切るファルハスに少女は業を煮やしてか、かつて契約書であったそれを投げ捨てる。

「…貴方が認めないというなら構いません。ですが、ご主人様を連れて行くのは許しません。」

傘の少女は餓狼の前に立ち、両手を広げ庇う形をとる。

「お、お主は一体…⁉」

急な展開に理解が追いつかない餓狼は目の前の少女に答えを求める。

「私は…貴方の傘です!」

少女は、満面の笑みでそう言った。

「…傘?」

意味不明な解答に餓狼は更に困惑していた。確かに俺はよくあの傘を持ち歩いているが…て、あれ?傘が無い??
そんな餓狼を他所に、ファルハスは突然現れた目の前のW敵Wに剣を向けた。

「⁉ファルハス殿、一体何を…⁈」

「…決まっているでしょう、害虫の駆除ですよ。これから貴方にやっていただく。」

聖なる騎士、ファルハスは恐ろしく無感情に、無表情でそう言った。その周囲には冷厳なオーラが漂い始めていた。

「バカな!相手は子供だぞ⁉しかも女人だ!」

「おや?おかしな人ですね。これから狩るのはただの獣ですよ?人々に害なす存在、魔物だ。貴方も狩るのでしょう?これから。」

聖騎士の「何を言ってるだ」と言わんばかりの態度に、餓狼は驚愕した。

彼が魔物と言った目の前の少女は、人類の敵と見るにはあまりにも可愛い過ぎた。こんないたいけな少女を狩るのが自分の仕事なのか?これは本当に償いとなるのか?
餓狼は聖騎士の言葉に疑問を抱いていた。

「…ほら、わかったらさっさと殺して下さい。この程度も斬れないのであれば、私は貴方を見限る。それまでだ。…だが、慈悲で斬れないのであれば私は此処で貴方を斬り捨てる。」

ファルハスの冷酷な視線が餓狼に突き刺さる。

「くっ…拙者は…」

目の前の彼女は見た目からしても人間ではないのは確かだ。だが、それだからと言って斬り捨てて良いのだろうか?本当に彼女は人々の脅威となるのか?

躊躇う餓狼の姿を見て、チッと舌打ちをしてファルハスは突きの構えのまま少女へ斬りかかった。

「‼」

ギィィ…ン‼

少女は剣を傘の部分で受ける。

「!この傘、我が剣を受け止める強度を持つとは…」

「当たる手前で硬化させました!この状態の私には傷一つつけられませんよ〜!」

少女はドヤ顔で断言する。

「ふ…魔物風情が!」

ファルハスはクルリと回転をして、その勢いのまま今度は下から斬りあげる。

「きゃあっ⁉」

傘を弾かれ無防備となった肢体に、ファルハスが白銀の剣を構える。

「これで終わりだ!化け物ーーーーー‼‼」

少女の腹部にファルハスの横からの剣撃が襲いかかる。

「ひっ…⁉」

死を覚悟した少女はぐっと瞼を閉じる。

ガギィィ…ン‼

……



あれ?生きてる?


「大丈夫でごさるか?」

「あ…」

ファルハスの剣はすんでのところで餓狼の一刀に阻まれた。

「‼貴様ぁ!我が教団に楯突くか⁉」

自らの一撃を阻まれたファルハスは敵意を剥き出しにして餓狼を睨みつける。
だが、餓狼も軽蔑の目でファルハスを見る。

「ファルハス殿、貴殿は拙者に魔物を斬る事こそが拙者が今迄奪ってきた命に対する償いになると言った。それが拙者の歩むべき道だと。…しかし、拙者の道は…こんな少女を斬る為にあるのではない!」

「ほう…それが少女だと、人だと言うのか?浅ましい事だ。いいですか?餓狼殿、それは獣だ。人を襲い、奪い、食い散らかす、本能の赴くままに盛り無駄に繁殖し続ける。忌々しい害虫なのですよ‼」

剣を荒々しく突きつけ、猛る。ファルハスは最早教団の聖騎士として姿を保ってなかった。

「…ファルハス殿、今のその姿決して神の使徒たる聖騎士などではない。獲物を前に己の欲のままに猛り狂った、ただの猛獣だ。…獣は貴殿の方であったな。」

その瞬間、プツンとファルハスの脳内で何かが切れた。
剣を持つ手がプルプルと震えている。

「きっ…さまぁぁぁぁぁ‼‼」

ファルハスは地面を蹴り、一直線に餓狼の元へ襲いかかる。
餓狼はゆっくりと構え、敵を待つ。

「ご主人様ぁ!」

「死ねぇぇぇ!餓狼ぉぉぉぉぉ‼」

そして、力強く剣を振り下ろす。

「斜め上からの斬り下ろしとは…」

餓狼はそれを愛刀で受け止める。

「この…!死ね!死ね!死ねぇぇぇ‼」

ファルハスは何度も剣を餓狼に叩きつける。力任せの連撃。
しかし、それが故に御し難い。

「くっ…!力任せの剣撃にしては、随分早い剣速だ。だが…」

餓狼は一瞬、地面を踏みしめありったけの力を込めて刀を振り下ろした。

「なっ…!」

ファルハスは弾かれ後方へと飛ばされた。そして一本の木の幹に激突して、落ちていく。その隙に餓狼は一度納刀し、そのまま静かに構えをとった。

「…クソがっ!極東の田舎武者程度が、この私を弾くなどと…‼あり得ん!断じてあり得ん‼」

ファルハスは餓狼の実力を見誤っていた。たかが極東の侍が教団騎士の中で一、二を争う自分に敵う筈がないと。しかし、その予想はあっけなく打ち砕かれた。
この男は強い…。
ファルハスはこの時になってようやく理解した。彼を倒すには自分の全力を出さねばならぬと。

「…」

「(ん?奴の雰囲気が変わった…?)」

ファルハスから先程の様な狂戦士的オーラは感じ取れなかった。代わりに、最初の冷厳な雰囲気が戻ってきた様にも見える。
戦いのリズムを変えてきた相手には慎重に望まなければならない。それは餓狼が数多の戦場で培ってきた経験からのものであった。


「…」

ファルハスは餓狼の力量を正確に理解した。それは自信や侮りからではない、理論的で直感的なものである。彼もまた、数多の戦場で身につけてきた技を秘めていた。
この侍に対してはその全てを出さなければ勝てない。
そう感じたファルハスは短時間で勝負を決める為、最初の一手を仕掛けた。

ドンッ‼

勢いよく地面を蹴る音、ファルハスは餓狼に突進してきた。

「正面から…!」

餓狼は柄に手をかけ抜刀の準備をする。最初の一撃で仕留める為だ。彼もまた長期戦を不利と読み、一撃必殺の構えをとっていた。
しかし、その読みは外れた。

「(ニヤ…)」

「ー⁉」

ファルハスは剣を放つ寸前にもう片方の手の平を此方に向けた。そこから目映い程の閃光が放たれた。
餓狼は咄嗟に右手で目を庇ってしまった。
その隙にファルハスは背後に回る。

「くっ…ファルハスはどこに⁉」

刹那、背後に気配を感じた餓狼は咄嗟に抜刀する。

ギィィ…ン‼

「ふん…この程度、受け止めて当然だ。」

ファルハスは後ろに飛び退き、距離をとると再び左手を向ける。
今度は周囲から光を集め、凝縮していく。それにより辺りは暗闇と日向の混成した状態となった。

「!させるか‼」

ファルハスの次の一手を封じる為、餓狼はファルハスに斬りかかる。

「ククク…!遅いわ‼」

餓狼が辿り着く前に、ファルハスは凝縮した光を解き放った。
解放された光の渦は餓狼目掛けて、光速で飛んでいく。

「‼ぐぁぁぁぁ…‼‼」

「フハハハハハ…‼消えろ消えろ‼」

餓狼は光の中へ飲み込まれていった。

「餓狼様ぁぁぁぁぁ‼」

やがて、光が消え渦から解放された餓狼は力無く地面へと落下していく。

「ふん…」

だが、ファルハスは落ちることすら許さなかった。落下する前に餓狼の元まで急速に接近したファルハスは上からその腹部に剣を突き刺した。そして、その勢いで強引に落下させる。

ドゴォォォ…ン‼

餓狼が落下した衝撃で地面にはクレーターが出来上がっていた。
大量の土煙が舞った後、少女がクレーターの中に見たのはファルハスの剣を深々と刺され地面と連結している餓狼の姿であった。

「あ…あぁ…ご主人…様…」

少女はヨロヨロと餓狼の元へと歩いて行った。途中の段差に躓きクレーターの中へ転がり落ちていく。そして、餓狼の元まで落ちてきた少女は穴の中心でピクリとも動かない主の方へとただ手を伸ばしていた。
そこに、この状況の首謀者たる聖騎士が静かに降り立った。

「…案外、呆気なかったな。さっさとサンプルを採って支部に戻ろう。」

ザッ…

「…何の真似だ?」

ファルハスの前に、先程の少女が立ちはだかった。両手を広げ、主人を庇う態勢をとっている。

「お前の主は死んだ。…それにもう貴様にも興味は失せた。特別に見逃してやるからさっさとこの場から消えろ。」

冷たく言い放つファルハス、しかし、少女はどこうとしない。

「…ふぅ、全く、面倒な種族だ。」

ファルハスは腰の白銀の剣を抜き放ち少女の喉元へ振り下ろした。

「っ‼(申し訳ありません!餓狼様…‼)」

少女は今度こそ死を覚悟し、グッと目を閉じた。

ザシュッ!





