読切小説
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その男、馬面につき
「正気ですか? あのような得体の知れない男を参謀に起用するなどと!」
「仕方ありません。彼は王都のエイブナー枢機卿の推挙状を持っていたのです。枢機卿の意向に逆らうわけには行きません……」
 彼ら魔王軍の侵略を受ける教区の司教と、騎士団長である。
 先日、この教区は魔王軍の侵略を受け、西地区は既に魔王軍の手に落ちてしまった。このままでは、あと三日持つとも分からない。彼ら教会軍は窮地に立たされていたのだ。
 しかし、昨日突如としてこの教会軍の前に一人の男が現れた。男は司祭服に袖を通してはいたが、見るからに怪しく教会軍の人間とは思えなかった。当初は魔王軍のスパイとして捕らえたのだが、男の懐から現れた一通の書状によって事態は急転するのである。
 男が持っていたのは推挙状だった。それも彼を推挙したのは主神教の総本山がある本国の枢機卿という非常に立場が上の人物のものであった。他ならぬエイブナー枢機卿の推挙状を持つ男を無碍にするわけにもいかず、今二人はその男へ面会に向かっていたのである。
「兵の話ではあの男はとても人間とは思えない容姿をしているとのことです。そんな男を我が軍に迎え入れるなどと言うのは、我が軍の士気に関わるのではないかと……」
「しかし、推挙状には大変知能に優れた、と書かれています。この逆境を覆せる知恵を出すかもしれません。背に腹は代えられません」
「むむむ……」
「何がむむむ、ですか! 悔しいのならあなたも少しは知恵を出してこの苦境を乗り越える策の一つでも考えなさい!」
 二人は謎の男を捕らえているという牢の前までやってきた。
「おい、返事をしろ。貴様の処遇を伝えに来たぞ」
「……おいおい、初対面の人間に挨拶も無しでモノを頼むなぞ、お前らはそれでも教区の司教と騎士団長様か?」
 牢の暗がりからその男は音もなくすっと現れた。身につけている着衣は確かに本物の司祭服である。見上げるほど背が高く、ちょうど首から上が暗がりの陰になって見えない。
「き、貴様ッ! 囚われの身でそのような減らず口を叩くな!!」
「団長、そこまでにしなさい。部下が失礼をしました。私はこの教区を預かる司教で、彼は騎士団長です。あなたはエイブナー枢機卿の推挙状を持っていらっしゃいましたが、一体何者ですか?」
 男がフッと鼻で笑うと同時に二人はその吐息の生臭さに一瞬顔をしかめる。「俺か? 俺はただの馬だよ」
 そう言って男が暗がりから身を乗り出すと、男の全貌が現れた。
 二人は男の容姿に絶句した。


 男の頭部は馬の首であった。馬っぽいとか、馬面と形容できるものではない。本当にただの馬の頭部なのだ。耳がピンと立ち、大きな目がぐりぐりと忙しなく動き、口は細長い獣のものだ。地図の上を見渡している。男は作戦本部の椅子に座り、地図にいくつか書き込みをしている。
「参謀!! 中央から兵を引くとは本当か!! 中央を放棄するなんて許さんぞ!!」
 作戦本部に怒鳴りこんだ騎士団長は方で息をしながら、男ににじりよった。
「そんな近寄んな。暑苦しい。ここの兵力じゃ中央で粘ったってジリ貧だ。それより戦う戦線を減らして兵を一点集中させた方が長く戦える。それから新しい戦線では兵士に武器を持たせるな。一対一で戦うな。多対一にして戦え」
「なっ! いくらなんでもそれは無茶ではありませんか。兵士から武器を取り上げたら丸腰です。そんな状態では勝てる相手にも勝てませんよ?」
「武器ならあるじゃねぇか。その体一つよ。これほど自由の利く武器はねぇ。そもそも、狭いところじゃ剣はおろか弓なんか使えねぇよ。振り回して味方に当たったら意味がねぇからな」
「……いいでしょう。しかし、実際押されているのは事実です。いつまでも後退では、逆転の芽を自ら摘むことになるのではないですか?」
「まァ、一見そういう風に見えなくもねぇな司教サン。だが、攻める側と守る側では士気の差が出てくる。いつまでたっても戦えないようじゃ、攻め側は士気が下がって、攻め疲れが起きる。一方でこっちは交代交代で戦い続けりゃ、士気の維持に繋がる。相手が攻め疲れを起こしたら、チャンスだ」
「いいでしょう。そこまで言うのなら、あなたの策を採用します。しかし、当てが外れたらどうなるかはわかりますね?」
「ああ、いいとも俺の首をくれてやる」
 こうして、参謀の策が採用され、教会軍は中央地区を放棄して、東側に陣取った。退却の仕方も参謀の指示通りに行われ、誰一人欠けることなく退却に成功する。その後も一度に多数で攻めることができない狭い箇所で戦線を開き、少ない兵力で教会軍は実に一か月も戦い続けることに成功したのである。
「くっ!! あの畜生め。面は二度と拝めるものではないが、言っていることは的を得ている」
「容姿はともかくとして、彼の知能は本物のようです。もうしばらく様子を見ましょう。それに戦が終われば……」
「奴は用無し、ですか」
 司教と団長は顔を見合わせて笑った。
 
