連載小説
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悪夢は見ない。
東に聳え立つ山々の縁が白銀色に光ってゆく、勢力を増す白銀は徐々に金色へと変わり夜を食いつぶそうとするかのように幅を少しずつ、でも確実に広げていく。
明けの明星は、薄く弱くなりゆく安寧たる闇色の中でも一層の輝きを増し、夜を最後まで飾る宝石足らしめんと誇るかの様だ。
西の空に追いやられていく夜を見守る月はどこか白けた表情で、来たる太陽に追われるように幕間へと身を引く準備をしている。
明晩は今より欠けて出会う月が薄情に見えて、ヒトの女の気まぐれさを想った。
今朝は雲が少ない。私の居る場所から見える山間の景色が光にさらされ、露で煌めく草原が乳白色に輝き朝もやの中に山羊達の点鋲を見ることができた。
今日も良い天気であろう。

「ふぅ・・・」

一日の始まりの風景の清々しさに詰めていた息を吐き、もう幾束になるか分からない書類を捲る手が止まっているのに気づく。
日付を跨いだ頃から行っていた作業に対して集中力の欠片も無くなってしまった私は、先日より執務室に使い始めた城で一番古く、そして見晴らしの良い塔のてっぺんでまた眠らぬ夜を過ごしていた。

『眠れぬ』では無く『眠らぬ』


なにも朝焼けのこの時間の景色が一番好きだから、等と稚気のある言い訳で無駄に体を酷使している訳ではない。
私はこの国の景色であれば、昼の燦々とした太陽の元にある我が国土を見るのも、夕焼けで真赤に濡れた山間を見るのも好ましく思っている。

眠らぬ原因は、眠りにつくと必ず見る悪夢とあの女だ。

そう、あのサキュバスのせいで・・・

『男だった私』は何故か・・・



『女の魔物』に変えられてしまったのだ!!!!!!






月が一つ満ち欠けする程前の事、親しい友人から贈られた東方の花もまだ蕾の頃にやってきた旅のサーカス一座。
その中にいたサキュバスは確か『投げナイフの的』だったか、痩身のくせにやたらと乳と尻にボリュームのある体つきとしっとりとした真珠色の肌は多分に色気過多で、薄桃色の髪の毛がハラリと一本刃物で切られ体の表面を滑りゆく様は、堅物の大臣たちもいささか前のめりになりながらショーを見物していた、と言う記憶がある。
ナイフを投げる男との信頼関係の強固さとお互いへの愛情の深さは呼吸で伝わり、しおらしく的を演じる儚げな姿や、しかし隠せぬ程に生き生きとした瞳に少々感じ入るものがあった私は終幕後、止せば良いのに彼女に褒美を取らせよう、と言葉を発してしまったのだ。

流れ者の旅の一座、そして夫であるナイフ投げの男が居る魔物娘が望むモノなどそんな大したモノでは無いと高を括っていたのが悪かった。
宝石か毛皮か、もしくはこの国きっての名産である織物や銀で出来た服装品か。
『何でも望み通りに』と口が滑った私のあの時の心境は、義理の愛娘が見事な舞を披露した事により聖職者の首を褒美に取らせた下心満載な暗愚王よろしく曇っては居なかっただろうか。
いや、曇っていたのだろう。
事が終わった後、あの女が占いやら人の心を読む魔術に秀でていると知った時にはもうその眼が晴れてももう遅かった。
もしかしたら、私がそのような話を持ち出したのも、あの女の術の内だったのかもしれないと今は思う。


『事』・・・そう、あの女は夫が横に居るにも関わらず、私の褥にはべる事を望んだのだ。





「今宵、陛下と一夜を過ごしとう存じます」
12/05/08 00:12更新 / すけさん
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■作者メッセージ
初投稿ドキドキします。
まだエロ無くてごめんなさい。

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