…あれ?私、生きてる?

「…大丈夫でござるか?」

ゆっくりと瞼を開けると、そこにはファルハスの剣を肩に深々と刺された餓狼の姿があった。

「あ…ぁ…ご主人…様…」

「貴様…!まだ、生きていたのか!存外、しぶとい…蟲の如き生命力だな!」

ファルハスは柄に力を込め、餓狼の肩にめり込ませていく。

「ぐっ…!ぐあぁぁ…‼」

「ご主人様‼」

「ぐ…だ、大丈夫でござるよ。今、終わらせる。」

餓狼はゆっくりと腰の刀に手をかける。

「…なんだ、まだ戦おうというのか?バカめ!今の貴様がこの私に敵う訳がないだろう!その体では傷一つ付けられんわ‼」

「それは…どうでござるかな?」

刹那、餓狼は瞬時に剣を抜き放ちファルハスを斬り裂いた。

「がっ…‼バ、バカな…!」

右の横腹から左の肩にかけて斬り裂かれたファルハスは一瞬、よろめいた。
その隙に餓狼は斬り抜いた方向から振り下ろす。

「…二度は食らわん‼」

ファルハスは咄嗟に剣を前に出しそれを受け止める。
そして、それを弾き返し後方の柵の上へと飛び退いた。
この傷での戦闘継続は困難と判断したファルハスは、餓狼達を再度見据える。

「ククク…案外、やるようだ。貴様のその才、ここで失うには惜しいな…いいだろう、この場は退いてやる。いずれまた、手合わせ願おう…」

そう言うと、ファルハスは光の中へ消えていった。

「…転移魔法、か。どうやら去った様でござるな…」

餓狼は刀をしまうと、ふう、と息をついた。
危機は去ったとはいえ、彼はまだ肩を裂かれたままであった。

「それよりその傷!早く治療しないと…!あわわ、私の所為で…なんとお詫びすれば…!」

少女はあたふたと動揺した様子で手を振っている。
餓狼は怪我人を差し置いてパニックを起こす少女に優しく諭す。

「落ち着くでござる、拙者は数多の戦場で数多の傷を負ってきた。この程度、なんてことないでござる。」

餓狼はそう言ってガッツポーズをとる。

「あいたた!」

「っ!大丈夫じゃないじゃないですか‼ほら、急いで刑部狸さんの所へ行きましょう‼」

少女は餓狼の手を引き、村の方へと走り出した。

「わわっ⁉ちょ、待つでござる!また傷が…ぐはっ‼」

「…もうすぐ着きますからね!もう少しの辛抱です‼…あれ?ご主人様?ってキャアアアア⁉白眼剥いて…!しっかりしてください!餓狼様ぁぁぁぁぁ‼」

餓狼は気を失ったまま村で薬師をしている刑部狸の元へ運ばれた。








………


……






ここは…どこだ?


果てし無く続く暗闇の中、ふわふわと漂っている。


その最奥、遥か下に一粒の光が見える。


あれは…


宙を蹴り、光の元へ向かって飛んでいく。


段々と近づくにつれて、懐かしい香りが鼻腔をくすぐってくる。


…これは、戦の香り…


匂いが強まるごとに、光の細部が段々と見えてきた。


淡い光の中にぼんやりと浮かび上がる荒野。長雨の中、刀をぶつけ合う甲冑姿の男たち…


これは…尾張の決戦?拙者が初めて出陣した戦…。


様々な背格好の男たちが得物を振るう中、餓狼は1人、敵陣の中で敵を吹き飛ばしていた。


この時、拙者は歌舞伎王の側に付いたのだったな…。


戦場の餓狼は尚も、敵を斬り続けている。返り血を浴び、全身を赤く染め一心不乱に敵を斬っている。その眼孔も赤く、敵は段々と戦意を失っていく。

「ば、化け物め…‼」

「こんな怪物相手に、やってられるか!」

そのうち、餓狼の無双ぶりにすっかり戦う気力を失った敵兵達は一人、二人と戦場から逃げ去って行く。

「ええい!何を逃げ帰っておる!あのような小童一匹、包囲して押しつぶせばよかろう‼」

後方で白馬に跨りながら檄を飛ばすこの男の名は金義(かねよし)、またの名を金山王と呼ばれる、この地域一帯の領主だ。
この男、家の財力を武器にあらゆる悪事を働いており、圧政を強いられた民や兵からはあまりよく思われていなかった。
また、兼ねてより隣国の王であり善良公として名高い歌舞伎王とは仲が悪く、小さな小競り合いが絶えなかった。
そんな中、歌舞伎王の城下町の酒場で金山王の配下に因縁をつけられた武士が、斬り合いにより、その男を斬り殺してしまうという事件が起きた。
これを受けた金山王は報復として自らが率いる一万の軍勢を歌舞伎王の城へ進軍させた。
対する歌舞伎王は、金山王の狼藉の数々に遂に堪忍袋の緒が切れた。金山王の出兵から一刻も立たぬうちに、金山王討伐軍を結成、悪鬼征伐に乗り出した。
この時、雇われた傭兵達の中に餓狼はいた。


神社での修行を終え、傭兵の旅に出た餓狼は先ず、仕えるべき主を捜すため、各地を渡り歩いた。そこで彼が見たのは、戦禍によって苦しむ民の姿であった。
あるものは飢えに苦しみ。またあるものは夜盗に襲われ命を落とす。餓狼はその根源にあるのは腐敗した権力者とそれが起こす戦乱であるとした。
そこで、通りかかった村や町で、私腹を肥やす役人や村を襲う夜盗を次々に斬っていった。その度に餓狼は人々から畏怖の目で見られるようになっていった。
そんなある日、立ち寄ったとある領地で餓狼が見たのは、民を労わる役人と穏やかに堅実に暮らす農民達であった。正にそれは餓狼の望む理想の世界だった。
不思議に思った餓狼が村人達に話を聞いていくと、どうやらここの領主は善政を行うことで有名な、かの歌舞伎王と呼ばれる男であるらしい。

その男なら、あるいは…

自分を使いこなし、世の中の悪を根絶することが出来るのではないか?
そう考えた餓狼は早速、歌舞伎王の城へ向かった。


「ダメだ。」

「…なんだと?」

「貴様の様な、見るからに怪しい帯刀者を城へと入れる訳にはいかん。立ち去れ。」

城へと向かった餓狼は門番に歌舞伎王軍への志願の為、城への入城を求めた。しかし、身分も怪しい餓狼が城へ入れるはずもなく、呆気なく門前払いされてしまった。

「…ちっ!」

「入りたければ、許可証を持ってくるのだな。」

門番は鬱陶しいと言わんばかりに、しっしっと手を振っている。
餓狼は仕方なく、回れ右して立ち去ろうとした。するとー

「おいおい、あんまり固いこと言いなさんな。」

町の方から派手な衣装の男が歩いてきた。
そして、門番の肩にポンと手を置き馴れ馴れしく話しかけている。

「っ!兼続様‼お戻りになられたのですか⁉」

兼続と呼ばれた男は尚も手を置いたまま話を続けた。

「こいつの剣の腕は確かだぜ、この町に来る前に周辺の山賊団を三つ程壊滅させてきたらしい。」

「な、あの“三叉の吾郎”達をですか⁉」

「そうだ。だから、俺はこいつを雇う。はい、決まり!」

兼続は一方的に俺を雇う契約をしてしまった。こちらとしては、有難い限りだが…
それより、この男は何者なのか。それが、知りたい。
餓狼は兼続に尋ねた。

「…貴殿は、一体…?」

「ん?俺か?俺は…」

「…城ヶ嶺兼続、城ヶ嶺家の四代目当主にしてこの城の城主。世間一般では“歌舞伎王”なんて言われている。」

「っ‼」

まさかこんな形で雇い主と出会うとは、思ってもみなかった。だが、それは好転した。話からして彼は、俺がここに来るまでの動向をある程度知っているらしい。旅の道中で因縁をつけてきた三叉の吾郎と呼ばれる山賊一味を壊滅させた事も既に知っているらしい。思わぬところで実力を示してしまった。