 一方、文字通り馬面の参謀は耳を時折ピクピクとさせながら、地図を眺めながら兵舎の方へと向かっていた。兵舎の中を覗き込むと、それに気付いた兵たちが嬉々とした表情で彼を招き入れた。兵たちは食事中だったらしく、兵舎の中は食器の鳴る音が響いていた。
「参謀殿!!このようなむさくるしいところまでお出でになるとは、どのような御用件でしょうか!!」
「おう、大したことじゃないんだがな。誰か数人夜目が利いて、動ける奴を見繕ってくれないか? 5、6人でいいんだが……」
「そんなことならお安いご用ですよ」
「悪いな。後でそいつらには俺の方から何か酒と肉を差し入れるからさ」
「馬肉でも期待していますよ」
「口に気をつけないと、地獄に落ちるぞ。……ところで、あれはお前らの食事か? あれは馬のエサじゃないのか?」
 参謀が鼻を向けた先では兵士たちがさらに盛られた粗末な芋の食事を機械的に口に運ぶ姿があった。
「ええ。上は大したモンを寄越してはくれませんが、腹が減っては戦はできませんからね。馬のエサでも何でも食いますよ。それに寄越せと言おうもんなら、代わりにムチを寄越しますよ」
「勇者とか聖騎士の方がいいもん食ってるように思えるがな」
「そりゃあ、奴らは司教のお抱えですからね。団長も司教にゴマ摺ってあっち側ですよ。兵舎も違うし」
「良く見たら、ここもひでぇ造りしてるな。家畜小屋か何かじゃないんだから」
「おエライさんには、私らのような一般兵の苦労なんざわかりやしませんよ」
「……集めた連中には後で作戦本部に来るように伝えてくれ。それじゃあな」
 兵たちは最初こそ、彼の異様な風貌に構えるところがあったが、彼の気さくなもの言いや、偉ぶらない態度に次第にその構えを解いていった。さらに彼の作戦が効果的に働き、彼が来てからまだ誰も犠牲者が出ていないことは兵たちが彼に友好を持つことを妨げなかった。
 今では兵たちは司教や団長より、この参謀に信頼を寄せているほどである。
 
 夜になると言われた通り数人の兵たちが参謀の作戦本部にやってきた。
「悪いな、忙しいところ来てもらって」
「いえいえ、参謀殿のご命令とあればなんなりと」
「ま、そんな堅苦しくなくな。次の作戦だ。恐らく敵さんもこちら側に多少猿知恵の回る奴がいると感づき始めている頃合いだ。魔物の特性を活かした攻めをかけてくるだろう。そのために、お前たちには魔王軍の偵察に行ってもらいたい」
「え? でも、あいつらって結構夜目が聞いたり、暗闇でも行動出来る奴多いっすよね? 俺ら全員捕まるんじゃ……」
「だから、お前たちにはこいつを渡しておく」
 参謀はそう言って、懐から数個の腕輪を取りだした。
「これは?」
「盗賊の腕輪っていうマジックアイテムみたいたもんだ。こいつをつけると気配が消せる。隠密行動を取る者には最適なものだ」
「なるほど。こいつをつけていれば、敵に見つかることはないんですね」
「一応な。ただ、あいつらの前に出て行って、裸踊りでもすりゃあ、さすがに気付かれるかもしれん……冗談抜きで言えば、闇夜に紛れて敵さんの情報を収集する分には充分って話だ。さすがに真昼間に敵に直接見つかったりすれば普通に襲われちまう。気をつけろよ」
「はっ!!」