門番を説得した兼続は餓狼を城へと案内した。
その異名通り城の内部は一風変わっていた。
赤と白の派手な装飾と、至る所に飾ってある歌舞伎絵。
…彼は歌舞伎好きなのか?
彼の自室まで案内されると、侍女らしき女から茶を差し出された。

「…忝い」

茶を受け取り、ズズッと啜る。
ふむ、やはり茶はうまいな…
そういえばこの女、妙に髪が長い。足先まで伸びた髪は漆黒の光を妖艶に発している。

「まあ、楽にしてくれや。これから一緒に働く仲だしよ。」

「…了解した。」

餓狼の返答に、苦い顔で否定した。

「ああ、ダメダメ。そんな堅苦しいの無し、認めませーん。」

「え?…いや、しかし我らは主君と従者。あまり親しく接するのは…」

「バカヤロゥ!なに寝ぼけた事吐かしてんだ⁉」

「っ⁉」

「…俺はお前の剣技に惚れ込んで配下に加えた。だがな、それ以上に俺はお前の心に惹かれたんだ!」

「…?」

「お前、吾郎との戦いの最中に山賊に殺されそうになってた小僧を庇っただろ?あの時の傷、まだ残ってる筈だ。」

「…」

「ほら、見せな。」

三叉の吾郎との戦闘の最中、1人の男の子が森に迷い込んでいた。うっかり俺と吾郎が戦っている所に出てきてしまったその子は吾郎に真っ先に狙われた。…いや、恐らくはそれを庇うであろう俺を狙ったのかもしれない。
とにかくその時、一太刀貰ってしまった。それを今この男は見せろというのだ。

「…」

餓狼は無言で上だけ脱ぎ、背中の傷を見せた。

「…まだ、パックリ開いてんな。よし、お松、茜を呼んで来い。」

「御意。」

お松と呼ばれた侍女はスッと立ち上がり何処かへ行ってしまった。

「…さて、餓狼。お前、なんの為に俺の下に来たんだ?」

兼続は本題に入った。
事を話すにあたり、餓狼は部屋に結界を張り、外部との音の共有を断ち切った。

「…私は伊賀の忍、仕えるべき主を捜して此処まで旅をしてきた。そして、この国の民の顔を見て、貴殿に仕える事こそが我が使命と思い馳せ参じたまで…」

…これ以上は伊賀の存亡に関わる、この程度でいいだろう。
餓狼は簡潔に事情を話した。

「お前…忍だったのか。あの剣技からして何処ぞの剣士かと思っておったが…まあ、なんにせよ、事情は分かった。お前を我が軍に迎える。これからよろしくな!」

兼続は餓狼に肩を組んできた。
…暑苦しいのか、楽天家なのかよく分からんな。

「やっほー!兼続どん、治療に来たで〜…って誰やこのイケメン⁉」

「今日から俺の護衛を務める餓狼だ。よろしくな!」

「⁉ご、護衛⁉」

「おう、お前の役目は俺を護る事。そんでもって俺の遊び相手な。…なんだよ、不満か?」

「い、いえ!そのような…」

「じゃ、決まりな!」

…相変わらず、よく分からん。まあ、護衛というのも悪くはないだろう。何事も経験というしな。

「…ところで、この方は?」

「ああ…こいつは茜。うちの参謀 兼 薬師だ。お前の怪我を治してやろうと思ってな。」

参謀と薬師。かなり違う気するが…それがこなせる程器用だという事か?

「餓狼…いい名や。」

「え?」

一方、茜は ボーと餓狼の方を見つめている。

「あ、あのー…?」

ガシッ!

「ウチの婿にならへんか⁉」

「ぶーーーー⁉」

餓狼は思わず吹いた。とことん吹いた。汚いとか言ってられない程吹いた。

「な、な、何を言っているだあんたはー⁉」

「何って…そのまんまの意味やけど?」

茜はキョトンとした顔で応える。…いや、そんな当たり前みたいな顔されても。

「おいおい茜。こいつは俺の男だ、お前には渡せねぇよ。」

「お、俺の男…?」

そ、それは何やら“にゅあんす”が違う様な…。

「なんでや〜?あんたのトコの兵士、ウチの婿さんにしたってええやないか〜。…あ、それともこの人も男色…?」

「違います!」

「ならええやないか〜、ウチ、めっちゃ好みやねん。一目惚れやねん。今すぐにでも抱かれたいねん!」

な、何なんだこの人は…?何やら途轍もない事を言われた気が…。

「こらこら、初対面から抱くとか言ったら引かれるぞ。この先ずっと距離置かれる関係になってもいいのか?」

「そ、それはアカン‼」

「だったら、今は大人しく怪我の治療してやれ。」

「そうやったな、本来の役目忘れとったわ。…んで、どこが痛いんや?」

そう言って兼続に聴診器を構える。

「違う違う、俺じゃなくて餓狼の方。」

「あ、こっちね。」

茜は餓狼の方まで来て、顔を顰める。

「…これは酷い傷やな、背中がパックリ裂かれとる。大斧かなんかで思っきしぶった斬られた様な痕や…だが、幸い鍛えられた筋肉のお陰で大事には至っていないみたいやな。」

餓狼の傷を見るなり、スラスラと状態を分析していく茜。
こ、この女子(おなご)なかなかにできるな…薬師というのは本当の様だ。

「ま、ウチにかかれば一瞬で治せるで〜。ほな、餓狼様、ちょっとばかしじっとしててな〜♪」

茜は手を傷の上に翳すと、何やら呪文の様なものを唱え始めた。

「……。…、……。」

餓狼はじっと、茜の治療が終わるまで待った。

「喝ーーーーーーーーーーーー‼‼」

「うわぁぁぁぁぉぁ⁉」

「はい!終わったで♪」

「最後のアレ、絶対いらなかっただろ?」

兼続はジト目で茜を睨む。
茜は何の事やー?とトボけた顔で応える。

「…こ、これは!」

鏡で傷の具合を見た餓狼は驚愕した。それもそのはず、具合どころか傷そのものが消え去っていたのだから。

「刑部狸流、治療魔法や。昔、大陸に出掛けた時習った魔導師や僧侶の技術と、ジパングの僧の技術を融合させたんや。大抵の傷なら治せるで〜、ま、この程度ならどうってことないわ。」

茜はえっへんと無い胸を張って自慢気に話した。
これには驚嘆した。妖とはこれほどの技術を持っているのだな…。胸は無いけど。

「…今、何か思ったか?」

「い、いえ、何も…」

…おまけに、かなり鋭いらしい。

「そんじゃ、餓狼の傷も治ったことだし、祭りにでも行くか‼」

ん?祭り?

「おお!そういえば、今日は“建国五十二年祭”やったな!ウチ、毎年これ楽しみにここ来てんねん。」

「おい、お前は本来うちの参謀だろ。いい加減、行商やめろ。」

「そら無理な相談や。ウチら刑部狸は代々、行商で生計立ててきてんねん。ウチの生き甲斐でもあるんや。それを簡単にやめる事は出来ませんや。」

「いや、俺、前から言ってんだけど…ていうか、先代とか先々代にも言われてただろ!いい加減腰を落ち着けろ‼」

「…餓狼様〜♪一緒に屋台回らへんかー?」

「あ、いや、拙者は…」

「おいこら!人の話を聞け!」

「…ふふふ、相変わらず賑やかですね〜。」

お松は、障子の隙間からその様を眺め微笑んでいた。









それから餓狼達は、城下町の祭りに出向いた。
町には様々な屋台が並んでいた。餓狼は茜に連れられ色んな屋台を回った。

「おいこら!俺の餓狼にくっ付き過ぎだーーー‼」

「まあまあ、兼続様。落ち着いて…」

兼続は餓狼にくっ付く茜に怒っていた。そんな主人を宥めるお松。2人も腕を組んで仲睦まじく歩いている。その情景はさながらダブルデートである。

「餓狼様!次、こっちー!」

「っとと…ちょっと待つでござる!」

「ほら、餓狼様もあんなに楽しそうにしていますし…ここは、そっと見守ってあげましょ?」

「うーむ…あいつに餓狼を預けるのは不安だが、まあ、松がそう言うなら…」

「うふふ♪流石、私の旦那様ですね〜。」

お松はギューと腕に抱きつく。

「う、うるさい!」

「ああ…顔を赤らめた旦那様も素敵…。今日はより激しく抱いて下さいませ…。」

「…言われなくても、今日はお前に欲情しっぱなしなんだ。…今日は寝かせんぞ。」

「あん!流石、兼続様‼」

「…あの二人、相変わらずらぶらぶやな〜。」

遠くからその様を眺めていた茜はぼそりと呟く。

「らぶらぶ?」

「愛し合ってるってことや。…ウチらも負けてられへんな〜。」

茜はニタリと不気味な微笑みを浮かべる。

「…そういえば茜殿、先代とか先々代、って兼続殿が言ってましたけど今、何歳なんでござるか?」

餓狼のその言葉にピクっと耳を動かし、ジロッと餓狼を睨みつける。

「…女子に年齢聞くんはマナー違反とちゃいます?餓狼様?」

茜の周囲から、恐ろしい程の殺気が出ている。
…こ、これはまずい!
そう判断した餓狼は必死で他の話題を探す。
そして、餓狼の口から出たのはー

「あ!あの女子の浴衣も綺麗でござるな〜」

最悪の答えだった。

茜はズガン!と地面を蹴るとニッコリ笑顔で餓狼を見上げた。…その笑顔にはどす黒い何かがかかっていたが…。

「…餓狼様?さっきに言いましたよね?マナー違反は極刑だって。」

「え⁉そ、それは初耳でござるが…いてて!」

茜がギリギリと手を摘まんでいる。

「き、聞いたでござる‼確かに茜殿は極刑だと…!」

「ええ、そうですやろ?なら…覚悟はできとりますな?」

「お、お手柔らかに…」

餓狼は死を覚悟した。
…ああ、拙者はここで果てるか…
不意に茜は餓狼の顔に近づく、そしてー

チュッ…

「…え?」

「…このくらいは、してもらわんと。割に合わん。」

茜は微笑みながら言った。
餓狼はその顔に暫し見惚れた。
ようやく茜の想いの強さに気づいた餓狼は一つ確認をとる。

「…だが茜殿、拙者は忍。任期を終えれば里に戻らねばならないでござる。ずっと一緒にはいられない…それでもいいでござるか?」

「ふふ…構わへんよ。ウチは何年でも待っとる。…それに餓狼様はきっと会いに来てくれる。そう思うんや…」

茜はそっと餓狼の胸に体を預ける。

「あ、茜殿⁉」

「…ウチだって、人肌が恋しくなる事だってあるんやで…?今だけでええんや…今は、今はこのまま…頼む…」

「茜殿…」

…茜殿は恐らく長年、この世界で、生きてこられた方だ。それが、たかが十八の拙者に愛を与えてくださる。それだけで拙者は…。

「…あいわかった。…兼続殿の下での役目を終えるまで、拙者は茜殿の“ぱーとなー”として、この時を生きよう。」

「餓狼様…ふふ♪パートナーなんて言葉知ってたんやな。」

「…拙者もそのぐらいは知ってるでござる。」

…実は、昔、里に訪れた竜騎兵のカップルに教わったのだが…それは言わなくてもいいでござろう。

「…」

「…」

会話の途切れた2人はいつしか見つめ合っていた。その2人の頭上に大きな花火が上がる。

「たーまやーーーーー‼‼」

後ろで兼続が大声で叫んでいる。お松はそれを見て微笑んでいる。

「…あいっかわらず、空気読めん奴やな〜。今、いいトコやったのに。」

「…ふふ」

「え…?」

「拙者には…もう帰る家も無い。…だが、ここでなら新しい拠り所を見つける事が出来そうでござるな…」

餓狼は少し微笑んで、花火を見上げる。
その横顔を見て、ますます惚れ込んだ茜は顔を赤らめて、じっと見つめる。

「…あのな、餓狼様。」

「ん?なんでござるか?」

「…この後、祭りが終わった後。暇やろ?」

「ああ…そういえば暇でござるなぁ…屋根で夜空を眺めるのもいいでござるが。」

「あんな、暇ならな…その…良かったらなんやけど…ウチの…ウチの部屋に…「待てやコラァァァァ‼」

ロマンチックな展開を見せた2人を遮るかの様に、男の怒号が鳴り響いた。
振り返ると、2人組が男を追いかけている。追われる男の手には血のついた刀が握られていた。

「ハァハァ…クソッ!クソッッ‼やっちまった…!」

男は必死で走る。だが、大通りを抜ける寸前で小石に躓き派手に転ぶ。そして、その弾みで刀を落としてしまう。

「ハァ…ハァ…‼」

男に追いついてきた二人組は転がった刀を蹴り飛ばし遠くに追いやる。

「へっへっへっ…これで、終わりだぜ。クソガキィィ!」

男の1人が刀を振り上げ倒れた男に振り下ろそうとしている。
それを見た餓狼は咄嗟に走り出した。

「あ、餓狼様‼」

そして、刀が振り下ろされる。

ガキィィン‼

男の刀はもう一つの刀で遮られた。

「…貴様、何者だ。」

「…何者か、それはどうでもよい。それより、これはどういう事だ?」

餓狼は刀を弾き、二人組に状況の説明をこう。

「どうもこうもねぇ、この男が俺らの連れを斬り捨てやかったんだ!これはそいつの敵討ちって訳さ。」

「ち、違う!先に斬りかかってきたのはこいつ等だ!それで、咄嗟に…!」

「斬った事には変わりねぇ!…お前、こいつを庇うのか?」

「…目の前で無益な殺生をさせる訳にはいかん。」

「へへへ…そいつは面白ぇ、俺らを誰だと思ってる?」

「…知らんな。」

「金山王が配下、ラモンとギモンだ‼」

「…見た事も聞いた事もない。」

「てめぇ…‼」

餓狼の答えに、怒りを露わにする二人。
そこにー

「はいはい、そこまで。祭りの最中に何事だ?」

騒ぎを聞き付けた兼続が、餓狼の元にやってきた。

「…なんだ貴様?」

「おいおい…俺の顔も知らないで金山王配下とか吐かしてんのか?…笑えねぇな。」

兼続はスッと真剣な顔に戻って二人組を睨む。

「…城ヶ嶺兼続。この国の君主にして、あなた方の敵、歌舞伎王様です。」

「‼…な…か、歌舞伎王だと…⁉」

「そういう事だ。金山王の手下がこの町で、この国で好き勝手するのは…ちと見過ごせねぇな。」

「…ふ、そういう事なら話が早い。貴様も、我らに歯向かうことがどういうことか。理解出来てるのか?」

男の1人は、冷静に兼続に問う。

「…何が言いたい?」

「我らに歯向かう事、それ即ち、金山王への明確な敵対行動という事になると言っているんですよ。」

男はニヤリと口の端を釣り上げる。

「…皆の者!歌舞伎王、兼続は我らを金山王への見せしめとして殺そうとし、実際、仲間を一人斬り殺された。これは明らかなる宣戦布告である!…と我らは金山王に報告します。」