 参謀のこの作戦はこの後の戦況に大きな影響をもたらした。無事に情報を収集してきた兵たちの情報から、魔王軍がミノタウロスなどのパワー系、ダークスライムなどのスライム系の魔物娘たちを使って建物による障害を無効化しようとしていることを突き止めた。
「パワー系の連中は基本的に睡眠欲、食欲、性欲だけで動いているところがある。あいつらには良い寝床とメシを用意してやればいい。スライムの連中は……塩でも撒いておくか。何とかなるかもしれん。少なくとも身体の水分が抜けることになるだろうから、多少足止めはできるだろう」
 参謀はすぐに兵たちに各戦線に指示を出したのであった。
 その結果、各戦線で魔王軍立ちは陽動され、魔王軍の作戦は失敗に終わった。

「お? なんか、いいー匂いがするなぁ」
「おい、見てみろよ! あそこに食いもんがあるぞ!」
「こっちには酒だ!!」
「「ヒャッホーイ!! メシだ! 酒だ!」」
「うんめぇな、こりゃ!! 行軍中はロクなもん食えなかったから、大助かりだぜ。でも、なんでこんな戦場にメシが置いてあったんだろうな? しかも豪華なものが……」
「なんでもいいだろ。でも、メシ食うと眠くなるよな」
「うん。敵も見当たらないし、やる気も出なくなるよな」
「おい、あそこにあるの、ベッドじゃねぇか?」
「マジで? めっちゃおあつらえ向きじゃねぇか? カモがネギ背負って、鍋と取り皿まで持って来たもんじゃねぇ?」
「その例えは良くわからんが、何でもいいや」
食事を取ったことで判断力が鈍った魔王軍はベッドにダイブして、そのまま丸一日眠りこけたのである。ちなみに、男がおらず一人寝であったことに彼女たちがちょっぴりしょぼくれていたことも参謀はお見通しであった。

一方、スライム達の方ではこのようなことが起きていた。
「いやーん。何か体がネバネバしてるぅぅ〜」
「それはいつものことじゃん?」
「でもでも〜、いつもより4割増しぐらいでネバネバしているのよ〜おかしいよ〜体も〜何だか一回り小さくなった気がするしぃ〜これって教会軍の罠じゃないの〜?」
「あれ? でも、スラ子ちゃん、何だか小顔になってるしぃ〜、お腹周りとかちょっと細くなったんじゃない〜?」
「え、ほんと? そういう、バブ美も〜表面のネバネバが増して、いつもよりイイ感じだよ〜」
「え、ちょ、これスゴくね? このあたりにいると、どんどんウチら綺麗になっていくんじゃね?」
「だよね〜。教会の人たちもたまには良いことすんじゃん」
「ちょっと、これ考えた人マジ神だよ。あぁん、神に会ってお嫁になってイロイロしてあげたいぃ〜」
「あ!! 抜け駆けはダメだよ〜、神の嫁になるのはウチなんだから〜」
 とアホな女子高生のような口調で駄弁るスライム達は次の日の朝になるまでばら撒かれた塩で自己エステに励んだ。勿論この展開も参謀には読めていたことである。さすがに自分が神として崇められていたことまで、予測していたかは定かではないが。
 
 このようにきちんと、被害を出さずに魔王軍の足止めに成功した参謀であったが、これに不満を言う者たちもいた。司教と団長である。魔物娘に出した食料と塩は彼らの食事に使われるものだったからである。
「この、畜生めが!! 貴様、上級兵たちの食糧に手を出すとは何事だ!! たかが作戦参謀の分際で、勝手に食糧庫から食料を取りだし、あまつさえそれを敵に分け与えるなど、反逆行為とみなしてもいいんだぞ!!」
 ゆでダコのようになって怒る団長を尻目に、参謀は馬がいななくように一笑いした。
「何がおかしい!!」団長が剣の束に手を掛ける。
「いやぁ、すまんねぇ。あんな粗末な食事を上級兵が食べているとは知らなかったもので。聖騎士や勇者ほどの方にもなれば、もっといい食事を食べるもんだと思っていたよ。あれはてっきり、俺たちのものだとばかりに思ってたから、自分たちのものであれば良いだろうと、作戦に使っちまった。一般兵には許可も取っていたし」
「黙れ!! 我々も苦しい中で戦っているのだ!! 貴様、いい加減にしないとそのまま切り刻んで食料に加えてやるぞ!!」
「一般兵はこれよりももっとひどいメシを食って頑張ってんだ。一日二日、メシが不味いからってつべこべ言ってんじゃねぇ」
 参謀は特別声を荒げたわけではなかったが、その迫力は大声で叫んで脅す団長の比ではなかった。団長を一瞥すると、参謀はその迫力を取り払った。
「作戦は成功している。その点を忘れてはいないだろうな? 作戦が失敗したのなら、その時は俺の首でもなんでもくれてやろうじゃないか」
「ッく!! 言ったな。その言葉忘れるなよ……」