「な⁉そんな事させるか!」

兵の1人が男に斬りかかろうと抜刀する。しかし、同僚がそれを制止する。

「バカ、やめろ!そんな事しても、配下三人を殺されたとして金山王は仕掛けてくるぞ!」

「ご名答!その通りですよ一般兵君。…まあ、しかし、そこの半人前が斬りかかって来たからとして、我々に敵う筈もありませんが…」

男は、フフッと兵をあざ笑うと兼続に向き直った。

「さて、このまま私達を斬るか、丁重にお送りするか。二つに一つですぞ?」

「…源太、二人を丁重にお送りしろ。」

「…はっ!」

源太と呼ばれた兵が二人を門へと送って行った。

「よい御決断ですぞ兼続殿、いずれ、戦場でまみえる事楽しみにしております…」

二人が去った後、辺りは静まり返っていた。

「…さ、祭りを続けようぜ‼みんな‼今は建国祭、祭りを楽しもうや‼‼」

兼続は二カッと笑って皆に語りかける。
それにより、辺りはまた、お祭り騒ぎになった。

「…兼続殿。申し訳ありません‼」

追われていた侍が兼続に話しかける。
兼続は笑って語りかける。

「…お前の所為じゃねえよ。どのみち奴らとはケリをつけなきゃならん、それが少し早まっただけさ…」

「兼続殿…」

侍は兼続に深々と頭を下げると去って行った。

「旦那様…」

「…悪りぃお松。もう我慢出来ねぇや。」

「…はい。」

「俺は奴らをぶっ潰す。徹底的にな。…それが終わったら、式をあげよう。お前の大好きな桜の木の下で…」

「‼旦那様…!」

お松はパァと笑顔になった。そして兼続に抱きつき、腕を組んでそのまま城へ帰っていった。

「…兼続殿。」

一部始終を見ていた餓狼は兼続の後姿を見つめていた。

「兼続殿は本当は戦などしたく無いのだ…彼は、誰よりも優しく、誰よりも脆いのだ。そんな気がする…」

「それで当たってると思うで。」

考え込む餓狼の元に茜がやってきた。その手にはりんご飴やらヨーヨーやらがぶら下がっている。

「…茜殿。」

「まあ、心配しなくてもあいつにはお松さんがいる。上手くやってくれるやろ。」

…茜殿の言うとおりだな。兼続殿はあの程度で戦に踏み切る程愚かではない。それにあのお松殿がいれば必ずや何か助言をなさってくれるだろう。
今は祭りを楽しもう…

「…そういえば茜殿、浴衣姿も似合うでござるなぁ。」

「へ?あ、に、似合う?わ、わ、わ、私が…?」

想い人に突然褒められた茜は顔を赤らめて動揺している。

「さっきの着物と違って、随分、小さく見えて可愛らしいでござる。」

そう言いながら餓狼は茜のつま先から頭のてっぺんまで、じっくりと見回る。
裸足で下駄を履いている事もあり、より純白さが強調された脚と、全体的に軽量化された浴衣にぴょこんと生えた耳が何とも可愛らしい。その姿には美少女という言葉が似合っていた。
…というか、外せるのだな。あのモフモフ…。

「…小さく?」

餓狼の言葉に違和感を覚えた茜は自分の胸を触りながら、再び餓狼を睨めつける。

「あ、いや…き、綺麗でござる…茜殿。」

「…餓狼…様。」

茜は餓狼に顔に近づいていく、そして…。

「さ、そろそろ城に戻るでござるよ!」

その場の空気に耐えられなくなった餓狼は城へと足早に戻って行く。

「あ!餓狼様‼…もう、意気地なし。」







翌朝、兼続の元に金山王の使者が来た。

「歌舞伎王よ!我らが金山王は貴様らの行いに激しく憤慨しておられる!よって、貴様への報復軍を派遣された!大人しく成敗されよ!」

「…ありゃ使者というより小使いだな。…丁重にお帰りいただけ。」

兼続は射手に合図をした。
すると、矢が二本、使者の足下に放たれた。

「のわっ!おのれ、これが使者に対する態度か!これも含めて金山王に報告してやる!」

使者は喚きながら、走り去っていった。

それから、すぐに兼続は金山王討伐の軍を結成。浪人達に募兵を募った。
それを聞いた餓狼は血相を変えて兼続の部屋に入っていった。

「兼続殿!何故軍を派遣するのです⁉幾ら何でも早急すぎでは…」

「餓狼。」

「!は、はい。」

「…俺たちはな、あの金山王に散々酷い目に遭わされてきたんだ。先代も先々代も。それに加え昨晩のあの騒ぎ、俺はもう我慢出来ねぇんだ。」

「で、ですが!戦を起こせば、民は苦しむます!それは今までのあなたを否定する事になるのでは?」

「…」

兼続は分かっていた。たとえ戦に勝利しようとも、民は苦しむであろう事は。だが、この先、いつ終わるとも知らない小競り合いを続けるより、今、ここで決着をつけることが最良であると、そう思う事もまた確か。幸い、金山王具は金山王自らが率いているらしい。つまり、この戦で奴を討ち取ればすべにケリがつくのだ。

「…餓狼様、私からもお願いします。」

「お松殿⁉」

「彼は今まで、ずっと苦しんできました…民が金山王の餌食なるのを黙って見る事しか出来ない自分を責めてきたんです…」

「お松、やめろ。」

「ですから!餓狼様!どうか、どうか今回だけは、兼続様にお力添えいただけませんか?」

「…」

餓狼は思った。
彼らの言うとおりだ。この場で全てにケリがつくのなら。この国を蝕む悪を滅ぼせるなら…。本来、拙者はそのために生きてきたのではないか。

「…分かりました。此度の戦、拙者が必ずや兼続様をお護り致します‼」



金山王討伐軍には浪人が多数志願した。その殆どが歌舞伎王への恩返しの為だと言っていた。そして、餓狼も。

戦いは荒野に差し掛かった所で始まった。敵が待ち伏せしていたのだ。
先頭で、指揮をとっていた兼続は慌てて応戦する。呪法を操れるというお松殿も参戦した。敵は…忍であった。しかも伊賀の抜忍であった。

「…大丈夫か?餓狼。」

餓狼の心情を察してか、兼続が声をかけた。

「…大丈夫でござる。…彼らは、敵でござる。」

そう思う以外に選択肢は無かった。

金山王討伐軍は荒野の手前の山中に陣を敷いた。その最奥部、大将として椅子に座る兼続の下に1人の侍が茶を持ってきた。

「兼続様。」

「…ん?おお!お前はあの時の!」

祭りの晩、追われていた侍であった。

「はい、餓狼様と兼続様に助けていただいたお陰で、今、この大地を踏みしめる事が出来ます。本当にありがとうございました!」

土下座をする侍に兼続はおいおい、と声をかけた。

「俺は当たり前の事を当たり前に言っただけだ。それに、助けられたのは餓狼のお陰だしな。あいつが最初の一太刀を受け止めてくれなければ間に合わなかった。」

「はい、餓狼様には感謝しております。」

兼続はくいっと茶を飲み干す。

「まあ、無事でなによりだ!ん?そういえばお前ー」

言いかけた所で、兼続は急に苦しみ出した。

「ぐ…⁉がはっ‼」

兼続の体に激痛が奔る。そして、吐血した。

「‼兼続様!…貴様、何をした‼」

「違う!俺じゃない!俺は何も…!」









兼続は死んだ。
毒物を盛られた事による中毒死だそうだ。当然、茶を差し出した侍が疑われたが、彼の決死の弁明により外部からの持ち込まれたとの見解が強まった。

「兼続様…」

兼続の亡骸の前で餓狼は呟いた。呼んだところで返事が返ってくる筈もないのに。
主君を失った。それは軍にとって大きな痛手だ。しかし、既に敵の斥候は目前まで迫っている。今引き返せば、背後を敵に突かれる。
討伐軍は立ち向かうしかなかった。

「陣頭指揮はウチがとる!皆の者、我に続けーーー‼」

「おおー‼」

翌朝、当面の指揮は序列第二位である茜が執ることになった。
茜の掛け声で討伐軍は一斉に敵へと突撃していく。そして、敵の先鋒と激突する。

「兼続様の仇だ‼金山王を討ち滅ぼせ‼」

怨念を活力に軍は徐々に敵を押し返していく。

「…兼続の死が、奴らの糧となったか。皮肉なものだな。」

そんな戦場を木の上から眺める男。祭りの晩、侍を襲った男の1人だ。

「ギモン、貴様は皮肉屋だな。あいもかわらず。」

「ふ、それこそが私の長所だ。ラモン。」

「ふん…お?」

ラモンは戦場の中、自軍の兵が宙を舞っている事に気がついた。
慌ててギモンに促す。

「おいギモン!ありゃなんだ⁉」

「あれ?…こ、これは!」

ギモンの目に映ったのは、その中心で剣を振るう男、餓狼であった。

「ぬおぉぉぉぉぉ‼」

雄叫びを上げ、次々に敵を吹き飛ばす餓狼。その姿は、まさに一騎当千であった。

「だ、誰か奴を止めろ!このままだと本陣まで迫られるぞ‼」

部隊の指揮を執る男が部下に鎮圧を命ずる。

「無茶です!あんな化け物相手に俺らが敵うわけ…」

震え上がる部下に痺れを切らした部隊長は刀を構えた。

「ええい!私が出る‼」

部隊長は馬を走らせ餓狼に突撃する。

「武士よ!我こそは甚平!いざ尋常にー」

「砕け散れぇぇぇぇぇぇ‼」

ザンッ‼

部隊長は問答無用で真っ二つになった。
その後も餓狼は1人で敵を斬り続け、遂に、本陣前まで迫った。
その頭上から、二つの影が降ってきた。

「待たれよ!この先は御大将の間、これ以上進ませる訳にはいかぬ!」

大柄の男、ラモンだ。

「…ええ、ここから先は通せません。」

痩身の男、ギモン。

「…貴様ら、あの時の…!」

餓狼は煮えたぎる怒りを、この戦の元凶たる2人にぶつける。

「貴様らが!貴様らが来なければ、あの国は平和だったのだ!田畑を耕し、自然の恵みを分け合う、彼らはただ静かに暮らしていただけではないか⁉そして、あの兼続も…‼」

「それがイケナイのですよ。隣でただ静かに暮らされても迷惑なだけ。なればその人材と資源、頂く以外に選択肢は無いと思いますがねぇ。近くに宝が転がってるのに、放っておく者などいないでしょう?それと同じですよ。」

「俺はただ、ぶっ壊せればいいけどな‼」

呆れた理由に、餓狼は呆然とするしかなかった。
奴らは、いつの時代の話をしているんだ?資源目当てで隣国を侵略などと…野蛮にもほどがある‼

餓狼は更に剣速を速め、連撃を繰り出す。

「ぬ⁉ぬお!」

「む…」

剣速に耐えられなくなったラモンがバランスを崩す。
その隙を餓狼は見逃さなかった。

「まず一匹‼」

「ひっ⁉」

次の瞬間、ラモンは腹を真っ二つに斬り裂かれていた。

「なんと…!ラモンを仕留めるとは、なかなかやりますねぇ。」

だが、ギモンは動じる事なく餓狼の剣速に追いついていく。

「ところで、あなた方はこの戦に勝って…それでどうするのです?」

「…なに?」

「いや、つまり、この戦に意味はあるのかと言っているのですよ。」

「…何が言いたい?」

「仮にこの戦であなた方が勝って、その後はどうするのです?歌舞伎王を失った今、あの家臣達では彼の代わりは務まらない、かつてのような暮らしは到底無理だと思いますがねぇ。対する此方は、まだ領内に我々以上の切れ者達が控えている。この戦の後は、あなた方の領地を肉なり焼くなりという訳です。…つまり、あなた方は歌舞伎王を失った時点で負けていたという事、いや、この戦を受けた時点で既に勝負は決していたのかも知れませんねぇ…」

「き、貴様ぁぁぁ‼」

餓狼は挑発に乗り、ギモンの懐に刀を突き立てる。
今にして思えば、あれは安い挑発である。

「ふ…掛かりましたね。」

見ると、ギモンが口の端を吊り上げ満面の笑みを作っていた。

「‼呪符⁉」

「ええ…ウチの自慢の呪術士に作らせました。この距離からなら即死する程のね。」

ガシッと餓狼に絡み付いたギモンは呪符に手を掛けた。

「自爆する気か⁉何故だ?奴に、金山王にそれ程の価値は無いだろう‼」

「…ええ、あんな豚にはどのみち先はありません。ですが、私の家族は…妹だけは守らねばならぬのです‼」

「な⁉妹⁉」

「さあ、お喋りはここまで、一緒に果てて頂きますよ!餓狼殿‼」

餓狼は決死の思いでギモンの拘束と抜け、呪符だけを斬り裂いた。

「ぐっ⁉…何のマネだ?」

「…家族の下へ、妹の下へ帰ってやれ。」

「な…んだと⁉」

「…家族を失う悲しみは、俺もよく知っている。その思いをお前の妹にまでさせたくない…早く行け。金山王に悟られるぞ。」

「…貴方は、貴方は敵を見逃すというのか?この戦の元凶たるこの私を!」

「…この戦は、起こるべくして起こった。…それが今、何となくわかる。」

餓狼は薄々気づいていた。どのみちこの戦は始まっていた。彼らが来ようと、来なかろうと、金山王はあらゆる手を使って歌舞伎王を戦場に引っ張り出しただろう。この戦は仕組まれていたのだ。決して逃れ得ぬ運命によって。
だからといって、彼らへの憎しみが消えた訳ではない。
餓狼は彼の妹の為に、彼を生かしたのだ。

「…忝い、貴殿への恩、決して忘れぬ‼」

「…ああ。」

ギモンは深々と餓狼に礼をして戦場を去っていった。

「…さて、最後の仕上げだ。」

餓狼は目の前の幕を勢いよく捲った。

「な、何奴⁈」

「⁉まさかあの二人が抜かれたのか⁈」

重臣達が一様に武器を構える。
…随分、隙だらけの構えだ。
相手は、後方でぬくぬくと蹲る腰抜け共だ。三秒もかからないだろう。

「おのれ、不届者め…この私が成敗してくれるわ‼」

対する金山王は己の力量も計れぬまま、餓狼に刀を構えた。
…これは、捨て駒にされる訳だ。無能さが滲み出ている。

「…貴様らを殺しても兼続は帰って来ない。貴様らの国にも対した痛手は与えられないだろう…だが、俺のケジメとして、俺は貴様らを斬らせていただく‼」

餓狼は駆けた。己の信念の為、前線で指揮を執る茜の為、夫を失った悲しみに暮れるお松の為…そして、今は亡き、主君の為に。





「…ハァ…ハァ…ハァ…!」

一頻り、金山王とその重臣を斬り刻んだ餓狼は、今までの疲労からその場に立ち尽くしていた。

「ハァ…ハァ…くっ!この程度で息切れとは…加減を間違えたか。しかし、今、倒れる訳には…!」

「そうですよ、餓狼殿。貴方が倒れれば戦局は一気に傾きます。」

「‼」

餓狼の後ろに、1人の侍が立っている。

「…ハァ…ハァ…お主は何者ー」

振り返った餓狼は驚愕した。立っていたのは祭りの日、餓狼が助けたあの侍だったのだ。

「お前…なんで…ここに」

「なんでって、自陣に戻らない大将がいますか?」

「⁉大将…だと⁈」

こいつは…何を言っているんだ?こいつは確か、兼続達が助けて、この軍にも参加していて、そして、兼続に茶をー。

「っ‼」

「気がつきましたか?いや、あるいは既に気づいていたのかも知れませんね。私が元凶である事に。」

「…お前が、お前が兼続を…殺したのか?何故だ⁉兼続はギモン達に追われていたお前を助けて、それで…‼」

その最中、餓狼は気づいた。事の真相に。

「…ククク!気づいた様ですね。その通り!私を助けた事こそが、あなた方の敗北の要因。始まる前から既に勝負は決していたのですよ。」

図られた…盛大に。あの逃走劇は茶番だったという訳だ。この男が国に侵入した時点で勝負はついていたのか…。

「全く、金山王の無能さにも呆れますよ。なんで、これ程の兵力を有効に動かす事が出来ないのか…彼の無能さは筋金入りですね!折角の根回しもパーです。」

「…お前は…貴様は何者だ…‼」

「私?私は、ヴァルジレオ。金山王の摂政にして、この国の支配者。」

「ヴァルジレオ…大陸の人間か。」

「うーん、50点ですね。確かに大陸の出ではあるのですが…人間ではありません。」

「人間では…ない?」

「魔帝が配下、八王の1人、妖精王ヴァルジレオ…。」

「ま、魔帝…?」

「おや…極東の人間に言っても理解出来なかったですかね…あなた方の文化で言うなら、神。ですかね?」

ヴァルジレオは不意に手を挙げ、そこから紫の光が流れ出した。それは段々とヴァルジレオの身体を包んでいき、そして、その中から異様な衣装に身を包んだヴァルジレオが出てきた。

「な…⁉」

「これが、私です。…さて、貴方にはここであっさり消えてもらいますよ!」

ヴァルジレオは餓狼に手をかざした。そして、そこから禍々しい光の渦を放った。

「‼くっ!」

餓狼はそれを辛うじて躱す。そして、体勢を立て直すと間髪いれずヴァルジレオに斬りかかった。

「ククッ!甘いですよ‼」

ヴァルジレオはもう片方の手を広げ、広範囲に渡る光の渦を放った。

「ぐあぁぁぁぁぁぁ‼」

餓狼は吹き飛ばされ、本陣の幕に引っかかる。

「貴方の敗因は明白だ。貴方は人間、私は魔神。それだけの事です。」

ヴァルジレオはゆっくりと近寄りながら、傷だらけの餓狼に手をかざす。

「次はもっと出力を上げますよー!」

「…くっ!」

…最早、これまでか…!茜殿、最期に、貴方の笑顔が…見たかった…。

「そんなん、幾らでも見せたるでーーー‼」

「…え?」

突如、上空から茜が降って来る。

「あわわ!受け止めないと…!」

ズドォォォォン‼‼

「あいたた…龍の奴、もう少し手加減しろっちゅうねん…ありゃ?餓狼様?」

「…し、下でござる。」

茜は餓狼の上に落下した。そのまま餓狼に乗っかる形で着地したのでダメージはない。…餓狼以外は。

「…誰だい?君は。」

「あぁん?ウチの旦那に手ェ出しといて、ウチの顔知らんのかいな‼あんたこそ何者や‼」

「…さっき、名乗ったのだがねぇ。私の名はヴァルジレオ、妖精王と言えば分かると思うが…」

「‼‼妖精王…やて…?」

ヴァルジレオの言葉に茜は固まった。

「茜殿、知っているでござるか⁉」

「…妖精王言うたら、魔王代替わりの遥か昔、それこそ初代魔王がいた頃の妖精類の魔物達を率いていた超大物やで。…それが何でこないな田舎で、しかも生きとるんや?」

「…まあ、話せば長くなるんだ。省かせて貰うよ。…それより、君の連れ。彼を渡してくれないかい?見れば君も魔物の類の様だ。なら、私に従う義務があると思うのだが…」

ヴァルジレオの威圧感に茜は身動きが出来なかった。恐らく、今ここで逃げ出したとしてもすぐに追いつかれ、八つ裂きにされてしまうだろう…どのみち、こいつに会った時点で勝負は決しているのだ。