「……さて、うるさいアホがいなくなったところで次の手だな」
「参謀殿。次は何をなさるんですか?」
「次は敵さんの工作で作られたトンネルに罠を張る」
「え!? 敵はトンネルを作ったですか?」
「ああ。斥候の話ではジャイアントアントがいることを確認した。奴らは穴掘りの天才だ。一日もあれば西から東へのトンネルを完成させちまうだろう。今からその対策をする」
「だからって、何故我々はマスクをしているのでありますか? 参謀に至ってはマスクの意味があるのかってぐらい、鼻の頭にしかマスクついてませんよ?めっちゃ、ゴムのびてるし」
 参謀のマスクは人用と同じ面積しかなく、鼻の頭しか隠れていない。しかも、ゴムは耳のところに引っ掛けるものだから、ものすごくのびている。はっきり言ってそうとう、間抜けな絵面である。
「……ゴムのことはどうでもいい。それよりも、これが何かわかるか?」
 そう言って、参謀が取りだしたのは小さな瓶であった。
「液体が入っているようですが……」
「こいつは媚薬だ」
「え? 媚薬って」
「人間が嗅いだところで大した効果はない。だが、相手は年中発情しているような魔物たちだ。ちょいと刺激してやるだけで、効果バツグンさ」
 そうして、参謀は魔王軍が作ったトンネルを発見し、罠用の横穴を作るように兵たちに指示した。
「で、でも今入ったら、魔王軍とはち合わせるんじゃ……」
「その可能性は低いだろう。ジャイアントアントは工作に長けるが戦闘には不向きだ。さらに敵さんは夜襲を仕掛けるほうが効果的だろうと考えているだろうから、日中の今こそ、罠をはるチャンスなのさ」
「な、なるほど」
「そういうわけだから、ちゃちゃっとやって帰るぞ」
 こうして、参謀と兵たちはちゃちゃっとトンネルに横穴を作った。横穴の奥で参謀が媚薬を散布し、横穴と教区の東側をつなぐ分かれ道には参謀が看板を設置した。
「参謀。あの……横穴に「教区」と書くのは分かるのですが、何故本物の道には「ブラジル」と書くのですか?」
「この前見た映画にあったから」
「いや、この時代映画なんてありませんよ」
「二人ともメタな発言はよしてください」
「いいんだよ。どうせ、単純娯楽駄文なんだから」
「もう、滅茶苦茶だよこの人」
「いいんだよ。俺、馬だから」

 その結果……
「あれ? ここ行き止まりだぞ」
「馬鹿な、分かれ道にははっきりとこっちが教区ってなってたぞ。もう一方はブラジルまで続いてるだろうし……」
「いや、二つしか道ないなら、あっちのブラジルがあってるんでしょ」
「いやまて、なんだか体がムズムズしてきだぞ」
「ま、まさか……」ブシャー!
「うわぁ、隊長が股からすごい汁ブシャーってしながら倒れ(ry」ブシャー!
「お前も股からすごい出てるって、つーか、私もd(ry」ブシャー!
 魔王軍はまんまと参謀の罠に掛り、媚薬で発情しきった体をひたすら何かにこすりつけたり、悶えたりしながら慰めるのであった。ちなみに救助しにきた救護班のリッチ部隊の話では、横穴の中は雨でも降った後かのようにビショビショだった、と証言したそうである。


「ふむ。参謀が光る円盤で魔王軍の飛行部隊を退けてから、魔王軍の攻勢が止みましたね。今こそ反転の時」
「もはや、あの馬面の力を借りる必要もありませんな」
「ええ……団長、あの男を捕らえて始末してしまいなさい。彼はここには来なかったということに」
「承知しました」
 

「馬面!! 貴様を反逆の罪によって処断する。覚悟せよ!!」
「何? お前たち、もしかして、もう勝ったつもりでいるのか?」
「当たり前だ。貴様の予想通り、敵に攻め疲れが見え始めている。もはや貴様の力を借りなくても全軍に突撃させれば魔王軍を打ち破れるわ!!」
「ははは!!」
「何がおかしい!!」
「いやいや。勝つのは魔王軍だ。残念ながら我が教会軍は奮闘むなしく敗北が確定してしまった」
「何だと!?」
「間違いない。斥候たちが敵陣に『あの』リリムがいるのを突き止めた。奴はガチもんの白兵戦の鬼だ。リリムの能力を使う前に無双を決められてこっちがKOされて終了。それが現実。感動的だな」
「だが無意味だ、とでも言うと思ったか!! では貴様には我が軍の敗北の責任がある。貴様はむざむざ兵たちを魔王軍に取られ、教区も魔王軍に引き渡したのだ。それが貴様の罪だ!! 黙って断罪されるがいい!!」
「ふー。この期に及んで、まだ俺の仕事のデキにケチつけるのか。まァ、俺の力不足は認めるが、そもそも俺は魔王軍を撃退できるとは思っていなかったぞ。チャンスはあると言ったが、それは民衆と兵たちを撤退させるチャンスという意味だ」
「何?」
「既に民衆と一般兵は撤退済みだ。後はお前らとお前らお抱えの勇者、聖騎士たちだけだ」
「参謀!! 団長!!」
 二人の間に真っ青になった司教が駆け込んできた。
「リリムが……すさまじい強さ(物理)のリリムが聖騎士達を破ってこっちに向かってきています!! ど、どうしたら……」
「――おい」
「何ですか!! 元はと言えば、あなたが敵軍を打ち破れな――」
「黙っとけ、クソガキ。レディの前で見苦しいじゃねぇか」


「相変わらずいい男だな、お前は。会いたかったぞ」


 三人の目の前に壁を十六文キックでブチ破って入って来たリリムが現れた。
 司教と団長はリリムを見て震えあがり、壁際で石造のように固まった。参謀は懐から煙草を取り出し、マッチで火を付け盛大に煙を鼻から噴き出した。
「おいおい、聖職者がタバコとは頂けないな」
「うるせぇ、馬に宗教だの法律だの説くな。んなもん念仏並みに意味がねぇ」
「相変わらず見事な手際だな。私の作戦の全て一歩先に行っていた」
「だが、勝てなきゃ意味がねぇ。俺は二流の参謀さ」
「派手な功績より、地味な仕事を完璧にこなし続ける方が、より価値があると思うがな」
「はは、嬢ちゃんにフォローされるようじゃ、俺も落ちたもんだ」
「まだ、私のものになる気はないのか?」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ。その気なら俺を力づくで乗りこなしてみろってんだ」
「ああ。乗りこなして見せるさ。ベッドの上でな」
「嬢ちゃん、あのデュラハンの子とかにオヤジ臭いって言われてるだろ」
「お前ほどじゃないさ」
 二人の間で、気のせめぎ合いが行われると、次の瞬間、目にもとまらぬ速さでリリムは参謀に向かって飛びかかった。名のある勇者や聖騎士でも見切れない速さだったが、参謀は一瞬で身を翻し、タバコの煙をリリムに吹きかけた。
「ッ!! ゲホゲホッ!! くっ……」
「悪いな、嬢ちゃん。俺はまだ答えを見つけていないんだ。それを見つけるまで、ママンのおっぱいでも吸って待ってな」
 参謀はそのまま、一目散にリリムが開けた壁の穴から逃げて行ってしまった。
「ま、待て……母上のおっぱいは父上が吸ってるから無理……って、もう逃げたか。むむむ、次こそは必ず私の夫にしてやるぞ。さて」
 リリムはクルッと向きを変えると、ものすごい笑顔で司教と参謀の方へと向かっていった。
 壁の縁でガタブルッていた二人の悲鳴が、当たりには響き渡ったという。

 「っち、少しカスッたか……」
 教区を脱出し、街道を歩いている参謀の脇腹は負傷していた。馬になる呪いを受けてから身体能力が低下しているのは参謀も自覚していたが、魔王の娘とは言え、旧世代の魔物たちとまさに命がけの死闘を繰り広げていた参謀が、遅れを取ることになろうとは参謀の予想外のことであった。
 雨が降ってきた。雨はすぐに本降りとなり、参謀の体を打ち付ける。
「俺が弱くなっただけ、か……」
 参謀は誰に言うでもなく、ひとりごちた。
 しかし、参謀は足を止めることをしなかった。それは参謀には答えを見つける使命があるからである。誰の命令でもない、自分の意思に従って参謀は答えを見つけなければならない。
 それまで、彼の旅は終わらない。
 呪われた体を引きずり、彼は雨の中へと消えていった。
14/03/11 19:59更新 / ウモン

■作者メッセージ
 前作「ある教区の陥落」のサイドストーリーです。ほとんど、魔物娘が登場しなくてすみませんでした。あと、長い上に冗長ですみません。命だけはお助けください。次回はもっと短いものを書きたいです。

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