「…それ程の強者。今一度、手合わせ願いたいでござるなぁ…」

「な⁉あんたアホか!あんなのとやり合ったら一秒も保たへんで⁉」

「だが、逃げる術もない。…違うでござるか?」

「うぐっ‼」

餓狼はむくっと起き上がりヴァルジレオの元に飛んで行った。

…餓狼様の言う通りや。今のとこあいつを上手く撒ける手段は思い浮かばない。それならいっそ、共に討ち死にするか?…アホか!この人だけは殺させる訳にはいかん!その選択肢は無しや‼…アカン、ウチ、ホンマにこの人に惚れてもうたみたいや…全く、人生何が起きるか分からんなぁ…。

「うおぉぉぉぉぉ‼‼」

茜が物思いに耽っている中、餓狼はヴァルジレオと戦っていた。

「ククク!素晴らしい!素晴らしいですよ餓狼殿‼人間の身で魔神であるこの私とここまで渡り合えるなんて…!あの英雄、ロイ以来ですよ!」

茜はその様を、ただボーゼンと眺めていた。

「な…あの魔神と互角に戦うやなんて…あの人、ホンマに人間かいな…」

茜の感心する中、餓狼は魔神ヴァルジレオと高レベルの戦いを繰り広げていた。

「ぐっ‼流石にこれ以上の空中戦は不利でござるかな?」

「アハハハハハ‼充分ですよ餓狼殿‼貴方は人間として、充分過ぎる戦いをしてくれました!私も久々に血が滾りましたよ!」

「…魔神に血はあるでござるか?」

「もちろん!私も生物である事に変わりないですからね。…さ、そろそろ消えてください‼」

ヴァルジレオは思いっきり手の魔力剣を振り下ろす、それを受け止めた餓狼は衝撃で地面に叩きつけられる。

「ぐあっ‼」

ヴァルジレオはすかさず手から光の渦を繰り出す。
餓狼の落下した地面は跡形も無く吹き飛んだ。

「あ!餓狼様っ⁉」

「…ふん、しぶといですね。」

「ぐっ…まだ、まだやれるでござる。」

餓狼はヨロヨロと立ち上がり、やかて、しっかりと大地を踏みしめる。

「…アカン、これ以上はあの人も限界や。早くこの窮地から脱する策を…」

辺りを見回していた茜はふと、ある物を見つけた。

「…コレは…行けるで‼」




一方、餓狼は既に満身創痍中、決死にヴァルジレオの動きについていく。

「おやおや、もう限界なのではないですか?餓狼殿?」

「…なに、まだまだこれからでござるよ!」

餓狼は必死にヴァルジレオの剣速についていく。

「ククッ!それは頼もしい‼私もまだ満足したりませんからねぇ!」

…限界だ。最早、奴の剣速を目で追う事がやっと。身体がついていかないでござるよ…。

「餓狼様ーーーー‼コレを使うんやーーー‼」

そう言って茜が餓狼の下に何かを投げた。

「…これは…銀の短剣?」

「‼それは…!」

ヴァルジレオは一目散に餓狼の持つ銀の短剣に向かってくる。

「それで、刺すんやーーーー‼」

「それを…渡せぇぇぇ‼」

餓狼は咄嗟に短剣を前に突き出した。

「うおぉぉぉ‼」

銀の短剣はヴァルジレオの腹部に深々と刺さった。

「がっ…!ぐはっ‼く、おのれ…!」

「それは、英雄王の聖印付きの聖なるナイフや!そこの妖精王は英雄王の祝福を受けた銀の得物に対して、致命傷を負う呪いを掛けられているんや!それがあれば、妖精王なんて怖くないで!」

茜はかっかっかっと笑っている。特効武器を得た餓狼も自然と笑みがこぼす。

「くそっ!なんでこんな所に奴の剣が…⁉」

「金山王はな、かなりマニアックなコレクターなんや。大陸の珍しいもんには目がなくてな。その剣も、そのコレクションの一つだったんやろ。」

「まったく…どこまでも無能な奴め!」

ヴァルジレオは腹いせに金山王の亡骸に光の渦を放つ。
それを受けた死体は一瞬で蒸発、爆発した。

「…ハァ…ハァ…くっ!この場は、退いてあげます。しかし、あなた方の事は覚えました。いずれまた、会いに行きますよ。それまでせいぜい、余生を楽しんでください。それでは…」

ヴァルジレオは禍々しい光に包まれ、消えた。

「…終わった、か。」

「餓狼様ぁぁぁぁぁ‼」

茜が大泣きしながら懐に飛び込んできた。
餓狼は慌てて受け止める。

「わわっ⁉茜殿⁉」

「ホンマ…ホンマに心配したで‼もう、あんな無茶はしたらアカンで!餓狼様が居なくなったら…ウチ…うぐっ…ひっく…が、餓狼様ぁぁ…ぁ…ぐすっ…」

「茜殿…」

餓狼はゆっくりと茜の頭を撫でた。









討伐軍は辛くもこの戦に勝利した。だが、国の最重要人物を失った。事実上の敗北である。
国に帰っても、彼はもう居ない。あの笑顔は、笑い声は、もう帰ってこない。
兵達は沈んだ顔で本陣に帰った。
するとー

「よっ!みんな!」

本陣に兼続がいた。

「えぇぇぇ⁉か、兼続様⁉なんで生きてるでござるか⁉」

「なんだよ、生きてちゃ悪いか…?」

兼続は、ムッと頬を膨らませている。…まるで子供の様だ。

「い、いえ!そういう事では…」

餓狼は状況が、うまく理解できない。
何故、兼続様が生きてるんだ?
ただそれだけが、ぐるぐると頭の中を回っている。

「ふふ…旦那様が毒を盛られた時、あらかじめ解毒薬を懐に入れていたのです。」

「それに加え、お松の治療魔法を掛けられたからな…。色んな意味で大回復だ。」

…局部を強調している様に見えるのは気の所為だろうか?
まあ、何にしろ兼続様はご無事だったわけだ。良しとしよう。

「…ところで、兼続様は今まで何してたでござるか?…まさか、お松殿と××してたなんて言わせないでござるよ。」

皆が命懸けで戦っている最中、女子に感けていたなど笑い話にすらならない。

「あたりまえだ。そんな不謹慎な事するわけないだろ!…色々と、駆け回ってたんだよ。」

「色々?」

「…この軍に紛れ込んだ、密偵の摘発を行っていたんですよ。」

「松の髪は一本一本テレパシーみたいなので綱がっててな、それを怪しい奴にくっ付けて、監視してた訳よ。」

それで見つかった密偵を、1人1人捕らえていたそうだ。なんとも地道な作業である。

「密偵50人は流石に骨が折れるぜ…もうクタクタ。」

「ご、50人も⁉」

「もう、旦那様?貴方がしっかりしていればこんな苦労しなくて済んだのですよ?いい加減、人を選ばずホイホイ軍に入れるのはやめて下さい。」

「むぅ…それに関しては反省している。俺がもっとしっかりしていればこの事態は防げた筈なんだ。…皆、本当にすまない。」

兼続は兵達に深々と頭を下げた。

「何言ってんスか!俺ら、御館様の心意気に感動して集まったんです。何があろうと、どこまでもついて行きますよ!」

「おうよ!御館様には一生賭けても返しきれねぇ恩があるんだ。それを裏切ったりなんかしねぇよ!」

集まった傭兵達は皆、口々に兼続への感謝の言葉を述べている。
…やはり、兼続様は只者ではないな。これ程の人望を一挙に集めるなど。
これも彼だからこそ成せる技か。
餓狼は感心しながら兼続を見ていた。

「ん?俺の顔になんかついてんか?」

餓狼の視線に気づいた兼続は不思議そうに尋ねてくる。

「…いや、なんでもないでござる。」

「そうか?…まあ、それなら、いいけどよ。」

兼続様は本当に立派でござる。あの国をあそこまで、豊かにし、あの若さで家臣一同の絶大な信頼と兵達の人望を集めている。それは並の人間に出来ることじゃない。…彼こそ、王の器なのかもしれないでござるなぁ。

「…餓狼様…?あんた本当にあっちの趣味は無いんやろな?」

「な、無いでござる‼」

餓狼は慌てて弁明した。
こんな事で、茜殿に嫌われるのは御免でござる!


「ふーん…ま、それはええけど。」

…いいんだ。

「そんな事より!餓狼様!」

茜が真剣な眼差しで餓狼を見る。

「な、なんでござるか?」

「あの、祭りの日の…キ、キ、キスの事…なんやけど。」

ドキッ!

すっかり失念していたでござるが、あれは恥ずかしかったでござる…!

「あのキス…もう一度、してくれへんか?今度は、餓狼様の方から…」

「えぇ⁉拙者からで…ござるか?」

い、いきなり難易度が高いでござる!女子とまともに喋る事など滅多に無い拙者が、いきなり接吻などと…!一回したにしても、自分からはまだ早いでござる!

「…いやなんか?」

茜が上目遣いに餓狼にねだる。

…こ、これは反則でござる!こんな!こんな顔されたら…!

「…いくでござるよ…?」

餓狼はスッと茜の頬に手を添える。その瞬間、茜はピクッと身体を震わせ顔の赤みが増していく。

「あ…」

餓狼の顔がぐんぐんと近づいてくる。

「…っ!(餓狼様の顔、こんなに凛々しかったんやな…やっぱり、かっこいいわ…)」

「…茜殿。」

「あ…!」

チュッ…

触れ合う様な感触から、徐々に力強く唇を押し当てる。

「んむ⁉(お、思ったより激しい⁉餓狼様、こんなに積極的だったんやな…)」

暫く触れ合った後、ゆっくりと唇を離す餓狼。
茜の唇は名残惜しそうにぷるんと揺れる。

「…」

茜はポーと一点を見つめている。心ここに在らずといったところだ。
一方、餓狼はドキドキしながら感想を待っている。

「…えーと、どうだったでござるか?」

「ふぇ⁉あ、そ、そうやな!…ホンマ…気持ち良かった。」

顔を真っ赤にしながら呟く茜に再びキュンとなる餓狼。

「…餓狼様。」

「ふふ…餓狼でいいでござるよ。」

「ん…餓狼。」

「なんでござるか?」

「…これからも…よろしくな!」

二カッと笑う茜の姿は、まさに太陽の微笑みであった。







………


……






ふと目が覚める。
瞼を開けた先には、木の天井が見える。

「ここは…?」

「…目が覚めたか?」

不意に女の声が聞こえた。ゆっくりと顔を声のした方へ向ける。すると、そこにはー

「おはようさん、餓狼。」

「茜…殿?」

餓狼の言葉に茜は、へ?と気の抜けた声を出した。

「…い、今、なんて?」

「茜、殿と。…違うで、ござるか?」

餓狼は首を傾げて応える。
あの耳、尻尾、そして何より可愛らしいその顔。茜殿で間違いないと思うのだが…?

「…思い…出したんやね。」

茜は目尻に大粒の涙を浮かべながら、感嘆の笑みを浮かべる。

「あ、茜殿⁉」

「ああ…ごめん、いきなり泣いたら…びっくりするわな…でも…止まらへんねん。」

「茜…殿?」

突然の出来事に理解の追いつかない餓狼はただそれを見る事しかできない。

「ウチ…ウチな?ぐすっ…ホンマ、寂しかったんやで?ひっく…あんたが全部忘れちゃってから…」

忘れた?なにを…?

「戦いが終わった後、あの妖精王がまた襲ってきて、そんで餓狼は私を庇って…」


…思い出した。

拙者はあの後、茜殿と…キ、キ、キスをした後、国に戻る途中で、あのヴァルジレオの襲撃を受けた。拙者達は必死に戦ったが、その最中、銀の短剣を奴に奪われてしまう。それにより一気に形成逆転したヴァルジレオは拙者達を圧倒して、そして茜殿に…。拙者は決死の思いで奴に特攻を仕掛けて一緒に谷底に…。

「…あの谷に落ちて、そのまま行方不明になったあんたを捜してこの村まで来たんや…そんでやっとの思いで見つけたあんたは、ウチの事…すっかり忘れとった。あの時は流石に泣いたで…家で、ずっと泣いた。」

「…すまない」

「ホンマやで………ホンマ…寂しかった…」

茜はポロポロと涙を流しながら言葉を紡ぐ。

「村の薬師として、ずっとあんたを見守ってきて…やっと、やっと思い出してくれたんやな…」

茜は微笑みながら、泣いていた。
…この十年、彼女はどれほど悲しい気持ちを堪えて、笑顔で拙者と接してきたのだろう?どれほど泣いて、夜を過ごしたのだろう?
彼女の気持ちを想うと、餓狼は茜を抱き締めずにはいられなかった。

「⁉が、餓狼…?」

「すまないでござる…!拙者は、茜殿の気持ちも知らずにのうのうとこの時まで生きてきた。勝手に孤独だと思い込んで、勝手にやさぐれて…拙者は…拙者はどうしようもないダメ男でござる‼」

感極まった餓狼はより強く、茜を抱き締める。

「ちょ…痛いで、餓狼。」

「あっ!すまんでござる…」

パッと離した餓狼に茜はシュンとうな垂れた。

「…いきなり離さんでも。」

「ああ…!す、すまないでござる‼」

あたふたと焦る餓狼を見て、思わずクスッと笑う茜。
ガバッと餓狼に抱きついた。

「おわっと!…茜殿?」

「…茜でええで、餓狼…」

「…茜。」

「ん…」

「茜は…まだ、拙者のこと、好きでござるか?」

「あたりまえやろ…そうじゃなきゃ、キスなんかせぇへんよ。」

「…そうか。」

「…餓狼は?」

「…拙者も…拙者も愛してるでござるよ、茜。」

「ふふ…嬉しい。私も…愛してる。餓狼。」

二人は暫く抱き合ったまま、お互いの体温を確かめ合う様に身を寄せ合った。

「…えー、こほん。お楽しみ中申し訳ないのですが、私のこと、忘れてません?」

傘を被った女子、唐傘少女がジト目で二人に話しかける。
はっ!と我に返った二人は慌ててその場に正座する。

「あはは…すっかり忘れとった。」

「…同じく。」

「ヒドイ!ご主人様をここまで運んできたの私なんですよ⁉」

忘れられていたことにひどくお怒りの少女に二人はまあまあ、宥めている。

「…ところで、お主、名前はあるのか?」

「え?…そういえば、まだありませんね。別に好きな様に呼んで構いませんよ?」

「そうか…なら俺たちで付けてもいいでござるか?」

「へ?ウチも?」

「ええ…構いませんが。」

「あの傘、もとい、あの少女は拙者達が初めてデートした時に買った傘でござろう?」

「…そういえば、この村に来て間もない頃、あんたに誘われて一度、町まで買い出しに行った事があったな…」

「あの時は本当に助かった…慣れない都会の町で1人で迷うよりも、茜に案内してもらった方が助かると思って…」

「あんときの餓狼は見るに耐えんかった…町に入った途端、急に迷子になるんやから。餓狼の方向音痴も筋金入りやで。」

「あはは…」

餓狼は頭を掻きながら苦笑するしかなかった。

「…陽菜。」

「え…?」

「お主の名前は陽菜でござる。」

「なに勝手に決めてんねん!ウチら決めるんやなかったの?」

「…それに、今のエピソードに擦りもしてないですよ。」

「そ、それはそれ、これはこれ、でござる…!」

「…はあ、相変わらずご主人様の天然ぶりは止まることを知りませんね。」

「ホンマや…いつになったら大人になるんだか…。」

「でも…陽菜…悪くありません。」

「ふふ…素直じゃないなぁ、娘よ。」

「!娘⁉」

「そや。ウチらが名付けたんやから、ウチらの娘や。」

「うむ。そうでござるな。陽菜、お主は拙者達の娘でござる。」

「娘…」

笑顔でそう言う餓狼に、陽菜は感じた事のない温かい思いを胸に感じた。

「お…父さま。お母さま…。」

「なんでござるか?」

「なんや?」

ああ…私、この二人に買われて良かった。こんなに優しくしてもらって…私、ただの傘なのに。

「私…今、すごい幸せです!」

陽菜の笑顔は、まさしく日向に咲く菜の花の様であった。










15/07/23 21:08更新 / King Arthur

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